機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第124話「少年、懲罰房にて」

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『赤道連合』領 海域東南アジア 海上

”アークエンジェル” 懲罰房

 

「おっと、見てくださいキラさん。フィリピン海軍ですよフィリピン海軍。『赤道連合』で唯一MSを保有する彼らを引っ張ってくるとは、彼らもピリピリしてるってことですかね」

 

「いや、流石に2人でその窓を覗くのは無理があるかな……」

 

小さな円窓に張り付いて外の光景に目を輝かせるアリアに、キラは溜息を吐く。

現在、”アークエンジェル”はインドや東南アジアの国々が一つになった勢力『赤道連合』の領海内を進んでいた。

『赤道連合』は地球連合・ZAFTのどちら側にも属さずに中立の立場を貫く希有な勢力だ。しかし、『オーブ』のように毅然とした意思で中立を貫いているというわけではない。

単にどちらかに味方をするということが出来るほど能力も、国家共同体としての纏まりも無かっただけの話である。

だからこそ、現在の”アークエンジェル”のようにガチガチの戦闘艦が自国領海内を通過する行為も、『戦闘行為を行なわない』という約定を交わすだけでまかり通るのだ。

いつもならば目を輝かせて早口で解説し始めるアリアの話に付き合うところだが、今はそんな気分になれそうもなかった。

 

「ノリ悪いですねぇ……こんな美少女と部屋で2人きりだというのに」

 

「自分で言う?」

 

「まぁ、そうですね。そんなに関心というか、その手の方面に執着が無い故に客観的に言えると言いますか。……所詮は借り物の容姿ですし

 

クルリと回って白衣をはためかせるアリア。

鮮やかな金髪に、アルビノ以外では極めて珍しい煌めく赤目。それらの土台となる容姿も整っており、本気でオシャレに取り組めば周囲を魅了すること間違い無しといったところだが、生憎と本人にその気が無いようだ。

最後の言葉はよく聞き取れなかったキラだが、本人が「どうでもいい」と言っていることに深く突っ込むのも野暮と感じ、適当な相づちを打つ。

 

「そんなことより、早くレポートを書いちゃってくださいよ」

 

「はいはい……」

 

会話を打ち切られたキラは肩を竦め、膝の上に置いている端末に視線を移した。

そもそも、何故キラがこんな場所───懲罰房にいるのか。

時間は昨日、海面に不時着した”ストライク”と共にキラが回収されたところまで遡る。

 

『キラ・ヤマト少尉に、3日間の懲罰房入りを命ずる!』

 

帰還後、キラはMPによって身柄を拘束され、簡易軍事裁判の場となった艦長室まで連れてこられた。そして、3日間の懲罰房入りの処分を受けたのだ。

罪状は『上官からの意図的命令無視』、そして『私的理由による敵兵との通信』の2つである。

一度”アークエンジェル”まで後退するという命令を出したイーサンの命令に背き、戦闘を継続したのは明確な命令無視だ。キラの階級は少尉、イーサンの階級は中尉である。

それに加えて、回収された“ストライク”のレコーダーにはアスランとの通信記録も残っていた。私的な理由で敵兵と通信を行なうのも、立派に軍規違反だ。

 

この2つの軍規違反を犯しておきながら、懲罰房入りで済んでいるのは奇跡ですらあった。

命令無視に関しては、襲来した”ズィージス”の機体特性を考えれば、むしろ”アークエンジェル”から離れた場所で戦う方が得策であったことから現場判断では理に適ったものであるということで片が付いた。

私的通信については難しいものだったが、ハルバートンが部隊の最高指揮官であるミヤムラにキラの事情を事前に伝えていたことや、アスランの身柄は撃墜するよりも捕縛する方が得であるということで情状酌量の余地があると判断されたのだ。

 

加えて、キラの人格とこれまでの戦績も考慮されて罰が大幅に軽減された。

罰を下したミヤムラを始めとして”アークエンジェル隊”の中でキラを悪く見ている人間は()()()()()()()()()しかおらず、また、キラがZAFTとの繋がりを持っていると疑うには、彼はあまりにも戦果を挙げすぎた。

何処の誰が、繋がりのある組織のトップエース部隊(バルトフェルド隊)を撃破するのに多大に貢献するだろうか。

キラのこれまでの行動が、この奇跡的に軽い罰を勝ち取ったのである。

 

とは言え、これはあくまで信頼という()()を切り崩すに等しい行為でしかない。

同じような行為を繰り返せば人はキラを「平然と命令無視を繰り返す人間」として認識するだろう。その後に待っているものは想像も憚られる。

 

『成果を出せば全てが許されるワケではない。歴史上、そういう人物がどう呼ばれるようになったか教えよう。───暴君(タイラント)だ』

 

君がそうならないことを祈る、とミヤムラは退室するキラに言った。

力があれば、それが出来ることを周囲に知らしめれば、周囲はそれを考慮した上で行動してくれる。

だが、それも行き過ぎれば人の輪を崩すことになる。年長者としてのミヤムラからの忠告は、キラの心に自省心を生み出した。

懲罰房に入れられた後、キラは自分に問いかけ続けた。───果たして今回、自分はどう行動するのが正しかったのかと。

そんなキラの元にアリアが訪れ、『ジェットストライカー』の運用レポートの作成をしろと言ってきたのが、現在より1時間前のことである。

 

「懲罰房に入れられたからといって労働から逃れられると思わないことです!整備班ではキラさんの軍規違反なんかより、『ジェットストライカー』を壊したことの方で怒ってるんですからね!」

 

「うん……その、ごめんなさい」

 

「謝罪するなら、せめて良質なレポートを()()()()ください。不幸中の幸い、空戦データに関しては良い物が取れてますから」

 

プリプリと怒った様子を見せるアリアに、申し訳無さと同時に感謝を覚えるキラ。

正直なことを言えば、あのまま1人で悩み続けるよりもこうして作業をしている方が気が参らずに済む。

 

「それにしても、瞬く間に連合のトップエースに躍り出たキラさんと、ZAFTのトップエースであるアスラン・ザラが幼なじみとは……世の中狭いもんですねぇ」

 

「そうだね……正直、彼と別れたあの時はこんなことになるとは思ってなかったよ」

 

「事実は小説より奇なり……人は『空想』をあり得ない物とバカにしますが、いつだって『空想』を超えていくのが『現実』です」

 

「『現実』か……そうだよね」

 

今更になるが、ようやくキラは『現実』を受け入れられた。

自分は、友と戦ったのだ。殺すつもりはないとはいえ、撃ったのだ。それが『現実(あり得て欲しくなかったもの)』。

ならば、自分のやろうとしていること、願っていることは極めて『現実』的では無い(『空想』に近い)のだろうか。

そもそも、自分の意思で戦っているアスランを止めることは、本当に───。

 

「───正しいのかな」

 

こぼれた言葉は、不安の現れ。

軍人として正しいかどうかは、言うまでも無いことだ。間違っている。

ならば、人としてはどうだろうか。

人殺しとなった自分が、同じく人殺しの友を殺さずに止めることは、単なる傲慢ではないだろうか。

 

「さぁ?」

 

キラの呟きを、アリアはと切り捨てる。

アリアはストンとキラの隣に座り、話し始めた。

 

「キラさんの悩みは分かりますよ。アスラン・ザラを殺したくはない、でもそれが単なる我が儘(間違い)でしかないんじゃないかと迷ってる。違いますか?」

 

「……分かりやすかったかな?」

 

「それなりに。───いいじゃないですか、我が儘で」

 

そもそも、我が儘とは欲望の言い換えだ。

美味しい物が食べたい。好みの異性と付き合いたい。趣味に邁進したい。他にも色々あるが、そのどれもが我が儘と言えるだろう。

美食も、異性も、何もかもが限られた資源(リソース)だ。それを自分の物にしたいというだけで、本来は我が儘なのだ。

その我が儘を叶えるために『努力』が必要なのだ。アリアは微笑みながらそう言った。

 

「キラさんは自分の我が儘を通すために、いっぱい『努力』してきました。本当は面倒くさがりで軍人なんて絶対に向いてない、それでも叶えたい我が儘。今は、突っ走ることも有りかと」

 

「でも……その『努力』が間違っていたら?」

 

「間違った努力なんてものは有りませんよ。間違うのはいつだって『結果』です。そして、その『結果』が間違いであるかどうかは全てが終わって振り返れるようになってからです。───人は全てを見透かす『神』ではないのですから、そこら辺割り切って進み続けるのも有りかもしれませんよ?」

 

「けど……」

 

「何より……キラさんには間違えそうな時に止めてくれる人達がいるじゃないですか。それなら、大丈夫です」

 

キラの脳裏に、いくつもの顔が過ぎった。

サイ、トール、ヒルデガルダ、マイケル、ベント、ムウ、イーサン。そして、スノウ。

いくつもの戦いを共にくぐり抜けてきた彼らは、キラが完璧では無いことを知っている。

もしも自分が間違えていたら、彼らは止めてくれるだろうか。

 

「そうかな……そう、だといいな」

 

「そうですよ。私もしょっちゅう”ストライク”を改造しようとして止められるてますし」

 

「それは反省した方がいいんじゃないかな……」

 

「でへへ……まぁ、要するに『間違いかどうかなんて気にせず突き進め!』ってことです」

 

───もしかしたら、自分は少し抱えすぎていたのかもしれない。

キラは、懲罰房から出たら誰かに相談してみることを決めた。きっと、話さずにいるよりはずっと良いはずだ。

理想が叶うか叶わないか。間違っているのか、どうか。

 

「アリアは、すごいね。僕とそう変わらない歳の筈なのに、色々と」

 

「いやぁ、それほどでも。ちょっと前までは感情の無い人形みたいな根暗だったんですよ?」

 

根暗なアリアと聞いたキラは、苦笑した。

嘘を言っているわけではないだろうが、キラには想像出来そうもない。

キラにとってのアリアは、MSのことになると早口になったり、やたらとドリルに拘ったり、なんだかんだで面倒見が良い少女でしかないのだから。

 

「む、信じてませんねその顔は」

 

「ごめんごめん、ちょっと根暗な所が想像出来なくて。でも物静かなアリアはそれはそれで可愛いかもね」

 

「にゃ”っ」

 

「どうかした?」

 

「いえ、お気になさらず。……古いライトノベルじゃないんですから

 

自分の顔の良さに気付いていない鈍感男が現実に存在していることに、今度はアリアが苦笑する。

これでは、将来彼が女性と付き合った時にその女性は大いに苦労させられるだろう。

 

「だいたい、レポートの進捗はどうなんですかキラさん。おしゃべりは私も大好きですけど、手も動かして貰わないと」

 

「任せて、すぐ仕上げる」

 

そう言って、キラは晴れやかな顔でキーボードを再び叩き始める。

軽やかなタイピング音が、房の中で響いた。

 

 

 

 

 

”ボズゴロフ”級潜水母艦”ボズゴロフ” パイロット用個室

 

「キラ……」

 

アスランは1人、ベッドに座り込んで俯いていた。

彼を悩ませるのは、勿論キラ・ヤマトのこと。

 

「俺が間違っているっていうのか……」

 

彼は戦う前に、「自分の戦う理由はアスランを止めるため」だと言っていた。もっとも戦争から離れている筈の友が、自分を止めるために戦争に近づいてきたのだ。

洗脳だとか、そういう類いのものであったならどれだけ良かっただろうか。間違い無くキラは正気だった。

ならば、彼は今の自分(アスラン)を間違っていると考えているということになる。

 

「間違いかどうかなんて、何度も考えたさ」

 

その上で、この道を進むと決めたのに。今更に揺らいでしまっている。

誰かに相談するということは、出来そうにない。

ZAFTの最高指揮官であり、今の『プラント』の最高指導者も務めているパトリック・ザラの息子である自分が戦いを迷っているなど、それだけでも士気に影響を及ぼす。

辛うじて維持出来ている戦況で、マイナス要因は極力排除しなければならない。

既に、アスランには自分の意思で動く自由は無いのだ。

 

(お前が羨ましいよ、キラ)

 

自分の意思で戦うことを決められる彼が、どうしようもなく羨ましい。

正しいと信じた道を進める『自由』が、羨ましい。

自分を縛るものの正体は、いったいなんだろうか。───『正義』か?

『正義』を信じて、縛られているのだろうか。

 

「それでも分からない……分からないんだよ」

 

弱音を見せることは許されない。だから、こうやって心が削れていく。

彼は孤独たらんとして、事実、孤独だった。

 

 

 

 

 

<こんこん、ノックで~す。隊長、いらっしゃいますか~?>

 

思案するアスランの耳に、ひょうきん調子の声が届く。

知っている声だ。というか、アスランはこの声の主がどうしようもなく苦手だった。

 

「……どうした?」

 

<あ、いましたね~。少し報告したいことがありましてね?>

 

「分かった、入っていい」

 

「───失礼いたしまーす」

 

一拍置いて入室してきたのは、年若い少女。

成人年齢の低い『プラント』でさえ成人していないだろう小柄な少女は、いたずらっぽい視線をアスランに向ける。

 

「お疲れのところでしたね、そういえば。改めます?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ遠慮無く」

 

重心を安定させないフラフラとした姿勢で立つ少女は、2週間ほど前にアスランの部隊に配属されたZAFT兵だ。

エース部隊として扱われている───つまりそれだけ激戦に放り込まれているこの部隊に、年若いアスランよりも更に若い少女を配属することは、当然ながら隊内で反発を生んだ。主に、イザークが。

 

『大丈夫ですよ、なんなら試してみます?』

 

そう言ってイザークを挑発した彼女は、なんとシミュレーター上だがイザークをMS戦で破る能力を見せつけた。

それだけではない、その体躯からは想像出来ない身体能力と戦闘技術を持っていることも判明したのだ。能力主義のZAFTでこれだけやられれば、認めるほかに選択肢はなかった。

加えて、以前の上官だったラウ・ル・クルーゼのお墨付きときたではないか。

斯くして、予定調和のごとく少女は部隊の仲間入りを果たした。

 

「司令部からの命令が届きました。ハワイに向かい、防衛作戦に参加しろとのことです」

 

「ハワイ……ついに来るのか」

 

「えぇ。敵も味方もドンパチ、フィーバータイムです」

 

「……陽気だな。間違い無く死地だぞ」

 

「だからいいんじゃないですか」

 

やはり、アスランはこの少女に好感を抱けそうに無い。

迷い続けているアスランに対し、少女は戦争をすることになんら躊躇いを持っていない。むしろ、望んでさえいるかのようだ。

曲がりなりにも『守る』ために戦っている兵士達やナチュラル憎しの兵士達が大半を占める中で、少女は『戦い』自体を目的としている。

同じ『自由』でも、こうも違うものか。

 

「それともう1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の『ガンダム』、ようやく調整が終わったんですよ」

 

眉をピクリと動かすアスラン。

少女は部隊に配属される際に、()()()M()S()と共にやってきた。色々と複雑な事情のある機体だからとこれまで慎重に調整を重ねていたのだが、それが完了したようだ。

だが、一点だけアスランの気に掛かることがあった。

 

「『ガンダム』はやめておけ。それは連合軍側の使う愛称だ」

 

「えー、かっこよくていいと思いますけどね」

 

「なら、せめてイザークとかがいる場所では使わないでくれ」

 

「怒りそうですもんね。『敵が誇りとしている言葉を平然と使うな馬鹿者!』とか」

 

「そういうことだ」

 

まるで、首輪の外れた『獣』だ。

少女は誰に対しても態度を変えない。配慮などしない。

だがその奔放さの中に、どうしようもない深淵が存在しているように思えてならないのだ。

 

「用は終わりか?今のうちに休息を取っておきたいんだが」

 

「おっと気が利かない部下で申し訳ありません。それではごゆっくり」

 

来た時と変わらない様子で退室しようとする少女。

しかし、部屋を出る直前で少女はアスランに向かって振り返る。

 

「あ、そうそう最後に1つだけ。───“ストライク”と、戦ったんでしたよね?」

 

「っ……あぁ」

 

「どうです、強かったですか?」

 

「あぁ……強かったよ」

 

「そうですか。……次は、私も連れていってくださいね?」

 

そうして浮かべた笑顔は、僅かに狂気を感じさせるものだった。

焦がれているような、憎んでいるような、なんとも言えないその表情。それを見たアスランは、自分が少女を苦手としている最たる理由に気付いた。

その姿が、どうしようもなく幼なじみに被って見えるのだ。

 

(どうして、()()()()()()()なんて思ってしまうんだろうか)

 

彼が、少女のような狂気を孕んだ笑顔を浮かべるわけはないのに。

 

 

 

 

 

「……ふふ」

 

アスランの部屋から今度こそ退室した少女───ヘキサ・トリアイナの口から笑い声が漏れ出す。

純粋な、どこまでも純粋な少女の、狂える嬌笑。そこに含まれるのは、紛れもない歓喜。

 

「ようやく……ようやくだね……」

 

夢見心地のままにヘキサは歩き出す。

彼女の頭の中には、次なる戦いへの待望と、『ヘキサという意識』が生まれた瞬間からずっと、ずっとずっとずっと望んでいた相手と邂逅することで占められていた。

 

「もうすぐ会えるから、その時は───」

 

───いっぱい遊ぼうね、キラ()()()()




ヘキサ・トリアイナって誰だっけ?という方は次のことだけ覚えておけば大丈夫です。
①やたら強い戦闘狂の鬼畜ロリ(若干キラに似てる?)。
②以前にユージの副官を殺している。
③クルーゼのお気に入り。

次回はマウス隊視点を挟みますね。
着々と進むハワイ奪還作戦の準備の様子をお届けしたいと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けて降ります。

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