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ZAFT軍ビクトリア基地 司令室
<以上が、ここに至るまでの経緯です>
「なんと、馬鹿な……!?」
華美とは言えない執務机の上に拳が叩きつけられ、その上に置かれた書類が何枚か床に落ちる。
しかし、この部屋の主であり、ZAFT地上軍アフリカ方面隊の総指揮官を務めるローデン・クレーメルにはそのことに気を払う余裕は無かった。PCの画面に映る男───マーチン・ダコスタも悲痛そうに顔を歪める。
アンドリュー・バルトフェルドの副官でもある彼が何故ローデンと通信しているのか。
それはひとえに、上官からの指示に従ったからだった。
「本当に、行ってしまったのか。君達に”レセップス”を任せ、命を捨ててでも『足つき』を落とす、と」
ダコスタが頷く。それを見てローデンは両手で顔を覆い、嘆いた。
どうしてこんなことになってしまったのか。嘆くローデンにダコスタは言葉を紡ぐ。
『3倍近い戦力差を持ち込みながら返り討ちにあった負け犬ならぬ負け猫ですが、せめて当初の任務くらいは果たしてみせます』
ローデンへの伝言を残し、更に部隊に配属されて間もない新兵や白兵戦の経験が少ない者をまとめてビクトリア基地に向かうようにと、バルトフェルドはダコスタに言いつけた。
そして3機のMSと、”ピートリー”級陸上駆逐艦だけ持って、『足つき』こと”アークエンジェル”撃破のために向かってしまった。
その際に貴重な”レセップス”を失わせてはならないとして、ダコスタ達に持ち帰らせたのだが、ローデンからすればそれこそが愚策とバルトフェルドに怒鳴りたくて仕方なかった。
「おのれアンドリュー……なぜそこで自己を低く見積もる!」
バルトフェルドの率いる部隊こそがZAFT地上軍最強の部隊であることは、もはや疑う者のいない事実だ。
作戦を成功させるために他部隊へ強引な姿勢を見せることもあったが、確実に戦果をたたき出してきたこともあり、能力主義のZAFTの象徴とも言えるだろう。
そんな部隊が、万全の状態で挑んだにも関わらず、返り討ちにあった?
「───”レセップス”1隻程度、使い潰せば良かったではないか。それで落とせるというなら、何故使わなかったのだ!」
もはやローデンには、バルトフェルドが”アークエンジェル”を撃破することを祈るしかなくなった。
”バルトフェルド隊”を超える脅威が敵として存在し続けるなど、悪夢でしかないというのに。
”アークエンジェル” カタパルト
<キラ、無事だったか!……なんで、トラスト少尉も?>
「深い……深い事情があったんだサイ……」
「あはは……お邪魔してます」
モニター越しに困惑するサイに、キラは苦渋の表情を見せる他無かった。
敵兵の銃撃から身を守るために緊急的に避難したはいいものの、その後も迂闊に機外に出るわけにもいかず、結局”ストライク”の中が一番安全だとしてアリアを乗せたまま出撃することになってしまった。
危険であるとしてキラは断固拒否しようとしたが、”ストライク”から出ることの方が危険であるとアリアに説き伏せられてしまい、結局こうして2人乗りで出撃することになったのだった。
<色々あったんだろうけど、事態は急を要するんだ。今”アークエンジェル”を守れるのはお前達しか……うわっ!?>
画面の向こうが煙で包まれ、キラの顔からサッと血の気が引く。
「サイ!?返事をしてくれサイ───」
<ちょ……待…てろ!お返…だ、喰ら…!>
ノイズ混じりの叫びと共に銃声が響く。どうやら、反撃を行なっているようだった。
少しの時間をおいて、サイが再び画面に姿を現す。
所々汚れてはいるが、無事であることにキラは安堵した。
<スマン、待たせた!話を戻すけど、今”アークエンジェル”には3機のMSと、少し離れたところに敵艦が接近してきてるのが確認されてる。キラ達には迎撃を頼みたいんだ>
「3機?昼間の戦闘ではもっと生き残ってたと思うんだけど……」
「再戦には耐えられない、あるいは伏兵か……何らかの事情があるのでしょうが、ひとまずそのことは脇に寄せときましょう。今の”アークエンジェル”には、確認出来てるだけの戦力でも脅威ですから」
「たしかに……サイ、使える装備は何がある?」
アリアの説明にひとまず納得し、キラは”ストライク”の装備を調えようとする。
<今はストライカーもまとめて整備中で、使えるストライカーは予備のエールが1つだ>
キラは苦々しげな表情を見せた。
出撃可能なのは自身とマイケルの2機のみ、その片方はストライカーの恩恵を受けることが出来ないとなれば、無理も無いことだった。
しかし、マイケルは躊躇わずキラにストライカーを譲った。
<なら、それはキラが使ってくれ。俺が使うよりもそっちの方が良い>
「分かりました。マイケルさんは支援をお願いします」
<おう、任せろ!>
性能が低下していても、”ストライク”にはPS装甲のアドバンテージがある。前線を張るのは当然のことだ。
キラ達が手早く戦闘の算段を付けていく様を目にして、否が応でもアリアは、MS戦が近づいてくることを感じ取る。
(どうしよう……怖い)
今までも散々戦いには参加してきた。それでも怖いと感じるのは、『キラ達が敗北すれば終わり』という実感があるからだろうか。
僅かにアリアの手に力が込められることに気付かないまま、話し合いは終了を迎えた。
敵はもう、近い。
「カタパルトは使わないでいく。……しっかり捕まっていて」
「はいっ」
アリアがしっかりと姿勢を整えたことを確認し、キラは前を向いた。
「OK。……キラ・ヤマト、『ガンダム』いきますっ!」
”アークエンジェル”艦橋
「艦内の状況はどうなってるの!?」
「現在、ブラックウェル中尉率いる部隊を始めとして各所で反攻に転じている模様!」
「分かったわ、皆もう少し踏ん張って……いやちょっと待って!?」
サイからの報告を思わず聞き返してしまうマリュー。
船医が率先して戦闘に参加していると聞いてそうならない艦長もいないだろう。この戦いを生き残れたとしても、フローレンスが死傷したら誰が負傷者を治療するというのか。
「どうしてブラックウェル中尉が前線に出ているの!?」
「分かりません!しかし、既に侵入してきた敵兵を8人は無力化することに成功しているとのことです!」
「~~~っ!……やむを得ません、ブラックウェル中尉にはそのまま戦って貰って!」
どう考えてもおかしな状況だったが、艦橋の敵の対処の時点で既に手一杯のマリューに細かいことを考える余裕があるわけもない。
フローレンスとは後でたっぷり
「クレンダ中尉から通信!『艦外に出ることに成功した、これより艦橋に取り付いた敵兵への攻撃を開始する』と!」
直後、艦橋の外側から放たれる銃撃の量が減少したのをマリュー達は感じ取った。
銃撃の音が激しいために聞こえないが、クレンダ中尉率いる遊撃隊が攻撃を開始したのは明らかだった。
「今よ!奴らを艦橋から排除するわ!」
『了解!』
マリューのかけ声に合わせ、艦橋内のクルー達が一斉に銃撃の勢いを増す。
戦いの流れは、確実に変わり始めていた。
「きゃあっ!?」
「くっ……この!」
耳元で少女の悲鳴が響く中、キラは必死に操縦桿を駆使し、重斬刀の一撃を”ストライク”に受け止めさせる。
出撃したキラはすぐさま敵MS隊と会敵し、戦闘を始めていた。
「やっぱり、厳しいかも……」
事前に知らされていたことではあるが、今の”ストライク”の性能は低下しており、普段の感覚で操縦することは出来ない。
訓練生時代にキラが乗った”テスター”よりマシといったところか。少なくとも、現在キラが戦闘している”ジン”3機と相対するには心許ない。
<キラっ!くそ、当たれってんだよ!>
マイケルも”ダガー”を駆り、後方からビームライフルで懸命に”ストライク”の支援攻撃を行なうが、有効弾は未だ無い。
連携して敵を集中攻撃しつつも視野を広く持ち、仲間同士でフォローし合う。
長く長く、戦ってきた者達でなければなし得ない戦い方だった。
だからこそ、キラは苛立たしげに舌打ちをする。
「なんで、こんなっ!」
これだけの練度を誇りながら、何故このような無謀な戦いを挑んで来たというのか。
教官に教えられたこと以上の軍事知識はないキラであっても、今回の場合は一度退き、態勢を整えるのが正解であると分かる。
それでも攻めるのは何故か。
作戦失敗の責を負わされるのが嫌だった?バルトフェルドの性格からしてそれは考えづらい。
今が好機だと判断した?ならば何故”レセップス”を持ち出さない?
歩兵が侵入してきているのに関わらずMSで攻撃を仕掛ける理由は?歩兵ごと”アークエンジェル”を潰すつもりでもあるというのだろうか。
あらゆる行動の中に混在する合理性と矛盾。それを突き詰めていった結果、キラはある考えにたどり着く。
「これじゃまるで、特攻じゃないか……!」
<ほう、気付くか?>
不意に聞こえた男の声に、キラは目を見開く。
昼間にも死闘を繰り広げた男の声だ、どうして忘れられようか。
「バルトフェルドさん!?」
「えっ、この声が!?」
<……女連れでMSに乗るとは、僕もそうしとけば良かったかな?>
「これは違っ……じゃなくて!」
やれやれといった仕草を見せる目の前の”ジン・オーカー”。この機体にバルトフェルドは乗り込んでいるのだろう。
ペースを崩されつつも、キラはバルトフェルドに疑問をぶつける。
「貴方はなんで、こんな戦いを!」
<おいおい、軍人が命令に最後まで従うのは当然───>
「こんな戦い方、貴方らしくない!」
ビームサーベルを抜き放ち、バルトフェルドの”ジン”に斬りかかるキラ。”ジン”はそれを軽々と避け、タックルで”ストライク”を吹き飛ばす。
転びそうになるのをスラスター噴射で支え、そのままマイケルの”ダガー”の元まで後退し、油断なくサーベルと盾を構える”ストライク”。
同じように態勢を整えつつ、バルトフェルドはキラに言い返す。
<『僕らしさ』とやらを語れるほど仲が良くなった覚えは無いが……まあ、それは認めるよ>
「だったら何故!」
<色々な
<へえ、こいつが隊長の言ってた『面白い坊主』ですか?>
<たしかに、女連れてMSなんて乗る奴は面白ぇや!そういや俺達の知り合いにもそんな奴がいたな?アンドリュー・バルトフェルドってんだけど>
僚機の肩を小突くバルトフェルドの”ジン”。
戦場にあるまじきやり取りだが、キラ、そしてマイケルは油断をすることは出来ないでいた。
彼らから向けられる殺気は、微塵も衰えていないのだから。
「投降は……してもらえないんでしょうね」
<律儀だなコイツ……ここに来て投降呼びかけるとか>
<真面目君ってやつか?少しはウチの隊長に分けてやりたいくらいだ>
軽口を叩きながらジリジリと移動し、確実に攻めの姿勢を見せていく”ジン”達。
<生憎だが……まともな思考って奴はとっくに捨てちまったよ!おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
裂帛の叫びと共に、左右から同時に”ストライク”に斬りかかる“ジン”。
避けるか、防ぐか。僅かに逡巡した後、キラは前進を選んだ。
左右の”ジン”に目を取られた一瞬で、”ストライク”の正面に陣取っていたバルトフェルドの”ジン”がマシンガンを向けるのが見えたからだ。
銃撃を盾で受け止めつつ、再びの斬撃を繰り出すが、”ジン”はサーベルを握る”ストライク”の右腕自体を抑え込み、それを防ぐ。
「くっ!」
<見え見えだぞ、少年!>
動きが固まった瞬間、ストライクの後ろから2機の”ジン”が斬りかかる。
<キラッ!>
マイケルが咄嗟にライフルで支援射撃を行ない、2機の妨害をする。
その隙にキラは後退し、再び”ジン”達と向かい合うような形になる。
このまま堂々巡りが続けば、いずれ接近してきた敵艦の攻撃で”アークエンジェル”は仕留められる。
あるいは、それが狙いなのかもしれない。
(どうする、どうする……!)
<───キラ、1ついいか?思いついたことあるんだが>
悩むキラにマイケルがあることを提案させる。
それは作戦というにはあまりにも粗末なものだったが、この膠着状況を打破するだけの意外性を感じさせるものではあった。
「たしかに、それなら……」
「ゲホッ、ゲホッ……後でラミアス艦長や司令が苦い顔しそうですけど、私的にはOKです。命あっての物種、どーんとやっちゃってください」
アリアの言葉を聞き、キラはマイケルの『思いつき』に乗っかることにした。
確実性のあるものではないが『前線における最大のタブーは躊躇うこと』と教えられていたからだ。
また、問題はもう1つある。
「ごほっ、えほっ……」
同乗しているアリアの体調が悪化してきていることだ。
普段からMSでの機動戦に慣れているキラ達と違い、アリアは完全に素人。その体に掛かる負担は相当なものだろう。
「ごめん少尉、もう少しだけ我慢して」
「はい……いっちゃってください」
自身に縋り付く手の力が強まるのを感じながら、キラは”ストライク”の態勢を変えていく。
サーベルを構えながら、盾を前面に押し出すようにして、如何にも『突撃します』といった構え。
同時に、マイケルの”ダガー”もライフルを構えて支援する構えを見せる。
<やれやれ、またPS装甲頼みの突撃か?芸がな───>
バルトフェルドの言葉を最後まで聞かずに、キラはスラスターペダルを踏み込んだ。
直後、急激にキラとアリアの体に襲いかかるG。アリアは目を閉じ、ジッと耐えることしか出来ない。
<うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!>
マイケルもライフルを捨ててビームサーベルを抜き放ち、キラに追従する形で突撃を開始する。
とはいえ、ZAFT側にとって想定出来ない事態ではない。むしろ無理に均衡を崩そうとするこの行為こそ、愚策としか思えなかった。
”ストライク”を1機が抑えている間に、”ダガー”を2機で落としてしまえばいい。
そう考えていた彼らだが、、直後予想だにしない事態に直面する。
「ここだ!」
なんと”ストライク”は背中のエールストライカーをパージし、真正面の”ジン”に向けて進ませたのだ。
<なにっ!?>
驚きの声を挙げるバルトフェルド。その間に”ストライク”は進路を変え、自身から見て右側に陣取っていた”ジン”へ標的を変えた。マイケルも同じように、左側の”ジン”に狙いを定める。
正面の敵にストライカーをぶつけ、その間に両側面の”ジン”を落とす。それこそが、マイケルの『思いつき』だった。
<面白え、来やがれ!>
急遽ターゲットされた“ジン”は重斬刀を装備して”ストライク”を迎え撃つ姿勢を見せる。
しかし悲しい哉。
<クッソ……楽しかったぜ、たいちょ───>
歴戦のMSパイロットといえども、パイロット能力に差がありすぎた。
胴を斜めに切り裂かれた”ジン”が爆炎を挙げる。
これで、”ジン”の残りは2機。
<俺だって、”アークエンジェル隊”なんだよ!>
反対側でも、マイケルが”ジン”を撃破していた。
反撃を覚悟で突っ込んだのだろう、その右肩には深々と重斬刀が突き刺さっている。しかし、左手に持ったビームサーベルはたしかに”ジン”の胴体を貫いていた。
これで、残るはバルトフェルドの1機のみ。マイケルもこれ以上の戦闘は難しいだろうが、大きな問題ではない。
性能が低下していてもPS装甲を持つ”ストライク”と、ただの”ジン”。
実際に戦うまでもなく、勝敗は明らかだ。
「……」
もう、言葉は無かった。
キラには分かっていた。何を言ったところで、目の前のMSの中にいる男が退く筈はないと。
『───っ!』
重斬刀を振りかぶって真正面からの突撃を挑んだ”ジン”。
”ストライク”はそれを僅かにかがんで躱し、右手に持ったビームサーベルを振り上げ、突き出された”ジン”の両腕を切り落とした。
両腕を絶たれ、それでも”ジン”は諦めずに”ストライク”にタックルを行なおうとする。
「諦めが……悪い!」
しかし、残酷なことにそれも『無駄』でしかない。
”ストライク”はビームサーベルを振り下ろし、無防備な背中に突き刺す。キラの狙いが正しければ、確実にコクピットにダメージが及んだ筈だ。
そして、それは正しかった。
”ジン”はそのまま崩れ落ち、活動を停止した。
「……」
やるせない思いで、キラはそれを見つめた。あの日、何気ない街角の喫茶店で出会った男の笑顔が脳裏に過ぎった。
これが、この有様が、あの男の最後なのだ。
「……敵艦を、叩かないと」
後腰部に懸架していたビームライフルを装備し、既にその姿が見えてきた陸上駆逐艦に向かおうとするキラ。
それを引き留めるように、”ジン”から通信が繋がる。
<───、───?>
「……え?」
僅かに聞き取れたその声に、キラは固まった。
<なあ、少年……
俺が、
”アークエンジェル”第25ブロック
「……よくやってくれたよ、ビゼット。あの世で会ったら、君の好きな酒を奢らせてくれ」
役割を失った通信機器を捨て、男……アンドリュー・バルトフェルドは、血に満ちた通路を歩き出す。
通路を赤に染め上げる血は、彼の歩いた後に転がる数人の連合兵の死体から流れ出ていた。
最初の奇襲も、MS隊による本命
全て、全て、全て。
「『たった1人の本命を確実に通すための陽動』なんて……思わないだろ?」
「くそっ、やられた……!」
既に事切れた”ジン”を脇目に、キラは”アークエンジェル”の方を向く。
キラの予想が正しければ、バルトフェルドは既に艦内に侵入している。大勢の部下達という囮に、キラ達の視線が引きつけられている間に。
その作戦は、たしかに意外性があった。普通に考えれば、たった1戦力という手札を通すためにこれほどの囮は用意しない。
キラが測り違えていたのは、単純なことだった。
「普通じゃないんだ、あの人は……!」
どうするべきか。
バルトフェルドがどこに居るのか、”アークエンジェル”のどこを目指しているのか、何が目的なのかがまるで分からない。間違い無く言えることは、たしかな脅威だということだ。
しかし、遠くからは確実に陸上駆逐艦が迫りつつある。身動きの取れない”アークエンジェル”は、格好の的だろう。
<───落ち着け、キラ!>
マイケルの声を聞き、キラは若干の落ち着きを取り戻した。
マイケルは右腕が動かなくなった愛機を懸命に操り、”ストライク”に近づく。
<いくら『砂漠の虎』ったって、結局は1人の人間だ!
「あっ……」
敵の大胆な策に振り回され、冷静さを失っていたことを自覚していくキラ。
ここで血迷ってバルトフェルドを追うのは論外で、躊躇う時間すら余計でしかない。
バルトフェルドを追うのは他の人間でも出来る。陸上駆逐艦を止められるのは、キラと”ストライク”しかいない。至って単純な話だった。
「……すみません、冷静さを失っていました」
<いや、誰でもそうなるだろうよ。俺は流石にこれ以上戦うのは無理だ。戻っていいか?>
「分かりました」
”アークエンジェル”の方に戻っていく中破した”ダガー”を見送りながら、キラは自省した。
ムウから指揮権を委譲されていながら、この様とは情けない。
しかし、そのまま長々と考えている暇は無かった。頭を振って思考を切り替え、キラは”アークエンジェル”に向かってくる敵を見据える。
最後に、キラは自分の服を強く掴んでいるアリアに声を掛けた。
「大丈夫?」
「はい。……お願いします」
「分かった。───行くよっ!」
”アークエンジェル”中枢区画
「ちくしょう、案外、連合軍も頼りにならない!」
「でも、聞こえてくる限りでは優勢っぽいですよ!」
ヘク・ドゥリンダはバリケードに隠れてアサルトライフルの弾倉を入れ替えながら叫んだ。その声に負けない大きさで、ヘクの部下であるワイド・ラビ・ダナガが戦況を告げる。
戦闘前に自衛権を許可された彼らは、護衛対象である少女を部屋の中に匿いながら、侵入してきたZAFT兵との戦闘を開始していた。
PTSDを発症して少しばかり錯乱していたものの、大人しく部屋の中にいてくれるだけでもヘク達、守る側としては有り難いことである。
そうして始まった戦闘は当初拮抗していたものの、次第に武器弾薬が息切れしてきたZAFT兵に対してヘク達も余裕を感じてきた時のことである。
状況を大きく変える一手は、唐突に打たれた。
「っ、スモーク!」
前線で弾幕を張っていたホースキン・ジラ・サカトが叫ぶ。次の瞬間、周囲一帯は白煙に覆い隠された。
「落ち着け!弾幕を張り続けろ!」
「でも、敵が見えないんじゃぁ」
「近づけさせなければそれでいい!」
混乱する部下を叱咤しつつ応戦を続けるヘク。
白煙が途切れ、味方が1人も脱落していないことにヘクが安堵した時、ワイドが驚きの声を挙げる。
「おい、おいおいおいおい……嘘だろ!?」
「どうした!」
部屋の中をのぞき込みながら驚愕の声を挙げたワイド。
その姿にヘクが覚えていた不安は、彼にとって極めて残念なことに、的中してしまう。
「───
「なんて日だクソッタレ!?」
更新頻度が著しく落ちてますが、私は元気です。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。