魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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さぁ第二話目。感想等お待ちしてます!


五年後

『オレ、絶対帰ってくるよ。何年かかっても絶対 に、帰ってくる。だから、帰ってきたら――』

「――夢、か……」

 

 ずいぶんと懐かしい夢だ。と一人の少女が寝ぼけた頭でそう思う。視界に入ってくるのは白い天井、整えられた調度、そしてカーテンの隙間から漏れ出る朝日。朝日からは春の陽気を感じられ、今日は新しい門出には最適な日だろう。よく晴れた気持ちの良い朝なのだが少女はそのまま起き上がらずに、ベッドに横になった状態で夢の中身を思い出す。

 

「懐かしい」

 

 遠いあの日、小学生の頃に交わした約束。夢に見るまで思い出しもしなかった思い出。あの頃は毎日が楽しくて、こんな日がずっと続くとばかり思っていた。けれど、あの少年とはあの日別れて以来それっきり。連絡も一切してこない。一年二年と過ぎていくうちに『死んでしまったのかもしれない』と不吉なことを考えてしまい、いつの間にか『もう会えない』とばかり思っていた。

 そう。つい先日までは。

 

「どんな風になっているのかな?」

 

 夢の中でよみがえった懐かしい顔。もう二度と会うことはないと思っていた少年。

 それが()()()()()

 あの時の少年はどんな風に成長したのだろう。生存が分かった今でも一切の連絡を寄こさない彼は、父親曰くかなり格好良くなっているらしい。正直なところ、今から再会するのが楽しみで仕方がない。

 

「恋人とかいるのかな」

 

 ふと、何となく口に出てきた台詞(フレーズ)。単なる興味のはずなのに、その言葉を言うとどうしてか胸が苦しくなる。

 なぜ苦しくなるのか。その理由には心当たりはある。だが、彼女は未だに自分自身が、あの少年に対して()()()()()()()()()()()()ことを信じられなかった。

 少し頬に赤みが差した顔をぶんぶんと振って、一息にベッドから出る。そして近くのハンガーラックに掛けられた『あるもの』を見る。新録を思わさる緑を基本としたブレザーと清楚な白を基本にしたスカート。それは真新しい制服だ。今日から自分が、そして別れた少年も通うという学校の制服。

 ――自分だってあの頃とは違う。

 その制服を見るたび、彼女はそう思った。

 

(今度は手を離さない。ちゃんと…)

 

 今日から通う学校の――国立魔法大学付属第一高等学校の制服を見ながら、北山(きたやま)(しずく)はそう決意した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「まだ微妙に眠い……」

 

 ベッドから離れ身だしなみを整えて新しい制服に身を包んだ雫は、リビングルームへ向かう途中であくびを噛み殺していた。

 春眠暁を覚えず。とはよく言ったものだ。ぽかぽかという春の陽気が未だ覚めきらない頭に睡魔という名の悪魔が押し寄せる。この春休み中、自堕落な生活は送ってないとはいえそれでも気がゆるんでしまうのはどの学生も体験することであり、仕方のないことか。

 しかし、ここで睡魔に負けるわけにはいかない。ここできちんと起きていなければ、我が家のハウスキーパーがどんな手を使って起こしてくるか想像もつかない。――想像したくもないと言うのが本音だが。

 どのみち、寝坊で遅刻など彼女の中ではあり得ないことなのできっちりと起きる。足下が微妙にふらついているのでしてどこか心配になる決意だが、そこに触れられるのは禁句(タブー)なので触れないでおこう。

 

「あ、おはよう姉ちゃん」

「おはよう(わたる)。今朝は早いね」

「うん。今日から新しい学年だし、みんなと会うのが楽しみなんだよ」

 

 リビングルームに入った途端、挨拶をしてきたのは北山(きたやま)(わたる)。雫の弟で今年で小学五年生になる。航は姉の着ている服が普段と違っていることに気づいて「あぁ」と呟いた。

 

「そっか。今日から姉ちゃん高校生か。……うん、時間って経つの早いねぇ。うんうん」

「何を年寄り臭いことを。そういう言葉は航にはまだ早い」

「だって春休みが終わっちゃったんだよ? 長いお休みが終わったら『あと1日だけ……!』って思うのがふつうじゃない?」

「さっきは友達に会うの楽しみって言ってたのに?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 航はジェスチャーを入れながらリビングにあるソファーに座った。雫も向かい側の席に座る。二人が席に着くとすぐ使用人たちが食後の紅茶を差し出してくれた。湯気と一緒に立ち上ってくれる優しい香りは入学式前の雫の精神をリラックスさせてくれる。美味しい紅茶に満足しつつ、雫はさりげなくリモコンを手に取ってスイッチを押し、テレビを点ける。

 

「あ、いつのまに!?」

()からテレビのリモコンを取るなんて、()には100年早い」

「ずるいよ姉ちゃん。 今朝は見たい番組があったのに!」

「奇遇。私も今朝は見たいニュース番組があった」

「いつものことじゃんそれ」

 

 航の言葉を無視して雫は朝のニュース番組を見始めた。そんな姉の姿に航も渋々テレビの画面を見る。テレビの中では、いつものように若い女性アナウンサーが原稿を読みながら(正確には女性の声でニュースの原稿が流れながら)今朝のニュースが伝えられていく。

 毎朝見ているが、どうして事件というのはこう毎日起きるのだろう?

 漠然とした答えようがない問いを頭の中で雫は思い浮かべたが、すぐにその疑問は忘却の彼方へ消えていく。

 そしてテレビを見始めて少し経つと、この話題が流れてきた。

 

『さて今日から入学式という学校も多いですが、中でも今日は魔法科高校の入学式です。全国に九校しか存在しないこの名門校に、一流魔法師を目指して、若き魔法師の卵達がその校門をくぐります』

「さすが有名なだけあるね。入学式ってだけで他の学校と違ってニュースでも取り上げられるなんて」

「まぁ、国が運営しているだけあるし、マスコミも注目するんだよ」

 

 雫がそういうと航はテレビから目を離して前に座る自分の姉を見た。そんな弟の行動に気づいた雫は、疑問符を頭の中に浮かべて自分の弟の顔を見た。

 

「……なに?」

「良いなぁ姉ちゃんは魔法が使えて。僕も魔法が使えたら良かったのに」

 

 滅多にない弟の拗ねたような言葉。しかしこればかりは雫にもどうしようもなかった。

 魔法がおとぎ話やファンタジーの中のものではなく、現実の技術として世に広まった現在。だが、その神秘の力を行使できるのは一握りの人間だ。

 魔法を扱うにはその才能がなければいけない。魔法を使う人間――魔法技能士(略称:魔法師)にとってもっとも重要なファクターである【魔法演算領域】という精神の中にあるという機能は、生まれついて持つ先天的な機能であって魔法が世間に知られ始めた百年前から飛躍的な進歩を遂げた現代の医療技術でもカバーすることの出来ない部分だ。

 この姉弟のうち姉の方、すなわち雫には類い稀なる魔法演算領域(才能)があったが、弟の航にはそれがない。

 その才能があったからこそ、雫は国内最難関である第一高校の生徒として入学が認められたのだ。

 逆に言えば、弟の航にはどんなに努力したって届かない夢。

 しかし雫はそんな弟を慰めることはせず、むしろ彼女自身がさらに拗ねたような口調でこう返した。

 

 

「そういう航は私よりよっぽど名詠式の才能があるでしょ。私は航が羨ましいよ」

「そうかなぁ。やれば誰だって出来るんだけどなぁ」

「そんなことない。実際に私は無理だった。あのね航、お姉ちゃんは有翼馬(ペガサス)とか喚んでみたかったんだよ? 私には到底出来ないけど航なら出来るかもしれない」

「うーん。がんばるよ。まだ簡単なモノしかできないけど」

 

 今、二人の会話に出てきた【名詠式】というのは、古式魔法の一つのこという。

 百年前突然現れたある超能力者の存在を機に開発・研究が進められた魔法を【現代魔法】と言うのに対し、それ以前より存在した魔法、日本では陰陽道や忍術などを指す魔法を【古式魔法】と言い、現代魔法によって、伝承の中で伝えられるような術の中には本物の魔法があることが証明されたものもある。

 

 名詠式はその中の一つだ。

 では、名詠式とはどのような魔法なのか。

 それは、自らの『思い描いたもの』の名を詠い、賛美することでこの世界に呼び出す魔法。

 つまるところ、おとぎ話やファンタジーの中で出てくる精霊や生物たちを現実に喚び出す魔法なのだ。

 セラフェノ音語と呼ばれる不可触言語によって作られた歌、呼び出したい精霊を賛美する【讃来歌(オラトリオ)】、そして呼び出す精霊と同色の【触媒(カタリスト)】の二つを使い幻想上の生物たちを呼び出す名詠式は、世界大会も開かれているほど人気のある魔法だ。

 

 現代魔法と名詠式はなにかと対照的にみられることが多い。重火器を上回る威力を持ち『軍事力』として主に使われ限られた人間だけが使える現代魔法と、見た目の派手さから主に『娯楽』として使われ全ての人間が使うことが出来る名詠式。

 名詠式によって呼び出される精霊や名詠生物たちは派手で人目を惹くものがあり、それが名詠式に魅了される要因の一つになっている。多くの人が知っている名詠式の大会といえば、より高位の名詠生物をいかに美しく呼び出すことを目的とした『競演会(コンクール)』、精霊を用いた名詠士同士の戦い『競闘宮(コロシアム)』。この春、現代魔法の学校に通う雫と同じように『競宴会』、『競闘宮』で栄えある名誉を勝ち取るために名詠式の学校に入学する同年代の少年少女達もいる。立場こそ違うがこれからそれぞれの魔法を学び【魔法師】、もしくは【名詠士】となるべく努力していくことに変わりはない。

 弟もそのうち名詠式の学校に通うのだろうか、とぼんやり雫は思った。

 

「あぁでも。一回でいいから会ってみたいなぁ。夜色名詠士に」

「夜色名詠士、ねぇ」

 

 さて、この名詠式では重要な部分がある。

 それは【色】という概念だ。古式魔法の中で【色】に重要な意味を持つということは、そう珍しいことではない。しかし、名詠式ではその意味が少し変わる。

 まず、使える【色】は五つしかない。『(Keinez)』『(Ruguz)』『(Surisuz)』『(Beorc)』『(Arzus)』の5つだ。それ以外の色は存在せず、またこれらの色でない精霊は呼び出すことが出来ない。これはどれだけ凄腕の名詠士でも変えられない事実だ。

 

 世界で、ただ一人を除いては。

 

 その唯一の例外、それが【夜色名詠士】。名前・人種・国籍等々すべてが正体不明の名詠士。

 この名詠士だけは、黒色の名詠式である【夜色名詠】を使うことが出来る。なぜ世界でその人物だけが使えるのか、そして【黒色名詠式】ではなく【夜色名詠式】というのか。使う名詠式も謎だらけという人物。

 ただ少しだけはっきりしていることを挙げるなら、その夜色名詠士は実在する人物であることと『競闘宮』『競演会』に一切出てこないことだ。金や名誉には興味がないのあろう、と多くの人は言っている。そして夜色名詠士が現れる時はきまって名詠式によって喚び出された生物――名詠生物たちが暴走した絶望的な状況であることだ。

 名詠式によって呼び出される精霊や名詠生物たちは必ずしも呼び出した名詠士の命令を聞くわけではない。最悪の場合、名詠士のことなど無視して暴走する危険性がある。名詠されたものがウサギや亀といった一般的な生物なら対処のしようもあるが、ドラゴンを始めとした最高位の名詠生物たちはまず対処しきれない。名詠生物たちは時間経過によって戻ることも、呼び出した名詠士を殺害することで解除されることもないため、放置しておけばそのまま災厄となって多くの人に被害をまき散らす。夜色名詠士そういったドラゴンたちをたった一人で倒すことが出来るという実力者であることが知れられている。

 

 

 これらの事実から夜色名詠士はどんな絶望的状況をも覆す英雄(ヒーロー)として名前が知られており。名詠士を目指す者なら一度は憧れる存在となっている。あまりにも出来過ぎた英雄像に雫は「話盛り過ぎじゃない?」と疑念を持っており、その存在さえ疑っている。

 

「実際に夜色名詠士に会えたら、航は何がしたいの?」

「え? そりゃ名詠式で勝負してみたいなぁとか、夜色名詠式を教えてほしいなぁとか」

「なんかふわふわしてるね」

「しょうがないじゃん。会えるかどうかもわかんないんだし」

 

 航は口をとがらせて言葉を返す。テレビの中で表示されている時間を見て「あっ」と小さく言葉を漏らした。

 

「どうしたの?」

「そろそろ行かないと遅刻しちゃう」

「……まだ始業式まで一時間以上あるのに?」

 

 ちなみに、北山邸から航の通う学校に行くまでは10分しかかからない。それを踏まえた上での雫の疑問は当然と言えよう。

 

「今日はみんなと一緒に行くって約束してるから。ちょっと寄り道してから学校行くつもりなんだ」

「ふぅん。学校に遅れないようにね?」

「そういう姉ちゃんは大丈夫なの? 確かほのか姉ちゃんと一緒に学校行くんでしょ?」

「平気。ちゃんと時間は見てるから。それに」

 

 それに、こういう日のほのかは必ず寝坊するし。という彼女の呟きは幸いにも弟に聞かれることなくスルーされた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「失礼します」

 

 少し時間は遡り、雫が弟と会話をしている時間よりさらに1時間ほど前。

 豪華な内装を施されたある部屋に一人の少年が入っていった。黒髪黒目で日本人らしい顔と子供から大人から成長していく間の、幼さと精悍さが同居している少年だった。

 その少年は真新しい服に身を包んでいた。白地に緑のアクセントと黒のラインが入ったブレザーと、黒いネクタイ・スラックス・ブーツを履いたその姿はまだ制服に()()()()()()感が強く、袖を通したことが少ないことが分かる。

 だがそれもそのはずだ。その服は今日これから通う学校の制服であって、そしてそれを着ている少年はこの学校の生徒になるのだから。

 

「おはようございます、校長先生」

「おはよう。忙しい中よく来てくれた。感謝するよ」

「いえ。それほどでも」

 

 その部屋に少年を迎い入れた一人のダークグレーのスーツを着た初老の男性。少年の言葉からわかるだろうが、この男性はこの学校の校長である。入学式である今日、本来ならこの男性は入学式のリハーサルや、来賓の方々との打ち合わせで忙しいはずだ。しかし、校長はその忙しい時のなか、わざわざ時間を取って少年に会った。

 この少年は、いったい何者だろうか。

 

「いやしかし、まさか君がここに入学するとは思わなかったよ。国から伝えられたときは『冗談だろう』と思った」

「私にも()()()()と立場や理由がありまして。成し遂げなければならない目的のことも考えると、この学校に通うのが一番と判断しました」

「……君はまだあの男を、()()()()()を追っているのか? 彼がもう何年も前に死んでいることは政府にも確かめられている。仮に君の言っていることが真実だったとしても、君は一度彼を殺しているはずなんだろう?死人を追いかけるのは止めたほうがいいのではないかな?」

「お言葉ですが校長。本当にあの男が死んでいるのならもう追ってません。それに血縁上父親ではありますが、アレに親を名乗る資格はないでしょう」

 

 プライベートなことだからか、少年は不快な顔をしてきっぱりとそういった。少年の人生に最も大きな影響を及ぼした存在であるその男は、親ではなく敵だ。この先、生きていくにあたって必ず排除しなければならない存在。

 もしも()()()、あの男の存在を本当に抹消することが出来たのなら、おそらく少年はこの学校の生徒になることはなかったかもしれない。

 

(手応えはあった。だけど死んだとは思えない。そう思うにしてはあの男が存在するという"痕跡"が多すぎる。弱っているにしろ、まず間違いなくあの男は生きている)

 

 確たる証拠はないが少年はそう考えこの場にいる。

 もしも次に出会うことがあったのなら、今度こそその息の根を止めるために。

 

「さて、無駄話はここまでにしましょう。私を呼んだ理由を聞かせてもらっても良いですか?」

「ふむ。そうだな。入学式のこともある。私もあまり悠長にしていられない」

 

 校長は咳払いを一つし気持ちを切り替えた。

 

 国立魔法大学付属第一高等学校の校長、その人物が入学式である今日――来賓の対応やらで忙しいはず時間に呼び出し、わざわざ校長室で待っていた人物。

 この少年のことを何も知らない人物からしたら「なんなんだあの子共は?」と疑問に思うだろう。

 だが、その通り名を知ったのなら誰しもが納得する。そして驚愕する。 

 なぜならこの少年は――

 

 

「こんな忙しい時に君を呼び出したわけは他でもない。ぜひ君に頼みたいことがあったのだよ――『夜色名詠士』殿」

 

 その少年は、世界でただ一人【夜色(Ezel)】の詠を歌うことを許された少年なのだから。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。ごめん雫! 遅くなった!!」

「大丈夫、毎年のことだし予想通り」

 

 それから少し後、時刻はお昼にはまだ早い時間。

 制服を着た雫は、最寄り駅で幼なじみの光井ほのかと待ち合わせいた。彼女は小学校以来の親友であり今日から雫と同じ一高の生徒。

 少々おっちょこちょいで思い込みが激しいタイプではあるが、雫にとっては唯一無二の親友。本当の姉妹のように過ごしてきた間柄だ。

 

「本当にごめん! ハイヒールじゃあうまく走れなくて……」

「言い訳は良いよ。入学式にはまだ間に合うから。早く電車に乗ろう?」

「う、うん」

 

 二人は電車に乗り込み電車は静かに運転された。二人乗りのコミューターが主流となっている現在の電車は、通勤ラッシュや満員電車、電車待ちという言葉を死語にした。まhプが開発されて以降、日本は世界有数の魔法技術大国として成長しそれに伴って魔法以外の技術力も向上した。交通機関といったインフラの目覚ましく進歩はその分かりやすい象徴といえるだろう。たとえ電車に乗り遅れてもその五分後にはまた同じ電車が来る。便利な世の中になったものである。

 

「ふう、よかった。やっと落ち着けるよ」

「朝からご苦労様」

「まったくだよ。今日から高校生だっていうのに行く前から疲れちゃった」

「明日からはこんなことしないでね? 遅刻しそうだったら先に行くから」

「うん。肝に銘じておくよ」

 

 雫もほのかも笑って朝の挨拶をする。小学校以来毎年の恒例行事となっているこの騒動は二人にとっては当たり前になっていた。入学式前日に緊張したほのかの寝つきが悪くなって寝坊するのも、寝坊した彼女を一人駅のホームで待っていることもすっかり慣れた。

 

「でも今日から高校生なんだよね私たち。しかも憧れの第一高校! この制服着るの夢だったんだぁ」

「ほのか、それ何度も聞いた」

「いやでもさ、高校だよ? なんか新しい出会いとか楽しみじゃん。それにさ」

 

 雫の冷めたツッコミに普通に受け止めて、ほのかは上がり気味のテンションで隣に座る雫を見る。

 どうやら私の幼なじみは、春の陽気のせいでテンションがおかしなことになっているらしい――冷静にそんなことを考えた雫は、もしかしたらちょっぴり冷めているのかもしれない。

 一方そんなこと露も知らず(当たり前だ)、意気揚々として話すほのかは話を続ける。

 

「懐かしいよね。五年ぶりだっけ? 冬夜くんに会うの」

「うん。お別れしたのが小五の時だから、大体五年ぶり」

「そっかぁ。もう五年かぁ」

 

 今朝の雫と同じようにほのかは懐かしい記憶を思い出す。

 黒崎冬夜。彼は雫とほのかが小学校の頃に一番仲がよかった男の子のことだ。引っ込み思案であまり人前に出ることが得意でなかった当時の雫にとって唯一気楽に話しかけられた人物で、ほのかにとっては今までで気の合う子だった。

 その少年が、彼女達と同じ一高に入学することが知らされたのはつい一週間ほど前。雫の父親である北山(きたやま)(うしお)が、夕食時に教えてくれた情報だ。

 何でも自分たちと別れた後は海外に住んでいたらしく、そして久しぶりに日本に帰ってくるらしい。通う学校が同じなのは全くの偶然。そしてすでに入学は決まっているらしいので、運が良ければ今日再会できるかもしれない、と。

 いやそれだけではない。幼い頃の雫にとって彼との再会は、特別な意味を持つ。

 

「雫からすれば、五年ぶりに初恋の人に会えるってことだよね。どう? 今の心境は?」

 

 雫にとって冬夜は初めて意識した異性、いわゆる初恋の相手だ。しかし、なかなか勇気が出せず、結局告白しないまま別れてしまった相手でもある。

 小さい頃から、それこそ小学校も含めて今までずっと一緒だったほのかは、その時によく相談されたのを覚えている。彼と一緒にいてうれしかったこと、失敗して悲しかったこと――すべて。だから、雫がどれだけ彼のことを好きでいたのかわかっている。

 そして、成就しないまま終わってしまった初恋であったことも覚えている。二日も塞ぎ込んでしまう程だったため、相当だったんだろうと幼いほのかにもその思いの強さは容易に想像出来た。

 だからこそ、ほのかにとって今の雫の気持ちは一番に知りたいことであり、冗談交じりにさらっと聞いてみたのだが、それに対する雫の答えは、かなり淡泊なものだった。

 

「どうって言われても……どうもしないよ。懐かしいな、ってだけで他はなにも」

「えー、なにもないの?」

 

 不満そうにほのかが口を尖らせる。しかし雫のほうもこれ以外に言えることはなく

 

「だって五年もいなかったし、それだけ経てば気持ちも薄れるし……」

「でもでも、初恋の相手だよ? あんなに一生懸命だったのにそれで良いの?」

「でも、これが今の私の気持ちだから」

「……うーん」

 

 結果的にこうなるのである。ほのか的には『少し……気になるかな』みたいな純情乙女的回答を求めていたので、やや不満が残る結果となった。まぁ、隙を見てまた聞くつもりではあるのだが。

 が、五年も経てば一つや二つ、変化は訪れているものだ。人前に出ることが得意でなかった雫は、今ではそうでなくなり(苦手意識はある)、あまりに雫と冬夜の仲が良すぎて時たま冬夜に嫉妬していたほのかも、今では恋する乙女である。

 ただし、本人にその自覚はまだないようだが。

 

「……本当の気持ちなんて、今更恥ずかしくて言えないし」

「え? なにか言った雫?」

「なんでもない。ほら、もうすぐ駅着くから荷物持っておいて」

「? うん」

 

 照れ隠しでほのかを急かしてしまうあたり、誰よりも冬夜との再会を望んでいるのは雫のようだった。

 意識すれば高鳴ってしまう心臓の鼓動(おと)を押さえながら、雫は早く早くと一高へと向かう電車の中で気持ちを高めていた。

 

 




さて、第二話目。説明会に近くなってしまいましたね。え?主人公の名前が出てない?
……………あれー?(汗)

次回予告

校長と密談を交わす夜色名詠士。そこで校長からあることを聞かされる。
「………オレ、入学したての一年生だよね?」
校長から大役を任された彼は、入学式までどこか暇を潰せないかと校内をうろうろする。
そこで偶々彼が出会ったのは、一高のエンブレムが刻まれていてない雑草の男子生徒だった。


2014/2/10 改稿

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