魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
何処までも広がる漆黒の闇の中で、二人の異形の存在が対峙する。
「それで、どうだったのさ」
異形の一人、藍色の怪人オーバーが幼い声で、言葉を紡ぐ。
「何のことだ?」
その言葉にもう一人の異形の存在、灰色の怪人メルトが、淡々とした口調で疑問の言葉を返す。
「ふふ、とぼけないでよ。例の黄色い奴と戦って、データを集めてたんでしょ」
感情の篭らないメルトの返答にも、気にした素振りを見せず、オーバーは自ら核心部分へと触れる。
「……ああ、その事か。確かに邪魔な存在ではあるが、あの程度であれば、脅威にはなるまい」
「それじゃあ、例の実験は予定通り進めるんだね」
「計画に変更は無い。これから行う実験は、私達の本願となる作戦にも、大きく関わってくる。失敗は許されないぞ」
「分かってるさ」
メルトの重々しい言葉とは対照的に、オーバーは軽い口調で生返事を返すと、その場から立ち去る為に移動を始める。
「何処へ行く気だ?」
「まだその実験までには、時間が掛かるんだよね?その間は暇だからさ。僕はちょっと遊びに行って来るよ」
呼び止めたメルトに振り向いてからオーバーは、そう一言だけ告げると、再び踵を返して歩き始めた。
「程々にしておけよ……」
メルトが発したその言葉は、言葉を掛けた相手に対してというよりも、この後に控えた実験に影響を及ぼすなという意味合いに聴こえる。
言葉を掛けられた相手、オーバーもそれを分かってか、振り向く事無く、軽く右腕を頭上まで上げて、ひらつかせる事で、その言葉に対しての答えとした。
漆黒の闇の中で、オーバーの立ち去っていく足音だけが、漆黒の闇が支配する静寂の中で、まるで自己主張するかの様に響き渡った。
「漫画のネタが湧かないのよ……」
「あらあら」
我が家のリビングで、一人の女性がこの世の終わりとでも言いそうな、壮絶な顔をして呟いた。
その様子を見ながらも朗らかな対応を見せる母さんは、実はかなりの大物なのではないかと、俺は内心尊敬していたりもする。
この一人で世紀末的な表情をしている女性は、澤田燐子《さわだりんこ》さん。
母さんの学生時代の同級生で、現在はプロの漫画家をしている。
腰まで届きそうな長く綺麗な黒髪に、牛乳瓶の底の様な、分厚いメガネが見事なアンバランスを形成しているが、燐子さんに限っては、やけに似合っている様に見えてしまうから不思議だ。
俺は目の前で仲良く愉快な会話を繰り広げる二人を、苦笑いを浮かべつつ眺めながら、せめて此方には話が飛び火しません様にと、中々俺の願いを聞き入れてはくれない神様に、祈りを捧げる。
というか、幾ら昔馴染みの間柄とはいえ、プロの漫画家が、自称一般的な主婦である母さんに、この様な相談事をしているのか。
昔は母さんもアシスタントとして、活動していたそうなのだ。
だが、つい最近までは、その手の事からは離れていたらしい。
そして最近になってから、燐子さんは縁あって、家で漫画を泊り込みで描いたのだが、それ以降頻繁に母さんを訪ねて来るようになったのである。
「ねえ、メー君も何か良いアイデアとか無いかしら?」
燐子さんは、母さんと話していても新たな漫画のネタは浮かばないと、早々に見切りをつけて、今度はリビングで寛いでいたメカ犬へと、その質問の矛先を向けた。
『む!漫画のアイデアか……生憎とワタシも畑違いなのでな。急に言われても思いつかないぞ』
「そっかあ……」
傍から見れば、今の一連の一人と一匹のやり取りが、既に漫画の世界を垣間見ている様に感じられるのだが、残念な事に、メカ犬はもう燐子さんの漫画のキャラクターに組み込まれているので、新鮮な情報とは言い難い。
それにしても、燐子さんはここ最近、漫画のネタに悩むと、良く我が家に訪ねてくる。
今の様に存在自体が、不思議生物である筈のメカ犬と、自然にナチュラルトークが出来る所を見れば、その頻度も窺い知れる事だろう。
それから暫く、悩み続ける燐子さんを眺めていると、玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえて来た。
「あら、お客さんかしら?」
「多分なのはちゃんだよ。これから宿題を一緒にやろうって約束してたから」
チャイムに反応した母さんに、俺が恐らくこのチャイムを押したであろう人物の名を上げる。
その証拠に、チャイムがなった直後に、玄関の扉が開く音と、毎日の様に聴いている幼馴染の声が聞こえて来た。
「おじゃましま~す」
もはや勝手知ったる他人の家。
なのはちゃんは、チャイムを鳴らした後、足早に玄関を通って、俺達が集まっているリビングへと入ってくる。
「純君。一緒に宿題やろ」
リビングに入った直後、俺を見つけたなのはちゃんが、今日ここに来た目的を告げる。
「うん。それじゃあ俺の部屋に「きたあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」……燐子さん?」
俺がなのはちゃんに返事を返そうとした所で、燐子さんが俺の言葉を遮り絶叫した。
「にゃあ!?」
咄嗟に俺と母さんは、その絶叫という名の音波攻撃に対して、耳を塞ぐ事で防御を図る。
燐子さんはテンションが最高潮に達すると、色々とアレな感じになったりするのだ。
板橋家の面々は、それを嫌というほどに熟知しているので、臨機応変な対応策を取る事が出来るのだが……
燐子さんとはファーストコントクトとなる、なのはちゃんは、防御が間に合わなかった様で、猫の様な悲鳴を上げた。
鼓膜が破れる様な惨事にはならないだろうが、大丈夫だろうか?
「……それで、何がきたの?燐ちゃん」
母さんが燐子さんの絶叫が終わるのを待ってから、叫んだ張本人に当然の質問をする。
ちなみに燐ちゃんというのは、燐子さんの愛称で、母さんは学生時代からずっとこの呼び方を続けているらしい。
「きたのよ!!!きたの!!!私の頭の中に、強烈なイマジネーションがビビビときたのよ!!!!!」
「だから、何がきたの?」
興奮しすぎて思考回路の一部が、別世界へ大冒険中な燐子さんを前にして、母さんはなおも朗らかに対応する。
この様な時程、母さんのマイペースが頼もしいと思えたのは、何時頃だっただろうか。
「そこの女の子!!!」
母さんの声は一切耳に届いていないのであろう。
虎がモチーフの野球チームが優勝した時の地元民並に、最高潮のテンションで、燐子さんがなのはちゃんに詰め寄る。
「私の漫画のモデルになってくれない!!!!!!!!」
「ふえ!?」
未だに鼓膜へのダメージが残る、なのはちゃんの両肩を掴みながら、燐子さんが吼えた。
今自分に何が起こっているのか、把握しきれていないでいるなのはちゃんが、驚きの声を上げるが、燐子さんのテンションボルテージは、止まる事を知らない。
もう自分が言葉を掛けた相手に対しての考慮等、考えてすらもいないだろう。
「ていうか!もうこの子に決めた!この子しか有り得ない!素敵な出会いをありがとう!!!!!私のマイエンジェルウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!」
最近の徹夜続きと、ストレス及び疲労の蓄積の為だろうか……
今の燐子さんは、ある意味で、輝いて見える。
……文面の一番上に、痛々しいという言葉が入る程に。
『マスターよ』
「どうした?」
なのはちゃんに抱きつく燐子さんを見ながら、メカ犬が俺に話しかけてきた。
『何かを極めるというのは、壮絶なのだな』
「いや、あれは極めるというよりも、決まっちゃってるって感じだな」
『そうか。人生とは奥が深い……』
「人類の尊厳を守る為に、言っておくが、あれはかなり特殊な部類だと思うぞ」
長谷川さんと同職の人を呼ばなければいけなさそうな、危ない表情でなのはちゃんに抱きつく燐子さんを眺めながら、俺とメカ犬は人が生きるという意味を、真剣に考えた。
「あらあら」
こんなカオスな状況でも、一人マイペースを貫く母さんは、本当に凄いと思う。
凍えるような冷たい風が吹き荒ぶ冬の海岸で、一人の青年が叫んでいた。
「海のバカヤロオオオオオオオオオオ!!!!」
年の頃は二十代半ばといったところだろうか。
平均的な日本人男性の身長に、中肉中背で、短く切りそろえられた髪の毛が、見た者に清潔感を感じさせる。
特に人目を引く特徴は無いが、薄い青のフレームをしたメガネが、彼の小さなオシャレと言えるかもしれない。
街を探せば、自然と似た様な人物をすぐに見つけられる事だろう。
そんな青年が何故、こんな場所に居るのか?
そして青年は何故、海で叫んだりしたのか?
はっきり言って、昭和世代のテレビドラマなどでは、稀に見れたかもしれない場面ではあるが、現実にやっている人物は中々居ない事だろう。
大空を舞う渡り鳥の鳴き声が、更なる哀愁を漂わせている。
何故青年がこんな場所で、こんな一銭の得にもなるとも思えない珍行動を行っているのか?
それにはこの視界に広がる大海原の海底程の深さ!には到底及ばないが、それなりに深い理由がある。
彼にはもう付き合い始めてから、五年以上にもなる彼女、つまり愛するべき恋人が居た。
将来は結婚をしようと、約束した仲であり、実は今日、彼は長年連添ってきた最愛の恋人にプロポーズをした……いや、する筈だったというのが正解だろう。
彼がプロポーズをしようとした直前、彼女から、別れようと、先に話を切り出されたのである。
どうやら彼女は、青年と付き合っていながら、他の男性とも関係を持っていたらしい。
所謂二股という奴だ。
しかし青年を、一人海で叫ぶ痛い人と成らしめた理由は其処ではない。
青年は本命の彼氏では無く、俗に言うところの二号君だったのである。
この事実は、流石の青年も予想だにしていなかったのだろう。
更に話を聞けば、そのもう一人の男性とは、幼馴染であり、何度も付き合ったり別れたりを繰り返した仲らしい。
実際に青年と付き合っている間、そのもう一人の男性とは、一切の連絡すらも取っていなかった時期も確かに存在すると彼女は青年に言っていた。
そして、そんな関係を長年繰り返した果てに、青年がプロポーズを決行しようとした、丁度前日にもう一人の男性が先に彼女にプロポーズをした。
この時になって彼女は、己の本当の気持ちに初めて気付いたのである。
その幼馴染の男性が何よりも愛しいという事に。
だから彼女は、今の気持ちを正直に、青年に告げた。
彼女は真実を告げると同時に、一つの決意を決めていた。
青年からのどんな罵倒も甘んじて受けようと、自分はそれだけの事をしてしまったのだ。
それで全てが丸く収まらないかもしれないが、それが今の彼女に出来る唯一の事だった。
だが青年は、彼女を罵倒したりなどしなかった……
彼女から視線を外して、背を向けてたった一言。
「幸せになれよ」
青年はその言葉を最後に、彼女に再び振り返る事無く、その足でこの海岸までやって来たのである。
後悔は無い。
青年にとって、彼女が幸せになる事、それが一番嬉しい。
彼女と出会えた事、一緒に作ってきた思い出は、何ものにも代え難い……青年の宝物だ。
それでもやはり、何処かでやり切れない思いが確かにある。
大声で叫べば、少しは楽になるかもしれないと、ずっと海に向かって叫び続けるが、どんなに叫んでも青年の心が満たされる事は無かった。
やがて己の体力が尽きるまで叫び続けた青年は、服が汚れる事も構わずに、砂浜に大の字で寝転ぶ。
青年は緩やかに目蓋を閉じて、潮の香りを鼻腔に感じながら、枯れた声で一言だけ己自身の本音を呟いた。
その声は実際に言葉として放った青年が思うよりも、弱々しく掠れており、独り言としても認識出来ないレベルだ。
だがそれでも構わないと、青年は己の発した声に無頓着な感情を抱く。
元々誰に言うつもりは無く、無意識の内に、自然と口から零れ落ちた言葉だったからだ。
寧ろ誰にも聴かれなくて助かった。
「それが、君の夢?」
青年が一人、胸中で胸を撫で下ろした瞬間、頭上から言葉として成り立ってすら居なかった独り言に、返事が返って来た。
その声はやけに幼く高めで、男女の判断すら青年には判別できない。
何事かと閉じた目蓋を持ち上げて、青年が視界に捉えた声の主は、藍色をした異形の存在だった。
「その夢……僕が叶えてあげようか?」
突然の事態により冷静な思考が出来ない青年は、藍色の異形の問いに対して、深く考える事無く、首を一度だけ縦に振った。
「それで……どうしてこんな事になるんだ?」
日曜日の昼下がり。
季節的に冬という寒い事に変わりないが、穏やかな日差しが照らす、海鳴公園に設けられたベンチに座りながら、俺は小さな疑問を、今更ながらに呟いた。
『仕方ないだろうマスター。これも人助けと思って、協力するのが、人情ではないか』
俺の小さな呟きに対して、隣の地位位置で待機しているメカ犬が、尤もらしい言葉を返してくる。
「いや、ビジュアル的に、メカ犬が人情を説くのはどうなんだよ?」
存在が既にファンタジーなメカ犬に、常識的な意見を説かれるのが、何となく納得出来ず、俺は現在の心境も手伝い、半ば八つ当たりで反論を試みる。
『それこそ偏見というものではないかマスター。何事も目の前にある真実を、己の現実として認める事から始めるべきだと、ワタシは思うぞ』
「……最大限考慮してみるよ」
『うむ。それでこそマスターだ』
しかし敢え無く論破されてしまった。
相変わらず、俺の相棒のナチュラルトークには、頭が下がる。
「それにしても、なのはちゃん遅いな。もう待ち合わせの時間も過ぎてるのに」
俺は公園の中央に立てられている時計を見ながら、待ち合わせの時間が、既に過ぎている事を確認した。
『マスター。女性とは、常に用事の際の準備に時間を掛けるものなのだ。それぐらいは察してやらねば、なのは嬢に失礼ではないか?』
「メカ犬が言いたい事は、俺も分かるけどこれは……」
俺がメカ犬との会話を続けようとした所で、普段から聞きなれた声が、公園の出入り口付近から聞こえて来た。
「お待たせ。純君!」
聴き慣れているのは当然である。
声の主は普段から毎日の様に顔を見ている、俺の家の隣に住んでいる幼馴染の女の子なのだから。
「大丈夫だよなのはちゃん。そんなに待ってはいないからさ」
俺は急いで此方に手を振りながらやって来るなのはちゃんに、手を振り返しながら、無難なフォローを入れておく。
「本当にごめんね!今日の事をお姉ちゃんに言ったら、無理矢理こうされちゃって……」
なのはちゃんは、遅れた事を謝りながら、自分自身を見る。
今のなのはちゃんの姿を一言で表すのであれば、可愛いの一言に尽きる。
常日頃から美少女なのは、変わらないのだが、今日は何時もの三割り増しで美少女なのだ。
シンプルでありながら、本人にとても似合っていると感じさせる、白を基調とした冬服は、そのまま雑誌のモデルが出来そうな程だし、何よりも驚くべき事は、薄っすらとではあるのだが、今日のなのはちゃんは、お化粧をしている様なのである。
なのはちゃんという最高の素材を殺す事無く、薄く施されたファンデーションと、明るい色のアイシャドウに、唇に塗られたピンクの色付きリップクリームが、無限の相乗効果を生み出して、なのはちゃんの魅力を最大限に引き出していた。
「その服とお化粧って美由希さんが?」
「うん。お姉ちゃんがやってくれたの。でも……子供がお化粧するなんてやっぱり変だよね」
「そんな事無いよ。なのはちゃん、何時も以上に可愛いから」
俺の質問に対して、自信無さげな答えを返すなのはちゃんに、俺は見たままに思った真実を告げる。
確かに小学一年生にお化粧というのは、早い気もするが、美由希さんがなのはちゃんに施した化粧は、素人意見ではあるが、自然な感じで好感が持てる出来だと思う。
「そ、そうかな」
俺の言葉に照れたのか、なのはちゃんは頬を赤く染めながらも、嬉しそうに微笑む。
やはりなのはちゃんも、女の子だからだろう。
嬉しそうなその表情見ると、お化粧というものに、興味があったのかもしれないと思わずにはいられない。
「でも、ごめんねこんな事させちゃって。燐子さんは、一度ああなると、誰にも止められないからさ」
俺は今この場には居ない母さんの親友兼、今回の首謀者に代わり、謝罪の言葉をなのはちゃんに言う。
「い、良いよ!純君は気にしないで!漫画のお仕事を手伝えるなんて機会滅多に無いし!……それに私も楽しみにしてたし……」
「そっか!ありがとうなのはちゃん。所で最後辺りが、聞き取れなかったんだけど何て言ったの?」
「な、何でも無いよ!?」
ただ単に、聴き取れなかったから、聞いてみただけなのだが、なのはちゃんは、慌てた様子で、走り出して公園の出口へと向かってしまった。
何か気に障る様な言い方でも、してしまったのだろうか?
前世の頃からも含めて、やはり俺にとって女性という生命体は、多くの神秘と謎に包まれているらしい。
そんな俺が、これから世間一般で言う所の、所謂デートという事をするのだから、人生とは本当に分からないものだ。
何故俺となのはちゃんが、デートをする事になったのか。
それは我が母親である、何ともマイペースな母さんと、その親友である燐子さんの言葉が、発端となる。
燐子さんが、なのはちゃんを見つけた後、最高潮に達していたテンションを幾分下げて、ネーム作りを始めた所で、とある一つの問題が浮上したのだ。
漫画の内容の中で、なのはちゃんがモデルとなっているヒロインと、主人公がデートをする場面が作中にあるそうなのだが、そのイメージがどうしても掴めないらしい。
漫画家ならば、妄想と出来るだけの資料を集めて、其処からは自分でどうにかしろと言いたいが、其処で思い悩む燐子さんに、俺の母さんがある助言をした。
【良い資料を作れば良いわ】
その一言に天啓を受けたかの様に、牛乳瓶程の厚さがあるレンズの下で、目を見開いた燐子さんは、再びなのはちゃんと、そして今度は俺の手まで握り締めて、危ないテンションで、お願いしてきたのである。
……まあ、それが今回のデートという訳だ。
燐子さんのお願いというのは、俺となのはちゃんのデートする風景を記録して、漫画の資料に提供して欲しいという事だった。
ちなみにその風景の記録方法とは……
『マスター。早く行かなければ、なのは嬢が行ってしまうぞ?』
考え事をしていた俺に、メカ犬が急かすように言葉を投げかける。
その背中に現在録画中となった、ビデオカメラを背中に括り付けた状態で。
途轍もなく厄介な事に、動画での資料を提出してくる様に、要求して来たのである。
恐らく燐子さんには、他意はないのだろうが、この状況まで誘導したのは、間違い無く母さんだ。
出来ればこの様な見世物的な事は、お断りしたかったのだが、板橋家にとって男性と女性には超えられないヒエラルキー的な絶壁とも言える壁が存在している。
母さんがやれと言えば、その言葉は板橋家の男性である、俺と父さんにとっては、神の言葉に等しい。
逆らう事なんて、考えるまでも無いのだ。
「はあ……分かってるよ」
俺は溜息交じりに、メカ犬に答えながら、前を走るなのはちゃんを追いかける為に、移動を開始する。
その際に俺は、ズボンのポケットから、一枚のメモを取り出して、そこに書かれた内容に目を通す。
このメモは母さんが、デートの当日に女の子をちゃんとエスコート出来る様にと渡してくれたデートプランだ。
今日はここに記された内容を、順番に撮影していく手筈となっている。
はっきり言って、断りたい事この上ないが、ヒエラルキー問題と、元よりデート経験皆無な俺にとっては、無いよりは在った方が、何かと都合が良いので、使わせてもらう事とした。
そしてデートの最初に記されていた内容は……
【駅前の喫茶店で、ラブラブカップルじゅ~ちゅを注文して二人で仲良く飲みなさい】
……最初から難易度マックスだった。
その場だけの事ならばまだしも、これを記録に残すなど、考えただけでも、頭から火を噴出しそうである。
しかし、時間と現実は残酷なものであり、なのはちゃんに追いついた俺の足は、自らある種の死刑決行場所へと、その歩を進ませて行く事となったのは、覆しようのない事実だった。