機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第102話「バルトフェルド、特攻」前編

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”アークエンジェル” パイロット待機室

 

時刻が深夜10時を回ったころ、カチャカチャ、と小さな金属が擦れる音だけが部屋の中で反響していた。

その部屋の中にいるのは4人、ムウ、マイケル、ベント、そしてキラのMS隊男性パイロットの面々だ。

ムウは部屋の中に備え付けられた簡易ベッドに寝転がり、マイケルは椅子に座って近くのテーブルに頬杖を付いて落ち着かなさそうにしている。

そしてベントも持ち込んだ小説に目を落としている。もっとも、マイケルと同じように集中は出来ていないのだが。

ならば、音を立てているのは金属音を出しているのはキラ以外に存在しない。

 

「……なぁ、キラ」

 

「はい」

 

「その、なんだ……いったん手を止めたらどうだ?」

 

マイケルは遠慮がちにキラが手に持つ物───分解されたベレッタM192拳銃を指差す。

キラは今、マイケルと同じようにテーブルに着き、その上で拳銃の整備を行なっていたのだった。

拳銃を整備する手を止めずにキラは返事を返す。

 

「あ、すいませんうるさかったですか?もうすぐ終わりますので」

 

「あー、その、そうじゃなくてだな……」

 

たしかにキラの手は澱み無く動いており、銃の整備も8割方は終わったところだった。

しかし、マイケルの言いたいのは、整備の音が耳障りだとかそういうことではない。

その行為自体が、気になってしょうがないのだ。

 

「えっと、要するにだな……お前も昼間、滅茶苦茶戦っただろ?今は疲れを取ることに専念した方がいいんじゃないか、みたいな……」

 

キラを慮るようなことを言うマイケル。しかし、真相はそうではない。

目の前で銃を整備されていると、まだ戦闘が終わっていないよう、未だに何処かから狙われているように思えて落ち着かないのだ。

歯切れの悪いマイケルの言葉から、その言葉に隠された真意を悟るキラ。

 

「ごめんなさい、マイケルさん。でも……必要なことだと思うので」

 

「つってもよ、今銃の整備してもしょうがないんじゃないか?いや、分かるぜ?銃の整備は大事だ。けどさ……ここら辺からZAFTは撤退しつつあるわけだし、敵なんて」

 

「───あの人なら、来ます」

 

マイケルは、ジッと自分を見つめて言い返すキラに僅かに怯んだ。

なんとなく、マイケルにもキラが言う()()()が誰だかが分かった気がして、更に言い返す。

 

「でも、でもよ……あいつら、昼間の戦闘で大分消耗してる筈、だぜ?分からんけどさ」

 

「それでも、来ます」

 

「だから……なんで?」

 

問い返されたキラは、僅かに目を伏せて考え込む。

いつの間にか、顔を上げて自身を見つめているベントと、目を閉じながらも会話に意識を傾けているムウ。

3方向から注目される中、キラは一言だけ返した。

 

「あの人が、『砂漠の虎(アンドリュー・バルトフェルド)』だからです」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”独房

 

「……何の用?」

 

「何よ、いやに刺々しいわね。一緒にケバブ食べた仲じゃない」

 

あの戦闘の後、外側から”フェンリル・ミゼーア”のコクピットハッチをこじ開けられたことで、スミレ・ヒラサカは捕虜として”アークエンジェル”の独房の中に入れられた。

今は部屋の中の簡易ベッドに寝転がり、訪問者……ヒルデガルダに言葉を投げかける。

 

「当たり前じゃん、今何時だと……いや、時計無いから分かんないけど、深夜でしょ。そんな時にわざわざ来るなんて、バカでも勘ぐるわ」

 

「そりゃたしかに」

 

クスッと笑うヒルデガルダ。

素直に言葉を受け止められ、スミレはますます顔を歪めた。

 

「……で、何しに来たワケ?今、あたし絶賛不機嫌なんだけど」

 

「やけに大人しく捕まったって聞いてたんだけど、意外とそうでもなかった?」

 

「ふんっ、牢屋に入れられて機嫌が良くなると思う?」

 

「それもそうね。でも安心して、用事はすっごくシンプルだから」

 

そう言った後に、ヒルデガルダは深呼吸をして、スミレに戦闘終了後からずっと聞きたかったことを尋ねる。

 

「あたしは、あんたの目から見て……『お嬢さん』に見えた?」

 

「───」

 

ポカンと呆けた表情をした後に、スミレは静かに笑い始めた。

あの戦闘で大分苦しめられただろうに、仲間も傷つけられただろうに、出る言葉が()()か?

どうやら自分の目は曇っていたようだ。こんな紙一重(バカか大物)な人間に気付かなかったとは。

無性におかしくなって、スミレは笑う。こんな風に、純粋に笑える機会は、久しぶりな気もする。

 

「むっ……あんたが言ったことでしょう、『お嬢さんじゃないなら証明しろ』って」

 

「ふっ……”フェンリル”にMS引かせてジェットスキーやらせるような奴が、まだそんなことに拘ってんのかと思って」

 

「あんたねぇ……」

 

「───名前、改めて聞かせてよ」

 

微笑みながら、しっかりと自身を見つめ返すスミレの瞳。

ヒルデガルダは溜息を吐きつつも、笑顔で宣言した。

 

「あたしはミスティル。……ヒルデガルダ・ミスティル。ヒルダで良いわ」

 

「そ。じゃあ、ヒルダ。1つだけいい?」

 

続きを促したヒルデガルダに、スミレは、挑発的に、しかし懇願するように言った。

 

「生き残りなさい。この戦争を、世界を。あんたみたいな奴がいるならこんな世界も悪く無いと思えるし、何より……あたしに勝ったあんたが、途中で脱落するなんて許さない」

 

「……頼まれなくたって、生きてやるわよ」

 

まっすぐに自身を見つめて宣言したヒルデガルダに、スミレは何処か安心したように笑うのだった。

心残りは、今も本国のバーダー設計局で働いているだろう親友のことだけ。

 

(ごめん、メリー。……あたしはここで、リタイヤみたい)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”後部甲板

 

「こちらC班。提示報告、異常なし。どうぞ」

 

<こちら艦橋(ブリッジ)。了解、引き続き任務を続行せよ。どうぞ>

 

「C班了解。オーバー」

 

無線の電源を切った先輩隊員を尻目に、男はマグカップに魔法瓶からコーヒーを注いだ。

彼らは”アークエンジェル”のMP*1。本来、艦内の秩序維持を仕事としている兵士達だ。

そんな彼らだが、現在は全10名のメンバーの内、6名が艦の外に出て暗視仕様の双眼鏡を持って周辺を監視していた。

”アークエンジェル”は多数のセンサーを備えている他にも、現状のように非安全地帯に留まる場合は、周辺に多数の監視機器を設置することで万全な監視網を敷くことが出来る。

しかし、その作業に使われるMSや重機は、整備に用いられて今は使うことが出来ない。

よって、穴の空いてしまった監視網を補うために彼らは駆り出されたのだった。

 

「どうぞ」

 

「さんきゅ。……ふー、やはり眠気覚ましのコーヒーは偉大だな」

 

「昼間は色々、大変でしたからね」

 

実は、”アークエンジェル”のMPの仕事は比較的楽な部類に入る。

”マウス隊”からの移籍者など艦内秩序を乱しかねない者はいるが、なんだかんだいって”アークエンジェル”は最新鋭艦であり、その人員も選りすぐり。要するに問題が起きるような事自体は少ないのだ。

その御陰で彼らの通常業務は普段、滞り無く行なわれているのだが、今回のような非常時にはその限りではなかった。

MSや艦の修理や『S.I.D』への奪還した捕虜の引き渡し、果てには怪我人の医務室への移送。

人手が不足し、彼らが駆り出されるのは必然だった。

 

「にしても、敵、来ませんね」

 

「来る方がおかしいんだよ」

 

”アークエンジェル”の現在地は中央アフリカのコンゴ民主共和国、その南端に近い場所だ。

連合軍の攻勢に押されたZAFTは大半が撤退しており、攻撃される可能性は少なかった。味方から離れてわざわざ”アークエンジェル”に攻撃を仕掛けてくるなど、バカの所業一歩手前と言って良いだろう。

しかし、(バカ)は来た。

 

「……強かった、()()()ですね、『砂漠の虎』」

 

「なんだ、含みのある言い方しやがって」

 

不明瞭な言葉を吐く後輩隊員に、先輩隊員は溜息を吐く。

幸いにも今のところは敵の姿は無い。後輩の相談に乗ってやるくらいは出来そうだった。

 

「MSがあんなボロボロになるまで戦って、死にそうになって……あの子、バアル少尉なんか帰還したと思ったら倒れちゃったんでしょう?でも、俺達はその間、銃持って()()()()の部屋の前に突っ立ってただけじゃないですか」

 

MPに最初から任命される兵士は殆ど存在せず、基本的には転科希望者が様々な身辺調査や試験に合格することで任命される。

加えて、功績が目立ちにくい役割でもあり、昇進が難しいとして転科を希望する者は少ない。

20代前半の後輩隊員が転科を希望したのは、彼が出世を諦め、楽な方向に向かいたがったからだった。

そんな彼だが、自分よりも年下の少年少女が傷付きながらも戦っている姿を見て、自分の事が恥ずかしく感じられてきたのだ。

 

「なんか、何やってんだろうって感じになってきちゃって───」

 

「このアホぅ」

 

弱音を吐く後輩に先輩がプレゼントしたのは、後頭部への強めのチョップだった。

 

「何すんですか……」

 

「MPの仕事で楽してる自分と、あの子達を比べて嫌になったってんだろう。それがアホだっつーんだよ。───世の中、楽な仕事なんかどこにもねーんだ」

 

たしかに、MPの仕事自体はシンプルだ。だが、それがイコールで楽な仕事かというとそうではない。

彼らが仕事を怠れば、艦内で如何に犯罪が横行しようとも放置され、それがいずれ、大きな歪みとなる。

何気ない仕事に見えても、大きな意味を担っている。それは、どんな仕事でも同じことなのだ。

 

「だから、お前が楽してると思ってるなら、それはお前が『楽しよう』と思って働いてるからだ」

 

「……」

 

後輩隊員は、言い返すことが出来なかった。

実際、最初に働き始めた時には初めてやる仕事の連続で後悔したこともあった。

でも、何度もこなす内に慣れてきて、手も抜くようになっていって。

 

「負い目を感じるなら、明日からはもっと真剣に働くんだな。それだけでいいんだよ」

 

「……っす」

 

それだけ言って、先輩隊員は双眼鏡による監視に再開した。

必要以上に踏み込まないでくれる先輩に感謝しつつ、後輩隊員も監視作業に戻る。

しかし、程なくして彼の視界に奇妙な物が映り込んだ。

 

「ん?先輩、なんか車……バギー?が向かってくるんですけど」

 

それを聞いた先輩隊員はすぐに同じ方向に双眼鏡を向け、舌打ちをした。

そのまま、迷わずに無線を起動する。

 

「こちらC班、艦橋、聞こえるか!?北東よりこちらに向かってくる車列を確認した!指示を請う、どうぞ!」

 

<なんだとっ!?……確認した!追って指示を出す、監視を続行せよ!>

 

「了解、監視を続行する!」

 

無線を手放した彼はすぐさま携帯していたライフルの安全装置を解除、いつでも発砲出来るようにする。

戸惑いながらも後輩隊員は先輩隊員に習い、ライフルの安全装置を外しながら疑問をぶつける。

 

「なんで来るんだよ、ていうか本当に敵ですか!?」

 

「馬鹿野郎、こんなタイミングで車列組んで軍艦に近づいてくるんだぞ、敵以外にあるか!」

 

加えて、バギーで襲撃を仕掛けてくるというのも中々に妙手だ。

”アークエンジェル”のセンサーは優秀だ。しかし、流石にバギーのような小型の機械の反応まで読み取ることは出来ない。

それを補うためのセンサーも、今は敷かれていない。

MP達がこうして駆り出されていなければ、致命的なまでに接近に気づけなかったかもしれない。

 

「真剣にやっててよかったって、そう思うだろ?」

 

後輩隊員は、やはり頷くしか出来なかった。

艦外の兵士全員に対する艦内への待避命令と、全隊員に白兵戦へ備えるよう命令が下ったのは、ここから1分後のことだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” パイロット待機室

 

時間は少々遡る。

スミレとの会話を終えたヒルデガルダは、部屋に入室した時、首を傾げた。

何故か、ムウ以外のパイロット全員が黙々と銃の整備を行なっているのだ。

 

「なにやってんのあんた達……」

 

「……見りゃ分かるだろ」

 

「ははは……なんだか、やらなきゃいけない気になってね」

 

キラの方をチラリと見ながらベントは言う。

おそらく、先に整備を終えたであろうキラに影響されて整備を始めたのだろうとヒルデガルダは当たりを付けた。

そのキラが、ヒルデガルダの方を見て話しかける。

 

「お帰りなさい、ヒルダさん。……用事は、済みましたか?」

 

「……ん、まぁね」

 

カフェテリアでバルトフェルド達と別れたあの時、ヒルデガルダはキラだけに決意を表明していた。

『あいつらに勝ちたい』、と。

ヒルデガルダとスミレの間で行なわれたやり取りについてキラは知らないが、きっとそれは、ヒルデガルダにとって大事な物だった筈だ。

だから、キラはヒルデガルダの返事を聞いた後に何も言わなかった。彼女が良いと言うなら、それでいいと思ったから。

その配慮が、ヒルデガルダには嬉しく感じられた。

 

「そういえば、隊長は整備しないんですか?」

 

「ん?俺は昨日整備したばかりだからな」

 

「いいんですか~?いざという時使えなくなっても知りませんよ~?」

 

「普段から定期的にやってれば、銃に問題なんか起きねーんだよ」

 

口元に手を当ててからかうヒルデガルダに、ムウは呆れながら反論する。

普段はノリが軽く、軍人らしからぬところを見せるムウだが、仕事には真面目だ。彼が言うなら、わざわざ気分で整備する必要もないのだろう。

 

「てか、お前はどうなんだよ?しっかり整備してんのか?」

 

「ぎくっ」

 

「……」

 

「……あ、あはは」

 

ムウにツッコまれ、ヒルデガルダは苦笑いする。

最近の彼女は”バルトフェルド隊”との決戦に意識を裂きすぎており、MS戦以外への意識が疎かになってしまっていた。

正直に言うと、以前に銃の整備をしたのが何時かは覚えていない。

 

「ったく……人に何か言う前に、自分のことをなんとかするんだな」

 

「はーい……じゃあ、あたしも───」

 

そう言ってヒルデガルダが銃を取り出そうとした、その時のことである。

 

<緊急事態発生!所属不明のバギー数台が本艦に向かって接近中、敵部隊と認定する!敵の目的は白兵戦と思われる、乗組員は直ちに白兵戦の準備をせよ!繰り返す───>

 

鳴り響くアナウンス。それは、あり得てはならない報せを告げるものだった。

 

「敵襲!?白兵戦って……」

 

「───行きましょう」

 

「え、おい!」

 

戸惑うヒルデガルダを尻目に、キラは立ち上がって扉から外に出て行く。

その後を全員で追いながら、マイケルがキラに問いかける。

 

「待てよ、何処に行くんだ!?」

 

「格納庫です。もしかしたら、1機くらいは動けるようになってるかもしれない。それに」

 

「それに、陸戦隊が艦内で暴れてる間に本命のMS隊や敵艦が来るかもしれない。だろ?」

 

「はい」

 

ムウがキラの隣に並びながら言葉をつなぐ。

この状況で攻撃を仕掛けてくるような相手は”バルトフェルド隊”しかいない。そして、彼らには未だに”レセップス”やMS隊などが残っているのだ。

白兵戦を仕掛けてきたのは”アークエンジェル”の監視網をかいくぐって内部に突入、攪乱しつつMS隊の発進を阻害し、本命で一気に勝負を決めるためだとキラは考えたのだ。

 

「全く、隊長は俺なんだぜ?先にやられちゃ立つ瀬無いでしょ」

 

「す、すいません」

 

「だが、現状ではベストの行動だ。それも訓練で叩き込まれたのか?」

 

「……まぁ、その、はい」

 

月での濃密な訓練生生活を思い出し、一瞬顔を引きつらせるキラ。

そんな様子を気にすることも無く、ムウは歩みのペースを上げる。

 

「とにかく、いつでもMSを動かせるようにしておく必要があるってことだ。何より俺達はMSパイロット、ならMSの近くにいないとだろ。急ぐぞ!」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦橋

 

「まさか、使うことになんて……」

 

サイはCICの自分の席で、僅かに手を震わせながら自身の拳銃の弾倉を確認する。

考えたことが無いワケでは無い。”アークエンジェル”は揚陸艦としての役割をこなすことも出来る母艦であり、揚陸後に艦を放棄して乗組員も敵基地に乗り込む可能性があるからだ。

だが、全く覚悟の出来ていない状態で敵の方から乗り込んでくるということを、サイは考えたことがなかった。

あるいは、考えることを避けていたのかもしれない。

 

(やっぱりすごいよ、あいつ(キラ)は)

 

ここまでの激戦をオペレーターとして戦い抜いてきたのはサイも同じだ。しかし、銃を握って初めて分かることもある。

人の命を奪うことは、とても怖いことだ。

自分と同じように、喜び、怒り、哀しみ、楽しむことが出来る存在を、ただのタンパク質の塊に変えてしまう。そのことに恐怖を感じない人間がいていい筈がない。それほどに恐ろしい行いだ。

それでも、キラは戦場に自ら踏み入った。今、サイが感じているだろうことを、同じように味わっただろうに。

否、キラだけではない。

ヒルデガルダも、マイケルも、ベントも、サイと同い年でありながらMSに乗って戦っている。トールも、数ヶ月前まで自分と同じように学生であり、キラほど才能があるわけでも無いのに、”スカイグラスパー”に乗って戦っている。

おそらく、サイが今感じている以上に恐怖を持っていただろうに。

そんな彼らのことが、どうしても眩しく見えてしまう。

 

「せめて、自分のことくらいは守れるくらいでいないとな」

 

震える手を押さえ込み、サイはぎこちなく笑う。

彼らと比較してどうする。自分には自分の仕事があるだろう。

彼らの友として、自分のことくらいはやってみせなければ。

 

(ミリィ、カズイ、フレイ……皆ともまた合おうって約束したもんな)

 

サイが決意を新たにしている中、CICの外ではマリューやミヤムラ達が最後の話し合いをしていた。

 

「ミヤムラ司令は第2艦橋に移動してください。あそこが一番、敵に侵入されづらい筈です」

 

「うむ……この老体では役に立てそうも無い、大人しく引っ込んでいるとしよう」

 

マリューの言葉にミヤムラは頷く。

ミヤムラは80近い老人であり、とても白兵戦に耐えられるような体では無い。そのため、安全な場所に隠れるのは当然のことだ。

現在彼らがいる第1艦橋と違い、第2艦橋は艦外に露出しておらず、更に艦内の中枢というもっとも侵入が難しい場所であり、ミヤムラがそこに移動するのは当然の帰結と言えるだろう。

 

「司令、護衛いたします」

 

「頼む。最後に1つだけ言わせてくれ……死ぬなよ」

 

『了解!』

 

ミヤムラが去って行くのを見届けると、残された艦橋メンバーは準備を始める。

勿論、襲い来る敵と戦うための準備だ。

 

「艦外カメラに敵影を確認しましたー。……やっぱり、ここに向かってきてますね」

 

「そりゃそうだ、狙わない理由がない」

 

心底嫌そうに声を出すアミカとエリクのオペレーターコンビ。

普段の戦闘では複数の対空砲台やMS隊、そして”スカイグラスパー”に守られた第1艦橋だが、今はもっとも無防備に近い場所だった。

今の”アークエンジェル”を守る物は何もないからだ。

それでもマリュー達が艦内で敵を迎え撃つ判断をしたのは、訓練され、実戦経験も豊富だろうコーディネイターの部隊を相手に戦うには、遮る物の無い外よりも、狭く隠れる場所も多い内部の方が有利と判断したからだった。

 

「艦内の状況は?」

 

「現在、各区画でバリケードを築いています。また、MP隊から重火器の使用許可が求められていますが……」

 

「……背に腹は代えられないわ。重要区画を除く全区画でのレベル2火器の使用を許可します」

 

”アークエンジェル”では対人火器にそれそれレベルが設定されており、レベル2には軽機関銃や手榴弾を始めとする爆発性の火器が設定されている。

艦内の被害拡大が予想されるが、それを厭うて人的被害が増えては笑い話にもならない。

外だけでなく内も傷つく”アークエンジェル”を憂いマリューが溜息を吐いていると、更に情報が届く。

艦内で保護している、東アジア国籍の由良 香雅里を名乗る少女、その護衛であるヘク・ドゥリンダから自衛戦闘の許可が求められているとのことだ。

マリューは迷った。

キラの話を考慮すれば、彼女は間違い無く今後の戦争の行く末に大きく影響するだろう人物だ。しかし、そのために部外者の艦内での戦闘を許可しても良いものだろうか?

僅かに逡巡し、マリューは決断する。

 

「いいわ、許可します。ただし、必要以上の範囲を行動することは控えるよう伝えて」

 

「いいんですか?」

 

「今は手が足りないわ、自分達で守るというなら守ってもらいましょう。それに、彼らのいる場所も第2艦橋に近いわ。多少は守りやすい筈よ」

 

「分かりました」

 

これが本当に正しい判断であるか、マリューには分からなかった。

ただ、1つだけ分かっていることがある。───迷う時間はもう無い、ということだ。

ドンっ!という音と共に艦橋が震える。

艦橋のすぐ外で、何かが爆発したのだということは、この場にいる誰にとっても想像に難くないことだった。

 

「っ、総員、戦闘態勢!」

 

すぐさま、艦橋内の物陰やシートの裏などに隠れ、正面の隔壁に銃を向けるマリュー達。

この隔壁は戦闘時に艦橋を保護するために起動するものだが、その隔壁が若干歪んでいるのが見て取れる。敵歩兵が、すぐ近くに爆弾を設置して起動したのだ。

艦橋を保護するとはいえ、装甲に比べれば遙かに脆弱な隔壁は、次の爆発に耐えられそうになかった。

 

「来るわよっ!」

 

マリューが叫んだ瞬間、隔壁が破壊され、外の空気と共に銃弾が艦橋内に飛び込んできた。

大天使の懐で、本来の世界では起こることの無かった生身の兵士による戦いが始まった瞬間だった。

*1
military policeの略




ついに始まってしまった生身での戦闘回。
果たして、キラ達は無事に格納庫にたどり着けるのか。
そして、マリュー達は艦橋を守り切れるのか。
次回の更新を気長にお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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