機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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ようやく、VSバルトフェルド戦も終了です。
長かった……。


第105話「激闘の果て」

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”アークエンジェル”格納庫

 

「きゃあっ!?……んもぅ、最悪!」

 

近くで発生した爆発をバリケードの陰に隠れて防いだヒルデガルダが悪態を吐く。乙女の髪が傷んだらどうしてくれるのだ。

”アークエンジェル”の格納庫内では、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

兵士の数では圧倒的に勝る”アークエンジェル”側だが、しかし中々に攻めきれずにいたのは、ここが彼らのホームグラウンドだということが大いに影響している。

 

「あー!ふざけんなそれを盾にするんじゃねぇ!?」

 

「その機材いくらすると思ってんだアホンダラー!」

 

そう、ここで戦っているのは、そのほとんどが整備士なのだ。

当然彼らも軍人ではあるので銃の扱いもそれなりには使えるし、戦闘の基本は理解している。

しかし、心構えはそうではなかった。この場所に存在する物品にどれだけの価値があるかをよく理解しているが故に、発砲を躊躇ってしまうのだ。

これが一般的な歩兵であるならば、必要な時には躊躇わず発砲し、敵を撃破していただろう。

だが、この状況に焦りを感じているのはZAFTも同じこと。

 

「なあっ!……弾、くんね?」

 

「断る!自分で盗ってこい」

 

「つれねー!一緒にヤケクソ突撃してる仲間に、なんて態度だばっきゃろー!」

 

そう、ついにZAFT兵達の弾薬が底をつき始めたのだ。

元々”アークエンジェル”側もそれを見越して長期戦を挑む努力をしていたが、ようやく身を結んだのである。

倒した連合兵から武器を奪うなどして誤魔化しもしてきたZAFT兵だが、それにも限界はある。

戦局は確実に、”アークエンジェル”側に傾いていた。

 

「連中、目に見えて弾幕が薄くなってきたな……」

 

「きっと弾切れが近いんですよ!」

 

拳銃の弾倉を交換するムウにベントが返事をする。幸運なことに、パイロットの面々に負傷者はいなかった。

余談だが、今ムウが身を隠している機材はMSの精密部品をその場で現場で加工することの出来る希少な一品であり、一部の整備士からは怒りの視線をぶつけられていたりする。

更に”アークエンジェル”側に朗報は続く。

 

<ワンド3、帰還したぜ!>

 

左肩を損傷した”ダガー”を操って、マイケルが格納庫内に帰還したのだ。

傷ついていても、歩兵にとってMSは大きな脅威となる。対MS装備を持っていない、あるいは消耗した状態であれば尚更のことだ。

対する”ダガー”も、流石に爪先の12.5㎜機関砲を発射するワケにはいかないが、この狭い格納庫内であれば敵のいる場所に拳を叩きつけるだけでも十分に有効な一撃となる。

ボロボロになってなおも威容を誇る”ダガー”に、動揺を隠せないZAFT兵達。

そして、マイケルは躊躇わずにZAFT兵目がけて拳を振り下ろした。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

咄嗟にZAFT兵達は飛び退くも、隠れる場所をいきなり失ってしまうこととなる。

そして、それを見逃すほど”アークエンジェル”の、加えて機材を破壊されたことに怒り心頭な整備士達は甘くなかった。

 

「今だぁ!このクソ共を撃滅しろぉっ!」

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

たちまちに浴びせられる弾幕に、1人、また1人とZAFT兵達が倒れていく。

あらかたの敵兵が倒れ伏したことを確認し、ムウ達は油断なく銃を構えながら敵兵に近づく。

 

「……これで、終わった、んですかね?」

 

「格納庫内は、そうだろうな」

 

「ふぃ~、疲れた……」

 

その場に座り込むヒルデガルダ。彼女の体や衣服は、戦闘の余波で生じた煤で所々すすけていた。

碌な対人戦の経験も無いままに生身の戦場に巻き込まれてしまった彼らだが、なんとか生き延びることが出来た。

フッと笑ってムウが銃を下ろした時、ムウは見た。

───死体だと思っていた敵兵の腕が動き、座り込んだヒルデガルダに手を差し出しているベントに向けて、その手の拳銃を向ける瞬間を。

 

「っ、ベント!」

 

銃声がまた一つ、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「皆、無事?」

 

『はい!』

 

誰1人として欠けることなく激戦をくぐり抜けられたことに、マリューは安堵の溜息を漏らす。

先ほど、艦橋に取り付いたZAFT兵達は、艦橋内部のメンバーと艦外に回り込んだメンバーによる連携攻撃によって排除された。

すなわち、”アークエンジェル”の管制能力が回復したということである。

 

「こちらCIC、各部状況知らせ!」

 

「接近してくる敵艦は、ソード1によって対処された模様!」

 

「残存する敵部隊は第9ブロックに集結している模様、直ちに部隊を編成させて対処させます」

 

矢継ぎ早に指示が艦内に下され、僅かずつではあるが艦内の安全が確保されていく。

銃弾ですっかりボロボロにされてしまった艦長席に腰掛けたマリュー。そこへナタルがやってくる。

 

「艦長、機関室から良い報告です。この攻撃による機関室への被害は軽微、予定されていた時間より僅かに伸びますが作業はいつでも再開可能とのことです」

 

「最良の知らせね。応急修理期間が伸びてモタモタしている内に再度攻撃が、なんてことになったら目も当てられないわ」

 

「同感です。ですが、何処かに伏兵が潜んでいる可能性は未だに存在します。ご注意ください」

 

「ええ」

 

そう、未だに戦闘が完全に終わったわけではないのだ。マリューは思わず肩から抜けていた力を入れ直す。

こういう時、ナタルのように副官の存在が有り難い。

出会った当初はやりづらさを感じていたマリューだったが、現在はナタルの生真面目さを素直に評価出来るようになっていた。

味方の勢力圏に逃げ込み、安全を手に入れた時には必ず何か労おうとマリューが決意していると、突如としてCICのサイが驚きの声を挙げる。

 

「本当ですか、マイケルさん!」

 

「どうした、アーガイル2等兵」

 

マイケルから告げられた驚愕の情報を、サイはマリュー達の方を向いて報告した。

 

「マイケ……ワンド3より報告!敵部隊の隊長、アンドリュー・バルトフェルドが既に艦内に侵入している可能性有りとのことです!」

 

「なんですって!?」

 

マリューは、先ほど自らに言い聞かせた言葉を思い返した。

未だに、戦闘は終わっていない。

この後彼女達は、次々と発覚する問題の対処に奔走することになる。しかし、そうであっても彼女達は幸運だった。

実際には、彼女達の想像するよりもずっとずっと、重大な事態が発生しているということに気付かずに済んだのだから。

 

 

 

 

 

「よし、これで!」

 

その頃、キラは”アークエンジェル”に向かって接近してきていた”ピートリー”級陸上駆逐艦の制圧に成功していた。

通常であればMS1機で挑むには危険な相手であるが、”ストライク”とキラ・ヤマトの組み合わせ相手に持ちこたえるには、些か役者不足だった。

ビームライフルで走行ユニットや各部砲台を次々と撃ち抜かれ、”ピートリー”はもはや置物以上の役割を果たすことはない。

それを為した張本人であるキラはというと、心底安堵したように溜息を吐いた。

 

(あのまま進ませていたら……)

 

キラの目には、”ピートリー”が特攻を仕掛けているように見えていた。

実際、そうなのだろう。なにせ武装をあらかた潰しても止まろうとする様子は見えず、慌てて移動に必要な機関を潰して回る羽目になったのだから。

自分のすぐ横で顔色を悪くしているアリアが、技術者としての観点から攻撃するべき場所を指示してくれていなければもっと時間が掛かったかもしれない。

 

「ヤマト……しょう、い……”ピートリー”、級は……?」

 

「大丈夫、止まったよ。これ以上は何も出来ない」

 

「そ……げほっ、ですか、良かった……」

 

喋るだけでも辛そうな様子を見せるアリア。───限界だ。

ここまで、非戦闘員でありながら戦闘機動の負荷に耐えてみせたアリアに感謝しつつ、キラは”アークエンジェル”の近くで”ストライク”を(ひざまず)かせる。

ここから先は、『ガンダム』は必要ない。

 

「トラスト少尉、ここで待っていて。戦いが終わったら、必ず迎えに来るから」

 

「……」

 

言葉は無かった。しかし、コクリと頷いたのを確認し、キラは”ストライク”のコクピットから地面に降り立ち、拳銃を構える。

 

「これ以上の戦いは無意味な筈……何が貴方を駆り立てるんです、バルトフェルドさん」

 

キラにはどうしても、この無謀な戦いを仕掛けてきた人物と、あの喫茶店で出会った強敵『砂漠の虎』とが結びつかなかった。

これまで何度も苦しめられてきたのだ、それくらいは分かる。

確実に勝てるだけの戦力を用意しつつ、なおかつ被害を最小限に抑えるための策を用意する。それが『砂漠の虎』だ。

だからこそ彼らはこれまで生き延び、着実に経験を積み、ZAFT地上軍最強の部隊とまで言われるようになったのだから。

この戦いには、それが感じられない。ただ戦って、そして死んでいくためのものだ。

 

「こんなの、もう戦争じゃない……」

 

”アークエンジェル”に複数存在する乗降口の1つから艦内に進入するキラ。

足を踏み入れたそこには、キラが一度嗅いだことのある匂いが漂っていた。───血の匂いだ。

 

「うっ……」

 

壁に出来た銃痕やこびりついた血液、そして床に転がる死体が、ここで凄惨な戦いが行なわれたことを証明していた。

『三月禍戦』の折にキラも白兵戦を経験しているが、そうでなければ吐いていたかもしれない。

努めて死体の顔を見ないようにしながらキラは通路を進む。

もしも───たとえ何度かすれ違っただけだとしても───顔見知りが死体となっていた場合、立ち止まってしまうかもしれないから。

ただでさえMS戦の後ですり切れた精神が更に蝕まれていく。

それでも、キラは立ち止まらない。

あの陽気な、それでいて誰よりも『戦争』の才能に恵まれてしまった男とはこの手で決着を付けなければならない。そうでなければ、キラは自身が納得出来る結末を迎えられないのだ。

 

「っ、足音……」

 

ペタペタと通路を歩く音をキラの耳は捉えた。

艦内を裸足で歩いていることに若干の違和感を覚えつつも、キラは通路の曲がり角を慎重にのぞき込み、足音の主を確認する。

そして、安堵した。

 

「バアル少尉?良かった、無事で───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テキ。

テキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキ。

ワタシノ、テキ。

ドコ?ドコ?

テクテク、テクテク、サガシテ、アルイテク。ワタシハ、アルイテク。

10ニンメハ、ドコ?

ドコ、ドコ、ドコ?

コーディネイターハ、ドコ?

 

 

「バ ア ル 少 尉 ? 良 か っ た 無 事 で ───」

 

キラ・ヤマト。ショウイ。ソード1。コーディネイター。

イタ。

10ニンメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コ ロ サ ナ キャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「っ!?」

 

瞬間、キラは自分の中で何かが弾ける感覚を覚えた。

キラは、この感覚に覚えがあった。この状態の時は頭がクリアになり、いつも以上の力を発揮することが出来るようになる。

そして、この感覚はいつも、死が間近に迫った時に。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ふる、う゛ぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥ!!!」

 

全てがスローになった視界の中、振り向くと同時に飛びかかってきたスノウ。その目からは、完全に正気が失われていた。

その標的となったキラは、まずその右手に握られた斧への対処を図った。

 

『斧は一撃の破壊力が大きいため、扉や障害物の破壊にも用いることが出来る武器だ。加えて、刀剣や槍よりもコンパクトに収めることも出来るため、現代でも使用する兵は一定数存在する。石器時代からの人間の友といったところだな。更には───』

 

かつてキラが月で訓練を受けていた時のことである。

近接戦闘訓練の折に、教官のマモリは斧についての説明を行ないながら、斧を訓練場に設置された的に投げ放つ。

放物線を描きながら斧は飛翔し、的の中心に突き刺さった。

 

『投擲も出来る。だが、斧はその万能性とは裏腹に弱点も存在する。それは───』

 

(───直撃させることが、難しい!)

 

斧は刀剣と違って刃の幅は狭く、槍のように柄の長さ(リーチ)を活かして遠巻きに突き刺すことも出来ない。

更に、その威力を発揮するには出来るだけ力を込めて振る必要もあり、対人戦ではナイフに一歩譲る。

それらを踏まえてマモリがキラに伝授した対策は、()()()()()()()()()()()

相手の懐に飛び込んでしまえば、斧はもはやその威力の半分も発揮することは出来ないのだ。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「がっ!?」

 

平静さを失ったスノウはキラの繰り出したタックルを避けられず、そのまま床に倒れ込む。

起き上がる前にすかさずキラは馬乗りになり、抑え込みにかかった。

しかし。

 

「なっ……力、強っ!?」

 

「あ”ぁぁぁぁぁぁ、ぐるぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

暴れるスノウの力は常人のそれを遙かに上回っており、ほんの少しでもキラが力を抜けば即座に脱出し、キラを殺害せしめることを容易に想像せしめた。

キラが抑え込みに成功しているのは、腕力に加えて体重も掛けているからである。

加えて、スノウは首を動かしてキラに噛みつきを仕掛けており、下手に動けばキラは大きなダメージを負うだろう。

こうなっては、キラ独力での解決は難しい。

 

「くそっ、少尉、落ち着いて!僕が分からないんですか!?」

 

「がぁっ、ぐるるるるるるる、う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

スノウの暴れようを見て、キラは早々に説得を諦めた。

明らかに錯乱しており、言葉でどうにか出来る状態ではない。鎮静剤などの外部要因に頼ろうにも、他に動ける人間が近くにいない以上は考えるだけ無意味。

何か、ショックを与える必要がある。ほんの少しでもスノウの感情に、殺意以外の何かを生み出す。

キラの思考が導き出したのは、スノウ同様に、自らが動かすことの出来る唯一の部位を用いることだった。

 

「この……落ち着、け!」

 

「がっ!?」

 

スノウが噛みつきを繰り出すために力を貯めた瞬間、キラはスノウに頭突きを繰り出した。

正面からの頭突きの威力、そして頭突きの勢いを殺せずに後頭部が床に当たったことにより、僅かながらスノウの思考に混乱が生じる。

キラは、額をスノウの額から離さず、スノウの吐息がハッキリ感じられる距離で言葉を発する。

 

()()()()()()()()()?言ってみろ、スノウ・バアル!」

 

「あぁっ、あ、はっ、はっ……?」

 

「僕が敵に見えるか!僕はコーディネイターで……それでも、君の仲間だ!」

 

至近距離で放たれる言葉は、たしかにスノウの殺意を削いでいった。

僅かずつスノウの目に正気が戻っていき、斧を握る手からも力が抜けていく。

 

「キ……ラ。キラ……?」

 

「そう、そうだ。僕は、キラだよ」

 

スノウが手放した斧が床に転がり、カラン、という音が鳴る。

 

「キラ……キラ、キラっ」

 

「うわっ、えっ?」

 

スノウが落ち着いたと判断して離れようとするキラ。

しかし、スノウはキラを抱きしめる。

先ほどの大型野生動物のような力はまるで感じられず、その見た目通り、怯える少女のような弱々しい抱きつきにキラが困惑していると、スノウがポツリポツリと言葉を漏らし始めた。

 

「いや、いやぁ……。いかないで、私を1人に、しないで……死んじゃ、いやぁ……」

 

「……」

 

一度も見たことの無いスノウの姿に、キラは何も言えなかった。

この弱々しさの中に、キラが知る普段の彼女の苛烈さの答えがあるのだろう。出来ることならば彼女の側にいてやりたい。

しかし、キラにはまだするべきことがあった。

優しく腕を解きながらキラはスノウに語りかける。

 

「大丈夫、大丈夫だから……僕は死なないから……」

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

「……少しだけ、ここで待っていて。必ず、戻るから」

 

いやいやと首を振るスノウ、しかし、弱々しいままの力でキラを引き留めることは出来ない。

キラが知る由もないことだが、彼女を強化している薬剤の効果がちょうど薄れ始めていたのだ。

どちらにせよ、今のキラには都合のいいことである。

スノウを壁に寄りかからせた後、キラは地面にいつの間にか落としていた自分の銃を拾い上げ、先を急いだ。

俯いたスノウの顔からこぼれ落ちる液体に、気付くことはしなかった。

 

 

 

 

”アークエンジェル”中央区画

 

「何処だ……何処に、いる……」

 

震えた手で銃を持ち、カガリは歩く。

煙幕が生じた隙に部屋を抜け出した彼女は、当てもなく、1つの目的を果たすために歩き回っていた。

すなわち、アンドリュー・バルトフェルドの殺害である。

「敵は”バルトフェルド隊”である」という情報が艦内放送で知らされたことが、この状況を作り上げたのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

彼女の理性が、彼女自身に告げている。

『行くな』と。

カガリが今こうしている、そのことがもっとも危険であり、ヘク達にも大いに迷惑を掛けているのだと。

しかし、カガリは止まらない。止まれない。

 

『ハハハ、馬鹿な奴。そんなことをして俺達が喜ぶワケないって知ってるだろうに』

 

「うる、さい……」

 

『無駄で無意味……その方がまだマシだ。お前のやっていることは、それ以下の行いだ』

 

「黙れ……」

 

『カガリ、どれだけの恥を上塗りするつもりなのだ?お前はアスハの娘なのだぞ?』

 

「黙れぇ!」

 

()がカガリを責め付ける。

彼女の周りには誰もいない。声など聞こえる筈が無い。

それでも、彼女だけには聞こえるのだ。

アフメド(自分が死なせた少年)の声が。

ヘク(自分を守る者)の声が。

ウズミ(自分が敬愛する者)の声が。

それらが、自分を非難してくるのだ。僅か齢16の少女の精神で耐えられる負荷ではない。

そして、カガリにはそれが自らの後悔が生み出す()()()()だということが分かっていても、正しい解決法を知らなかった。

バルトフェルドを分かりやすい元凶に見立て、それを殺して全てを解決した……と()()()()、短絡的な方法。それに縋ってしまったのである。

 

「全部、あいつのせいだ……そうだ、全部───」

 

 

 

 

 

「あ」

 

「え?」

 

バッタリと。

突然に。

前振り無しに。

廊下の曲がり角で。

───カガリとバルトフェルドは遭遇した。

 

 

 

 

 

「がぁっ!?」

 

当然のように先に行動したバルトフェルドは即座にカガリを組み伏せ、その頭部に銃を突きつける。

抵抗しようにもカガリの右腕はねじり上げられ、何かしようとすれば逆に痛みが奔るだろう。

躊躇なく引き金を引こうとしたバルトフェルド。しかし、何かに気付いたように眉を潜めた。

 

「んー?君、どっかで……」

 

「くっ……バルト、フェルドぉっ!」

 

必死に頭と眼球を動かし、バルトフェルドをにらみつけるカガリ。

拘束の力は弱めずに頭をひねったバルトフェルドは、得心した。

あのレジスタンスの中に混じっていた、異国のお姫様だ。

 

「ああ、いつの間にか死んでたかなと思ってたけど、こんなところにいたんだ?───カガリ・ユラ・アスハ君?」

 

「なっ……」

 

「『なんで』って?あのさぁ、アフリカ系列の男達が集まったレジスタンスの中に、1人だけ東洋風の女の子がいるってなったら、少しは調べようと思うじゃん?判明した時には頭抱えたけど」

 

自分の素性が筒抜けだったことに目を見開くカガリ。そんなカガリを尻目に、バルトフェルドは言葉を続ける。

 

「なるほどなるほど……あの時のやけに動きのいい”テスター”のパイロットは、君を連れ戻しに来た護衛……それも腕利きのコーディネイターってところかな?君が血気盛んに出てったから、慌てて飛んで来たってわけだ」

 

「……」

 

バルトフェルドの推察は完全に的中していた。僅かな情報からここまで推理してみせるバルトフェルドに、カガリは驚きと恐怖を隠すことが出来ない。

───自分達は、こんな男を相手に戦いを挑んでいたというのか!?

否、戦いだと思っていたのは、カガリ達だけである。

バルトフェルド達にとっては、「本番前の雑事、あるいは練習相手」としか見られていなかったのだから。

 

「ま、都合のいい話ではある」

 

「なんだと……?」

 

「───今ここで君を殺せば、連合とオーブに不和を生めるかもしれないだろ?『連合軍艦が保護した中立国の要人が戦闘に巻き込まれて死んだ』、みたいな?どうせ死にに来てるようなもんだし、せめてもの置き土産にはちょうどいい」

 

ゴリ、と。カガリはたしかに、銃口(死神の鎌)が自分の頭に突きつけられたことを理解した。

自分は今、憎き仇敵に、紙に吐き出したガムを捨てるように、あっさりと殺される。

そしてその瞬間、たしかに、カガリは自分の中で何かが弾けるのを感じた。

 

 

 

 

 

「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!???」

 

 

 

 

 

オーブもアスハもヘクもアフメドも父も関係無い。

今はただ、生き延びたい。

カガリは泣いた。カガリは叫んだ。カガリはもがいた。

ねじられたままの右腕がミシミシと悲鳴を挙げるが、そんなのは今の彼女にとって気を払うべきことではない。

命が保証されなければ、全てが無意味だ。

 

「うおっ!?急に、なにを……!」

 

カガリの無様に過ぎる抵抗は果たして、彼女の余命を延ばすことに成功した。

急に激しく、自傷すら厭わずに暴れ出したカガリを前にバルトフェルドは銃口を逸らしてしまい、放たれた弾丸はあられもない方向に飛んでいった。

予想以上の抵抗に再度押さえつけようとするバルトフェルド。しかし、カガリは普段彼女が発揮出来る以上の、火事場の馬鹿力とも呼ぶべき力を発揮し、中々思い通りに動かない。

だが、元々が完全にバルトフェルド優位な体勢だったために、数秒後には再び銃口がカガリの頭に押し当てられる。

 

「あああ、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???」

 

「ええぃ、この、いい加減に───」

 

 

 

 

 

「カガリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 

 

 

 

突如、バルトフェルドの左肩を銃弾が撃ち貫いた。

カガリのなりふり構わずの抵抗と悲鳴が。必死に稼いだ数秒が。

───ヘク・ドゥリンダ(最強の護衛)を、この場に間に合わせたのである。

 

「ぐっ!?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

カガリに命中しないように細心の注意を払いながらヘクはバルトフェルドに銃を連射する。

咄嗟に通路の曲がり角に逃げ込まなければ、今頃バルトフェルドは蜂の巣にされて絶命していただろう。

対するヘクも、追撃はしようとせずカガリの体に腕を回して引きずるように、バルトフェルドとは反対側の曲がり角にまで連れて行く。

 

「くそ、しくじった……!」

 

撃たれた左腕を止血しながら廊下を進み、バルトフェルドは悪態を吐く。

『軍服でもない若い女が何故軍艦にいるのか』、そんなことに気を取られて呑気にベラベラと話していたツケがこれだ!

遠ざかっていく足音に安堵しつつ、ヘクはカガリの様子を窺った。

 

「カガリ、無事だった───」

 

か、と続けようとしたヘク。しかし、それはカガリが抱きついたことによって遮られる。

 

「はーっ……はーっ……」

 

「……ったく」

 

ヘクは困ったように、空いてる左腕でカガリの頭を撫でた。

今回もこうして振り回されたワケだが、今はそれをとやかく言う気にはなれなかった。

今の彼女は、恐怖に震え、泣きじゃくる子供でしかない。

 

「よーし、よーし……大丈夫だからな」

 

「わた、私は……はーっ……へ、ク……」

 

「大丈夫だ、大丈夫だからな……」

 

高い授業料ではあったが、これで彼女も分かっただろう。

戦いとは、とても恐ろしいものなのだと。

それでカガリが折れて安全に過ごすことを望むなら、それはそれでいいだろう。ヘクは全力でカガリを守るだけでいい。

だが、カガリはおそらくそれを望まないだろうということも、ヘクは知っていた。

彼女は、この恐ろしさをオーブの人々(大切な人達)が知ってはならないと思うから。そのために、戦えてしまえる人間だから。

なんにせよ、自分は彼女を支えるだけだ。

もはや、彼女の母親の遺言だけで守っている、というワケでもないのだから。

 

「あなた、達は?」

 

「あー……なんか、敵の親玉っぽい奴はあっちいったよ」

 

それに対して、こちらはどうだろう。

騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう少年兵(キラ・ヤマト)は油断なく周囲を警戒しながら、ヘクに礼を言ってバルトフェルドの去った方向に走っていった。

『ヘリオポリス』で戦いに巻き込まれた後に何を思ってか連合軍に志願したと聞いた時にはどうしてそうなったのかと頭を抱えたが、立派に戦士の風体をしているではないか。

いったい何処の誰がどうやれば、僅か1ヶ月ほどで素人をあそこまで育て上げられるのだろうか。

 

「兵士の才能……だけじゃねぇな、ありゃ」

 

どちらにせよ、ヘクが彼にしてやれることはそう多くは無い。そのことが、ヘクには複雑に感じられた。

守りたかった者は守れず、守ろうとしている者達は自分から困難に飛び込もうとする。

そのクセして、その目の中に感じられる『光』は、同じものなのだ。

 

(どんだけ弄くってようが……ヴィア博士、あんた達やっぱ親子だよ)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”資料室

 

「バルトフェルドさん!」

 

「おやおや……もう来たのかい」

 

「……こちら、キラ・ヤマト少尉。アンドリュー・バルトフェルドを資料室にて発見しました」

 

けして扉の陰から顔を出さず、キラは持ち歩いていた通信機を用いて艦内に情報を流した。そう遠くないうちに味方が集結してくるだろう。

資料室はその名の通り、敵味方の戦力に関する情報や通信記録など重要な情報が集められた場所だ。

そのため、情報の保護という観点から艦中枢部に配置されているのだが、今はバルトフェルドの最後の砦となってしまっていた。

 

「もう諦めて投降してください。これ以上───」

 

「『戦う意味なんてない』……だろ?」

 

「……はい」

 

「だったら話すことは無いよ。いい加減学習したまえ」

 

言葉を投げかけながら、チラリ、とキラは顔を出す素振りを見せる。

その瞬間、バルトフェルドは弾丸を発射し、キラの顔のすぐ近くの壁に着弾させる。

手負いの獣とはよく言ったものだ、とキラは舌を巻く。下手を打てば、狩られるのは自分だ。

膠着状態に陥っていると、バタバタと複数の足音がキラの耳に聞こえてくる。

 

「ヤマト少尉!」

 

「ブラックウェ……ル、中尉?」

 

「何故疑問形なのですか」

 

「キラ、大丈夫か!?」

 

呆然とした声でフローレンスを呼ぶキラ。

彼女の中からは「軍医が白衣を赤く染め、なおかつ散弾銃を装備した状態で現れた時にどう思うか」という想定が抜け落ちていた。

フローレンスの後ろには他にもマリューやサイ達他の連合軍兵の姿も見られる。

艦長であるマリューまでもこの場所に来ているということは、残る問題はバルトフェルドのみとなった、と見ていいだろう。

 

「私は”アークエンジェル”艦長のマリュー・ラミアスです。艦内における戦闘は全て終結しました。あとは貴方だけです、速やかに投降しなさい」

 

「……そっかぁ、僕だけになっちゃったかぁ」

 

しみじみと呟くバルトフェルド。しかし、闘志を折るまではいかなかったらしく投降する素振りは見せない。

 

「生憎だが、『最後の一兵になっても戦え』と言ってるんでね。指揮官である僕自身がその言葉を違えるワケにはいかないんだよ」

 

「ですが───」

 

「アンドリュー・バルトフェルド、貴方は病気です」

 

説得を続けようとしたマリューを遮り、フローレンスが言葉を挟む。

 

「おいおい、いくらなんでも酷すぎないかい?いきなり人を病人呼ばわりなんてさ。それに、いったいなんの病気だって言うのかな?」

 

「生存を考慮しない作戦、それにまったく疑問を抱かずに参加する兵士、そして単身潜入する総指揮官。───私には、貴方達が死に場所を求めているようにしか見えません。末期戦の兵士によく見られる症状だと記憶しています」

 

「……」

 

「もう一度言います、アンドリュー・バルトフェルド。貴方達は病気です。人間が自ら死に向かおうとするなど、あってはなりません」

 

確固たる意思で自らの意見を述べるフローレンスに、バルトフェルドは何も言い返せない。

たしかに、自分は病気なのかもしれないと思った。

こんなにも、「何も考えたくない」と思ったこともない。

 

「どうして、こうもままならないのかね……」

 

数秒後、カラカラと銃が扉の外にまで滑り出てきた。

それを投降の合図と判断したキラ達は、驚愕に目を見開く。

銃を手放した彼の掲げた右手に、最後に1つだけ残った武器……手榴弾が握られていたからだ。

入ったばかりの入り口から慌てて逃げ出すキラ達に笑いながら、バルトフェルドは言った。

 

「だが、今ここにいるのはアンドリュー・バルトフェルドだ。『砂漠の虎』だ、戦士だ。それらしい死に方というものがある」

 

「貴方は───それでいいんですか!?遠くに恋人さんがいるんでしょう、残して逝っていいんですか!?」

 

咄嗟に放ったキラの言葉は、たしかにバルトフェルドの額に皺を生んだ。

『砂漠の虎』が愛した女。初耳の情報に他の兵士の間でざわめきが生まれるが、キラは構わずに言葉を続ける。

 

「目の前の現実から目を背けたくなる気持ち、少しは分かるつもりです!それでも、そこで未来を諦めちゃダメなんですよ!」

 

「未来、か……あると思うかね?僕が連合軍にどれだけ被害を与えたかは理解しているだろう?十中八九、処刑だろうさ」

 

「っ……それは」

 

たしかに、バルトフェルドの言うことは的を得ていた。

彼の活躍や名声は、それに比例する連合軍兵士の屍を積み上げることで成立していた。良くて終身刑だろう。

どちらにせよ死ぬ以外の選択肢がない。そう言われては、キラにはどうすることも出来ない。

言葉に詰まるキラ。しかし、そこに救いの手を差し伸べる者がいた。

護衛を伴ってこの場に現れた、ヘンリー・ミヤムラだ。

 

「アンドリュー・バルトフェルド君!私は”第31独立遊撃部隊”司令官、ヘンリー・ミヤムラ大佐だ!───その命、私に預けてみる気にはならんかね?」

 

「……なに?」

 

「君が生きてこの戦争を終えられるかもしれない選択肢を、我々は提示出来るということだ」

 

バルトフェルドは耳を傾けた。

この大佐を名乗った老人の言葉には、たしかな自信が感じられたからだ。

 

「現在我々は、君の部隊の隊員16名を拘束している。『深緑の巨狼』もだ。このままいけば、彼らは戦後厳罰を受けるだろう」

 

「人質のつもりで?言っておきますが大佐殿、我々に死を恐れる者は───」

 

「単刀直入に言う、こちら側に付く気はないかね?」

 

ピシリ、とその場の空気が固まった。

それもそうだろう、何処の誰が、敵エース部隊の指揮官に正直に裏切りを薦めるというのか。

()()フローレンスでさえ、目を丸くしているではないか!

 

「君ほどの男がこちらに付くならば、私は最大限の便宜を図るし、おそらく上層部も歓迎してくれるだろう。なにせ、敵エースが寝返るのだからな。公表してZAFTの士気を低下させるも良し、隠して敵中枢に潜り込ませるも良しの鬼札……捨てるには惜しい」

 

「……その対価が、我々の戦後の立場の保証と?」

 

「そうだ。君も、君の部下も、君の恋人も守る最大の手段だ」

 

「天下の連合軍ともあろうものが、随分と卑怯なことをするものですな。プライドは無いものと見える」

 

「手段を選ばない、とは言わない。私も『血のバレンタイン』や『エイプリルフール・クライシス』のようなことはあってはならないと考えているとも。だが、穏便に物事を解決出来る方法があるなら、どれだけ卑怯と罵られようと構わん」

 

どうするか、とミヤムラはバルトフェルドに迫る。バルトフェルドは、ただ一度だけ、溜息を吐いた。

 

(ああ……負け、だな)

 

キラに絆され、フローレンスに説教された。

そして、ミヤムラは手を差し伸べた。戦士としてあるまじき道へ誘うその手は、たしかにバルトフェルドにとって魅力的に見えてしまっている。

目を閉じ、思い浮かべるのは。

 

『隊長!』

 

『バルトフェルド!』

 

『アンディ……』

 

自分を、自分などを慕ってくれた仲間達の声。

そして、誰より守りたいと願った女性の声。

 

「やはり、僕は中途半端だったらしい……」

 

戦士のように勇ましく、誇り高く死ぬ。

そう決めていたのに、醜く生き足掻こうとしてしまうのだから。

この後、アンドリュー・バルトフェルドは正式に連合軍へ投降。ミヤムラの宣言を以て、戦闘終結が確定した。

激闘の果てに、彼らが掴んだものとは───。




お、終わった……ついに……。

次回は後日談的な話でさらっと流そうと思います。
いったんアークエンジェルから視点を移したい……。

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