魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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皆様お待たせしました。社会人生活で時間が取れないオールフリーです。忙しい!

仕事自体は楽しいのがまだ救いですが、執筆時間がなかなか取れないのが悩みの種です。さてどうしたものか。

何はともあれ、本編をどうぞ!



災難

『実は妹が欲しがっていてな。迷惑だとは思うんだが、一筆頼む』

 

 素敵な宣戦布告を受けた次の瞬間、大真面目な表情(かお)と雰囲気で手帳を取り出した一条。なんだか炭酸の抜けたサイダーのような、微妙な間になった後で聞いた彼の言葉(言い訳)は次のようだった。

 徹底した秘密主義の四葉と違い、他の十師族の家族構成は比較的簡単に手に入る。だから冬夜も一条に妹がいることは知っていた。しかし、まさかこれから試合で戦う敵(しかもほぼ初対面)に堂々とサインを願い出てくるとは思わなかったので、かなり拍子抜けしていた。

 

「というか、もうちょっと良いタイミングとかあっただろう……」

「すまん。あのまま勢いでいけると思ったんだ……」

 

 なんだかすごく親近感を覚えるダメっぷりに共感する冬夜。おかげで彼らを取り巻く雰囲気も、ピリピリしたものからすっかりフワッとしたものになっており、それに合わせて二人の口調もフラットなものになっていた。

 しかし、あのシリアスブレイカーな一言は、一条の近くにいた三高生たちにとっても予想外だったらしく、誰一人としてこの微妙な雰囲気を直そうとすることはなかった。選手たちの中でも特に有名な吉祥寺真紅朗(カーディナル・ジョージ)はエースの願い出に頭痛を覚えたのか、「あちゃー」と手を顔に当てて離れていき、同様に一条の側にいた一色愛梨(エクレール・アイリ)も「毒気を抜かれたわ……」と一度下がって改めて深雪に声を掛けるタイミングを見計らうことにした。

 なので今、開催前までさんざんメディアで持ち上げられてきたライバル二人がいても、変に空気が張り詰めることはなかった。……とはいえ、さすがに十師族の二人に声を掛けることは躊躇われるのか、遠巻きて幾人かの女子生徒は二人のほうをチラチラと見ている。

 

「なぁ、敵に塩を送る気持ちで書いてくれないか。正直、手ぶらで帰ったら妹が面倒だ」

「そんなこと言われてもなぁ。オレ、有名人でも芸能人じゃないし。サインは断るって決めている」

「そこをなんとか」

「……大体、オレのサインなんか貰ったところでしょうがないだろ。ちょっとの間だけ話のタネになるぐらいだ」

「そうか?オレだったらずっと自慢していると思う。お前はみんなの()()だ」

「………そんな大層なものになった覚えはないぞ?」

「そう言うな。少なくともオレは、お前のような魔法師になりたいと思っている」

「オレのような魔法師に?」

 

 一条の予想外の誉め殺しに怪訝そうな顔をする冬夜。いくらサインを貰いたいからといっても、ここまで熱のある煽てられ方は初めてだ。一条の表情からは嘘や冗談や気配は感じられないが、こうも素直に誉められては、何か裏があるのではと冬夜は勘ぐってしまう。

 一高(こちら)の情報を漏らさないよう気をつけよう。宣戦布告されたことも含めて、少しだけ警戒心を高めて一条の言葉に耳を傾ける。

 

「前にな。IMAの人からお前の話を聞いたことがあるんだ」

「オレの?」

「あぁ。シドウ、という名前なんだけどな。知っているか?」

「シドウ?金沢近くというと……確か、派遣先の研究所で結婚した人か」

「そう。黒人の祓戈民のな」

 

 なかなかに思い出すのに手間取ったが、どうやら正解だったらしい。全社員の現在情報を把握しているわけではないが、元トップとして社員のことはなるべく多く覚えておきたいものだ。

 

「親父の仕事の都合で研究所に行ったことがあってな。その日、運悪く実験が失敗して名詠生物が暴れだしたんだ。

 で、その時に名詠生物から妹と母を守ってくれたのがシドウさんだった。

 それ以来何かと交流があってな。度々、話を聞かせてもらったりしている」

「へぇ。そうだったのか」

 

 ニヤリと、つい口元が緩んでしまう。どうやら部下はキチンと自分の仕事を果たしていたらしい。その日に暴走した名詠生物がどんな奴だったかは知らないが、部下(シドウ)が単なる鎮圧だけでなく誰かを護ることが出来たことを聞けたのは良かった。自分の想いを引き継いでくれる人がいるのはきっとこんな感じなのだろう。自分がIMAを創業したのは無駄ではなかったと、冬夜は実感した。

 

「昔の話も幾つかしてくれたよ。どれも信じられないことだったが──シドウさん、昔は魔法実験の被験者だったってことも聞いたよ。で、お前が助けてくれたこともその時な」

「………シドウの奴、そんなことも言ったのか……」

 

 口角を上げた表情から一転、一条の言葉に冬夜は目を見開く。IMAやCILは多種多様な人種が寄り集まっている企業だが、その中には非合法な人体実験を受けていた者を救出した後、一通りの訓練を受けさせてそのまま雇用した人もいる。

 彼らが受けた実験はどんな実験だったのか。記録上のことは冬夜も把握している。しかし、その実験を受けていた彼らが()()()()()()()()かまではほとんど知らない。辛い記憶が多いであろうその体験について、冬夜は無理に聞くことはしていない。

 そして、彼らもその事を言いたくはないのか、体験を受けた者は一様にその過去を隠そうとする。『人体実験なんて受けなかった(そんなことなかった)』と心の奥底に置いて忘れているものもいる。

 そのあたりもこれからは考えて行かなければならない事だと、冬夜やモニカは考えていることだが、だからこそ一条の言葉に驚きを隠せなかった。

 

「『オレが奥さんやこの子に会えたのも、あの時ボスに助けてもらったからだ。今のオレがあるのはあの人のおかげさ』……子供を抱きながら、笑ってシドウさんはそう言っていたよ。辛い日々だったけど、だからこそ強くいられるようになったと。

 なんていうか、その時にシドウさんを通じて『魔法師としてあるべき姿』を見たような気がしたんだ。【兵器】としてじゃなくて【魔法が使える人間】として、あるべき理想の姿をな」

「むず痒いことを言うな、一条。オレは、オレが『こうしたい』と思ったことをやっただけだ。理想なんて高尚なものじゃない。そんなこと考えたことすらない。

 恥ずかしいから、そこまでオレを持ち上げないでくれ」

「持ち上げてなんてないさ。オレはオレの思ったことを言っているだけだ。

 お前だってそうなんだろう?お前は英雄になろうと思ってなったんじゃなくて、色々やってきた結果、英雄と呼ばれるようになった。

 お前自身は特に何もしていなくても、お前のその()()()にオレは憧れてるんだよ」

 

 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。一条の惜しみのない賞賛に冬夜はそう思った。しかし、否定も反論することも出来なかった。一条の言う通り、冬夜はやりたいことをやってきただけで、それに対する評価は後から付いてきたものだ。

 

「……オレみたいなトラブルメーカーに憧れても、良いことなんて何もないぞ?」

 

 だからこそ、冬夜も一条の言葉には、苦笑してこう返すしかなかった。今度は一条がニッと笑ってみせた後、真面目な顔をして会場の方に目を向ける。

 

「オレたち魔法師は、兵器だ」

「……………」

「オレたちは命を奪うことを目的に開発された武器だ。ジョージや、CILの華宮さんが魔法の新しい側面を発展させようとしているけれど、オレたちが()()()()()()で開発された過去は変えられない」

「あぁ、確かに。………そうだな」

「でもオレたちは心を持った人間だ。だから、人を殺すだけの単なる兵器と同じじゃなくて──人を生かせる『魔法師』になれるんじゃないか」

「─────」

「だから、 オレはお前みたいな魔法師になりたいんだ。オレもそう()()()()と思っているから」

 

 こっ恥ずかしいこと言うもんじゃないな。と最後に一条は照れて笑った。だが冬夜は笑うことは出来なかった。

 

(人を殺すだけの兵器じゃなくて、人を生かせる魔法師、か)

 

 冬夜自身、心のどこかで魔法師としての己自身を兵器だと定義していた。並の魔法師とは違い、桁外れな実力と才能を持つ冬夜が、自身の持ちうる全ての能力を使って全力で戦うことが出来たのなら、恐らくは都市一つぐらいは一撃で消滅させることが可能だ。そんな力を持っているのだから、どんなに善行を積もうとも『兵器である』という点からは逃れられないと思っていた。

 けれど、どうやら自分は、いつの間にか単なる兵器ではなくなっていたらしい。一条のその言葉に冬夜は初めてそのことを学んだ。

 

「そうだな。オレも、そんな魔法師でありたい続けたいよ」

「四葉……」

「けどまぁ、だからと言ってサインは書かんがな」

「おい」

 

 今のは書く流れだったろう、と一条はついツッコんでしまう。だが、その代わりに冬夜は一条と向き合って右手を出した。

 

「サインは書かんが……握手には応じてる。これならしても良い。

 良い試合にしよう、一条将輝。

 オレは、お前に会えてよかった」

「!」

 

 まさかの展開に一条も驚いた。憧れの魔法師に「会えてよかった」などと言われるとは思ってなかったからだ。

 サインが貰えなかったことは残念だが、妹の愚痴ぐらいなら聞き慣れている。ここは自慢話で済ませてしまった方が正解だろう。

 

「オレの方こそ。良い試合にしよう。

 だが勝つのはオレだ。首を洗って待っていろ、四葉」

「上等。その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 

 互いの手を握りしめあって獰猛に笑い合う若きエースたち。もしここに各メディアのカメラマンがいたなら、フラッシュによって(まばゆ)く飾り付けられて明日のトップページに掲載されていたかも知れないが、ここにはそんな無粋な連中はいない。

 彼らを見つめる少女たちはその光景をカメラに収めるべきか、と咄嗟に端末に手を伸ばしたが、それを撮った後のことを考えて躊躇する。

 が、結論から言うと、躊躇して彼女たちは正解だった。

 

「あ、あのっ!」

 

 声を掛けたのは誰だったか。制服から第八高校の生徒のようだ。彼らを見つめていた三高の一条親衛隊の一部から『抜け駆けしたなあの女』とやたら殺意の籠もった視線とともにマークされるも、女生徒はそれに気付かないまま冬夜たちに言う。

 

「お、お二人の写真撮っても良いですか!?い、一枚で良いのでっ!」

 

 見れば、彼女の首元からは古き良き一眼レフカメラが下げられている。もしかしたら、新聞部かなにかにでも所属しているのかもしれない。どうする?と一条は冬夜に小声で語りかけて冬夜首を縦に振る。とはいえ、流石に男同士の握手シーンなど撮ってもつまらないし、恥ずかしかったので。

 

「どうせなら、三人で一緒に撮りませんか?」

「え"っ。良いんですか!?」

「写真だけなら良いですよ。一条は?」

「オレも別に構わない」

「本当ですか!?やった、先輩カメラお願いします!」

「あ、ズルい!次私の番だからね!?」

「お待ちなさいな!それならば私達も!」

「一条様!私達もお願いしますっ」

 

 と、恥ずかしさから写真撮影をOKすると、案の定女生徒たちが我先にと写真を撮ろうと集まってきてしまった。一時騒然とした二人の周囲だったが、即座に一条親衛隊が口を挟んできて、パッパッと女生徒たちの整理を始めてしまう。その手際の良さたるや、冬夜もつい「どこの握手会スタッフだ」と思ってしまうほど。

 しかし、彼女たちの迅速な対応により、余計な混乱もなく、あっという間に長蛇の列が出来ていつの間にか写真会が始まった。

 

(オレ、芸能人じゃない。はずなんだけどなぁ)

 

 これ全員を相手しなければならないのか。とまーた精神的に疲れそうなイベントが発生して、冬夜は軽く白目を向きそうになる。冬夜の見込みの二倍はいるその列に自分の見通しがいかに甘いか冬夜は痛感する。つい、横を向いて一緒の立場にいる一条を見てみると、彼は肩を竦めて首を横に振った。どうやら『諦めろ』ということらしい。

 

「では写真撮影を始めまーす。一人一枚、撮り終えたら速やかに次の人に譲ってくださーい」

「…………」

 

 そうして、表情筋を鍛えるトレーニングが始まった。 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「…………」

 

 冬夜が一条と一緒に写真撮影に応じている頃、雫は不機嫌になっていた。

 

(イライラするなぁもう……)

 

 一条と一緒ににこやかに写真を取られている恋人(予定)を見ながら、分単位で彼女の不機嫌ゲージは上昇していく。

 元々独占欲が強い彼女だが、冬夜の養子縁組やらなにやらで色々振り回された結果、以前ほど冬夜の女性関係について目くじらを立てなくなった──逐一不機嫌になるだけ損だと学んだとも言う──なので単なる()()()との写真会ぐらいでは雫も気にしないようにしている。

 ただまぁ、撮影を頼んでくる人の中には、調子に乗っているのか、肩を抱き寄せるよう頼んだり無駄に顔を近づけたりする人もいる(律儀にそれに応えるのもどうかと思うが)。それはそれで別として、ムゥ、と気分が下り坂になるのを雫は自覚していた。

 

(でも冬夜に憧れる人もいるだろうしなぁ)

 

 だが冬夜は世界的に有力な魔法師だ。世界に名を馳せた魔法師(有名人)がいるとなれば、気分が舞い上がってしまっても仕方がない。と下り坂になっていても、雫は自分の気持ちに折り合いはつけていた。というか、ここで行動を起こす程、雫は冬夜との絆を信じていないわけではない。本命(メインヒロイン)その他大勢(モブ)程度には揺らがないのだ。

 

 しかし、それでも雫の不機嫌さはますます悪化していく。そもそも、雫がこうなった原因はその他大勢の女子生徒ではなく──

 

「へぇ!雫ちゃんは赤色名詠を選んだんだ。オレも赤色名詠使えるんだぜ。地元の競演宮(コンクール)じゃ結構名の知れた………」

 

 この、調子よさそうな笑顔を貼り付けて寄ってくる煩い男だ。

 

(鬱陶しい……)

 

 舌打ちしたい気持ちを抑え、雫は無視を決め込む。馴れ馴れしく雫に話しかけるこの少年、名前を【亜水(あすい)裕吾(ゆうご)】と言うのだが、つい先程、雫に声を掛けてからずっと彼女の側についている。おかげで雫は楽しみにしていた九校戦の始まりが台無しにされて、かなり不機嫌になっていた。

 しかもこの男、ナルシスト気味なのか、ちょいちょい自分の自慢話も織り交ぜてきてウザい。雫が独自に行った事前の調査から、高校生としてはそれなりの実力の持ち主だとは知っているのだが、それにしてもピーチクパーチクと雀のように五月蝿い。

 

(どっか行ってくれないかな)

 

 雫はそう思うものの、すぐ近くではほのかもこの男が連れてきた三人の少年たちと話をさせられている。傍目歓談しているような感じではあるが、どうにもほのかが困惑していたりや戸惑っているように見える。この男が連れてきた三人全員、なんとなく遊び慣れているような気がするからか。元々上がり症気味で、異性との会話には少し苦労するほのかには荷が重い。

 雫としては、すぐさまほのかと合流して逃げてしまいたいのだが、近づこうとするとこの目の前の少年が邪魔をして失敗する。そして近づこうとした分、向こうがほのかが上手く誘導されて離れていく。どうもこの四人、最初からグルで自分たちを目当てにしてやってきたらしい。厄介なのに目をつけられたなと、雫は心の中でため息をつく。

 その上最悪なことに──

 

「そうだ雫ちゃん、あっちの方に美味しそうな食べ物があったんだけど、良かったら取ってきて──」

「いい。いらない」

 

 最悪なことに、やたらスキンシップを取ろうとしてくる。今も雫の手を引こうと手を伸ばしてきたところを、バッサリ口で拒絶して触れるのを避ける。明確に拒絶しているのだから諦めてくれれば良いところを、全く懲りずに同じように繰り返してくるところがもっと嫌だ。

 「誰か助けてくれないか」と思うものの、同級生の男子たちは各々食事や他校の女子生徒(ここ重要)との会話に熱を入れており、女子生徒は気の毒そうな視線はくれるものの、助けには来てくれそうにもない。

 深雪に助けを求めるという考えも浮かんだが、こういう連中のすぐ近くに深雪を置いたら、すぐにこの男は深雪にも手を出そうとするに違いない。それは達也がさせないだろうが、逃げるために友達をダシに使うのは嫌だった。

 冬夜に至っては『肝心なところで使えない』という無駄スキルのせいで期待すら持てない。本当にダメな彼氏だなと、雫は心から再認識する。

 

「なぁ。そう邪険に扱わなくても良いじゃないか。オレ、もっと雫ちゃんと仲良くなりたいなぁ」

「私は別にそうは思わない」

「またまた。あの北山グループのご令嬢がそんなこと言っちゃあダメだよ。こうして出会えたのもなにかの縁なんだし、横のつながりは大切にしなくちゃ。特にオレの家みたいに昔から続く名家との繋がりは重要だよ?」

「……………………」

 

 CADに向かって伸びる手を雫はなんとか抑えた。この一見キレイな、しかしニヤついたムカつく顔面を殴れたらどれだけ良かったか。雫はご令嬢として鍛え上げた忍耐力をもって耐える。

 そう、雫にとっては腹正しいことにこの少年、実は京都にある有名老舗紳士服店の息子なのだ。その上、血筋を遡ればある古式魔法師と行き当たる、由緒正しい古式魔法を伝える家でもある。

 ……いや、説明するならば順序を間違えた。亜水の家は元々、ある古式魔法の分家であり、彼らの表向きの職業が紳士服店だったのである。今では本職であったはずの古式魔法師の方は半ば廃れてきており、表向きの商売が繁盛しているため『有名老舗紳士服店の息子』として彼は知られている。しかし、形骸化しているとはいえ伝統的な古式魔法を伝え続けてきた家でもあり、古くは平安時代から続く名家と言っても間違いではない。

 雫も北山グループのご令嬢としての立場があるため、こうした相手を無碍に扱うことは出来ない。例えそれが高校生のイベントであってもだ。それが彼女の父親の下で働いている、全ての人に対する責任というもの。

 なので雫は、今一度不機嫌な感情をグッと堪えてなんとか逃げる隙を見つけ出すことに専念する。

 

「ほのかちゃん、向こうでもっと話をしようよ。ここのテーブルあんまり置き場とかないし」

「え、いや、あの、その私」

「いいじゃん。向こうでちょっと楽しく話をするだけだって」

「ほのかちゃん可愛いからなー。きっとみんなも話をしたいだろうしなー」

 

 だが、少年三人に囲まれたほのかが窮地に陥っていた。裕吾と一緒に来た少年のうちの一人がほのかの腕を掴んで、別の場所へ連れて行こうとしている。ほのかは怖がってその申し出を拒絶しているが、他二人が腕を引っ張る少年をアシストするように盛り立てる。元の押しに弱さがここに至って顔を出し、ほのかは強く断れないでいる。このままではマズイ。

 

「なんかほのかちゃん向こうでお話しするみたいだしさ、オレたちも向こうで話さない?」

 

 そんな雫の気持ちを見透かしたのかどうか、裕吾はさらりとそう言ってほのかを囲う少年たちと同じほうへ指で指す。さりげなく肩に手を回そうとしてきたのを払いのけて、一歩距離をとったものの、ほのかは間断入れずに断ることが出来なかった。このままいけば、ほのかがどんな目に遭うか分かったものじゃない。ならば自分も一緒に行った方が良いのではないか、と思う。しかしそれは、ハイエナの巣にわざわざ自分から近づいていくようなもの。共倒れになる可能性が雫の返答を妨げていた。

 そしてこれまでとは違った反応に、裕吾は手応えを感じていた。このまま押し切った方が良いと彼の勘が囁く。

 

「じゃあみんなで行こうか。ほのかちゃんもそれなら良いでしょ?」

「え、あ、その……。もうすぐ挨拶が始まるから私は別に」

「じゃあ挨拶が始まるまでいようよ。そうと決まれば早速──」

「おっといたいた。そこにいたのか二人とも」

 

 裕吾の言葉を遮るように割って入ったのは、技術スタッフとして参加している朋也だった。男たちの砦をかき分け、窮地に立たされている二人の前に立つ。

 

「探したぞ二人とも。見つけられてよかった」

「えっと、なにかあったの?」

「会長が呼んでてな。会長も探してたから、早く行ったほうがいいと思う」

 

 ちらりと、真由美の方に二人の視線を誘導する朋也。雫とほのかがそちらを見てみるが、真由美の姿は見えない。どういう事だろうと二人共首をひねったが、すぐに「これは自分たちを助けるための方便だ」と気が付いた。

 

「早く行け二人とも。ここはオレに任せろ」

 

 そして小さく、裕吾たちには聞こえない程で朋也が背中を押してくれる。ここは彼に甘えて逃げてしまった方が良さそうだ。

 雫もそうだが、男三人に絡まれ困り果てて辟易していたほのかには、朋也の登場がまるで地獄に垂れ下がった一本の蜘蛛の糸のように思えた。

 

「…………教えてくれてありがとう零野くん!行こっ、雫」

「うん。じゃ、私はここで」

 

 律儀にお辞儀をしてそそくさと男たちの砦から脱出する雫たち。ほのかが雫の手を引いて小走りで深雪へと駆けていく。

 走り去る二人の後ろ姿を裕吾は無言で見つめる。今回はここまでだが、話をする機会ならまたあるだろう。財閥のお嬢様ということで彼は雫に声を掛けたが、口説き落とす自信はある。あの夜色名詠士と関係を持っているらしいが、まぁ甘い言葉でも唆されてコロッと騙されたのだろう。これまで彼が喰ってきた女は大抵そうだった。

 雫のことは一先ずこれでいいだろう。今はそれよりも気になることがある。

 

「へぇ。お前、あの零家の魔法師なのか」

「あぁ。オレは零野朋也。以後よろしく」

「いーよ。挨拶なんかしなくたって」

 

 態度を変えて、裕吾は適当に言葉を返す。世間一般では「いない」とされている零家のことだが、裕吾は噂程度にはその存在を知っている。もちろん、彼らがどんな魔法を使うのかも彼は知っている。

 どうやら、零家というのは真っ当な教育すら施していないらしいな、と考えながら見下した目付きで朋也を見つめる。しかし「それも当然か」と思い咎めることはしなかった。なぜなら──

 

「死体を操る()()()()の魔法師なんか、覚える気もないからな」

 

 その言葉に、彼の連れは笑い声を上げる。零乃、零式、零宮の三家で知られる『零家』はいわゆる死霊魔術(ネクロマンシー)を扱う魔法師だと、世間では言われている。死者の眠りを冒涜する、忌むべき魔法使いだと。

 実際の彼らが扱う魔法は全く別のものだが、彼らがそれを知る機会はない。噂は時に真実となって人々の常識として語られる。

 その常識に当てはめるならば──零家が自分に話しかけるのは全くの不遜だと彼は思う。

 

 たかだか百年足らずの歴史しか持たない、落丁した死体使いの家と、由緒正しい古式魔法を伝える名家。格の差など火を見るよりも明らかだ。

 

「はっ、ユーゴの言う通りだぜ!ここはお前のような日陰者が来ていい場所じゃないんだよ!」

「死体もないから魔法も使えないのになんで来たんでちゅか〜?」

「まさか自分で死体作ったりしないよなぁこの人殺し!」

 

 彼の連れも便乗して朋也を罵る。しかし、朋也は彼らの言葉にはなにも返さずただ曖昧に笑っているだけだった。少し肩を突き飛ばされようともやり返さず、この場をやり過ごそうとするだけのアンニュイな笑みだけを浮かべる。それにこの程度の嫌味など、既に聞き慣れたものだ。

 

「じゃあな外道。まぁ、せめて担当した選手を間違って殺さないようにしろよ」

「ばいばーい凶悪犯罪者の零野くーん」

「頼むから人は殺さないでくれよー。ハハハッ」

 

 一頻り朋也を馬鹿にした後、なにもやり返さない彼に飽きが来た裕吾たちはその場を去る。最後までやり返さず、ニコリと曖昧に笑っていた朋也は、彼らの後ろ姿が見えなくなったところでふぅ、と強張った肩を下ろす。

 

(ここにまやかがいなくて良かった)

 

 きっと妹がいたならば、こんな穏便にことは済まなかっただろう。散々な言われようだったが、女の子を助ける代償としてならば安いものだ。

 慣れないことをするもんじゃないなぁ、と彼は自分の行動を振り返って、ちょっぴり格好つけた自分に恥ずかしくなりなる。だが後悔はしていない。だって自分は間違っていないのだと思い、彼はさっきの行動を胸のうちに閉まっておいた。

 そのまま黙ってステージ脇にセットされたマイクの前に立つ司会の女性に目を向け、魔法師の名士たちにも目を向ける。魔法師の中でも名の知られた名士たちの激励の挨拶が始まるのだ。

 

 今日の懇親会の本題がいよいよ始まる──。

 

 

 





次回、お母様ご登場(予定)

いくぞ司波兄妹──胃薬の用意は十分か。

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