ガンダムビルドファイターズより7年前の物語である本作。まだプラスフキー粒子によるバトルは普及し切っていなかった。
現時点でメジャーなのはガンプラビルダーズの様な、戦場の絆方式のカプセルを使用したバトルと、そこに搭載されているプラモスキャナーだけを使用してオンライン対戦をするプラモシュミレーションである。
天上高校 保健室
「やはり、雪菜に何かあったのかな?」
「でなければ倒れんだろ?」
突然倒れた雪菜を保健室に運び、富士川とリディアは考える。ジーニアスレギオンという単語が雪菜に何か嫌な記憶を思い出させたというのは確かだ。
「あ、そうだ。死神部隊のとこ行かないか? あいつらなら何か知ってるかもしれん」
「模型屋セカンドムーンだっけ?」
灰音と佐治は死神部隊のことを思い出す。以前の戦闘で、佐治はそうした情報を掴んだのだ。
「とりあえず、天上のデータベースなら何かあるだろ」
「データベース? ヴェーダとかいうやつ?」
富士川はノートパソコンからヴェーダにアクセス。ここには天上高校の様々なデータが記録されていた。ここからなら雪菜の詳細なデータがわかるはずだ。
生徒のデータは基本的に、名簿番号、クラス、氏名が全教員に明かされる。担任や顧問なら、さらに深いデータにもアクセス可能だ。
「あれ? アクセス出来ない?」
富士川はパスワードを入れてログインしたが、アクセスが出来ない。どうしたことかと、一旦職員室にいるヴェーダ管理担当の先生に聞くことにした。
今までシステムトラブルは無かったから尚更心配だ。
「あ、先生。俺らセカンドムーンに行きますね」
「そうか。死神部隊に接触できるといいな。俺は俺で情報を集める」
灰音と佐治はセカンドムーンに向かうという。ここからは互いに独自行動だが、雪菜のためというのは同じだ。
富士川は職員室に向かう。ヴェーダの管理は情報のキラ先生が担当している。富士川が職員室に入ると、全員がパソコンの画面に向かってコントローラーをがちゃがちゃと動かしていた。
「何だこりゃ?」
「富士川先生、大変です。ヴェーダが何者かにハッキングされました!」
「そうか。それは……気の毒に」
キラ先生が富士川に駆け寄り、事情を説明する。富士川は目を逸らして小馬鹿にする。キラ先生はイケメンで女子からの人気も高く、頭もいい。少しくらい失敗すればいいのにと富士川は前々から思っていた。
「とにかく出撃して下さい!」
「そうか。それは、気の毒に……出撃?」
ザマミロ&スカッと爽やかな気分だった富士川は何の説明もなく、自分の机に座らされていた。パソコンは既に立ち上がっており、何かコントローラーの様なものと、バトルシステムのガンプラを置く台みたいなものがパソコンに繋がっていた。
「敵はガンプラでハッキングしています! こちらもプラフスキー粒子発見以前のオンラインバトルシステムで対抗しましょう! 僕も行きます!」
「まるで意味がわからんぞ!」
要するに、ヴェーダがハッキングされたらしい。富士川がログイン出来なかったのもそのせい。敵はガンプラを使ってハッキングしており、こちらもガンプラで対抗するというわけだ。
「水中ではないか。これだけの数だと、ズゴックは分が悪いか? だが行くぞ!」
富士川はいつものグリーンズゴックをセットし、出撃した。ズゴックの様子はパソコンに映される。ヴェーダ内は荒野の様な雰囲気のフィールドであった。
「なんだこりゃ……ガンプラ?」
敵は無数の量産機。目が青く光り、こちらに攻撃を仕掛ける。
「富士川先生!」
「来てくれたんですね!」
兄弟のキスノ先生二人はアッガイで戦っていた。敵の腕をバットにし、敵の部品を野球みたいに打って空中を迎撃していた。
「敵の数が多いな」
「ヴェーダには生徒の個人情報が詰まってる。やらせはしない!」
バルトフェルド先生はケロベロスバクゥハウンドをラゴゥカラーにしたもので戦い、アスハ先生はルージュにオオトリを装備していた。
いずれも実力者ながら、数が多いと苦戦もする。
「全員まとめてやってやる!」
富士川はズゴックの爪で次々と敵のガンプラを破壊した。時折ビームやミサイルを交え、玄人らしい戦法を見せ付ける。ただ、敵の数が多過ぎる。
「ぶっ壊れた人形が!」
教師の操るガンプラの内、数機は撃墜された。いかに敵が弱くとも、多勢には敵わない。
「なかなかキツイもんだな」
グリーンズゴックも弾を使い果たし、格闘戦のみで戦闘する。だが、あっという間にズゴックは辺りを取り囲まれる。
「しまった!」
そこへ粒子ビームが飛んで敵を撃破した。富士川がビームが飛んできた方を見ると、ダブルオーが降り立っていた。
「雪菜! 大丈夫なのか?」
「ちょっと頭痛いけど……大丈夫です!」
雪菜はGNソードⅡブラスターで敵を殲滅していく。ただ、動きはいつもより鈍い。本調子でないのは雪菜自身にもよくわかっていた。だから、武装もブラスターを追加したのみと簡単なものになった。
「くっ……」
「無理するなよ!」
「敵来ます! 新手です」
雪菜は苦戦しつつも攻撃を続けた。キラがストライクフリーダムで迎撃しつつ、敵の到来を告げた。急速なブースト音と共に敵が着陸し、大量のGN粒子をばらまいた。
緑の粒子と共に現れた機影に、雪菜は絶句する。その機体はダブルオーガンダム。ただし、真っ青に塗装されていた。
「……ああ」
『ターゲット確認。オペレーションを開始します』
「雪菜の声?」
ダブルオーガンダムから聞こえたのは雪菜のものと同じ声。ただしノイズが入っていた。
「なに?」
「キラ!」
目にも見えないスピードでキラのストライクフリーダムにビームサーベルで切り掛かる謎の敵。明らかに今までのガンプラと動きが違う。
「そんな……あれは……」
「雪菜、なんだあれは?」
次々と倒される味方。雪菜は戦意を失い、彼女のダブルオーも膝を付く。
「マズイ、雪菜!」
敵のダブルオーが雪菜に襲い掛かる。富士川のズゴックは雪菜と離れているため、救援には向かえない。
『ターゲット、補足』
「チィッ!」
富士川がズゴックの出力を最大にして向かうも、間に合いそうにない。ビームサーベルが雪菜のダブルオーに届きそうな直前、爆撃が敵のダブルオーを襲う。
「今度はなんだ?」
『よく耐えた! 後は我々がやる!』
爆撃の方向を富士川が確認すると、赤と黒のドタイに乗った、やはり同じ色のザクやグフがいた。地上からドムの編隊まで現れた。
「お前達は?」
『死神、とでも言おうか。死した組織の魂を刈りに来た』
「死神部隊か」
死神部隊が救援に現れ、一気に形勢逆転。何より死神部隊は強い。今までの苦戦が嘘の様に、敵を押し返し始めた。
「奴が撤退するぞ!」
敵のダブルオーはフィールドを離れ、撤退する。なんとか天上高校は守られたというわけだ。
模型屋セカンドムーン
一方、灰音と佐治は模型屋セカンドムーンにいた。ここは死神部隊の本拠地である。
「田村友利……君も死神部隊だったのか」
「はい。我々死神部隊はかつてのジーニアスレギオンに所属する者の家族が作り出した組織です」
灰音はそこで、田村友利と再会した。死神部隊はジーニアスレギオンに関わっている。そして、そのジーニアスレギオンが天上高校にいたから佐治に戦いを挑んだのだ。
「ジーニアスレギオンは一人の被験者が暴走したことにより壊滅したけど、まだメンバーは生きている。そして、ガンプラによる世界の破滅を信じている」
友利は語った。死神部隊設立の秘密を。全てはジーニアスレギオンがガンプラによる世界の終わり、『アリアンショック』を阻止しようとしていたことに起因する。
「ジーニアスレギオンはそれなりに大きな組織だった。それこそ、メンバーの将来を保証出来る程度には。だから組織が破滅した今も、メンバーが復興を望んでいる。私の兄、天上高校の田村生徒会長もね」
「同じ苗字だとは思っていたが、妹だったのか」
友利は生徒会長の妹であった。それは灰音も知らない事実である。そして、生徒会長はジーニアスレギオンのメンバー。これまでの模型部に対する圧力も、これで納得出来る。
「私達はまずガンプラを知り、世界が破壊される可能性を探った。私達はガンプラにのめり込み、ガンプラでジーニアスレギオン残党を止めることにした」
「なるほど、そういう経緯か」
ジーニアスレギオンは未だ、ガンプラによる世界の終わりを信じているらしい。誰もがそんな馬鹿らしいことは信じないだろうが、彼らは本気だ。
「ジーニアスレギオンを壊滅させた、暴走した被験者、星影雪菜さんは心に傷を抱える結果になってるはずです」
「ああ、それでか」
雪菜が倒れた理由も、ジーニアスレギオンにあった。ジーニアスレギオンとはある種、彼女にとってトラウマなのだ。
「とにもかくにも、ジーニアスレギオンを倒せばいいんだろ?」
「なら私達の分量だよね」
灰音と佐治は店のテーブルにガンプラを置く。灰音のガンプラはいつもと違っていた。
「このパーフェクトグフで、ジーニアスレギオンをぶっ潰す!」
パーフェクトグフは、オレンジに塗装したグフカスタムにイグナイデッドのバックパックを付けたもの。これで宇宙でも行けるというわけだ。
「ジーニアスレギオンの主要コンピューター『レオナルド・ダヴィンチ』は現在もまだ活動中です。これが様々な指示を残存勢力に出しているのです。これを撃破出来れば……」
「アリアンショックを予想したのもそのコンピューターみたいだな。というか、コンピューターの指示で活動とか本当に天才かよ」
灰音のツッコミはともかく、世紀の天才の名前を冠したコンピューターは非常に強力な敵になるだろう。
彼らはそれに備え、ガンプラを強化していくことに決めた。
天上高校 生徒会室
現在の生徒会長、田村は生徒会室に戻った。今日学校を休んでいたのは、元ジーニアスレギオンメンバーに会ってあるものを貰っていたからだ。
「まずは、バンダイのガンプラ情報サーバーへのハッキングチップ」
会長自ら組み立てたハイスペックパソコンに、一人のメンバーから貰ったUSBメモリを挿す。これはバンダイがガンプラのデータを集約し、製品管理や製造に使っているサーバーにハッキングするためのプログラムだ。
「そしてこのデータ」
今度はパソコンのマザーボードらしき物体をパソコンに繋いだ。これは今までの主なガンプラバトル大会のデータだ。これがあれば自分も、そしてある機体も今までのファイターに止めることが出来なくなる。
「それにこのガンプラか。『プロトゼム』、期待はしないがな」
最後に取り出したのは少し大きい、MGくらいのガンプラだった。どのガンプラマニアに聞いても、どのガンプラがベースかはわかるまい。これはジーニアスレギオンの出資者が渡したガンプラなのだ。
話によると金型を作って新たに生み出し、内蔵されたハッキングチップの力で最高の性能を発揮するらしい。
「帰ったか。どうやら防がれた様だな。まあいい、本命はここじゃないんだ」
会長がパソコンを見ると、さっきまで学校のサーバーを襲わせていたガンプラが帰還していた。真っ青なダブルオー。あの仇敵、星影雪菜の能力をコピーしたらしいプログラムである。
名前は『オメガブレイン』。ガンプラによる世界の破滅を終わらせるための切り札なのだ。
「とりあえず、これでデータは集まったな。模型部にこれで負けることはない」
会長は結果に満足げだった。学校のサーバーをガンプラで攻撃すれば模型部が来るはず。これで自分を真っ先に止めに来る模型部に勝てるのだ。戦闘データがあればオメガブレインでなくとも、プロトゼムの『フォーチュンビジョン』で未来予知の様に相手の動きがわかるらしい。
「フフフ、いよいよ我々ジーニアスレギオンの悲願が叶う!」
会長は一人、部屋で高笑いをした。ただ、彼は致命的な誤算をいくつもしていたことに気付いていないのであった。
天上高校 保険室
戦いを終えた雪菜は、全てを明かす決意をした。灰音や佐治もセカンドムーンから帰ってきていた。
「私は小さい頃、その天才的らしい頭脳を買われて、ジーニアスレギオンに加入した。そこで私の能力は『オメガブレイン』というコンピューターにコピーされた。そのコピーで脳に負担をかけられた私は暴走してジーニアスレギオンの主要コンピューターをハッキングして壊しましたとさ」
「随分アッサリ語るな……」
「オメガブレインが残ってたことはショックだったけど、昔のことだし」
倒れるほどのトラウマを負ったはずの出来事を淡々と語る雪菜に、灰音は困惑した。もしかしたら、雪菜はジーニアスレギオンのことなんて忘れていたのかもしれない。
どちらかと言えば、彼女の天才的頭脳が無理矢理に忘却したという方が正しいか。
「あの詰め込んだ様な知識はその時にか?」
「うん、学習実験とか何とかで」
普段から見せた、本の内容を音読してる様な知識の山はジーニアスレギオンにいた時身につけさせられたものだった。なので、雪菜の身になっているかは疑問だ。
「オメガブレインは多分、あの時壊し損ねたジーニアスレギオンのメインコンピューター『レオナルド・ダヴィンチ』が運用していると思うよ。命令を出してるそれを壊せば、オメガブレインは動けなくなる」
「なるほど、IAだから命令出す奴が必要なのね」
佐治も何を破壊すべきかはわかっていた。ただ、雪菜は最悪のパターンを考えていた。自分がメインコンピューターを壊されたくないなら、こうするだろうという手だ。
「でも、最悪の場合、レオナルド・ダヴィンチをオメガブレインの駆るダブルオーに搭載する可能がある。下手に防御固めるより、最大の攻撃力を持つ機体に積んだ方が安全だろうからね」
「どっちにしろ、オメガブレインをぶっ壊せばいいんだろ? なら任せろ」
富士川は自信満々だった。一度戦えば手の内はわかる。初見殺しほど厄介なものはないからだ。
「『レオナルド・ダヴィンチ』を安置してある可能性は限りなくゼロ。つまり、相手がバンダイ辺りを攻めた時にそれを搭載したオメガブレインが現れるはず」
雪菜は決意を固めた。今のダブルオーでは、メインコンピューターを積んで強化されたオメガブレインには勝てないだろう。強化が必要だ。
「みんな、ガンプラの未来のために勝とう!」
最終決戦の日はすぐそこまで迫っていた。
次回予告
バンダイのコンピューターにハッキングを仕掛けた田村生徒会長の策略は雪菜の予想を遥かに上回っていた。
オメガブレインの新たな力『オメガダブルオーガンダム』、田村の切り札『プロトゼムサイコ』。次々現れる強敵達に、伝説の男達も立ち上がる。
次回、『データの海で』。星の影が揺らめく……。