魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~   作:G-3X

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第十二話 ゴースト・イン・ザ・ホスピタル【前編】

人によって、平気な人と苦手な人がいると思うが、俺はどちらかというと苦手な部類に入る。

 

この独特の雰囲気と、建物全体に漂う消毒液の香り・・・

 

怪我や病気になった時は、とてもお世話になる場所なのだが、やはりなるべくお世話にならない方が、良い所だろうと俺は個人的に思う。

 

健康はそれそのものが大切な財産なのだから。

 

病院にお世話になるのは、健康診断と予防接種の時ぐらいに止めて置きたい。

 

まあ、こんな事を思うのも、単に俺が病院の雰囲気が苦手というだけの話なのだが・・・

 

何故、突然こんな事を話すのかというと、俺は今海鳴市でも大きな設備を有している、海鳴大学病院に来ているからだ。

 

最初に誤解の無い様に明言して置くが、俺は至って健康優良児である。

 

じゃあ何で俺が病院に来ているのかと言うと、友達のお見舞いに来ているからだ。

 

入り口付近のカウンターで、友達の居る病室を聞いた俺は、病院内の廊下を歩いて行く。

 

暫く歩くとカウンターで教えてもらった病室の前に辿り着いた。

 

「ここで良いんだよな?」

 

俺は病室の前で、ナンバープレートに記載された番号がカウンターで教えてもらった番号と一致している事を確認してから、その病室の扉を軽く二、三度ノックする。

 

この病室は個室になっているので、一応マナーは守るべきだろう。

 

「どうぞ~」

 

すると扉の向こうから、声が聞こえてくる。

 

病室の主から入室の許可を得た俺は、扉の取っ手を掴み静かに扉を開けた。

 

「具合は大丈夫?はやてちゃん」

 

俺は病室のベッドに腰掛けているこの病室の主の、はやてちゃんに声を掛ける。

 

「大袈裟やな純君は。ただの検査入院なんやから、何も変わらんよ」

 

はやてちゃんが笑顔で俺に答えた。

 

お見舞いに来た友達というのは、はやてちゃんの事である。

 

運動会の本番前日、元々の日程だったそうで、はやてちゃんは三日程前から足の検査の為、この海鳴大学病院に入院する事になった。

 

「そっか、元気そうで安心したよ」

 

俺ははやてちゃんの普段と変わらない様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「あ、そうだ!」

 

「何や?」

 

俺は安心した事で、頼まれていた事を思い出し、自身の右手に持ったバスケットをベッドの近くに設置されていたテーブルに置いた。

 

「これ皆からお見舞いの品の果物だから」

 

バスケットの中にはりんごや、バナナ等の、定番な果物が入っている。

 

本当はなのはちゃん達もお見舞いに来たがっていたのだが、今日は三人とも、習い事がある為、終わってから病院に来ても面会時間が過ぎてしまうので、俺一人で来た。

 

この果物の詰め合わせは皆のお小遣いを持ち寄って購入したのだが、そんな経緯で俺が代表して持って来る事になったのである。

 

全員の予定が空いている日に行こうという話しも出たのだが、はやてちゃんが入院してから、何かと予定が重なってしまい、お見舞いに来れなかったので、俺だけでも先行して行って来た方が良いという事で話が纏まったのだ。

 

「本当はなのはちゃん達も来たがってたんだけど、如何しても予定があって来れそうに無いみたいだったからさ。お見舞いに来るのが遅くなっちゃってごめんね」

 

俺は、はやてちゃんに事情を話しながら、ベッドの脇に備え付けられた椅子に腰を下ろす。

 

「ううん。良いんよ」

 

はやてちゃんは俺の謝罪に軽く首を横に振りながら、笑顔で俺に言う。

 

「・・・足の方は大丈夫なの?」

 

俺は思い切ってはやてちゃんに聞いてみる。

 

「ボチボチやな。良くはなってないけど、悪くなった訳でもないんよ」

 

はやてちゃんの話では、今だ原因不明なのだそうだ。

 

「そっか・・・」

 

俺ははやてちゃんの話に頷きながら、今年の夏休みに初めてはやてちゃんと出会った日の事を思い出していた。

 

あの日の夜、俺は不思議な喋る猫と会話したのだが、その時喋る猫は俺に、はやてちゃんに近づくなと言っていた。

 

もしかしてはやてちゃんの足について、あの猫は何か知っているのではと俺は思うのだが、あの夜以来喋る猫は今日まで俺の目の前に姿を現してはいない。

 

それにこれは俺の勝手な推理で、その喋る猫と偶然にでも再会出来たとして全てが解決するかは分からない。

 

結局今の俺がはやてちゃんに出来る事と言えば、こうして入院した時等にお見舞いに来るぐらいのものである。

 

「わ!」

 

「のわ!?」

 

考え事をしていた所に、俺の耳元に大きな声が聞こえて来た。

 

突然の事態に俺は、思わず身体ごと跳ね上がってしまう。

 

「いきなりびっくりしたよ!?」

 

俺は大きな声の発生元であり、隣のベッドでお腹を抱えながら笑っている、悪戯好きな関西弁の美少女に抗議する。

 

「ふふ・・・ごめんな。でも何だか純君が難しい顔しとったからついな・・・」

 

はやてちゃんは悪戯が成功して余程嬉しいのか、俺に謝りながらも笑い続けている。

 

流石に病院ではやりすぎだと思った俺は、はやてちゃんに一言注意しようと口を開く。

 

「はやてちゃん。病院なん・・・」

 

俺の言葉はそこで遮られる。

 

それと言うのも、はやてちゃんの人差し指が俺の口を軽く押さえていたからだ。

 

「・・・ありがとうな。純君・・・私の事、心配してくれたんやろ?」

 

はやてちゃんは普段見せる悪戯っ子の笑顔とは少し違う、何処か優しさが内側から染み出して来るような、暖かい笑顔を俺に向けた。

 

俺はその笑顔を見て、もう何も言えなくなってしまっていた。

 

暖かい雰囲気が俺とはやてちゃんしかいない病室の中に流れるが、その時間は直ぐに終わりを告げる。

 

病室の扉から、ノックする音が聞こえて来たのだ。

 

「どうぞ~」

 

俺の口から人差し指を離しながら、はやてちゃんが扉の向こうでノックをしているであろう人物に返事を返す。

 

扉の向こうの人物にはやてちゃんの声が届いたのだろう。

 

病室の扉が静かに開かれる。

 

「はやておねえちゃん。えほんをよんでもらっていいですか?」

 

扉を開けた人物は小さな女の子だった。

 

見た目からすると、俺達よりも二つか三つ程年下の様に見える。

 

肩に掛かる程の短めに切り揃えた髪を揺らしながら、女の子は絵本を片手に俺達の方に小走りでやって来た。

 

「おにいちゃんは、はやておねえちゃんのおともだち?」

 

女の子は俺を見ながら首を傾げ、はやてちゃんに質問してきた。

 

「ああ、この男の子はな・・・」

 

はやてちゃんが女の子に俺の紹介を始める。

 

「この男の子は純君。私の彼氏や」

 

俺は、物凄くナチュラルに嘘の入った、はやてちゃんの紹介に勢い良く噴く。

 

小さい子に何を平然と嘘を吐いてるんだはやてちゃんは!?

 

しかもそれを聞いた女の子は・・・

 

「すご~い!はやておねえちゃんおとなだ~」

 

女の子は純粋な輝く瞳で俺達を見る。

 

そんな曇りの無い清らかな瞳で見られると、さっきのは嘘だから信じないでね、とは非常に言い難い。

 

「・・・はやてちゃん、この子は?」

 

俺は取り敢えず、目の前の女の子の純粋な心を守る為に、突っ込みをしたい衝動を何とか堪えて、はやてちゃんに目の前にいる女の子を紹介してくれる様に頼む。

 

女の子に尊敬の眼差しを向けられて、良い気分に浸っている様子のはやてちゃんだったが、そのはやてちゃんに代わり、女の子自身が俺に自己紹介をしてくれた。

 

「はじめまして。じゅんおにいちゃん。みかんはみかんっていいます。よんさいです」

 

女の子、みかんちゃんは俺に元気な挨拶をすると、

 

「じゅんおにいちゃんは、はやておねえちゃんのこいびとなんですよね?」

 

みかんちゃんは瞳から、星でも出さんという勢いで輝く純粋な瞳で、俺を見詰めながら尋ねて来る。

 

しかも何時の間にか、彼氏から恋人にランクアップしてるし!?

 

「え、えっと・・・は!」

 

答えに困っている俺だったが、隣から妙な視線を感じたので、視線だけをゆっくりと横に向ける。

 

そこには興味津々といった感情を剥き出しにしたはやてちゃんが、俺の言葉を聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。

 

正面には、みかんちゃんの純粋な瞳。

 

横には、はやてちゃんの聞き耳。

 

はやてちゃんの嘘に便乗してみかんちゃんの夢を守るか、それとも横に居る悪戯っ子に突っ込みを入れて俺の精神衛生上の安定を確かなものにするべきか・・・

 

俺が選んだのは・・・

 

「・・・どうも初めましてみかんちゃん。俺は板橋純。何時も俺の彼女のはやてちゃんと仲良くしてくれて、ありがとう」

 

「ふわわ!!みかん、はやておねえちゃんのこいびとさんに、おれいをいわれてしまいました!!!」

 

俺の挨拶にみかんちゃんは、驚きながら照れるという、器用なリアクションをする。

 

そして俺の隣ではやてちゃんは、俺を凄いにやけ顔で見ながら、

 

「録音しとけば良かったわ~」

 

と、俺に聞こえてみかんちゃんには聞こえないという、絶妙な音量で呟く。

 

頼むから勘弁してくれ!

 

そんな事をされて、何かの間違いで衆人観衆の耳に入ったりしたら、俺は羞恥心で、暫く立ち直れなくなるぞ!?

 

「ほんとうにすごいです~」

 

俺が心の中で葛藤している間も、みかんちゃんは俺とはやてちゃんを交互に見ながら、凄いという言葉を連呼している。

 

その様子を見ながら、俺は何とか心を平常保つ事を心掛ける。

 

良いじゃないか。

 

俺が少し恥ずかしい思いをした事で、一人のいたいけな少女の純粋なハートを守る事が出来たのだ。

 

それ以上の喜びが何処にある!?

 

俺は自分自身に言い聞かす。

 

というか、そう思ってでもいないと、俺の心が折れてしまうから!

 

俺は心の羞恥を笑顔という名の仮面で隠して、みかんちゃんにへの対応を続けた。

 

「こいびとどうしのじゃまをするのは、いけないことだって、ままがいっていたので、みかんはこれでしつれいします」

 

俺とはやてちゃんに、恥ずかしい質問を幾つも続けたみかんちゃんは、突然そう宣言して、部屋を飛び出して行った。

 

「・・・何か嵐みたいな子だったね」

 

みかんちゃんが出て行った直後、俺は病室の扉を見ながら、言葉を紡ぐ。

 

「そうやろ。何か一緒の居るだけで、元気を貰える感じがする子なんよ」

 

はやてちゃんが俺の言葉に頷きながら、言ってくる。

 

確かに一緒に居ると落ち込む暇も無いなと、俺は思った。

 

「さてと・・・」

 

スーパー元気な嵐が過ぎ去って、一段落した所で、俺ははやてちゃんに先程までみかんちゃんの前で見せていたのとは別種類の表情を、仮面の様に装着する。

 

「ひ!?」

 

俺のその表情を見たはやてちゃんは、短く悲鳴を上げた。

 

自分では今の顔を確認出来ないが、ある意味でとても良い顔をしているのは間違いない筈だ。

 

今も尚、怯えた様子を見せるはやてちゃんに俺は、ゆっくりと語り掛ける。

 

「はやてちゃん」

 

「は、はい!」

 

幾ら俺がヘタレでも、怒る時は怒るのだ。

 

俺はその怒りを、この一言に集約して解き放つ。

 

「ちょっとお話しようか?」

 

こうして海鳴大学病院の一室において、俺の説教タイムの幕が上がった。

 

それは三十分以上の長丁場になるのだが、この場では割愛させて頂こう。

 

代わりに一つだけ言っておく。

 

さあ、お前の罪(主にはやてちゃんが俺に対して今までやってきた悪戯)を数えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、知ってる?あの噂」

 

何だかんだあったはやてちゃんのお見舞いを終えた俺が、病室を出て廊下を歩いていると、廊下の曲がり角付近から、偶然にも、そんな声が聞こえて来た。

 

曲がり角を曲がって確認してみると、そこには二人の看護士さんが居た。

 

一人は若いお姉さんで、もう一人は見るからに世間話が好きそうなおばちゃんである。

 

看護士のおばちゃんが、近所の公園で井戸端会議をするかの様に、若い看護士さんに話し掛けているのだ。

 

恐らく俺の耳に先程入ってきた声はおばちゃんの声で間違い無さそうである。

 

「知ってますよ。例の幽霊の事ですよね?」

 

俺はそのまま、通り過ぎようとした時、おばちゃんと話していた若い看護士さんが、答えた。

 

幽霊?

 

何と無く気になった俺は、その話に耳を傾ける。

 

「そうなのよ。ずっと前からこの病院には、小さな女の子の幽霊が出るって噂があったじゃない。でもこれとは別に、最近変な話が患者さんの間で広まってきたのよ」

 

「確か人間サイズの昆虫みたいなのが出てくるとか、私も何人かの患者さんから聞きました」

 

「何でも夜の病院で毎夜の事、誰かが目撃してるらしいわよ」

 

「しかも、何故か目撃するのは患者さんばかりで、夜の見回りをしている私達や警備員さんは、一度も見た事が無いって言うんですから不思議な話ですよね」

 

「でもそれって裏を返せば、単に怖がりの患者さんが見間違えただけって事なのかも知れないわよね」

 

「あはは、そうかも知れませんね」

 

看護士さん達の幽霊の噂話はここまでの様で、二人の話題は幽霊話から、今年の秋に流行りそうなファッションの話へとシフトして行った。

 

「夜の病院に出てくる謎の巨大昆虫ねえ・・・」

 

俺は看護士さん達が話していた内容を思い出しながら呟く。

 

病院や学校等の普段から多くの人が利用する場所では、こういった噂が出来やすいという話を前世の友人に聞いた事がある。

 

普段から見知ったものであるからこそ、人の想像はリアリティーを増すらしい。

 

そう考えるとただ単に、この話も噂話の一つだと受け止めるのは簡単なのだが、俺は如何にもこの話には引っ掛かる部分がある気がするのだ。

 

それと言うのも・・・

 

「何やら面白そうやな」

 

面白い?

 

「まあ、確かにそういうのが好きな人にとっては、面白い話かもしれないね」

 

オカルトやホラーが好きな人にとっては、こういう話を生ですると喜ぶかも知れない。

 

でもその一方で、そういった話に拒絶反応を起こす人もいたりするので、一概にそう受け取って良いのかは疑問ではある。

 

「入院生活って退屈なんよ。だから私は刺激が欲しいんや」

 

「刺激ねえ?」

 

ジェットコースターに乗るのと似た様なものだろうか。

 

いや、あれは刺激というよりも、最早死の恐怖だろう。

 

「所でさ・・・」

 

俺は一度、軽く深呼吸してから、言う。

 

「何でここに居るの?はやてちゃん」

 

俺の横には、関西弁を喋る車椅子の美少女が居た。

 

自分の記憶に間違いが無ければ、確か俺は、はやてちゃんに先程別れの挨拶をして部屋を出た筈なんだが・・・

 

「純君が帰って暇やったから、少し病院内を歩こうと思ったんやけど、良い話を聞けたわ」

 

はやてちゃんがまたしても、悪戯っ子な笑みを浮かべる。

 

少し前まで、俺の説教で幾らか懲りてくれれば、助かると思っていたのだが、如何やらはやてちゃんの悪戯は、説教の一つや二つを受けた所で改善される様な、生易しいものでは無いらしい。

 

無駄に逞しいその心意気を、もう少し何処か違う場所に、運用出来なかったのだろうか?

 

「さてと、俺もそろそろ帰ろうかな」

 

この場に居ても嫌な予感しかしないので、俺は早々に撤退する為に行動を開始する。

 

「ちょっと待とうな純君」

 

しかし、敵は俺の一枚上手だった。

 

俺の素早い撤退行動を事前に感じ取ったはやてちゃんは、俺のズボンを握り込んでその動きを阻害してくる。

 

「・・・如何したのかな?はやてちゃん。俺早く帰らないといけないんだけど」

 

はやてちゃんが俺に何を言いたいのか、何と無く分かるが、俺はあえて知らない振りをする。

 

諦めなければ、何処かに勝機を見出せるかも知れないからだ。

 

「とぼけなくても良いんやで。彼女の私は純君の考えは何だってお見通しなんやから」

 

はやてちゃんが、わざとらしく恥じらいを演出させながら、言ってくる。

 

いい加減に、そのネタを持ち出すのは勘弁して貰いたい。

 

「今夜は一緒に夜の病院で、秘密の肝試しデートで決定やな」

 

そしてはやてちゃんは俺が予想していた事を、いや、それ以上にいかがわしい言い方で言ってきた。

 

この言い方にも突っ込むのは当たり前だが、それよりもまずは・・・

 

「はやてちゃんはただ単に暇潰しがしたいだけだよね!?話相手ならまた今度してあげるから、今日の所は勘弁してよ!それに俺とはやてちゃんは・・・!?」

 

俺はその次の言葉を口にする前に気付いた。

 

誰かの視線を感じたのだ。

 

俺は恐る恐る、その視線の先に振り向いてみる。

 

「よるのびょういんでひみつのでえと・・・おとなです!おとなすぎます!!!」

 

純粋な心と、歳相応な好奇心が見事にブレンドされた瞳で、一人の女の子が俺とはやてちゃんを観察していた。

 

「俺とはやてちゃんは・・・何なん?」

 

この状況ではやてちゃんは、俺に分かりきった事を質問してくる。

 

今の俺に選択肢は無い。

 

言論の自由を奪われた俺に、今唯一出来る事。

 

それは・・・

 

「・・・俺とはやてちゃんは・・・最高のカップルさ!」

 

俺は心の中で咽び泣きながら、再び笑顔という名の仮面を被った。

 

願わくば、この光景を無垢な瞳で見ているみかんちゃんが、清らかな心を持ちながら成長してくれる事を、俺は切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・それで何故ワタシが呼ばれたのだ?』

 

はやてちゃんの病室にやってきたメカ犬が、来て早々に開口一番でそう口にした。

 

いやね。

 

俺だって正直な所、悪いとは思ってるんだよ。

 

でもさ、他に今この場に来れる人物で、多少なりとも俺以外にはやてちゃんのストッパーが出来そうなのってメカ犬しか思い浮かばなかったんだって。

 

なのはちゃん達じゃ、悪戯っ子として覚醒したはやてちゃんを、制御する術は無いし、大人に正直に言えばやる前に禁止されてしまうだろう。

 

だから大人以外で、何かがあった時に対処可能になりそうなのは、メカ犬位しか思い付かなかったのだ。

 

メカ犬が居れば、最悪の場合でも変身出来るし、大抵の事は自力で如何にか出来る筈だ。

 

そもそも変身する機会は無いと、思いはするけれど・・・

 

『しかし珍しいな』

 

俺が平謝りする中、メカ犬が呟いた。

 

「何がだよ?」

 

『いや、普段のマスターならば、こんな事をする前に止める筈だろう』

 

確かに普段の俺なら、メカ犬の言う通り、こういう事をしようとしたら、止めるだろうな・・・

 

「ちょっと思う事があってさ」

 

俺は視線をベッドでみかんちゃんに絵本を読んであげている、はやてちゃんに向けながら言う。

 

「初めてなんだよ。はやてちゃんが、俺にこういうわがままを言うのってさ」

 

はやてちゃんは今からやろうとしている事が、決して褒められる事じゃないって事を分かっていると思うのだ。

 

今年の夏に出会ってから、今日までに色々なわがままを聞いた事に、違いは無いのだが、今回のわがままは何時もと少しだけ違っている。

 

普段言ってくるわがままは、度を越えている部分もあるが、本質的に誰かに迷惑が掛かるものではなかったのだ。

 

しかし今回は、ばれたら病院関係者やその他諸々に怒られる事必至なのである。

 

「俺達の誰一人も、今日までお見舞いに来なかった事をさ。はやてちゃんは俺が予想する以上に寂しく感じてたのかなって思ったんだ」

 

だから今日は何があっても一緒に居たかったんだと思う。

 

実際にはやてちゃんの心の内が、どうなってるのかは分からないけど、俺にはそう見えたし、感じた。

 

俺は、はやてちゃんに向けていた視線を、少しだけ下げてみかんちゃんを見る。

 

病室で話している間に少しだけ話したのだが、みかんちゃんははやてちゃんが検査入院した初日から、毎日病室に遊びに来ていたそうだ。

 

この事実を聞いて、今目の前に居るはやてちゃんとみかんちゃんのやり取りを見ながら、俺は心の底からみかんちゃんに感謝している。

 

みかんちゃんが居てくれたから、はやてちゃんは寂しさを紛わせる事が出来たんだと思う。

 

本当ならば、今日俺はあの日見た寂しげな笑顔を、再び見る事になっていた筈だ。

 

本人は勿論意識して無いだろうし、はやてちゃん自身もそんな事思っていないかも知れない。

 

でも俺は、それでも感謝したいのだ。

 

ありがとう、みかんちゃん。

 

俺の大切な友達の笑顔を守ってくれて・・・

 

現在の時刻はまだ、日も出ている夕方。

 

肝試しの時間までには、もう少しだけ時間が在った。


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