機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第113話「新たなる戦場」後編

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ケープタウン基地司令部 司令室

 

「入りたまえ」

 

『失礼します』

 

その部屋のドアがノックされたのを聞きつけ、部屋の主が入室を促す。

年老いた、深みのある目の老人を先頭に3人の男女が入室してくる。

 

「”第31独立遊撃部隊”隊長の、ヘンリー・ミヤムラ大佐です」

 

「同じく、”アークエンジェル”艦長を務めるマリュー・ラミアス少佐です」

 

「副艦長のナタル・バジルール中尉です」

 

「うむ、よく来てくれた。この基地の司令を務めるブリット・ニエレレ中将だ」

 

ブリットが差し出した手を、ミヤムラがしっかりと掴んだ。

 

(とっくに引退した船乗りと聞いていたが……さび付いてはいないと見た)

 

現在、ミヤムラ達”第31独立遊撃部隊”の面々は、次の作戦についての会議を行なうためにこの部屋に訪れていた。

本来はMS隊の隊長であるムウもこの場にいるべきなのだが、怪我人を歩き回らせるわけにもいかないと拘束(ドクターストップ)が掛かっていたためにいない。

 

「お会いできて光栄です、ニエレレ中将。第2次ビクトリア攻防戦における活躍は聞き及んでおります」

 

「ふっ、皮肉かね?10万人を超えるあの戦いを命からがら逃げ延びてきただけだというのに」

 

「ええ、基地の防衛戦に参加していた兵士達の多くと共に逃げ延び、被害を抑えることに成功したと」

 

「あれは、運が良かっただけだ。偶々持っていたカードをヤケクソに切ったら意外なほどに活躍を……いかんな、本題はそうではないと言うのに」

 

「歳を取るのは嫌なものですな」

 

「まったくだ」

 

ハッハッハ、と笑う2人。

しかし、ミヤムラの後ろに立ってその様子を見つめるマリューとナタルの精神は緊張しきっていた。

この南アフリカの地では、いかに同じ地球連合軍といえども”アークエンジェル”は外様だ。

下手に機嫌を損ねて対応を変えられるのは非常に困る。

そんな2人の緊張を見て取ったのか、ブリットは2人に苦笑を向ける。

 

「そっちの2人も、そう緊張することはない。派閥の違いに一々ピリピリする性格ではないし、何より『砂漠の虎』を撃破した英雄を不当に扱ったりはせんよ」

 

「は、ご厚意に感謝します」

 

「立ったままではますます落ち着けないだろう。向こうの中会議室に準備をさせてある、そちらで、紅茶でも飲みながらじっくりと会議といこうじゃないか」

 

 

 

 

 

「ふむ、質の良いアッサムですな。今の情勢で手に入れるのは難しいでしょうに……」

 

「分かるかね?」

 

「ええ、引退してしばらく、凝っていたことがありましてな」

 

場所を中会議室に移し、1つの長机を挟んで紅茶を楽しむ面々。

緊張で最初は味が良く分からなかったマリューとナタルも、アッサムティーの特徴である芳しい香りを嗅いだことで若干リラックスしていた。

ブリットはそんな2人を微笑ましく見つめる。

 

(まだ若いな。だが、彼らの力は本物だ)

 

これまで幾度となく自分達を苦しめてきた『砂漠の虎』を撃破し、あまつ拘束までしてみせた彼らの力があれば、この作戦も成功出来る。

ティーカップをテーブルに置き、ブリットは口を開いた。

 

「さて、一息ついたところで本題に入ろうではないか」

 

壁に備え付けられたモニターに世界地図が写り、その一点が拡大して表示される。

そこは、インド洋だった。

太平洋と大西洋に並ぶ3海洋であり、現在はZAFTが大部分を支配するこの海域の中心にその島はある。

 

「ディエゴガルシア島……インド洋の要衝だ。この島の基地の攻略作戦が1週間後に予定されている」

 

「そこに我々も参加する、ということでしたな」

 

「そうだ。既に第8艦隊のハルバートン少将から承認は得ている」

 

ブリットの話によると、南アフリカの連合軍はナイロビ奪還作戦のために準備を進めているが、それにはあと1つ、必要なことがあった。

それは、ユーラシア大陸からの補給線確保だ。

地球連合軍に参加している国々の中でも、南アフリカ統一機構はユーラシア連合との関わりが深い。ビクトリア基地も、この2勢力が共同で建設・管理していたものだ。

また、ナイロビの奪還作戦に参加している軍人もユーラシア大陸からの参加者が多い。

───だからこそ、補給線の確保がしたいのだ。

 

「MSに戦車、戦闘機に爆撃機、長距離攻撃装備……攻撃を実行するには十分な戦力だが、補給が滞れば無敵の軍隊も木偶の坊だ。そして、C.E(コズミック・イラ)にあってなお、もっとも多くの物資を運ぶ方法は海上運輸なのだ」

 

「そして、ユーラシアから輸送を行なうにはどうしてもディエゴガルシア島が邪魔になる……ということですか」

 

「そういうことだ。インド洋の中心に位置するこの島を落とせば、インド洋のパワーバランスは一気に崩れる」

 

作戦の重要性を力説するブリット。

たしかに重要な作戦だ。ディエゴガルシア島が落ちればユーラシアからの海輸が可能となり、後のビクトリア基地奪還戦でもその補給線は有効に働くだろう。

また、ZAFTと同盟関係にあるオセアニアにも、ディエゴガルシア島を基軸として攻め込むことが可能となる。

確保した側に大きく戦局が傾くことから、「インド洋のハワイ*1」と評する者もいるほどだ。

 

「なるほど、作戦の重要性は分かりました。しかし、”アークエンジェル”がその作戦に参加しても、さして働けることは少ないように思えますが……」

 

「いいや、”アークエンジェル”には他に担うことの出来ない重要な役割を担って貰いたいのだ」

 

「と、言いますと?」

 

「……囮、だ」

 

ミヤムラの眉が僅かに動いたのをブリットは見逃さなかった。

囮になれ、と言われて気分の良い人間はいないだろう。現に、マリューとナタルは驚きで目を開いている。

勿論命令であればやるだろうが、士気は落ちるのは避けられない。

 

「勘違いしてもらいたくないのだが、囮と言っても使い潰すようなことをするわけではない。そもそも、そんなことをすればハルバートン少将を敵に回すことになる」

 

ブリットの理屈はこうだった。

”アークエンジェル”は現状で唯一、大気圏内を飛行可能な戦闘艦だ。多彩な攻撃オプションを備えており、対地攻撃力も十分にある。

加えて、ZAFTの英雄たる『砂漠の虎』を撃破したという実績も持つ。───確実に、敵の注意を引くことが出来る。

 

「”アークエンジェル”に航空戦力が引き寄せられれば、その隙に海上艦がディエゴガルシア島に接近し、砲撃を叩き込むことが出来るのだ。勿論、”アークエンジェル”には南アフリカの威信に掛けて十分な戦力を護衛に付ける」

 

「なるほど、たしかにZAFTからすれば”アークエンジェル”を無視する道理などありませんな。しかし、万が一こちらの意図に気付いて敵が海上艦に狙いを定めれば?」

 

「その時は、”アークエンジェル”が基地に攻撃を加えればいい」

 

たしかに、”アークエンジェル”の能力ならば十分に可能だ。

空と海、両方の敵を処理出来なければ基地の陥落は免れない。数で劣るZAFTからすれば相手にしたくない戦法だろう。

だが、その戦法には1つ欠点がある。

海面下からの攻撃をどう対処するか、という点だ。

 

「ならば、あとの問題は水中MS部隊ですが……当てはあるのですか?」

 

「勿論だ。”ポセイドン”12機、“メビウスフィッシュ”64機を揃えた。加えて”マーメイズ”も駆り出した」

 

「”マーメイズ”……部隊の全員が女性で構成された、水中戦のプロフェッショナルですか」

 

「知っているのかね、ラミアス少佐」

 

「はい、噂には……」

 

最近になって軍に復帰したミヤムラは預かり知らぬことだが、”マーメイズ”は連合内ではそれなりに有名な部隊だ。

水中戦において多数の敵MSや潜水艦を撃破していることから『海の”マウス隊”』と称えられることもある、と以前にマリューは聞き、同じ女性として僅かながら誇らしく思っていたのだ。

そんな彼女達と同じ作戦に臨めるというのは、たしかな安心感がある。

 

「”アークエンジェル”と”マーメイズ”……これらの戦力に加えて、南アフリカ海軍の全力を挙げて作戦の準備を進めてきた。どうか、力を貸して欲しい」

 

 

 

 

 

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ケープタウン基地 第4格納庫

 

「……そういうわけで、あたし達がここにいるってわけさ」

 

「ははぁ、なるほど……”マーメイズ”が模擬戦相手になってくれると聞いて驚きましたけど、そんな理由があったとは」

 

「まぁね。でも、()()()でも手を抜いたりはしないから安心しな」

 

一方その頃、アリアとジェーンは世間話をしながら”アクアストライク”の稼働試験を行なっていた。

水中カメラが映し出す”アクアストライク”の姿は、何時もの鬼神の如き戦いぶりからは想像出来ないほどに緩慢だったが、それは仕方の無いことである。

 

「キラさーん、初の水中はどんな感じですかー?」

 

<不思議な感覚だ……重力があるからたしかに上下もあるんだけど、宇宙のような定まらないところもある……>

 

「それが海ってもんさ。話は聞いてただろうけど、1週間後にはあんたにも海でドンパチやって貰うことになるんだ、今のうちに慣れときな!」

 

<りょ、了解!>

 

「必要だったらOS弄っちゃっても構いませんよ」

 

戸惑いながらも水中に適応しようと励むキラ。そんなキラを、アリアは信頼を込めた視線で見つめる。

それに気付いたジェーンは、ちょっとした好奇心を持ってアリアに話しかけた。

 

「随分と信頼してるみたいだね。……ひょっとして、()()かい?」

 

小指を立てて見せるジェーンに、アリアは苦笑を返す。

 

「そういうんじゃありませんよ。いや、魅力が無いとかじゃありませんけども」

 

「にしてはやけに熱っぽいじゃないか」

 

「うーん……なんというか、キラさんはヒーローって感じなんですよね」

 

「ヒーロー?……あの坊やが?」

 

「普段はちょっと気弱っていうか、押しが弱い方っていうかなんですけどね」

 

だが、アリアは知っている。

いざ戦いとなれば、キラは誰よりも強く、頼れる存在になるのだ。

最初は上手く戦えなくともすぐに補正し、初めて使う装備にも対応してみせるその能力もさることながら、味方との連携も行なえる器用さも併せ持つ。

アリアにとっては、仲間達から深い信頼を得て、強敵を打ち破るキラはヒーローそのものなのだ。

───自分のような、人殺しの兵器を弄って喜ぶ人でなしと違って。

 

「ま、実際に戦うところを見てない私には何とも言えないか。とはいえ、あの坊やが『砂漠の虎』を倒したってのは間違い無い。流石に無いとは思うが、先に盗られないように気を付けた方がいいかもね」

 

「盗られる、と言うと?」

 

「……『紅海の鯱』さ」

 

『紅海の鯱』マルコ・モラシム。

連合軍における水中のプロフェッショナルが”マーメイズ”なら、彼はZAFT版。

いや、先にその名を馳せたのはモラシムの方が先なのだから、”マーメイズ”の方を連合版『紅海の鯱』と呼ぶべきだろうか。

 

「次の戦い、おそらくZAFT側も察知している筈だ。ハワイも大事だが、インド洋の防衛も大事。───可能性は十分にある」

 

「”アクアストライク”と言えども、”ポセイドン”と大きく性能が変わるわけではありません。流石に、苦戦は避けられないでしょうね」

 

「ふっ、まあ心配しなくても大丈夫さお嬢ちゃん。モラシムが出てきたら私達がやる。譲るつもりはないよ」

 

「勝算は?」

 

「ある。なにせ、こっちには『新型』があるからね」

 

ジェーンは自信に満ちた笑みを見せる。

まだ数度しか乗っていないが、あの機体の性能は“ポセイドン”以上だ。

そしてもう1つ、ジェーンにとって勝算と呼べるものがあった。

 

「それに、向こうは1人だ。『鯱』がどれだけ恐ろしかろうが、『人魚の群れ(マーメイズ)』には敵わないってところを見せてやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、あんたたしか”マウス隊”からの出向って言ってたね?」

 

「はい、それが何か?」

 

「───”ベアーテスター”を作った奴が誰か、知ってるかい?一発キツいの叩き込んでやらないと、あたしの気が収まらないんだが……」

 

「……いやー、ちょっと存じ上げないですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水圧による推定機体負荷を修正……スケイルシステムの動作率上昇……よし、これで」

 

OSの調整を終えたキラは操縦桿を握り、”アクアストライク”を動かす。

先ほどまでの緩慢な動きと違い、伸び伸びとした動きを見せる”アクアストライク”。

 

「スケイルシステム、すごい物なんだな……」

 

”アクアストライク”の四肢に取り付けられたスケイルシステムは、機体が真横にスライド移動することすら可能と出来る。実際にスライド移動を試したキラは感嘆の言葉を漏らした。

コロニー育ちのキラに泳ぎとは縁遠い……と思われるかもしれないが、実はそこまで縁遠いというわけではない。

というよりも、月基地で訓練生活を送っている間に教官であるマモリに叩き込まれたのだが。

 

『泳げない軍人なんぞ木偶の坊以下だ!1週間以内に見れたものに仕上げられなければ私が沈め殺してやるぞ!』

 

あの時ほど、物覚えが良い方で良かったと思ったことは無いとキラは語った。

そのおかげもあってか、泳ぎ方をまるで知らないキラは服を着たまま人並みに泳げるようにはなったのだ。

とはいえ、人とMSでは出来ることが違うのだから初めて経験することも多い。

 

<へぇ、本当に水中初体験?意外と出来てるじゃん>

 

キラが”アクアストライク”の動きを確かめていると、通信回線が開く。

その先には、パイロットスーツに身を包んだ女性の姿があった。

先ほどキラをペタペタと触っていた2人の女性の内、金髪をポニーテールに纏めた方だ。

 

「あっ、どうも……えっと」

 

<エレノア・リングス少尉よ。よろしく>

 

レーダーには起動状態の”ポセイドン”が3機水中にいることが示されていた。

エレノアの機体の両隣の”ポセイドン”からも通信回線が開かれる。

 

<イザベラ・ディスミス少尉だよー。今日から1週間、よろしくー>

 

<……林凜風(リン・リンファ)少尉>

 

<あたし達はリンリンって読んでるよー>

 

おそらく、イザベラが黒髪にメッシュを入れた方で、凜風の方は自分にボディタッチをする他2人を眺めていた方だろうとキラは当たりをつけた。

名前と顔を一致させていると、エレノアがキラに問いかける。

 

<自己紹介も済んだところで……ヤマト君、水中はどんな感じ?>

 

エレノアから尋ねられ、キラは少し考えた後に返答した。

 

「なんていうか、重力のある宇宙っていうか、奇妙な感じですね」

 

<へぇ、宇宙で戦ってたこともあるパイロット特有の感想ね>

 

少し触れただけではあるが、キラからすればそう表現するしかなかった。

宇宙のような機動が行えるが、下へ下へと落ちていく。

まだ水深が浅い場所で動かしているだけだが、実際に動かすとなれば、光の届かない深海に引き込まれていくのだ。

その感覚だけは、実際に戦ってみなければ分からないだろう。

 

<なるほどね……たしかに、飲み込みはいいってわけだ>

 

<これは、教え甲斐ありそうだね>

 

「え?」

 

<話は聞いてるかもしれないけど、君や私達は1週間後にディエゴガルシア島攻略作戦に参加する。それまで、試作装備のテストも兼ねてあたし達が水中戦のイロハを叩き込むってわけよ>

 

たしかに、その話は聞いていた。

初めての水中戦で戦えるかと緊張していたキラだが、”マーメイズ”に教導してもらえるなら少しは和らぐ。

これからの1週間、なんとかして水中戦の技術をモノにしなければならない。

 

<とりあえず、最初は私達の動きを真似るところからやってみようか!>

 

<……頑張って>

 

「───お願いします!」

 

激闘まで、1週間後。

 

 

 

 

 

5/1

”アークエンジェル”通用口

 

「いやー、連合軍の皆さんにはお世話になりまして……」

 

ペコペコと頭を下げるヘク。

言葉や態度とは裏腹に、「さっさとこの場所から離れたい」という意思があるのは、見る人が見れば明らかだった。

『家出した東アジア共和国の名家令嬢を保護するため』として”アークエンジェル”に助けを求めたヘク達だったが、今となってはその判断は完全に間違いだったとしか言えないだろう。

なにせ、『砂漠の虎』率いる部隊というZAFT最精鋭を相手にドンパチした挙げ句に白兵戦にまで持ち込まれ、()()()に至っては殺されかけたのだ。こんなことになるなら、当初の予定通り独力でこのケープタウンを目指すべきだった。

しかし、そんな緊急事態の連続との日々もこれで終わりだ。

 

(このケープタウンからなら民間の航空会社が東アジアまでの便を出している。そこまでいけば適当なタイミングで姿を消して、オーブまで行ける!)

 

このご時世、きちんと機能している国際空港は少ない。

戦争に巻き込まれることを恐れる航空会社は少なくないし、客も戦争を恐れて数を減らしてしまっているからだ。

だが南アフリカの中でも大都市のケープタウンからは、数少ないが機能している国際便が存在する。

何はともあれ、当初の目的地にたどり着くことは出来たのだ。

 

(つつがなく後腐れ無く、迅速にこの場を立ち去り、飛行機に乗る!ミッションコンプリート、おじさんの試練、完!)

 

そんなことを考えていたヘク。

───だからだろうか。複数の黒スーツの男達が、ヘク達を囲むようにじわりじわりと接近し、包囲しつつあることに気付くのが遅れたのは。

気付いた時には、異様な雰囲気の黒服達がヘク達の周りを取り囲んでいた。

 

「えーと……ご用件は?」

 

「いやぁ、申し訳ないねヘク・ドゥリンダ君。ちょっと国に帰るのは待って貰うことになった」

 

黒服達をかき分けて姿を現したミヤムラ。

その表情はいつも通り穏やかなものだったが、その目はまるで笑っていなかった。

最悪の事態が起こりつつあると理性が告げていたが、それでもヘクは必死に取り繕う。

 

「ちょっと何が起こってるのか分からないんですが、保護した民間人を強制拘束なんて軍人のやっていいことじゃないですよね?機密保持のためっていうなら昨日山ほど書類書かされましたし、今更何を言いがかりつけて拘束なんて」

 

「民間人は民間人だが……連合加盟国の、ではないだろう?」

 

ヘクの額を汗が伝う。

しかしヘクは内心の焦りを務めて出さないようにしつつ反論を続ける。

 

「ですから、東アジアの民間人だということは伝えているでしょう?ライセンスだって───」

 

「カガリ・ユラ……()()()

 

ミヤムラの放った言葉……1人の少女の名を聞いた瞬間、ヘクの表情から作り笑いが消えた。ヘク達護衛が守るように囲んでいる少女、由良香雅里……否、カガリ・ユラ・アスハも体をびくりと震わせる。

周囲を探るが、今目に見える範囲以外にも黒服達が控えており、一縷の隙も無い。

 

「由良香雅里さんの、本当の、オーブにおける名前だろう?いやはや、一国の首長一族の娘さんがこんなところまで家出とは、君達も大変だったろう。ああ、そういえば君の本名もドゥリンダではなくヘク・オシ・サトミと言うんだったね?アスハ家専属のボディガードを務める家門の跡取りの名前と一致している気がするな?

それで、まだ何か言い訳が出来るのかな?オーブ防衛空軍の一等空尉、ヘク・オシ・サトミ君?他の者達も、聞いたところによるとオーブの氏族出身らしいじゃないか。1人1人名前を読み上げていってもいいんだが……」

 

「……」

 

もう、どうしようもない。

 

「あっちゃぁ……こりゃ、詰みっすかね?」

 

「おお、なんということだ……この僕の麗しき、そして隠しておくべき名が露見してしまうなど……」

 

「くっ……」

 

「ど、どうしよう……?」

 

「無理だ、こうなってしまってはな……」

 

自分がカガリの救出と護衛のために引き連れてきた兵士達……オーブの下級氏族の面々も諦めの声を漏らす。

彼らも軍人だ。───もう手遅れということくらいは理解出来ていた。

 

「まさかとは思うが……()西()()()()()()()()を、こんな雑な偽装で欺けると思ったのかね?」

 

大西洋連邦とは、『再構築戦争』の後に当時のアメリカ合衆国とイギリスが中心になって生まれた連邦国家だ。

それはつまり、両国の保有する諜報機関が曲がりなりにも1つにまとまるということ。

───CIA(中央情報局)MI6(秘密情報部)、世界最強の諜報機関2つを、大西洋連邦は保有しているのだ。

少しでも違和感を持たれた時点で、既に敗北していたということである。

 

遠い目で、ヘクは空を見上げる。

憎たらしいほど快晴の空に、血を吐きながら疲れ切った顔で笑みを浮かべる今回の依頼主……ウズミ・ナラ・アスハの顔が浮かんで見えた。

きっとこのことを知ったら彼は更に胃を痛めることになるだろう。

 

「申し訳ありません、ウズミ様……任務、失敗です……」

*1
「パトリックの野望」世界でハワイは様々な拠点にアクセス出来る要衝となっている




次回、ディエゴガルシア島攻略作戦が始まります。
前中後の3編構成になると思いますが、気長にお待ちください。

それと大西洋連邦がCIAとMI6を保有してるってのは完全に私の私見ですので、もし間違いなどあればそれとなく教えていただけると幸いです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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