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東インド洋上
キラが咄嗟に操縦桿を傾けたのは、ただの勘によるものだった。モニターが映す光景の中にキラリと光る物を見つけた瞬間、僅かに悪寒を覚えたのだ。
そしてその直後、『ジェットストライカー』を装着して飛行している”ストライク”の横を、高出力のビームが奔っていった。
『アグニ』程とは言わないが、それでも直撃していれば”ストライク”でもただではすまなかっただろう威力だった。
「な、ん……!?」
<キラ、大丈夫か!?今の、撃たれたのか……?>
<散開しろお前ら!───2撃目が来るぞ!>
いち早く状況を悟ったイーサンの言った通り、2発目のビームが飛来する。
今度はそこまで大きく避ける必要もなく、”ストライク”と2機の”スカイグラスパー”からほど近い場所を通り過ぎていった。敵も多少は勘で撃っているということだろうか。
キラ達が態勢を整えている間に、”アークエンジェル”からの通信が届く。
<ソード1、ペンタクル1、ペンタクル2、聞こえるか!?>
「サイ!」
<良かった、無事みたいだな!接近してきているのは””ズィージス”、ZAFTがコピーした”イージス”を改良した機体だ!>
<おい、つまりパクリMSってことかよ!?>
サイからの情報を聞いたイーサンが悪態を吐く。
”ズィージス”が実戦投入されたのは3月末。その頃のイーサンはZAFTの捕虜となっていたため、知らないことも多いのだ。
そして、次にサイの口から放たれた言葉がキラの思考を停止させる。
<それと……”ズィージス”のパイロットは……>
<ん、どうしたサイ?>
<……ZAFT軍最高司令官パトリック・ザラの息子、アスラン・ザラの可能性が高い、と>
「───ぇ」
ドクン、と心臓が高鳴る。
サイが遠慮がちに告げたその名前は、キラが戦争に参加すると自ら決めた理由その物なのだから。
サイもその事を知っていたからこそ、言葉にするのを躊躇ったのだ。同じく、事情を知っているトールも動揺しているようだ。
<マジか……難しい相手だな>
事情を知らないイーサンからしても、対処に困る案件だった。
なにせ、敵軍の最高司令官の息子だ。政治的価値は十二分にある。撃墜出来るからといって撃墜していいものでもない。
<しょうがねぇ……おい、2人共聞いてるか?ここはいったん”アークエンジェル”と合流するぞ!何をするにも、それからだ!>
<りょ、了解です!>
戸惑いながらも、トールは指示に従った。イーサンの下した指示は的確だった。
そもそも彼らがこの場にいるのは『ジェットストライカー』の運用試験を行なうためであり、戦闘ではない。
”アークエンジェル”と合流すれば、対空火器の豊富な”アークエンジェル”との援護も受けながら次の一手を打てる。そういった冷静な判断によるものだった。
だが、ここでキラは驚きの行動に出る。
<キラ、お前何を───>
なんと、”アークエンジェル”に向かう”スカイグラスパー”とは対称的に、”ズィージス”がいる方向に向かって飛んでいくではないか。
突然の命令無視にイーサンも動揺を隠せない。
「このままだと”アークエンジェル”と合流する前に落とされます!自分が注意を引くので、その隙に!」
<なにバカなこと言ってんだ!ああくそ、戻れ、もど───>
キラは通信を切った。
軍人として最低限だが訓練を受けたキラがこのような暴挙に出たのは、確かめるため。
やがて遠くに見えていたシルエットが、ハッキリとキラの目に映り出す。
紅い機体色。まるで1本の槍のように鋭角的かつ細長い形状。”イージス”の強化型だと一目で分かるその機体は、”ズィージス”に違いない。おそらく、先ほどの射撃は機体前方に突き出すように取り付けられているビームライフルから放たれたものだろう。
そして、”ズィージス”は高速飛行の勢いのままにMS形体に変形し、”ストライク”に向かって来た。
「くっ!?」
”ズィージス”の左腕に取り付けられたシールドにはニードル状のパーツが取り付けられている。
それを用いた刺突を、キラは辛うじてシールドで防いだ。突進の勢いが乗って強烈な衝撃だったが、キラはこれをチャンスと言わんばかりに通信を試みる。
ほとんどのMSに搭載されている接触回線を介すれば、敵MSとも通信回線を繋げることが出来る。
「アスラン……アスラン・ザラなのか!?」
<───>
「答えてくれ!」
必死に呼びかけるキラ。
当然だ。ここまでの苦悩も、それでも戦いを止めない意思も、彼が発端なのだから。
<……キラ・ヤマト>
「アスラン……!」
聞こえてきた声は、間違い無く
「アスラン、僕は───」
<───何故、お前がまだ軍にいるんだキラ!?>
その叫びには、困惑と、悲嘆と、そして……明確な拒絶の意思が込められていた。
そもそも、なぜここにアスランがいるのか?
彼は先日、連合軍によって攻め落とされたディエゴガルシア島から撤退してきた味方を回収する部隊に同道していた。
”バルトフェルド隊”が敗れた今、最精鋭と名高い”ザラ隊”が撤退支援のために来るのはおかしいと思うかもしれないが、それは元々彼らがディエゴガルシア島に増援として駆けつけるために向かっていたからだ。
要は、想定以上に早くディエゴガルシア島が陥落してしまったために、手持ち無沙汰になってしまったということである。
わざわざインド洋まで来て何もせず帰るというのもバツが悪いため撤退支援を行なっていたのだが、アスランは回収した部隊の兵士からある話を聞いてしまった。
『”アークエンジェル”が現れた』
”アークエンジェル”。初めて存在が確認された時以来、ZAFTには苦々しい存在だ。
『エンジェルラッシュ会戦』と名付けられた戦いでは、『閃光』ラウ・ル・クルーゼ率いる5隻の”ナスカ”級による艦隊を半壊させられた挙げ句に敵戦力の大半を逃し、地上に降りてきたと思ったらアフリカ各地の補給線を荒らし回った。
終いには”バルトフェルド隊”を壊滅させるなど、大天使どころか疫病神のように扱われているのが”アークエンジェル”だ。
他の誰もが”アークエンジェル”に対する怒りをわき上がらせている中、アスランだけは全く別の感情を抱いていた。
("アークエンジェル"……ならば”ストライク”も?)
”アークエンジェル”が戦果を生み出す度に、その艦載機である”ストライク”の名声も否応なしに高まった。
あれに乗っていた幼なじみは、戦争に巻き込まれただけの民間人だ。今はとっくに降りて、オーブ本島か『コペルニクス』あたりにでも移住している筈。
───なのに、不安が消えない。
伝え聞いた”ストライク”の戦いぶりが、ナチュラルどころかコーディネイターでも出来るか疑わしいものだったというのも疑いに拍車を掛けた。
思い悩む彼の元に、更なる情報が舞い込む。”アークエンジェル”が東進するというものだ。
陽動か、あるいは別の目的があるのかは知らなかったが、これをアスランはチャンスと捉えた。
自分の乗機”ズィージス”ならば高速で飛行し、”アークエンジェル”に奇襲を仕掛けることも可能だ。上手くやれば、艦載機が出てくる前に艦橋だけを射貫いて動きを止めることも出来るかもしれない。
そうでなくとも、強行偵察を行なうだけの理由はある。
斯くして、アスラン単独での強行偵察が決定したのだった。
隊の仲間であるイザークは喧しく制止しようとしたが、結局は止めることは出来ず、舌打ちをして見送るに留まった。
結局、彼が強行偵察を実行する本当の狙いを見抜ける人間はいなかったのだ。
(キラ……お前がいる筈は無いよな……?)
「なんで……どうして!」
そうして、今に至る。
本当は”アークエンジェル”を強行偵察し、可能であれば動きを止めてインド洋に孤立させるのが狙いだったアスランだが、まさか進行方向上に既に艦載機が展開しているとは予想出来なかった。
だが、ある意味では好都合だったのだ。その艦載機の中に、”ストライク”が混ざっていたのだから。
そうして、幾つかの好都合の果てにたどり着いた真実は、もっとも受け入れたくはなかったものだった。
「お前は軍人じゃ無い筈だ!何故、今もここにいる!?戦っているんだ!?」
<君を、止めるためだ!>
「はぁ……!?」
キラの言葉を理解出来ず、思わず操縦桿を握る手から力が抜けるアスラン。
その隙に”ストライク”は”ズィージス”を押し返し、一度距離を取った両者。
<君なら気付いている筈だ、今のZAFTは、この戦争はおかしくなっているって!>
キラの更なる言葉が更に心を揺らす。
たしかに、今のZAFTは何処かおかしな行動を取っている。アカデミーの養成期間短縮など最たる例だ。
あのような明らかに劣勢であると示すような行為は、以前までのZAFTであれば忌避されていた筈だった。しかし、今では平然と行なわれている。
要は形振りを構わなくなっているのだ。まるで『何か』を待っており、それが成ればそれまでの犠牲などどうでもいいと言わんばかりに。
その先に待っているものが、果たしてコーディネイターの未来なのだろうか?
<前に言ったことは、謝る。安全な場所で呑気に過ごしてた僕なんかが、君のお母さんの気持ちについて語ったところで不愉快なだけだったと思う。……でも、これ以上はダメだ>
「キラ……」
<これ以上は、もう戻れなくなる。だから止めに来たんだ>
昔と変わらない親友の声に安心感を抱いてしまうアスランを、誰が責められようか。
遊撃部隊として、エースパイロットとして、そしてパトリックの息子としてプレッシャーを受け続けるアスランの精神はたしかに弱っていたのだ。
『お前も私の元から消えるのか、アスラン』
「───戯れ言を言うなっ!」
<アスランっ!?>
言われたことも無いのに、何故かハッキリと、父がそう言った。
アスランはハッキリとキラを拒絶する。自分の中の
戻ってはならない、進まねばならない。そうでなければ、今までの全てが無駄になってしまう。
「俺を止めるだと……お前はそのために何人のコーディネイターを、同胞を殺してきたんだ!?」
<そ、それは……>
「お前の言葉は矛盾している!俺の戦いを止めると言いながら、お前は他の誰かの命を奪っているんだぞ!」
罵倒をぶつける度に、心に激痛が奔る。かつての優しい思い出に罅が入っていく。
「もういい、お前とは会話が成り立たない。そもそも、最初からこうしていなければならなかったんだ」
<アスラン、僕は───>
「口を開くな、そんなことよりも銃を構えろ!───そうやって、殺してきたんだろう!?」
痛い。辛い。苦しい。
それでも、戦わねば。そうでなければ。
父は、今度こそ1人になってしまう。
「キラ……俺が、お前を殺す!」
「くっ……やるしかないのか」
会話による説得は失敗してしまった。
ここから先は容赦無い攻撃に晒されながらこの場を切り抜ける方法を探すしかない。キラはペダルを踏み込んで一度”ズィージス”から距離を取ろうとするが、”ズィージス”はすかさずMA形態に変形して”ストライク”にビームを射かけてきた。
(ごめん、アリア!)
アスランを相手に加減など出来るわけもなく、キラはエンジンの出力を挙げた。アリアから制止されていたことではあったが、非常事態なのだし仕方あるまい。
戦う態勢を整えたキラは、”ズィージス”の動きを分析を開始する。
交戦例が少ないためにデータが不足しているというのもあるが、”ズィージス”の性能は未知数だ。少しでも見落としがあれば命取りとなる。
「元の”イージス”より空戦能力で遙かに上回っている……でも、基本設計が同じなんだ」
雲を利用して身を隠しつつ、一撃離脱戦法で”ジェットストライク”を翻弄する”ズィージス”。
バインダー部に新たに取り付けられたレールガンも織り交ぜて攻撃を加えてきており、今のところ隙という隙は、攻撃を回避して離脱していくほんの一瞬だけになる。
だが、キラが言った通り原型が”イージス”である”ズィージス”のMA形態は、
(”イージス”のMA形態は高速急襲用……推進力を一方向に集中している。つまり、
───攻撃をジャストタイミングで回避し、その後の一瞬の隙を狙い撃つ。
好機が訪れるまで、キラは攻撃に耐え続けた。
前、右、左、上、上、前、左、下、上───。ビームを防ぎ、レールガンを避ける。
「───そこだっ!」
ようやく訪れた好機。
後方から”ズィージス”が突進してきたタイミングで、キラは“ストライク”の足裏に備え付けられたスラスターを点火、
これによって推進力を一気に殺された”ストライク”は急激に減速する。
<なにっ!?>
キラは、自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。
後方から迫ってきた”ズィージス”が”ストライク”の横を通り過ぎていく光景も、マニュアル照準用のターゲットカーソルの移動するモニターも、全てが鮮明かつゆっくりと見える。
何度も味わってきたこの感覚は、キラに万能感を与える。
(外さない、今なら───)
ゆっくりと移動するカーソルが、”ズィージス”の増加スラスターに重なる。コンピューターがそれを認識するよりも先に、キラはトリガーを引いていた。
あの箇所なら、命中しても飛行能力を失うだけで済む。
ゆっくりと、銃口から光が放たれ───。
<───舐めるなぁ!>
驚くべき反応速度で”ズィージス”を変形させたアスランは、同様に”ストライク”にビームライフルを発射。
キラが必中を確信して放ったビームは”ズィージス”のビームとぶつかり合い、相殺された。
「えぇっ!?」
<くっ……>
ビーム同士の衝突が激しい閃光を生み、2人の目を眩ます。
「あのタイミングから間に合うのか……!?」
動揺するキラ。
まさかビームをビームで撃ち落とすなどという離れ業を、しかもあの状況で繰り出してきたことを思えば仕方のないことであった。
───今のアスランは、何かが違う。
実際アスランは、キラと同様に自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えていた。普段よりも、感覚が研ぎ澄まされていたのだ。
そして、これでキラは最大のチャンスを逃してしまった。
(どうする……どうする!?)
あれほどの反応速度で対応された以上、次は狙う場所を選んで攻撃することは難しい。いや、そもそも攻撃を命中させられるかどうかすら怪しい。
思考するキラ。しかし『凶鳥』はその隙を見逃さない。
先ほどのお返しと言わんばかりに、左腕のシールドに取り付けられたビームサーベルを起動しながら、”ストライク”の上方より襲いかかる。
「な、しまっ───」
<これで、終わりだ!>
ガクン、とキラは機体が揺れるのを感じた。アスランの攻撃が命中したに違いない。
アスランの攻撃は完璧に入った筈だ。きっと数瞬後には”ストライク”が爆散し、自分の命もそこで終わる。
アスランを止めるという目的も果たせず、仲間達と最後まで戦い抜くことも出来ず、情けなさに一杯になるキラ。
(ちょっと待て、なんだか様子がおかしいぞ?)
いつ来るかと身構えていた爆発の衝撃が、いつまで経っても来ない。
よくよく見れば、アラートは鳴っているが機体本体にダメージが発生したなどという表示も無い。
ならば、アラートの発生箇所は何処か?
「『ジェットストライカー』……被弾じゃなくて、エンジン停止!?ま、さ、か───」
脳裏に、アリアの言葉が再生される。
『一応最後にもう一度言っておきますけどエンジンの出力は上げすぎないでくださいね?あくまで試験飛行ですし、そこはまだ調整が完璧ではないので、エンジントラブルが起きますので』
『エンジントラブルが起きますので』
『エンジントラブル』
「───落ちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
アスランが相手だからとエンジンを限界まで動かした『ジェットストライカー』は限界を迎えていたのだ。
結果として軌道が乱れたことが、アスランの致命の一撃を躱すことに繋がったのだが、当の本人は知る由も無い。
「予備回路、ダメだ起動しない、消火機構間に合わない!───緊急着水っ!」
勢い良く海面に突っ込む”ストライク”。
その様を、”ズィージス”は呆然とした様子で滞空しながら見下ろすのだった。
「なん、だ?墜落したのか……?」
突如として黒煙を吹き出し、海面に墜落した”ストライク”を見ながら、アスランは思う。
(不具合か何かは知らないが、今のあいつは身動きを取れない。今なら、簡単に───)
ターゲットサイトは、既に”ストライク”を捉えていた。
後は引き金を引くだけで、”ストライク”は撃ち抜かれる。ZAFTで開発されたロング・ビームライフルの威力は強力だ。”ストライク”は確実に墜とせる。
「くっ、どうして……なんで、撃つと決めたのに……」
それでも、引けない。
照準の先にいるのは敵でしかないのに。自分の前に立ち塞がる壁でしかないのに!
───でも、キラ・ヤマトだ。
「っ───」
アスランは、自己嫌悪で自害してしまいたくなった。
殺すと言いながら殺せない。先ほどまでの熱は何処にいってしまったのか。
いや、先ほどの攻撃だって本当に殺意を持って行なっていたか?自分の全てが疑わしくなる。
「……くそ」
結局彼は、キラを撃つことは出来なかった。
帰還するためのエネルギーが足りなくなるとか、そんな言い訳を用意して。
結局のところ、彼は
「アスラン……」
飛び去っていった”ズィージス”の軌跡を見つめながら、キラは悔しさに額を歪ませた。
強くなったと思っていた。それでも、何も出来なかった。
あんなにも、近くにいたのに。今だって、親友だと思っているのに。
───2人の間には、どうしようも無い距離が生まれてしまっていた。
投稿が送れたこと……謝罪しよう。
でも事情があったんです……詳しくは活動報告にて。
次回以降は更新頻度戻る予定なので、どうかよしなに、よしなに……。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。