読者の皆様、本当にすみません。
「僕達は本当に一高に勝てるのだろうか?」
九校戦初日夜。
四葉と七草。十師族の双璧を成す二家の子供たちが前評判を裏切らない活躍を果たし、会場・紙面・ネット上を大いに賑わせている中で、こんな声が聞こえた。
その声が聞こえた場所は、九校戦に出場する魔法科高校生たちに提供されている高級ホテル内部。その施設内にある会議室の一つから。
発言した者は、この時間の会議室を貸し切っている学校の生徒会長。彼は組んだ両手の指をモジモジと動かしながら、議長席に座る者に問いかける。誰の目から見ても、心の中で押し殺している不安が出てきているのが目に見えて分かる仕草だ。
問いかけれた側は朗らかに笑って彼の不安を和らげようとする。
「大丈夫ですよ会長。何度も確認したじゃないですか?この作戦なら一高に勝つことができると。そうすれば優勝だって夢じゃありません」
「うん。僕もそう思う。けど、やっぱり十師族の力を目の当たりにするとどうしてもね……」
あずさと似た性格である彼は不安で仕方なかった。勝てるものなら勝ちたいと思い乗った作戦だが、本当に成功するかどうか分からない。
「本当に大丈夫なのか?いくら初日は捨てるって前に決めていても、一高はもう100ポイント獲得した。
明日は七草と十文字が出てくるし、明後日には渡辺。
正直、僕達が足掻いても無駄なんじゃ……」
「ならどうしますか先輩。早々に諦めてまた『日陰の二高』なんて呼ばれるようになりますか?」
「それは……」
下級生の言葉から目を逸らし、黙ってしまう生徒会長。彼が今年の九校戦に掛けた想いが『諦める』という選択肢を彼から奪う。
『日陰の二高』
近年の二高を指した周囲からの評価がそれだ。二高は今年の優勝争い候補として挙げられている一高や三高と同じように、ニ科生制度を導入している。さらに言えば、立地的に京都という日本の古式魔法の聖地に最も近く、また学校が魔法協会本部のお膝元にある。
しかし、そんな恵まれた立地に反して二高はあまり良い結果を残せたことはほとんどない。似た条件下にある一高は華々しい活躍を果たしているのにも関わらずだ。二高が残した結果といえば、おおよそ十年前に一度だけ九校戦で優勝出来た事があったらしいが、それはもはや過去の栄光。今となっては重しにしかならなかった。
(僕は、このレッテルを剥がすために今ここに来ている。でないと、二高はいつまで経っても変わらない……!)
それが直接的な原因だとは彼も思わない。だがこんな不名誉なレッテルや、魔法師を忌避するような地元の雰囲気がそうさせるのか、二高もまた四月頃の一高と同じ問題を抱えている。
生徒会長である彼もまた、今の一高と同じように周囲からの評判を変えることで生徒たちや地域住民の意識改革を行い、二高をより良い方向に変えていきたい願いがあった。
とはいえ、そのためには『不遇の二高』というレッテルを剥がさなければならない。明確な敵が存在しない意識改革を成し得るのは至難の業だ。だからこそ彼は九校戦の優勝を求めた。最低限、今年の一高より良い成績を収めることが出来るならば、なにかが変えられると信じてこの場にいる。
(けど、明確に勝てるイメージが全然湧かない)
彼自身、勝つ算段を付けてやって来たつもりだ。しかし、いざこの国で最強の魔法師集団の力を目の当たりにすると途端に不安になる。
本当に優勝することが出来るのか、不安になる。
だからこそ彼は、自分に代わってこの場を取り仕切る下級生に聞いてしまう。必ず優勝しなければならないという強迫観念を和らげたいがために。
そんな情けない姿を見せる上級生の姿。議長席に座る下級生の少年は心の内の本音をおくびに出すこともなく、会長の不安をやわらげることにした。
「大丈夫ですよ会長。絶対にオレたちは一高に勝つことが出来ます。
確かに
第一、今日の試合は無理に勝つことはしない決まりでしょう?」
少年の優しい言葉に生徒会長は少し心が軽くなった気がした。つい今しがた飛び出してきた『ドーピングの事実』は会長を含め、この場の誰もそれを指摘しない。
だがそれもそのはず。なぜなら今年の二高の代表選手の大半が──この一年生の魔法の恩恵によって、九校戦に出場出来た生徒なのだから。あともう少し魔法の才能があったなら、そのような気持ちに苦しめられてきた人たちが彼らだ。そして彼の扱う古式魔法のおかげで、選手全員の魔法力が向上し、万年四位以下の二高が優勝出来る目算も立てられた。彼からの恩恵を直接受けている者はもちろん、生徒会長もその事実を黙認し、恩恵を受けていない生徒たちも、それ以外の理由によって彼には逆らえない。
例え彼がこの場で傍若無人な振る舞いをしても、それに逆らえるものはこの場にはいなかった。
「一高にだって明確な弱点があります。後は
「そう、だよな。その通りだよな」
「えぇ。だからオレの指示どおり明日から戦えばいいんです。そうすれば必ず勝てます」
力強い口調でそう断言し、議長席に座る一年生は明日の試合の指示をメンバーに言い渡す。彼らが下級生の言葉に疑いの言葉を掛けることはない。反対することもない。生殺与奪権を彼に握られている内は、唯々諾々と従うしかないのだ。
だが彼が言ったこともあながち間違いではない。後は勝つ努力さえすれば勝つことが出来るのは本当だ。ただしこの場合、勝つ努力には『相手を蹴落とす努力』も含まれているが。
世の中結果が全てだ。どんな手を使おうともバレなければ問題ではない。そもそもそれを指摘する運営委員が同じ穴の貉なのだから、発覚する心配さえも不要だ。
「さぁて、面白いことが始まるぞ」
議長席に座る少年──亜水優吾はニヤリと嘲笑ってスクリーンに、映る一高の名前を見つめた。
◆◆◆◆◆
九校戦二日目。
この日行われる競技は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『クラウド・ボール』の二つ。冬夜も出場した初日の『スピード・シューティング』と比べ、二日目の競技は選手への負担が大きい二種目だ。
『クラウド・ボール』は体育の授業時に行ったレッグボールと同じく、透明な箱の中で行われる競技で、レッグボールがサッカーから派生した競技なら、クラウド・ボールはテニスから派生した競技と言えるだろう。【1セット三分間・最大9個のボールを追いかけ続ける】という試合内容からして想像できるように
対して『アイス・ピラーズ・ブレイク』は
この競技は魔法の干渉力の奪い合いになることが多い。なぜなら他の種目と違って、魔法をかける対象が「氷柱」と決まっているため、相手からの攻撃魔法もそれに対抗する防御魔法も、同じ氷柱で行われる。そして干渉力が強いということは、それだけ相手の魔法を強引に押しのけて、より自身の魔法を投射出来る可能性が高いということであり──つまりは勝ちやすくなる。
なのでアイス・ピラーズ・ブレイクという競技は、魔法師としての資質が高い人が選手になる傾向がある。
「つまり『力こそパワー』な競技なんだよ」
「なるほど。『
どこかで聞いたことのあるような、ある種の真実で盛り上がる雫と雅。使われている魔法は千差万別だが、巨大な氷柱が音を立てて次々と崩れていく様は、見ている者に爽快感をもたらす。きゃっきゃっと、心から試合を楽しんでいる二人を姿を見て、今代最強にして最高なロリコン魔法師、四葉冬夜は心が洗われる思いをしていた。
(尊い)
「ふふっ。雫も雅ちゃんも楽しそうで何より」
「あぁ。九校戦の試合は初めて見たけど、こうも迫力があるものだとは思わなかった」
「『
「へぇ。物知りですね光井さん」
「まぁ全部雫の受け売りなんですけど」
「ちなみに男子の方だと、十師族の十文字先輩が出場しているからこれまた見逃せない。今年は見たい人が多くて大変」
「ふふふ。今年の雫は大忙しね」
「うん。もう一個ぐらい体があったら良かったのに」
(可愛い)
やはり好きな人が喜んでいる姿というものは良いものだ。何もしていないが、見ている自分まで嬉しくなる。別会場で真由美の試合のサポートをしているんですから達也の代わりに深雪の護衛(主に男共の露払い)と雫をたちの付き添いでやって来た冬夜はそう思う。
魔法師として王道的な戦い方が見られるこの競技は、雫の言った通り試合経過が分かりやすく、見た目が派手なので見ていて面白い。これまでの試合の中では自陣の氷柱に移動魔法をかけて、相手陣地へ発射する放射戦法で戦い合った試合の、工事現場さながらの轟音と派手さには冬夜もワクワクしっぱなしだった。
しかし、パワーで押し切る形が多い競技のせいか、魔法の
「見ていて楽しい?雅ちゃん」
「はい!楽しいです!」
(一高女子制服姿の雅ちゃん、アリだと思います)
自分で自分に「良くやった」と褒めてやりたい。修たちがホテルに泊まっていることを知った彼は、九校戦の座席の混み具合を鑑みて一高の関係者席で二人が観戦出来ないか会長に頼んでいたのだ。名詠学校でお世話になった二人がせっかくこんな近くにまでやって来ているのだ。今度は自分たちの側の魔法を見てほしいという思いがありお願いしたのだ。
案の定、副会長が「関係者以外の人間を入れるのはダメだろう」と常識的な意見を持ち出して反対してきたものの、友人(というより
だが安心してほしい。全世界の(変態)紳士たちに誓って冬夜は直接の手出しはしない。
「でも写真ぐらいは撮っておきたかった」
「何か言ったか?」
「いいえ。なにも言ってません」
つい溢れた本音を否定して冬夜は氷柱の交換が行われている試合会場に視線を固定する。ただでさえ無駄に完成度の高い雅(と修)の制服を自作した事で、一科女子三人組から白い目で見られた後なのだ。三人組も冬夜の性癖には警戒しているのか、雅と冬夜が隣り合わないようにしている。そこまで警戒しなくても良いじゃないかと、ちょっと彼は拗ねた。
「魔法競技って名詠式の決闘と違ってスピード感がありますね。しかも見栄えがいい」
「そうでしょうか?テレビで見る名詠式の決闘もなかなか派手だと思いますけど」
「そりゃあ、ああいう一級の名詠士の決闘は見応えがありますよ?でも基本名詠式は詠って呼び出さないと戦えませんから、学生のうちは地味なんですよ。詠唱を破棄して呼び出せる人は少ないので、大抵一番最初に呼んだ名詠生物が倒されるとそのまま勝負が尽きます」
「城崎さんが出場すれば盛り上がるのは間違いなしなのでは?」
「そりゃあ盛り上がると思いますよ?インパクトがありますからね。オレの顔は」
修がおどけて笑って見せる。本当は修自身も才能──大特異点の力を使えばそうなることは分かっている。
だが彼はそもそも決闘自体に興味がないのだ。極端な生活を送る両親に育てられた彼は、普通で平凡な暮らしがいかに尊いかよく理解している。名詠式の力は生活が少し便利になればいいだろうぐらいにしか思っていない。
宝の持ち腐れ、と誰かは言うかもしれない。しかし彼自身が決めたことなのだから、そこを余人が口をはさむ権利はない。
「そういえば、司波さんと北山さんは同じ競技に出るんでしたよね?」
「えぇ。新人戦で同じ競技に」
「どんな魔法を使うんですか?」
話は変わって、今度は深雪たちの番だ。交流会があったとはいえ、名詠学校側の生徒は魔法科高校側の生徒のことをよく知らないので、修のこの質問はもっともといえる。
もちろん深雪も隠すようなことではないため、素直にその質問に答える。
「雫は加速振動系魔法を、私は減速振動系魔法を主に使います」
「……えーっと、つまり?」
「つまり、雫は分子を振動させる電子レンジのような魔法、私は反対に分子運動を停止させる冷蔵庫のような魔法が得意ということです」
「なるほど」
「ちなみにオレは重力を操る加重系魔法、ほのかは光を操る光波収束系魔法が得意だったりします」
補足情報を冬夜が付け加える。へぇ、と修が相槌を打ったところで話は続く。
「次に出てくる人も一高の人なんですよね?」
「えぇ。千代田花音先輩。【地雷源】という魔法を得意とする人です」
「なんだか物騒な名前の魔法ですね……」
「確かに、名称だけ聞けばかなり物騒ですね」
修の率直な感想に深雪も苦笑いする。
千代田花音が得意とする魔法──というより千代田家が得意とする魔法──【地雷源】は『地面』という概念を持つ固体に強い振動を与える魔法だ。概念をキーとしているので材質を問うことはなく、土・岩・コンクリートなどの固体に直下型地震に似た激しい揺れを引き起こす。予め地面に魔法を仕掛ける設置型魔法として使用すれば、本物の地雷のような衝撃を相手に与えることが出来る。
故に【地雷(のような爆発的振動)を引き起こす者】=【地雷源】という二つ名が千代田家には送られている。
「地雷源は攻撃力なら百家の中でも上位に入る魔法ですからね。物騒といえば確かに物騒です」
「強いんですか?その人」
「強いと何も、一高が誇るこの競技の優勝候補の一人ですよ。先輩は」
倒される前に倒してしまえ、という豪快な戦法で昨年見事に優勝してみせた彼女の実力は本物だ。バスの襲撃時には空回りしてしまった彼女だが、その能力を十全に活かせれば二年女子のエースと言えるハイレベルな魔法師。
さらに言えば、氷もまた『地面』の概念を有している。深雪ほどではないが、彼女もこの競技に適正のある選手の一人。何もなければこの競技の優勝は彼女で決まりだ。
「あっ、
「次は音がうるさいだろうから、耳元に注意してね」
そうしているうちに次の試合準備が整ったらしい。二十四本の氷柱を挟んで設置された二本の櫓に選手がせり上がってくる。
スポーティーな格好した花音は婚約者でもある五十里啓の調整を受けたCADを腕につけている。気合十分、どこからでもかかってこい!という意気込みを彼女の表情から感じられる。
相対する櫓から出てきた選手は、巫女服を着用していた。服装自体に変なところはない。この競技は試合方法的に服装に関する規定が緩いため、女子アイス・ピラーズ・ブレイクはファッションショー的な一面も持っている。巫女服はよく見る魔法衣装なのでそれを着て出場してきたことにはなんの驚きもないが……。
「刀型の……CAD?」
彼女が手にしていた刀剣型のCAD、それが注目を集めていた。
「近接系の魔法が使えないこの競技で、刀型のデバイス?」
「なにかあるな。必ず」
長年九校戦を見てきた雫も、初めて見る事態に少しワクワクしている。だがこんな場所にわざわざ持ち込んでくる以上、飾りではないと踏んだ冬夜は真剣な顔をして二高選手の動きを見る。
もしかしたら、もしかするかもしれない。あのCADを見た時にそんな胸騒ぎが起こったのを冬夜は感じていた。
そして、そんな彼の直感を正しいと告げるように。
千代田花音はその試合で一方的な敗北を喫することになる。
◆◆◆◆◆
本戦二日目夜。
今日行われた競技の全てが終了し、合計得点を出した後の幹部会議。
昨日は綿菓子のように軽かった雰囲気も、今日は漬物石のように重い。ここに来て露呈した一高の致命的な弱点に幹部メンバーたちは頭を悩ませていた。
「まさかこんな展開になるなんてな」
三巨頭の一人である摩利がフッ、とため息を吐く。真由美の後ろに掛けられたスクリーンに映し出される今日の試合結果を見て、彼女は今後の展開を憂いているようだった。
「女子クラウドの真由美が優勝出来たことや男子ピラーズの十文字が予選通過したのは予想通りだったとしても、それ以外が尽く予想を外れたな」
「はい……。男子クラウドは桐原くんが四位入賞。女子クラウド、男子ピラーズは十文字会頭以外は予選通過出来ず。女子ピラーズに至っては一人も入賞すら出来ず全滅しています……」
「今日の試合結果を受け、現時点で一高は170点。点数が最も近い三高は130点。明日の試合運びによっては、十分逆転されうる点差になりました」
「こうして見てみると、二位以下で三高が多くいるのよねぇ。してやられたわ」
円形に作られたテーブルの内、会長として最も上座の席に座る真由美が参っている。そんな彼女に同調するようにあずさの報告は悲観的に聞こえ、また機械的に感じた鈴音の報告も冷たいものを受ける。
そう、今日の一高は予想以上に点数を伸ばすことが出来なかったのだ。事実として他校よりも多くの優秀な魔法師を排出している一高は、一人一人の能力がとても高い。男子クラウドは冬夜や克人のような優勝確実視される選手はいなかったものの、それでも十分優勝を狙えるメンバーを揃えていたし、女子ピラーズに至っては前年新人戦で優勝経験もある花音がいた。しかし、彼女たちは恐らく古式魔法と思わしき対抗魔法の前に手も足も出ず、一本も氷柱を破壊できぬまま敗北した。
幹部メンバーもどこか「今日の競技は全て優勝は出来なくとも三位以上には必ず入れる」と考えていたが、結果はご覧の通り。今日の試合で優勝した真由美や克人でさえ、優勝できた喜びはとうに彼方へと消え去ってしまっている。「まだ二日目」と言うことは容易いが、ここへ来て露呈した一高の致命的な弱点に、彼らの頭は悩ませれていた。
「魔法師とは、元から生まれ持った才能が大きくものをいう存在。一高は個々人で見れば突出した才能の持ち主が数多く在籍していますが、平均的な実力は三高よりも低かった、ということか」
「九校戦のルールを突かれた、というより個々人の能力の高さに私達は依存し過ぎていたのかしらね」
服部の冷静な分析に真由美の見識も加わる。良くも悪くも小手先の小細工をパワーで押し切れる実力者が揃っていただけに、その辺りの対策が完全ではなかった。突出した選手が敗北すれば一高は簡単に得点源を失う。そして上級生の中で警戒すべき相手は分かりきっている。
つまり、テストで言うところのヤマを張る場が分かっているようなもの。危機感を覚えて当然だろう。
「誰もしていなかったでしょうし、誰も感じていなかったと思いますが、知らずのうちに油断と慢心があったと考えるべきでしょう。試合内容的に男子クラウドはともかく、女子ピラーズは全員一〜ニ回戦負けをしています。しかも、全員得意魔法のメタを張られる形で」
「花音なんか悔しがっていたな。相当のショックを受けているようだった」
「千代田さん、一回戦では何も出来ないまま負けてしまいましたから……。明日のバトル・ボードに影響がないといいんですけど」
冬夜も直接観戦した花音の試合は、手も足も出ないと言っていい試合だった。なまじ、昨年優勝したという実績があるために櫓の上でどうにか体制を立て直そうともがく彼女の必死な姿は目に焼きついた。古式魔法によるメタを張られた彼女は後手に回り、そのままいいようにやられて一回戦敗退。悔しさに体を震わせ、顔を俯むかせた姿は記憶に新しい。
「花音の立ち直りはそれこそ婚約者の五十里に任せるしかない。それより今は新人戦に向けて話をするべきだ」
今日の試合結果に呑まれて、この場が終わってしまう流れを摩利が断ち切る。
今の一高には逆風が吹いている。ただでさえバス移動中の襲撃もまだ強烈なインパクトととして残っている今、ここへ来て選手たちが心理的に崩れてしまうのは最も避けるべき事柄だ。
現代魔法ならまだしも、使われたのは古式魔法。そうなると知識のない自分たちでは対抗策を練ることが出来ない。この危機を脱却するため、幹部達によって冬夜はこの場に呼ばれていた。
「四葉、実際に試合を観ていたお前から見て、相手選手がどのような魔法を使ったか、検討はついているか?」
「はい。まず間違いなく相手校が使用したのは古式の対抗魔法です。恐らくは『振動を抑える』類の魔法でしょう」
「振動を?」
「えぇ。現代魔法風に言うなら『振動系魔法の無力化』と言うべきですか。
千代田先輩ご得意とする地雷源には真っ向から刺さる対抗魔法ですね」
「あの刀型のデバイスが、か?」
摩利が訝しげな目で冬夜を見る。彼女の知る限り『刀』に纏わる伝承でそんなものは知らない。
しかし冬夜は摩利の疑問に首を縦に振ることで答えを返した。
「恐らく使われた魔法は
「タケ……なんだって?」
「武甕槌命。日本神話に登場する神様です。相撲の元祖、ともされる神様ですね。または刀の神様でもあります」
古くは日本書紀。あの有名なヤマタノオロチ伝説の後に登場する神である。説明が長くなるので何をした神かと言うと『当時、日本を治めていたスサノオノミコトの子孫のニニギノミコト(とその息子)に恐喝と強要、子供じみた卑怯な手を使って国を譲ってもらった実行犯』である。
詳しくは日本神話を読んでもらいたいが、ちなみにその
それはともかく。
「この神にはある逸話があります。──曰く、地震を引き起こす大鯰を抑えている、と。
今回使われた対抗魔法は、その逸話を元に作られたものでしょう。
地震の源を作る千代田先輩の魔法に、最も強い力を発揮する魔法ですね」
つまりこの魔法は地雷源を確実に無力化するために使われた魔法ということだ。
もっとも、神話上の武甕槌命にそんな逸話はない。この逸話は後世によって付け加えられた話であり、悪く言えば
「刀の神様だから、刀型のデバイスで術式を発揮できると?古式魔法にはそんなに簡単に使えるものもあるのか?」
「大して珍しいものではありませんよ?ケルトのルーン魔術なんて文字を刻めるならなんだって効果を発揮しますから」
スクリーンを見る服部の物珍しげな視線に冬夜はサラリと答える。自分の知らない世界の知識に彼はなにか言いたげな顔をするが、無知なので何も言えない。鈴音を含めた技術スタッフを始め、全員が何も言えずにいる。
対して冬夜は古式魔法の曖昧さを活かした良い作戦だと、敵ながらこの作戦の立案者を称賛する。京都にほど近い二高ならではの作戦と言えるだろう。現代魔法を主軸とする九校戦で、あえて古式魔法を用いた戦法は対策が取りづらく、入念な下準備の上で使ってきたのだろうと考える。どうやら、三高だけに目を向けていると足元を掬われると思っていて良さそうだ。
「術の内容は分かった。四葉、対抗策はあるのか?」
克人が厳かに続きを促す。冬夜は渋い顔をして首を横に振った。
「率直に言って、対抗策はないです。逸話上、地面を介する振動系魔法は確実に無力化されると考えていいでしょう。北山選手はもちろん、司波選手も場合によっては危ういかと」
「なんとかならないのか?」
「……残念ながら。国譲りにも登場する軍神ですので、天津神に類するなにかならと思いましたが、今からそれを選手たち仕込むのは無理です。
ただ相手は神ではなく人間ですので、相手魔法師より強い干渉力で氷柱を守れば防ぐことは出来るでしょう」
「正攻法しかないわけか」
冬夜はゆっくり頷く。古式魔法を使える選手ならまだ可能性があったが、今の一年選手陣にそれを使える人はいない。なので正攻法で防ぐ以外に手はなかった。
しかし、相手は相撲の起源とも言われる軍神。力づくがどこまで通用するか……。
「もう今夜は遅い。起きてしまったことはもうどうしようもない。明日の試合で巻き返しを図るぞ」
「任せておけ十文字。花音の分までしっかり活躍してきてやる」
摩利の男らしい頼もしさに一同、緊張な糸をいくらか緩めることが出来た。そうだとも、まだ九校戦は始まったばかり。三巨頭の三人がいる限り、まだまだ巻き返しをはかれる。
そうして、最後まで厚い曇天が覆っていた会議は晴れることなく、結論を先送りにする形で九校戦二日目は終わりを告げた。
皆様お久しぶりです。
『魔法科高校の詠使い』作者、オールフリーです。
過去最近暑いですね。無事社会人二年目にとなり、仕事は大変ですが順調にこなしており、オールフリーは頑張っております。
皆さんは大丈夫ですか?夏バテしてませんか?
雨ニモマケズ、風ニモマケズ(一部地域の方は特に)この酷暑を乗り切りましょう。
さて、本題に入りたいと思います。
単刀直入に言って『詠使い』の更新を一時止め、九校戦編の書き直しをします。
当初予定していたプロットどおりに勧めていた九校戦編ですが、どうも無理があったらしく続きが全く書けなくなってしまいました。
(特にミアや修の登場が蛇足になってしまいました。申し訳ありません)
このあたりを含めて一度プロットごと見直し、改めて九校戦編を投稿し直そうと思います。
なお、現在まで投稿している分につきましては、当面の間削除はしません。差し替えるときにまた、活動報告にてお知らせを行い、その後現在分は削除。新しいものに入れ替えます。
急な決定で申し訳ありませんが、ご了承ください。
読者の、特にお気に入り登録をしている皆様、必ず面白くして帰ってきますのでどうかご容赦ください……!
それでは、皆様次回またお会いしましょう。