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”アークエンジェル”艦橋
「この艦って、呪われてるのかもしれないわね……」
「そう思いたくなる気持ちは分かりますよ、艦長」
苦笑しながらエリクはマリューに言った。
バルトフェルドを無事に捕縛することに成功した彼女は艦橋に帰還し、状況報告を受けていた。
「機関室からの報告は既に受け取った通り、あと1時間もすれば修理は完了します」
「何故、彼らは機関部への攻撃をしなかったのかしら?それが私達にとって一番されたくないことだって、彼らも分かる筈」
「おそらく、艦内の制圧を優先したのではないでしょうか?エンジンが直っても、飛ばす人間がいなくなるわけですから」
「そうかしら……」
なんとなく、マリューにはそれが正しく無い気がしていた。
彼らは「戦争をしに来た」、というよりも「戦いに来た」方が正しいように思えたのだ。
どちらにせよ、彼女の想像の中でしかないし、それこそ捕縛した本人達に聞けば良いことだろう。
思考を切り替え、マリューは報告の続きを促す。
「さてと……それじゃ、悪い報せを聞かせてくれる?」
「……まぁ、たしかに悪い報せばっかりですけどね、ここからは」
溜息を吐きながら、エリクは報告を再開した。
「まず死傷者の数ですが、艦内スタッフ17名の死亡が確認されました。他にも負傷者の数は50人近く……今は医務室周辺や寝台のある部屋に集めて処置中です」
艦長として、艦の被害よりも頭の痛くなる報告だった。
”アークエンジェル”級の艦内スタッフを務められる兵士は少ない。新造艦かつ技術実証艦でもある”アークエンジェル”級は、その分従来の艦とは勝手が色々と違ってくるからだ。たとえ人員補充を要請したとしても、一朝一夕にはいくまい。
加えて、ここまでアフリカでの戦いを共に生き残ってきた仲間達の死は、マリューの心を強く打った。
「また、格納庫における銃撃戦でフラガ少佐が左腕を負傷したと報告されています。ディード軍曹を庇った際の負傷だとか……命に別状は無いそうです。ただ、しばらくMS戦は無理と」
「えぇっ?」
傷口に塩を塗るとはこの事か。マリューは驚きの声を挙げる。
キラやスノウほど撃墜スコアを稼げる訳では無いが、ムウが抜けるのはある意味で先の2人が抜けるよりも痛い。
高い空間認識能力から来る状況把握能力と致命傷を避ける防御能力は勿論のこと、パイロット達の中で正式な軍事教育と指揮経験を持っているのは彼だけなのだ。
元々は比較的安全な場所で試作品のテストを行なうための部隊だったツケが、ここに来て現れた形となる。
加えて、何度かアプローチを掛けられて気になっている男でもあるムウの負傷は、更にマリューの不安を掻き立てた。
(陸戦隊の配備も考えないと……)
本来なら戦闘艦に配属されてしかるべき陸戦隊、つまり生身での戦闘の専門家がいなかったことも、多数の被害が生まれた遠因だ。
ミヤムラを介して今度こそ配属を要請するしかない。
考えるべき問題が山積みであることにマリューは頭を抱える。
「───それは、なんとかなるのではないかな?」
話をここまで黙って聞いていたミヤムラが口を開く。
艦橋内の全員が疑問を持った目でミヤムラを見つめると、彼は説明を始めた。
「なに、単純な話だよ。フラガ少佐の離脱はたしかに痛いが、動かせるMSの数を考えれば、ポジティブに考えることは出来るというだけだ」
「動かせる機体……」
「ああ、そういうことですかー。つまりMSに乗れないフラガ少佐と、MSを失ったミスティル軍曹……ニコイチ的に、彼女に少佐のMSを任せようってことですよねー?」
戦闘が終わったことで落ち着いたのか、普段通りの間延びした口調で話すアミカ。
ヒルデガルダの搭乗していた”ダガー”は半ばスクラップ同然という評価を受けており、修復不可能という判定を受けていた。
つまり、大局的に考えればMSの数とMSを動かせる人員の数がそれぞれ1ずつ減っただけなのだ。
「無論、フラガ少佐とミスティル軍曹が同じ役割をこなせるわけではない。だが、悲観するほどではないと私は考えるよ」
「たしかに……」
「まぁ、独立性の高い我が部隊では、1人の離脱それ自体が大きな問題となるのは間違い無い。しばらく休養も欲しいところだな……」
「ていうか、今まで目を逸らしてきましたけどー……
そう言って手をかざし、艦橋全体に視線を誘導するアミカ。
激しい銃撃戦に晒された艦橋内は至る所が損傷しており、正常に機能するかどうかは、誰の目から見ても答えが明らかだった。
下がったまま戻らなくなり、敵が爆破したことで大穴が空いたままの防護シャッターから時折室内に吹き付ける風が肌身に染みる。
『はぁ……』
艦橋内に集うありとあらゆる人員が、一斉に溜息を吐いた。───問題は、山積みだ。
”アークエンジェル”通路
「いやー、意外と元気そうだったな少佐!」
「はい。撃たれたって聞いた時は血の気が引きましたけど……元気そうで良かったです」
一方、キラ達パイロットの面々は医務室を出て食堂へ向かっていた。彼らは先ほど、銃撃戦で負傷した医務室までムウの見舞いにやってきたのだ。
幸いなことに傷は浅く、早ければ1ヶ月で完治するだろう、と手当を行なったフロ-レンスは言った。
むしろ問題なのは、ムウが負傷する原因となってしまったベントがムウに平謝りを始めたことの方だ。
元々責任感の強い彼にとって、信頼する上官の負傷の原因が自らを庇った故であるならば仕方のないことではある。
『ベントが死ぬのと俺が怪我するのだったら、後の方が良いに決まってるだろ?』
負傷して包帯を巻かれた左腕をポンポンと叩きながら、ムウはそう言った。
『むしろ、これから忙しくなるって時に暇しちまって、悪い気がするくらいだぜ?お前ら、俺がいなくて泣き出すなよ?』
ジョークを交えながらキラ達を揶揄するその姿は、少年達に『大人』を感じさせるには十分なものだった。
もっとも、その後に「どうせなら酒でも飲んでくつろぎたい」と発言したがために、「患者が飲酒を求めるとはどういうことか」とフローレンスの手によってデザートイーグルを頭部に突きつけられたせいで台無しだったが。
今回の銃撃戦における敵兵撃破数でトップを取った人間が何故軍医をやっているのだろうか。そこには、キラ達にまるで理解し難い現実が広がっていた。
「にしても、しばらくはフラガ隊長が戦線離脱かぁ……キツくなるなぁ」
「俺達の指揮って、やっぱ
「流石に艦橋じゃないですか?僕も指揮なんてほとんど出来ませんし、それこそ緊急事態とかでもないと……」
「あれ……スノウちゃん?」
雑談をしながら彼らが歩いていると、目的地である食堂の入り口に立っているスノウの姿をヒルデガルダが見つけた。
彼女は既に先ほどの薄着からピンクの女性用制服に着替えており、腕組みをして壁に寄りかかっている。
何処と無く、不機嫌そうだ。
「あ、少尉……よかった、元気になったんだね」
「……」
彼女はマイケル、ベント、ヒルデガルダの順番に視線を向け、最後にキラに、怒りを伴った視線を向けた。
これにキラは若干動揺しながらも、話を続ける。
「えっと、その……ご機嫌いかが?」
「いいように見えるなら、いますぐ眼科に罹れウスラボケ」
「……キラ君、何かやっちゃった?」
チッ、と舌打ちをするスノウ。困惑するキラに、ヒルデガルダが耳元に顔を近づけ、小声で質問する。
そう言われても、とキラは困ったように視線を泳がせる。───はたして、自分は彼女の逆鱗にどのようにして触れてしまったのか。
視線を泳がせた先のマイケルとベントは口笛を吹いたり頭を掻いたりと役に立ちそうにない。そも、独身同盟(笑)に頼ろうとしても無駄なのだが。
「……嘘つき」
困惑するキラの耳は、たしかにスノウが小さく漏らした言葉を捉えた。
───嘘?自分が、彼女に?
僅かに考え、そして気付く。
『必ず、戻るから』
たしかにキラは彼女との約束を破っている。それも、つい先ほどしたばかりの約束を。
「あっ……ごめん!ゴタゴタしてて、その……」
「いや、気になどしてないさ。所詮、その程度のことだったのだろう?『白い悪魔』殿は多忙だからな」
「そんなこと無いよ!でも、……すみませんでした」
深々と頭を下げるキラと、その姿をじっと見つめるスノウ。
どうすればいいのか分からず、固唾を呑んで事態を見守る周囲。
やがて、スノウが深々と溜息を吐いて沈黙を破った。
「不毛だな」
「え?」
「今の状況がだ。お前が自分の言ったことを簡単に反故にするような人間でないことくらい、嫌という程分からせられている。……次は無いぞ、キラ」
「っ!……うん」
それだけ言い残し、スノウは去っていった。おそらく、仮眠を取りに向かったのだろう。
半ば暴走状態だったとはいえ、彼女も艦内に侵入してきたZAFT兵を多く排除した功労者だ、疲労は相応だ。よく見れば、足取りも平時より僅かながら乱れている。
「……なにが、あったんだキラ?」
「……秘密です」
微かに微笑みながら、キラは食堂に入っていった。マイケルとベントもそれを追う。
最後に食堂に入ったヒルデガルダは、スノウの去っていった方を見やる。
(いつの間にか、
”アークエンジェル” 牢屋
「……なにか弁明、ある?」
『やっちまったぜ!』
「ざっけんじゃないわよこのド阿呆共!」
スミレ・ヒラサカは激怒した。
必ず、この阿呆共1人1人にドロップキックを叩き込んでいかなければならぬと決意した。
しかし彼女がいる空間と、彼ら、捕らえられた”バルトフェルド隊”の面々のいる空間は壁で仕切られており、出入り口は施錠されているため、彼女に出来るのは牢の格子をガシャガシャと鳴らすことだけであった。
やがて、格子を鳴らすことにも疲れたスミレは頭を抱え始める。───どうしてこんなことになってしまっているのか。
「なにやってんのよ、あんた達、もうさぁ……」
「いやぁ、許してやってくれよスミレ君。彼らを扇動したのは僕なんだから」
隣の牢屋から呑気そうな声を出すのは、この事態を引き起こした張本人であるバルトフェルド。
彼は簡易ベッドに寝転がり、早くもその場所の雰囲気に馴染み始めていた。
「それもそうねこのカフェイン中毒。コーヒー飲めなくて暴れ出すんじゃないわよ」
「あぁ、それは大丈夫だよ。さっき交渉成功して得用だけどコーヒー差し入れてもらえることになったから」
「んなところで無駄に高い能力発揮してんじゃないわよ……」
はっはっは、とまるで悪いと思っていなさそうな笑い声が癪に感じられるスミレ。
彼女からすれば、捕らえられた心労と「これで
加えて、無謀な突撃をした理由を聞いてみたら「戦いたくなったから」などと聞かされる始末。
これが天下の”バルトフェルド隊”の末路かと思えば、少し泣きたくなってくる。
「ま、そんなに気にしなくていいと思うよ?連合側も、僕とその配下の部隊なんてカードを雑に切って捨てるなんてことはしないだろうさ」
起き上がりながらバルトフェルドはそう言った。
その目には、獲物を仕留める好機を待つ虎のような鋭い光が宿っている。
「人質の交換に使うもよし、わざと解放してZAFTに潜り込ませるもよし。前者に関してはZAFT兵の悪癖を考えると難しいかもだろうけど……ま、どちらにしろ君達の安全はしばらくは保証されてるだろうよ」
「そう上手くいく?連合の内部にだって、過激な連中がいるわけでしょ」
もしかしたら、連合内部の狂人が衝動に任せて暴挙に出るかもしれない。
しかし、バルトフェルドは笑ってみせる。
「動物園の檻の中にいようが、虎は虎だ。───迂闊に近づけば、怪我をする。彼らが油断するならそれはそれでやりようもある」
「強がりにしか聞こえない……と言いたいところだけど、意外とやれそうって思っちゃうあたり流石よね。最近は色々と浮き沈み激しかったけど、ようやく復調?」
「かもね」
負けたことで、荷が下りたというべきだろうか。
日が経つごとに増していくプレッシャーから解放されたという意味では、キラ達に感謝することも出来るかもしれない。
仲間を殺されたことに、思うことはある。だがそれは、向こうにとっても同じ。
どんなに苦しくても、生きていかなければならない。戦わなければならない。
「まったく……面倒なもんだね、人生っていうのは」
そう呟くバルトフェルドの顔は、言葉とは裏腹に晴れやかさを感じさせるものだった。
「司令、発進準備が整いました。”アークエンジェル”、いつでも飛翔可能です」
マリューの言葉を受け、ミヤムラは頷いた。明け方、太陽が出始めたタイミングで、遂に”アークエンジェル”のメインエンジンが復旧したのだ。
彼らはこれから南アフリカ大陸における地球連合軍の一大拠点、ケープタウンまで向かうことになっている。そこで補給と修理を受けるのだ。
ついにこのアフリカの大地ともお別れだ。隊員達の胸には名残惜しさとも言うべき感覚が生まれていた。
しかし、彼らは行かなければならない。───この戦争を、一日でも早く終わらせるために。
「”アークエンジェル”、発進!」
そうして、“アークエンジェル”は飛び立った。
”ストライク”に破壊された陸上駆逐艦の装甲に夜明けの灯が反射し、”アークエンジェル”を煌めかせる。
それはまるで、戦いを終えた陸上駆逐艦から、これからも戦い続ける”アークエンジェル”への、エールのようでさえあった……。
4/27
地球連合軍宇宙ステーション 『セフィロト』
「”バルトフェルド隊”は投降、隊長以下19名を捕縛に成功。また、他国の要人と思われる人物を保護中、か……」
自室の机でパソコンに向かいながら男、ユージ・ムラマツは溜息を吐いて背もたれに寄りかかった。
現在”アークエンジェル”に乗艦しているアリア・トラストを始めとする複数名は”マウス隊”からの出向という形で乗艦している。そのこともあって、彼らの上司であるユージの元にも”アークエンジェル”からの報告が届けられているのだ。
(他国の要人は、おそらく『お転婆お姫様』として……バルトフェルドの身柄拘束、これは『原作』に存在しなかった事柄だ。確実に連合軍にとってプラスに動いている。……
連合軍の誰もが喜ぶであろう情報を聞いても、彼の表情は暗かった。
それもその筈、『原作』と彼が呼ぶ本来この世界が辿る筈だった筋書きを知っている彼にとっては、『原作』から外れるそのことが危険な綱渡りなのだ。
『原作』においてバルトフェルドはキラ達に敗れた後に重傷を負っていたところを、地球に降りてきたロウ・ギュール達ジャンク屋に救助され、その後どうにかして『プラント』に帰還している。
その後シーゲル・クライン達と結託して『敵に敗れつつも生還したZAFTの英雄』という身分を隠れ蓑にしつつ秘密裏に活動、最終的にZAFTの開発した高速艦”エターナル”を強奪してキラ達に合流、以後は『3隻同盟』として活動することになるのだ。
だが、こうして連合軍に身柄が拘束された以上、そうなる可能性は限りなく低くなった。連合軍上層部が彼を懐柔してスパイとして送り込むなどすれば、0ではないが。
(個人的には、そうなってくれた方がいいんだがな。───くそっ、何をするにしても『ジェネシス』の存在が目の上のたんこぶだ!)
ムシャクシャとして頭を掻くユージ。
彼がここまで『原作』との乖離を複雑に考えているのも、ZAFTが開発し終盤に登場した大量破壊兵器、γ線レーザー砲『ジェネシス』の存在が原因だ。
発射されれば、出力次第で地球上の8割超の生物───人類以外を含めた───を滅ぼすことが出来る、『ガンダム』シリーズ屈指の破壊力を持つそれは、開発されてしまえばその時点で連合軍の敗北が半ば確定してしまう。
どれだけ『原作』から離れて戦争が優位に進もうが、『ジェネシス』を止められなければ全て無意味。
彼が『原作』から乖離することを覚悟で”マウス隊”結成をハルバートンに進言したのは、速攻で戦争を終わらせて『ジェネシス』の完成前に決着を迎えられれば、という狙いがあったためだ。
だが、相次ぐトラブルや予想外の展開によって、もはや『原作』における最終決戦が起きた日まで、時間は半年分も残されてない。*1
「……朗報が素直に喜べないなんてな」
つくづく、自分の境遇を呪いたくなる。ユージは自嘲した。
『原作』の知識に振り回され、物心ついた時から、いずれ起こることがほぼ確定している戦争に備えてきた。それでも脅威を取り除けているかどうかが疑わしい。
無力感、あるいは徒労感に包まれることにも慣れつつある自分に嫌気が差すのも無理は無かった。
だが、それでも始まってしまった物語から逃げることは出来ない。
もっとも、逃げ出す気もない。守るべきものが有る限り、逃げるなどということが出来る筈が無いのだ。
「出来ることを、やっていくだけだな……」
そう呟いて、ユージはロックを解除した机の引き出しから2つの資料を取り出す。
その表紙には、それぞれこう記述されていた。
『GAT-X203”ブリッツ”実戦運用試験』
『
この2つの兵器の実戦試験が、3日後に行なわれる予定となっていた。
「どうか……」
自分達の努力が、身を結びますように。
ユージには、不安を伴って祈り続ける以外に出来ることはなかった。
次回からは、ユージ達”マウス隊”の方に視点を移していきます。
何ヶ月ぶりだろう……(遠い目)。
”マウス隊”と言えば、この前ハーメルンに投稿され始めた
『機動戦士ガンダムSEED ~哀・戦士~』という作品に、”マウス隊”の名と”テスター”が登場しました。
作者である「GF少尉」様から自作品における使用を打電された時は驚愕しましたが、”テスター”を『パトリックの野望』とも違ったフレーバーで活躍させてくれて、「こういうのも有りだったか」と感嘆させられています。
てっきり、ジンや奪われたガンダムにボコられる端役だと思ってたこともあり、予想外でした。
未視聴の方は良かったら見てみてください。1話あたり2~3000字で手軽に楽しめる作品となっておりましたので。
それでは、次回をお楽しみに。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。