明日から新年度ですね。この小説を読んでいる皆さんは新しい学年や学校に心躍っていますか?
作者は社会人になります。これまでとまったく違う環境に身をおく不安で一杯です。
では、そんな環境に身をおく前に今年度最後の投稿をします。お楽しみに!
「ようやく、着いた……!」
「今までで、一番ハードな道程、だった」
トラックとオフロード車による突然の襲撃の後。
事情聴取やら新しいバス(もとい足)の確保やらで一時間程経ってから再出発した一高選手陣は、昼頃に九校戦会場である富士演習場、その近くにあるホテルに到着した。
会長の遅刻から襲撃含め、実に四時間以上掛かってようやく辿り着いた宿舎の入り口で、雫とほのかは二人してぐったりしていた。まぁ、あれだけ心臓に悪い出来事があった後だ。ただホテルに到着したというだけで、感動してもおかしくはない。
そう。おかしくはない、のだが──。
「おーい二人共ー?まだ宿舎着いただけでなーんにもやってないんだから、荷物運ぶの手伝えよなー?」
「「はーい……」」
ここで終わりどころか、まだスタートラインに立つ準備すら出来上がってないことも、忘れてはいけない。銃撃を受けてもケロリとしている冬夜は三人分の荷物を運んでいた。
……冬夜たちが今日から泊まるこのホテルは、民間人の宿泊施設として作られた場所ではない。なぜならここは軍の所有物であり、海外の高級士官や官僚用に作られた施設だからだ。しかし九校戦の開催中は、選手たちにこのホテルは無償で貸し出されている。
もちろん、軍のホテルを貸し出されるという異例の好待遇にはキチンと理由がある。九校戦に出場する選手たちは皆、同年代の中で傑出したハイレベルな魔法師の卵たちだ。しかも今のご時世の影響もあってか九校戦に出場した選手たちは軍人の道へと進むことが多い。つまり軍にとっては生徒たちに対する絶好のアピールタイムとなる。なので、軍としても優秀な実戦魔法師を確保するために九校戦には全面的に協力している。会場はもちろん、本来は他国の高級士官やその随員を宿泊させるためのホテルを生徒たちに貸し切りでこうして提供していることも、将来を見込んでのことだ。
とはいえ、だからといってなんでもやってくれる訳ではない。高校生の大会だということもあってか、九校戦では自分たちで荷物の積み下ろしをすることになっている。冬夜が荷物を持っているのもそのためだ。
「まー、そう景気悪そうな顔するなって。魔法師やってればこういうこともあるさ。誰も死なずに済んだんだから、過ぎたことは忘れて、とりあえず明後日のことでも考えようぜ?」
「えぇ……無理……」
「冬夜図太い……」
ガラガラとキャリーバックを引きながらホテルの中に入る三人。すでにホテル内には荷物を運び終えたり、技術スタッフの手伝いをしている人もいるが、多くの生徒が無理をして先程の恐怖を忘れようとしているような顔をしている。物心付いた時からこういう事態に慣れているのであろう真由美や克人といった十師族の二人や、なぜか達也と深雪は平気そうだが、やはり一般人には辛いのだろう。
さて、どうやって二人を元気付けようか。冬夜がショックを脱しきれていない二人に苦心していると、近くからよく見知った人物が声を掛けてきた。
「やっほー。久しぶり。元気だった?」
「あ、うん元気だったよ。ってあれ、エリカ?なんでここにいるの?」
「もちろんみんなの応援よ。あとバイトしに」
「え、バイト?」
「そう。アルバイト」
一週間ぶりとなる友人との挨拶を交わした後、雫とほのかは。首を傾げた。なぜならここは軍事施設。気軽に高校生がアルバイトに来れるような場所ではない。しかしエリカは、どうも悪戯っ子の気質が表に出ているのか、戸惑っている二人を見て楽しんでいる。
これでは自分から明かさないだろうと、友人の意地悪な部分に嘆息した冬夜は、ネタばらしをする。
「エリカが言ってるのは、この後に開かれる懇親会のスタッフのことだよ、二人共」
「あ、そういうこと」
「納得」
「あ、もうちょっとー。すぐにバラさないでよね冬夜くん」
「アハハッ、悪い悪い。他のみんなは来ているか?」
「うん。向こうに全員揃ってるよ。
……っていうか、私達がここでバイトするって事を知ってるってことは」
「察しの通り、一連の出来事の下手人は
「やっぱり」
今度は何があったのか。冬夜は両手を上げて降参のポーズを取り、それをエリカが呆れた顔で見ている。しかし真犯人であるはずの冬夜は悪びれるつもりもなく、むしろドッキリに成功した悪戯小僧のように笑っている。そのことに、雫とほのかの二人はますます混乱して首を傾げていった。
「あ、エリカちゃんお部屋のキー……って冬夜くん?」
「おいエリカ、自分の荷物ぐらい自分で──って冬夜?」
「よう三人共。久しぶり」
雫とほのかが顔を見合わせていると、近くから美月とレオ、そして幹比古がこちらにやってくる。冬夜が片手を上げて気軽に挨拶すると、エリカが冬夜の顔を指差して
「黒幕を見つけたわ」
「「「あー、やっぱり」」」
「あっはっは」
「あっはっは。って……なにしたの冬夜くん」
予想通りというか、期待を裏切らないというか。思ってた通りの結果で三人共気の抜けた顔をする。ニ科生メンバーがなにを言っているのか、いい加減説明してほしいほのかは聞いてみる。どうせロクなことをしてないんだろうな、と分かってはいるが。
「なに、大したことじゃないさ。前にここのホテルのスタッフが少し足りないと聞いたから、『オレの友人』ってことで人事に口添えをして、みんなの家のポストに求人表を入れておいただけだよ」
「なぁにが『入れておいただけだよ』よ。私とミキには親の方にまで電話して逃さないようにしてた癖に」
「エリカと幹比古は、チラシだけ読んでバイトの面接に来ない可能性があったからなぁ。念を押しておいた。で、エリカが受けざるを得なくなれば美月も巻き込まれ、ついでにレオも幹比古が受けるおまけとして面接に来ると予想してたんだ。やー、上手く行ったようでなによりなにより」
「ねぇレオ。僕初めて友達のこと殴りたいって思ったよ」
「おし、オレが後ろから固定するから思いっきりやってやれ幹比古」
阿呆のように陽気に笑う冬夜に、胡散臭い目をしているエリカと鉄拳制裁を加えようと手をワキワキさせる幹比古とレオ。ネタばらしを聞いてみて『やっぱりロクなことではなかった』と雫とほのかはため息をついた。
「ごめんねみんな。冬夜のせいで」
「あ、平気ですよ雫さん。私達全然気にしてませんから。それに、このバイトのおかげでホテルとか考えないで済んだので、助かりました」
「美月の言う通りだぞー。試合会場に近く、宿泊施設にも困らず、さらには金ももらえるバイトなんてそうないぞー?」
「冬夜くんは黙ってて」
便乗する冬夜をなにか言いたげな目で黙らせるほのか。冬夜は素知らぬ顔でそっぽ向いている。だが、その代わり冬夜は指を三本立ててほのかの前に右手を突き出す。
「ちなみに、日給は3万円だ」
「なんて良いバイトなの……!?」
「ほのか、気を確かに」
高時給バイトにほのかがくらっと来ているのを、雫が呼び戻す。ちなみに仕事内容は食器洗いや荷物運びなどの裏方であり、賄い付きで宿泊費用は無料である。
「みんなも今夜の懇親会に来るの?」
「はい。といっても裏方でオートメーションの操作ですから、直接懇親会には関わらないんですけど」
「そっか。西条君たちは力仕事?」
「おう。ってもこっちも機械操作が主な仕事だろうけどな」
「気をつけてね。こういうところの食器ってたぶん高いから。割ったら……面白いことになる、かも?」
「だってよ。気をつけよーぜ幹比古」
「うーん。学生相手にそんな高級品使うかなぁ」
「いやいや。オレには見えるぜ幹比古。この後美月がうっかり皿を割ってしまう未来が……」
「えええ!?そんな不吉な事言わないでくださいよ!」
「なるほど、それでお皿の代金を体を支払うことになって──」
「あぁ。で、最後のパーティーでメイド服着て給仕することになるんだ」
払えなければ体で支払え!とはよくある展開だが、メイド服で給仕とは。全くもって健全な肉体労働である。違法性は何もない。その場にいた男子陣+雫はメイド服の美月を想像してみる。さぁ目を閉じて想像してみよう。イメージするのは、最高のうっかりメイドさんだ。
……数秒が経ち、そういう展開になった結論を四人が出した後、雫と冬夜は揃って美月のほうに顔を向けて
「「……期待してるからな(ね)?」」
「しないでください!!」
顔を真っ赤にした美月が心から否定する。ちなみに幹比古とレオはエリカに睨まれて必死に視線をそらしていた。
「このバカップルは何を言ってるんだか……」と正気に戻ったほのかが思い、事態を収拾させるべく会話の輪に入ろうとする。すると、ここで後ろから聞き慣れない声が聞こえてきた。
「あ、黒崎さんだ!」
「うん?」
突然ビジネスネームを呼ばれ、振り返る冬夜。声の高低から考えるに発言者は女性。しかし冬夜はエリカ以外でアルバイトの斡旋をした覚えがなく、当然声の主を呼んだ覚えはない。しかし、彼女はここに来ている。
「………え、あれ!?ミアちゃん!?」
「はい、城崎雅です!お久しぶりです黒崎さん!」
「うん、本当に久しぶりだねミアちゃん。交流会以来だ」
冬夜たちに声を掛けてきたのは、以前エルファンド校との交流会で知り合った小学五年生の女の子、城崎雅。
小学生ながら実に個性的な趣味と数々の大道芸をマスターしている、未来の大道芸人である。
「ミア、ミア……あ、あの子か!ピアノ弾いてた」
「あぁ。あの時の」
ミア、という名前にエリカたちもこの少女のことを思い出した。しかし忘れてしまっても仕方がない。なにせ彼女たちが知り合った後、すぐに連続殺人犯の襲撃に遭い、そのまま交流会が終わったため、ミアとはあまり接点がなかった。殺人犯の一件でミアのことが頭からすっぽ抜けていても当然だろう。
それに、雅に対する印象が違っていたのも原因の一つだ。出会ったのが学校内だったので、彼らの記憶にある彼女は制服姿でしかないが、今の彼女はブラックのスウェットにデニムパンツ、という私服姿だ。シンプルな服装だが、さらにグレー系の帽子と合わせて『ちょっと背伸びした女の子』という印象を受ける。
小さくっても女って化けるんだなぁ、と幹比古は変なところで感心していた。
「それにしてもミアちゃん。こんなところでどうしたの?試合は明後日からだし、ここに泊まりに来たわけじゃないよね?ここ、基本的に一般人の利用が出来ないホテルなんだけど」
「えっと、それはね」
「それは、ミアがオレのバイトのついでに来たからですよ」
「城崎さん!」
「よ。久しぶり」
冬夜が屈んでミアと同じ目線で話すと、近くから怖い顔のお兄さん(誤字にあらず)がやってきた。八重歯の似合う美少女、雅ちゃんとは1ミクロンたりとも似ていない強面系少年の名は城崎修。
雅の義理の兄であり、交流会においては一高生に青色名詠式を指導し、さらには連続殺人犯の打倒に協力した青の大特異点である。
「あれから大体一月ぐらいですかね?ニュースで十師族になったって聞いたから、多分会えるだろうとは思っていましたけど……まさか本当に会えるとは思っていませんでした」
「オレも驚きました。お久しぶりです城崎さん。城崎さんも、ここでアルバイトを?」
首を縦に振り、冬夜の疑問に肯定で返す修。その返答にますます冬夜は驚いた。
何度も言うが、このホテルは軍の施設だ。例え短期のアルバイトであっても、高校生が簡単に雇ってもらえる場所ではない。いくら顔がその筋の人であっても、修は高校生なのだ。
それにこのホテルのバイト募集には年齢制限がある。元が接待用に作られた場所だから、アルコールがあるパーティーでも使えるよう、従業員は皆二十歳を超えているようになっている。今回はアルコールのないパーティーだから、冬夜も未成年のエリカたちを捩じ込めたが、だからといって年齢制限が緩和されるわけではない。
真っ当な方法では採用されるはずがないのだが、どうやって修は採用されたのだろうか。
「ここのホテルの料理長がおばさんと知り合いでさ。ここのホテルに宿泊させてもらう代わりに、九校戦開催中は厨房で手伝いをすることになったんだ」
と、冬夜が疑問を口にする前に修が答えを言った。なるほど、彼が働いている定食屋『きのした』の料理長、木下若葉からの推薦というわけか。世間というものは広いようで意外と狭い。
「へぇ。じゃあ厨房ってことは私達と同じ皿洗いかな?」
「あぁ多分な。オレは人前に出られる顔じゃないし、いくらおばさんの頼みとはいえ、ここで包丁を握らせてもらえるわけないから、大方皿洗いか力仕事だと思う」
忘れたくても忘れられないぐらい特徴的な顔をしている修にものことは、全員すぐに思い出せたようでエリカが修に話題を振る。修もエリカの話に頷いて、レオと幹比古に硬い握手を交わしていた。
「………あれ。でもお兄ちゃん、行く時におばさん『厨房からなんかレシピ盗んできぃ。帰ってきたらテストや』って言ってたよね?」
「ハッハッハ。なにを言ってるんだミア。そんなのおばさんの冗談に決まっているだろう。第一、厨房に立たないのにどうやってレシピを盗むんだ?」
ミアの純粋な眼差しが兄に向けられる。どうやらここへ来る前に会話があったらしいが、冬夜たちは黙って聞いている。
「そんなの、
「見て盗めって、んなこと出来ると思うか、ミア?」
「『出来る出来ないやない。
どうやら菜摘の指導方法は今時珍しいスパルタ理論らしい。半端ねえ。
「アッハッハ。ミアは
「………お兄ちゃん、私はともかく、あの若葉おばさんが──料理に関して冗談言うと思う?」
「言うだろ。言うに決まっている。言うに違いない、言わないなんて嘘だ、嘘に決まってる!」
「お兄ちゃん、自信ないからって逃げちゃダメだよ」
妹の容赦ない言葉に修はどんどん顔を青くさせて、最後は目が泳ぎっぱなしになってしまう。冬夜たちは会話の内容に全く付いていけてないが、修がヤバイことだけは理解出来た。
「ヤバイ……マジヤバイ。九校戦終わったら地獄が待っている。どうしよう……」
「あー、その、こんな時に言うのもなんだけど……城崎くん」
「なんだ?(ギロッ)」
「………そろそろ部屋へ荷物を置きに行かないと、バイトの集合時間に間に合わなくなるよ?」
「う。それもそうだな」
無意識のうちにまた人の顔を睨みつけてしまった修。幹比古はその顔面にビビったことをなんとか隠しながら移動することを提案する。冬夜たちも壁にかけられた時計で時間を確認すると、エリカたちと話し始めてから実に五分以上経過していた。自分たちも早く部屋に荷物を置かなければいけない。
「気の抜けない、バイトになっちゃったなぁ……」
「まぁなんだ。味見には付き合うからよ。頑張れ」
「ありがとう西城。恩に着る……」
すっかり先の事を想像して背中が丸まってしまった修。そんな彼ととエリカ・ミアたちをそのまま見送った冬夜たち。『きのした』で絶品料理を作ってくれる彼のことだ。きっとなんとかなるだろう。それに、今の自分たちは、レオたちの事よりも試合のことを気にすべきだ。
「オレたちも行くか」
「うん」
そのためにもまずは部屋に行かなくては。
冬夜たちも荷物を持ってそれぞれの部屋に向かい始めた。
◆◆◆◆◆
そもそも、なぜ大会の前々日に一高を含めた魔法科高校生たちが集められるのか。
それは理由は単純にして明快。先ほども言ったとおり、夕方から懇親会が開かれるからだ。
高校生のパーティーなのでアルコールはなし。これから勝敗を競う相手と一堂に会する立食パーティーはプレ開会式の面が強く、例年華やかさよりも緊張感のほうが目に付く。選手たちも他高と交流するというよりかは、同じ学校の仲間たちで集まって敵の出方を伺っているように見える。
……しかしそれ以上に。
達也を含め、すべての魔法科高校生は別の要因で緊張していた。
「なんだか凄いことになってますね……」
「ああ」
月並みな深雪の感想に達也も同意する。深雪と違って達也は九校戦についてそれほど詳しいことを知っているわけではない。だから、本来の九校戦の懇親会がどのようなものなのか想像もつかない。しかし、これでも彼は深雪のガーディアンだ。本家で疎まれているといっても、警護役として四葉本家などが開催するこうした場に幾度か足を踏み入れたことがある。
少なくとも、普通の少年少女たちよりこうした場に慣れているはずの達也や深雪でさえ、驚くような状況に懇親会はなっていた。
「正直私も驚きよ。去年まではこんなに人はいなかったもの」
そう言って兄妹の会話に入ってきたのは真由美だった。九校戦経験者にして七草。深雪たちと似たような経験を持つ彼女でさえ、この事態には驚きを隠せなかった。もっと言えば、去年、一昨年と一度でも九校戦に参加したことのある生徒たち全員が驚いていた。
「来賓の数……ちょっと多すぎやしないか?」
「それだけ、今年の九校戦は注目されているということだろう」
三巨頭の二角、摩利と克人もこの事態に動揺を隠せないでいた。色鮮やかな各魔法科高校の制服、例年であれば来賓客よりもその制服を着ている人数のほうが多いはずなのに、今年にいたっては同じぐらいの数がいる。しかも、日本人ばかりではない。黒人や白人、アラブ系と非常に国際色豊かな人たちが勢ぞろいしている。服装だってスーツだけじゃない。中には教会のシスターらしき人もいる。その上、来賓の中には文民だけではなく魔法師らしき人もいるのだから驚きだ。このような光景は、国際的に重要な会議とかが開催された時に流れるニュースの中でしか見たことがない。『高校生の』しかも『魔法師』のパーティーで、こんな博覧会みたいな状況になるのは、おそらく今日ココが初めてだろう。
特に外国人の魔法師の姿を見た時は「魔法師の渡航が政府によって非公式かつ実質的に禁止されている中、よくもまぁ集まったもんだ」と達也は感心していた。
さらに言うならば
『お久しぶりですミスターヨツバ。また会えて嬉しいです』
『私もです、シスター・クローネ。お元気そうでなによりです』
それだけの人々を集めた
「なんかこういうの見ていると、冬夜くんがすごい人に見えるよね」
「普段は残念だけど、事実すごい魔法師だよ冬夜は。私達とは格が違うの」
「ふふふ。雫の自慢の恋人ですものね。冬夜くんは」
「うん」
深雪の側で雫が自慢げに話す。どうやら深雪のからかいにも気付かない程に彼女は興奮しているらしい。最初は眉を顰めていた雫だったが、今は熱い眼差しを冬夜に注いでいる。第三次世界大戦が終結して約半世紀、世界広しと言えど、世界各国から魔法師も含めてこれだけの人数を集められるのは冬夜だけだろう。そう考えれば、雫の気持ちにも納得がいく。
──そんな事を思いながら、達也は会話の傍ら周囲に睨みを効かせて牽制していた。
(深雪に気付いても声を掛けてくる様子はなし。流石、ここに来ているだけあって場を弁えている人が多いな)
深雪のことを守るように周囲に目を光らせている達也。彼はガーディアンとして、自らに課せられた使命を忠実に果たしているだけなのだが、端から見れば妹を不埒な男(?)から守っている度が過ぎたシスコンにしか見えない。
だが、今回ばかりは彼の役割にも一定の言い訳がたつ。再三繰り返したが、彼の妹の深雪は十人いれば十人が同じように答える絶世の美少女だ。その隠しきれない美貌は当然のことながら来賓客の目にも止まる。しかし、彼らは各校の制服を着た選手たちと違ってれっきとした成人。しかも全員が立場のある大人だ。深雪に声を掛けようにも、心理的なストッパーが掛かってくる。
こうしたパーティーの場にも出席したことのある人が大半だろう。おかげで深雪に気が付いても空気を読まず声を掛けてくることもなければ、無粋な視線を向けてくることもなかった。
(とは言え警戒は解けない。今この場にいる魔法師たちは、どれも名前が通っている超一流の猛者ばかりなんだ)
ともすれば、自分が敗北する可能性のある相手だ、と達也は気を緩めないように己を律する。冬夜目的でここへやってきたであろう来賓客の中にちらほら見える魔法師の姿は、戦略級魔法師として軍と繋がりを持つ達也が知る中でトップクラスにヤバイ魔法師の顔がちらほら見えている。特にローマからやって来た神父服の魔法師とドイツからやって来た帽子を目深に被っている魔法師。彼らはヤバイ。達也をもって『化け物』と呼ぶ魔法師たちだ。彼らとの戦闘だけは可能な限り避けなければならない。魔法師以外でも、特に戦いたくない相手が一人いる。大亜連合から来日した赤銅色の偉丈夫──
(クラウス・ユン・ジルシュヴェッサー。あの人が冬夜と二分する対名詠生物最強の抑止力にして、大亜連合にある
こうして生で見るのは達也も始めてだ。聞いていた年齢よりも若く見える。しかし意外なことに克人と同じように筋肉質な体だが鈍重な感じがまるでない。自己の鍛錬を繰り返し極限まで体を研ぎ澄ませた結果がアレなのだろう。その立ち姿は刀のようであり、鋭い相貌とあわせて鷹のようだと達也は思った。
「…………」
ふと、クラウスのことを見つめていたら目が合った。赤銅色の詠使いも達也のことを凝視する。一瞥で「単なる高校生じゃないな」と見抜きながら。
視線を合わせられた達也は蛇に睨まれたカエルのような、自身に襲ってくる心理的なプレッシャーに負けないよう己を宥める。警護役としての経験が無意識のうちに筋肉を動かしたのか、いつでも戦闘状態に移行できるよう身構えていた。右手が不自然にならない範囲で体の前に出て、左手は汗でじっとり滲んでいる。一秒が一分に感じられる、そんな緊迫した数秒が続いて
「……………」
何事もなくクラウスは視線を外して別のほうを見始めた。クラウスにとっては何気ない数秒だったが、達也にとっては息の詰まる数秒間だった。
───自分は、まだまだ弱い。
このわずかな一時で達也はそれを実感する。九重八雲や
せめて、井の中の蛙にはならないようにしよう。
達也はこのとき、そう思った。
活動報告にあるように、これからの投稿は不定期になります。なるべく早く投稿できるように頑張りますので、皆様長い目でお付き合いください。
では、次回もお楽しみに!