すまん、ありゃ嘘だった。」
………そんなわけで、サイレンシリーズからもキャラが登場します。誰が出るのかは本編にて。
それでは本編をどうぞ
努力というものは必ずしも報われるものではない。
………一行目からなに夢のない一文を乗っけてんだこの 作者は。という言葉が聞こえてきそうだが、事実、努力した者が必ず報われるとは限らない。その一例をあげるならば、試験に向けて一生懸命勉強をしても、運が悪ければ試験会場に向かう途中で交通事故に巻き込まれたりする。つまるところ、個人がいくら頑張ってもそれがすべて空回りしてしまうこともあるということだ。故に、努力というものに見合う対等な結果を常に求めてはいけない。
「………恥ずかしくて死ぬところだった」
さて、上記の一文がもっとも似合う男、黒崎冬夜は早足で女子寮からエルファンド校校舎へ向かっていた。顔を赤くして呻きながら歩く少年。もはや公開処刑となった朝食を早々に食べ終え、逃げるように女子寮を飛び出した彼は昨夜の出来事を必死に忘れようと試みる。なまじ良いようにからかわれたため、恥ずかしいという気持ちと出来事のインパクトが入り交じってなかなか頭の片隅から消えてくれない。
「ううう……。思い出すな忘れろ忘れるんだオレ……」
人間の脳というのは天の邪鬼なものだ。『忘れろ忘れろ』と念じるとかえって出来事を思い出すようになっている。大変困ったものだ。おかげで冬夜は、一晩経ったというのにまだ鮮明に昨夜の出来事を思い返すことが出来た。
林檎のように真っ赤に染まった彼女の顔。
鼻腔から脳髄へ突き刺さったシャンプーの香り。
耳朶を叩いた息を堪えようとしている彼女の苦しそうな息づかい。
抱き付かれて感じ取った彼女の華奢な体。
自分の唇を通して感じた、彼女の柔らかい唇。
そしてなにより、熱い口づけと共に伝わってきた彼女の想いが、呆気にとられながらも冬夜の血潮を熱くしてーー
「……………………(ブンブン!)」
湯気が昇りそうなほど顔を赤く染め上げた彼は、そこで勢いよく頭を振って忘れようとする。これ以上思い出してはいけない。もし思い出せば今日の仕事に響く。まだキスの感触が残る唇を意識しないよう、他のことを考えながら彼は歩く。
「忘れろ、忘れるんだ黒崎冬夜。身悶えするのはまだ早い。これから仕事なんだぞ。プロとしてそんな浮わついた気持ちでいてどうする」
もう念仏のように唱えた『仕事、プロ』の言葉のおかげか、冬夜はしだいに冷静さを取り戻していく。完全に気持ちを落ち着かせることは残念ながら出来なかったが(五年越しの恋が実ったのだから仕方がないだろう)、それでも今日の仕事に差し支えはないと判断できるまで抑えることは出来た。気を引きしめて今日も頑張ろう。と自分の心に渇を入れる。
「今日のカリキュラムは決闘についてだからな……いくら学生相手でも気を抜けば死ぬ可能性だってあるんだ。気を付けないとーー………ん?」
高等部へ続く道中、不意に足の方から違和感を感じた彼はそこで立ち止まる。前に出した左足を戻して右足の靴を見てみるとーー
「…………………………」
靴紐が、切れていた。
革靴の靴紐が、ぷっつりと二つに別れていた。
「……………………ま、まぁこの靴けっこう前から使ってたし、紐が切れてもおかしくないよな。アハッ、アハハハ……」
幸福の真っ最中に起きた不吉の予兆。今までの経験則から『なにかとんでもなく不幸なことが起こる』と予測した冬夜。なぜだろう。暑くもないのに汗が涌き出てきてすごく気持ち悪い。「単なる迷信。迷信だ……」と今度は別の意味で自分を落ち着かせにかかる。
「硬化魔法で脱げないようにすれば問題ないし、交流会が終わったら買いに行こう」
不吉に怯える怯懦な心を叱責して持ち直す冬夜。こんなことでビビってどうするんだ。さぁ校舎に向かって歩こう、と視線を靴から前方へ移したその瞬間、近くの茂みから黒猫が飛び出てきた。
「…………………………」
「…………………………」
「なに見つめてんだよ」とでも言いたげな顔で自分の顔を見てくる
「ニャァ~」
「に、にゃぁ~……」
「なに言ってるんだコイツキモッ」とでも言いたげな態度で、黒猫さんは返事を返した冬夜から逃げるように去っていく。
なんの前触れもなく突然靴紐が切れたことと言い、目の前を横切った黒猫と言い、黒猫の姿を見えなくなるまで目で追った彼は、頬をひつきらせながら呟いた。
「………えっ?嘘だよね?たかが迷信ごときでオレが動じるわけないじゃん。まったく嫌だなぁ……アハハハ……」
乾いた笑みと冬夜の決して楽しそうではない笑い声が、どんより曇った空に響いた。
「……………冗談だよね?」
◆◆◆◆◆
【万事休す】、【絶体絶命】、【八方塞がり】、【伝説のスーパーサイヤ人】
昔から故事成語やことわざという形で、人々の教訓として言い伝えられている言葉はいくつかある。上記の挙げた言葉はすべて『
さて、それらの昔人たちが後世にまで伝えた教訓の中には【仏頼んで地獄へ落ちる】という言葉がある。どういう意味か、説明しなくても大まかに想像はつくだろうが、説明しておくと『願っていたのと正反対の結果に陥る』という意味である。『じゃあ地獄の閻魔様に頼めば極楽にいけるんじゃ』とこの言葉からそんなことを安易に考えてしまいそうだが、その場合は容赦なく地獄に叩き落されるのが関の山だ。
(どうあがいても絶望、というのはこのことを言うのでしょうな……)
四葉家の筆頭執事、葉山忠教はたった今目の前で繰り広げられている光景を見てそう考えていた。悪名高い四葉の中で当主たる真夜の次に位の高い百戦錬磨の初老の男性は、胃がキリキリと痛むのを感じる。もはやどんなことがあっても崩れることのない鉄壁のポーカーフェイスの下で、葉山はまな板の上に乗せられた鯉と同じ気持ちで事の成り行きを見守っていた。
「それでは、縁組の件はあなたが日本にやって来た時に正式に役所へ届け出るという方向で良いでしょうか?」
『ええ、そういう方向で結構です。……すみません。ボスの後見人である私が、海外にいるばっかりに時間とらせて』
「うふふ。構いませんわ。こんな極東の島国に存在する、一介の魔法師コミュニティの一角に過ぎない私に比べていまだ現役として多くの国で活躍するモニカさんはお忙しいでしょうから」
執務室で応接用のソファーに腰掛けながら、壁にかけたスクリーンに向かって話す四葉家現当主、【極東の魔王】四葉真夜は後光でも射しているんじゃないかと思うほど綺麗な笑顔をしていた。見る人によっては『怒らせてしまったのか?』と勘違いして竦み上ってしまいそうなほど無邪気な笑みに、スクリーン越しに彼女と対談している相手ーー【
片や【極東の魔王】と恐れられる魔法師、片やかつての第三次世界大戦で【USNAの城壁】と恐れられていた元USNA軍最強クラスの魔法師。どちらも軍に関わりを持つ魔法師ならば竦みあがってしまうほどのネームバリューを持った二人が和やかに対談していた。
『しかし、ボスが日本に渡って早半年……やっぱり学校生活そっちのけで仕事に走りましたか。我ながら見事なワーカーホリックです』
「えぇ。本当に困ったものです。たった今申し上げた通り、冬夜のここ二か月の高校生活の様子はごらんの有様で、健全な高校生活を送っている、とは言い難い状況にあります。せっかく入部した部活にも参加せず、教師でもないのに今回の交流会では生徒とは別の立場から参加しています。あの子の実力が、一般の生徒からすれば抜きんでていることは事実ですが、我々がいくら手を尽くしても、今の立場ではあなた方と交わした【黒崎冬夜が安全で、有意義な学校生活を送れるように手を回す】という契約が果たせません。
なにせあの子は、【
『幼少期に親に愛されなかったことからくる心的外傷が、ボスをそんな風にしてしまったんでしょう。可哀想に……。一年前のあの時のままでは、体は良くても心がいずれ壊れてしまう。そうならないようにそっちに送ったわけですが……』
「ええ。最近はちっとも私に構ってくれませんし、困った子です。全く、
むしろそっちのほうが本音だろう。と真夜の傍で控えていた葉山は思ったが、口には出さなかった。世の中心のうちだけで留めておいたほうが良いことなど沢山ある。
『……まぁでも、資料を見る限り、ボスを取り巻く環境にも問題があると思いますね。やはり、裏から手を回すだけでは潰し着れませんか?』
「ええ。こっそりとやるにも限界があります。【夜色名詠士】のネームバリューに引かれてやってくる蛾があまりにも多いんですわ。もう目障りで仕方ありません。追っ払っても追っ払ってもやって来るんですもの。面倒くさくなって何度
「『………』」
剣呑な光を目にともして真夜がそんなことを言う。本人は冗談で言っているつもりなのだろうが、なぜかモニカには冗談で言っているようには聞こえなかった。チラッと葉山に目配せするとサッ、葉山は視線を逸らした。これまで何があったのか、それだけでだいたいを察した彼女は四葉家の人々に敬礼をする。今度訪問するときはお土産でも持っていこうと決めた。
(有象無象の蛾でこれなら、ボスに彼女でも出来たら大問題だなぁ)
大問題である。
「ところで、そちらの様子はどうですの?冬夜が時々気になっているようでしたから、今度話してあげようと思うんですけど」
『依頼は少し減りましたが、想定の範囲内ですし長期的に見れば順調そのもので心配いりませんよ。……ただ、幹部連中の何人かが不満を』
「あら。もしかしてみなさん冬夜がいなくて寂しいのかしら?」
『分かりやすく言うと、そういうことなんでしょう。情けないというか、なんというか……』
真夜がからかいまじりにそう言ってみると、予想に反してモニカは素直に認めた。おや?と、少しばかり驚いた真夜にモニカは続ける。
『
「あらあら。うふふ。やっぱり皆さんはあの子のことが大好きなんですね」
『大好きというか、可愛がってる、って言った方が良いんでしょうか……。「マトモに剣の相手になる奴がいなくて詰まらない」とか、「思いっきり抱きしめて愛でたい」とか、よく聞きます』
「ふふふ。気持ちは分かりますが、まだ帰しませんよ」
『少数意見だと、「なんか物足りない生活に慣れてきた自分がいる。最近出来た【飲むとメイトリックス大佐みたいになれる薬】を気兼ねなく投与出来る奴はいないのか」とか「遠慮なく電撃放てる奴がいなくてストレスがたまる一方だ。ストレス解消のため日本に飛んできてもいいか?」とかなんとか。おかけで被害者が続出する一方ですよ……』
「それは可愛がってるとは言わないんじゃありませんの?」
語彙的には『モルモット』か『サンドバッグ』が正しい。
『まぁ、確かに可愛がってるとは言いにくいですが……一応人体に悪影響のないように薬は作られていますし、憂さ晴らしの電撃もちゃんと加減されてますから』
「だとしても危険な匂いがプンプンするんですけど……」
『大丈夫ですよ。サリナに関しては研究を続けている間は無害ですし、キリシェの電撃はボスの代わりに私が毎日受けてますから大した問題ではありません。あ、ちゃんと魔法で防いでますよ?』
「【竜姫キリシェ】の攻撃を毎日受けて平気って……。さすが、防衛戦のプロフェッショナル。先代シリウスの右腕ね」
『それほどでもありませんよ』
ニコッと微笑むモニカに真夜は多少引きつった笑顔を浮かべる。南アフリカが生んだ最悪の
魔法が広まった昨今の研究において、放出系魔法による擬似的な雷を発生させることはそう対して珍しいことではない。同様に電撃を防ぐことなど魔法師ならば雑作でもないことだが、雷そのものが人にとっての'天災'であるという点も変わっていない。そもそも十三使徒が使う戦略級魔法の一つは雷を用いた(正確にはその副次作用)ものだ。例え魔法で電撃が防げると分かっていても、三百万ボルトの電撃を受けながら平然と戦える魔法師などそういないだろう。
『ボスだったらある事情で雷すら防げる防電魔法を寝るときも含めて常時携帯してるし、最悪空間移動で逃げられますから。私じゃあまだキリシェの奥の手を防げませんし』
「あら、どんな手なのかしら。すごく興味があるわ」
『どうと言われましても……ベッドに潜り込んで起き抜けに電撃をバチンと』
「寝込みを襲われてる!?」
『ボス曰く目がパッチリ醒めるから大事な商談がある時とか良いらしいですよ?』
「逆に心臓が止まりません?恐怖と電気ショックで」
『いえ。むしろ先に起きてしまった時に見たキリシェの寝顔の方がやばいらしいですよ?ギャップ萌えという奴で(萌え)死ぬかと思ったそうです。
それに、キリシェ一人でAEDと人工呼吸出来ますから。もっとも、今までそんなことになったことはないので心配は無用ですよ』
逆に言うと
「………さっき『なにもしない』とか言いましたけど撤回するわ。やっぱりIMAの皆さんと一度お話させていただけません?親として一度お話しないといけない気がするわ」
『そんなこといったらキリがないですよ真夜さん。キリシェでそんなこと言ってたら、勝手にベッドに潜りこんだ挙げ句、抱き枕よろしく抱き付いて胸で窒息死させかけたことがあるイシュタルや、実験と称して寝ているうちに新薬を投与するサリナルヴァはどうするんですか』
「危険人物でいっぱい!?」
上記に挙げたのは極端な人たちであるが、もはや病院が逃げ出すレベルの奇人変人どもの巣窟と化しているIMAとCIL。そんな巣窟を作り、本当の意味でまとめあげているのは紛れもなく黒崎冬夜である。
『まぁ安心してください。いくら言っても聞かないイシュタルはともかく、キリシェに関してはよーく言い聞かせて手加減するように説教しましたから。今は反省して電撃は飛ばしてません』
「………なら良いんですけど」
『その代わり今度は確実に起こせるよう、たま~に自分のベッドに運び込むようになりましたけどね』
「まったく意味ないじゃないですかっ!?」
真夜の叫び声にモニカはクスクスと笑う。どうやら自分はからかれていたらしい。一通り話を聞いた後にやっとそこにたどり着いた真夜は子供のようにムッ、とした表情を浮かべる。からかうのは好きでもからかわれるのは彼女の性分に合わないのだ。
「まったく、冗談を言うのもほどほどにしていただけませんか?思わず信じそうになってしまいました」
『え、嘘なんて私ついてませんよ?』
「え?」
『ああいや。何でもないです。真実はボスが帰ってからでも聞いてください。……まぁそんなわけで、ウチは世界中から‘有能なんだけど手を焼かされる厄介な連中’をかき集めた場所なだけあって、能力的にはスゴイ人たちばかりなんですが、暴走すると厄介で。
ついこの間なんか「量子コンピューター作ってゼーガペインを作るぞぉぉぉ!!」って研究そっちのけで別のことやってた人たちもいましたよ……』
「まぁ。量子コンピューターなんて、スゴイことを考える研究員もいるものなんですねぇ」
『………それの首謀者がCILの副所長じゃなければ、止められたんですけどね……』
「……………大変ですね」
『そういう連中に拳骨一つでいうこと聞かせられるのがボスだったもんで……。はぁぁぁ……』
モニカは心の底からため息をつく。なんやかんや言ってクセのある連中ばかりいるIMAとCIL幹部。常識人が全くいないわけではないが、それらを全て暴走させずに手懐けていた冬夜のカリスマ性をモニカが真似できるわけでない。人を惹きつけそれを自分の力に変えていく能力は自分よりはるかに上だと彼女は認識している。仕事を放棄するような人はまだ出ていないが、そういった連中が、ストレスからなにをやらかすか分からない。
もっぱら今の彼女の仕事は、そんな彼らの不満を解消することに全精力の五割ほど向けられていた。
………変態が技術と資金と熱意を持つとこうなるのである。
「………今の話は聞かなかったことにしますわ。この話が冬夜の耳に入ったら、一度顔を見にでも行ってしまいそうですから」
『えぇお願いします。ボスには何の心配もさせたくないですから』
「ふふふ。では、いい頃合いですしそろそろお開きとしましょうか」
『そうですね。もうこんな時間ですし……。最近は時間が経つのが早くて困ります。
「あなたがそんなこと言うのはあと十年は早くてよ。……まぁ、今の私はもっと早く時間が過ぎてほしいのですけど」
『では、なるべく早く日本に行けるようにしますから、もう少し待っててください』
「ええ。楽しみにしてますわ」
うふふふ……。とにこやかに微笑みながら真夜は通信を切る。十師族とIMAとの間で決められた『月に一回の報告』も無事に終了した。既に白い布地が垂れ下がっているだけの壁を見つめながら、真夜は楽しそうに呟く。
「楽しみ……ええ、本当に楽しみだわ。これでようやく、耳元に纏わりつく煩わしい子蠅を追っ払えます。もうすぐ九校戦の時期ですし……。ふふふ。早く来てくださらないかしら」
うふふふ……。と笑い続ける真夜に葉山は人知れず胃がさらにズキズキと痛むのを感じ始めた。あぁ、きっとまた何かしらの無茶を言われるのだろう。そんな予感がしてならない。もう還暦を迎えた身には堪えるストレスの発生に、葉山は再び頭を悩ませるのだった。
今時【ゼーガペイン】知っている人いるなぁ。パチスロではなく、アニメの方で。
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