魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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さて、今回から再投稿です。といっても改定前と変わらない部分が多くありますので、そんなに構えることなく読んでいってください。

それでは、久々の『魔法科高校の詠使い』本編をどうぞ!


【第二章 交流会編】
殺人鬼『U. N. Owen 』


「ツイテないぜ全く……」

 

 警察省刑事部に所属する千葉(ちば)寿和(としかず)警部は、東京都内にある屋敷の敷地内でボソリとそう呟いた。仕事をするにあたって張り詰めた神経を深呼吸一つして幾分か和らげる。もうすでに真っ暗になった東京の空に顔を向けても、そこには暗闇以外何も見えない。いつもは空に浮かんでいるはずの、太陽と交代で地上を見守っている月も今夜は見えない。殺人を予告し実行するには絶好の日だろう。「わざわざ殺人なんて()るべきじゃないだろうに」と、寿和は犯人に向かって愚痴をこぼす。今日はなんだか酒が飲みたい気分だが、それは当分諦めなければならないだろう。その代わりに、よれよれになったスーツの上着のポケットからタバコを一本取り出して火を着けるーー煙を吐き出すのと同時、我慢していたため息が(こぼ)れた。

 

「警部、まだ時間じゃないからって気を抜きすぎです。もっとシャキッとしてください」

「そうは言ってもね稲垣くん。こう、ずっと気を張っていれば自然と集中力は落ちるものなのだよ。いざという時に腑抜けた状態じゃあ仕事なんて出来ないだろう?だから、まだ時間じゃない今のうちにこうして気を抜いておくのさ」

「警部の言うことには一理ありますが、それでももう少し緊張感を持ってください。今回の事件は特に気は抜けないんですから」

 

 外に出て気分をリフレッシュしに来た彼は、同じく休憩に来た部下の稲垣警部補にそう言われてしまう。緊張してないわけじゃないんだけどなぁ。と思いながら寿和は今自分に課せられた任務を頭の中で再確認した。日本国内で『(つるぎ)の魔法師』と名高い千葉家の現総領である彼が、この屋敷にやって来た理由は単純明快ーー今夜起こると予測される連続殺人事件を食い止めるためだ。四月下旬から始まり、未だ手掛かりの一つさえ掴めない凶悪犯が起こす事件。寿和を含めた警察組織が躍起になって解決に取り組んでいるヤマだ。

 

「来るのかねぇ。(やっこ)さん」

「来るでしょう。確実に」

 

 外の空気を吸った彼は「あと三十分」と彼は心の中で犯行予告までのタイムリミットを数えた。

 今晩事件が起こると予測されている理由。それは先日、警察省宛に届けられた一通の手紙から分かったことだ。この連続殺人が始まった頃、魔法の発達に伴い電子化が非常に進んだ現代においてわざわざ懐かしさすら感じられる手紙を使って送られてきたその猟奇的な内容の犯行予告を、警察は当初『悪戯か何かだろう』と判断して無視していた。しかし、後日その手紙の予告通りに殺人が行われたため、警察は目の色を変えて警視庁に捜査本部を立ち上げた。寿和たち警察省の刑事も捜査本部に加わり、こうして犯行予告を受けた魔法師たちを守ろうとしているわけなのだがーー残念ながら、もうすでに三人もの犠牲者を出してしまっている。警察の威信にかけて何としても止めろ、と彼は捜査本部で上司から言われた言葉を思い出していた。

 

(ワイドショーなんかじゃあ連日面白がって放送されているし、そのおかげか犯行予告が来ているのに守り切れない警察の信用はガタ落ち。それに伴い千葉家(ウチ)の信用も落ちていく一方。はぁ……世の中って辛いねぇ)

 

 寿和は嫌なことを思い出してテンションが下がった。警察と強いつながりを持つ家である千葉家は、今回の事件で千葉家の家業に関わる大きな損害を(こうむ)っている。今は魔法よりも名詠式の方が人気が高いためか、名詠式が犯罪に使われるケースが増加しており、それに伴って対名詠生物を専門に扱う海外勢力(IMA)が千葉家の仕事(警察に対する武器の納品、白兵戦を主にした剣術道場の両面で)を次々と横取りしている。このままだと半期の収支は赤字になるんじゃないかと彼は危惧しておりーーつまり泣きっ面に蜂な状況なのだ。 

 

「………まぁどっちにしろ、オレが今やるべきことは変わんないか」

 

 しかし、例え家がどんな状況にあろうと、今彼がやるべきことは変わらない。自分の中でそう締めくくった彼は、部下と別れを告げて屋敷の中に戻っていった。広大な敷地内は何十人という警察官が限界体勢で見張っている。屋敷の外も、ネズミ一匹逃さないような包囲網を敷いてある。例え魔法が使えたとしてもこの状況下で犯行を重ねることは不可能だろうと彼は思う。だが油断はしない。相手はこれまで警察の目を掻い潜って五人もの人間を殺した殺人鬼だ。これ以上の被害を出さないためにも、彼はより気を引き締める。

 馬鹿でかい屋敷の中を歩き、屈強な男が両脇に立っているある部屋の扉をノックする。男たちから会釈を受けながら、寿和は部屋のなかに入っていった。

 

「失礼します」

 

 部屋の中はピリピリとした空気に包まれていた。当然だ。なんせここには、今夜やって来る犯人の標的(ターゲット)がいるのだから。複数の魔法師の警察官がその部屋を警戒するなかで、今回の犯人の標的である女性ーー部屋の中央ではイスに腰かけた三十代半ばの彼女はーー目を伏せて、紅茶が入った陶器のカップを傾けながら、静かに時が過ぎるのを待っていた。

 

「……気分はいかがですか?」

「最悪よ。当然でしょ?」

 

 声をかけた寿和に不機嫌な声で返したこの女性は、この屋敷の女主人である五反田(ごたんだ)(ゆう)。加速・振動系魔法を得意とするA級魔法師の一人であり、連続殺人犯から殺害予告を受けた人だ。

 

「全く、なんでこんな目に私が遭わなきゃいけないのかしら……不愉快極まりないわ」

「心中、お察しします」

「警察になんか頼らなくても、(わたくし)の魔法でどうとでもなりますのに。大袈裟なのよみんな……」

 

 そう言ってブツブツと文句を言い始める。ここの屋敷の女主人は、寿和たちがここに来てからずっとこんな調子だ。殺されるかもしれないというストレスが一番の理由だろうが、彼女の中では寿和たちより自分の方が優れていると思っているのだろう。まぁ、確かにA級の免許(ライセンス)を取得している彼女は、現役魔法師としての才能に優れていることは寿和にだって理解できる。だが、今彼女を狙っている殺人鬼はこれまで起こった三件でも、彼女と同じA級の魔法師を殺害してきたのだ。彼女とて、油断することなど出来ない相手であることは理解しているはずだ。

 

「安心してください。あなたの身の安全は、我々が責任を持って保障いたします」

「『責任を持って』、ねぇ?どの口がそんなことを言うんだか……。無責任にもほどがありますわ」

 

 不機嫌で冷たい口調でそう言った彼女はイスに座ったままそのピンと伸びた背筋を崩さない。しかしよく見ると紅茶が入ったカップはわずかに揺れており、チラチラと時計を盗み見て時間を気にしている。言葉の一つや二つでも掛けてやろうかと寿和は思ったが、逆効果だと考え会釈だけをして自分の配置に戻った。

 

(あと三分か……)

 

 時間が経つにつれより一層気配を鋭くしていく同職者たち。寿和もまた、集中力を最大限にまで高めていた。自然と、腰につけた刀剣型のCADに手が触れる。

 

(さて……どこから来る?)

 

 百に届くであろう警察官が厳重に包囲網を張り巡らせ、腕利きの魔法師たちが対象を警護する。

 もういつ犯行が行われていてもおかしくないーー寿和はそう思いながら真剣を思わせる鋭い眼光で部屋を見渡した。視界の中央では、警護対象がCADを起動させ自分の周囲に複数枚の結界を張っているのが分かった。自分の身は自分で守る、と言うことなのだろう。

 

 部屋の壁に掛けてある置時計の振り子の音が、やけに大きく聞こえてくる。一秒、また一秒と時間が迫って来て部屋のなかにいる誰しもが、いや恐らくこの屋敷の警備に駆り出された全ての警察官が固唾を飲んで警戒する中。

 

 九時三十分。

 

 殺人鬼が示した犯行予告時間に達した。

 

「「「ーーーー!」」」

 

 変化は、すぐにあった。

 犯行予告時間になった瞬間、屋敷全体の明かりが急に消えたのだ。

 環境の急激な変化に惑わされたのは、ホンの一瞬。寿和はすぐに気を張り巡らせて中を警戒する。この部屋の中にいる仲間も同じように警戒しているのが伝わってきた。

 

(物音や人の気配は一切ない。まさか、犯行はもう既にーー?)

 

 寿和が嫌な予感を感じながら部屋の中の気配を探る。しばらくすると、停電を感知して非常電源に切り替ったのが、部屋の電球に灯りがついた。。停電していた時間はおよそ十秒ほど。その間物音は一切していない。LEDの電球が使われているその部屋でモノが動くような気配もなかった。誰もこの部屋には侵入していないし動いていない。剣士としての寿和の勘は、彼にそう告げていた。

 しかし、現実は非情だった。

 

「なっ……」

「くっ……!」

「まただ………またやられた……」

 

 明るくなった部屋の中央を見て誰かがそういった。寿和もまた、大きなショックを受けていた。つい数分ほど前まで普通に話していた警護対象の女性はーー全身が石に変えられた上に、胴体と頭がすっぱりと切り離されていた。だれが見ても死んでいると言うであろうその光景を見て、寿和は声を出すことも出来なかった。

 

 ーーどうやってこの厳戒態勢の中で犯行を重ねたんだ!?

 

 そんな疑問が彼の頭の中でぐるぐる回る。犯行が達成されてしまった以上、その疑問はこの場にいる誰しもが思っていることだろう。その問いに答えてくれる者などいる筈もなく、寿和は作戦が失敗したことを上司と親族……いや、遺族に報告するため、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 五月上旬。日本国内、それも東京都内において、猟奇的な殺人事件が起こっていた。

 手紙を使って予告され、達成された殺人は既に四件。

 被害者は皆、全身が石像に替えられた上にすっぱりと首を切り落とされていた。犯人と思わしき人物は目撃されておらず、まだ続くと思われるこの猟奇事件をきっかけに警察の信用は落ちていく一方。犯人の目的は一体何なのかーーそれすら謎のまま、ただひたすら犯行は続いていく。

 厳重な警備の網を掻い潜って犯行を行う犯人から送られてくる手紙には、最後、差出人として名前が書かれていた。

 

 【ユーリック・ノーマン・オーウェン】。すなわちーー【U.N.Owen(正体不明)】と。

 

◆◆◆◆◆

 

 ブランシュによる一高襲撃事件のことも記憶にも新しい五月第一週。

 

 我らが主人公、夜色名詠士【黒崎(くろさき)冬夜(とうや)】はーー

 

『冬夜!名詠士試験合格おめでとう~!』

 

 パパーン、祝いの言葉と共にクラッカーの音が響く。クラッカーの中に入っていた紙吹雪が破裂音と共に空中に舞い上がり、画面(スクリーン)の向こうに映る彼女の髪や部屋の中に落ちていく。画面の向こう側、日本から遠く離れた海外(USNA)から電話を掛けてきてくれた彼女の言葉に、冬夜は苦笑してしまった。

 

「合格おめでとうってリーナ……まだ気が早いぞ?試験の合格発表は来月になってからなんだから、まだ免許(ライセンス)が取れたと決まったわけじゃない」

『冬夜の実力で不合格なんてあり得ないでしょ。第二音階名詠(ノーブル・アリア)名詠生物(めいえいせいぶつ)を、讃来歌(オラトリオ)なしでに複数体名詠できる人が不合格になったなんて話、聞いたことなもの。だから、合格祝いをしたって良いの!』

「だからって試験日当日の夜にやることないだろ……」

『んもー!だって仕方ないじゃない!冬夜と電話なんてなかなか出来ないんだからぁ!』

 

 と、画面に映る金髪美少女ーー【アンジェリーナ・クドウ・シールズ】は可愛らしく頬膨らませ、大きな声でそんなことを言う。彼女は約一年前、冬夜がUSNAにいた頃に出来た友人であり、冬夜が二科生として一高に入学する原因になった【スターズ】の総隊長、つまり戦略級魔法師【アンジー・シリウス】の正体だ。ホンの少し前まで一緒にいることが多かった彼女の声を聞いて、冬夜はどこかホッと安心していた。

 

「しかし、よく連絡の許可が降りたな。上の連中をどうやって黙らしたんだか」

『愛に不可能はないのよ冬夜。それにね、男の子と違って、女の子はこういう不可能を可能にしちゃうんだから』

「『恋する乙女は神にさえ敵に回せる』……ってやつか?」

『そういうことよ』

 

 自信満々に言うリーナがどんな手を使ったのか気になるが、それを知ったら後悔しそうな気がするので冬夜はあえて問わない。リーナの言うように、USNAにとって国防の要石とも言える彼女が、想い人の冬夜とこうやって連絡を取ることを許されるのは本当に稀だ。連絡不許可の理由は冬夜の母親にして【夜の魔王】と畏怖される四葉(よつば)真夜(まや)に、正体不明の戦略級魔法師(アンジー・シリウス)の正体を看破されないためだ。USNAにとって秘蔵っ子であるリーナの存在を他国に知られては困るのだろう。冬夜はそう予測している。冬夜自身、自分の予想が当たっているかどうかは分からないが、リーナ自身が自分の立場や重要性を理解していることは知っている。だからこそ彼女はその事について普段なにも言わない。しかし、だからなのだろうかリーナはーー『アンジェリーナ』から冬夜が付けた愛称だーー冬夜の言葉をきっかけに、今までずっと溜め込んでいた文句を言い始めた。

 

『まったくもう。冬夜が日本に行っちゃったから会いたいときに会うことも出来ないし、四葉なんて大物を味方に付けたから上層部(うえ)もビビっちゃって気軽に電話することだって出来ないじゃない!せっかくあの時必死になって止めたのに、なんで冬夜行っちゃうのよ!』

「リーナ?そもそもどこの国の学校を受験するかはオレは勝手だし、つーかあのままUSNAにいたらお前のじーさんにどんな手を使われてお前と結婚させられるか分かったもんじゃなかったし、というかヘビィ・メタル・バースト(戦略級魔法)を使って止めるって言うのは、殺すってことと同義だけど、ちゃんと自覚ある?」

『仕方ないじゃない。冬夜を初恋の人(他の女)に取られたくなかったんだもん……』

「可愛らしく言っても意味ないからな!?」

 

 しゅん……。と叱られた子供みたいな顔をするリーナに罪悪感的な感情が沸き上がってきてしまう冬夜。黙っていれば司波クラスに美しい絶世の美少女であるリーナにここまで想ってもらえるのはまさしく男冥利に尽きると言ってもいい。しかし、どこでどう攻略ルートを間違えたのか、その愛はヤンデレの方向に向かってしまっている。

 

『だって嫌じゃない!自分の惚れた男を知らない内に他の女に寝取られるなんて!そんなことになったら私、この先生きていけないわよ!』

「大げさだなぁリーナは。振ったオレが言うのもなんだけど、お前に生きて幸せになってもらえなかったら、オレはすごく嫌だぞ?」

『だったら私と結婚して。私、あなたなしじゃもう生きられないの』

「だが断る。オレは恋愛結婚すると固く胸に誓っている」

 

 大切な”初めて”は好きな人とーーと、男なのに乙女みたいな夢を描いている黒崎冬夜十五歳。ろくな人生を送っていない彼はそういう趣味嗜好をもったお姉さん方に寝取られかけたことが多く(大半は高値で売れる冬夜の生体サンプル欲しさ)、一時期は『夜中になるとおっぱいが襲ってくる』などと、どこぞのD×Dな世界の赤き龍の帝王(ド○イグ)が陥った精神病みたいな理由で現IMA幹部メンバーを困らせたこともある。彼が敬虔な貧乳(ヒンヌー)教信者へと目覚めた理由は間違いなくそれだ。

 

『むぅ。恋愛なんていつかは終わってしまうものよ。それに今のあなたじゃ、振りかかってくる火の粉を払いきることなんてできるわけないじゃない。だって世界中のありとあらゆる組織が、あなたという存在を欲しているんだから。その幼馴染とだって上手くいくとは私思えないわ。傷つく前に私に乗り換えたほうがいいわよ?』

「その問いかけに対する答えは、USNAを出る前にも言っただろうリーナ。お前と同じで、諦めたくなんだ。この想いだけは、簡単に捨てられないーーってな」

『一月経っても変わらないんだ』

「あぁ。そうそう簡単に捨てられるものじゃないしな」

 

 簡単に捨てられるものだったら、とっくの昔に捨ててどこかで野垂れ死んでいたに違いない。五年間も秘め続けてきた想いなのだ。たかが一ヶ月かそこらで捨てるわけがなかった。

 

『………やっぱりあの時手錠をかけて監禁でもすれば良かったんだわ。冬夜の天然女たらしっぷりは知ってるくせに、何を甘えていたんだろ私……』

 

 画面の向こうでリーナが呟いていることは、冗談だと冬夜は信じたい。そうでなければこの小説の行く末が【S○hool D○ys】の【鮮血○結末end(片思いしていた主人公を寝取られたヒロインが、寝取ったヒロインの頸動脈をノコギリで切り裂く話。グロい)】のようなBad Endにしかならないからだ。『既に片足入っているだろう』という声が聞こえない気がしなくもないが、そんな事実は認めない。………主人公とヒロインたちのポジションを自分達で置き換えてみるとどういうわけかすんなりと当てはめることが出来てしまったが、そんな結末は認めない!

 

(ま、まぁ、リーナが日本に来れなきゃこんな結末は訪れるわけないし、なんとかなるよね?)

 

 人はそれを【死亡フラグ】と言う。

 

『っていうか冬夜、一つ聞きたいんだけど……良い?』

「うん?どうした?」

『さっきからずっとそのぬいぐるみ抱えて喋ってるけど……なんでそんな大事そうに抱えているの?』

 

 USNAから画面越しに冬夜の姿を見ているリーナは、冬夜がさっきからずっとシロイルカの形をしたぬいぐるみを抱えていることに疑問を感じていた。『良いなぁ……代わってほしいなぁ……』と心の中では思っているリーナだが、それ以前になぜ冬夜がそんなものを持っているのかが気になった。ーーまさか自分の目の離した隙に出来た恋人から貰った、なんてことだったら一大事だからだ。

 しかし冬夜は、リーナに指摘された内容をいまいち呑み込めていないのか、頭の上に疑問符でも浮かべてそうな顔で首を傾げる。

 

「リーナよ。オレがぬいぐるみを抱えて喋ることは、そんなにもおかしいことか?」

『おかしくないけど、違和感があるわよ』

「そうか?モフモフ柔らかくて気持ちいいぞ?」

『いや、ぬいぐるみの感触の感想を聞かれても困るんだけど……』

 

 会話が噛み合ってないため、冬夜にしては珍しく素でボケてくる。うーん。とリーナは頭を働かせて答えを探してみた。『恋人から貰った』という答えは論外として、それ以外から探ってみる。

 あてずっぽうに、まずは第一候補から。

 

『………冬夜、もしかしてあなた、今一人暮らししてるの?』

「リーナ。オレがぬいぐるみを抱えているという情報から、なんでそんな答えが導き出せるのかオレには全く理解できないんですが。いやまぁ事実、その通りなんだけど」

『あ、正解なんだ。いやだってあなた、一人でいると寂しくて仕方がないっていうウサギちゃん精神の持ち主でしょ?もしかして一人暮らしの寂しさを紛らわすためにそんなことしてるんじゃないかなーって思ったんだけど……』

 

 意外なことに、当たらないだろうと思っていた第一候補で正解だった。そう、今現在冬夜は山梨県の山奥にある四葉邸ではなく、東京都内のマンションに一人暮らしをしているのだ。マンションの10階にある冬夜の部屋は、一人で生活するには広すぎて困ってしまう。窓から見える東京の夜景は見ていて「綺麗」と言えるものだが、彼としてはそんなことよりも自分以外の声が聞こえない部屋の静けさが嫌で仕方がなかった。今宵は月が空から消える新月だからだろうか。胸を締め付ける寂しさが一層増してくる。寂寥感に打ちひしがれそうになる冬夜は、一人暮らしの寂しさを紛らわすため近くに差し迫った交流会の仕事に没頭することでどうにか耐えていた。時々我に返っては、「よくほのかはこれに耐えられるよなぁ」と、一高近くのマンションに一人暮らしをしている幼馴染の忍耐力の強さに感服している。

 

 さて、そんな一人ぼっちが嫌で嫌で仕方ない冬夜が、なぜ一人暮らしなどという苦行をするようになってしまったのかと言うとーー全ての原因は、入学直後に起こった()()ブランシュ事件にある。

 

『いったいどんな理由があって一人暮らしなんか始めたのよ?確かあなた、十師族・四葉家の監視下に置かれることで日本に在住することが許されているんじゃなかったかしら?』

「正確には『四葉の監視下に置かれること』が、日本国籍再取得の条件の一つとして十師族から提示されただけだ。国籍を取り戻した以上それはもう関係ないよ」

『でも、四葉真夜はあなたの実のお母様なんでしょう?USNA(こっち)にいた頃は、一緒に暮らすことをあんなに楽しみにしていたのに……勘当でもされたの?』

「いや。オレと母さんの仲は良好だよ。ちょっと事情があってな」

 

 あの一件には十文字家(十師族)が一応関わっているため言葉を濁しておく。と言っても、一高にブランシュが侵攻していたことが直接的な原因ではない。原因となったのはむしろその後。インターネットを通じて冬夜が夜色名詠士ということがバレてしまったのが原因だ。放送室をジャックしての全校放送や、漆黒の名詠生物との戦いを見ていた一般生徒の誰かがネット上にその事を暴露してしまったらしい。当初は噂程度だったその暴露は、あっという間に世界中へ伝播され冬夜の生活に影響を出し始めた。

 

 登校途中の盗撮、ファンレターやラブレターの手渡し、握手やサインの要求など……。これだけでも十分大変なのだが、この程度ならまだ問題はなかった。一人二人、十人二十人と人数が増え、ついには帰り道を尾行(つけて)くる奴や二人乗りのコミューターにまで乗り込もうとする輩まで現れる事態に。このままだといけないと思った冬夜は、急遽お引っ越しを決めて四葉邸を去り(事後承諾だったため真夜に怒られ、水波が来ようとするのを止める羽目になった)一人暮らしを始めたのだ。

 

『何があったのよ本当に……。いや、言えないのなら別に言ってもらわなくても良いんだけど。そんなことより冬夜、ひとりぼっちで辛くない?ご飯とかちゃんと食べてる?なんなら私、お世話しに日本(そっち)に行こっか?』

「心配してくれてありがとうなリーナ。でも大丈夫。生活に関してはホーム・オートメーション・ロボット(HAL)があるし、仕事の依頼はとりあえず全部IMAに回しているから問題ないよ」

『………そっか。それなら別に良いけど、でも()()()()()。最近日本は物騒なんだから、用心に越したことはないわ』

「あぁ。そうだな」

 

 リーナの言葉に冬夜は頷く。彼女には言っていなかったが、彼には今回の事件の犯人に心当たりがあった。

 

 ーー『また、いずれ……』

 

 先のブランシュ事件のすぐ後に少年から手渡されたあの手紙。あの手紙の送り主はU. N. Owenだろうと冬夜は直感していた。

 そして恐らく、その正体はーー

 

 




次話は一時間後に設定してます。そっちは少し変わったところがあるかな。

それでは、また次回に会いましょう。

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