皆さん、お待たせしました!
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インド洋上 ”アークエンジェル”甲板
「ん~、潮風が気持ちいい♪」
甲板に出てきたヒルデガルダは、日光と潮風を浴びながら体を伸ばすように背伸びをした。その際に、彼女の体の一部分───形の良い胸部───がタンクトップ越しに存在を主張している。
さりげない風に顔を逸らして「見ていませんよ」と言いたげなマイケルとベントの2人は後でからかってやろうとヒルデガルダは決意しつつ、パラソルとサマーベッドの準備を始める。
「なぁ、なんでわざわざ外でくつろごうなどと言い出したんだ。こんなのは暑いだけだろう?」
「あれ、スノウちゃん暑いのダメだった?」
「ダメというわけではないが……」
半分疑問、半分不満といった表情でパラソルの設置を手伝うスノウ。
現在、”アークエンジェル”は上層部からの命令によってインド洋を東進し、『東アジア共和国』のカオシュン宇宙港を目指していた。
インド洋におけるZAFT軍の要衝であるディエゴガルシア島は既に陥落しているが、それでも今”アークエンジェル”がいる場所はそれよりも東、つまり未だにZAFTと遭遇する可能性がある海域だ。
にも関わらずヒルデガルダが船外でくつろごうと言い出したことが、スノウには理解出来なかった。
「なーに、こんな良い天気ならZAFTもきっと日なたぼっこしてるよ」
「そんなわけがあるか。だが、たしかにZAFTも我々に手を出している余裕は無いかもしれんな」
ディエゴガルシア島陥落の際に、相当数のZAFT兵が基地からの脱出に成功していることが捕虜からの尋問で明らかとなっている。
わざわざ”アークエンジェル”に
もっとも、だからといって油断していいという道理にはならない。スノウが不満そうにしていたのはそう言う理由だった。
「まぁまぁ、スノウちゃんも一度やってみようよ。きっとリフレッシュ出来るよ」
「……しょうがないな」
ヒルデガルダの薦めを断り切れず、スノウは組み上がったサマーベッドに寝転がってみる。
暑い外よりも空調の効いた船内でくつろいだ方が良いのでは無いかと考えていたスノウだが、実際に試してみると、なるほどと思わされる。
直射日光を遮るパラソルの下で、夏特有の暑さと時折吹いてくる潮風の涼やかさ。そして時折聞こえてくる海鳥の鳴き声は、たしかに心穏やかな気持ちにしてくれる。
「まぁ、いいんじゃないか」
「でしょー?」
隣で同様にくつろぎ始めたヒルデガルダ。
実のことを言うならば、ヒルデガルダが外でくつろごうと言い出した理由の半分はスノウの休息のためである。
───スノウは昨日の早朝、廊下で倒れた。
幸いにも通りがかった兵士に発見されて医務室に担ぎ込まれたのだが、船医であるフローレンスが本格的な診断を始めようとした時、「スノウの専属スタッフ」を名乗る白衣の男達が有無を言わさずに連れていってしまったのだ。
『医者としてこれほどの屈辱を受けたのは初めてです』
ショットガンを手にそう言って、白衣の男達に宛がわれている部屋に押し入ろうとしたフローレンスを止める方が大変だったのは余談である。
ともかく男達の処置を受けたらしいスノウは復帰したのだが、精神面での不調は残っていた。ヒルデガルダはそれを見抜いていたのだ。
閉鎖的な船内よりも開放感ある船外の方を選んだのは、そういう理由もあった。
(だけど……こっちはもう少し複雑そうかな?)
ヒルデガルダの視線の先には、マイケル達と共にバーベキューの準備を進めつつも、何処か浮かない様子のキラの姿があった。
「はぁ……」
少しの時間が経ち、キラは座り込んでただ海の方を見ていた。
後方ではヒルデガルダや合流してきたトール達が、消費期限が近づいた食材を使ってのバーベキューを楽しんでいるが、今のキラにはそれを楽しめるだけの余裕が無かったのだ。
『───お前だけは殺してやる!!!』
先の海戦で、キラはZAFTのマーレ・ストロードというパイロットを心の底から憎んで殺そうとした。
今となっては下らない挑発に引っかかってしまったのだと気づけているが、それでも、皆が必死になっているこの戦争で未だに「下らないナチュラルは死んで当然」と見下した調子のマーレはどうやっても認められないのだが、キラの悩みはそこには無い。
あの時、キラは相手が同じ命ある存在だということを無視した。
たとえ相手がどれだけ恐怖を抱いたとしても関係無い、むしろ良い気味だとすら思っていた自分に、今のキラは恐れを抱いていた。
(もし……もしまた同じような相手と戦うことになったら)
自分はまた、同じように憎しみを抱いて戦うことになるのだろうか。
憎しみを抱くことは間違いではない、と誰かは言っていた。実際、仲間を殺された復讐心で『紅海の鯱』マルコ・モラシムと戦っていたジェーン達も、別れ際には何処かサッパリした様子で、未来に進もうとしていた。
だが、あの時の憎しみは未来に進もうとか、過去にケジメを付けるだとかが一切無かったのだ。
あのようなどす黒い感情が
(もしも、
戦えるのだろうか。───アスラン・ザラと。
彼は母親を殺されたことを切掛としてZAFTに入隊したと思われる。ならば当然、連合軍への怒りは持っている筈だ。
以前会った時はまだキラが戦争に巻き込まれた民間人だったからこそ、彼も本気ではなかった。
だが、今は違う。キラは自分の意思で軍人として戦っている。
そんな自分に、彼もどす黒い憎しみをぶつけてくるだろうか。もし、そうなったなら。
キラとアスランの付き合いは長い。本当の兄弟のように、共に幼年期を過ごしてきた。
そんなアスランから憎しみをぶつけられることが耐えられるだろうか。否、それだけならまだいい。
もしも彼が、自分の仲間の命を奪ってしまったなら?マイケルやベント、ヒルダ、トール、サイ、ムウ、イーサン……かけがえのない仲間達の命を彼が奪ったなら?
「……僕は、彼と戦えるのかな」
再び溜息を吐くキラ。
今更悩んでも仕方ないことだと、理性は教えてくれていたが、それでも中々割り切れないことはある。
「おーい、どうかしたかキラ?はやくしないと、肉が品切れしちゃうぞ」
様子のおかしいキラを慮り、トールが近づいてくる。
このまま悩み続けるのもどうしようもない話であるし、何より辛気くさい顔で場の空気を乱すのもよろしくない。
一度頭をスッキリさせるためにも、宴に混ざるのが正解だろう。
「ごめんトール、今そっちに」
「いぃご身分ですねぇ……」
まるで地獄の底から這い上がってきた幽鬼のような声がその場に響いた。
全員が驚きと共に船内に通じるドアの方を見やると、そこには。───ふらふらと、俯きながら近づいてくるアリア・トラストの姿があった。
「我々が連日のデスマーチ……もとい作業に勤しんでいる中、宴会とは……ふふっ、アリアちゃん見境無く暴れ出しちゃいそうです☆」
「あー……ご苦労、さん?」
「どうも、フラガ少佐。ノンアルとはいえビールでバーベキューかますとは、怪我も治ってきたようで何よりです」
俯いている顔に前髪が掛かって見えづらいが、間違い無く今のアリアの目は正気を失ったものになっているに違いない。
そもそも、彼女はどうしてこんな有様になっているのだろうか。訝かしんでいる間にもアリアはフラフラと移動し、若干引き気味のキラの前に立つ。
「でもアリアちゃんは許してあげます。何故なら───」
「……何故なら?」
問い返すキラ。
がばりと顔を上げてキラを見るアリアの顔は、予想通り何かネジが飛んだような笑顔だった。
そして、その顔をキラは知っている。───確実に、面倒事だ。
「探し求めていたモルモ……テストパイロットが今、目の前にいるからです!───さぁ、楽しい楽しい新装備運用試験のお時間ですよ!」
”アークエンジェル”格納庫
「そーらーを自由に、とーびたーいなー♪」
『へいっ、ジェットストライカー!』
またしてもテンションが何処か可笑しくなっている技術者達を前に顔を引きつらせながら、キラは新たな装備を身につけた”ストライク”を見上げる。
『ジェットストライカー』と呼ばれる新しいストライカーパックは、MSに飛行能力を付与する試作装備だ。今はたたまれているが、起動時には2枚のウイングが展開するようになっている。
「というわけでですね、ちょうどインド洋を横断しきるまでに少し時間があるので、その合間に試験飛行してもらおうかと思いまして」
「へへっ、アリアの嬢ちゃんに振り回されるのはいつものことだが、まさか他のMSの整備と並行して準備しろってのは堪えたぜ。……よく考えたらいつものことだったわ、がっはっは!」
「えっと、お疲れ様です」
若干やつれて見えるマードックを労いつつ、キラは疑問をアリアにぶつける。
「でも、いいの?わざわざ新装備、それも飛行用のストライカーなんて、ZAFTに見つかるかもしれないこの場所で……」
「むしろ見せつけるのが目的なので、問題ありませんよ」
曰く、ここで試験飛行を行うことには単なるデータ取りに留まらず、ZAFTに心理的プレッシャーを与える意味合いもあるらしかった。
今でこそ『東アジア共和国』が開発した
つまりここで試験飛行を行うことは、『連合軍も同じことが出来るようになった』という事実を見せつけることで、ZAFTに
「それに、『ジェットストライカー』は既にその戦術価値から量産が決まってますからね。後は実際の飛行データをできる限り取得して全体に反映させるだけなんです」
「なるほど……対策しようとしてもその時には遅い、って感じなのか」
「そういうことです。”スカイグラスパー”と同じ有線式誘導ミサイルを翼に取り付けることも可能なので先制攻撃を仕掛ける場合の火力増強も出来る、といった感じに手堅くまとまってますよ」
幽鬼のような様相でいきなり連行された割には装備の癖は少なかったため、安堵するキラ。
───ここで『重装パワードストライカー』のような装備を出されたらどうしようかと思ったが、これなら何とかなりそうだ。
それに、これはこれで気分転換になるかもしれない、とキラは考えた。
1人で延々と悩むよりも何か仕事をしている方が気も紛れてスッキリするかもしれなかった。
「ところでさ、アリア」
「はい?」
「この試験飛行って、急遽捻じ込まれたものだよね?ていうか、捻じ込んだの君だよね?」
「……そうですね」
「じゃあ君や他の人達が草臥れてるのって、君のせいなんじゃ……」
「……あなたのような勘のいいモルモットは嫌いですよ」
<通信良好、システムオールグリーン。準備完了ですよ>
<こちら
「こちらソード1、了解。いつでもいけます」
”ストライク”のコクピットで最終点検を終えたキラは、操縦桿を握りこんだ。
試験の行程はシンプルだ。2機の”スカイグラスパー”が先行して出撃し、周辺の安全を確保。その後”ストライク”が発進し、一定時間飛行する。それだけだ。
いつものように実践で戦闘データを取る必要も無い───この段階では『ジェットストライカー』は単なる移動用として開発されており、戦闘は非常時に限られるため───ので、正直なことを言うならキラは拍子抜けしてさえいた。
<ペンタクル1、発進するぜ。さっさと終わらせてバーベキューの続きだ>
<ペンタクル2、発進します。初めて飛ぶからって落ちるなよキラ?>
一足先に
特にトールは、戦闘機とMSでモノが違うとはいえ自分の方が空という舞台に慣れているという自負もあってか珍しく先輩風を吹かしており、それが少し微笑ましさを感じさせている。
だが、キラが空戦に関して慣れていないというのは事実だ。ここは遠慮なく、
<”スカイグラスパー”からのデータを受信、周辺情報を更新……完了。周囲に敵影はありません>
<じゃあキラさん、お願いします。あ、一応最後にもう一度言っておきますけどエンジンの出力は上げすぎないでくださいね?あくまで試験飛行ですし、そこはまだ調整が完璧ではないので、エンジントラブルが起きますので>
「流石に試験飛行でそこまではしないよ」
<どうでしょうねぇ。なんだかんだで限界まで機体をぶん回すのがキラさんですし>
<ん”ん”、準備が整っているなら試験を始めるべきだと思うが>
何処か弛緩した空気が漂う中、ナタルが咳払いをして試験開始を促す。
最初の頃は肩に力が入りすぎている堅物軍人だったナタルだが、最近では”アークエンジェル”におけるTPOを理解したらしく、そこまでクルーを締め付けるようなことはしなくなっていた。
今では気を引き締めるべき場面で気を引き締めてくれる、頼れる副長だ。
<あ、すいません副長。じゃ、どうぞ>
「了解。───ソード1、発進します!」
いつも通りカタパルトで射出される感覚が体に降りかかる。
射出された”ストライク”───『ジェットストライカー』を装備しているので”ジェットストライク”───の翼が展開し、PS装甲が色づく。いつもと違うのはここからだ。
いつもと違い、落ちていく感覚ではなく浮遊感を覚えるキラ。
「飛翔翼の展開完了。飛行システムに問題無し……外側から何か異常はありますか?」
<視覚的には異常を確認できません。試験の第一段階はクリアしました、続けて第二段階に移行してください>
「了解」
試験は3段階に分かれており、第一段階では「そもそも飛べるか」を確認することが目的だ。
それが済んだら第ニ段階である「飛行を一定以上継続出来るか」に移行し、最後の第三段階で「きちんと帰還出来るか」を試験していくことになる。
「……これ、面白いかも」
初めて飛行という物を体感したキラは、未知の感覚に感動を覚えた。
以前、山間部で”バルトフェルド隊”と戦闘した際に”ディン”を踏み台にして高く飛び上がるということはしたキラだが、その時は「飛行」というより「滑空」だったため、新鮮な気分でいた。
眼下に広がる大海、ほどよく雲が浮かぶ晴れた空を、”ジェットストライク”は飛んでいく。
気分転換になればと思っていたキラだが、想像以上に効果があったようだ。
<どうだヤマト少尉、『飛ぶ』ってのはいいもんだろ?>
”ジェットストライク”の隣にイーサンの”スカイグラスパー”が並んでくる。
実際に飛んでみると、イーサンが戦闘機乗りとしてどれだけ優れた飛行技術を持っているのかがキラには分かった。
今、こうして並びかけてくる際の動作の滑らかさも、膨大な飛行時間と戦闘機の知識があってこそのものだ。
「そうですね、なんだか不思議な感覚です。『地に足のついた』って言葉の意味が分かるというか……楽しいですね」
<ははっ、初飛行で『楽しい』か!そりゃいい、お前さん戦闘機の方でもやっていけるぞ。どうだ、戦闘機乗りに転科してみるか?>
<勘弁してくださいよ中尉~。これでキラがホントに乗り換えたらすぐに俺が抜かされちゃいますよ>
<お前もその分強くなりゃいいんだよ!>
「あははは……」
同じように並びかけてきたトールの”スカイグラスパー”も交えて、3機は飛んでいく。
戦争中だと思えない空気だが、それがキラには心地よかった。
(戻ったら、誰かに相談してみようかな)
悩みが消えたわけではないが、誰かに相談することは出来る。───
だが、キラは未だに気づいていない。自分の『運命』が、想像を遥かに超えて困難な道のりだということを。
キラとアスラン。どんな過程を辿り、どんな結果になろうとも。
2人は、ぶつかり合う『
”アークエンジェル”艦橋
一方その頃、”アークエンジェル”の艦橋ではオペレーター達が計器に目を配らせ、異常がないかどうかを随時確認していた。
たしかに周辺に敵影は見えないが、潜水艦などを目視で捉えることは不可能だ。
地上で活動することが決定した折に搭載されたソナー探知機に反応は無いが、油断はできない。
「来ますかね、ZAFT」
「むしろ来てくれないと困る。ま、大勢で来られるのはもっと困るんだがな」
「でも偵察くらいは来ると思うな~。なんだかんだ私達、有名人だし~?」
「そりゃそうだ。『砂漠の虎』を撃破した上に、海戦でも成果を挙げたわけだからな。囮としちゃ最適だ」
彼らには余裕があった。
これまでの激戦を乗り越えてきた経験がそうしていたのだが、けして驕りではない。
その証拠に、会話しながらも機材から目を離していない。
そしてだからこそ、その反応に即座に気づくことが出来たのだ。
レーダーの1つが甲高い音を発した瞬間に、弛緩した空気が一瞬で引き締まる。
「レーダーに感あり!水中じゃない……航空機?」
「民間機か?」
ナタルの問いかけに、問われたダリダ・チャンドラ2世が首を横に振る。
「いえ、こんな速度を出せる民間機はありません。データ照合を開始……ん?」
「どうした?」
戸惑いの声を漏らすダリダ。
ナタルの問いかけに彼が返した答えは、艦橋内の一部クルーの緊張度を一気に引き上げた。
「照合結果が……GAT-X303”イージス”の可能性73%?」
「”イージス”だと?」
「……敵の正体がわかりました」
エリクの発言に視線が集中する。
忘れられるはずもない。高速で飛行可能で中途半端な照合率。それは、彼らがあの『三月禍戦』で戦った存在だ。
『ガンダム』に乗ったアイザックとカシンの2人を相手にしながら、けして譲らない戦いぶりを見せたあのMSの名は。
「おそらく、”ザフト・イージス”……」
「───”ズィージス”!ZAFTがコピーした”イージス”のカスタム機ね……」
「その通りです艦長。そして、地上でその機体を駆るのは……」
現在、確認されている”ズィージス”は2機。片方は宇宙でラウ・ル・クルーゼが搭乗している。
そしてもう1機の方は、地上で、あるエースパイロットの乗機として知られ、
「『
『運命』はいつだって、人のことを考えてはくれない。
久しぶりに本編の方を投稿出来ました!
週一投稿を目指して、調子を上げていきたいと思います!
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。