魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
「予定よりも早く帰って来れたね!」
「ああ」
「きっと私達がいきなり帰ってきたら、翔太郎君達ビックリするわよ」
「……ああ」
国籍も様々な人々が、雑多に行き交う空港で、一組の男女が、中睦まじく会話を交わす。
女性の方は、最低限の手荷物程度しか持っていないので快活に喋り続けているが、男性は幾つもの旅行用のトランクを運んでいるせいか、先程から簡単な相槌をうつのが精一杯の様だ。
その風貌と今いる空港という場所を考えると、この男女は海外旅行に行って来た帰りと考えるのが、妥当である。
「早く帰って風都の皆にお土産を渡さなくっちゃ!」
「……なあ、所長」
機嫌良くこれからの予定を話していた、女性だったが、男性の一言により、表情を怒りの形相に変えた。
「もう!私達は結婚したんだから、その言い方は止めてよね!」
これが一度目では無いのか、女性は怒りの感情に、呆れの感情も若干混ぜながら、男性を叱りつける。
しかも何処からか緑色のビニール製と思わしき、スリッパを取り出して、男性の頭を叩く。
「す、すまん」
女性から結構理不尽な攻撃を受けたと思われるが、これには男性も自分の非を認めてなのか、素直に謝罪の言葉を口にした。
「うんうん。分かれば良いのよ。それじゃあ前に決めた呼び方でもう一度呼んでみてね!私も呼ぶから!!!」
謝罪の言葉を聞き、幾らか機嫌を良くした女性は一つの提案を出した。
「……分かった」
男性は女性の出した提案に、表情を引き攣らせつつも、愛する妻の為だと、自らの心に言い聞かせながら、承諾の返事を返す。
スリッパで頭を叩かれながらも、妻の提案を承諾するこの男性は、人としての器が大きいのか、ただ単に妻の尻に敷かれているだけなのか、この判断の違いによっては、随分と印象が変わる事だろう。
「ダーリン!」
「は、はは、ハニー……」
臆面も無く言う女性に対して、男性は恥ずかしさのあまり、噛みながらも、何とかして言葉にする。
その光景を見ている周囲の視線は、とても生暖かいものだった。
「検索を始めよう」
鳴海探偵事務所のガレージに、翔太郎さんとフィリップ君、それにメカ犬とユイに俺が揃った事を確認した後、フィリップ君はそう言って、何も書かれていないハードカバーの本を、手に持ちながら、意識を集中させる。
地球《ほし》の本棚。
この地球の全ての記憶を閲覧する事が出来る、現在ではフィリップ君だけが、入る事を許された精神世界だ。
「最初のキーワードは【ホルダー】だ」
フィリップ君が、完全に精神世界に入った事を確認した翔太郎さんは、地球の本棚から、新たな情報を引き出す為に、最初のキーワードを口にした。
地球の本棚に入ったフィリップ君は、ある種のトランス状態になって、その視界には何処までも広がる白い空間と、数え切れない数の本と棚だけの世界が見える様になる。
だが聴覚は常に現実の世界にも通じているので、フィリップ君は、現在俺達が居る鳴海探偵事務のガレージを視認する事は出来ないが、所此方の声を聞く事は可能だ。
だから先程の翔太郎さんが先程言った言葉も、当然フィリップ君には届いている。
「最初のキーワードは【ホルダー】」
フィリップ君が、翔太郎君が口にしたキーワードを最初の足掛かりにして、検索を開始した。
地球の本棚には、古今東西全ての情報が存在、蓄積されていると言っても過言ではない。
全てを閲覧しようとすれば、人の一生を費やしたとしても時間が足りないだろう。
だからこその検索である。
俺の視界からは、ガレージの中でフィリップ君が立っている姿しか、視認する事が出来ないが、フィリップ君が認識する、精神世界の中では今頃、目まぐるしく本棚が整理されている筈だ。
この地球の本棚の検索は、俺達の生活で馴染み深い物で表すのであれば、パソコンの検索と良く似ている気がする。
知りたい情報に関する言葉を入力して、探す辺りは同じ概念の様に思える気がしてならない。
「……これでもまだ絞りきれないか」
検索を始めて、暫くして、フィリップ君の表情に影が射す。
これまでの検索に掛けたキーワードは、順番に【ホルダー】【世界】【壁】【崩す】【実験】【楔】だが、これだけでは答えに辿り着けないらしい。
時間は待ってはくれないし、戻っても来ない。
こうして悩んでいる間にも、オーバー達はこの風都で、何かをしようとしている。
多分今度の実験とやらが、成功すれば、この現象を凌駕するだろう。
それだけは絶対に、阻止しなくてはならない。
だから俺は考える。
きっと答えに繋がる、言葉がある筈だ。
俺は改めて、この一連の事件で、オーバーと、メルトが言っていた言葉で特徴的な言葉を他に言っていなかったか、思い出してみる。
考えるが何も思い出せない。
頭の使い過ぎで、何だか頭痛がしてくるし、不謹慎ではあるが、俺は全てを無かった事にしたいと……
「そうだよ!」
俺はそこまで思考した所で、オーバーが言っていた一言を思い出して、思わず声を出してしまった。
だがそんな事は、今はどうでも良い。
俺はフィリップ君に新たなキーワードを提示する。
「次のキーワードは【リセット】でお願いします」
この言葉が、俺達の求めている答えに、導いてくれるかどうかは分からないが、今は信じるしかない。
「次のキーワードは【リセット】」
フィリップ君は、俺の言葉に頷くと、地球の本棚の検索に新たなキーワードを追加する。
今頃フィリップ君の視点では、大量の本と棚が縦横無尽に動いている事だろう。
歯痒いが今の俺達には、その結果の果てに得られる答えを期待して、祈り続けるしか出来ない。
「……ビンゴだ」
どうやら祈りは通じた様だ。
「それでフィリップ。奴等は何をしようとしてるんだ?」
検索を終了したフィリップ君に、翔太郎さんが質問する。
それに対して、フィリップ君は頷きながら、持っていた何も書かれていないハードカバーの分厚い本のページを開く。
その本には確かに何も書かれていないが、地球の本棚と繋がっているフィリップ君の視点では、幾多に存在する本棚の中から検索して導き出した、答えを記す一冊の本なのである。
「奴等の狙いは、ワールドクライシス」
ワールドクライシス……ワールドは世界で、確かクライシスは危機という意味だった筈だ。
何も考えずに直訳するのであれば、世界の危機。
……ある程度予測していた部分はあるが、随分と物騒な言葉が飛び出してきたものである。
「奴等の狙いは、多次元に存在する世界を融合させる事だね。僕や翔太郎には自覚出来ないが、今のこの世界も二つの異なる世界が、微妙なバランスで重なり合っているみたいだ」
フィリップ君は、更に本のページをめくりながら、話を続ける。
「でも一度目の計画は、不完全だったみたいだ。原因は単純なエネルギー不足。なら次に奴等がする事は……」
「もう一度エネルギーを、地球に打ち込むって事か」
翔太郎さんが、話の流れから、推理した答えを口にする。
その答えにフィリップ君が頷く。
どうやらその答えで間違い無いらしい。
だが俺は、ここで一つの疑問を覚える。
「でもそれって、意味があるのかな?」
確かに若干の混乱はあるが、一応は皆がその違和感に気付きもせずに、日常を過ごしているのだ。
ここまでの説明では、どうにも世界の危機という物騒な言葉とは、結びつける事が出来ない。
「これには大きな意味がある」
俺の独り言とも取れる言葉に対して、フィリップ君が答える。
「さっきも言った通り、この地球は不足したエネルギーが注がれた状態でありながらも、二つの異なる世界がとても不安定なバランスの上で、混ざり合っているんだ。この地球に生きる人の記憶すらも、違和感を感じない様に改竄されてね。そこに不足されていた分のエネルギーが、補填されればどうなると思う?」
「どうなるって……」
突然問われた質問は、あまりにもスケールが大きくて、想像する事すら出来ない。
「それがされれば、二つの世界は完全に一つになる。その世界は二つの世界のどちらでもない、全く新しい世界だ。その世界には、今この世界を生きている全ての生命は存在出来なくなる。まさに全てのリセット……ワールドクライシスとは良く言ったものだね」
フィリップ君の言葉は、衝撃の一言に尽きた。
「おいおい……奴等は何を考えて、そんな事をしようとしてるんだよ」
話を聞いた翔太郎さんが、その事実に戦慄する。
「その結果から、奴等が何を得ようとしているのかは分からないが、これを放っておく訳には行かない」
持っていた本のページを閉じたフィリップ君は、そう言いながら俺達のすぐ近くまで歩いてくる。
「僕達で阻止するんだ」
フィリップ君は、まっすぐな眼差しで、翔太郎さんと、俺を見ながら言い放つ。
「ああ。この風都で、そんな勝手な真似をさせる訳にはいかねえからな」
『うむ。奴等の好きにさせておく訳には行かん。ワタシ達で、必ず阻止するんだ』
「メカ犬と翔太郎さんの言う通りだけど、奴等は風都の一体何処で、実験を始めようとしているんだ?」
翔太郎さんと、メカ犬、そして俺は、ワールドクライシスを阻止する事を改めて覚悟するが、肝心な場所が分からない。
これでは止めるにしても、対策すら立てられない。
「フィリップ……」
何か知っているかもしれないフィリップ君に、俺達が視線を集めるが、残念な事に、首を横に数回振るだけで、望ましい答えは返ってこなかった。
「あの……少し良いですか?」
俺達が頭を悩ませていると、ここまで会話に参加しないでいたユイが、初めてこの会話に参加してきた。
思いのほかガレージにその声は響き、その場に居た全員が、ユイへと視線を向ける。
「もしかしたら私、その場所が分かるかも知れません」
ユイは俺達に告げた。
その言葉の本当の意味に、俺だけが気付く。
「……良いのか、ユイ?」
俺はその意味を知るからこそ、ユイの真意を聞く為に、質問をする。
「うん。ありがとう純。心配してくれて、でも大丈夫だよ。私は大丈夫だから。やっぱり私は兄さんに会いたいから、行かなくちゃいけないの」
ユイもまた、自分なりの覚悟を決めたのか、真っ直ぐな眼差しで俺を見つめた。
「はあ。ユイが良いのなら、俺はこれ以上何も言わないよ……」
俺は溜息を一つ吐き、ユイの覚悟を認めた。
これはユイにとっては、辛い現実かもしれない。
でもユイは選んだのだ。
逃げずに向き合う事を……
それならば俺に止める事は出来ない。
「ありがとう。純」
「お礼の言葉は要らないさ。でも一つだけ、俺はユイを全力で守る。それだけは譲らないからな」
だから俺は、自分に誓いを立てる。
変え様の無い事実があるのなら、止める事が出来ない宿命ならば、せめて俺は全てが終わるその時まで、傍らに居よう。
ユイの覚悟を無駄にしない為にも、俺は全身全霊で、彼女を守る。
それが今の俺に唯一、ユイにしてあげられる事だから……
俺の言葉にユイは、一度だけ頷くと、この場の全員に聞こえる様に告げる。
「今の私は、兄さんの居場所を感じる事が出来ます。ですからその場所に行けばきっと、目的の場所まで辿り着けると思うんです」
私は感じていた。
いえ、きっと何処かで覚えていたんだと思うんです。
私は逃げていただけ……
自分の記憶から、私と兄さんに起こった現実から……
あの時私を助けてくれた、黒い瞳の仮面をつけた人は、兄さんで間違い無い。
近くに感じた時、そして直接触れた時に、私はそれを理解したんです。
理屈じゃなくて、心がそう訴えるのです。
その事を私は純に話しました。
最初は突然に色々な事を思い出して、混乱していたから、兄さんの事だけを話していたけれど、何時の間にか私は泣きながら、思い出した全てを話していました。
認めたくなかった。
自分自身の死を改めて自覚したのも、私にとっては大きな衝撃だったけど、それ以上に兄さんまでもが既に亡くなっていた事実に。
兄さんは、私の目の前で……
だから私は理解した。
どうして全ての記憶を無くしながら、兄さんの事を覚えていたのか。
お礼を言いたいだけじゃなかった。
私は兄さんに、謝らなければいけない事がある。
これは私のわがまま。
私が果たさなきゃいけない、最後のわがままなんです。
今は眠っているこの身体の本来の持ち主である、女の子と純に一杯迷惑を掛けて申し訳無いと思うけど、それでも私は止まる事が出来ない。
だから私はこれで終わらせようと思います。
私も兄さんも、この場所に居てはいけない存在だから……