さぁタイトルからなんとなく内容がネタバレしてるような気もしなくないですが、そんなことは気にせず本編へGO!
四条が自らの固有魔法で時間を停止させる少し前ーー
達也たち一高チームは、音楽室の床に全員正座していた。
「……………一高にはロリコンが多いんですかね?」
『いえいえ。そんなことはありません』
最愛の妹の緊急連絡を受けて風のように風見鶏の音楽室に駆けつけた修は、持ち前のヤクザ顔を活かして般若の面を作っていたーーというよりなっていた。口調は疑問形、柔らかなものだが彼の顔面が心情を包み隠さず暴露している。グラサンでもかければ『その筋の人間』に見えなくもない彼の顔は、初対面ならなおのこと、いつ見ても迫力がある。何もしてないのにラスボス感あふれるBGMが聞こえてきそうな彼を前にして、一高生たちは気が付いていたら正座していた。
((((こ、怖い……!))))
(((おっかねぇ……!)))
『クレヨン○んちゃん』に出てくる組長先生みたいな顔のせいなのか、この中で気の弱い方である美月とほのかが修が声を発しただけで若干泣きかけた。ほかの面々も『逆らったらいかん。殺される……』と生存本能的な部分がアラートを鳴らしているため、冷や汗が止まらない。失礼な言い方だが、それほどまでに修の顔は、一高生たちにインパクトを与えていた。視界に映る一高生たちの恐怖心を隠し切れない表情を見て修もまた悲しくなる。流石に実際の戦場を経験したことのある達也や四葉家の荒事に幾回か出されたことのある深雪は顔面そのものに恐怖を感じてなかったが、覗いていたと言う罪悪感からか、二人とも気まずい顔をしていた。
大事なことなのでもう一度明記しておくが、この時点で修はしゃべるだけで何もしていない。
「はぁ~。まったく、ミアの身に何があったと思ってきてみれば……みなさんなにやってるんですか。思わず変態が不法侵入したのかと思いましたよ」
「申し訳ありません城崎さん。見学でこの建物に入ってすぐ、妹さんの演奏に聞き入ってしまいまして」
「決して、邪な理由で見ていたわけじゃないんです。ただ、声をかけようにも演奏を邪魔してはいけないと考えてかけられなかったんです」
「ごめんねお兄ちゃん……私がパニックになって変な事言ったから……」
「いや、良いんだミア。お前は悪くない。この間の事もあるんだから勘違いしても無理はない。お前が無事で良かったよ」
青ざめた顔で兄に謝るミア。そんな彼女の頭を修は撫でる。実際の話、彼女にはなんの落ち度もない。このトラブルで悪い方はどちらかと問われれば、間違いなく音楽室の扉から覗き見ていた一高生側が悪い。
「まったく、ミキが変な目で見るから勘違いされちゃったじゃない」
「ちょっ、僕のせいじゃないだろ!?」
「まったくだ。とんだ言いがかりをつけられたぜ」
「零野くんまで!?」
「ミキってば変態だったのねー」「僕はそんなんじゃない!」とからかわれる幹比古。場を和ますようにわざとエリカがけしかけた弄りだったが、根が真面目な幹比古は真に受けてしまう。完全に修の顔に怖がっていたほのかも、雫が宥めたおかげで落ち着きを取り戻す。
互いに誤解が解けたところで話を切り出したのは、一高側と修の両方に知られている深雪だった。
「えっと、ご紹介しますお兄様。この方は今回の交流会で青色名詠の指導をなさっていたエルファンド校生徒会の城崎修さんです」
「どうも。エルファンド校生徒会の城崎修だ。さっきは勘違いして悪かったよ」
「いや、元はいえば勘違いしてしまうことをしていたオレたちが悪い。すまなかった。
オレは司波達也。ここにいる深雪の兄だ。青色名詠の会場では妹が世話になったよ。ありがとう」
ガシッ、と達也が差し出した手を握る修。同じ妹を溺愛している兄同士、仲良くなれるかもしれない。
「不思議だ。どうしてかお前とは気が合いそうな気がする。………同じ妹を持つ兄だから、なのかもな」
「奇遇だな。オレもだ。美少女な妹に比べ大分顔の出来が悪い兄貴同士だから、かもしれないな」
「ははっ。結構言うなぁ。初対面ではっきりそう言われたのは初めてだぜ」
……仲良くなるどころか一瞬にして打ち解けた二人。シスコン同士のシンパシーなのだろうか。
「ミア。いつまでもオレの背中で隠れてないで出てきてちゃんと挨拶しろ。失礼だろう?」
「………き、城崎雅です。さ、さっきは本当にごめんなさい!!」
修に促される形で、ミアも一高生たちに挨拶をした。しかし先ほど『変態』と言ってしまった負い目だろうか、起こられると思ってわずかに体が震えている。
「謝らなくて良いんですよ雅ちゃん。みんな怒ってませんから」
「そうそう。そこにいる泣きボクロがある冴えない顔のお兄ちゃんと、むさ苦しい顔のお兄ちゃんはともかく、私たちは最初から何も思ってないから、安心して?」
「オイエリカ。その誤解を招くような言い方はなんだ。オレたちも何も思ってねぇよ」
「そうだよエリカ!誤解を産む言い方はよしてくれ!」
「あーら。冴えない顔とむさ苦しい顔っていうのは認めるのね」
「「余計なお世話だ!」」
「二人とも落ち着け。雅ちゃんが怯えている」
「「うっ……」」
ミアのそばで幹比古とレオに勝ち誇った笑みを浮かべているエリカに悔しそうな顔を浮かべることしか出来ない残念顔ボーイズ。いつもどおりのやりとりを呆れ声で沈静させた朋也は、ミアの目の前まで歩いてきて、目線を合わせるように屈んだ。
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
「さっきは悪かったな怖がらせちゃって。オレは零野朋也。そっちにいるピンクツインテールの零野まやかの兄だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
「うんうん。ちゃんと返事ができて偉いぞ。そのご褒美といってはなんだが、これをやろう」
「………アメ玉?」
「そのアメ玉を舐めると心が落ち着くんだ。今度舐めてみるといい」
愛用しているミルク味のアメを一つ、ミアに上げて微笑む朋也。朋也の顔を見て『怖くない』と感じたのか、ミアの強張っていた表情が、少しだけ柔らかなものに戻った。
「さすが兄様。子供の扱いはお手の物ですね」
「ま、将来治癒魔法師を目指すに当たって、子供に怖がられるのは致命的だしな。ところでまやか。これをやろう」
「な、なんですか兄様!?そんなやぶからぼうにーーはっ!?まさか結婚指輪ですか!」
「どこをどう解釈したら指輪が出てくるんだよ……。ほい、これ」
「ええ……違うんですかぁ。がっかりです………。ところで兄様、渡されたこのアメ玉はいったいなんですか?」
「小さい子供をあやすには、アメみたいなおやつを与えるのが効果的だ、という話を以前聞いてな」
「扱いがひどいです!?」
兄の辛辣な対応にまやかはショックを受ける。しかし朋也はそんな妹の変化など気にも留めず、一人エリカにいじられ続けているレオのフォローに回ろうと背を向ける(幹比古は美月によって慰められていた)。意識不明の重体に陥った期間を除いても、昔から妹の過激な愛情表現を受けてきた彼にとって妹の扱いなど、近くにいる妹バカ二人と違って適当だ。ぶぅぶぅ文句を言ってくるのは目に見えているので、今さら相手にしない。
しかし、当の本人はそれが不満だったらしい。特徴的なそのツインテールを角のように立て、朋也の前に回り込んだ。
「むぅむぅ!前々から思っていましたが、兄様は私に対して優しくありません!」
「はぁ?何言ってんだお前」
「達也さんみたくもっと優しくしてくれたって良いじゃないですか!頭ナデナデしたり、ポンポンしたり!もっと深雪さんみたいな対応をしてほしいです!というかむしろ私的には、今向こうで達也さんたちの会話の中に入って来て欲しいくらいです!!」
「ってもなぁ……」
まやかにそう言われ、朋也は達也たちのほうを見る。どういうわけか、まだ出会って数分とたっていないにも関わらず意気投合した二人は、妹に関する話でもしているのか、かなり盛り上がっていた。
『妹が可愛いと本当に苦労する。そう思わないか司波』
『分かるぞ城崎。深雪と一緒にショッピングに出かけて少し目を離すと、必ず調子に乗って声を掛けてくる奴らがいるからな。騒ぎにならないよう穏便かつ早急に撃退しないといけないから本当に苦労する』
『あぁいるなぁ確かに。相手の女の子の気持ちなんて無視して声をかけ続ける身の程知らずな連中が。司波さんは美人だから、そういう連中を否応なしに引き寄せちまうんだな』
『えぇ、そういう人たちには苦労してます。ですけど、私にはお兄様がいらっしゃいますから、安心なんです』
『なるほどな。オレはまぁ、ミアが小学生だからそんな目にあったことはないが……似たようなことで留置所に置かれたことはあるな』
『おいおい物騒だな。何があったんだ?』
『いやなに。オレとミアがお手伝いしている知り合いの料理店の常連さんが、ミアのことを気に入ったのか付け狙うようになってさ。ミアを連れ去ろうと実力行使に出たところで返り討ちにしてやった。思いっきり顔を蹴り飛ばしたらコンクリの壁にめり込んで驚いたけどな』
『ほう。それは大変だったな。………だが少しやり過ぎなんじゃないか?』
『妹もとい家族の平穏を乱す奴らに、手加減なんて必要あると思うか?』
『いらんな。うん、まったくもって必要ない』
『お兄様……』
行き過ぎた妹愛が過激行動に拍車をかけていた。修の話を全面的に肯定する達也を見て、朋夜は「あの中には入りたくないなぁ……。つうか無理」と脳内で結論付けていた。
「悪いが、オレはお前をそこまで可愛くは思えない……」
「そ、そんな!?酷いです兄様!私の事、可愛くないのですか!?」
「いや可愛いよ?兄としてお前の事は可愛い妹だと思っているし、いざとなればお前を守るよオレは」
「む、むぅ……。可愛いと言ってくれました。中々の威力ですね。けど、この程度ではまやかは納得しませんよ?」
「まぁもしもお前が司波ぐらい可愛いくなったら、あの輪に入ってやるよ。ま、一生無理だろうけどな(笑)」
「ムキャー!その笑顔腹立つぅぅぅ!」
「ちょっ、まやかっ!?そんな猫みたいにいきなり襲いかかるなって!」
「ニャァァァァッッ!!」
朋也の暴言に堪忍袋の緒が切れたまやかが朋也に襲いかかる。そんな光景を尻目に、ほのかは雅の頭を撫でていた。
「………………はふぅ」
「よしよし♪色々言い合ってるけど怖くないからね?安心して」
「うん」
ほのかの太陽のような優しい笑顔と手付きに、ガチガチに緊張していた雅も自然と気を許していた。周囲を笑顔にすることで昔から定評のある彼女は、エリカとは違った意味で人気のある明るい美少女だ。自分の仏頂面ではこうは行かないと理解している雫は「さすがほのか」と感心していた。
「早いねほのか。もう手懐けちゃってるし」
「えへへ……。昔から子供に人気があったからね。こういうのは得意だよ」
「…………」
「照れてる雅ちゃん可愛い~」
近くのイスに座り、膝の上に雅を乗せながら話すほのか。内弁慶で人見知りの激しい雅も、借りてきた猫のように大人しい。完全にほのかにされるがままになっていた。
「お姉ちゃんたち、一高の人たちなんですよね。黒崎先生のお知り合いなんですか?」
「ん?雅ちゃん、冬夜くんのこと知ってるの?」
「えと……昨日、『きのした』に来てお小遣いをもらったから……」
「『きのした』?」
「あ、私とお兄ちゃんがお手伝いしている知り合いのお店です。お兄ちゃんが昨日連れてきて、こんな風に頭を撫でてもらったから」
ほのかに撫でられて昨日のことを思い出したのか、そんなことを聞いてみる雅。彼女としては何気ない、仲良くなるために振った単なる話題の筈だったのだがーー
「………頭、撫でられたの?」
「は、はい……」
「ふーん……」
少し、話題を振る相手が悪かった。昨晩ようやく冬夜と気持ちを通じ合わせた雫は、少しだけ不機嫌な気持ちになり雅に確認を取る。だが、彼女の表情がさほど変化しなくとも、雰囲気から『機嫌を損ねた』ということを察知した雅は、また怯えてしまう。
「あう……私、なにか変なこと言いましたか?」
「ううん、気にしなくて良いんだよ雅ちゃん」
「そうそう、気にしなくても大丈夫」
怯えた表情の雅を宥める様に、ほのかとエイミィは声をかける。二人とも笑顔で雅の頭と頬を撫でながら同じ言葉をかけた。
「「あのお姉ちゃんは、単に妬いてるだけだから」」
「妬いてなんかないもん」
そう言った瞬間、雫の切れ味のいいツッコミがすぐさま飛んできて、三人は顔を見合わせ、笑ったーー。
◆◆◆◆◆
現代魔法において、『実現不可能』とされている魔法はいくつか存在する。人間が自由に空中に浮遊する【飛行魔法】、距離や障害物に関わらず物質を転移させる【物質転移】、確実に起こる未来を知覚する【未来予知】……といった魔法だ。その他、技術的な面から実現とされる魔法は存在する。
では、その中でも【時を止める】というのはどのような効果を発する魔法なのだろうか。
この問いを解決させるには、まず停止させる対象となる『時間』について知らねばならない。とはいえ、『時間とはなんぞや?』について大まじめに議論しても埒があかないだろう。過去、何十人という知識人が繰り返してきた問答をここでしては、ページがいくつあっても足りなくなってしまう。
だが、こうした面倒くさい議論をすっ飛ばしたとしても、『時間』の性質とも言うべきものを知ることは出来る。我々が常日頃使っている『時間』にはこのような性質がある。
【時間とは不可逆的に動くモノであり、常に動き続けているモノである】
【時間とは、何かしらの『変化』を認識する上で必要不可欠な概念である】
最初に挙げた点に関しては、おそらく概ねの人間が賛成し、納得してくれるだろう。ではその次に挙げた点についてはどうだろうか?こちらもこのような説明を載せれば大半の人は納得してくれるだろう。
例えば、公園でランニングをしている人がいるとする。考えやすいよう、その人が一定の速度で走っていたとすると、観測し始めた時と一秒後の位置はきっと違うだろう。このように、『時間が過ぎる』ことはすなわち『なにかしらの変化が起こる』ことなのである。……念のため『ランニングマシンを使えば変わらなくね?』という捻くれた回答をする人のために、『観測し始めた時と一秒後のランニングマシンのコンベアの位置は変化している』と書いて次に進むとする。
このように、時間というのは簡単に考えて【変化】に密接な関係を持つ概念であると言える。もしも仮に、それこそ『ジョジ○の奇○な冒険』に出てくるスタンド『
考えてみると良い。例えば音で幻覚を見せる魔法師がいたとして、その魔法師が耳栓などの予防策を構築していなかったとしても自分の発した魔法で幻覚にかかるだろうか?ーー普通はかからない。それで幻覚にかかるのだとしたら、それは単なる阿呆だ。
と、このように『自分の発動した魔法に自分だけは例外的な扱いを受ける』ことはそう珍しい考えでもない。例えそれが、【一定領域の時間を停止する魔法】というとんでもない魔法だとしても。
さて、ここまで【時間停止】について延々と述べたわけだが、ここでもう一つ述べておかなければならない事がある。先ほども言ったとおり、【時間停止】とは『物体のあらゆる変化を起こさせなくする魔法』であるとする。では、もしもこれが
エイドスの変化を行えない、すなわち
ーーそれは、単なる無力な『人間』に過ぎない。
◆◆◆◆◆
「………さて、そろそろ帰るか」
「あぁ。随分と話し込んでしまった」
修と意気投合して後、早速妹談義に花を咲かせていた達也は満足そうな顔をして話を切り上げた。激情がない彼だが、なぜだろう、どういうわけか充足感か満足感が心を満たしてすごく晴れやかな気分になっていた。
(まさかここまで話の合う奴がいるとはな……)
彼としても驚きが隠せない。五歳の頃に母親の手によって『妹のために生きる』ことを決められた彼は、自他共に認める重度のシスコンだ。彼は自分のそんな部分を恥ずかしいと思ったことはないし、ましてや自分と同レベルのシスコンがいるなどとは思ってもみなかった。当然、自分のように修が妹に対して特別な役割を担っているわけではない。だが、ある種の父性本能すら抱く修の過保護ーーもとい溺愛っぷりには感服した。
(今度深雪を連れてアルバイト先の定食屋に行ってみよう)
話を通じて互いの理解を深めあった彼にしては珍しく、本当に珍しくそんなことを考えていた。気の合う友人が出来るというのは嬉しいものではあるのだが、基本外出時以外は深雪の食事が最高だと思っている彼が、そんなことを自発的に考えるというのは天変地異が起こってもおかしくはないレベルである。
「第一兄様はもっと私に目を向けるべきであってでしてね!たった二人の家族なんですからもっと私に興味を持って下さい!」
「持っちゃダメだろ兄妹なんだから……」
近くにいる別の兄妹コンビは、自分の言い分を理解してくれなくて躍起になっている妹を兄がため息をつきながら流していた。その表情は『もう良い加減にしてくれ』というのがありありと出ていたが、妹はそれでも抗議を続ける。彼女なりに譲れないものがあるのだろう。
その隣ではエリカとレオが睨み合ってて、それを美月と幹比古が不安げな顔で見ているのだが……いつも通りの展開なので割愛する。
「……え?じゃあ黒崎先生って小学生の頃根暗だったんですか?」
「そうそう。根暗っていうか、いっつもなんか陰があってね。雅ちゃんとは大違いだったんだよ」
「へぇ~。なんか意外。昔からあんな感じなんだと思ってた」
「……昔の冬夜はあまり笑わなかったから。口数も少なかったし。でも優しいところは変わってないよ」
「「はいはい。惚気乙」」
「二人とも、あしらい適当すぎ」
一方、すっかりほのか達と打ち解けた雅は冬夜の昔話で盛り上がっていた。ノロケる気が全くないにも関わらず、適当な対応をされる雫は内心不満を溜めていたが、文句を言うだけで留めていた。
(交流会終わったら、思いっきりノロケてやろう)
心のなかでそう決めていたので、我慢することにしたのだ。
「ミアー、そろそろ帰るぞ」
「あ、分かった」
音楽室の机に置いた鞄を手に持って、修は雅に声を掛ける。兄の声にほのかの膝を飛び降りた雅は、ピアノのそばに置いておいた鞄を取りに行く。一高生たちも、もうこれ以上どこかを見て回る気はなかったので、これで帰ることに決めた。
「くそ……納得いかねぇぜ」
「諦めろレオ。男が女に口で勝てる道理はない」
「大丈夫だよレオ。雅ちゃんも分かってくれているだろうから」
結局勝てなかったレオが悔しそうにぼやくのを達也と幹比古が慰める。いつか絶対エリカに口で勝ってみせると、この時彼は心に誓うのだが、勝てる見込みがまったくない。やっぱり項垂れるしか出来ないのか、とレオは少し落ち込んだ。
「むっふー。なんかやりきった感があるね!」
「エリカちゃん。西城くんをいじり倒すのもほどほどにね?」
「はーい」
対照的にエリカは満足気な表情を浮かべていた。先程まで美月がたしなめるがエリカは軽い返事。ニシシ……とでも言いたげな小悪魔な笑みに、美月は不安になるばかり。
どうにかならないものだろうか。とも考えるが、そんな彼女の思考は深みに嵌まる前に前を歩いていたレオの背中に激突することで、中断させられた。
「おっと、大丈夫かよ柴田」
「あ……すみません。ありがとうございます」
「ちょっとレオ?デカイ図体してるくせにいきなり止まらないでよ。危ないわね」
「止まりたくて止まった訳じゃねぇーよ。扉が……」
そこまで言って、美月とエリカはレオに釣られるように視線を音楽室の扉の方に向けた。ついさっき、自分たちが入ってきたばかりの、どこにでもある何気ない扉。
それが今……
「くそっ!入ってきたときは開いたのになんで今開かねぇんだよ!?」
雅を連れ、一番先頭を歩いていた修が焦りを滲ませながら引き戸を引こうと試みる。だが、どういうわけか扉は微動だにせず、沈黙を守るのみ。右側も左側もまったく動かない。異変を察知した一高男子陣が修に手を貸したが、それでも扉は動かなかった。
「えっ?なんで扉開かないの?ついさっき開けたばかりだよね?」
「………なにかしらの、細工でもされてる……?」
「いや、『視』た感じそういうのではなさそうだ。なにかしら魔法が掛けられている訳でもなさそうだが……」
「外にいる誰かに開けてもらうか?」
「仕方ねぇ。椎に頼むか……」
一足早く学校近くの家に帰った椎に向けて電話を掛ける修。家の手伝いをしていれば出てこない可能性はあるが、実家が近いためすぐ駆けつけてくれるだろう。
………しかし。
「繋がらない……?」
ヴィッジホンから鳴るコール音に意識を向けながら修は怪訝そうな顔をする。あのウザいくらいに自分への愛を向けてくるあの幼馴染みが、まったく電話に出ない。やはり家の手伝いか、と思って他の友人ーー果ては実家にもーー掛けてみたが、一向に繋がる気配を見せない。
「どういうことだ……。なにが起こっている!?」
「お兄ちゃん……」
あまりの事態に修が声を荒げ、雅がそんな兄を不安げな目で見つめる。この事態に達也は深雪とアイコンタクトをして頷きあった。
「城崎、すまないが魔法で扉を破壊する。構わないな?」
「あ、あぁ。頼む」
修から許可を取り付けた達也は、視線で深雪にゴーサインを出す。指示を受けた深雪は端末型のCADを操作して魔法式を投影した。
選択した魔法は、単一基礎移動系魔法『ランチャー』。
普通に魔法が発動すれば、どんな魔法が掛けられていようとも、それを上回る深雪の干渉力で音楽室の引き戸は廊下に向かって飛んでいくはずーーだった。
「………!魔法が発動しない」
「えっ?深雪の魔法でも動かないの!?」
「お兄様、これは……」
「あぁ。情報強化と似たタイプの魔法だな。深雪の魔法式は確かにエイドスに投影されていた。だが、深雪を上回る干渉力で守られているせいか、改変できない。こういう場合はーー」
「直接、扉を破壊したほうが早い!」
達也の言葉に続いたエリカが叫ぶなり、手持ちの伸縮警棒を伸ばして扉に切りかかる。他の魔法師ならともかく、白兵戦に特化した千刃流剣術を修めている彼女の剣技にかかれば、容易く切り裂けるだろう。
だが。いや、『やはり』というべきか扉は破れない。『ガキン!!』という金属音を奏でエリカの伸縮警棒を弾いた。予想外の衝撃に多少よろけたエリカは後ろに飛んで体勢を整えた。
「大丈夫エリカちゃん!?」
「~~っ!なにあれ!?金属音が出るほど固くなってるの!?」
「普通じゃない」
「魔法……だよね?でも、魔法が発動されたなんて、みんな気付いた?」
「いや。この場にいる誰も全然気づかなかったと思う。……現代魔法じゃないなら古式魔法?いや、でもこの感じは……」
「なんだかよくわかんねーが、エリカでダメなら今度はオレの出番ーー」
「ストップだレオ。エリカの一撃でダメだったならお前のパンチでもアレは壊せない」
「ぐぇ」
ヤル気満々のレオが肩を振り回して殴り掛からろうとするが、その寸前で達也に襟首をつかまれカエルの鳴き声のような悲鳴を上げる。突然起こったこの変化に一高生たちも困惑する中、一人冷静に分析していた達也は考えをまとめていた。
「………どうやら、大規模な結界魔法が発動したようだな」
「結界魔法ですか?」
「あぁ。さっき気になってこのイスを動かそうとしてみて分かった。扉だけじゃない。おそらくこの学校の敷地内全域に特殊な魔法が作用していて、全くモノが動かなくなっているんだと思う。……ただ、魔法式の内容が全く分からないから、どんな魔法なのかはまで正確に分からないけどな」
「イスを動かそうとしてみてって……うわっ。なにこのイス!?床に張り付けられたように動かないんだけど!?」
「………ダメ。魔法で改変できない。多分、扉と一緒」
「なになに!?いったい何が起こってるの!?」
あまりの事態に不可思議な事態に慣れている一高生たちも不安が顔に出てくる。深雪は達也に顔を向けたが、彼は力なく首を横に振った。
(………分解も通じなかった。いや、分解しようにも構造が理解できない。いったいなんだこの魔法は……)
天井に目を向け、なんとか術式を暴こうとする達也。だが、魔法式に記載されている情報量が圧倒的過ぎてすぐには理解できそうにない。稀代の天才魔工師、トーラス・シルバーとして名を馳せた彼でも、理解に及ばないほど複雑で難解な術式。一時間、二時間と時間をもらっても、この術式を理解して解体、もとい『分解』出来るかは、彼にも分からなかった。
「
ふと、突然背後から声が聞こえた。この場にいる誰でもない、別の人間の声ーー全員の顔が一斉に後ろに向いた。
人がいた。
先ほどまでいなかったはずの人が。口角を吊り上げ、気味の悪い笑みを浮かべる白髪の男。もう夏に近いというのに漆黒のコートを羽織り、サングラスを付け視線を隠している。不気味な男、とその場にいた全員、そんな印象を受けた。
その男から感じられる、圧倒的なまでの悪意と共に。
「誰だ、お前は!?」
「四条透ーーいや、連続殺人鬼U.N.Owen、と名乗らせてもらおう」
四条は、歌でも歌うような楽しげな口調でーー息子の友人たちにそう挨拶した。
八月いっぱいは投稿がどうなるかわかりません。なるべく今のペースのまま上げられるように努力します。
それでは、誤字報告と感想のほう、お待ちしてます!!