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デブリ帯
「なに、このMS……!?」
懸命に狙いを定めても、”ヒドゥンフレーム”の射撃は敵機に掠りすらしない。
”アイアース”にトドメを刺し損ねた原因でもあるこの敵は、セシルの知るどんなMSよりも速かった。
敵機の背中に見える大型の単発エンジンがそれを可能としているのだろうが、それを御しきるパイロットの腕前も驚異的だ。
「そこっ!」
セシルはここで、敵の近くのデブリへといったん狙いを定めた。デブリを破壊することで破片をまき散らし、敵機の動きを制限しようというのだ。
しかし、ここでセシルは自分の目を疑う現象に遭遇する。
放たれたビームは、たしかに狙い通りデブリに命中し、破片をまき散らした。
だが、敵機は驚異的な反応速度でそれを躱し、”ヒドゥンフレーム”に向けて両手で構えた対艦ライフルを放つ。
「あれを躱す……いや、そんなんじゃない。まるで───」
その敵機の動きに違和感を覚えたセシルは、その正体を確かめるべく手を打った。
機体の前面を覆い隠すことの出来るガードコートの裏面には、幾つかのハンドグレネードを懸架することが可能となっている。
その中からセシルは煙幕を手に取って起動し、周囲はたちまち煙に包まれた。
”ヒドゥンフレーム”を見失った敵機は、足を止めることなく周辺を警戒する。
「……デブリの陰から出た瞬間、それなら」
セシルは敵機の進行方向を予測し、大きめのデブリに身を隠しながらその時を待った。
いくら敵の反応速度が高くとも、本体ではなくその進行方向にビームを発射する形であれば、気付いた時には既にビームは発射されている。
つまり、見てから避けるということが不可能となるのだ。
「到達予測時間カウント開始。10、9、8……」
”ヒドゥンフレーム”頭部に搭載された高性能レーダーが目的の場所に向けて移動しているのを確認したセシルは、トリガーに指を掛けながらじっとその時を待った。
敵の性能は分からないが、このデブリの中で静止状態の”ヒドゥンフレーム”の位置を探るのは難しいのか、大きく動きを変化させる様子は見られない。
そして、その時は来た。
「3、2、1……!」
”ヒドゥンフレーム”が放ったビームは、岩陰から姿を現した敵機へと向かい、そして。
───まるで、
「っ!」
セシルは確信した。それが荒唐無稽な考えだとしても、それを納得させるだけの能力をこの敵は持っている。
この敵は、この『ガンダム』は。
「私の動きを、予知している───!?」
「今のは、少しヒヤッとしたわよ!」
獰猛に笑いながら、ビームを回避したエンテは視線の先の”ヒドゥンフレーム”をにらみつけた。
エンテは、何もかもが楽しくて、嬉しくて仕方なかった。
自分の能力を存分に活かせる機体、そしてそんな自分と渡り合う強敵。全てが、エンテを昂ぶらせる。
「”クレイビング”……くふっふふふ、良いモノ貰ってきたじゃない、ラウ!」
ZGMF-XX03”クレイビング”。それが、エンテの乗るMSの名だ。
ZAFTが現在開発している『ファーストステージシリーズ』と呼ばれる機体群は、現在数機の試作機が作られており、実戦配備に向けて極秘裏に試験が行なわれている。
その中でも、既に試験を終えて解体を待つのみとなっていた機体のフレームを流用したこの機体は、ラウ・ル・クルーゼが自身のパートナーたるエンテの為に用意した物だ。
彼女がその能力を発揮するためには、既存のMSではどうしても足りなかったからである。
───『空間認識能力』。
空間内の物体を素早く、正式に感知するこの能力は、いくつかの特徴を持っている。
個人差はあるが、遠くにいる味方や敵機の位置を認識することや、人によってはテレパシーを送ることも可能とされており、旧世紀に存在していたソビエト連邦が研究していた超能力の正体だとも言われているこの能力を、エンテも持っていた。
だが、彼女は遠くに存在する物体を感知することは出来ない。テレパシーを送ることが出来るわけでもない。
ましてや、『空間認識能力』を持つ者の中でも数少ない
「見えてるのよねぇ、そこぉ!」
エンテの空間認識能力は、
セシルの予測はあながち間違ってはいない。
通常であれば敵からの攻撃を認識してから回避は行なうものだが、エンテはその1つ手前、トリガーを引く直前の段階で殺気を感じ取り回避行動を始めているのだ。
”ブリッツ”による奇襲を先んじて防いだのも、この能力によって透明になった”ブリッツ”からの殺気を感知していたためである。
彼女と相対した者からすれば、「銃口を向けた時には既に回避を始めている」という理解しがたい光景を目にすることになる。
(機体が私に付いてくるって、サイコー!)
これまで彼女が、人並み外れた戦闘能力を持ちながらも
しかし、『ファーストステージシリーズ』のフレームを素体として造られた”クレイビング”はその条件をクリアすることが出来た。
「止められるもんなら、止めてみなさいよ!私と、”クレイビング”をね!」
”スピノザ”艦橋
「『グングニール』、収容完了しました……」
「そうか……運搬してきた2機には、補給の後に戦闘用装備で再出撃の準備をしておくよう伝えてくれ」
一方、”スピノザ”の艦橋は重いムードに包まれていた。
それもその筈、彼らはこの戦闘を切り抜けることが出来たとしても、明るい未来が待っていないからだ。
自分達の半分以下の数のMS部隊相手に10機超のMSを失った挙げ句、確実に戦果を得るためにと任された新兵器さえも、餌食とした『ガンダム』を敵MAに奪われたのだ。
未だにMS絶対優位論を捨てない、あるいは、捨てられない上層部が聞けば憤慨するのは間違い無い。
(まさか、連合があのような新型MAを開発していたとはな……”コスモグラスパー”とやらにも手を焼かされていたというのに)
艦長は最近になって宇宙で確認され始めた連合軍の新型MAのことを思い出した。
地上でZAFT地上軍を苦しめている戦闘機“スカイグラスパー”を改修したその機体は、たかが戦闘機、しかも地上用を改修したものとバカにした愚か者共を既に何人も屠っている難敵だ。
対MS戦では力不足だった”メビウス”とは違い、最初から対MSを考慮して開発された”スカイグラスパー”の改修機が弱いわけがない。
大戦初期はMSの機動力と小回りで接近して撃破することも容易に出来ていたが、対MS用のヒット&アウェイ戦術を始めとして様々な戦術が確立した今となっては、迂闊に飛び込むのは自殺志願者と変わらない。
(MSでも並ばれつつあるというのに、加えて他種の兵器面でも成長を続けているとはな。マンパワーの違いか……)
最大の問題は、それらMS外の技術も発展しているのに、肝心のMS開発技術でさえも拮抗しているということだ。
ZAFTが1000人の技術者をMS開発に投入しているとしても、連合は3000人の技術者を、MS以外の分野にも均等に投入することが出来る。
MSを先に開発・実戦投入したアドバンテージなどは既に失われており、これでは勝ち目などあるわけがない。
唯一の希望が『ファーストステージシリーズ』、そして、現在秘密裏に開発が進んでいるという新兵器の存在だ。
詳細を知る者が「あれが完成すれば、戦争は終わる」と豪語するそれが待ち遠しい、と艦長が溜息を吐いた時、新たなる報告がされた。
「艦長、ハーディン機が戻りました」
ハーディンは今回の作戦においてMS隊副隊長の役割を担っていた男で、”アイアース”を任される優秀なパイロットでもある。
ハーディン以外のMSが見えないことから、おそらく撃墜されてしまったのだろうと艦長は再び眉間に皺を寄せた。
「ハーディン君、状況は?」
<部隊は、私を除いて全滅……シュルフトが救援に来ていなければ、私も……>
「そうか……とにかく帰還し、補給を受けてくれ」
<了解>
モニターに映るハーディンの顔もまた苦渋に包まれている。
自分だけが生きて帰った、その経験はどの兵士にも等しく負担となって襲い来るものであり、仕方の無いことでもある。
ハーディンの”アイアース”が帰還し、さてどうしたものかと艦長が思案していると、オペレーターが驚愕の声を挙げた。
「か、艦長!10時の方向より近づく反応有り!数は3です!」
「なにぃっ!?」
援軍が到着するには些か速すぎる。ということは、その反応の正体が敵であることは間違い無い。
まだ『ガンダム』も復帰していないだろうに反撃に打って出る敵の大胆さ、そして決断力に艦長は舌を巻いた。
まだ接敵するまでに時間はあるのでMS隊への補給を続行させつつ、敵の正体を探らせる。
「照合完了!”ストライクダガー”3機のMS小隊です!」
「”ストライクダガー”か……」
”マウス隊”の割にはごく普通の機体だと、肩すかしな気分になった艦長だったが、頭を振った。
たかが”ストライクダガー”などと言えるほど余裕は現在の艦隊には存在しない。なにせ、今の艦隊には動けるMSが3機しか存在せず、しかもその内の2機は”ジン”なのだ。
『グングニール』運搬だけなら十分と判断した手痛いしっぺ返しだが、MSの数では互角。十分に対処可能と踏んだ艦長は出撃命令を下した。
───その判断が、間違いであることに気付かずに。
「敵MS隊を確認!ブレンダン、ジャック、用意はいいな!?」
<いつでもいけます>
<オーライです>
デブリを避けながら敵艦隊に向かって進む3機の”ストライクダガー”。
これらの機体とパイロット達はスカーレットチームと呼ばれ、普段は”マウス隊”エースパイロットが前線で暴れている分、母艦の護衛を担当しているチームである。
MS操縦訓練課程でこの3人がチームを組み、その時に用いられていたコールサインがチーム名の由来だが、何故それを聞いた時にユージが苦笑いしたのかは未だ謎のままである。
そんなスカーレットチームは、現在
チームリーダーであるベンジャミン・スレイターの、操縦桿を握る腕に力が入る。
(まさか、このような大任を担うことになるとはな……)
『ガンダム』2機は未だに復旧していない。”ブリッツ”は健在だが、動かすのは最終手段。となれば、残るはスカーレットチームしかいない。
自分達が役割をこなせなければ、その時点で”マウス隊”の命運は尽きる。
「やってやれないことではない筈だ」
チームリーダーのベンジャミンと、ブレンダンの機体は通常通りビームライフルを装備しているが、チーム最年少のジャクスティン、愛称がジャックの彼が乗る機体はバズーカを装備している。
何も知らなければ、これが対艦攻撃用の装備として敵は判断するだろう。
モニターに、艦隊から出撃してきた敵MS隊の姿が映し出される。
「”アイアース”1つ、”ジン”2つ……やはり、敵もそう余裕があるわけではないぞ!」
<はぁ~、良かった。これで実はまだ隠し球がいます、とかだったら終わってましたよ>
ジャクスティンの言葉にベンジャミンは頷いた。
出撃前の簡易ミーティングで、代理指揮官となったカルロス・デヨーが語っていた推論を思い出す。
『EMP兵器はそれなりのサイズがあり、最初の”ブリッツ”の奇襲で確認出来なかったということは内部に格納していたからだろう。ならば、敵MS隊の数はそこまで残っていない筈だ』
そしてアイザックやカシン、セシル達が大幅に敵MS隊を削っていたために敵MSの数は大幅に少なくなっているだろう。
カルロスの推論は的中しているといって良かった。
もしも敵部隊に更なる余力があるなら、いかに”アイアース”がいるとはいえ敵と同数のMS隊しかぶつけないということは無い筈だからだ。
<リーダー、射程圏内です>
「まだだ、慌てずに敵を引きつけろ……」
<撃ってきましたよ!>
「焦るな!そう簡単に当たりはしない」
アイザック達のレベルであればともかく、一般的なMS戦では離れた場所からの攻撃が直撃するということは少ない。
更にこの宙域では多くのデブリによって射撃が妨害されるので、慌てて攻撃しても無駄弾を使うだけとなる。
「やはりな、敵はデブリ帯での戦闘にそこまで経験値があるわけじゃない」
ベンジャミンが余裕を持って指揮が行えている理由は、もう1つある。
普段”マウス隊”が拠点としている『セフィロト』は地球と月の中間宙域に位置しているが、そこにはかつての激戦で発生した多様なデブリが漂っている。
彼らはそこでMSの訓練を日常的に行なっているため、デブリ帯における戦闘経験値が他の兵と比べても多いのだ。
加えて、
「アイク中尉達に比べれば大したことはないな!」
<いつも虐殺されてる甲斐があるってもんですよねー!>
そう、彼らの模擬戦の相手は、試作兵器を装備したアイザック達トップエース。
それと比べては、敵が今撃ってきている攻撃など手を抜いているか、遊び気分で戦場にやってきたとしか思えないのだった。
とはいえ、実戦では何が起こっても可笑しくはない。
ベンジャミンは敵の攻撃が自分の近くを通り始めた時を見計らい、命令を下した。
「今だ、攻撃開始!」
十分に引きつけ、遂にベンジャミン達は攻撃を開始した。
スカーレットチームとZAFT部隊との間で火線が飛び交う。
『ガンダム』が繰り広げる、時に優雅、時に苛烈な戦いと比べれば拙いそれらは、しかし1つ1つが確かな殺意と共に撃ち出されていた。
<くっ、こんにゃろ!>
その中で特に敵からの攻撃が集中している機体があった。
ジャクスティンの”ストライクダガー”だ。
彼の機体はバズーカを装備しており、スカーレットチームの中ではもっとも対艦攻撃力が高い。
余力の無いZAFTからすれば、真っ先に墜としたい機体なのは間違い無いだろう。
加えて、バズーカはビームと比べれば明らかに弾速が遅く回避しやすい。
一番墜としやすい機体に攻撃を集中させるのは、当然と言えた。
「ジャック、1機いったぞ!」
<了解っと!>
1機の”ジン”がジャック目がけて肉迫したことが、状況を動かした。
その“ジン”は右手でマシンガンを乱射しながら左手に重斬刀を握り、一気に勝負を決める心づもりだ。
ベンジャミンとブレンダンはジャクスティンの援護……には向かわず、むしろその”ジン”と他2機を分断するように位置取りを行なった。
”ストライクダガー”と”ジン”の間に大きな性能差は存在しない。
にも関わらず援護に向かおうとしないのは、何らかの考えがあってのことなのは明らかだった。
接近してくる”ジン”を前にジャクスティンは、冷静にバズーカの弾倉を交換する。
<おらよ!>
話は変わるが、実弾武器のメリットとは何か?
ビーム兵器の場合は「弾速が速い」「高威力」などが挙げられる。
対する実弾兵器は威力、弾速、共にビーム兵器に劣るが、明確に数値として表れにくい部分が秀でていた。
例えば、整備性。MS用のビーム兵器は開発されて間もなく、整備技術を有する整備士がいなければ維持が難しい。
更に部品1つ1つが実弾兵器より高価なために、満足に扱える部隊はそこまで多くはないのだ。
それに対して実弾兵器は古くから使われてきた技術の延長線上であり、整備ノウハウも蓄積されているので、前線で使われやすいのだ。
そして、もう1つ。
───実弾兵器は物にもよるが、弾倉を入れ替えるだけで武器としての特性を変化させることが出来るのだ。
<散弾に自分から突っ込むなんてなぁ、迂闊なんだよ!>
先ほどまでジャクスティンが発射していたバズーカの弾はたしかに対艦攻撃用の弾だった。
しかし、入れ替えた弾倉に装填されていたのは対MS用の散弾。
それに気づけなかった”ジン”は、弾倉を入れ替える前の弾と同じように回避しようとし、散弾を避けきることが出来ず、右半身を散弾で穴だらけにされた。
その後”ジン”はバランスを崩してデブリに激突し、爆発した。
接近戦を仕掛けるために加速していたことが仇となったのだ。
<よし、1機撃墜!>
<気を抜くなジャック。我々の役割は……>
「ブレンダンの言うとおりだ。我々は敵を撃破するのもそうだが、ここで戦い続けることにこそ意味があるんだからな」
味方を失って動揺した様子のZAFT部隊に向き直り、ベンジャミンは油断なく盾を構えた。
タイムリミットは、あと幾ばくか。
(どうするか……)
一方その頃、セシルはデブリの陰に機体を隠しながら、必死に思考を巡らせていた。
ここまでセシルが”クレイビング”に与えられた有効打は0、かすり傷すら負わせられていない。
ここまでの戦いでセシルが分かったことは、敵機は何らかの手段で自分の攻撃を予知していることだけだ。
辛うじて牽制射撃に対する反応は鈍い、つまり『直撃弾以外に対する反応はそこまででもない』ということだけは見抜けていたが、今この場に限って言えばそれはあまり意味のあることではなかった。
(策を巡らせて戦う私と、予知しているみたいに致命の一撃を回避し続けるあのMS……相性は最悪なんてもんじゃありませんね)
どれだけ策を巡らせても、肝心の一撃が通らないのでは意味が無い。”ヒドゥンフレーム”が手数で圧倒する機体では無いのも向かい風だ。
これが集団対集団であるならまだやりようもあった。本来、彼女は1人で活躍するエースではなく、仲間を動かして戦場を優位に進めるタイプのパイロットなのだから。
しかし、今は彼女1人。どうしようもない。
かといって、セシルが戦いを避けて逃げ回ってばかりいれば、敵が標的をセシル以外へと移しかねない。
「チョキでグーに勝てって言われてる気分ですね、これ」
ヘルメットのバイザーを上げ、コクピットに備え付けてある飲料を口に含むセシル。
戦場で休息に消耗するエネルギーを補充するためだけに作られた薄っぺらい味だが、むしろそれがセシルの思考をまとめる一助となる。
一息吐き、何かを決心するセシル。
「勝たなくてもいい……時間を稼ぐだけ……」
「何か……企んだわね?」
思考を巡らせながらエンテは周囲に視線を配る。
(もっと武器持ってくるべきだったかしら)
本来の”クレイビング”の戦闘コンセプトは、「高速で敵部隊に接近し、携行した多数の実弾火力によって敵部隊を殲滅する」という、強襲用MSのそれだった。
しかし本日が”クレイビング”の初戦闘だったこと、敵が1機だということもあり、エンテは最低限の装備である対艦ライフル以外の火器を持ってこなかったのである。
対艦ライフルの弾数もそこまで多いわけではないため、適当に撃ってあぶり出すということが出来ないのである。
「とはいえ、相手も連戦でエネルギーに余裕があるわけでもないだろうし……どうしたものかしら───!?」
殺気。
センサーを見れば、自分の後方から向かってくる反応が1つ。
なるほど、射撃戦がダメなら近接戦でと考えたのだろうか。
「バカの考えることねぇ!」
たしかに純粋な射撃戦と比べれば攻撃を当てやすいかもしれないが、それはエンテにとっても同じこと。
何より、エンテにとっては射撃戦よりも格闘戦の方が得意分野だ。
最低限の労力で5機ものMSを撃破してみせた相手にしては単調な手を使うとエンテは思い、対艦ライフルを機体の背中に懸架させ、代わりにビームサーベルを構える。
「接近戦だってあたしは───なっ!?」
迎え撃とうとした直後、
そのタネは至ってシンプル、予め設置しておいたビームスナイパーライフルを、セシルが遠隔で操作して発射しただけの話。だがここでエンテは、自分が、少なくともMS戦では未熟ということを思い知らされることとなった。
エンテの『敵から向けられる殺気を読む』能力は、あくまで生身の人間が発する殺気しか感知出来ない。
つまり、今のように敵本体と離れた場所から撃たれた攻撃に対しては能力が働かないのだ。
「まずっ……!」
エンテの動揺はセシルにとっても予想外のことではあったが、そこを見逃すセシルではない。
左手に握ったリボルバー拳銃『イタクァ』を発射しながら、”ヒドゥンフレーム”が近づく。
態勢を崩した”クレイビング”に、光刃が迫る。
<舐める、なぁっ!>
「なっ───」
予想以上に遠隔起動したビームスナイパーライフルの一撃の効果があったことに驚きつつも、セシルは行動を途中で中断することはせず、ビームサーベルで斬りかかった。
しかしここで、セシルは敵パイロットの反応速度の高さを思い知らされることとなる。
態勢を崩した”クレイビング”は、横薙ぎに振われたビームサーベルを、上体をエビのように剃らせることによって回避、その勢いのままに”ヒドゥンフレーム”をサマーソルトキックで蹴りつけたのである。
確実に命中すると思われた一撃を回避されたセシルは、なおも『イタクァ』で反撃を試みるも、既に体勢を立て直していた”クレイビング”の行動の方が速かった。
ビームサーベルで左腕を切り落とされた”ヒドゥンフレーム”はそのまま蹴りつけられ、デブリに叩きつけられた。
「あぐっ……!」
<惜しかったわね>
苦悶の声を挙げるセシルがモニターに見たのは、自機を踏みつけたままビームサーベルをコクピットに突きつける”クレイビング”の姿。
従来の機体であれば、間違い無く命中していた一撃を回避する目の前の機体に戦慄すると同時に、間近に迫る自身の死に震えるセシル。
<でも、これで終わりよ!>
(アイクさん……!)
もう避けられない。助からない。
モニターに映る敵機がビームサーベルを突き入れようとする姿を前に、セシルが目尻に涙を浮かばせながら目をギュッと閉じる。
幸か不幸か、運命は彼女を見捨てなかったようだ。
<なっ!?>
何かに動揺した敵兵の声が聞こえた───いつの間にか接触回線が起動していたらしい───瞬間、セシルがレバーを引いて抵抗を試みた。
動揺した敵機は”ヒドゥンフレーム”の足掻きを封じきることが出来ず、“ヒドゥンフレーム”は窮地から脱することに成功する。
とはいえ、既に”ヒドゥンフレーム”の左腕は切り落とされており、射撃兵装も頭部インコムのみ。
あと一押しで撃破出来る筈の”ヒドゥンフレーム”を前に、しかし”クレイビング”は放置してどこかへ飛んでいった。
その方向に敵艦隊が存在することを知っていたセシルは、バイザーを上げて涙を拭いながら笑みを浮かべる。
「やってくれたんですね、皆さん……!」
”スピノザ”艦橋
「なんだぁ!」
「て、敵艦からの攻撃です!」
”スピノザ”の艦橋は現在、混乱に包まれていた。
襲撃してきた敵MS部隊を迎撃するために出撃したMSが1機撃破され、ついに撤退の判断を下しかけた時のこと。
突如として艦体を揺れが襲い、艦内のあちこちから被害報告が挙がり始めたのである。
これが敵からの攻撃ということは明らかだった。
「どこからだ!」
「敵艦隊を発見……艦隊の直下です!」
「くっ……!」
これはZAFTに限った話ではないが、宇宙艦は下方向に対して有効な攻撃手段を兼ね備えている物は少ない。
人間が宇宙に進出していなかった頃の造船経験がそのまま宇宙艦にも一部引き継がれてしまったからだ。
故に、下方向からの攻撃には最大限の警戒をしなければならない───!
「敵艦直下、急上昇!」
”コロンブスⅡ”艦橋
「全艦、全火力を敵艦隊に投射せよ!出来るだけ
『了解!』
まさかここまで上手くいくとは!カルロスは胸の高鳴りを抑えることが出来ずにいた。
MS隊を囮に密かに接近し、急襲。やったことはただそれだけだが、カルロスの目論見は現在全てが成功していると言って良い。
「怖かっただろうな、スカーレットチームが!なにせ『MSによる敵艦への肉迫』を先にやり始めたのはお前達、その怖さはよーく分かっているだろう!だからこそ、お前達は過剰に反応する!」
加えて、敵艦隊の指揮官は予想だにしなかった筈だ。
エースパイロット達が自由に動けない、しかも虎の子のMS隊も出撃させた艦隊が、MS隊の護衛も無しに突撃を行なうなど。
その考えは通常正しいものだが、この場合に限っては正しいものではなかった。
”マウス隊”は、自分達が生き残るのに最善の策があるのならば躊躇わずに実行出来るのだから。
「オルデンドルフ師よ、貴方の言うことは正しかった!」
カルロスはかつて恩師から教えられた事を思い出していた。
曰く『これからの戦争は変わる。だが、変わらないものもある』。
『変わる』のは、戦闘のペース。
Nジャマーの登場によって戦争は発展した近代戦争からWW2の時代にまで逆行したが、むしろMSという異色な存在によって、予想外の事態がより多く発生しやすくなった。
対して、『変わらないもの』とは?
先人達が培ってきた知恵と経験から来る鉄則が、この戦場でも生き残っていた。
「どんなに高性能な戦艦だろうが……位置取りが甘ければ容易く崩れる!柔らかい下っ腹を容易く敵に見せるな、
「敵艦隊との距離、残り500!」
「───総員、衝撃に備えよ!」
幸いにも、敵艦隊と”マウス隊”艦艇に接触は無かった。
後方に遠ざかっていく敵艦隊を見れば、1隻も落とせてはいないが、どれも少なくない損傷を受けており、曳航して貰わなければ乗組員達は生還出来ないだろう。
「目標達成!信号弾打ち上げ、『ポイントSにて集結』と!MS隊を収容した後、ただちに現宙域を離脱する!」
「了解!」
やがて予定ポイントに集結したMS隊を収容し、艦隊は『セフィロト』に向かい急速に進んでいった。
「今日の私は運が良い。『一瞬で決着が付く艦隊戦』を知ることが出来たのだから」
そう言いながらカルロスは、帽子を被り直した。
奇遇にも、その仕草は、彼の隊長であるユージ・ムラマツの物に似通っていた。
次回で、この話のまとめを行ないます。
更新が遅くなり、誠に申し訳ありませんでした……!
こんな後回し癖がついた作者ですが、これからも『パトリックの野望』を愛読していただけると幸いです。
また今回予定していたクレイビングとエンテのステータス表記ですが、次回に回したいと思います。
申し訳ありません。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。