魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
私は危ないから、ここで動かないで待っている様にと純に言われたので、大人しく待つ事にした。
純は優しい。
今現在私が動かしているこの身体も、純の大切な人の身体だというのに、純は私を一度も責めはしなかった。
本当ならどんなに酷い罵倒を浴びせられたとしても、償えない事をしている私を責めないどころか、私の身勝手なわがままを、快く聞いてくれると言ってくれたのである。
純に心から感謝して、私は瞳を閉じる。
思い出すのは、本当の名前すら忘れた私の記憶に残っている、唯一の思い出。
顔も思い出せないけど、その優しい温もりだけは覚えている。
「……兄さん」
その人の事を言葉にした瞬間。
私は確かに感じた。
それは唯一覚えている、懐かしい感覚。
純にはここで待っている様に言われたけれど、それでも私は自分自身の目で、その感覚を確かめずにはいられなかった。
私は急いで、さっき純が出て行った場所から、顔を出す。
そして外の様子を確かめ様としたその時、大きな振動が私に襲い掛かった。
最初は私に何が起こったのか、理解する事しか出来なかった。
周りの景色が緩やかに流れるのを肌で感じる事で、私は初めて理解する。
……ああ、私は今下に落ちてるんだ。
その高さからして、打ちどころが余程悪くなければ、死ぬ事は無いと思うけど、怪我は免れないだろう。
怖いという気持ちよりも先に、私には申し訳ないという気持ちが、胸に込み上げる。
この身体は、私の身体じゃない。
純の大切な人のものだから、私の身勝手で傷つけてしまう事が嫌だった。
心の中で何度も謝りながら、もうすぐこの身に降りかかるであろう衝撃に備えたけど、その衝撃は何時まで経ってもやってこない。
その代わりに、私はその身体に、とても懐かしい暖かさを感じた。
俺は自分の目を疑った。
悲鳴が聞こえると同時に、その方向に視線を向けると、ユイがリボルギャリーから、落下している最中だったのだ。
リボルギャリーのすぐ近くでは、Wと謎のライダーが戦っている。
何故ユイが、俺の注意を無視して、リボルギャリーから出てこようとしたのかは、理解出来ないが、恐らくはあの二人の戦いで生じた余波で、足を滑らせたのだろう。
俺の今いる距離からでは、ユイが地面に激突する前に辿り着く事が出来ないと分かりつつも、俺は全力で走る。
しかしここで、俺は予想外の光景を目にする事になった。
リボルギャリーに背を向けて戦っていたので、Wはユイに気付くのが、一瞬遅れていたのだが、Wを相手に戦っていた謎のライダーが逸早く気付いて、ユイが地面に激突する直前に抱き止めたのだ。
「何やってるのさ!サイファー!残念だけど、もう帰るよ!!!」
俺の後方からオーバーの声が聞こえて来た。
恐らくは、サイファーというのが、あのライダーの名前なのだろう。
抱きかかえていたユイを地面に降ろしたサイファーは、オーバー達の居る場所まで、一気に跳躍する。
「仮面ライダー!」
サイファーが、オーバー達の隣に辿り着いたのを確認した後、メルトが俺とWに向かって叫ぶ。
「これからこの風都で、面白い事が起きるだろう。止めたければ精々足掻いてみせろ」
その直後に、オーバーが大量の藍色の球体、暴走プログラムをばら撒き、この場に多くのホルダーモドキ達が生まれる。
「ふふふ。これは僕からのプレゼントだよ」
大量のホルダーモドキを出してきたオーバーは俺達に、軽い口調でそう言い放つと、三人揃ってこの場を後にする。
追いかけたいところだが、このホルダーモドキ達を放置しておく訳にもいかないし、何よりもこのホルダーモドキ達の妨害を突破して、奴等を追うのは難しいだろう。
『来るぞマスター』
メカ犬の声に反応して、俺は襲い掛かってきたホルダーモドキの拳を避けて、カウンターの一撃をお見舞いする。
すぐ近くに目をやれば、Wもホルダーモドキに攻撃を加えていた。
続いてユイに視線を移すと、リボルギャリーの影に隠れている。
これならば戦闘に巻き込まれる心配は無いだろう。
「今はやるしかないか……」
俺は現状を打破する為に、ベルトの右側をスライドさせて、緑色のボタンを押す。
『スピードフォルム』
音声が流れると同時に、メタルブラックのボディーが、鮮やかなライトグリーンへと変化する。
俺は素早さを主体とするこのフォルムで、近くにいたホルダーモドキ達に、連続攻撃を叩き込んでいく。
『マスター!』
「一気に行くぞ!」
メカ犬の声に応え、俺はホルダーモドキの攻撃を捌きながら、再びベルトの右側をスライドさせて、黄色のボタンを押す。
『スピードロッド』
光と共に生成されるのは、スピードフォルムの専用武器である、棒状の武器スピードロッド。
この武器はフォルムの特性とも合わさって、多数の敵と戦う事に適している。
俺がロッドを振り回して、ホルダーモドキ達に打撃を叩き込む中で、Wも大きな動きを見せた。
「翔太郎。僕達も戦い方を変えるよ」
「ああ、纏めて蹴散らすぜ」
翔太郎さんとフィリップ君は、そう短く会話を交わすと、展開していたダブルドライバーを閉じて、装填されていた、ジョーカーメモリと、サイクロンメモリを引き抜くと、新たに二本のガイアメモリを取り出してボタンを押した。
『トリガー』
『ルナ』
メモリから音声が流れた事を確認すると、Wは素早くメモリをスロットに装填して、再びダブルドライバーを展開させる。
『ルナ』
『トリガー』
再び流れる音声と共に、狙撃者の記憶と幻想の記憶が刻まれた、ガイアメモリの力がWに宿る。
更に左胸部に固定されている、Wがトリガーメモリを使用した際の専用武器であるトリガーマグナムを抜き放つと、次々に辺りにいるホルダーモドキ達に光弾を撃ち当てていく。
『マスター!』
「翔太郎!」
「「分かってる!」」
互いの相棒が俺達の名前を呼ぶ声に応えて、俺と翔太郎さんは、短く答えを返して、次の行動へと移す。
俺はベルトからタッチノートを取り出して、スピードロッドにスライドさせる。
『ロード』
そして俺は、再びタッチノートをベルトに差し込む。
『アタックチャージ』
ベルトから発生した光が、右腕のラインを通り、スピードロッドへと集約される。
俺が必殺の一撃を準備する間に、Wも必殺の一撃を繰り出す為に、同じく準備を始めていた。
「これで決まりだ」
翔太郎さんは、そう言いながらダブルドライバーから、トリガーメモリを引き抜いて、トリガーマグナムのスロットへと装填して、ノーマルモードからマキシマムモードへと手動で変形させる。
『トリガーマキシマムドライブ』
変形させると同時に、凄まじいエネルギーが、マキシマムモードとなった、トリガーマグナムに集約されていく。
「こいつで決めるぜ」
俺は輝くスピードロッドを構えて、ホルダーモドキ達が密集している場所へと駆け出す。
Wは銃身をホルダーモドキ達に向けて何時でも撃てる体勢を整える。
「スピードロッド」
ホルダーモドキ達が、密集している地点に、辿り着いた俺は、自分自身の身体を軸として、スピードロッドを振り回す。
「ウインドテイスティング」
俺を中心として周囲に発生した、風の刃が次々と近くにいた、ホルダーモドキ達を切り刻む。
「「トリガーフルバースト」」
時をほぼ同じくして、Wがトリガーマグナムの引き金を引く事で、変幻自在な青と黄色の光弾が、無数に撃ち出されて、ホルダーモドキ達に猛威を振るう。
俺達の必殺の一撃を喰らったホルダーモドキ達は、その場で一体残らず爆発して、戦いの後には二人の仮面ライダーだけが残った。
青年は自分自身の感情に、疑問を抱いていた。
先程の戦いの最中、今の自分にとっては、戦いこそがもっとも尊ぶべき行為の筈なのに、その戦いを放棄してまで、何故見知らぬ少女を救ったのか。
ただの気まぐれだったのかと、己の心に問いかけてみるが、青年はそんな心を自分が持ち合わせていない事を良く理解していた。
ならば何故?
青年は何度も、同じ考えを繰り返す。
少女を見た時、何かを思うよりも先に、身体が自然と動いていた。
その小さな身体を抱きとめた時、忘れた筈の何かを思い出しそうになった気がする。
どんなに考えても、思い出そうとしても、その忘れた筈の何かを、青年が思い出す事は叶わない。
だが青年は一つだけ確信していた。
それは青年が自分自身を無くす前に持っていた、大切な何か。
感情なのか、物だったのか、或いは人だったのか……
それすらも思い出す事は出来ないが、この狂気に染まる以前の自分が、何よりも大切にしていたものだった事を、青年は本能で悟ったのである。
「それで、メルト。僕とサイファーを迎えに来たって事は、準備が整ったの?」
青年が自己の意識の中で、一つの考えに至り、思考を外側に向けると、そんな声が聞こえて来た。
現在オーバーとメルト、そしてサイファーに変身する青年は、何処かの研究室と思わしき場所で、会談を行っている。
そうは言ったものの、主に会話をしているのは、先程意識を外側に向けた際に、聞こえて来たオーバーともう一人の怪人メルトの二人なので、青年は会話に参加する事無く、自らの思考に意識を傾けていた訳だが。
「そうだ。間も無く楔の準備が整う」
オーバーの言葉に対して、メルトが淡々と返答を返す。
「それで、楔は何処に打ち込むのさ?」
オーバーの続けざまの質問に、メルトは黙って、右手の人差し指を上に向けると、静かに言葉を紡ぐ。
「最初の楔は大地に打ち込んだ。ならば次の楔は天に打ち込むのが、道理だろう」
「ふ~ん。天にねえ……それは良いんだけど、何処かめぼしい場所はあるの?」
メルトの言葉を聞いて、オーバーは再度新たな質問をぶつける。
「楔を打ち込むのに相応しい場所は用意してある。次の実験を行う場所は……風都タワーだ」
今ここに人知れず、風の街、風都を象徴するシンボルに、暗い影が忍び寄ろうとしていた。
「何か思い出せるかな?」
「……もう少し頑張ってみます」
俺は今ユイと二人で、風都ランドパークのホラーハウスに来ている。
先程の戦いで、他のお客さんは誰もいないので、文字通り今は俺とユイの二人だけだ。
一応ここの経営者の方にも、翔太郎さん経由で許可は貰っているので、問題は無いだろう。
その翔太郎さんなのだが、現在はフィリップ君と一緒に、鳴海探偵事務所に戻っている。
どうやら依頼を無事に終えた事を、依頼主に報告する為らしい。
それと依頼の最中にWが倒したドーパントなのだが、今回の依頼の件とはまた別に、メルト達とも何らかの繋がりがある可能性が少なからずあるそうなので、可能ならば情報を引き出してみると言っていた。
あとメカ犬も今は、俺達とは別行動を取っている。
どうしてかと言えば、俺がメカ犬にある頼みごとをしたからだ。
現在メカ犬は、俺の頼みごとを引き受けて、確認に行っている事だろう。
そして俺とユイが、このホラーハウスに来ている理由だが、俺が探偵事務所のガレージで、フィリップ君が書いていた文章に起因する。
俺の目に留まった文字にはこう書いてあった。
自縛霊と。
一般的には、特定の場所や人物等に強い未練を持っていて、その場所から動けなくなった霊の事を示す言葉なのだが、俺はユイが、その自縛霊なのではないかと考えた。
本当にユイが自縛霊ならば、本来ならは、その場所から動けない筈だろう。
しかし例外は存在する。
だから俺は、ここで一つの仮説を立ててみた。
ユイには二つの未練が存在していたのでは無いかと考えたのである。
一つはユイが探してほしいと頼んできたお兄さん。
だがこれだけでは、なのはちゃんにユイが憑くまでの間、このホラーハウスに居続けた理由が分からなくなる。
外的な力で束縛されているならば別として、ユイの未練が自分の兄に対してだけならば、直接その人に憑くか、あても無く探し続けるだろう。
しかしユイはこの場所に留まり続けた。
それが意味する事は、この場所自体に、ユイにとって残らなければいけない、何かしらの理由が存在した筈なのではと、考えたからだ。
他にも今はなのはちゃんの身体という実体を得た事で、自由に動ける事と、ユイ自身がお兄さんの存在以外の記憶を失っているからこの場所を離れる事が出来るんじゃないかとか、俺なりに色々と考えてはいるが、正直なところを言えば、幽霊の知識なんて、どれが本当で嘘なのかは曖昧だし、俺が思いつく幽霊に関する事だって、前世の友達の受け売りが殆どである。
俺自身も一度死んだ経験はあるが、幽霊をやった経験は無い。
あったのだとしても覚えていないので、これ以上参考に出来そうな考えは全く思い浮かばないのだ。
だからこそ確実では無いが、一つの可能性として、ユイをこの場所に連れてきて、何か思い出さないか、試している。
「……あの、純」
思考の海に深く潜っていた俺を、ユイの声が現実へと引き戻す。
「うん、何か思い出した?」
「ううん。ここでは思い出せなかったけど……」
俺の問い掛けに、ユイは申し訳無さそうに、言葉を濁すが、何かの決意を秘めた瞳で俺を見据えて、再び語りかけてくる。
「……私ね。兄さんに会ったかもしれない」
ユイの口から出てきた言葉は、またしても俺の予想を遥かに上回った……