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ディエゴガルシア島海岸 タラワ級強襲揚陸艦”ルツーリ” 艦橋
「提督、島全域での武装解除が完了しました」
その言葉を聞き、この戦闘の総指揮を執っていたヘリー・ラベアリベロ中将は、本日初の溜息を吐いた。
それは安堵の念を強く感じさせるものであり、投降勧告をZAFT側の基地司令のフォード・リンバンが受諾してからスムーズに事が進んだことに喜びを感じているのだということの証左でもあった。
差別主義蔓延るZAFTにおいてこれほどスムーズに武装解除が進んだ理由は、なんということはない。───抵抗が出来るほど島が広くないのだ。
ディエゴガルシア島の面積は36㎢ほどしかなく、これは東アジア共和国におけるトーキョーシティにおける葛飾区とそう変わらない面積である*1。その上、建物もそう多いわけではない。
これではどれだけ優れた兵士であっても匙を投げる、どころか取り落とすレベルの話なのだ。
「ようやく、といったところだな。これで我々も、明確に自分達の戦果だと主張出来るものを得られたわけだ」
ヘリーの言うように、『南アフリカ統一機構』は明確な戦果を求めていた。
国民への喧伝や他国へのアピールもあるが、一番は戦後の報酬のためである。
要するに、
『我々はこれこれこういった形で戦争勝利に貢献しました。だから私達にも褒美をください』
と他の連合加盟国に主張するためだ。
連合加盟国の内、『大西洋連邦』『ユーラシア連合』『東アジア共和国』の3カ国は元からプラント理事国、つまりZAFT撃破後に戻るプラント関連の利権を当てに戦争をしているが、『南アフリカ統一機構』にそのようなものは無い。
『ユーラシア連合』との繋がりや北アフリカ諸国こと『アフリカ共同体』との対立が理由で連合に加盟している。しかし、プラントに関しては戦前ノータッチと言っても良いほどに関与していなかったのだ。
それでは戦後どこから報酬を得るかと言うと、順当に行けば『アフリカ共同体』となるが、正直これだけの戦争に参加して得られるものとして、『アフリカ共同体』は余りにも不十分に過ぎた。
かといって他の国家から毟るにしても、オセアニアを支配する『大洋州連合』は地理的に遠く不便であり、イスラム諸国連合である『汎ムスリム同盟』も一番魅力的だった天然資源はとうの昔に枯渇気味。
必然、プラント利権からの
「『大西洋連邦』の援護有りと言えど、作戦の主体になったのは間違い無く南アフリカだ。これで政治家共も少しは納得するだろうさ」
「あとは、
「そうだが……それは陸軍に期待するしかあるまい。それらの戦いで我々に出来るのは支援が精々だ」
自分達に出来ることはやったというヘリー。それは間違い無く正論であった。
それよりも、彼にはやるべきことがある。
この戦いで生まれた損耗の確認だ。
「提督、艦隊各所からの被害報告書纏めです」
「うむ、ご苦労。……やはりな」
渡された報告書の中には、勝利の喜びに陰りをもたらすには十分なものが記されていた。
まず、艦艇の被害。
”アーカンソー”級イージス艦2隻と潜水艦1隻撃沈、更に2隻が中破判定を受けた。今回の作戦に参加した艦艇は南アフリカのものだけで10隻だから、5分の1が失われたことになる。
空中からの攻撃は”アークエンジェル”や航空隊が引きつけていたから少なかったが、やはり大きな損傷の殆どは水中からの攻撃によるものだった。
幸いにして数少ない強襲揚陸艦かつ今回の作戦の旗艦である”ルツーリ”に被害は無いが、海軍全体で見れば大きな痛手となる。
次にMS。これはもっと酷かった。
参加した”ポセイドン”12機───”マーメイズ”は含まないが、その内5機が撃墜されて3機が中破判定。他の機体も少なからず損傷は受けている。
“ポセイドン”は原型が”デュエル”だけあって高価であり、易々と補充は効かない存在だ。
そもそも各地からかき集められるだけ集めたわけだから、ケープタウン防衛などの最低限の守りを除けば南アフリカのほぼ全ての”ポセイドン”が集結したと言ってもいい。
そこに、この被害。支援が精一杯と先ほどヘリーは言ったが、それさえこなせるか怪しくなってきた。
”メビウス・フィッシュ”に関しても被害は甚大で、64機中21機が撃墜、6機が中破となっている。
実に、3分の1が失われたのだ。
本来は魚雷を一斉射した後に母艦に戻り補給を受け、前線は”ポセイドン”が担当する、という想定だったために被害がここまで大きく成るはずはなかったのだが、作戦中盤に敵MS隊の突出を許してしまい、これほどの被害が生まれたとされている。
その敵MS隊にはマルコ・モラシムも含まれており、敵エースによる蹂躙を許してしまったのが、後に本作戦における最大の反省点であるとされた。
幸いと呼べるのは航空戦力の被害が殆ど存在していなかったことで、これは”アークエンジェル”への攻撃を敵部隊が優先したことが理由だろうとヘリーは推測した。
地上でも飛行可能と言えど、元は宇宙用の”アークエンジェル”は艦体のほぼ全方向に対応出来るよう『イーゲルシュテルン』を配置しており、死角らしい死角は存在しない。
これの攻略に手間取った上で連合軍の航空隊からの攻撃を受けたのだから、被害が少ないこともある意味では当然と言えた。
だが、問題は具体的数字に依らない所にあった。
それは、戦死した兵士達の練度である。
作戦を必ず成功させるために、参加させた兵士達は個々の練度も重要視された。
貴重な”ポセイドン”のパイロットは勿論、”メビウス・フィッシュ”のパイロット達だって、少なくとも3回は戦闘を経験したことのある兵士達だったのだ。
たった3回、されど3回。
それだけの戦闘経験を持つ兵士達を失ったのは、ある意味では機体の損耗以上に痛手となる。
「予想していなかったわけではなかった、が……」
散っていった仲間達への情という意味でも、貴重な人的資源の損耗という意味でも、ヘリーは悲痛な面持ちとなった。
だが、彼は次いで、衝撃を伴った情報を耳にすることになる。
ディエゴガルシア島 仮設拠点
「おい……おいおいおい。こりゃどうなってんだ?」
男が手にしているのは、獲得した捕虜のリストだ。それを見て、彼は怒りや戸惑いが混ぜこぜになった言葉を吐いた。
ZAFTには階級制がない。
指揮官が誰であるかを示すために服の色で区別してこそいるが、建前的には全員同階級ということになる。
だから捕虜としたZAFT兵士が多い場合には手っ取り早く分類するために、連合軍では捕虜リストに名前の他に年齢も記すことになっていた。
彼は、そこに並んだ年齢を表す数字を見て困惑したのだ。
「こいつは16、こいつも16、あいつは15……ガキばっかじゃねぇか!?」
捕虜となったZAFT兵士の中で、18歳未満の兵士の割合が多すぎたのだ。
これはいったいどういうことか。捕虜としたZAFT兵の中からマトモに会話が可能な者を捕まえて話を聞く兵士達。
応じたのは、18歳の兵士だった。
彼は懇切丁寧に、しかしどこか自暴自棄を窺わせる態度で話した。
「ああ、それはプラント特有の問題が絡んでいてですね。
プラントでは15歳で成人と認められるわけですが、ここに『ZAFTは厳密には正式には軍隊ではなく義勇軍である』ということが絡んできます。───無いんですよ、15歳を超えて間もないような、そんな若い国民が入隊を志願した場合に
そう、おかしいでしょ?普通の国家の、普通の軍隊だったらそんな若者を駆り出すのはそれこそ追い込まれに追い込まれた果ての最終手段で、そうでなければ兵士にはしない、最悪でも前線には向かわせない。
いやまぁ、他の国の軍隊について詳しいわけでも無いのでテキトーに言ってます。すいません。
でも、ZAFTは義勇軍。厳格な審査も無ければ、そもそも
で、ZAFTに入隊して彼らがどうなるかって言うと、アカデミーと呼ばれる士官学校に入学してそこで軍事を学ぶわけですが……『三月禍戦』の頃から、課程を短縮して卒業させられる兵士が増えてきまして。
かく言う自分もその口ですが、その結果として、他国の皆様から見れば目を剥く平均年齢の軍隊が出来上がる、ってわけです。
でも、全ての基地で
代わりに、このディエゴガルシア島みたいに上から価値が低いと見られた拠点には速成兵士が配属されていく、と。
実際、これまでこの島に攻めてくるような敵もいなければ、仮にあっても水中戦でケリが付く場合がほとんどでしたからね。それなら基地のスタッフは未成熟でもなんとかなると判断されたんでしょう。
そうして、この有様です。
実際にはもっときちんとした兵士もいるにはいたんですが、戦闘が始まってから基地司令が何かと理由つけて後方の撤退支援艦隊まで次々と送り出していっちゃいまして。
『この基地は遠からず陥落するから、せめて君達だけでも』とかなんとか言ってましたが、あのヘタレ司令のことです。どうせ本音は『お前らみたいな戦う意思のある奴がいるとスムーズに投降出来ないからさっさとあっち行け!』ってところでしょう。
楽だったでしょう、基地の制圧は?戦う意思のある奴は皆撤退済みなんですから、当たり前です。
……なんでここまでベラベラと話すかって?
いやぁ、実は自分には16の弟がいまして。そいつが『ZAFTに入って戦うんだ!』とか抜かすので危なっかしいからと自分がくっついて入隊したんです。兄弟揃ってです。
でも、先ほど言ったように繰り上げ卒業させられて。当たり前ですけど、人事は兄弟だからと配慮なんかしてくれやしません。
───弟が何処かの戦場であっけなく死んだことを、仲間と上官の愚痴を叩き合っているところで唐突に聞かされました。
それ以来、馬鹿馬鹿しくなっちゃいましてね。
もう1つ、打算もあります。ええ、自分の待遇について。
戦争が終わったら、自分をプラントに帰してくれるように掛け合って欲しいんですよ。
……兄弟揃って死にました、なんて、両親が不憫です。
どうか、殺さないでください」
『なんということだ。なんということだ。
我々は敵基地ではなく、ハイスクールを攻撃していたのだ』
この報告を受けた時、ヘリー・ラベアリベロ中将は報告書を持った手とは反対の手で顔を覆い、このような言葉を漏らした。
彼には、今年ハイスクールに入学した15歳の孫娘がいた。
「すいません、大西洋連邦のジェーン・ヒューストン中尉を知りませんか?」
知らない、という兵士に礼を言いながらキラは辺りを見回した。
戦いが終わり、落ち着いたキラはジェーン達”マーメイズ”を探していた。彼女達との模擬戦の経験が無ければ、生き残ることは出来なかっただろうからだ。
兵士達で混雑する中、キラは歩き回る。
探し始めてから数分、キラはジェーン達の姿を見つけた。
「ヒューストン中尉!」
「……ああ、ヤマト少尉か」
彼女達は未だ疲れを垣間見せており、彼女達がどれだけの激戦をくぐり抜けてきたのかが窺えた。
だが、キラはあることに気付く。
林凜風の姿が見えないのだ。
「あれ、林少尉は……?」
「……」
彼女達の反応を見て、キラは失言に気付いた。
当たり前の質問をしただけと言えばそうなのだが、それがどれだけ彼女達にとって、して欲しくない質問だったか。
「逝っちまったよ……」
「ぁ……」
水筒から水を飲みつつ、ジェーンは話す。
「バカな奴だった。あたしをピンチから救った、それだけで済ませとけば良かったのに……あいつは、モラシムに仕掛けてしまったのさ」
「『紅海の鯱』……」
「結果、あいつは返り討ちに遭って、あっさりとな。……復讐心に囚われなきゃ、こんなことにはなっていなかったかもしれないが」
復讐心に囚われた。凜風の死因を聞き、再びキラの心に曇りが生まれる。
おそらく彼女は復讐を理由として戦っていたのだろう。今の時代、そう珍しい話では無い。
連合もZAFTも、況してやナチュラルもコーディネイターも関係無く、復讐者は生まれるのだ。
「だが、あいつがモラシムを仕留めるチャンスを作ってくれたのも事実だ。それだけは認めなきゃならん」
「……」
「言っとくが、同情は要らないからね。どういう理由があったにしろ、こういう結果になったのは紛れもなくあいつの選択が理由だ」
ジェーンはぶっきらぼうに、しかし何処か慮るようにキラに語りかける。
がさつな女兵士といった第一印象のジェーンだが、目下に対する配慮が出来る器量も備えていた。
だが、キラの心を曇らせた根本的な理由はそこにはない。
キラは先ほどの戦闘で、紛れもなく憎しみの力で戦った。相手を憎んで、戦った。
自分も凜風と同じように死なない保証など何処にも無かったのだ。
「……あんたも、色々とあったみたいだね。なあ、ヤマト少尉。一つだけ頼まれてくれ」
「はい……?」
「あんたがもし、ここから先誰かを憎んだ時、そんなことがあったら。───少しでいいから、林凜風っていう女がいたってことを思い出してやってくれ。誰かの道を決定する指針として役立ったなら、あいつも少しは報われるだろうさ」
ジェーンの言葉に、キラは頷くしかなかった。
「隊長、そろそろ……」
ジェーンの傍らに控えていたエレノアがジェーンに声を掛ける。
彼女達は”マーメイズ”、連合軍最強の水中戦のプロフェッショナルだ。いつまでも同じ所に留まっているわけにもいかない。次の戦場が彼女達を待っていた。
そして、それはキラも同じ。
「分かった。……ま、そういうことだ。もう会うことも無いだろうが、元気でやりなよ」
「じゃあね、キラ君。もし戦争に関係無く会いたくなったら、いつでも会いに来てね!」
「そういうこと言ってたら凜風が化けて出てくるわよ。『私が居なくなってもこの有様か』って。……でもまあ、私も同じ気持ちかな。バイバイキラ君。何時か何処かの、平和な場所で!」
キラにウインクをしたりしながら、”マーメイズ”は去っていった。
後に残されたのは、複雑な気持ちでそれを見送りながら立ち尽くす、ただ1人の少年の姿だけだった。
”アークエンジェル”艦長室
「……
驚くマリューに、ミヤムラは頷いた。
今後の”第31独立遊撃部隊”の方針を話し合うためにこの場に集まった”アークエンジェル”将校達、しかし、ミヤムラから伝えられた方針は常識からは大きく外れたものだったのだ。
「ああ。『第31独立遊撃部隊』はこのまま『赤道連合』領域内を通過して東進、東アジアのカオシュン宇宙港を目指すことになる。『赤道連合』も既に許可済だそうだ」
「そんなバカな……単艦で、他国の領空を通って通行するなど、聞いたことがありません!」
「そりゃ、カオシュンに行くなら最短通路はそうなるんでしょうが……」
上層部からの指示が理解出来ずに困惑する一同。
一方、ミヤムラは薄らと命令の意図を理解し始めていた。
(カオシュンに向かわせる……つまりマスドライバーで”アークエンジェル”を宇宙に上げようというのか。だが今“アークエンジェル”を上げる意味は……なるほど、どうやら上層部は我々を使いこむつもりらしい)
これまで通り、”アークエンジェル”は激戦地に放り込まれると言うことだろう。
そして、次なる激戦地は。
(ハワイ……か)
翌朝、簡易修理を終えた”アークエンジェル”は東に向かって飛び立った。
南アフリカに多くの光明をもたらし、更なる戦場へと向かっていく”アークエンジェル”に、兵士達は手を振り続けた───。
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”アークエンジェル”通路
「まったく、あいつらは……」
あくびをかみ殺しながら、スノウは自室に向かって歩いていた。作戦成功を祝って、ヒルデガルダ達が女子会を開催し、スノウは先ほどまでそこに参加していたのだ。
苦言を呈しながらも、その顔に浮かんでいるのは穏やかな苦笑。
彼女としても、女子会は楽しめるものだった。
「にしても、朝までやることは……?」
スノウは、自分の視界に異常が生まれていることに気がついた。
いきなり揺れたかと思うと、ドンドンと横倒しになり、地面に近づいているのだ。
やがて地面と視界が限りなく近づき、スノウは衝撃を感じた。
「……?」
違う、衝撃だけではない。痛みもある。おかしくなったのは視界ではない。
そのことに気がつき、スノウは体を起こそうと試みるも、体が動かない。
次第に、呼吸も正常なものではなくなっていくスノウ。冷や汗も浮かんでくる。
自分の体なのに、スノウには何も分からない。
(どうなって……いる。私の、体、は───?)
次回は、いったんマウス隊の方に視点を移してお送りします。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。