魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
「う……うをおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は叫ぶと同時に、マウントポジションで、俺の上に乗っていたなのはちゃんを怪我させない様に持ち上げてから、己の自由を得る事で、この部屋から脱兎の如く逃げ出した。
後ろから何やらなのはちゃんの声が聞こえたが、立ち止まれば、取り返しのつかない事になってしまう予感がした俺は、高町家の玄関で、お邪魔しましたと叫びつつ、全力でこの場を離脱したのである。
「……何だったんだ今のは……」
暫く走り続けて、俺の家と高町家が見えなくなった頃、ここまで来れば安心だと判断して、移動を徒歩に切り替えながら呟いた。
朝起きるまでは、普段の様子と何も変わらなかったのに、起きて顔を合わせて、チョコを受け取った直後から、いきなりなのはちゃんの態度が、急変したのである。
普通に考えれば俺は、なのはちゃんから、熱烈な告白をされたと受け止めるべきなんだろうが、それにしては不自然な点が多い……
「もしかして、美由希さんが、なのはちゃんを上手く言い包めて、俺に悪戯を仕掛けたのか!?」
あの人なら、何気にありえるかも知れない。
基本的に優しい人だけど、意外にお茶目な一面もあるからな……
もしかしたら受験で、ストレスでも溜まっていたのだろうか?
何にせよ、不確定だが、何となく先程の、なのはちゃんが行った寄行の正体の一端が見えた気がしたので、少しだけ気分が落ち着いてきた。
その時、丁度コンビニの前を通りかかったので、時計に目をやると、いつもより随分早い時間に家を出て来た事に、今更ながら気付く。
「今からバス停に行っても、早すぎるしな……」
だからと言って、今から高町家に戻る気にも、到底なれない。
「久しぶりに、歩いて学校に行くか」
今までは、なのはちゃんが学校を休んだ日で、比較的早くに家を出た時しか、学校まで歩いて行く機会は無かったのだが、流石にあの状態から、なのはちゃんが二度寝するとは考え難いし、もしもバス停で再び二人きりになって、なのはちゃんが先程と、同じ事を繰り返してきたら、色々な意味で厄介だ。
だが学校に着いてしまえば、人目が多い分、悪い冗談を仕掛けてくるという事も無いだろう。
俺は一つの結論を出して、普段なのはちゃんと、待っているバス停を通り過ぎ、そのまま学校に向かい歩き出した。
徒歩で学校の校門まで、辿り着いた俺は、そのまま門を潜りながら、周囲を確認する。
普段のバスではなく、今日の交通手段は歩きだった訳だが、やはり家を出た時間が早かったのか、既に学校に来ていた生徒は、スポーツ系のクラブに所属している上級生が、朝練している姿と、他に極少数の生徒が登校しているぐらいのものだった。
その中に特に知り合いが居た訳でもないので、取り敢えず教室に向かおうとしたその時、先程俺が潜り抜けた校門の方向から、車のエンジン音が鳴り響くのが、確かに聞こえた。
まだバスが到着が到着するには、早すぎる筈だと思いながら、俺が校門の方に、視線を向けると、其処には見覚えのある、黒塗りの高級車が陣取っていた……
学校の校門前で停車した高級車の運転席から出て来たのは、これまた見覚えのある執事服に身を包んだ老執事。
その老執事が、後ろに回り後部車両のドアを開けると、俺の予想通り、一人の銀髪の少女が、車から優雅に舞い降りた。
「それでは行って来るのじゃ。サバスチャン」
「はい。行ってらっしゃいませ姫様。どうかお気をつけて」
「うむ」
其処に広がるのは、先月にこの私立聖祥大附属小学校へ転校してきた、シルバーライト島のお姫様である、エミリーちゃんと、その執事、サバスチャンとの朝の日常風景だった。
相変わらず目立っている事には変わり無いのだが、去年の九月と、先月から続く、毎日の習慣の為か、学校内で彼女達に、特別意識を向ける人間は今や皆無となっている。
試しにグラウンドのトラックに目を向けてみても、長距離走の練習に励んでいる生徒は、脇目も振らず、自身の研鑽を積む事に、没頭していた。
その真面目に練習に打ち込む上級生の姿を見て、俺は改めて人間とは、慣れる生き物なんだなという事を実感する。
「お!純ではないか。どうしたのじゃ?この時間じゃと、まだバスが来ていない筈じゃが……」
俺が校庭で練習に励む上級生を見ながら、そんな感慨に耽っていると、すぐ後ろから、エミリーちゃんの声が聞こえてきた。
「おはよう。エミリーちゃん。ちょっと色々あってさ。今日は早めに来たんだ」
後ろに振り向きながら、俺はエミリーちゃんに朝の挨拶をしつつ、簡単に経緯を説明する。
詳しく話そうにも、体験した俺自身が、良く分かっていないので、どちらにしろこの位の説明しか出来はしないが……
「おはようなのじゃ。まあ、良く分からぬが、純はいつも……あ!」
エミリーちゃんは俺に朝の挨拶を返した直後、突然、喋る事を止めて、俺を無言で、ただひたすら見詰めてくる。
「え、エミリーちゃん?」
「……実は純に渡したい物があるのじゃ」
暫く無言で俺を見詰め続けていたエミリーちゃんだったが、俺がその圧迫感漂う空気の中、辛うじてエミリーちゃんに声を掛けると、無表情のまま、手持ちの学校指定の鞄から、緑のフリル付きリボンで可愛らしくラッピングされた箱を取り出した。
「これって……」
「今日は……バレンタインじゃからの。日頃の感謝の印じゃ。ありがたく受け取るのじゃぞ」
「あ、ありがとう」
何故、無表情になってしまったのか、気になるところではあるが、言っている事は、普段と特に変わり無かったので、俺は取り敢えずエミリーちゃんからチョコを受け取ろうと、手を伸ばす。
「もう少し待つのじゃ」
「え?」
しかし、俺が貰う筈のチョコは、俺の手の中には納まらず、エミリーちゃんが、目の前で箱のラッピングを解いて、中のチョコレートを取り出してしまったのである。
そのチョコレートは、テレビでも紹介されていた一口サイズで一ダース分入った高級チョコで、一箱買うだけでも、諭〇さんが数人飛んで行くという超高額な代物だった。
エミリーちゃんはそのチョコの一つを無造作に掴むと、何故か己の口に銜える。
「ん……」
「へ?ちょ、ちょっと!?」
その一連の行動に呆気に取られていた俺は、いつの間にか、エミリーちゃんに両肩を掴まれて、引き寄せられていた。
訳も分からないまま、俺とエミリーちゃんの、互いの距離が、みるみる内に縮み、エミリーちゃんの銜えた高級チョコが、俺の口に触れようとしたその時……
「なりませぬぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!姫さまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「おわ!?」
「ひゃ!?」
特大の雄叫びを上げながら、サバスチャンが、鬼神の如き勢いで、俺とエミリーちゃんを引き剥がした。
「な、何をするのじゃ!?サバスチャン!!!」
「いけませぬ!!!いけませぬぞ!!!不肖ながら、このサバスチャン!!!祖国を離れ、姫様のお世話を、仰せ付かっている身なれど!!!!その様なふしだらな真似は、私の目の黒い内は、決して許しませぬぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
「は、放さぬか!もう少しで、純にチョコを渡す事が出来たのじゃぞ!!!」
「その様な渡し方をせずとも、普通に渡せば宜しいでしょう!?」
「嫌なのじゃ!!!我の心の底より溢れ出るこの愛を、純にぶつけなければ、どうにかなってしまいそうなのじゃ!!!!」
「またその様な発言を……」
まるでマシンガンの様に、会話のキャッチボールを繰り広げる二人を、目の前にして、俺は暫くの間、その場に呆然と立ち尽くしていたが、サバスチャンがエミリーちゃんを担ぎ上げた状態で、この場から離れて行くのを見て、何とか正気を取り戻した。
「……教室に行こう」
何か朝から驚きの連続で、俺は精神的に疲れていたのかもしれない。
今はただ、朝のなのはちゃんのドッキリや、エミリーちゃんとサバスチャンによるマシンガントークなど、について考察するよりも、早く教室の机に突っ伏したいという思いが、俺の心の中で渦巻いている。
いまだ聞こえ続けるエミリーちゃんと、サバスチャンのマシンガントークバトルをBGMに、俺は、校舎に向けて、歩き出した。
教室まで無事に辿り着いた俺は、その欲望のままに、朝のHRが始まるまで、机に突っ伏し続けた。
流石に授業中は、そんな訳にも行かず、真面目に授業を受けたが、休み時間の度に、俺は頑なに机に突っ伏し続けたのである。
朝の騒動で精神的に疲れていたというのもあるが、俺がそうなった一番の原因は、なのはちゃんと、エミリーちゃんの二人から、見なくても分かる程に、俺に注げられる、やけに熱い視線の為だ。
一体どういうつもりなのか知らないが、朝の騒動はまだ終わっていなかった様なのである。
幸いにも、俺が机に突っ伏している間は、二人は話しかけてこないし、教室にという人目の多い場所なので、朝の様な事態に発展する事は無いが、途轍もなく居心地が悪い事には変わり無い。
そして時間は無情にも過ぎ去り、午前中の授業の終わりを告げるチャイムが、校舎内に鳴り響く。
今までは休み時間が十分足らずという事もあり、机に突っ伏して、やり過ごす事も可能だったが、昼休みはそういう訳にも行かない。
幸いにも今日は、なのはちゃん達とではなく、クラスの男友達と、昼食を食べる約束をしていたので、すぐに弁当を持って、移動しようと試みたのだが……
「純君。今日はずっと、元気が無いみたいだけど、何かあったの?」
後ろからすずかちゃんの、俺を心配する声が聞こえてきた。
朝の内に机に突っ伏したまま、挨拶だけはしておいたのだが、俺の午前中の様子を見て、心配して声を掛けてくれたのだろう。
何だか俺は、今日一番の優しさに触れた気がした。
「ああ……えっと、少し疲れてた、だけだから、心配無いよ」
すずかちゃんの真摯な優しさに応える為にも、俺は心配させまいと、後ろに振り向きながら、笑顔で答えた。
「それなら良いん……あ!」
その答えに、すずかちゃんが胸を撫で下ろす姿が見えたのだが……
何故だろう?
その後、一瞬だけ、すずかちゃんの目線が、凄まじいデジャブを俺の脳裏に呼び起こした気がする。
「あの……純君。ちょっとお願いがあるんだけど、一緒に来てもらって良いかな?」
しかしその考えは俺の杞憂だったのか。
すずかちゃんは普段通りの態度で、俺に接してきた。
「お願い?ここで話しちゃ駄目なのかな」
「うん。出来れば他の人には聞かれたくないんだ……」
すずかちゃんがそう言うという事は、余程の事なのかもしれない。
もしかしたら、何か俺に相談事でもあるのではと考えた俺は、一緒に昼食を摂る筈だった、男友達のグループに視線を向けると、その内の一人、秋川《あきかわ》君と目が合う。
秋川君は、俺とすずかちゃんに何度か視線を交互に向けた後、何故か良い笑顔でサムズアップを披露して、口パクで気にしないで行ってこいよと、俺に伝えてくる。
この瞬間、何か取り返しのつかない、大きな誤解を生んだ様な気もするが、一応の了承は下りたと考えるべきだろう。
「うん。分かったよ」
秋川君の了承を得た俺は、机から立ち上がり、すずかちゃんと一緒に教室を出た。
教室を出て暫く歩き、俺とすずかちゃんは、校舎裏にまでやって来た。
他の季節には、外で食事をする生徒も見かけるのだが、冬場の寒いこの時期に、外で食事をする物好きは居ない様で、辺りに人気は、全くと言って良い程に感じられない。
「それで、お願いって何なのかな?」
「うん……えっとね。純君にこれを受け取ってもらいたかったんだ……」
俺とすずかちゃん以外、誰も居ない校舎裏で、俺が話を切り出すと、すずかちゃんが俯きながら、青いリボンで飾り付けられた手のひらに収まるサイズの小さな袋をポケットから取り出して、俺の前に差し出した。
その可愛らしい包装紙を見て、俺は今日が何の日だったのか、改めて思い出す。
朝から何かと騒動の連続だった為、頭からその単語が、すっかりと抜け落ちていたが、今日はバレンタインデーなのだ。
恐らくすずかちゃんは、人前で渡すのが恥ずかしくて、俺をこんな人気の無い場所まで連れて来たのだろう。
ここまでのすずかちゃんの、一連の行動に納得した俺は、差し出されたチョコを、ありがたく頂く事にした。
「ありがとうすずかちゃん。後でゆっくり食べるね」
「う、うん……それとね……」
ありがたくチョコを受け取った後、すずかちゃんは、まだ何か言いた気に、俺を見詰める。
「どうしたの?ここなら誰も居ないし、遠慮しなくても俺以外、誰も聞いてないから大丈夫だよ」
何か言い辛そうにしていたので、俺は話しやすい様に、助け舟を出してみる。
「……私……純君が食べたの!!!」
「へ!?」
良かれと思い、俺が発言した直後、すずかちゃんが、聞き違いでなければ、途轍もない発言を発しながら、俺に抱きついてきた。
あまりにも唐突だった為、俺は成す統べ無く、すずかちゃんにガッチリとホールドされてしまった訳だが、それ以上に、見た目とは裏腹に遺憾無く怪力を発揮するすずかちゃんの腕が、俺の力では振り解く事が出来ないという事が、一番の問題かもしれない。
「す、すずかちゃん!?」
「……ごめんね。我慢してたんだけど……もう無理みたい……」
「な、何を言っていひゃああ!?」
耳元で熱い吐息を混じらせながら、囁くすずかちゃんに、抗議を申し立てようとしたところで、すずかちゃんが、俺の耳を舐め上げた。
その行き成りの、言い様の無い感覚に、俺は思わず身を捩じらせる。
「ど、どうしたの!?何かおかしいよ!?」
「おかしくなっちゃうよ……だって純君……こんなに美味しいんだもん……」
どうにかして止めてもらおうと、俺は更なる抗議の声を上げようとするのだが、すずかちゃんは、俺の声が聞こえていないのか、執拗に俺の耳を舐め続ける。
「「ちょっと待ったあああああああああ!!!」」
意味不明な出来事の連続で、このままではどうにかなってしまいそうだと思ったその瞬間、天の助けなのか、俺とすずかちゃん意外に、誰も居なかった筈の校舎裏に、二人の少女の声が木霊した。
「何やってるのすずかちゃん!?純君は私だけの幼馴染なんだよ!!!」
「我の大切な世話係に、随分な事をしてくれたようじゃの!!!」
言っている事は意味不明だが、この場に颯爽と現れたなのはちゃんと、エミリーちゃんが、すずかちゃんを引き剥がしに掛かる。
勿論すずかちゃんの力は、この二人でどうにかなる程、生易しいものではないが、すずかちゃんの意識を逸らすには充分だった様で、僅かにだが俺を掴んでいた腕の力が緩む。
「今だ!」
俺はその隙に、勢い良く身を屈めて、すずかちゃんの拘束から抜け出す事に成功した。
「こっちよ純!」
その直後、俺を呼ぶ声の方向に、脇目も振らずに走ると、曲がり角まで走ったところで、一人の女の子が、俺の手を引き、安全な場所へと誘導してくれた。
「ありがとう。おかげで助かったよ。アリサちゃん」
俺は校舎の中の空き教室の一室で、あの異空間から助け出してくれた少女、アリサちゃんに御礼の言葉を述べた。
「別に良いわよ。御礼なんて」
アリサちゃんは、廊下側の様子を気にしているのか、ドアの付近に視線を固定したまま答える。
「でも、何でアリサちゃんがあの場に居たの?」
「なのはとエミリーが、二人が教室を出た後に、後を追おうって騒ぎ立てたからよ。最初は私も止めたんだけど、二人して何だか妙に殺気立ってたから、仕方なく私も一緒に着いて行って、廊下を歩いてる人達に、純とすずかが何処に行ったのか、聞きながら校舎裏にまで来たんだけど、行き成り二人が叫びながら走り出したもんだから、本当に驚いたわ」
アリサちゃんも、今日は余程、苦労したのか、校舎裏に来るまでの経緯を早口で一気に捲くし立てると、溜息を吐き出しながら、両手を広げて見せた。
「大変だったみたいだね」
「おかげで今日はまだ、お昼も食べてないんだから、勘弁してほしいわよ……それにしてもバレンタインだからって、皆して積極的過ぎるんじゃないかしら……」
後半部分は声が小さくて、俺の耳には聞こえてこなかったが、アリサちゃんが苦労した事だけは、痛いほどに伝わった。
「お昼か……今から食べに行きたいけど、今のなのはちゃん達と、鉢合わせたら、それどころじゃ無くなりそうだよね……」
「そうよね。不本意だけど、このまま授業直前まで、ここに居た方が得策かもしれないわ」
俺とアリサちゃんの意見は、議論を交わすまでも無く、一致したが、やはりこの育ち盛りの身体で昼を抜くというのは、正直なところ、かなり辛かったりする。
お互いに何か無いかと、ポケットの中を探ってみるが、俺のポケットには、小さい財布と、タッチノートが入っているのみで、食べられそうなものは皆無だった。
先程すずかちゃんから貰ったチョコがあれば良かったのだが、残念な事に、あの騒動の中で、落としてしまったらしい。
「……あの……純」
食べ物の確保に失敗して、俺が肩を落としていると、アリサちゃんが、話しかけてきた。
「ん、何かあったの?」
「これ……バレンタインのチョコ。言っとくけど、義理だから、か、勘違いしないでね」
地獄に仏とは、まさにこの事だろう。
この食料難という切実な局面で、俺は初めてバレンタインデーという日に心から感謝した。
「ありがとう。アリサちゃん。本当は後でゆっくり食べたいけど、今から一緒に食べよう」
元々アリサちゃんが、俺にくれるつもりの物だったとしても、この状況で一人で食べる訳には行かないし、そして何よりもアリサちゃんに申し訳無い。
俺はありがたく受け取ったチョコ入りの箱の包装紙を、さっそく開けて、中に入っていた大量の金貨型のチョコの半分を取り出してから、それをアリサちゃんに渡す。
「はい。これはアリサちゃんの分ね」
「……あ!」
チョコを渡す時に、一瞬アリサちゃんと目が合ったその時、僅かだがアリサちゃんの雰囲気が変わった様に感じられたが、何か気になる事でもあったのだろうか?
もしかしたらこの大量のチョコを食べた後の、体重変化を気にしているのかもしれない。
そうだったとしたら、俺は迷わず気にしなくても大丈夫だよと、発言するところだが、女の子というのは、とてもデリケートな存在である。
特に男は、女性がするこの手の話題に触れるのは、なるべく関わらない様にしておくのが、マナーというものだろう。
ならば俺が、この場で起こす行動はただ一つ。
「それじゃあ、いただきます」
こういう時は、下手に意識するよりも、自然に振舞う方が、相手を傷つけずに済むものである。
俺はなるべく、先程の考えを頭から追い出す様にして、アリサちゃんから貰ったチョコを食べ始める事にした。
それを見たアリサちゃんも、やはりお腹が減っていたのだろう。
程なくして、俺の隣でチョコを食べ始めた。
「……ねえ。そのチョコ、美味しかった?」
暫く無言で食べ続けていた俺達だったが、お互いに殆どのチョコを食べ終わった頃に、アリサちゃんがそんな質問を投げかける。
「うん。美味しかったよ」
「そう……あ、純の指にチョコが付いてる」
そう言われて、俺自身の指を確認してみると、確かに指の熱で、溶け出したのであろう、チョコが多少ながら付着していた。
「……勿体無いわよね?」
俺がそのチョコを拭い取ろうとしたその時、アリサちゃんはそう呟くと。俺の手を掴みながら、俺の正面に回り込んで、しゃがみ込む。
そして何を思ったのか……あろう事に俺の指をその口に含んだのである。
「ア、アリサちゃん!?」
俺が驚きの声を上げても、アリサちゃんは止める様子も無く、上目使いで俺を見詰めながら、時には軽く甘噛みしたり、舌を指に絡ませたり、口に含んだまま、上下左右に首を軽く動かしたりと、俺の指を蹂躙していく。
「あ……あう、えと……」
何故か途轍もなく、いけない事をしている感覚に陥り、身動きが出来ずにいると、漸く満足したのか、アリサちゃんがチョコの代わりに唾液で濡れた俺の指を開放する。
その様子を見て、これで終わったのかと俺の心の中に、小さな心の余裕が生まれるが、それはどうやら甘い考えだった様だ。
「……純のここにも、まだ付いてる……」
アリサちゃんは、潤んだ瞳で、そう言いながら、俺の頬に手を這わせて、あろう事か、顔を近づけてきたのである。
「「「こらああああああああああああああああああああ!!!」」」
もう少しで、アリサちゃんの唇が、俺の頬に触れようとしたその時、空き教室の扉が開かれると同時に、凄く聞き覚えのある、三人の少女の怒号が、俺の耳の鼓膜を振るわせた。
その後の昼休みは、今まで以上のカオスだったとだけ、言っておく事にする。
他にただ一つ言える事は、俺が女性に口喧嘩で勝てる日は、一生来ないであろうという事を、改めて確認出来たという事ぐらいだろうか……
放課後になり、俺は全速力で逃げた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は何とかあのカオス空間を抜け出して、五時間目の授業以降、休み時間は再び机に突っ伏すという作戦を繰り返した。
俺に降り注ぐ熱い視線の数が、午後からは二倍に増えたが、俺は何とかその苦行を乗り越えて、放課後を迎え、俺に近づく四人の気配を逸早く察して、戦術的撤退を選択したのである。
廊下を走るなと叫ぶ、教師の声に脇目も振らず、俺は校舎を全速力で駆け抜けて、校門を出た後も、数分間はがむしゃらに走り続けた。
「……ていう事が、学校であってさ」
「だから純君は、あんなに汗だくで走ってたんやな」
そして俺は現在、八神宅のお茶の間で、この家の主であるはやてちゃんと、お茶を飲みながら、学校で起こった騒動を話していた。
放課後になってからすぐに、走り続けていた俺は、偶然にも、図書館帰りのはやてちゃんと遭遇したのである。
最初は、なのはちゃん達の例もある上に、この一連の騒動が全員グルの壮大なバレンタインドッキリだとしたら、間違い無く、悪戯の総本山とも言えるはやてちゃんが、無関係な訳が無いと、警戒したのだが、話してみるとそんな様子も見受けられなかったので、お茶に誘われた俺は、そのまま御呼ばれする事にしたのだ。
その際に俺には多少の算段があった。
まずこのまま家に帰ったとしても、待ち伏せされる可能性が極めて高い。
向こうには、サバスチャンや、鮫島さんという、呼べばいつでも車という文明の利器を使用する手段があるのだ。
どう転んでも、徒歩の俺には勝ち目が無い。
仮に待ち伏せされなかったとしても、お隣には、なのはちゃんが住んでいるのである。
早い時間に帰れば、間違い無く我が家に突入して来るだろう。
つまり、早い時間に帰宅するのは、現状リスクが高すぎるのである。
それを踏まえれば、はやてちゃんの家に行けば、多少なりとも、時間を稼げる筈だ。
たとえそれが罠だったとしても、闇雲に逃げ続けるよりも、知っている場所の方が、何かと対策は立てやすい。
そんな打算も頭で考えつつ、俺は八神宅にお邪魔する事を決定した。
無論はやてちゃんがそんな事をする訳が無いと、信じたい心も充分にある訳だが……
「あ、そうや!バレンタインで思い出したわ。私も純君にプレゼントがあるんよ」
今日、学校で起こった例の騒動をはやてちゃんと話していると、思い出した様に、はやてちゃんがそう言って、ポケットから何かを取り出した。
「へ?」
俺はその取り出された物体を見て、思わず声を上げる。
定番のチョコを取り出すものだとばかり思っていたのだが、実際にはやてちゃんが取り出したものは、そのラッピングに多く使われるであろう、赤いリボンだった為だ。
そしてその取り出したリボンを、はやてちゃんが自分自身の頭に飾りつけるのを見て、俺の中で過去の出来事に裏打ちされた、根拠ある嫌な予感が俺の全身系を刺激し始める。
「私が……バレンタインのプレゼントや……受け取ってな……純君……」
リボンを付けたはやてちゃんは、頬を赤らめながら、俺にそう言うと、おもむろに着ていた服を脱ぎ始めた。
「そういう事だと思ったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺はその瞬間、今朝の高町家や放課後に出した以上の速度で、脱兎の如く八神宅から飛び出した。
「はあ、はあ……本当に今日はどうなってるんだよ!?」
近くの公園まで猛ダッシュした俺は、水飲み場で、水をがぶ飲みして、喉の渇きを癒しつつ、流石に悪戯にしては手が込みすぎているのではないかと、考えを巡らせる。
[『マスター。聞こえるか?』]
俺が考えをめぐらせていると、タッチノートから、メカ犬の通信が入った。
「どうしたんだ?メカ犬」
[『うむ。それなのだが、今日は何か、マスターの身に、変わった出来事が起こったりしなかったか?』]
「変わった事って……あ!」
[『その様子だと、やはりマスターにも影響が出ていた様だな……』]
メカ犬が、俺の反応で、何かを確信したらしく、通信越しに呟きを零す。
[『タッチノートに反応しない程の微弱な反応なのだが、現在あちこちで、ホルダー反応が出ているのだ。確認をする為に、幾つかの現場を回ったのだが、どうも住人の様子が何処かおかしくてな……』]
「きゃあああああああああ!?怪物よおおおおおおおおお!!!!!!」
メカ犬がその次に何かを言おうとした矢先に、甲高い悲鳴が公園内に木霊した。
急いで悲鳴の上がった方向に視線を向けると、昨日の夜、オーバーに失敗作だと言われていたホルダーが、公園の中心に現れて、公園に陣取っている姿が見えた。
「はっはあ!俺の怖さを思い知らせてやるぜ!!!」
ホルダーは誰に言うでも無く、そう叫ぶと、昨日と同じ様に両手を前に突き出して、逃げ遅れた見た目八十台程の老夫婦に、俺にも浴びせた、ハート型のピンク光線を発射したのである。
当然の事ながら、それ自体には、外的被害は何も無く、光線を浴びた老夫婦も無傷だったのだが、異変はここから始まった。
「……婆さんや」
「……お爺さん」
光線を浴びた後、お互いに視線を合わせた老夫婦の瞳は、情熱的な眼差しに変わり、ご老体とは思えないほどの熱い抱擁を交わすと、これまた情熱的な言葉を囁き始めたのである。
「はっはああああ!!!見たか愚民どもが!!!!!!これが俺の本当の実力だあああああああああ!!!!!」
ホルダーはその様子を見て、満足気に高笑いを上げる。
一体何が目的なのか、皆目見当もつかない。
しかし、一つだけ分かった事もある。
今日の朝から、今までに続く、これまでの騒動の原因は、全てあのホルダーせいだという事だ。
そう思った直後、俺の心の中で、怒りという感情が、急激な勢いで成長を遂げていく。
「メカ犬……今何処に居る?」
[『うむ。今はチェイサーと共に、市内を捜索中だが……』]
「分かった。それじゃあチェイサーさんを呼べばすぐだな。後さ……チェイサーさんに、着いたら取り敢えずホルダーに突っ込んでくれって伝えておいてくれ」
俺は伝える事だけ伝えた後、メカ犬の答えを聞く間も惜しみ、通信を終わらせて、タッチノートを操作した。
『チェイサー』
タッチノートから音声が鳴り響くと、少しの間を置いて、黒い一台のバイクが、公園内にエンジン音を唸らせながら、突入して来た。
「はっはああああぐぶべら!?」
そして高笑いを上げ続けていたホルダーに、強烈なタックルを喰らわして、吹き飛ばした後、俺の目の前に、停車した。
『マスターの言う通り、取り敢えず突っ込んでおいたわよ』
期待通りの活躍をしてくれた、乙女口調のおっさんボイスなライダーバイクの、チェイサーさんが、俺に報告して来た。
「ありがとうございます。チェイサーさん」
おかげで、少しだけ気分が晴れました。
『マスター。ホルダーが現れたのならば一言……何かあったのか?いつもより殺気立っている様に見えるが……』
「なんでも無いさ。それよりも変身するぞ」
『う、うむ』
チェイサーさんから飛び降りて、俺の隣にやって来たメカ犬が何か言っているが、今はそれどころじゃない。
早くこの衝動をどうにかしないと、俺は理性を完全に失ってしまうかもしれないのだ。
俺はメカ犬が隣に来た事を確認してから、タッチノートを開き、ボタンを押す。
『バックルモード』
メカ犬がベルトに変形して、俺の腹部に巻きつくのと同時に、俺はタッチノートを閉じながら、音声キーワードを入力する。
「変身」
音声キーワードを入力してから、ベルトの中央部の溝に、タッチノートを素早く差し込む。
『アップロード』
ベルトから音声が流れた瞬間、ベルトから発生した白銀の光が、俺の全身を包み込み、その姿を一人の戦士へと変えていく。
「悪夢はここで終わらせる……」
メタルブラックのボディーが際立つ、シードへの変身を完了させた俺は、呟きながら首を一度捻り、今もチェイサーさんのバイクタックルのダメージにより、倒れているホルダーに向かって歩き出す。
ある程度近づいたところで、俺の接近に気が付いたホルダーが、慌てて立ち上がり、逃走を図ろうとするが、ここで逃がすつもりは、毛頭無い。
「逃げるな!」
俺は一気に駆け寄り、ホルダーの肩を掴み、無理やりこちら側に振り向かせてから、拳に連打を浴びせかける。
「はああああああああ!!!!」
充分な量の打撃を加えた俺は、気合の雄叫びと共に、渾身の前蹴りをホルダーにお見舞いした。
『今日のマスターは、容赦が無いな……』
後方へと吹き飛ぶホルダーを見ながら、ベルト状態のメカ犬の声が何か言っているのが聞こえたが、今はそんな事どうでも良い。
今肝心なのは、あのホルダーを完膚なきまでに倒す。
……ただそれだけだ。
「行くぞ……」
俺は倒れているホルダーに一瞥してから、ベルトに差し込まれていたタッチノートを抜き出して、全体図を表示させた後、四肢をタッチして、再びタッチノートをベルトに差し込んだ。
『ポイントチャージ』
『ポイントチャージ』
『ポイントチャージ』
『ポイントチャージ』
ベルトから発生した光が、両手両足に、ラインを通りながら、順次に集約して、俺の四肢は膨大なエネルギーとも言える光に包まれる。
「こいつで決めるぜ」
俺は四肢に光を纏いながら、ホルダーの元へと駆け抜けて、思うままに左拳をホルダーに叩き付けた。
続いて左右の足で蹴り上げて、ホルダーの姿勢が崩れた瞬間を見計らい、俺は可能な限り、状態を低く屈ませて、狙いを一点に集中させる。
「ライダーラッシュ」
集中させた一点、ホルダーの顎に目掛けて、俺は真下から、全力の右拳による、必殺の一撃を突き上げた。
「ぎやああああああああああああ!!!!!!?」
その一撃を決定打に、ホルダーは断末魔の悲鳴を上げながら、爆発を起こした。
その後、このホルダーの素体となった人物が、どんな人間だったのかと思い、ホルダーが爆発した地点に視線を向けると、黒のサングラスに、大きめなマスクと、長めのトレンチコートに、その下は全裸という……絵に描いた様な、不振人物の男性が気絶していた……
その後、気絶した男性を海鳴警察署に、簀巻きで置いておく事で、今回のホルダー事件と、解決するつもりが無かったのだが、結果的に、警察が受け持っていたもう一つの事件を無事に解決する事が出来た。
ちなみにそれから数日間は、バレンタインの一件で、なのはちゃん達と多少ギクシャクした関係が続いたのだが、それはまた別の機会に語ろうと思う。
取り敢えず今日の海鳴は、概ね平和と言えるかもしれない……