皆さんは、本作品の主人公の名前を覚えていますでしょうか……?
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”第08機械化試験部隊”旗艦”コロンブスⅡ” 艦橋
「まっさか、俺達がこいつを使う日が来るとはなぁ……」
「むしろ最適解だと思いますよ」
モニターに映る機体、格納庫内で最終点検を受けている”ブリッツ”を見ながら、ユージは呟いた。
彼ら”マウス隊”は現在、”コロンブスⅡ”と2隻の改ドレイク級ミサイル護衛艦を伴って、ある場所を目指していた。
その場所とは、『プラント』本国と地球の間に位置する暗礁宙域だ。
現在、地球の衛星軌道上にはZAFTの超大型空母“ゴンドワナ”が陣取っており、定期的に本国から”ゴンドワナ”への物資輸送が行なわれている。
”ブリッツ”の実戦試験の相手としてはうってつけの存在だった。
「まぁ、たしかにMS試験のプロかつ実戦経験豊富となれば、俺達……というよりアイク達が適任ではあるのか」
「生半可な相手は奇襲されても普通に返り討ちにしますからね。”デュエル改”、”バスター改”、そして”ブリッツ”……3機も『ガンダム』あるんですから」
「ああ。だが……なんだか妙にやる気無くないか、あいつら?」
”ブリッツ”の近くで作業している研究者達を指さしながら、近くでタブレットを操作しているマヤに向かってユージは問いかけた。
<おーい、そっちのレンチ取ってくれー……>
<おーう……>
<はぁ……ダル>
真面目な軍人がいれば、間違い無く叱責していただろう様相で作業する研究員達。
普段のやかましい彼らを知っているユージからすれば、”ブリッツ”という研究者として極上だろう素材を前にやる気を見せない彼らの姿は予想外だったのだろう。
しかし、ユージ以上に彼らを知るマヤはその訳をつまらなさそうに説明した。
「あぁ……それは簡単ですよ。ぶっちゃけ、
「つまんないって……”ブリッツ”がか?」
「はい」
マヤ曰く、”ブリッツ”は最初から完成度が高く、弄る要素があまり無いところが
”ブリッツ”は『ミラージュコロイド・ステルス』という特殊なシステムを運用すること前提で設計されている。
下手に追加パーツを取り付けても
そもそも、透明化によって敵の弱点に近づくことが出来ればそこに攻撃を叩き込むだけで大抵の敵は撃破出来る。
結論、最初から完成した代物、しかも他人が作ったものとなるとやる気が出ないのも無理はない、ということだ。
「それと、とりわけやる気がない連中はあれですね。飽きてきたんでしょう」
更に、マヤは重ねて説明を続けた。
クリエイターとしての面が強い者達が集った”マウス隊”ならではの問題だが、少なくないクリエイターは『飽き性』でもある。
それは単に1つの物事に取り組み続けられないという意味ではなく、「次から次へと作りたいもの、やってみたいことが思い浮かぶのでそちらに気を取られてしまう」のだ。
「たしかに、今は『CG計画』に全力を注がねばならない時だからな……自分のやりたいことにいつまでも取りかかれないのは、ストレスフルだろう」
「……ま、やる気を失っていない奴らもいますけどね」
<おいおいお前ら、だらしないぞ!>
<ふはははは!この程度の作業もこなせないようでは”マウス隊”の名が泣くぞ、ん?>
画面の中では、”マウス隊”の中でも変態四天王の1人であるアキラ・サオトメと、どこぞの聖帝のような見た目のヴェイク・ハケットが声を出して仲間達を鼓舞している。
特にアキラは、現在”マウス隊”で進行されている『CG計画』の発案者兼計画主任でもあるため、いかにも絶好調という様子で作業している。
彼を筆頭として『CG計画』に乗り気な研究員達は精力的に働いているため、今回の実戦テストにおいて問題は無い。
しかし、隊長として対処しておくべき案件なのは間違い無いことも事実だった。
「少し、様子を見てくる。艦長、頼む」
「お任せ下さい」
「いってらっしゃいユージ」
”コロンブスⅡ”の艦長を務めるカルロス・デヨー少佐が敬礼したのを確認し、ユージは格納庫へ向かった。
何かをしてないと落ち着かないのだろう。自分の上司にして男女の仲でもある男がいないところで溜息を吐くマヤ。
そんなマヤを見て、女性オペレーター達がニヤニヤと声を掛ける。
「前から気になってたんですけど……ノズウェル大尉って、隊長のどこを気に入ったんです?」
「うぇっ!?あの、えっと、そのー……え、バレてる?」
「いやどこでバレないと思ったんですか?」
タブレットから思わず手を離すほどに動揺するマヤ。無重力であるが故に、その手か離れたタブレットが宙を漂い始める。
3人集まれば姦しい、とはよく言ったもので、上司がいなくなった途端にこの始末である。
加えて、”マウス隊”は基本的なルール・マナーを承知していれば気安いコミュニケーションなどをしても咎められることがない部隊だ。誰かに止められることも無いまま、女性隊員達は会話を続けた。
「いや分かりますって。隊長と話してる時とそれ以外で結構違いますよ雰囲気。それに隊長の部屋から朝出てくるところも……」
「あー……そっかぁ……見られて」
「ていうか、隊長のどこを気に入られたんです?」
「え、それは……なんていうか、その、こう、……ほっとけない、ところ、とか?『この人は1人で色々やらせると潰れるな』っていうのが分かっちゃったっていうか……支えたくなるというか」
「……ノズウェル大尉、隊長と会えて良かったですね。典型的なダメンズキー*1じゃないですか」
「……しょうがないじゃない!もう少しで三十路、家族からは『結婚はまだか』と催促され、研究に集中出来ない日々!そんなところに現れた優良物件よ!?好きになってもいいじゃない!」
「いや別に責めてませんけど……」
(……隊長、早く戻ってこないかな)
艦橋で突如始まった姦しいやり取りに、カルロスを筆頭とする男性陣は頭を抱えた。
”マウス隊”は、今日も平常運転である。
”ナスカ”級高速駆逐艦”スピノザ” 艦橋
「もしもーし、ちょっといいかしらー?」
「……何の用だ」
”スピノザ”の艦長を務める男は、艦橋にズカズカと現れた女性に苛立たしげに問いかけた。
この艦は現在、
そんな中で空気を読めないのか、あるいは読んだ上で壊しているか分からない陽気な声で艦橋に踏み入られては、苛立つのも無理は無い。
無粋な闖入者にして、今回の任務に特別に組み込まれた女性───エンテ・セリ・シュルフトは、その手に持つ畳まれた扇子をクルクルとペンのように回しながら、艦長に話しかけた。
「いや、あとどれくらいで目標地点に着くかな、ってね?」
「わざわざそんなことを聞きに来たのか?早く持ち場に戻れ!」
「しょうがないじゃない、どうせ作戦が始まってもしばらくは暇なんだもの。MSの調整は済んでるし」
初めて会ったのはつい2日ほど前のことだが、男はエンテのことを激しく嫌っていた。
いるだけで社会や集団の和を乱すような性格と、他人を値踏みするような目つき。加えて、
『プラント』において、遺伝子欠陥の特徴であるアルビノはある意味ではナチュラル以上に差別を受けやすい。何故なら、「コーディネイターは遺伝子操作技術によって生まれた新人類である」という思想を持つ人間が一定数いる『プラント』では、アルビノはその技術の欠陥を証明するようなものだからだ。
にも関わらず、エンテはZAFT内で好き勝手に振る舞っている。
それが許されるだけの能力を持っているからだ。それがプライドの高いZAFT兵達から殊更に嫌われる原因でもある。
また、噂の範疇ではあるが
男が内心でどう思っているかなど気にする素振りも無く、エンテは扇子を回す手を止めながら言葉を続ける。
「それと、もう1つ。忠告をと思って」
「ふんっ、何を言おうというんだ。周りに敵などいない、貴様の出番など……」
男の言葉を遮るようにエンテは扇子を開き、言い放った。
「───
”コロンブスⅡ” 艦橋
僅かに時間は遡り、”マウス隊”の視点に戻る。
既にユージ達は目的のデブリ帯に到着し、静かに獲物が通りがかるのを待っていた。
いつ敵が来るか分からない日数を要すると予測された任務だったが、まさか到着して30分で引っかかるとは予想出来なかったユージは、しかしその顔を強ばらせる。
変に自分達に都合良く事態が動いている時は、大体が不吉の予兆でもあると身に染みていたからだ。
しかし、そうだと分かっていても実戦テストを中断してまで優先するほどの物ではないと考え、ユージは試験の開始を宣言した。
「これより、GAT-X207”ブリッツ”の実戦運用試験を開始する。この任務は今後の戦争の動向に左右しかねない重大な任務だ、各員、気を引き締めていくように!」
「進路クリア。ノマ少尉、発進どうぞ!」
<セシル・ノマ、”ブリッツ”、発進しますぅ!>
開いたハッチから出撃していく漆黒の『ガンダム』、”ブリッツ”。
ユージの眼には、そのステータスがしっかりと映っていた。
ブリッツガンダム
移動:7
索敵:C
限界:175%
耐久:260
運動:33
シールド装備
PS装甲
ミラージュコロイド・ステルス
(自分攻撃時に命中率+20%・敵攻撃時に回避率+20%)
武装
ビームライフル:140 命中 70
ランサーダート:120 命中 50
グレイプニール:100 命中 60
ビームサーベル:150 命中 75
セシル・ノマ(Aランク)
指揮 15 魅力 9
射撃 13 格闘 5
耐久 7 反応 16
得意分野 ・指揮 ・射撃 ・反応
「これがゲームだったら、公式反則ユニットみたいなもんだよなぁ……」
『ギレンの野望』シリーズ準拠でMSやパイロットのステータスが見えるようになる能力を持つユージは、苦笑いしながらそう言った。
命中率が上がるということはつまり、命中する敵に与えるダメージが上がるということだ。回避率が上がるというのも同じく、防御力ないし体力が増えるのと同じ。
ゲーム的に言えば”ブリッツ”は、実質攻撃力と体力が2割ずつ増えている機体なのだ。ほぼ”デュエル”と同じ基礎ステータスを持ちながらそんな特殊能力を持っているのは、反則と言うしかないだろう。
そんな機体に、セシル・ノマという優秀なパイロットが乗り込んでいるのだ。不安に思う必要など何処にあろうか。
「敵艦隊は未だこちらに気付いた様子はありません。潜伏しているので当たり前と言えばそうですが……いやはや、つまらない結果に終わりそうですな」
「かもな。戦争がつまらないのは個人的に有り難いことだが、”ブリッツ”が、『ミラージュコロイド・ステルス』が世界に広まった時のことを考えると寒気がしてくるよ」
宇宙空間であれば電源と推進用の低温ガスが切れない限りは透明のまま移動が出来て、各種センサーにも反応しない。
もしもそんな機体が大西洋連邦から流出して複数の勢力に渡れば、どうなるかなど火を見るより明らかである。
「戦争の後に待つのは戦争、それもとびっきりに
「戦争に勝つために作った技術が次の戦争を呼ぶ、そういうものでしょう。私は自分が金食い虫のまま終わらなかったことに安堵しておりますがね」
ユージの呟きにカルロスが応える。
戦争が終われば、地球連合軍は解散し、再び異なる国家の軍隊として散っていくことになるだろう。
そうなれば、次の敵は同じ連合加盟国だったもの同士となる。それらがどれだけ驚異的か、戦争の中で味方として見せつけられるからだ。
そして、抑止力となり得る筈の核兵器はその意義を失ってしまった。
『ミラージュコロイド・ステルス』は、戦争に発展しない程度に暗躍するのにうってつけと言えるだろう。
「まぁ、流石に『ミラージュコロイド・ステルス』は封印処置が妥当でしょうね。軍隊が運用するのは勿論のこと、万が一テロリストの手にでも渡れば、9/11事件*2の再来待ったなしでしょうし」
「ま、そうなって欲しいよ」
「それより、問題はこっちですよ」
マヤはそう言って、ユージにタブレットを見せつける。
そこに映っていたのは、とある武器の設計図。ユージも最初見た時には、驚いて視線を釘付けにされた代物だ。
ビームの射出速度や収束率を操作することで、貫通力の高い高速・高収束のビームや、破壊力の大きい低速・低収束のビームを撃ち分けることが出来るこの兵器だが、なんと発案者はこのマヤだった。
宇宙世紀でもMSが登場してから30年近く経って開発された代物を、まさか自分の恋人が作るとはユージも予想出来なかった。
今回の”ブリッツ”運用試験は、この『ヴェスバー』の試験も兼ねられているため、マヤもやる気がある方だったが、今は溜息を吐いている。
「『ヴェスバー』がどうかしたか?」
「このままだと、試験することなく”ブリッツ”だけで終わります。どうにかしてください」
「どうにかって言われても……」
ここから『ヴェスバー』が運用される───ちなみに現在は”バスター”が装備している───事態になってしまうということは、”ブリッツ”が敵艦隊を撃破し損ねるということだ。
しかし、マヤも本気で言っているわけではなかった。
なにせ、”ブリッツ”のステルスを見破れる技術など
それは、これまで再建造と稼働試験をしてきた彼らが一番よく知っている。
「どこかで機会は見つけるから、な?」
「はぁ……ま、しょうがありませんね」
2人のやり取りを、艦橋内のクルーは「まるで急な仕事でデートを中止されたようだ」などと呆れながら見つめていた。
1分後に何が起こるかなど、知る由もなかった。
「うわぁ……本当にここまで近づいても気付かれてませんよぉ……」
一方、”ブリッツ”に乗ったセシル・ノマはステルス状態のまま敵艦隊に近づくことに成功していた。
いつもはこれほど近づけば対空システムが鬼のように飛んでくるため、それがないZAFTの宇宙艦を見るのは新鮮な気分になるセシル。
しかし、のんびりと眺めているわけにもいかない。バッテリーも低温ガスも有限なのだから。
普段は頼りなさげな雰囲気のセシルだが、彼女も『ゲームマスター』の異名轟かせるエースパイロット。無防備な小規模艦隊を相手に手間取る訳もない。
敵艦隊の旗艦らしき”ナスカ”級、その右斜め後ろの方に回り込む”ブリッツ”とセシル。
あとは機関部の脆い場所に
「……あれぇ?」
おかしなものが見える。セシルは首を傾げた。
何故か、”ナスカ”級の対空システムが起動しているように思える。ついでに、艦側面の
まるで、自分がここにいることが分かっているように。
「───っ!」
セシルが”ブリッツ”のステルスを解除してPS装甲を展開したのと、”ナスカ”級が対空砲の弾幕とミサイルを、”ブリッツ”のいる方向に発射してきたのは、ほぼ同時だった。
宇宙空間に姿を現した”ブリッツ”に殺到する弾幕。それらはPS装甲に防がれるが、セシルの思考は「何故バレたのか」という疑問で埋め尽くされていた。
特に不可解なのは、まるで「大体その方向にいるだろう」という当てずっぽうが偶然当たってしまったかのような、そんな気味の悪さを感じさせる敵艦の挙動。
異常な状況は、セシルの思考を打ち切らせた。
「このままだと、MSが……逃げないとぉ!」
”ブリッツ”に気付いた敵艦隊がMSを出撃させてくる前に、セシルは味方の元に後退することを決めた。
その前に敵艦を撃破することも考えはしたが、出来ても1隻沈めるのが関の山。その間に他の敵艦から出撃してきたMSに包囲されれば、如何にセシルといえども無事ではいられない。
加えて、彼女が現在乗っているのは“ブリッツ”、連合軍の最高機密に等しい機体だ。万が一奪われるようなことがあってはならない。
急いでその場を離脱し、デブリ帯の方へと向かっていく”ブリッツ”。
気味の悪い不可解さを残しながら。
“コロンブスⅡ”艦橋
「どうなっている!?」
「どうやら、敵艦隊に”ブリッツ”が発見された、ようですが……」
「そんなことは分かっている!───何故、バレたんだ?」
動揺しているのは、セシルだけではない。”マウス隊”で驚かない者は1人もいなかった。
どのようにして”ブリッツ”の奇襲が事前に防がれたのか、誰も説明することは出来なかった。
分かっているのは、奇襲に失敗した”ブリッツ”がこちらに戻ってきているということ。
そして、敵艦隊から出撃したMS隊がそれを追撃している、ということだ。
「くそっ、今は原因究明よりも対処か。アイク、カシン!聞いての通りだ、頼む!スカーレットチームは艦隊の護衛だ!」
『了解!』
ユージから下された命令に従い、出撃準備を終えていたMS隊が発進していく。
”ブリッツ”を無事に収容するまでの時間稼ぎだが、彼らならば十分にこなせるだろう。そう考えるユージだが、先ほどよりも強い疑念が渦巻く。
───大丈夫なのか、本当に?
既にこちらの目論見が派手に外れている以上、その考えも危ないかもしれない。万が一に万が一が重なる、ということも、あり得るだろう。
ユージは通信機を起動し、格納庫のアキラに通信をつないだ。
「アキラ。……いつでも
”スピノザ”艦橋
「まさか、あれほどの『ミラージュコロイド・ステルス』を完成させているとはな……」
「それをどうにかするための、今回の作戦よ?じゃ、私も用意があるから」
扇子をしまい込み、艦橋を出て行くエンテ。
いきなり『何もないところを撃て』と、しかも特務隊権限を用いてまで命令したエンテに反感を持った艦長だが、こうして実際に敵が姿を現した以上は何も言えない。
彼女には何らかの確信があった。それだけが確かだ。
───ともあれ、これで自分も
そう、これは全て、しくまれた罠なのだ。
この艦隊は、不幸にもネズミ達の狩り場に迷い込んでしまった獲物ではない。
「これより、『
ネズミ達を逆に狩るために現れた、ハンターなのだから。
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