魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

24 / 76
一週間振りですみなさん。ついに六月も最後ですねー。……期末試験という悪魔がそろそろ目に見えてきたな。まぁ、予習復習していればなんとなるよね?

それでは、本編をどうぞ!




「急いで戻ってみれば、大変なことになっているな」

 

 雫とほのかの肩に手を掛けた冬夜は、周囲の状況を見渡してそう言う。冬夜に蹴り飛ばされた漆黒の名詠生物は、起き上がって冬夜を睨み付けるように顔の部分を歪ませている。冬夜も真正面から睨み返す。

 

 外見上で考えるのなら、あの人形の名詠生物は間違いなく夜色名詠式。だが冬夜はあんな姿をした名詠生物を名詠したことなど一度もない。しかし思い当たる節はあった。

 

「誰かがこのどさくさに紛れて孵石(エッグ)に触ったか」

孵石(エッグ)?」

「実験棟に保管してあった超危険な触媒(カタリスト)のことだ。カウンター用の魔法を掛けてあったから誰も触れられないはずだったんだが……」

 

 正直に言って予想外だった。昨日の時点で実験棟にも侵入されることは分かっていたが、孵石(エッグ)に掛けたカウンターの魔法が役に立たなかったとは思わなかった。今すぐにでも実験棟にいって確かめたいが、そんなことをしている暇はない。じっと自分を見詰めてくる漆黒の名詠生物。一科生に対する二科生の負の感情を元に名詠されたその名詠生物(魔物)の姿に、冬夜は見覚えがあった。

 

「…………そっくりだな」

「え?」

 

 冬夜の呟きが耳に入った二人は冬夜の顔を見詰める。しかし冬夜は、二人の顔など見ないで攻撃にいつでも対応できるように身構えていた。

 その脳裏に浮かぶのは、四年前のあの日。

 自らの手で自分の父親を殺した、今も忘れられないあの瞬間。目の前の名詠生物は、その時の自分自身にそっくりな姿をしていた。

 

「黒球に気を付けろ冬夜!」

 

 目の前の名詠生物の姿に既視感を抱く冬夜の耳に、深雪を抱えて逃げていた達也の叫ぶ声が聞こえた。

 

「ソイツの側に浮かぶ黒球は形を変えて攻撃してくる!ソイツ自身もまだなにかしらの能力を持っているぞ!気を付けろ!!」

「……なるほど。厄介な能力を持っていそうだな」

 

 達也の言葉に納得した冬夜は警戒したまま、周囲を見渡す。思った以上に被害が少ない。真精と相対すれば、既に死人の一人夜二人は出てもおかしくないと冬夜は踏んでいたからだ。冬夜は漆黒の名詠生物の後ろで倒れている、虫の息の風紀委員の姿を見た。

 

「フォカロル!そこで倒れている先輩方を医務室まで運んでくれ!まだ死んでないはずだ!!

シャックス!全体を俯瞰して、残党がいないか目を光らせておいてくれ。

べリスはこのまま俺と一緒に奴に突撃!

他のみんなは、あの真っ黒な名詠生物の攻撃の余波がいかないようみんなのガードを頼む!」

『『『『仰せのままに、(マスター)』』』』

 

 暴れれば周囲を焦土に変えられる程の力を持つ真精の攻撃をまともに受ければ、一生に関わるケガを負う可能性だって少なくない。だが、今ならまだなんとかなるかもしれない。

 冬夜は夜色の名詠生物たちに指示を出すと、自分の顔を上げている幼馴染たちの顔を見た。

 

「二人とも、達也の声は聞こえたな?空間移動で二人を別の場所に転移させるから、ここには近寄らないよう他の生徒たちに言ってきてくれ」

「………冬夜は?」

「言ったろ。オレはーー」

 

 そこまで言いかけて、冬夜はいったん身をひいた。睨んでいた漆黒の名詠生物がこちらに向かって動き始めたのだ。

 

「ーーコイツを倒す!」

 

 雫とほのかを別の場所に空間移動させた冬夜は腰の鞘から双剣を抜き取り、目の前に迫ってきたソレと対峙する。CADは使わない。第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物相手に現代魔法の改変など無意味でしかないからだ。真精を確実に倒す方法は名詠士や祓戈民(ジルシェ)の『反唱』しかない。

 冬夜に迫る漆黒の名詠生物は二つの黒球の形をそれぞれ変化させた。

 一つは木の根のように。一つは礫のように。

 隙のない攻撃が冬夜に襲いかかる。しかし冬夜は双剣を使って根を切り、礫を弾くことで防御していた。全ての礫を弾くことは出来ないため、何発かは腕や脇腹に当り、弾き損ねた礫が衣服ごと肌の表面を抉られる。

 

 今更だが冬夜は生まれながら【空間移動(テレポート)】という魔法を宿した関係で領域魔法が使えない。正確に言うと一秒以上、継続して空間全体に事象改変を行う魔法を行使できない。そして領域魔法が使えないと言うことは『反射魔法(リフレクター)』のような防御魔法が使えないということだ。故に今彼は、礫を剣で弾くという常軌を逸した防御方法を取っている。

 また領域魔法が一切使えないと言うことは、相手が領域魔法を使ってきた時に自身の事象干渉力を持って相手の領域魔法の改変を防ぐことが出来ないということでもある。相手が何かしらの領域魔法を発動したら、防ぐ手段を持たない冬夜は何らかの方法で領域外に出なければならない。でなければ冬夜は負け、下手をすれば死んでしまう。

 今日においてA 級の資格を持つ大半の魔法師は領域魔法を得意としている者が多い。これら才能ある魔法師との戦闘で、冬夜は夜色名詠式を除くと【空間移動】しか対抗手段がなかった。

 

 それらの魔法師と戦う術を増やすために冬夜はどう考えたか。

 彼の出した答えは、『攻めること』だった。相手が魔法を使う前に速攻で撃破する戦い方。故に冬夜は相手が名詠生物でも魔法師でも烈火のごとく攻める戦闘スタイルを身に付けた。

 

『ーーーー!?』

 

 黒球を使って攻撃していた漆黒の名詠生物が追撃を行おうとしたところで、傷を作りながらも剣で防御していた冬夜の姿がいきなり消失した。

 その直後に後頭部にやって来る、鋭い一撃。

 

還れ(Nussis)

 

 そして紡がれる反唱の言葉。基本的に第四音階名詠であろうと第一音階名詠であろうと、名詠生物相手ならばこれだけで対処できる。

 だがーー今回は違った。

 双剣で一撃を入れ、なおかつ反唱の言葉を唱えても目の前の名詠生物は還らなかった。

 

(………やっぱり、コイツは普通の名詠生物とは違うのか)

 

 予想できていたことだが、改めて確認すると舌打ちしたくなる。だが、だからといって攻撃の手を緩める気はない。漆黒の名詠生物のすぐ後ろに空間移動して体勢を整えた冬夜は、そのまま双剣を使って攻撃を始めた。

 

「うっそ……速……」

「姿がブレて見える……」

「スゴい……」

 

 煌めく二条の剣閃。

 蒼氷色(アイスブルー)の双剣が、名詠生物の漆黒の肉体を幾度も切り刻む。日本刀の形に変えた黒球を使って応戦する名詠生物だが、水のごとく流れるように攻撃してくる冬夜のスピードに付いてこれない。一撃、もう一撃と冬夜は確実にダメージを与えていく。

例え浅い傷だとしても、何度も切り刻んでやればソレは致命傷になるのだ。

 

『ーーーー!!』

「べリス!!」

『イエス。(マスター)

 

 決して小さくはないダメージを与えた冬夜は、槍を携えた名詠生物の名を呼ぶ。双剣による連続攻撃がいったん途切れるタイミングで、冬夜の後ろから夜色の槍が突き出されてきた。槍の(きっさき)は、名詠生物の喉元に突き刺さり飛んでいく。 

 第二音階名詠(ノーブル・アリア)第三音階名詠(プライム・アリア)の名詠生物ではその力に大きな差があるように、第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)第二音階名詠(ノーブル・アリア)の名詠生物の間でも大きな差がある。しかし、だからと言って下位の名詠生物が上位の名詠生物を倒せないかというとそうでもない。周囲の状況を判断し、相手の弱所を突き、隙なく攻撃を与え続ければ下位の名詠生物でも上位の名詠生物を倒せる。

 

『ーーーー』

 

 槍を持つ夜色の名詠生物が槍を続けて振るう。漆黒の名詠生物は黒球の形を変えた二振りの日本刀でソレを受けた。

 どうやらあの黒球は決まった形にしか変化しないようだな。と、冬夜は後ろで、名詠に必要なある物質が入った|容器を取り出てそう思った。

 

「ーーsheon lef dimi-cori riec-c-wavir(黄昏(はじまり)の鐘を鳴らしましょう)

elma Ies neckt evoia twispeli ki(わたしはあなたを愛(のぞ)みます)

 

  冬夜が讃来歌(オラトリオ)を歌う。第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の真精に対抗する最も有な対抗策は同じ第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の真精をぶつけることだ。これ以上の被害を出さないためにも、冬夜は真精の名詠を決めて、夜色第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)讃来歌(オラトリオ)を歌い始める。

 

『ーー!!』

 

 しかし、漆黒の名詠生物は冬夜が真精を名詠しようとしていることを感じ取ったのか、鍔迫り合いの状態から一度後ろに大きく跳躍してべリスと距離をとった。同時に、右手の黒剣が元の丸い球体に戻る。そして、今度はそれをテニスボール大にまで収縮させて射出した。狙いは槍を持った名詠生物の後ろにいる冬夜。形を変えていないため魔法の改変を一切受け付けない黒の弾丸。先ほど同じ攻撃を受けた服部のように当たればタダでは済まない。勢いよく撃ち出された弾丸はまっすぐ冬夜のもとに飛んでいきーー

 

(……なめるな)

 

 双剣を使った冬夜の手によって真上に弾かれた。魔法の改変が通じないのは脅威だが、直線的な動きしか出来ないのであれば弾くのはそう難しいことではない。冬夜は讃来歌(オラトリオ)を歌い続ける。だがまだ攻撃は終わっていない。真上に弾いた黒球から礫が降り注いできた。

 

「ッ!?」

 

 機関銃並みの速さで撃ち出される礫を、冬夜は受けようとはしなかった。即座に空間移動を使って攻撃範囲の外に出て、そのまま走り続けて礫が当たらないようにする。黒球が逃げる冬夜の背中目がけて礫を出し続けてくる。

 

(………くそっ。これじゃあ【夜色の真精(イヴ)】を呼べない!)

 

 

 だが、今の黒球の攻撃速度では少しでもあの黒球から気を逸らせば当たってしまうため、冬夜は名詠を中断せざるを得なかった。こうなれば、真精なしで戦うしかない。

 

(だったらーー!)

 

 冬夜は手首に付けた汎用型CADにサイオンを流す。自己加速術式を発動し、一気に加速して走り出した。本当なら双剣を使って近接戦に持ち込みたいところだが、礫の攻撃を避けながら戦うのは無理だと判断。なので腰のホルスターにセットした愛用のCADを抜き取った。刻印儀礼が施されたCADはもちろん名詠生物に効果があるようになっている。その上、冬夜のCADは風紀委員や生徒会メンバーが使った量産型とは違い完全個人使用(フルオーダーメイド)の物。このタイプのCADは使用者のサイオンの特性に合わせて刻印儀礼を施すため、汎用型よりも強力に名詠生物に対して事象改変を行うことが出来る。

 だがそれでも第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物に対して事象改変を行うことは出来ない。完全個人使用のCADを持ってしても事象改変を行えるのは第二音階名詠(ノーブル・アリア)までが限界なのだ。

 

(例え直接魔法を当てられなくても、戦う術はある!)

 

 例えば、先ほどエリカが警棒で漆黒の名詠生物に切りかかったように、魔法の事象改変が通じないのは名詠式で呼び出されたモノのみ。

 それ以外には普通に作用する。

 冬夜が逃げながら二丁のCADの引き金を引く。圧縮された空気の弾丸を打ち出す魔法『空気弾(エア・ブリット)』が発動し、圧縮空気の弾丸が漆黒の名詠生物に直撃する。

 

『ーーーーッ!』

 

 真精の中で比較的多く存在する竜のような固い鱗を持っているわけではないその名詠生物は、圧縮空気のダメージをモロに受けてしまう。ダメージがあることを確認した冬夜は、続けて引き金を引いた。漆黒の名詠生物も回避しようとするのだが、流石に第二音階名詠《ベリス》の猛攻を受けながら圧縮空気の弾丸を避けるのは無理だったようだ。

 

「ベリス、そのまま畳みかけろ!」

『ーーーー!』

 

黒球による攻撃も冬夜には通じない。空間移動や自己加速術式で逃げられ、一発も当たらないのだ。かと言って近づこうとするのはべリスが阻む。べリスを倒そうにも冬夜のサポートがあるため中々倒せない。

先ほどのレオとは違い、一部の隙も無い息の合ったコンビネーション。

漆黒の名詠生物は考えた。このままではジリ貧だと。

この状況を打開するためにはアレしかない。

 

『ーーーー!』

「!?」

 

 ベリスの槍を弾いた漆黒の名詠生物は、そのまま反撃には出ずもう一度後ろに下がった。べリスが追撃するために槍を振るうも、次の瞬間にはベリスの視界からその姿を跡形もなく消えていた。

 

『消えた!?』

 

べリスが驚いている暇もなく、後ろから音が聞こえてきた。空気を裂くような音となにかが地を蹴った音。

 

『ーーーー!!』

空間移動(テレポート)、だと……ッ!?」

 

冬夜の影を媒介して冬夜の真後ろに空間移動(テレポート)した漆黒の名詠生物は、日本刀の形をした黒球で冬夜に襲い掛かる。存在探知で名詠生物がやってくるのを察知した冬夜は、反射的に後ろに飛び退ける。

特殊能力を持つ名詠生物の存在は対して珍しくもないが、まさか空間移動してくるとは予想外だった。先程礫を射出していた黒球も日本刀の形に変わる。どうやら、このままその二振りの刀で冬夜の首を切り落とす気らしい。

 

「冬夜!」

 

その様子を見た雫が叫ぶ。冬夜はCADにサイオンを流して再び魔法式を構築した。

だが冬夜は焦らない。この程度の不意打ちなど彼は慣れている。不意打ちで相手に攻撃するチャンスを与えてしまったのなら、攻撃されてしまう前にその攻撃を潰してしまえばいい。

 

『!?』

 

CADの引き金を引いて、今まさに振り抜こうとした名詠生物の、刀を握る指に『空気弾(エア・ブリット)』を撃ち込んで攻撃の起こりを潰した。すかさず体勢を整えて蹴りを名詠生物の腹部に入れて距離を取る。

 

『はっ!』

『ーーーー!?』

 

 冬夜の攻撃に気を取られた一瞬の隙に、ベリスの槍が漆黒の名詠生物の腹を貫く。間違いなくクリーンヒット。漆黒の名詠生物が顔を顰めたのを冬夜は見逃さなかった。即座にCADをしまい、双剣を取り出す。

 

「べリス!」

YES,sir(イエッサー!)!』

 

 そして、冬夜の掛け声と共にべリスが引き抜いた槍で漆黒の名詠生物の胸を貫き、空間移動した冬夜が双剣を使ってその首を撥ねた。ゴーレムのような無生物で構成された個体や、強力な再生能力を持つ個体でなければどんな名詠生物であろうと送り還せる一撃。生物だからこそ、避けられない弱所。

 

 これで送り還せる。そう冬夜は信じて疑わなかった。

 

『ーーーー』

 

 だが、送り還せなかった。首を撥ねられた状態でも漆黒の名詠生物はまだこちら側の世界に存在し続けていた。

 

「なっ……」

 

 さすがにこれは冬夜でも予想外の事態だった。ついに冬夜の口からも驚愕の言葉が出てくる。首を跳ね飛ばされた状態でも戦う意識は残っていたのか、漆黒の名詠生物の近くに浮かんでいた黒球が槍のように伸びて冬夜の喉を貫こうとしてきた。

 今の状況はマズイ。そう判断した冬夜は空間移動でべリスの後ろに下がる。貫かれる寸前で回避したために黒槍を掠めた首から、生暖かい液体が胴体へ流れてくるのがわかる。首を跳ねられた名詠生物はそのまま後ろに倒れこんでもぞもぞと動いていた。

 少しは効いたのかもしれないが、それでもまだ送り還せていないことには変わりない。『反唱』も効かず物理的なダメージでも元の世界に送り返せない名詠生物(イレギュラー)

 冬夜は、離れた場所から目の前の名詠生物について考えてみた。

 

(………コイツ、まさか本当にオレと同じ……)

 

 考えてみれば当然のことだ。

 

 冬夜の読み通り、目の前の漆黒の名詠生物は実験棟に保管されていた謎の触媒(カタリスト)孵石(エッグ)を使って名詠されたもの。ゆえに名詠生物とは根本的に異なる存在である可能性があってもおかしくない。

 誰も知らない名詠式の由来(ルーツ)に深く関係しているあの触媒(カタリスト)は、夜色名詠士である冬夜が触れたことによって、名詠式の根幹に当たる二色の性質を同時に持つ名詠生物を名詠したのだ。

 

 夜色と()()()という、本来相容れないはずの二色の力を持つ名詠生物を。

 

 ………反唱で送り還せないわけだ、とその結論に達した冬夜は思う。

 コイツは既存の名詠生物たちとは根本的な部分からして違う。もちろん、今冬夜の身を守るように彼の前に立っている夜色の名詠生物(ベリス)とも違う。あの漆黒の名詠生物は『名詠式』という『異世界に通じる魔法』の最奥に関係する存在だ。

 

(間違いない。コイツはーー黒崎冬夜(オレ)という人間の特異性が生み出した、正真正銘の化け物だ)

 

 ………ならばやるべきは一つ。

 起き上がってくる漆黒の名詠生物(自分の影)を見て、冬夜は腹を括った。

 夜色と空白色。誰も知らないこの二色の性質を、目の前の名詠生物が持っているのなら同じ力をもってすれば還せるかもしれない。

 

「ーーSem girisi qhaon(あなたの誇り高き翼は)denca sm mihhya lef hid,(頭上のいと高きまでも舞い上がる)rauience branous(最も雄々しき者よ)

 

 【イ短調禁音名詠・全ての傷つきし子供たち】

 【イ短調忘音名詠・全ての忘れ去られた子供たち】

 

 誰にも聞こえないほど小さな音量で冬夜は讃来歌(オラトリオ)を歌う。残酷な純粋知性(アマリリス)を自分の精神に封律した時に生まれた守護者の詠(自分だけの詠)を歌った冬夜は、自身の足元に広がっている影から二本の剣を名詠した。

 

 右手には、刀身が髪の毛ほどの太さしかない黒の剣を。

 左手には、樹の根のごとく歪に曲がりくねった真紅の刀身を持つ剣を。

 

 それらの剣を掴んだ冬夜は、少し腰を低く落とした。注意深く、まだ還しきれていない名詠生物の動きを観察する。

 漆黒の名詠生物が三度起き上がる。撥ね飛ばしたはずの頭部も何事もなかったかのようにもとに戻っていた。今度こそ冬夜を倒そうと漆黒の名詠生物は冬夜の姿を見る。

 だが次の瞬間には、冬夜の姿は漆黒の名詠生物の視界から消えていた。

 

「きっとお前はーー」

 

 名詠生物が起き上がったのを見て、冬夜は空間移動(テレポート)する。冬夜の最も得意とする、冬夜の精神に宿った彼だけの魔法は、一瞬で冬夜と漆黒の名詠生物(自分の影)と距離を詰めーー

 

「きっとお前は、オレが呼び出したんだろうな」

 

 歪な形をした二振りの剣が影を切り裂く。

 冬夜の口から反唱の呪文が紡がれ、今度こそ正体不明の名詠生物を送り還された。

 

◆◆◆◆◆

 

冬夜が正体不明の名詠生物を撃破した後ーー。

 ブランシュの真のアジトであるバイオ燃料の廃工場では。

 

「つ、司様!大変ですッ!一高への襲撃がーー」

「失敗したんだろう?それぐらいもう知っているさ」

 

 かつて事務室だった場所で、窓際から双眼鏡を使って一高の様子を遠目に眺めていた一は、駆け込んできた部下の言葉を遮った。途中で面白いアクシデントがあったようだが、一高の襲撃は失敗に終わったみたいだ。

 これで、エガリテに引き込んだ生徒を最低限使える兵士(ソルジャー)に育て上げるのにかけた莫大な時間と労力を全て無駄にしてしまった。

 しかしそれでも、彼は慌てる様子なく部下に背を向けて一高の方を向いていた。

 

「しかし、これからどうしましょう。」

「はぁ。君はバカだね」

「へっ?」

 

 部下がすっとんきょうな声をあげてマジマジと一を見る。一は双眼鏡を机に仕舞って次の作戦の準備に取りかかっていた。

 

「そ、それはいったいどういう………」

「そのまんまの意味さ。君、自分が社長になったと考えて、会社の経営に根本的に関わるような重要案件を短期契約のアルバイトに任せると思うのかい?」

 

 任せるわけがない。つまり司一は最初から襲撃が失敗することを見越していたのだ。彼は一高の持つ戦力を舐めていたわけではなかった。もちろん成功すると信じてはいたが、万が一失敗した時に失う人員の大きさを考えて、彼は予防策を用意していた。

 

「と、いうことはつまり………」

「慌てることはない。既に策は考えてある」

 

 一はそう言って部下を押しのけ部屋を出ていった。

 

◆◆◆◆◆

 

 太陽が地平線の向こう側へと沈み、月が空に高校と輝きだす前の黄昏時。

 正体不明の名詠生物を夜色名詠士が撃破し、突如として一高を襲ったテロリストたちが全員拘束された後、

 スパイ活動という命掛けの任務を果たした冬夜は。

 

「以上が、オレが知る全情報です」

「そうか。危険をおかしてよく調べてくれた。ありがとう」

 

 保健室で紗耶香の事情聴取に付き合っていた。

 右肩の負傷をしている紗耶香を興奮させないようにと、校医から制止が掛かったのだが、今、全てを話したいという紗耶香の希望を優先させた結果だった。

 今回の騒動ーーブランシュの手引きをした首謀者である司甲は、こそこそ逃げ出そうとしていたところを少女探偵団に見つかり、風紀委員にリアルタイムの映像つき密告され、あえなく御用となった。

 実験棟にいた侵入者や生徒は全員気絶していた。今は運び出した上で拘束しており意識が戻った者もいるがまだ錯乱状態にいる者が多かった。侵入者の連中は先生方が手元で見張っているため尋問することは出来ず、結論から言うと紗耶香と冬夜だけが、今のところ今回の騒動に関する詳しい事情を聞き出せる情報源だった。冬夜から情報を聞けばブランシュの進攻についてある程度の裏事情を聞けるのだが、しかし冬夜が同盟の仲間になったのはつい最近のこと。いつ、どこからブランシュの思想が広まったのかは分からない。

 今後、このようなことが起こらないようにするためにも正体不明の名詠生物を受けた真由美を除く三巨頭の二人が事情を聞くためにここにいるのも不思議なことではなかった。

 

「魔法によるマインドコントロールって……。その司一という男は、絵にかいたような外道ね」

「その上小物だ。オレが操られていないことに気づきもしなかった。ナルシストと言えばいいのか自信過剰と言うのか……とにかく、邪眼(イビルアイ)さえ対処できればあの男は怖くない。他にもなにか手を持っているかもしれないが、あらかたの対策は考えてある」

 

 紗耶香は冬夜がスパイとして入り込んでいたことに非常に動揺していた。冬夜はきちんと腰を折って最初から真由美と結託していたことを紗耶香にバラし、謝った。

 その上で紗耶香は冬夜を許した。同盟の活動に協力してくれたのは事実だからだと言って。

 今更ながら、冬夜は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「さてーー話は終わったようですし、オレはこれからもう一仕事してきます」

 

 騙されていた事実に悔しさを抑えきれなかった紗耶香が、達也の胸を借りて号泣したのを見届けた後で、冬夜は紗耶香の方を向いていた体を百八十度振り返って、扉の方に歩を進めた。

 奇襲部隊も殲滅したし、突如として出現した正体不明の名詠生物も倒した。雫やほのかたちのおかげで甲も捕まったため、一高を狙った襲撃事件は終わりを迎えつつある。

 そう、『終わりを迎えつつある』。それは言い換えれば『まだ完全に終わってはいない』ということだ。冬夜はこれから、今回の事件の全てにケリを着けに行くつもりだった。

 

「これから?まさかお前、これからブランシュの連中と一戦交える気か?」

「その表現は適切じゃないな。一方的に叩き潰すんだよ」

 

 扉を開く前に冬夜は振り返って、達也の言葉に危険度を上乗せしてそう返した。

 

「ダメだ!これ以上は警察に任せるべきだ」

「では、壬生先輩や同盟に参加した全ての生徒を家裁に送りますか?」

 

 冬夜の冷静な指摘に摩利は黙る。冬夜からすればブランシュの連中を生かす理由はなくなったため、悪性の腫瘍を切除するのと同じ感覚でブランシュを潰す気でいた。

【空間移動】を使えば、廃ビルを使って圧殺することなど蛇口を捻って水を出すことより簡単な事だからだ。

 だが冬夜は、そんな生易しい方法で決着をつける気はなかった。

 沙耶香の話を聞いて、自分の手で叩きのめすと決めていた。

 

「ここまで関わったんです。最後まで責任を持ちますよ。責任を持って、()()が奴らを倒します」

「なるほど。確かに警察の介入は好ましくない。

 だが、このまま放置することも好ましくない」

「十文字!?」

「だがな黒崎」

 

 摩利の言葉を克人の重く、力強い言葉が遮り、克人が冬夜に炯炯たる視線を向けた。冬夜もその目を真正面から見つめ返す。

 

「相手はテロリストだ。下手をすれば命に関わる。オレも渡辺も、生徒に命を懸けろ、とは言えん」

「当然だと思います。後始末は全て、オレ一人で片付けます」

「違う。そういうことをオレは言いたいのではない」

「………どういうことでしょうか?」

 

 克人の視線をものともせず答える冬夜だったが、克人の真意が分からず聞き返してしまった。克人は冬夜の目を見たままその問いに答える。

 

「お前が全てを抱え込む必要はないということだ。黒崎、お前は忘れているかもしれないがお前自身も一高の生徒なのだ。

 この学校に通っている間は、十師族(オレ)夜色名詠士(お前)も、誰がどんな肩書きを持っていようも関係なく【第一高校の生徒】だ。オレはお前にも命を懸けて欲しくはない。

 しかし、お前の言う通りブランシュを放っておくことは出来ない。

 お前が一高の生徒のために戦うというのなら、オレも十師族に名を連ねる者として、そしてお前と同じ一高の生徒として共に戦おう。

 なにより……先輩として、後輩に全てを任せたままにしてはおけんからな」

 

 克人の参戦表明にその場にいた全員が驚いていた。克人はそれ以上なにも言わなかったが、克人の参戦に反対する意見もまた誰からも出てこなかった。

 

「そういうことなら、オレも行くぜ」

「私もよ」

「オレも行こう。お前にばかり重荷を背負わせるわけにはいかないからな」

「お兄様がいくのであれば、私も行きます」

 

 それに続く形で出てきた、レオ、エリカ、達也、深雪の参戦の意思。冬夜は「オレ一人で十分だ」という言葉が喉元まで出かかったが、それを発することは出来なかった。自分を見つめる十の瞳が、それを許さなかった。

 

「はぁ……分かったよ。そこまで言うのなら頼む。協力してくれ」

「当然だ」

「…………なら私もーー」

「渡辺、お前はダメだ。生徒会長が不在の今、風紀委員長であるお前までいなくなっては困る」

「……わかった」

 

 摩利も参戦する意向を示したが、克人に止められたためしぶしぶ引き下がる。

 

「すぐに行くのか黒崎?もうじき日が暮れる」

「時間はかけません。日が沈み切る前にケリをつけます」

 

 冬夜のその言葉に頷いた克人は、車を回す、と言って出ていった。

 





はい。というわけで色々と衝撃の事実が発覚した一話になりました。そして話の構成上イヴとアーマが出られなかった……。期待していた黄昏ファンの皆様、本当に申し訳ありません……!

言い訳させてもらいますと、当初の構想では大型の名詠生物を出してアーマとイヴで撃退ってストーリーだったんですが、書いてる途中で……

「あれ?魔法科高校って建物とか破壊されたりすると不味くね?九校祭編とか影響でね?」

九校戦の練習が始まる前に修復が完了したことにしてもよかったのですが、作者の文才がないばかりに戦闘シーンも原作と似た展開になってしまい、それならいっそ、と敵を小型化。小型化に伴い真精を出す必要もなし、アーマとイヴさん出番なし。という風にしました。

とりあえずあの二人は、三章の九校戦編には必ず出てもらうつもりです。二章の交流会編は……まだちょっと微妙ですが。(本当に申し訳ありません!)

オールフリーも本当は出したいんです!でもそれに見合う敵がいないんです!とりあえずカインツさんとユミエルさんは出すメドがたったんですが……どうにも夜色の真精たちの出すメドがうまく立ちません。

どうか、読者様の寛大な御心で、長い目で見てください。マジでお願いしますm(__)m。

さて、謝罪はこれぐらいにして、次回予告でも。

入学式編も残り一話となりました。次回で最後です。一章の次は交流会編。入学式編で出せなかった黄昏色感をメインに書いていきます!頑張りますよー!

次回は一さん(と冬夜)のフルボッコ回だ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。