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インド洋
「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
雄叫びを挙げながら”フォビドゥンブルー”がバックパックに装備するフォノンメーザー砲を発射するジェーン。
その砲口は宿敵、マルコ・モラシムの駆る”ゾノ・オルカ”へと向かっていた。
しかし、”ゾノ・オルカ”はその巨体には似合わない機動性で悠々とその一撃を避ける。
「くっ……強化されたハイドロジェットかい!?だったら……あんた達!」
『了解!』
ジェーンのかけ声に合わせて行動を開始する“マーメイズ”。何度も共に戦ってきた彼女達には、今ジェーンが何を求めているかも理解出来るのだ。
各々にフォノンメーザー銃を放ち、”ゾノ・オルカ”を誘導していく。
3機もの”ポセイドン”からの攻撃を避けていく機動は流石『紅海の鯱』と言うべきか。モラシムでなければ既に被弾しているだろう弾幕。
しかし、”マーメイズ”にとっては避けられることも折り込み済みだ。
「そこだ!」
”フォビドゥンブルー”のバックパックに備わった魚雷を発射するジェーン。ジェーンに合わせて他の機体も魚雷を発射する。
これが”マーメイズ”の必殺コンビネーションだ。
3機で獲物を誘導しつつ隊長のジェーンが最適な攻撃ポイントに移動し、攻撃する。
ジェーンの魚雷を避ければ、僚機が発射した予測回避コースに放たれた魚雷、つまり
どう転んでも魚雷が直撃し、撃墜は免れない陣形。
<ちょこざい、なぁっ!>
「なにっ!?」
それを、モラシムは力任せに突破した。
ジェーンの放った魚雷に真正面から突っ込み、爆発をものともせずに”フォビドゥンブルー”を弾き飛ばしたのだ。
弾き飛ばした衝撃で銛を破壊される”フォビドゥンブルー”。
しかし、ジェーンはそんなことよりも大きな衝撃に包まれていた。
「魚雷の直撃だよ!?」
どんなに頑丈な装甲でも、”フォビドゥンブルー”のスーパーキャビテーティング魚雷の威力を無力化するなどあり得ない。
───否、1つだけある。
「まさか……PS装甲か!?」
”ゾノ・オルカ”はマルコ・モラシムのためにカスタムされた機体。
ただ1人のためであるからこそ、PS装甲が搭載されることはおかしなことではなかった。
”ポセイドン”や”フォビドゥンブルー”は胴体にしか搭載していないPS装甲、それを”ゾノ・オルカ”は全身に備えている。
消費電力はかさむが、そのために専用のバッテリーまで増設しているため、稼働時間に大きな影響は無い。
単純な性能で考えれば、現在の水中で最強のMSは間違い無く”ゾノ・オルカ”である。
「予想はしていたが……これは手こずりそうだ」
一方その頃、キラはマーレ・ストロード率いる3機の”ゾノ”と戦闘していた。
”ポセイドン”と同等の戦闘力を誇る”ゾノ”3機に囲まれるのは、極めて危険な状態にあると言えるだろう。
しかし。
<くそっ、なぜ当てられない!>
「……この敵?」
”ゾノ”の発射するフォノンメーザー砲、魚雷、そして本体による格闘攻撃。
その全てが、”アクアストライク”を捉えきれない。
このような状況になった原因は、”アクアストライク”の性能が抜きん出て高いからでもなければ、マーレ達の腕が悪いからでもない。
───純粋に、キラの戦闘能力の高さ故である。
「なんだ……
3機もの敵から集中攻撃を浴びせられても、キラの中に焦燥感が生まれることはなく、むしろそのことをキラ自身が不思議に思う始末。
それもその筈、キラはケープタウン基地で、マーレ達よりも高練度の”マーメイズ”との模擬戦を何度か経験している。
それだけではなく、以前の実戦においてもキラは高い連携戦闘力を誇った
あの3機と比べれば、目の前の”ゾノ”はひたすら数の暴力で圧殺しようという意図しか感じ取れない。
これまで積み重ねてきた戦闘経験が、キラに余裕を生み出していたのだ。
「これなら、持ちこたえられそうかな……!」
装備しているのが実弾兵器だけということもあり、”アクアストライク”のエネルギー残量にも余裕があった。
それよりもキラが不安なのは、魚雷の残弾数だ。
”アクアストライク”の装備する魚雷発射用の銃に装填できる弾数は6発。
後腰部に接続出来る予備魚雷4発と合わせても、僅か10発しかないのだ。その内既に6発は撃ちきっている。
(”ポセイドン”と違って”アクアストライク”は機体に装着するパーツが多いから、予備のカートリッジを積むのも難しいんだよな。かといってフォノンメーザー銃だとエネルギー消耗が……)
ここでキラが3機の”ゾノ”を引きつけておけばその分味方の負担が減る。
もし”ゾノ”が”アクアストライク”を諦めて他の場所に戻るなら、それはそれでキラも補給を試みる余裕が生まれるだろう。
戦闘が終わった後の報告書に書く内容を考えるほどに余裕があるキラ。
だが、どんな戦闘でも想定外は起こるものだ。
<ちっ、それなら……お前ら!>
3機の”ゾノ”の間で何らかのやり取りがあったのか、”アクアストライク”への攻撃を止めて別の方向へと向かい始めた。
その方向には連合軍の潜水艦隊が存在している。
目の前の猪口才な敵を相手にしているよりも、その後ろの本隊を狙った方が効率的。そう考えるのは当然のことだった。
「っ、行かせるか!」
無論、キラがそれを見逃す筈も無い。が、残弾の少ないキラでは満足に妨害も行えない。
潜水艦隊に向かう”ゾノ”と、それを追う”アクアストライク”。
無意識に事態を甘く見ていたキラは自分を罵倒した。
(戦場は目の前だけじゃないっていうのに、僕ってやつは!)
”アーカンソー”級イージス艦 ”ラマポーザ”
「艦対空ビームシステムの発射間隔をもっと縮めるんだ!狙って撃ったって当たらん、それくらいなら牽制くらいに考えた方が良い!」
「それでは砲身の冷却が間に合いません!」
「ならば片側一門ずつ撃たせるようにしろ!出来る筈だ!」
「了解!」
如何に”アークエンジェル”が敵航空部隊を引きつけているとしても、海上艦隊を素通りさせるわけがない。
この”ラマポーザ”の艦橋も他の艦と同様に、”ディン”部隊からの攻撃を受けていた。
未だに優秀な攻撃能力を持つ”ディン”に張り付かれる”ラマポーザ”。しかし、連合軍で進化しているのは何もMSや航空機だけではない。
”アーカンソー”級は、本来の歴史では”デモイン”級イージス艦の主砲を連装ビーム砲に変更したバリエーション艦でしかなかったが、この世界においてはより対空に特化した艦として進化しているのだ。
主砲である対空ビーム砲は威力を若干抑えた代わりに連射速度を上げており、本来両舷に2基だけであった25㎜対空ガトリング砲も6基にまで増設している。
艦橋下に配置された対艦ミサイルランチャーも対空ミサイルランチャーに換装されているため、生半可な腕では1発も攻撃を命中させることも出来ずに撃ち落とされるだけだろう。
代わりに対艦攻撃能力は落ちているが、それこそMSや航空機といった他戦力にそれを任せることで、“アーカンソー”級は鉄壁の対空防御力を誇っていた。
「水中センサーに反応、敵MS浮上してきます!」
「なにっ!?」
とはいえ、鉄壁なのは海面より上の話。
海中から急速浮上した”ゾノ”が艦橋前方に飛び乗り、その爪を振り上げて艦橋を潰そうとする。
思わず手を挙げてしまう艦長。
『やらせるかぁっ!』
しかし、同じように水中から飛び出してきた”アクアストライク”が”ゾノ”にタックルし、再び水中にたたき落とす。
大きな揺れが連続して”ラマポーザ”を襲い、乗組員達は近くの手すりや壁を頼りに体を支えなければならず、そうでないものは体の一部を打ち付けた。
「くっ……状況は!?」
「艦への被害軽微、航行に支障ありません!」
「よし……戦闘続行!もう少しだ、もう少しでディエゴガルシア島が射程範囲に入る!けして脇目を振らず、今はただ突き進め!」
海面下では、今も激戦が繰り広げられている。そこに手を出す方法は彼らにはない。
ただ、仲間の勝利を祈るしか無いのだ───。
「くそっ、こいつら!」
キラは”アクアストライク”にアーマーシュナイダーを持たせ、先ほど突き落とした”ゾノ”に突き立てようとする。
しかし、海中の”ゾノ”はその巨体には似つかわしくない敏捷性を発揮してそれを避け、”アクアストライク”を弾き飛ばした。
「ぐあっ!?」
普段のキラであれば、先ほどのような無茶な攻撃を行なおうとはしなかっただろう。
しかし、キラには無理をしても”ゾノ”を止める必要があった。
<助けてくれ、”ゾノ”が……ぎゃぁっ!?>
潜水艦隊の近くには、魚雷を消耗した”メビウス・フィッシュ”も複数機、補給のために存在していた。
”ゾノ”は残弾数の少ない”アクアストライク”を無視して、弱小の”メビウス・フィッシュ”隊への攻撃を始めたのである。
護衛の”ポセイドン”も存在しているが、如何せん”ポセイドン”の多くは今も前線で戦っているために、近くには1機しかいない。
エースである”マーメイズ”がモラシムに掛かりきりになっている現状も、ZAFTにとって追い風となっていた。
「やめろぉっ!」
最後の魚雷を発射して、”メビウス・フィッシュ”をクローで切り裂こうとした”ゾノ”への攻撃を行なうキラ。
その一撃は”ゾノ”の動きを阻害し、”メビウス・フィッシュ”への攻撃を中断させる。
<あがくな、劣等種が!>
しかし、逃げた先に回り込むように別の”ゾノ”が現れ、”メビウス・フィッシュ”をクローで切り裂いてしまった。
気付けば周辺には“メビウス・フィッシュ”も”ポセイドン”もいなくなっていた。キラが戦っている間に逃げられた機体もいるだろうが、少なくない数が撃破されたのは間違い無い。
再び3機の”ゾノ”に囲まれるキラ。先ほどと違うのは、既に”アクアストライク”は射撃武装を持ち合わせていないということ。
頭部の『イーゲルシュテルン』は撃てなくもないが、水中での威力などたかが知れているし、そもそも”ゾノ”の装甲を貫徹することなど不可能だ。
(どうする?こいつらの動き自体は大したことじゃないのは分かってる、このまま時間を稼ぐか?いや、また別の場所に向かわれるのがオチだ!)
思案するキラ。そんな彼の元に通信が届く。
通信先は、自分を取り囲む”ゾノ”の内の1機だ。
投降勧告でもするつもりだろうか。しかし、水中に限定しなければ有利なのは連合軍側だ。そんな余裕があるとは思えない。
高確率で何らかの罠だ。しかし、時間稼ぎには使えるかもしれないと考えキラは通信に応じる。
<ふん、やっと回線を開いたか。ナチュラルは一々動きがトロいな>
「……お生憎様、僕はコーディネイターだよ」
第一声からこのヘイトスピーチ。キラは通信相手が極めて面倒な人間だと確信した。
横柄な態度の男はマーレ・ストロードを名乗り、キラに話しかける。
<コーディネイターのくせに連合軍に所属するとはな、裏切り者め>
「コーディネイターの総数と『プラント』の総人口を考えれば、どっちが裏切り者なのか分かると思うけどね」
<地球などに残る奴は時代を読めない愚図共だ。だから連合軍などに騙されて俺達と戦っているんだろう>
(……頭が痛くなってきたな)
本当にこのマーレという男は自分と同じ人間なのだろうか。無意識の内に目元をひくつかせてしまうキラ。
たしかにプトレマイオス基地での訓練生時代にもコーディネイターであるという理由で差別されたことはあったが、ここまでハッキリとした差別意識を見たことはない。
これには、プトレマイオス基地が月面に面しており、地球ほど差別意識が根付いていないことも大きかったのだが、今のキラに知る由は無かった。
とはいえ、わざわざ通信を繋げてきたということには理由があるはずだ。
「そんな下らないヘイトスピーチを聞かせるのが目的ってわけじゃないよね」
<勿論だ。……コーディネイターだというならちょうどいい>
次にマーレが発した言葉は、キラの思考をフリーズさせた。
一方その頃、ジェーン達”マーメイズ”とモラシムの戦いは膠着状態に陥っていた。
”マーメイズ”は実弾兵器が無効化される現状に決め手を欠いており、有効打が与えられず。
対するモラシムも、4対1という状況下でありながら有効打を受けずに戦闘を成立させている驚嘆すべき戦いぶりを見せているが、”マーメイズ”の連携を崩すまでには至っていなかった。
(どうする……まだ奴に見せていない、その上でPS装甲を貫ける手段は
ジェーンの駆る”フォビドゥンブルー”が持つPS装甲を突破出来る武装は、バックパックに内蔵されたフォノンメーザー砲のみ。それ以外は実弾兵器だ。
しかし、部下達の駆る”ポセイドン”は違う。
彼女達の機体にはフォノンメーザー銃以外に、もう1つ、PS装甲を貫通出来る武装が装備されている。
だが、それを使える距離にまでモラシムが易々と接近させてくれるかというと、そうではない。
<隊長、
「ダメだ、危険過ぎる!下手に近づけばタダじゃ済まないよ!」
<でも、このままじゃ!>
エレノアとイザベラがジェーンに迫るが、それでもジェーンは首を縦に振らなかった。
たしかに、モラシムを撃破するには絶好の、またとない機会だ。
秘密兵器を知られていないこともそうだが、万が一ここでモラシムを取り逃がしてしまえばモラシムは別の場所で友軍を蹂躙するだろう。軍人として、それだけは許すわけにはいかない。
───だが、信頼する部下の命を犠牲するという選択が出来るほど、ジェーンは非情では無い。
(PS装甲だって無限に続くわけじゃない、いずれはバッテリーも切れる!……それまで持ちこたえられるか?)
敵のエネルギー切れを狙うには、ジェーンの機体、”フォビドゥンブルー”では不安を拭えない作戦だ。
”フォビドゥンブルー”は水中にて高い運動性を有する機体だが、それはバックパックに接続された特殊兵装『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』ありきのもの。
こちらも性能に見合う電力消費量を誇る装備であり、持久戦を挑むのには間違っても向いているとは言えない。
<考え事か、生意気な!>
「っ、しまった!?」
ジェーンが考えを巡らせた僅かな時間。それを見逃すようなモラシムではなかった。
”フォビドゥンブルー”に突進する”ゾノ・オルカ”。ジェーンはそれを避けられず、咄嗟に受け止めた左腕部があっけなくクローで破壊され、吹き飛ばされる”フォビドゥンブルー”。
<これで、まず1匹!>
モニター一杯に映る”ゾノ・オルカ”。
宿敵を前に隙を見せた自分を呪いながら、生き残るために最大限に脳を働かせて生き残る最善の方法を探すジェーン。
しかし、彼女の脳が導き出した答えは、どう足掻いても死は免れない、という無慈悲なものだった。
脳裏に恋人の顔が過ぎる。
(こんなところで……エド!)
<隊長……!>
一瞬にして”ゾノ・オルカ”が視界から消え去る。
”ゾノ・オルカ”に組み付いて押し出し、ジェーンの命を救ったのは、凜風の”ポセイドン”だった。
<リンリン!?>
狼狽するジェーンの声が聞こえるが、今の凜風には返事をする余裕がなかった。
ずっとずっと、追い求めていた仇が、すぐ目の前にいるのだから。
「この距離なら!」
<女の……っ!?>
動揺する男の声が聞こえる。これが、殺害する瞬間を何度も夢に見てきた男の声。
凜風は思わず、鼻で笑ってしまった。
高々女の声が聞こえた程度で、女が戦場に出てくる程度で動揺する男を、今までずっと追って来たのだから。
───そうしたのは、お前だろうに!
「死ね、モラシム……!」
凜風の”ポセイドン”は後腰部に接続していた細長い筒のような物体を手に取ると、それを”ゾノ・オルカ”に押し当てる。
その筒にはスイッチのようなものが存在しており、”ポセイドン”はそれを押し込んだ。
直後、”ゾノ・オルカ”の装甲表面に亀裂が生じる。
<なんだとっ!?>
動揺するモラシム。
”ポセイドン”が使用したのは、フォノンメーザー砲を筒状にした試作兵器『トリトン』だ。
通常のフォノンメーザー銃や砲と比べれば射程など有って無いようなものだが威力は十分であり、今のように敵機と密着した状態では銃よりも有用だろう。
そして、フォノンメーザー銃と同様にこの武器はPS装甲にダメージを与えることが出来る。
フォノンメーザーピックとでも呼称されるこの装備を、凜風は何度も撃ち込む。
「このまま、魚の餌にしてやる……!」
<ダメだ凜風、退け!>
撃ち込む度にダメージを負っていく”ゾノ・オルカ”に凜風は顔を喜色に染める。
もう少しで恋人の仇を討てる。その思いは、憎悪は、制止しようとする隊長の声さえ聞こえなくしてしまう。
これが、彼女の命運を分けた。
何故、ジェーンは『トリトン』の使用を渋ったのか。
───
<この、雑魚がぁっ!>
一瞬のことであった。
”ゾノ・オルカ”が体を回転させて“ポセイドン”を弾き飛ばす。
体勢を立て直した凜風の”ポセイドン”に、”ゾノ・オルカ”は無慈悲にクローに内蔵されたフォノンメーザー砲を撃ち込んでいく。
肩、足、胴体と被弾していく”ポセイドン”。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
コクピットの内部機器が爆発して凜風を傷つける。
<凜風っ!>
<無事か、無事なら返事を───>
<次は貴様らだ!>
<邪魔、するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
コクピットの中に水が浸入してくる。
凜風は、喉からこみ上げてくる熱い液体の感覚から悟った。───もう、助からない。
それでも、きっと自分のやったことは無駄ではない筈だ。ならば、後は仲間達が自分に気を取られるようなことが無いようにしなければ。
「みん、な……」
<っ、リンリン!?>
最後の言葉を振り絞る凜風。
もう時間はない。どんどん視界が暗くなっていくこの感覚は、眠るようでいて、まるで違う。
「もら、しむ、ころ……ごほっ、ぐぶ」
<喋るな、今助ける!>
体が冷えていく。
心が止まっていく。
魂が沈んでいく。
「おね、ぐふっ、がい……」
暗い視界の中。
あまり力の入らない腕を動かし、機器を操作する。
”ポセイドン”の背中に装備された対艦魚雷『ストロングミサイル』の発射準備が出来た。
自分をここまで連れてきてくれた上官の顔が過ぎる。
(隊長、最後まで一緒に戦えなくてごめんなさい)
モニターに亀裂が入っているせいか、狙えている自信はない。
共に戦った仲間達の顔が過ぎる。
(エレノア、イザベラ……私が居なくなったからって、部屋の掃除とかサボったりしないでね)
それでもいい。無駄な足掻きだとしても、きっと仲間達はそれをチャンスに変えてくれる。
一週間ほど訓練に付き合ったルーキーの顔が過ぎる。
(似てたな……あの子。君は、大切な人を守れるように……私みたいにならないでね)
画面は割れててもロックオンは出来た。後は、引き金を引くだけ。
色々な顔が過ぎった。思い出が通り過ぎていった。
やっぱり最後に浮かんだ顔は、彼だった。
愛しい人。将来を誓い合った人。
遠い場所だけれど、同じ海だ。ならば、共に同じ場所で散れるのは、意外と幸福なのかもしれない。
(やっと、貴方に……貴方の所に……)
目を閉じる。引き金を引く。
それらと同時に、”ポセイドン”が限界を迎えて圧壊する。
そうして、
「は……?」
<聞こえなかったのか?───ナチュラル共の船を沈めてこい、そうすればお前も仲間として受け入れてやる>
聞き返したキラを、マーレは嘲笑う。
要するに、裏切って自分達の側に付けとマーレは言っているのだ、と。
キラが気付くのに1秒も掛かってしまったのは、仕方の無いことかもしれない。
「本気で言っているのか、君は……?」
<躊躇っているのか?ナチュラル共など何人死のうが意味などない。むしろ何故お前はそっちで戦っている?>
「戦争を終わらせるために決まってるだろ……!」
キラの中に僅かに湧き上がる衝動。
それはとても黒くて、今までに覚えの無い感覚。
<予想以上にバカだな。ナチュラル共が俺達に勝てるワケがない、今は少々状況が悪いが、いずれはZAFTが勝つ>
「どうやって勝つっていうんだ」
<仲間になってから教えてやるよ>
段々とその黒い衝動はキラの心の中に貯まっていく。
この感覚はとても危険なものだ。だが、それを知ってなおキラは押しとどめようという気にはならなかった。
<ちっ……何故そこまでナチュラル共を庇う!何もかも俺達コーディネイターに劣ったサル共に、無様に死んで楽しませる以外の価値があるわけないだろう!>
マーレが過剰なまでにヘイトスピーチを行なっているのは、敵を挑発して動きを単調にさせるためのものだ。
中々に動きの良い”アクアストライク”を相手に長期戦を挑むのは得策ではない。
それならば、このようにして裏切りを唆すことで敵を苛立たせ、動きを単調にしようという思惑があったのだ。
実際に裏切ればそれはそれで良し。これまでも何度か成功した1手だったからこそ、マーレは今回も同じように実行した。そこに大した重みはない。
マーレ・ストロードは不幸だった。
通常の兵士だったらそれで良かったかもしれない。
動きが単調になったかもしれない、無様な姿を笑いつつ撃墜できたかもしれない。
だが、目の前の”アクアストライク”にだけは。
───絶対に、してはならない小細工だったのだ。
「……よーく、分かったよ」
ここに来て初めて、キラは自分の中のどす黒い感覚の正体に気付いた。
これは……殺意だ。
<ほう、何がわかった?>
「君達が遊びのつもりでここにいるって事かな」
殺意を抱いたことがないわけではない。これまでにだって何度も人を殺してしまっているし、それは否定しない。
だがこれは違う。
誰かを守る為、作戦を遂行する為、戦争を終わらせるため。そのために抱かなければならなかった殺意と、明確に異なる。
不快で、苦痛で、それでいて虚無的。
キラは初めて、純粋な怒りと憎しみで殺意を覚えていた。
<あ……?>
戸惑うマーレの声を聞きながら、キラはスイッチを押し込んだ。
キラは自分を庇って撃墜された”重装型ポセイドン”のことを思い返す。
彼は
そんな彼を、殺したのが、
彼だけではない。きっと先ほどマーレ達が蹂躙した”メビウス・フィッシュ”だって、きっと彼らは嘲り笑いながら蹂躙した。
「君達は、絶対に殺す……!」
キラがスイッチを押し込むと同時に、”アクアストライク”の背部ハイドロジェットに接続されていた装備の、
それは、無数の小さな刃が一定間隔で張り付いた刀身の、およそ剣というよりは工具のような見た目をしていた。
”アクアストライク”がそれを両手で掴み、持ち手のスイッチを押すと同時に、刃が高速回転を始める。
”アクアストライク”最後の手段、試作型MS用回転刃『ヘルファイター』。
『ゴッドスレイヤー』のコードで開発されたそれを、人はチェーンソーと呼んだ。
「遊びでやってるんじゃないんだぞっ!!!」
次回、ディエゴガルシア島攻防戦決着。
何故ここまで話が進まないのか。
それは、私が思いつきで文章を増やしまくっていくからです。
許して欲しい……。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。