機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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毎度長らく、お待たせしました。
今回は、今までで最長の文字数となります。


第100話「砂漠の虎達」終編

「速い……!」

 

紙一重でテイルブレードを避けながら、キラは目の前の”ラゴゥ・デザートカスタム”を分析する。

先ほどから右肩部の『120mm対艦バルカン』を発射し何発かは命中させているのだが、まるで意に介していないところからキラは敵もPS装甲を搭載していると判断し、舌打ちをする。

現在の”ストライク”はビームライフルを装備しておらず、有効な攻撃手段が限られているからだ。

 

「冷却はもう出来ている……あと一発ならいけるか」

 

その内の1つ、『アグニ』の存在がキラを悩ませていた。

先ほどの拡散照射の影響で砲身が強制冷却状態にあった本装備は、命中すれば確実に”ラゴゥ・デザートカスタム”を撃破せしめるだろう。

しかし、この長大な武装を”ラゴゥ・デザートカスタム”に命中させるのはキラといえども至難の業だ。

また、『アグニ』自体の重量による機動性の低下も無視出来るものではない。

 

「くっ、この!」

 

飛来するテイルブレードを左腕のシールドで弾きながら、キラは機を窺う。

戦闘の中でキラは、”ラゴゥ・デザートカスタム”の隙と呼べる点を見いだしていた。

それは、「複数種の攻撃を同時に行なうことはない」ということだ。

そう見せかけているだけのブラフではないか、という考えもよぎったが、キラの直感は否定していた。

通常の”ラゴゥ”と比べて一割は向上しているだろう機動性と多様化した武装、加えてあの自由自在なテイルブレード。

間違い無く操作は複雑化している。自分があの機体に乗れと言われても、1人では乗りこなす自信がない。

実際、もしも複数種の攻撃───例えば、ビーム砲で攻撃しながら接近してテイルブレードで攻撃するなど───が可能であったなら、キラはとっくに死んでいる。

”ラゴゥ・デザートカスタム”は敵を刈り取れる機会を逃すような存在ではない。自身(キラ)の生存こそが、彼の推測の根拠だった。

 

(もしも、僕があの人だったなら)

 

キラは、”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットが誰であるかを察していた。

あの飄々とした態度の裏で鋭い刃を隠し持つ男性なら強敵と遭遇した時、常道と邪道、正攻法と奇策を使いこなして確実に敵を仕留める方法を選ぶ。

そして、PS装甲で固めた”ストライク”を確実に撃破するために、その頭部や脚部に備わったビームブレイドでトドメを刺しに来る。その時が、キラにとってもチャンスとなる。

あくまで憶測に基づいた算段ではあったが、今のキラには、これが上手くいくことを願うしかなかった。

 

 

 

 

 

「これも捌くか、流石だな!」

 

一方、”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットであるバルトフェルドは敵MS”ストライク”のパイロットに対し感嘆の声を漏らしていた。

実戦への投入は初だが、自分と”ラゴゥ・デザートカスタム”の組み合わせを前にこれだけ戦える人間はそうそういないだろう。

久しぶりに相対する強敵との戦いに笑みを漏らすバルトフェルド。しかし、唐突にその視界が揺れる。

 

「ぐうっ……やはり、きついな」

 

キラの推測は、ある程度的中していた。バルトフェルドは、ある程度無理をして”ラゴゥ・デザートカスタム”を操縦していたのだ。

“ラゴゥ・デザートカスタム”は性能が強化されるのに比例して操縦者への負荷も増大しており、それは本機を専用機として用意されたバルトフェルド本人にとっても言えることだった。

本機の搭乗者は出撃前に()()()()()を服用することを推奨される。この薬物は人体に悪影響のある成分は含まれておらず、カフェインやブドウ糖といった覚醒作用をもたらす成分で構成されており、開発者曰く「高級エナジードリンク」とされている。

 

(奇特なコーディネイターもいるものだ、と思っていたが……中々どうして、有用だ)

 

須く病原菌などへの耐性を持つコーディネイターばかり、かつ常に大気を管理させたプラントにおいて、薬物への研究はどうしても疎かにされがちだ。

そんな中でこの薬物を完成させた見ず知らずの研究員に、バルトフェルドは感謝の念を送った。

───そうでもしなければ、おそらく今頃()()()()()()()()だろうから。

しかし、そこまでしても本機の性能は100%発揮されてはいなかった。

今でこそOSの改良により1人でも十分に動かせるようになった”ラゴゥ”だが、元々は2人乗りが前提の機体。それは、改良機である”ラゴゥ・デザートカスタム”にとっても同じ事だった。

それでも、開発チームは「本機の性能を100%発揮することは可能」とした。

バルトフェルドが地球で出会い、そこからZAFTに協力するようになったある女性が、射手(ガンナー)として乗り込んでさえいれば。

 

「こんな僕を、君は笑うかな」

 

もしも彼女が乗り込んでいれば、今頃”ストライク”は撃破され、”アークエンジェル”の制圧も完了していただろう。

───もしも彼女と共に戦っていれば、バルトフェルドでもどうしようもない()()()()()が彼女を撃ち抜いていたかもしれない。

アンドリュー・バルトフェルドは恐怖したのだ。自分が死ぬことよりも、愛した女性が死ぬことを。

今頃は東アジア共和国の辺境に身を隠しているであろう恋人のことを思い、息を吐く。

最後まで残ると言い続けた彼女を半ば無理矢理に送り出したことに後悔は無い。後悔しているのは、喧嘩別れのような形で別れてしまったこと。

生き延びてみせる。その時はもう一度、彼女の微笑みを見たい。

 

「悪いが、ここで死んでもらう!」

 

ジャンプしていた”ストライク”が着地しようとした時、バルトフェルドは”ストライク”の足下を狙ってテイルブレードを放った。

如何に高い姿勢制御能力があろうとも、着地する足場が整っていなければきちんとした形で着地することは難しい。

果たして、テイルブレードによって斬り抉られた地面に着地しようとした”ストライク”は姿勢を崩し、隙を晒してしまう。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

コクピットを切り裂いて確実に仕留めるために、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に飛びかかった。

そこでバルトフェルドは驚くべき光景を見ることとなる。

”ストライク”は後ろ側に崩れた姿勢のままで背中と足裏のスラスターを点火し、()()()()()姿()()()地面を滑るように滑空を始めたのだ。更には、背中に背負った大砲を”ラゴゥ・デザートカスタム”に向けているではないか。

隙を作り出して攻撃したバルトフェルド。しかし今はその立場は逆転し、飛びかかりに失敗して隙だらけの”ラゴゥ・デザートカスタム”を敵の大砲が狙っている。

崩れた体勢を維持しつつスラスターを制御して後ろに飛び退き、”ラゴゥ・デザートカスタム”に反撃しようとする。そのようなことが出来るのはコーディネイターでもかなり限られる。

敵パイロットの能力に改めて驚愕すると共に、この攻撃を回避するためにバルトフェルドの体は半ば無意識に操縦桿を操作し、ペダルを踏み込んだ。

 

「っ、はぁ!?」

 

揺れる視界。否、揺れるどころではない。

視界が()()()()()。これまでくぐり抜けてきた激戦の中でも感じたことのない感覚に一瞬吐き気を覚えるが、気合いで押さえ込みバルトフェルドは反撃を試みる。

射出されたテイルブレードが”ストライク”の大砲を破壊するのを確認したバルトフェルドは”ストライク”と距離を取り、そこで改めて息を吐く。

彼が行なったのはバレルロールという、本来航空機が行う機動だ。

螺旋を描くように空中で一回転するこの挙動も、翼部に取り付けられた可動スラスターによって可能だと言われていた。

実際に使用することは無いだろうと笑っていた過去の自分を、バルトフェルドは鼻で笑った。

 

「ふっ……まさか、やるとは思ってなかっただろう!?」

 

モニターに映る”ストライク”も、どこか動揺を隠せないでいるのが見て取れる。

”ストライク”からすれば、確実に命中する筈だった攻撃を、しかもバレルロールで回避されるのは想定出来なかったのだろう。

まさかやった本人も動揺しているとは想像出来まい。バルトフェルドがほくそ笑んだところで、彼はモニターが機体の異常を示していることに気付いた。

どうやら先ほどのビーム攻撃は拡散して放たれたものだったらしく、それが翼の一部を掠めていったらしかった。

 

「必死なのだよ、君達も、我々も……!」

 

バルトフェルドは苦々しく呟いた。彼はある程度の苦戦は覚悟していたが、まさかこれほどまでに粘られるとは思っていなかったのだ。

彼にとって特に計算外だったのは、”ストライク”と”デュエルダガー・カスタム”以外のMS隊の存在である。

単純に考えて3倍を超える物量、そして自慢の精鋭達が攻撃を仕掛けているにも関わらず、未だに”アークエンジェル”を制圧したという報告が入ってこない。

バルトフェルドはけして、彼らを見くびっていたわけではない。”アークエンジェル隊”の成長性が彼の予想を大きく超えてしまっていたのだ。

ここにきて彼はそのことに気付いたが、それでも問題はないと判断する。

”アークエンジェル”が墜落したという時点で、既に”バルトフェルド”隊の勝利は()()確定と言って良い。

如何に堅牢かつ強壮な兵に守られていえども、その場から動けずにいるのならば何時かは限界が訪れる。

加えて、万全の態勢で挑んだバルトフェルド達に対して”アークエンジェル隊”は不意の遭遇戦で準備が不全。

 

「勝ちは貰ったぞ」

 

操縦する度に襲い来る強烈なGと”ストライク”からのプレッシャー、その2つに晒されながらも虎に見紛うばかりの獰猛さを失わないバルトフェルド。

しかし、次に”レセップス”から送られてきた通信内容を聞き、如何なる時でも崩れることが無かった彼の笑みが、遂に崩れるのであった。

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

<Cチーム、奴を包囲し……ダメだ、突破されている!?>

 

<誰かあの機体を止めろぉ!>

 

”デュエルダガー・カスタム”が戦場を駆ける。走り、飛び、そして敵を切り裂きながら、獲物を目指して。

如何に”バルトフェルド隊”が精鋭揃いといえども、今の鬼気迫る様相のスノウを止めるには至らず、母艦への接近を止めようと近づいた機体はその尽くが対艦刀で真っ二つに切り裂かれ、その骸を晒していた。

こういった状況でスノウを止められる存在であるエースキラー隊は既に全滅しており、スミレ・ヒラサカの駆る”フェンリル・ミゼーア”もバルトフェルドの”ラゴゥ・デザートカスタム”も他の敵と交戦しており、駆けつけられる状況では無い。

”デュエルダガー・カスタム”がその凶刃を、陸上駆逐艦”ヘンリー・カーター”に突きつけるのは時間の問題だった。

 

<MS隊は本艦に構うな、“アークエンジェル”の攻撃に専念しろ!───総員、退艦準備!>

 

もはや逃れることは叶わないと理解した”ヘンリー・カーター”艦長は指示を出すが、一歩遅い。

ズシン、と艦が揺れたと感じた時には、既に”デュエルダガー・カスタム”は艦橋の正面に立ち、対艦刀を振りかぶっていた。

二刀の悪鬼(トゥーソード)』などと言われていたが、一刀でも十分に強いではないか。

艦長は一瞬後に自らが死ぬことを理解し、最後に発するべき言葉を選択した。

 

<楽しかったぞ、アンドリュー・バルトフェ……!>

 

自身よりも年下ながら尊敬する上官への敬意を込めた言葉は、最後まで言い切ることは出来ず、その前に対艦刀の刃が”ヘンリー・カーター”艦橋を叩き潰した。

たった1機でMS隊に守られた敵艦を撃破するという偉業を為した”デュエルダガー・カスタム”とスノウ。しかし、彼女の奮戦も虚しく均衡は一気に崩れる。

 

<わぁっ!?>

 

”アークエンジェル”の上空で戦闘していたトールの”スカイグラスパー”が、遂に被弾したのである。

 

「ペンタクル1、被弾!」

 

「トールっ!?」

 

<くっ……こちらペンタクル1、不時着します!>

 

幸いにも被害は軽微、トール自身にも大きなダメージは無かったようで、グラグラと揺れながらも着陸態勢を取ることに成功する”スカイグラスパー”。

しかし、これでトールと戦闘していた”ディン”がフリーな状態になってしまった。”ディン”はまっすぐ”アークエンジェル”の艦橋を目指す。

それに気付いたイーサンは止めようとするが、元々彼が相手をしていた”ディン”のチームが彼の”アームドグラスパー”を妨害し、仲間の支援を行なう。

今の”アークエンジェル”は動けないだけでなく、いくつかの対空砲も潰されてしまっており、”バルトフェルド隊”のパイロットであれば突破は難しくない。

 

「敵MS接近!」

 

「迎撃っ!」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

ここまで奮戦していた”アークエンジェル隊”だが、遂に限界が訪れたのだ。

”アークエンジェル”に接近していた”ディン”が、脚部のミサイルポッドを解放する───。

 

 

 

 

 

<まさか、まだ生き残っていたとはな……>

 

 

 

 

 

ミサイルが発射される直前に、何処からか飛来したビームが”ディン”の胴体を貫き、”ディン”は爆散した。

 

「な、何が起こったの……?」

 

マリューが動揺の声を漏らす中、CICのリサは”アークエンジェル”に繋がった通信があることに気付く。

それは間違い無く、地球連合軍由来のコードで送られてきていた。

 

「っ、こちら”アークエンジェル”!」

 

<───こちらは”第404特殊作戦隊”、通称『S.I.D(シド)』です。オペレーターの……『ジョーカー』とお呼びください。これより貴隊の援護を開始します>

 

『ジョーカー』を名乗った声の主は、声に起伏が感じられない少女のものだった。

モニターには『Not Imaged』と表示されるばかりで実際にどのような姿をしているのかは不明だが、返答はたしかに、”アークエンジェル”に福音をもたらすものだった。

 

 

 

 

 

強襲VTOL”ヘルハウンド” 格納庫

 

「あら~……どうします『キング』?結構()()()()ですよ、”アークエンジェル”」

 

「援護するに決まっているだろう『クイーン』。俺は後方から狙撃する、お前は切り込め。『ジャック』、お前は『クイーン』の援護だ」

 

「りょ、了解……!」

 

<MS投下後、本機は離脱、“アークエンジェル”とのコンタクトを取ります>

 

「了解した」

 

時間は少々遡り、”第404特殊作戦隊”の使用する”ヘルハウンド”格納庫には3人の兵士が集っていた。

彼らはユーラシア連邦系列の特殊部隊であり、現在は上層部からの密命を受けて”アークエンジェル”の元に向かっている。

()()()()()とは違うが、味方が危機に陥っており、なおかつまだ助かる見込みがあるのであれば、同じ地球連合軍に属している以上助けないわけにはいかない。

 

「『ジャック』さん、そんなに緊張してたらすぐ死んじゃいますよ?ほら、リラックス、リラーックス♪」

 

「……逆に『クイーン』はリラックスしすぎじゃないか?」

 

「私は慣れてますしぃ、何より……緊張なんかして動きが鈍ったら、たまったものじゃないですよ」

 

彼らはお互いをトランプのカードになぞらえたコードネームで呼び合う。

隊長である『キング』と、その下に『クイーン』、『ジャック』と続き、オペレーターに『ジョーカー』。基本的にはこの4人で任務をこなしていくことになるが、『ジャック』ことジャック・リゲードは彼らになじめないでいた。

その理由はシンプル。───他のメンバーが全員、曲者という言葉を10重ねても足りない曲者揃いだからである。

『キング』こと、タツミ・コラール・クラウチは無表情かつ無感動、必要とあれば自分も他人も任務達成のために使い潰す、「機械よりも機械らしい」と評される兵士。

『クイーン』こと、エヴィ・アラストールは一見して白金髪(ブロンド)のゆるふわ美少女───そして軍服の上からでも分かるくらいに豊満───だが、その本質は殺戮を楽しみ、敵兵の血に酔うサイコパス。

『ジョーカー』に至っては、ジャックは本名すら知らない。肩に掛かる赤毛髪をツインテールにまとめた美少女だが、その声は常に平坦、かつ顔を合わせても温度を感じさせない視線を他者に向ける。

とりわけジャックの胃を痛める原因となっているのは、この面々の中で自分がもっとも年上ということだった。

自分よりも年下にも関わらず異常な精神と能力を持つ者達と、何故ジャックは共に戦わなければならないのか。それはまた別の話で語られるだろう。

そして何より、ジャックが心配するべきことは他にある。

目前に迫る戦いを生き延びることだ。

 

「戦闘行動開始。”メンインブラック”、発進する」

 

「”バスタード”、発進しまーす。……ふふふ、今日はどれだけの血を浴びることが出来るんでしょうか」

 

「死にたくねえなぁ……”へロス”、行くぞ!」

 

 

 

 

 

<な、なんだこいつら───>

 

<あっはははははぁ!今日も元気にご苦労様でーす!>

 

タツミの駆る”メンインブラック”による狙撃に続いて敵部隊に切り込んだのは、エヴィの駆る”バスタード”。

”バスタード”は”ストライクダガー”に近接戦闘用の改修を施した機体であり、背中にはソードストライカーが固定化されている。

この機体は『三月禍戦』の影響で不足した”ダガー”の穴を補うために開発されたものであり、ベース機の”ストライクダガー”に大きな個性を持たせているが、対艦刀を主武装としているためにパイロットには常に危険が伴う。

しかしエヴィは恐怖を感じていないかのように率先して突撃し、立ち塞がる”ジン・オーカー”を両断していく。

派手に暴れる”バスタード”とは対照的に、”メンインブラック”はその名の通り漆黒の増加装甲でフォルムを隠蔽した謎の多い機体だ。

主武装は形式番号不明のビームスナイパーライフルであり、今も”バスタード”に接近していた”バクゥ”を狙撃して戦果を挙げている。

これはけして”バスタード”を援護しているのではない。

対艦刀を主武装としている”バスタード”は、その特性状”バクゥ”などの4足獣型MSに近づかれると不利を強いられる。”バクゥ”もそれに気付いて接近戦を仕掛けようとしたところを狙い撃っているのだ。

つまり、タツミは単に”バスタード”に引きつけられた”バクゥ”を狙い撃っているだけなのだ。

それが結果的に、「人型は”バスタード”、”バクゥ”は”メンインブラック”」という風にチームワークとして昇華されているだけなのである。

 

「『ジョーカー』、俺どうしたら良いと思う!?」

 

<知りません>

 

<好きにしろってんなら今すぐ帰還してぇんだけど!?>

 

<敵前逃亡は銃殺刑です。毎回同じようなことを喚く余裕があるなら、さっさと敵部隊に突っ込んでください。『クイーン』という手本がいるでしょう?>

 

<あんなん真似出来るかっ!>

 

泣き言を言うジャックだが、その動きは堅実さを崩しておらず、僚機の攻撃で仕留めきれなかった敵MSにトドメを刺すことで後顧の憂いを絶っている。

彼の駆る”へロス”だけはユーラシア連邦が独自で開発した機体でありおかしな事はない。おかしいのは、彼のような人間が『S.I.D』に所属しているという現実のほうである。

突然の闖入者によって”バルトフェルド隊”は、ついにそのチームワークに乱れを作り出してしまった。彼らの頭の中にはいくつもの(クエスチョン)マークが浮かんでいる。

何故、このような都合の良いタイミングで”アークエンジェル”側に救援が到着したのか?バルトフェルドは何故新たに指示を出さないのか、あるいはバルトフェルドが指示を出せない緊急事態にあるのか?

ZAFT地上軍最強と名高い”バルトフェルド隊”だが、そんな彼らにも弱点が存在している。

彼らは自分達の指揮官が最強であることに疑いを持っていないが故に、バルトフェルドの立てた計画の中に全く存在しない事象が起きた時に対応力が低下してしまうのだ。

 

<どうする!?>

 

<指示は必ず来る、それまでは凌ぐんだよ!とりあえず”ピートリー”側に集まっておけ!>

 

無論、能力が低下しているとしても“バルトフェルド隊”として高い能力を持つ彼らは即応し、バルトフェルドを信じてできる限り長く戦えるように行動した。

未だに健在のもう一隻の陸上駆逐艦を守り、いつでも攻勢を掛けられるようにと彼らは集結し始める。

それは、ここまで延々と苦境に立たされ続けてきた”アークエンジェル隊”にとっては初の好機でもあった。

 

「敵部隊が集結を開始し始めました!」

 

「好機だ!『ウォンバット』装填!───撃てっ!」

 

”アークエンジェル”から放たれたミサイルが敵部隊目がけて殺到し、その内何機かに命中するのを確認した艦橋内で歓喜の声が挙がる。

ようやく見えた光明だ、それも無理は無い。

とはいえ、まだ戦闘は続いているのだ。あるとは思えないが油断をされてはたまらないとミヤムラが口を開きかけたその時である。

 

「司令、あれを!」

 

ノイマンの指差した方向には、赤い尾を引きながら天に向かって打ち上げられた煙幕弾の軌跡が残っていた。

赤い煙幕弾、それは、以前に作戦会議でキラが提案し、採用されたある戦術の合図。

会議に参加していた面々の過半数が顔を顰めたものだったが、戦術として有効な場面はあるだろうとされていた。もっとも、これまではその戦術を使うまでも無く任務を達成してきたために使われなかったのだが、それを使えという合図が昇った。

つまり、キラでさえ、そこまで追い込まれるだけの敵がいる。

ミヤムラの決断は早かった。

 

「『ウォンバット』発射用意、それと……煙幕弾もだ!」

 

 

 

 

 

「気付いてくれるといいけど……」

 

煙幕弾を発射し、弾切れとなった銃を投げ捨てながらキラは呟く。

『アグニ』を失ったキラにはもはや有効な射撃手段は存在せず、先にも増して警戒心を高めた”ラゴゥ・デザートカスタム”は迂闊に近づこうとはしない。

幸いなのは、向こうもPS装甲を使っている都合上、”ストライク”のバッテリー切れを狙った遅延戦法は採ってこないことだ。

既に背中のストライカーに取り付けられていた予備のバッテリーパックも全てを使い切っており、完全に”ストライク”の電源にのみ依存して戦っている以上、時間稼ぎは今のキラがもっともされたくない選択だ。

 

(残り、10、9、8、……)

 

キラは”ラゴゥ・デザートカスタム”から射かけられるビームを回避しながら、その時が来るのを待つ。

そして、その時は訪れた。

 

<なんだとっ!?>

 

瞬間、”ストライク”諸共”ラゴゥ・デザートカスタム”は爆炎に包まれた。

キラ達の取った戦術は至ってシンプルであった。煙幕弾の発射地点───自分(ストライク)を目印として”アークエンジェル”にミサイルを撃ち込ませたのである。

正史においても同様に、ナタルが”ストライク”を巻き込むのを構わずにミサイルを敵部隊に発射したことがあったが、今回はそもそもキラが自ら提言したことであったため、「味方に撃たれた」という精神的ショックは発生しない。

精神的ショックを受けたのはむしろ、バルトフェルドの方であった。

 

<自分から的になりに……>

 

PS装甲を搭載しているとしても、後ろから味方に撃たれるというのは、撃たれる側にも撃つ側にも多大な精神的負荷をもたらす。

事前に打ち合わせしていたとはいえ、それを即行出来る。

バルトフェルドは遂に、”アークエンジェル隊”が自分の想定を上回ったことを認めざるを得なくなった。

動揺するバルトフェルド。しかし、自分の周囲の状況が大きく変化していることに気付き、舌打ちをする。

 

<やってくれる……>

 

いつの間にか、”ラゴゥ・デザートカスタム”は煙で囲まれてしまっていた。おそらく、ミサイルによる攻撃の中に煙幕弾を織り交ぜていたのだろう。

 

(何処だ、何処から来る!?)

 

煙で視界が遮られている以上、目視での発見は不可能に近い。バルトフェルドはレーダーを見た。

敵を示す光点が自機の真後ろに表示されているのを確認した時には時既に遅し。

次の瞬間、”ラゴゥ・デザートカスタム”は一気に後ろに引っ張られた。

”ストライク”の左手に備わったロケットアンカー『パンツァーアイゼン』が”ラゴゥ・デザートカスタム”の右足を拘束、牽引し、その勢いのままに空中に放り投げる。

 

<しまった……!>

 

「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

空中に浮かび上がった”ラゴゥデザートカスタム”目がけて”ストライク”は対艦刀を振りかぶりながら飛び上がった。

如何にバレルロールさえ可能な”ラゴゥ・デザートカスタム”といえど、空中戦が得意というわけではない。そして、一度()()()()()()が出来ると分かっている以上、キラが攻撃を外すこともあり得ない。

 

<くっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあっ!>

 

しかし、バルトフェルドも伊達に『砂漠の虎』と言われているわけではない。

避けられないと悟った直後、空中で僅かに体勢を立て直し、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に直進した。

狙いは、敵の攻撃をできる限り受け流しつつのカウンター。

避けられないならば、その前に仕留めるのみ。

 

「「───っ!」」

 

一瞬の交叉の後、両者が地面に降り立つ。

”ストライク”はエールストライカーの羽根とエンジンを破壊され。───”ラゴゥ・デザートカスタム”は機体の右側の部位のほとんどを破壊されていた。

右前足、右翼、ビームキャノンのあった場所からは火花が散っている。右後ろ足は直撃を避けたために辛うじて立てているが、誰の目から見ても限界なのは間違い無かった。

 

「ストライカー排除、姿勢制御プログラム切り替え……あの一瞬でこんなにやれるのか」

 

キラは”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットに対して感嘆の言葉を漏らす。

先の一瞬の攻防を制したのは間違い無くキラだった。

まさか切り裂かれて落下しながらもテイルブレードを射出し、ストライカーの推進器を破壊するとは。キラの頭の中に、先日喫茶店で出会った朗らかな男性の顔が過ぎる。

 

「……こちら、地球連合軍の”ストライク”です。撤退してください、これ以上の戦闘は危険です」

 

途切れ途切れではあるが、”アークエンジェル”側の戦局が好転したという情報も入ってきている。

これ以上の戦闘は泥沼化していくばかりで双方にとって得が無い。それはお前達も理解している筈だとキラは呼びかける。

無論、キラに言われるまでもなくバルトフェルドはそのことを理解していた。

 

<ははっ、若いくせに肝が据わっているとは思っていたが、まさか”ストライク”のパイロットだったとはな>

 

「その声……やっぱり、アンドリュー・バルトフェルド」

 

<先日の喫茶店以来だな、少年>

 

予想外とは言ったが、バルトフェルトはキラが“ストライク”のパイロットであることを薄々感づいていた。

嫌な時代になったものだ、20にもなっていない少年少女が、こうまで戦争の才能を発揮するなど。

やるせなさを感じながら、バルトフェルドは”レセップス”に通信をつないだ。

 

<ダコスタ君、無事か?>

 

<そりゃこっちの台詞ですよ隊長!”ヘンリー・カーター”が大破、更に敵の援軍が到着して()()()()()()なんです、指示を!>

 

それを聞いたバルトフェルドは、静かに溜息を吐いた。───潮時だ。

 

<そうか……じゃあダコスタ君、命令だ>

 

<はいっ>

 

<───撤退だ。なんとしても”レセップス”と残存MS隊を無事に持ち帰れ>

 

<……はっ?>

 

戦いの流れは完全に”アークエンジェル”側に傾いた。これ以上戦えば全滅もあり得る、そう考えての指示だったが、ダコスタは一瞬理解が出来なかったように呆けている。

いや、実際に理解が出来なかったのだろう。彼の中でバルトフェルドは最強のパイロットであり指揮官であり、撤退するにしても後々の布石とするためのものだと認識するほどだ。

今のように「ただ生き延びるために逃げろ」という内容での撤退命令は、到底受け入れがたいものだった。

 

<全軍撤退。もう一度聞き返すことは許さないよ>

 

<……わかり、ました>

 

有無を言わさない口調で命じ、ついにダコスタも敗北を認識したのだろう、力無く了承し、撤退準備を開始した。

それでいい。バルトフェルドは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

MS隊は元より、高練度のMS隊も今のZAFTでは値千金の戦力だ。これ以上無謀な戦いを続けて消耗するわけにはいかない。

最低限の指示は出来た。後は、盛大に幕を引くだけだ。

 

<それでは、もう少しだけ付き合って貰おうか>

 

「……なんで、貴方は!」

 

バルトフェルドはこの時を除いて”ストライク”を、否、そのパイロットを倒せる機会は無いということを直感していた。

キラの恐ろしいところは、未だに発展途上ということだ。今こそ互角に戦えているが、いずれは自分を凌駕するパイロットに成長するだろう。

そうなれば、ZAFTには多大な被害が生まれる。一兵士としてバルトフェルドはそれを看過出来なかった。

 

「もう止めてください!その機体は限界です、投降を!」

 

<残念ながら、それは出来ないな。君は強い、そしてこれからもっと強くなる。今のうちに摘んでおかなければ、後々ZAFTに大きな影を落とすだろう>

 

「買いかぶりです、個人にそんな力があるわけも無い!」

 

<そう思っているのは君だけだ!君は自分がZAFTで何と呼ばれているか知っているか?───『白い悪魔』だ!この地上に降りてからどれだけの戦果を挙げてきたか理解しているか、少年!>

 

「くっ、バルトフェルドさん!」

 

キラは苦渋の表情を浮かべる。

たしかに、自分は多くの損害を与えてきたかもしれない。しかしこうまで脅威視されるのは予想外だったのだ。

戦争を終わらせたい、そして友を止めたいと願い必死に戦ってきた結果、敵兵の畏怖を煽り立て、決死の覚悟をさせてしまう。

自分の強さが、戦いを助長している。

 

(こんな、こんなことって!)

 

苦悩するキラ。しかし、バルトフェルドはキラが迷いに答えを出す暇を与えようとはしなかった。

残ったスラスターを点火し、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に立ち向かう。

そこに合理性などはなかった。あるのは、「仲間を守る為に戦う」という不退の意思のみだった。

 

<ここで君は仕留める!それが、ZAFTという組織に所属した私という兵士の、最後の仕事だ!>

 

 

 

 

 

<あんの、バカ隊長!>

 

一方、”フェンリル・ミゼーア”を駆るスミレはバルトフェルドに対して悪態を吐いていた。

撤退命令を出しておきながら自分は残って強敵と差し違えようとするなど、全隊員への侮辱に等しい。───自分達がそんな薄情者に見えるのだろうか?

とはいえ、撤退の判断自体は間違っていない。

不思議なほどタイミング良く現れた敵増援の存在は”アークエンジェル”との戦闘で疲弊していた部隊にとって大きな脅威だ。加えて、敵MSの奮戦によって陸上駆逐艦を落とされたのも痛い。

今のスミレに出来るのは味方の撤退支援。そしてもう一つ、やらなければならないことがある。

 

<絶対行くから、待ってなさいよ……!>

 

勝手に殿を務めようとするバルトフェルドの救援に向かうことだ。

早急に駆けつけて2人で戦えば、”ストライク”も撃破出来るだろうし、最悪撤退補助にはなる。

バルトフェルドは否定するだろうが、高練度の部隊も陸上戦艦も、彼が運用してこそのものだ。スミレはそう考えている。

皮肉なことに、バルトフェルドとその部下達は、互いに互いを高く評価しているがために、互いを救おうとすれ違いを起こしていたのだった。

しかし、そんなスミレを思惑通りに行動させない存在がいる。

 

<旋回速度を上げろ、砲塔の旋回速度だけじゃ間に合わない!>

 

<任せろ!>

 

<向こうは手一杯だ、押し切るぞ!>

 

<<アイアイサー!>>

 

今スミレが戦闘している”ノイエ・ラーテ”搭乗者の面々は、連合軍でもトップクラスに戦車戦を熟知した存在だ。一度戦闘しているからこそ、スミレにはそれがよくわかっている。

彼らは何度か”ノイエ・ラーテ”の主砲を命中させているにも関わらず装甲が貫通できていないことから、”アークエンジェル隊”から知らされた『”フェンリル・ミゼーア”にはPS装甲が搭載されている』という情報が正確だと確信すると、攻撃を”フェンリル・ミゼーア”の走行ユニットへ集中させ始めた。

いくら装甲が固くとも、内部機器への衝撃によるダメージは蓄積される。走れない戦車などただの鉄塊でしかない、それをよく理解しているからこその行動だった。

加えて、PS装甲は展開しているだけでもエネルギーを消費する。

この勝負の結末は、”フェンリル・ミゼーア”が有効弾を命中させるか、”ノイエ・ラーテ”が走行不能に追い込むかの2つに絞られたのだった。

 

「す、すごい……」

 

その光景を、ヒルデガルダは食い入るように見つめていた。

『S.I.D』の増援によって既に敵MS隊のほとんどが撤退しつつあり、殿の”フェンリル・ミゼーア”を残すのみとなっていた。あとは”フェンリル・ミゼーア”を撃破するだけで”アークエンジェル”の安全を確保出来るのだが、そのあまりの戦いぶりに、”ノイエ・ラーテ”以外の戦力は手出しをすることは出来ずにいたのだった。

2両はお互いに有効打を与えるために近距離での砲撃戦を行なっており、援護射撃をしようにも”ノイエ・ラーテ”に当てる可能性があった。

余力を残した『S.I.D』の面々も手出しをする気はあまりないようで、遠巻きに眺めている。

2両の戦車達は、隔絶された戦場にいた。

 

「……いや、でも、このままだと」

 

しかし、ヒルデガルダはそう思っていなかった。先ほどから戦闘を観察していた彼女は、あることに気づいたのだ。

”フェンリル・ミゼーア”はこれまで、一度も()()()()()()()。つまり、備わっている筈の両腕を使っていないのだ。

MSの携行火器では”ノイエ・ラーテ”の装甲の突破が難しいというのもあるだろうが、ヒルデガルダはどうしても疑念を拭えなかった。

”フェンリル・ミゼーア”の挙動を見逃すことがないように、ヒルデガルダは人生最大に集中して観察していた。

 

<残りエネルギー……ちっ!>

 

<いいぞ、もう一度接近しろ!>

 

ヒルデガルダの存在など視界に入っていないと言わんばかりに、2両の戦闘は激化していく。

ここまでの激闘で”フェンリル・ミゼーア”の残りエネルギーは3割を切っていた。加えて、個人で”フェンリル・ミゼーア”を操縦しているスミレの集中力もすり減っている。

対する”ノイエ・ラーテ”側も、”フェンリル・ミゼーア”との機動戦で消耗している。”フェンリル・ミゼーア”との戦闘前から戦い続きの”ノイエ・ラーテ”も、各部のパーツが消耗していたのだった。

 

<……チャンスは、一度だけ>

 

先に勝負を仕掛けたのは、スミレの方だった。

小細工など一切ないと言わんばかりに、”フェンリル・ミゼーア”は”ノイエ・ラーテ”に疾走する。PS装甲頼みの突撃だったが、”ノイエ・ラーテ”が有効打を持ちえない以上は最適解と言えるだろう。

 

<来るぞ、備えろ!>

 

対する”ノイエ・ラーテ”も、宿敵からの()()に受けて立つ構えを見せる。この状況は、かつて敗北を喫した戦闘の結末によく似ていた。

お互いに最後の一撃を命中させるために接近し、そして……一瞬の攻防を”フェンリル・ミゼーア”が制した。

 

<なんだとっ!?>

 

最後の最後で”フェンリル・ミゼーア”は変形、その車体に格納されていた人型の上半身を露出させながら大きく左に進路を変化させる。

無論、その程度の変化は”ノイエ・ラーテ”側も予測していたことであったために驚くべきことではない。

”ノイエ・ラーテ”の旋回性能をもってすれば、大幅な進路変更程度は対処出来る。

 

<戦車戦なら、間違い無くあんた達の方が上。でも……>

 

その次に”フェンリル・ミゼーア”が取った行動が、勝敗を決した。

”フェンリル・ミゼーア”は右手を”ノイエ・ラーテ”に向けたかと思うと、その腕を()()()()。射出された腕は本体とワイヤーで繋がっており、ワイヤーを介して本体から送られる信号に従って”ノイエ・ラーテ”の砲身に掴みかかる。

 

<勝つのは、わたしだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!>

 

<くっ!?>

 

右手が”ノイエ・ラーテ”の砲身を掴んだのを確認したスミレは、今度は右側に舵を切った。

これによって”フェンリル・ミゼーア”は、”ノイエ・ラーテ”を中心点として円を描くような軌道で走行することになる。

無理矢理な方向転換を行なった弊害として右腕のワイヤーが千切れた時には、既に”フェンリル・ミゼーア”は“ノイエ・ラーテ”の後方を通過し、その左側を取る事に成功していた。

予想を尽く外れた軌道に翻弄された”ノイエ・ラーテ”側に、向けられた砲から逃れる術はもはや無かった。

 

<ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?>

 

車体後部に直撃弾を受けた”ノイエ・ラーテ”は炎上しながら回転し、周辺の木々をなぎ倒しながら完全にその動きを停止する。

強敵の打倒を確認するや否やスミレは機体を変形させるボタンを押し、バルトフェルドのいる方向を向いた。

 

<待ってなさい、今、迎えに行くから───>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こ、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

次の瞬間、”フェンリル・ミゼーア”は衝撃で揺れた。

 

<なっ!?>

 

何事かとモニターを確認すれば、モニターに表示されていたのは『外的要因によって変形不可能』の一文が表示されているではないか。

それを為したのは、ヒルデガルダ・ミスティル。

極限まで集中していた彼女は、”フェンリル・ミゼーア”に生まれた唯一の隙───半人型形態での砲撃後の硬直を見逃さなかったのだ。

構造上、”フェンリル・ミゼーア”は人型を露出させている状態で砲撃を行なう場合、車高が増してしまうことでバランスが崩れやすくなってしまう。

そのため、砲撃時にはバランスを保つために速度を低下させなければならないのだ。

絶好にして唯一のタイミングを見計らったヒルデガルダは『パンツァーアイゼン』を残った”フェンリル・ミゼーア”の左腕に向けて射出、拘束に成功したのだった。

 

<このっ、放しなさいよ!>

 

「放す、もんか!」

 

スミレは機体の左手を掴まれたまま、アクセルを踏み込んだ。

右腕が千切れている以上、”フェンリル・ミゼーア”がこの拘束を自力で振りほどくには、それしか方法がなかった。

最高時速100㎞を超える速度を発揮出来る”フェンリル・ミゼーア”に引きずられる形でヒルデガルダの”ダガー”は動き出す。

ガリガリと地面に引きずられる脚部が悲鳴を挙げるが、ヒルデガルダの集中は途切れなかった。

 

(考えろ、あたしがあいつなら次はどうやってこの状況を打開する!?)

 

集中が極限まで高まったその時、彼女は自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

思考が限りなくクリアになり、普段はあたふたしながら操作するコクピット内の機器が澱み無く動かせるようになった自分に違和感を覚える暇もなく、その時は訪れる。

 

<いいっ、かげんっ、はなれ、ろっ!>

 

全力で走行していた”フェンリル・ミゼーア”は、突如として急停止する。

その反動で牽引されていた”ダガー”はバランスを崩し、拘束は解ける。そう考えての行動だったが、スミレは更なる驚愕に目を見開くことになった。

なんと”ダガー”はその反動を活用しつつ”フェンリル・ミゼーア”に飛びかかり、組み付くことに成功したのだ。

 

<嘘っ───>

 

たしかに、不可能な動きではない。

”フェンリル・ミゼーア”が急停止するタイミングを看破し、更にその反動を活かしながら飛びつくだけの姿勢制御能力を持っているのであればの話だが。

 

「あたしは……」

 

完全にノーマークだった相手がそれを為したことにスミレが思考を停止した瞬間、”ダガー”はビームサーベルを振りかぶる。

灼熱の光刃を振り下ろしながら、ヒルデガルダは吠えた。

 

「あたしはっ、『お嬢さん』じゃ、ないっ!!!」

 

如何にPS装甲といえど、ビームサーベルの直撃を受けとめることは出来ない。

振り下ろされたビームサーベルは人型形態と車両部の結合点に突き刺さり、車体内部を焼いていく。

 

<そんな……>

 

機器の電源が落ち、暗くなっていくコクピットでスミレは現状を信じられないでいた。

仮にも『深緑の巨狼』と呼ばれた自分が、このような形で敗北するなど、想像も出来なかった。

だが、当然と言えば当然なのかもしれない。スミレは自嘲する。

本来戦車に備わっていない『腕』を用いて勝利し、そして、『腕』を狙われて敗北する。

戦車乗りにも、MS乗りにも、彼女はなれなかった。

 

「中途半端だったな、最初から最後まで……」

 

 

 

 

 

どうして。”ストライク”の正面装甲表面をビームサーベルで焼かれながら、キラは頭の中でひたすらそう唱え続けていた。

後ろ足以外、右半身のほとんどを失ったと言ってもいいのに、”ラゴゥ・デザートカスタム”の猛攻は止まらない。現に”ストライク”の各所はビームサーベルによる切り傷で一杯だ。

損傷する前よりも苛烈になったとさえ思わせる気迫に、キラは受けに回ることしか出来ない。

 

「っ、もう止めてください!これ以上戦う意味なんて……」

 

<意味?意味ならあるとも。───君を倒せるならな!>

 

もう戦う意味は無いと叫ぶキラを、バルトフェルドは否定する。

キラを倒すことはそれだけの意味があると、バルトフェルドは本気でそう考えているのだ。

 

<君は以前、あの喫茶店で大切な人達が笑って生きていけるような世界のために戦っていると言ったな!それは誰だって一緒だ!>

 

「くうっ!?」

 

<力ある者が自分達を脅かすならば、誰も守ってくれないなら、立ち上がるしかないじゃないか!君の力は危険なんだよ!>

 

言の刃と共に足下へ飛んで来たテイルブレードをジャンプで避けながら、キラは『パンツァーアイゼン』を射出する。

しかしワイヤーをテイルブレードで切り裂かれてしまい、使い物にならなくなってしまった。

”ストライク”に残された武装は、その手に握る対艦刀と『アーマーシュナイダー』、そしてこの状況では役に立たない頭部バルカン砲だけ。

 

(いや、もう1つだけある)

 

決着を付けるための作戦を組み立てながらキラは反論する。

 

「積極的に戦いたいなんて思いませんよ!話し合いでなんとか出来るなら、どれだけ!」

 

<僕もそうさ!だが、僕も君も軍人で、上から戦えと命じられれば従うしかない!>

 

それはたしかに正論だ。

必要なことだと思ったから、キラは軍に入隊した。しかし、軍という社会の中に入ったのならば、その場所でのルールに従わなければならない。

それでも、とキラは叫ぶ。

 

「命令されたことをそのまま実行するだけなら、兵士なんてロボットでいいじゃないですか!そうじゃないのは、考える必要があるからでしょう!?」

 

<っ───>

 

「貴方は考えることを放棄しただけだ!殺すか殺されるかしかないと、諦めたんだ!」

 

キラは”ストライク”に対艦刀を捨てさせ、近くに落ちていたエールストライカーの残骸に飛びつき、そこに残っていたビームサーベルを抜き取った。

 

「僕は諦めてなんかいない。殺さなくてもいい命まで殺すなんて、まっぴらごめんだ!」

 

<だが、戦う以上死人は出るものだ!>

 

「だとしても!」

 

向かってくる”ラゴゥ・デザートカスタム”にビームサーベルを構えながら、キラは叫ぶ。

 

「───僕は、諦めないっ!!!」

 

<おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!>

 

裂帛の叫びと共に”ストライク”に飛びかかる”ラゴゥ・デザートカスタム”。

その瞬間、キラは自分の中で何かが弾ける感覚を覚えた。

澱み無く行なわれた操作によって”ストライク”が持つビームサーベルはビームジャベリンへ変形し、”ストライク”はそのまま投擲体勢を取る。

 

<なにっ───>

 

ビームジャベリンを投げつけられた、とバルトフェルドが認識したのは、その投擲が自機に命中してからだった。

空中で被弾し、勢いを殺された“ラゴゥ・デザートカスタム”はそのまま地面に落下する。

 

<どういう、ことだ>

 

未だに自身が生存していることをバルトフェルドは不思議に感じていた。

”ストライク”の攻撃は、”ラゴゥ・デザートカスタム”のコクピットを避けて下半身をうがっていた。

脚部を動かすためのモーターが破壊されてしまっているため、どうやっても動くことは出来ない。

 

「これ以上の戦闘は、不可能な筈です」

 

<はははは……これが、君なりの、やり方かね?>

 

バルトフェルドは、キラがわざとコクピットを外したのだと悟った。

無理矢理動けなくして、戦う手段を奪ってからの、ある種の傲慢ささえ感じる投降勧告。

だがそれは、キラの意思が、本物だということの証明に他ならなかった。

 

<僕の負けだな……>

 

遂にバルトフェルドは、自身の敗北を認めた。それを聞いたキラは安堵の表情を浮かべる。

しかし。

 

<そして、これが幕引きだ>

 

「えっ───」

 

<自爆装置を起動した。あと10秒で爆発する>

 

このまま投降したとしても、バルトフェルドは『砂漠の虎』の名があまりにも売れすぎていた。

キラはともかく、連合軍の兵士にどのような目に合わされるかも分からないし、それなりにZAFTの情報も握っている。

いじめ抜かれた上で死刑が待っているなら、この場で戦士として散りたかった。

 

「馬鹿な真似はやめ───」

 

通信回線を切り、バルトフェルドは目を閉じる。

 

(すまんね、諸君。戦争の終わりも確かめていないのに、向こう側にいくことになりそうだ)

 

先に散っていった部下達、そして残していくだろう部下達に謝罪しながら、バルトフェルドは静かにその時を待った。

このような強敵と戦い、死んでいく。自分のような碌でなしには十分な最後だろう。

自爆まであと5秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンディ───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する女の、声が聞こえた気がした。

バルトフェルドは目を開き、無意識に緊急脱出レバーを引いた。

コクピットハッチが吹き飛び、シートごと射出されるバルトフェルド。

次の瞬間、”ラゴゥ・デザートカスタム”が爆炎を巻き上げる。

 

<うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?>

 

ノーマルスーツの背中に取り付けられた推進装置を用いて、バルトフェルドはなんとか”ストライク”から離れて飛んでいく。

しかし、力の全てを使い果たし、PS装甲すらもダウンした今の”ストライク”とキラには、それを追いかける術は無いのだった……。




はい、色々とお待たせしました。
これにてバルトフェルド隊戦、『ひとまず』終了となります。

今回は以前に募集したオリジナル機体とオリジナルキャラクターをいくつか登場させました!
「タルタルソースa10」様より、『GAT-01-バスタード』を採用いたしました!
実際に原作に登場してもおかしくないようなオリジナル機体の設定で、書いてて楽しかったです!
そしてオリジナルキャラクターについて。
「章介」様の『タツミ・コラール・クラウチ』、「佐藤さんだぞ」様の『エヴィ・アラストール』を登場させました!
これらのキャラクターは、いずれ番外編『S.I.D』にて更に取り上げる予定です。
気長にお待ちください!

久々に機体能力値でも書いてみようかと。

パーフェクトストライクガンダム
移動:6
索敵:C
耐久:500
運動:30
シールド装備
PS装甲

武装
アグニ:220 命中 60
対艦バルカン:140 命中 70
スーパーナパーム:160 命中 50
対艦刀:200 命中 70
ビームジャベリン:120 命中 99

参考にしたのは「ギレンの野望 アクシズの脅威V」に登場するテム・レイ専用機の「ガンダム・フル装備」です。
武器を増やしただけなのになぜか通常のガンダムより耐久も上がる謎機体ですが、まあ例の回路でも摘んでたんでしょう。
他にもステータスとか色々と書きたいのですが、ゴチャっとするので今回はここまでに。
それでは、また次回に。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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