魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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二話連続投稿じゃー!


クラブ見学 後編

「きゃっ!」

「うわぁ!!」

 

 時空間のトンネルを越え、三人が次に現れた先は勧誘で賑わう校庭から外れた校舎裏――もとい人気の少ないところだった。

 地面より少し上に出口を作った冬夜は、出た瞬間に二人を抱き寄せて地面に着地。さっきまで全速力で走っていた二人だが、冬夜に強く抱き締められていたため、特にバランスを崩すことなく地面に着地した。

 

「よし、うまく逃げられたみたいだな」

「へ?あれ、景色が変わってる!?」

「ほのか落ち着いて。冬夜の空間移動(テレポート)だよ」

 

 状況を飲み込めてなかったほのかが少々テンパったが、雫の説明で納得したらしい。落ち着きを取り戻した。

 

「で冬夜、ここどこ?」

「校舎裏。逃げていた場所からここが、人が少なくて一番近い場所だったから」

「そうなんだ」

 

 冬夜は固有魔法【空間移動】を持つ副産物として、冬夜が認識できる一定範囲内のエイドス上に存在するモノの位置を正確に知覚することができる。見える見えないはエイドス上の認識において問題にならないため、隠れている人物の発見に便利で今までの海外生活でこの能力に命を救われたことも何度かある。

 

「すごい。本当に一瞬なんだ」

「二回目だから驚かないだろ?」

「ううん驚いたよ。すごいね冬夜くん」

 

 尊敬の眼差しで冬夜を見るほのか。昨日知ったわけだが、この幼馴染みは単に音信不通だった訳じゃないともう一度その事を認識することになった。その純粋な瞳を直視しないよう、冬夜は顔を明後日の方向に向けつつ頬を掻く。誉められるのは慣れてない。照れ臭いのである。

 

「……あのぅ~。ちょっと良いですか?」

「はい?」

 

 と、ここで遠慮がちな声で三人に話しかけてきた人物がいた。

 

「貴方たち、いったい誰?見たところ新入生みたいだけど」

 

 警戒心を露にして話しかけてきたのは、冬夜たちが今着ている学校の制服とも体操着とも違う服――おそらくは部活のユニフォーム――を着た女子の先輩。恐る恐る話しかけてきた先輩の後ろには同じユニフォームを着た女子生徒が複数人いることから、どうやらここは彼女たちが所属している部の勧誘拠点だったらしい。

 

「驚かせてすみません。そんなに警戒しないでください。オレたちは一年生です。オレは黒崎冬夜って言います」

「北山雫です」

「み、光井ほのかです」

「実は三人で部活見学をしていたんですけど、その最中に色んな部の勧誘に追いかけられて……身の危険を感じたんで、自分の固有魔法を使ってここに逃げてきたんです」

「なるほど。それは災難だったわね。警戒しちゃってごめんなさい。私はバイアスロン部部長の五十嵐(いがらし)亜美(つぐみ)って言います」

 

 冬夜たちの事情に納得した亜実は苦笑いを浮かべる。この学校に通う魔法力のある生徒なら、この時期の勧誘に困ることはよくあることだ。大半はちょっとしつこいだけだが、中には誘拐同然の強引な方法で連れてくるといった部も存在する。もちろん、そういった勧誘は風紀委員や部活連が容赦なく裁くのだが良くも悪くもここは魔法科高校、『先に手に入れたもの勝ち』というルールのもと、実力で新人を引き入れていることが当たり前なのだ。

 ――そういう考えでいけば、彼ら期待の新人を引き寄せる幸運もまた、実力の一つと言えるだろう。

 

(棚からぼたもちとはまさにこの事よね!)

 

 冬夜たちに同情し、苦笑いを浮かべる裏でガッツポーズを決めた亜実はそう思う。いきなり空中に冬夜たちが現れたときは心底驚いたが、今はそんな悠長なことは言ってられない。これは他の部を出し抜いて期待の新人を獲得する大チャンスなのだ。この機会を逃してなるものか。

 亜実は会話が途切れないうちに勧誘を始めることにした。

 

「せっかく勧誘から逃げてきたのに悪いんだけど、私たちの部活のことを聞いていってくれないかしら?」

「「「ぜひお願いします」」」

「ありがとう。私たちはバイアスロン部。正式名称は『SS(エスエス)ボード・バイアスロン部』よ」

「SSボード………バイアスロン部?」

「そ。より正確に言うと『スケートボード&スノーボード・バイアスロン部』っていうの。三人とも、SSボードについて聞いたことあるかな?」

 

 雫とほのかは知らなかったが、冬夜はUSNAにいた頃『運転走行中の銃撃戦の練習』という名目で少しやったことがあるので知っていた。

 

『SSボード・バイアスロン』

 概要を説明すると春夏秋はスケートボード、冬はスノーボードに乗って移動しながらコースに設置された的を魔法で撃ち抜く魔法競技である。

 ルールを大雑把に説明すると、スケートボード/スノーボードに乗りながら林間コースを走破しつつ、決められた的を魔法を使って破壊していき、最終的に破壊した的の数とゴールまでのタイムを競い合うのだ。的を破壊できる射撃ゾーンは200メートルごとに10メートルずつ設けられており、自分の色じゃない的を壊すと減点になる。そのため威力に加えて正確性も要求され、さらに言えば魔法を使ってスケートボードやスノーボードを操るという技術も必須となるため、プレイヤーの魔法制御能力が要求される競技なのだ。

 

「なんか、難しそうだね………」

「慣れないうちは的に当てるのも難しいわ。でも当たるようになると楽しいわよ?」

「う~ん……」

 

 部長から一通り説明を受けてほのかは考え込んでしまう。確かに面白そうではあるが、やはり難しそうに聞こえる。聞いただけでは分からないから試しに仮入部だけでもしてみようか?

 

(でも、まだ私たちこの部活しか見てないわけだし……)

 

 なんやかんやでこの三人はずっと逃げっぱなしだったのだ。ほのかはバイアスロン部だけでなく他にどんな部活があるのか興味があったし、そうそうに決める必要はないと感じていた。

 

「雫、冬夜くん、どうする?」

「んーオレは忙しいからなぁ……入部はパスかな」

「私、ここ入りたい」

「「えっ!?」」

 

 目を爛々と輝かせている雫に冬夜とほのかは驚いてしまう。二人とも他の部活を見てから決めるものだとばかり思っていた為、雫の回答に驚きが隠せない。

 

「ちょ、ちょっと待て雫!いくらなんでも決めるの早すぎないか!?」

「そうかな?」

「そうだよ!まだオレたちこの部しか見てないんだぞ?」

「うん。でもなんか面白そうだから」

「いや、面白そうだからっていうかだな……」

 

 冬夜は頭を抱える羽目になった。思えば昔から、雫は時たま竹を割ったようにスパッと物事を決めてしまうことがあり、こうやって決めたときは相当頑固で自分の意見を変えない。

 雫がこんな早くに入部を決めたのだから、彼女のなかで強く惹き付けられるモノがあったのだろうが、まさか最初の部活でこうなるとは思わなかった。

 そして冬夜が頭を抱えた瞬間に亜実が嬉しそうな表情をして雫の手を握った。

 

「ホント!?北山さん入ってくれるの!?」

「冬夜とほのかがいいなら」

「「えぇっ!?」」

 

 困惑している冬夜とほのかだが、そんな二人に構うことなく雫はバイアスロン部へ入ることを決めた。本当になにがそこまで彼女を惹き付けたのだろう?それは彼女にしか分からない。

 

「ねぇほのか、冬夜、一緒にやろう?」

「「え、えぇっと……」」

「………………………(じー)」

(………断れない………!)

(………断れん…………!)

 

 顔を見合わせ困った表情をする冬夜とほのかだったが、二人とも雫のキラキラとした視線になにも言えなかった。

 

(どーするよほのか、なんかもう断りづらくてしょうがないんだけど?)

(普段なら九校戦以外、ここまで分かりやすく訴えてくることないもんね)

 

 幼馴染の特殊能力、視線のみでのコミュニケーションに成功した二人はどうするものかと頭を抱える。やろうと思えば断ることも出来なくはないが、二人とも雫のガッカリする姿はみたくない。

 出来ることなら、また三人一緒に楽しく過ごしたい。この部活見学に行く前に密かにそう決意したほのかだったが、こうも早くに決断を迫られるとは思わなかった。

 

「やっ、やっぱり他の部活見てからにしようよ!その方が絶対良いって!」

 

 と、ほのかも雫を説得しにかかる。だが

 

「黒崎くんも光井さんも入ってくれるよね!?」

(めっちゃ期待されてるぅううう!!)

 

 バイアスロン部部長のキラキラとした期待の眼差しに、またもやなにも言えなくなってしまう。「入るよね?入ってくれるよね?他の部活なんて行かないよね!?」とその視線を通じて亜実の気持ちが伝わってくる。

 

「冬夜、ほのか、一緒にやろう?」

「やりましょう!ねっ!?」

「「う、ううう………」」

 

 右には雫、左には亜美。逃げ場を失った冬夜とほのかからそんな声が聞こえる。しかしここで押し切られるわけにはいかない。なんとしてもここは断りきるしかないのだ!

 

 

◆◆◆◆◆

 

数分後。

 

「まさか雫があんな積極的に押してくるなんてなぁ……」

「だよね。私も予想外だったなぁ……」

 

 しみじみとそうつぶやく二人の口から「はぁ……」とため息が出る。結局断り切れなかった冬夜とほのかは「入部します!」と言ってしまい、幼馴染三人組、仲良くバイアスロン部に入部することが決まってしまった。最初はどこの部活にも入る気がなかった冬夜にとってこれは想定外の出来事であり、「これからどうしよう」とただいま思案中なのだ。

 

「まぁ、最悪の場合水波に看病してもらえればなんとかなるでしょ……」

「なにか言った?」

「いいや、なんでもない」

 

 ポジティブに考えよう、そうしよう。と冬夜は気を取り直し前のほうで亜美たちと楽しそうに話す雫の姿を見る。冬夜たちは今、これからデモを行うバイアスロン部に付いて行っているのであり、雫は先輩たちから大会などの話を聞いている。ここまで雫が行動的になったのは冬夜にとってはもはや衝撃の域に達しており、雫が本当にSSボード・バイアスロンをやってみたいんだなぁ、というのがよくわかった。

 

「でも、ほのかは良かったのか?」

「なにが?」

「雫に付き合ってバイアスロン部入部したこと。なんならどっか別の部活のところに連れて行ってやろうか?」

 

 幸いにも雫は先輩との話に夢中で冬夜たちから少し離れている。雫には悪いが、今のうちに空間移動を使えばどこの部活でも自由に見学できるだろう。冬夜はほのかに手を差し出した。

 だがほのかは首を横に振って答えた

 

「ううん大丈夫。雫の手前ああ言ったけど、考えてみれば別にこれといって特に見てみたい部活があるわけじゃないし、勧誘に追いかけられるのはもっと嫌だしね。それに、雫があんなに積極的になってるんだもん。一緒に付き合ってあげるのが友達でしょ?」

「……そうか」

 

 冬夜は笑って手をひっこめる。どうにも自分は余計なことをしようとしたらしいと自覚し、それ以上は余計なことは言わないよう決めた。

 

「………………ん?」

 

と、ここで冬夜は急に体に違和感を感じた。なんだか頭がぐらぐら揺れるような感覚に襲われている。さっきまでなんともなかったのに眩暈がし、立ちくらみが起こっている。

 

「なに、これ?急に、頭が……」

「大丈夫、か?ほのか……」

「ん……。うん、もう大丈夫。もう治ったよ」

 

 が、ソレを感じたのもわずかな間。すぐにその感覚は治まる。不快な気分は残ったが特にコレといって変わりはない。いったいなんだったのだろうか。

 

「ち、ちょっと、大丈夫?」

 

原因がなんなのか考える前に、冬夜たちの前でバイアスロン部を率いていた亜美の声が聞こえた。何事かと思い、冬夜とほのかはそばに駆け寄る。

 

「狩猟部のみんな……どうしたの!?」

「あ、五十嵐さん……?」

 

 亜美が声をかけたのはまたしても見慣れない服(おそらくは狩猟部のユニフォーム)を着た四人の女子生徒だった。全員頭を押さえ、気分が悪いのか壁に寄りかかってぐったりしている。同じ服を着た他の生徒が背中をさすったり声をかけているようだが、あまり効果はなさそうだ。

 本当に、あの瞬間になにがあったのだろうか?

 

「うん、大丈夫……」

「でもずいぶん顔色悪いわよ?先生呼んできたほうが良いんじゃ……」

「でしたら、オレ呼んできましょうか」

「大丈夫……先生なら、もう……」

安宿(あすか)先生!早く早く!!」

 

 保険医の教師を連れてくることに冬夜が立候補すると、ぐったりしている先輩が何か言う前に後ろから声が聞こえた。見ると狩猟部のユニフォームを着た赤い髪をした女子生徒が白衣を着た先生を連れてこちらに駆けてくる。

 どうやらもう先生は呼んであったらしい。

 

「落ち着いて明智(あけち)さん。サイオン中毒なんて、滅多に起こるものじゃないんだから」

「今がその『滅多に』だったらどうするんです!」

 

 大きな声を出して先生を焦らせる女の子。白衣を着た先生はぐったりしている女子生徒に駆け寄ると容体を診察し始めた。

 

「………うーん。やっぱりサイオン中毒じゃないわ。これはサイオン波酔いね」

 

 ぐったりしている四人の生徒の容態を確認して先生はそう判断した。

 

「どう違うんですか?」

「サイオン中毒はサイオン粒子そのものに対する中毒で、サイオン波酔いは強いサイオン波を浴びて酔っちゃった状態ね。狩猟部には感受性の高い子が多いのかしら」

「強いサイオン波……」

「どうすれば治るんですか?」

「大丈夫。乗り物酔いと同じで安静にしていれば自然に治るわ」

 

 安宿先生の言葉で大事にはならないようだと分かった亜美たちはホッと一安心する。しかし冬夜もまたホッとしたが、その表情はそんな心情とは正反対に険しいままだった。

 

(強いサイオン波だって……?)

 

 安宿の言葉を疑うようだったが、にわかに冬夜は安宿の言葉が信じられなかった。そもそも原因となった強いサイオン波はどこで発生したのだろう。いくらサイオン波が発生しやすい魔法科高校とはいえ――発生しやすい魔法科高校だからこそ、サイオン波なんて日常的に浴びている魔法科高校の生徒が体調を崩すほどの強力なサイオン波が起こったなどに簡単には信じられない。そんなものが偶然発生するとは思えないし、誰かが意図してやったのだろうか。

 冬夜は自然と室内競技のデモが行われている第二体育館(通称:闘技場)の方に目を向けた。ガヤガヤとなにやら騒がしい様子だが、まさかあそこから発生したのだろうか。だとすればいったいどうやって?

 冬夜はそこで考えるのを止めた。これ以上は情報がなさすぎてなんとも言えない。これでは考えるだけ無駄だと思い、思考を中断した。

 

「刺激が少ないほうがいいから校舎の中のほうがいいわね。実技棟二階の第八演習室を取ったから、そこで休んでなさい」

「ありがとうございます。でも……」

「まだなにか問題でも?」

「実は、さっき気分悪くなった時にどういうわけか馬も興奮しちゃって……このままだとデモが出来ないかも知れないんです」

「きっとサイオン波に驚いたのね。でもどうしましょう。馬なんてすぐに用意できるものじゃないし……」

 

 全員が困った顔になる。安宿先生の言うとおり馬なんて簡単に用意できるものではない。下手をすれば狩猟部のデモは中止するしかないかもしれない。

 だがこんな時こそ、『名詠式』の出番だ。

 

「何頭いれば良いんです?」

「え?」

「馬が何頭いれば、デモは出来ますか?」

「え、えっと。二頭もいれば十分だけど……」

「二頭ですね。分かりました」

 

 冬夜は狩猟部の先輩の答えに頷くと、全員から少し離れてポケットから小さな黒曜石の欠片を二つ取り出す。

 そして目を閉じ、頭の中でイメージを浮かべる。名詠式によって喚びたいものを心に描く。今描くのは――立派な体躯を持つ黒い馬。

 

 ――Isa Yer she glim xeoi kless (夜色の旋律(うた)を紡ぎましょう )

 

 目を閉じたまま言葉を旋律にのせて開放する。

 旋律に乗せる言葉は、この世界に元々ある言語ではなく異世界へ通じる正体不明の言語。一般にセラフェノ音語と呼ばれる謎の言葉だ。

 

 

 YeR be orator Lom nehhe(彼方(あなた)の名前を讃えます)

 lor besti branouci ende keofiーlーgiridis(雄々しく、優しく、誇り高い)

 Jes harmone qusi meh haul(その歌は一つの標となって) ende sion quo neightis cley(あなたを朝焼けの大地へと導くでしょう)

 

 このセラフェノ音語によって構成された歌――讃来歌(オラトリオ)を歌う事が、名詠式を発動するのに必要なプロセスになる。詠び招く物の名を讃え、誘う。――それが名詠式の名の起因だ。音として外部に情報を発生、この世界と異世界を繋ぐ扉の役目を持つ名詠門(チャネル)を緩め解放させる。

 目を開けば手のひらにある小さな黒曜石の欠片は澄んだ黒い光を発していた。これこそが名詠光。可視光線がエネルギー化したものであり、このエネルギー化した可視光線の波長を媒介に目的の物を呼ぶのだ。

 

 Isa da boema foton doremren(さあ 生まれ落ちた子よ )

 ife I she cooka Loo zo via(世界があなたを望むのならば )

 O evo Lears(貴方は彼方となれ)―― Lor besti dia cley =ende tis mihhya(地を駆け彼方へとたどり着く者)

 

 歌が歌い終わると同時、手のひらの上で小さな黒曜石のかけらから、ガラスが砕けたように光が破裂した。

 それが意味するのは名詠門(チャネル)の完全開放。

 

ーー夜の歌(Ezel)

 

黒曜石から発せられた黒い光が細分化して消えていく。そして、光が収まった時には

 

「コイツらでいいならお貸ししますよ?」

 

 黒い体を持つ立派な馬が二頭、冬夜の隣に現れていた。

 

「夜色名詠式……」

「すごい。でも……良いの?」

「良いんですよ。人の役に立てれば、こいつらだって本望です。な?」

 

 冬夜が喚んだ馬の頭を撫でると、応じるように二頭の黒馬は鳴き声を上げた。

 

「ありがとう。じゃあ少しの間借りるわね」

「問題は解決したみたいね。演習室の鍵は……」

「あ、ちょっと待ってください」

 

 赤毛の女子生徒が端末を取り出して先生から演習室の鍵コードを受け取る。

 

「一時間もたたないうちに良くなるはずですから、それでも気分の悪い人がいたら教えてね」

「ありがとうございます」

 

そういって安宿先生はその場を去って行った。

 

「じゃあ肩を貸して?演習室まで連れていってあげるわ」

「でも、バイアスロン部さんのデモは次じゃなかった?せっかくの割当時間を無駄にさせるのは申し訳ないわ」

「五十嵐先輩、私たちだけで大丈夫です。全員ダウンしているわけじゃありませんし」

「でも、肩を貸すのが一人じゃ辛くない?せめてあと三人はほしいわ」

 

 狩猟部の言うことも亜美の言うことも正しい。このまま狩猟部の手助けをしたら、確実にバイアスロン部のデモは無駄になってしまうだろう。かといってこのまま狩猟部を見捨てることも出来ない。ダウンした狩猟部のメンバーは五人いる。連れていこうと考えているなら、もう少し人手がほしいところだ。

 冬夜は雫と顔を見合わせ互いに頷きあった。

 

「五十嵐先輩、私たちがお手伝いします」

「でも…………良いの北山さん?」

「オレたちは新入生ですからデモは関係ありませんし、入部も決まってますから。お手伝いしますよ」

 

 この勧誘期間で冬夜たちがやるべきことは終わっている。暇なのだから断る理由もないし、困っている人に手を差しのべるのに理由はいらない。

 

「そう?じゃあお願いするわ」

「ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとー。すっごく助かる!」

 

 狩猟部のメンバーのがお礼の言葉を言う。デモの時間が間近に迫っていたためそこでバイアスロン部の先輩とは別れることになり、冬夜たちはダウンした先輩たちに肩を貸して演習室に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩も付き添ってるし、鍵コードは部長に渡したし……他に必要なことないよね?」

「ないと思う」

 

赤毛の女の子の問いかけに雫が答える。演習室に先輩たちを連れて行った冬夜たち四人は廊下に集まっていた。

 

「三人ともありがとうね。助かっちゃった」

「えと、どういたしまして」

「そういえば自己紹介がまだだったね。私、明智(あけち)英美(えいみ)。日英のクォーターで正式にはアメリア=英美(えいみ)=明智(あけち)=ゴールディっていうの。エイミィって呼んでね」

「ゴールディ?」

 

 赤毛の女の子、もといエイミィの自己紹介で出てきたその名前に、冬夜は聞き覚えがあった。

 

「ゴールディって、もしかして君はイギリスの名門、ゴールディ家の人間なのか?」

「えぇ。よく知ってたわね?」

「君の実家に何度かパーティに呼ばれていてね。その説ではお世話になってる」

 

 対名詠生物専門の組織、IMAの社長として冬夜はそういうパーティには何度か呼ばれたことがある。警備としてでも客としてでも呼ばれたことがあるゴールディ家は、IMAにとって大事な顧客の一人だ。

 

「っと、自己紹介の途中だったな。オレは黒崎冬夜。以後よろしく」

「北山雫。よろしく」

「光井ほのかです。……よろしくねエイミィ」

「冬夜、雫、ほのかね。よろしく~」

 

 エイミィは三人にフレンドリーに接して握手をする。どうやらこの子はエリカと似たタイプの女の子らしい。誰とでも仲良くなれそうだなこの子は。そんな感想を胸に抱きながら冬夜は握手に応じる。

 自分たちを見つめる誰かの存在を感知しながら、その後冬夜は三人と一緒に行動することにした。

 

◆◆◆◆◆

 

 同時刻、山梨県の山奥にある四葉家本宅では

 

「真夜様。例の一件について調べが終わりました」

「ご苦労様葉山さん」

 

 化け狐と揶揄され、その腹の奥底で何を考えているのか分からない――分かるとしても彼女に仕える執事と血の繋がった息子ぐらいなものだろう――四葉真夜は執務室で葉山の報告を聞いていた。

 

「で、例の反魔法師運動の件、第一高校はどこまで『汚染』されているのかしら?」

「少々、といったところですな。二科生を中心に思想が広まっているようでございます」

「そう。学生というのはそういった運動に心を浮かされがちなものだけど、果たしてそれが彼らの望んだ方向に行くのかしら」

 

 葉山から手渡された資料に目を通して真夜はそんな言葉を呟く。しかし言葉と裏腹にその表情はどこか楽しげであった。もしこの場に彼女の甥がいたらこう察するかも知れない。――なにか企んでるな、と。

 

「必要とあらば手配いたしますが」

「必要ないわ。だって」

 

 本当に、本当に楽しそうに笑って真夜は席を立つ。そしてそのまま窓際に寄って外の景色を見る。

 

「あそこには冬夜がいますもの。なにがあっても上手くまとめてしまうでしょう。良い方向にね」

「左様ですな」

 

 遙か向こう、視界には映らない第一高校に通う息子のことを思って、真夜はそう言った。

 

 

 

 

 

 一高を中心に嵐が起きる。

 それにより誰が傷つき誰が救われるのか。

 反魔法国際政治団体(ブランシュ)の活動が、いよいよ活発になる――




なんとか出せたよオラトリオ。初心者なので評論お願いします。
感想お待ちしています。

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