魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~   作:G-3X

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映画版 仮面ライダーシード シークレットエピソード プリンセスメモリアル【中編】

「それにしても純が仮面ライダーだったのには驚いたのじゃ」

 

チェイサーさんが海鳴の道路を走る中、ワッカに固定されているエミリー様が、クリムゾンレッドの色をした俺を見ながら話しかけてくる。

 

「隠していてごめん・・・でも今は、その話よりも先に聞きたい事がある」

 

俺は先程エミリー様が言おうとしていた事を、聞いてみる事にした。

 

「さっきエミリー様は、ホルダーだった護衛隊の人達を見てやっぱりって言っていたけど、何か気になる事があるのか?それに昨日俺に頼みたい事があるって言っていたけど、それはこの一連の出来事に関係があるの?」

 

エミリー様は俺の質問に、少しだけ答える事に戸惑を見せつつも、ゆっくりと話し始めた。

 

「恐らく先程襲ってきた護衛隊の者、純がホルダーと言っていた奴らの狙いは、我で間違い無いじゃろう」

 

『しかしそれはおかしいのではないか。本来であればその護衛隊はエミリー嬢を守る存在のはずだろう?』

 

メカ犬がエミリー様の言葉に対して、指摘してくる。

 

確かに言われてみればそうである。

 

ホルダー化して暴走していたと言えば、それまでかも知れないが、奴らは明確な意思を持って俺達を襲ってきた。

 

「それは我がこの一連の事件の犯人を知っておるからじゃ。あの者達もその犯人の差し金で間違い無いはずじゃ。我の行動が邪魔になると思い、この様な行動に移してきたのかも知れぬのう・・・」

 

影を落とした様に、暗い表情を垣間見せながらエミリー様は溜息を零す。

 

「犯人を知ってるって、如何してエミリー様がそんな事を知ってるんだ?」

 

エミリー様は確かにただの一般人では無く、一国のお姫様ではあるが、それでもそんな情報を知っているのはどう考えても不自然に感じる。現に先程ホルダーに襲われた時の様子を見る限り、荒事に慣れているとは到底思えないし・・・

 

一体全体、エミリー様は何を何処まで知っているというのだろうか?

 

「我は犯人は知っているが、奴がこの様な真似をするとまでは、思っていなかったのじゃ」

 

エミリー様は自身が聞き知った事を俺達に切々と説明し始めた。

 

「犯人の名はガルド。・・・我の国の大臣じゃ」

 

苦虫を噛んだように苦々しい表情で、エミリー様は犯人の名を口にする。

 

「奴は最初から怪しかったのじゃ・・・」

 

「怪しい?」

 

俺はエミリー様の言葉をオウム返しに聞き返す。

 

「うむ。そもそも奴・・・ガルドは我の国の者ではなく、外部から突然やって来たのじゃが、城に勤め始めてから僅か一ヶ月程で、今の大臣という役職に就いてしまいおったのじゃ」

 

「勤め初めてから一ヶ月で大臣!?」

 

シルバーライト島の就職事情がどうなっているのか、イマイチ分からないが、エミリー様の言っている事が本当だとしたら、とんでもないサクセスシンデレラストーリーだ。

 

「勿論これは異常な事態じゃ。確かに外部から来た者でも、優秀な人材ならばそこまでの役職に就く事は不可能では無いが、一ヶ月でというのは我のような子供にも理解出来る程に、特異な事じゃ」

 

俺の反応を見たエミリー様が補足説明を付け足す。

 

確かに一ヶ月で大臣というのはおかしい。

 

シルバーライト島の大臣が何処までの権限を持つのかは知らないが、少なくても大臣という事は、その国の中枢の一角を担う事に間違い無い筈である。

 

「でも、エミリー様からもそんな意見が出る位なら、他の人、特に大人や重要な役職に就いている人達は何も言わなかったのか?」

 

俺は一つの疑問を提示する。

 

その質問にエミリー様は、自らの首を静かに横へと振った。

 

「反対する者は誰一人おらんかった・・・いや、正確にはガルドが大臣に就任する際には、反対する者は全員賛成する側に回っておったのじゃ」

 

そう言ったエミリー様は、何かを思い出したように悲しそうな表情をした。

 

その顔の表情からは、誰かを心配しているような様子が伺い知れる。

 

『どういう事だ?』

 

メカ犬が続きを促す。

 

「ガルドは職場ですぐに頭角を現してきおった。我の耳にも入ってくる程なのじゃから、その実力は相当な物じゃったのだろう。じゃがガルドには同時にこんな噂も流れておったのじゃ」

 

「噂?」

 

「実力は確かにあったそうなのじゃが、かなり強引な手段も数多く行なったと風の噂で聴いてのう・・・それが我の国の穏健派の反感を買っていたらしいのじゃが・・・のう」

 

そこまで言った所で、エミリー様は言い淀むが、気を取り直し、続きを話し始める。

 

「ガルドのやり方に異論を唱えた者は、次の日には性格が別人の様に変わってしまい、逆にガルドを支持するまでになってしまったのじゃ。最初の犠牲者は我の国の王・・・我の父だったのじゃ」

 

エミリー様のそのあまりとも言える話の内容に対し、俺は掛ける言葉を見つける事が出来なかった。

 

「それを皮切りに、城内のガルドに異論を唱えていた者達は、次々と父同様にガルドを支持する様になっていってしまったんじゃ・・・」

 

目の前に居る一人の少女の独白は、更に続いていく。

 

見えない何かにじわじわと、侵食されていくかのような恐怖にエミリー様は毎日耐え続けたそうだ。

 

しかし、その日々にも終わりを迎える時が来る。

 

偶然にもエミリー様は、ガルドの企みの一部を耳にしてしまったのだ。

 

エミリー様はそれを聞き、更なる恐怖と自分自身の身に危険を感じた。

 

『エミリー嬢が狙われる理由は理解したのだが、何故この日本に居る仮面ライダーに、助けを求めようとしたのだ?』

 

ある程度の事情を話し終えたエミリー様に、メカ犬が質問する。

 

メカ犬の質問も、当然に思う。

 

最近は雑誌の紙面で紹介されている事もあり、知名度は上がってきてはいるが、それも国内に限っての事で、国際的に有名になった覚えは、全く無い。

 

だけど、エミリー様は仮面ライダーを知っていた。

 

それは揺ぎ無い事実なのだ。

 

だからこそのメカ犬のあの質問である。

 

「我には協力者がおったのじゃ」

 

メカ犬の質問にエミリー様が答える。

 

「協力者?」

 

俺はそのエミリー様の答えに思わず聞き返してしまう。

 

「うむ。その者が仮面ライダーの事を教えてくれたのじゃ。それに日本に行き、協力を仰ごうと我に助言を呈してくれたのも、その者じゃった」

 

なるほど・・・

 

その協力者って人が俺達仮面ライダーの事を知っていて教えたから、外国人で本来なら存在すら知らないでいた筈のエミリー様が、日本にいる仮面ライダーを知っていた訳だ。

 

「その協力者っていうのは?」

 

「純も会った事があるぞ。何せ我の専属執事じゃからのう」

 

その協力者ってもしかして・・・

 

「サバスチャンは大の日本フリークでのう。サバスチャンもガルドに異論を唱えておった者の一人じゃったが、丁度所要で日本に行っておって、助かったのじゃ」

 

あの変態老紳士であるサバスチャンが協力者だった様だ。

 

更にエミリー様の話によると日本に留学した後も、サバスチャンの協力で護衛隊による警備という名の監視を掻い潜り、危険を承知で戦いの場にやって来たのだそうだ。

 

「今日も護衛隊が来なかったのは、実はサバスチャンの協力によるものじゃったのじゃがな・・・どうやら今回は逆に利用されてしまったようじゃのう」

 

そう言ってから、エミリー様は、真剣な表情を俺に向けた。

 

「純・・・いや、仮面ライダー。勝手と分かった上でおぬしに頼む。ガルドの野望を阻止してほしいのじゃ。本来ならば我の国の不祥事・・・我の国の中で決着を着けねばならぬ事じゃ。しかし今の我には奴を止める力が無い・・・じゃから我には他者に助けを求める事しか出来ぬ。我に出来る事なら何でもする。じゃから頼む。我の国を救ってくれ仮面ライダー!」

 

エミリー様は、そう言い終わった後、俺に対し頭を下げた。

 

一国の姫であるエミリー様が、俺のような一般市民に頭を下げるなんて、有り得ない事だろう。

 

それ程の覚悟がこの小さくも凛々しいお姫様にはあるという事なのだろう。

 

この事件にはホルダーが深く関わっている。

 

頼まれなかったとしても、何時かは関係していた事だろう。

 

だがエミリー様はあえて俺に頭を下げたのだ。

 

俺は答えなくてはいけない。

 

その覚悟に対して、力を持つ者として・・・

 

しかしそれ以上に俺はエミリー様に伝えたい事がある。

 

「・・・エミリー様。俺は『悪いけど話は一旦ここまでにした方が良いわよ』如何したんですかチェイサーさん?」

 

『マスター!後ろから多数のホルダー反応だ!」

 

俺の言葉を遮ったチェイサーさんの後に、メカ犬が警告してくる。

 

俺はそのメカ犬の警告を聞いてから、チェイサーさんのバックミラーを覗き込むと、6台のバイクが此方に迫って来た。

 

バイクに乗っているのは全員、先程も戦ったのと同じタイプのホルダーである。

 

間違い無く狙いは、エミリー様だろう。

 

確かにチェイサーさんの言う通り、今は話している場合では無さそうだ。

 

「エミリー様。そんな訳で話はまた後で。ちょっとスピード上げるんで、舌を噛まないように暫く黙っててくれよ?」

 

「う、うむ。分かったのじゃ!」

 

俺の言葉に素直に頷いたエミリー様は、身を縮めながら目をギュッと閉じた。

 

俺はそれを確認した後、バックルからタッチノートを取り出して開く。

 

「それじゃあ、頼みますよチェイサーさん!」

 

『任せなさ~い!』

 

チェイサーさんの合意を得た俺はタッチノートのボタンを押す。

 

『リミットオフ』

 

音声が流れると同時に、チェイサーさんの漆黒のボディーに銀のラインが走り、ボディーの下部分に赤いカラーリングが施される。

 

俺は再びバックルにタッチノートを差し込んで、ハンドルのグリップを両手で強く握りこむ。

 

『さあ!飛ばすわよ~』

 

チェイサーさんは俺の準備が整ったとみたのか、一気にスピードを上げる。

 

しかし、後ろから追ってくるホルダーを振り切るまでには至らない。

 

乗っているのが、俺とメカ犬だけならばもっとスピードを上げて振り切る事も出来るだろう。

 

でも今は俺達以外にも、守るべき存在である、エミリー様が乗っているのだ。

 

このスピードでも、かなりの負担をエミリー様に与えている事は間違いない。

 

これ以上スピードを上げれば、生身のエミリー様は耐えられないだろう。

 

今のスピードでも普通の市販車では追い着けない速さではあるのだ。

 

それでも追いついてくるという事は、ホルダー達の乗っているバイクも普通では無いのであろう。

 

徐々に距離は縮まり遂には、追って来たバイクの中の一台に完全に追いつかれる。

 

ホルダーは完全に俺の右横にバイクを寄せると、拳で攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっ!」

 

俺はその拳を自分の腕を使い、軌道を逸らす事でかわす。

 

しかしホルダーの攻撃はこれだけでは終わらない。

 

再びホルダーは連続で拳を振るう。

 

その攻撃に俺はやはり、その腕で対応していく。

 

だが何時までも、防御に徹していてもジリ貧だ。

 

俺は今まで防御に徹していた腕を、今度は逆に攻撃に転ずる。

 

その拳は見事にホルダーの顔面を捉えた。

 

ホルダーはそのままバランスを崩してバイクから転倒する。

 

残り五台。

 

転倒したバイクが障害物となり、後続のバイクを襲うが、何の苦も無く回避して追ってくる。

 

その内の二台が再び追いついて来た。

 

追いついて来たバイクが、今度は左右から俺達を挟み込んで来る。

 

『コンビネーションで決めるわよマスター!』

 

チェイサーさんが挟み込まれる直前に、俺に合図を送ってくる。

 

「了解です!チェイサーさん!」

 

俺はチェイサーさんの意図を汲み返事を返す。

 

完全に二台のバイクに挟み込まれた瞬間に、チェイサーさんは車体を横に傾けながら前輪部分を右側のホルダーにぶつける。

 

更に車体を回転させながら俺は足を突き出して、左側のホルダーに叩き込む。

 

俺とチェイサーさんの同時攻撃を受けたホルダーはバイクごと吹き飛んでいった。

 

残り三台。

 

後ろから残りのホルダーがバイクで迫り来る。

 

『攻撃は最大の防御よ!!!』

 

チェイサーさんは叫ぶと同時に反転して、ホルダー達に突っ込んでいく。

 

このまま突き進めば正面衝突は確実だが、そうはならなかった。

 

チェイサーさんが車体の重心をずらしたかと思うと前輪が宙に浮く。更に後輪部分を跳ね上げて飛び上がった。

 

そのまま宙に舞い上がったチェイサーさんは、正面からやって来たバイクに乗るホルダーのみに直撃する。

 

突然の事態に対応出来るはずも無く、直撃を喰らったホルダーは勢い良く、吹き飛んでいった。

 

残り二台。

 

空中でホルダーに直撃を浴びせた後、無事に着地を決めたチェイサーさんはもう一度反転する。

 

ホルダー達もバイクを反転させ、一時的ではあるが硬直状態になった。

 

だが、その状態は長くは続かない。

 

『決めるわよマスター!!!』

 

チェイサーさんの叫びが開始の合図となり、再び走り出す。

 

先程と同じ様に、チェイサーさんは宙に舞い上がる。

 

『マスター!身体を思い切り捻るのよ!!!』

 

俺に対し、チェイサーさんが指示を飛ばす。

 

「了解!!!」

 

俺はチェイサーさんに短く返事を返しながら自身の上体に捻りを加える。

 

するとチェイサーさんの車体は真横を向き、その前輪と後輪部分が、見事にホルダーの顔面を同時に捉えて吹き飛ばした。

 

ホルダーを吹き飛ばした後も、更に捻りを加え続け空中で体勢を整えてから何とか無事に着地する。

 

「ふう~、これで全部かな?」

 

周りを見回してみれば、転倒した際に炎上したバイクと、倒れたホルダー達の光景が伺える。

 

この様子ならば暫くは追って来れないだろう。

 

「終わったよ。エミリー様」

 

かなり派手に動いたが、悲鳴一つ上げなかったエミリー様の安否を確認する為に声を掛ける。

 

「・・・我はもう・・・絶叫マシン等・・・怖く・・・無いのじゃ・・・」

 

言葉では強がっているが、その声の調子から余程恐かったであろう事が窺い知れた。

 

そもそもこの年齢で乗れる絶叫マシンって何があっただろうか?

 

『安心するのは早いぞマスター!新たなホルダー反応だ!!!』

 

続けて話をしようとした所で、メカ犬が声を上げる。

 

メカ犬の声が俺の耳に届いた直後、俺の足元に何かの衝撃音が響き煙が発生した。

 

「な、何だ!?」

 

煙が晴れると、地面にはパチンコ玉程の大きさをした穴が、数箇所出来ていた。

 

『空だ!!!』

 

メカ犬の声に反応した俺は空を見上げる。

 

空には米粒程の大きさにしか見えないが、何かが居る事だけは分かった。

 

『どうやら長距離からの攻撃に特化したホルダーのようだな・・・』

 

メカ犬が先程の攻撃を分析しながら呟く。

 

「悪いけどもう暫く辛抱してくれよ。エミリー様!」

 

俺の言葉にエミリー様は無言で頷いた。

 

このままここで立ち止まっていれば、格好の的となってしまうので、俺はエミリー様が頷くのを確認すると、すぐさまチェイサーさんに頼み、その場から走り去る。

 

しかしホルダーがそう易々と、俺達を見逃してくれる筈も無く、遠距離から謎の攻撃を連続で行なってくる。

 

何とか攻撃をかわしながら暫く走り続けると、前方にトンネルが見えてきた。

 

『一旦あそこに避難するわよ!』

 

チェイサーさんはそう言うと、ホルダーの攻撃をジグザグにかわしながらトンネル内部に突入した。

 

トンネルに入ることで、一時的にだがホルダーの攻撃が止んだ。

 

だがこれでは何の解決にもならない。

 

幸いにもホルダーはトンネルの中にまで進入するような事はしてこなかった。

 

正確には追ってくる必要が無かったのだ。

 

俺達が逃げ込んだトンネルは長さも短く、簡単な作りの為、非常口等は存在せず、トンネルから出るには先に進むか戻るかしか選択できない。

 

痺れを切らして外に出れば、またあの攻撃に晒される事になるし、このまま篭城していても埒が明かない上に、後からやって来るかもしれない増援に周りを包囲される可能性もある。

 

どちらを選んでも危険な綱渡りとなる事は目に見えているのだ。

 

俺がこの現状を如何するべきか悩んでいると、今まで黙っていたエミリー様が意見を口にした。

 

「純よ。お主には空を相手取る者と戦う術は無いのか?」

 

「それは・・・」

 

答えはNOである。

 

戦う事は可能なのだ。

 

でも今その戦い方をするのは不可能である。

 

今それをするには、一つの大きなリスクを伴う事となるからだ。

 

だからそれは選択肢に入れる事すら出来ない。

 

「・・・どうやらあるようじゃのう」

 

俺の反応を読み取ったのか、エミリー様は確信したように呟く。

 

「我が邪魔になるならばここで降ろせば良いのじゃ。そうすれば気兼ね無く全力が出せるのであろう?」

 

エミリー様は俺が最も危惧していた事を提案してきた。

 

確かにエミリー様を降ろせば全力で戦えるが、それは追われている立場にあるエミリー様をこの場に残していく事になる。

 

その間エミリー様は完全な無防備になってしまう。

 

何処から相手が狙ってきているのか分からない現状で、今俺がエミリー様から離れるのは、かなりの危険が彼女に付き纏う事となるのだ。

 

だからこそ俺はこの選択を最初から無い物として扱ってきたのだが、どうもエミリー様の考えは違うらしい。

 

「どちらにせよ今は危険な状況なのじゃろう?ならば先に起こるかもしれない危険にばかり気を取られておっては前には進めぬ。我の身を案じてくれる純の気持ちには感謝するが、今のおぬしがすべき事は他にあるのではないか?」

 

気丈にも俺を諭すエミリー様だが、その手を見ると僅かに震えていた。

 

気丈に見えてはいるが、それでもエミリー様は一人の女の子なのだ。

 

こんな状況を幼い子供が体験して何の恐怖も感じない筈が無いのである。

 

恐くない訳が無い。

 

不安が微塵も無いなんて事はあろう筈も無い。

 

それでもエミリー様は真っ直ぐな瞳で俺に諭してくる。

 

その姿を見た俺は・・・

 

「・・・分かった。すぐに戻ってくるからここで待っててくれ」

 

俺は答える。

 

エミリー様の気持ちを無駄にしない為にも、現状を打破して目の前の少女の表情から不安や恐怖を消し去る為にも。

 

「う、うむ。頼んだぞ」

 

「あ、そうだ!」

 

俺は思いついたようにエミリー様に提案を出した。

 

「この問題が全部解決したら、皆で休日にでも何処か遊びに行こう。きっと楽しいからさ」

 

少しでも不安が無くなるように、明日への希望を抱いて欲しいと願いながら、俺はエミリー様に軽口を言った。

 

「・・・うむ!分かったのじゃ!」

 

その答えに僅かではあるが元気が戻ってきたような気がした。

 

チェイサーさんに頼んでワッカを外してもらいエミリー様を降ろした後に、俺はバックルからタッチノートを引き抜きボタンを押す。

 

『ホバーチェイサー』

 

音声が流れると、チェイサーさんの変形が始まり、空を翔る為の姿であるホバーモードへと移行した。

 

タイヤは横に倒れて、背面には内部からバックパックの様な物が現れる。

 

チェイサーさんが変形し終えた事を確認した俺はタッチノートを再びバックルに差し込むと、続いてベルトの右側をスライドさせて、現れた複数のボタンの中から青いボタンを押す。

 

『サーチフォルム』

 

音声と同時に俺の全身を光が包みこみ、クリムゾンレッドだったボディーカラーをスカイブルーへと染め上げる。

 

更に俺は続いて、青いボタンと同じ箇所に存在する黄色のボタンを押した。

 

『サーチバレット』

 

再びベルトから光が発生し俺の目の前に光が集まりだす。

 

その光を掴むと、光は更なる変化を発生させて、一丁の銃に姿を変える。

 

この銃こそがサーチフォルムの専用武器であるサーチバレットだ。

 

俺は変化を終えたサーチバレットを携えて、ホバーモードのチェイサーさんに飛び乗った。

 

「それじゃあ、行って来るから」

 

俺はチェイサーさんの上からエミリー様に言う。

 

「うむ。早く戻ってくるのじゃぞ!」

 

俺はエミリー様の答えにサムズアップで返し、チェイサーさんに頼んで一気にトンネルから飛び出た。

 

サーチフォルムの特性は俺の全身の感覚を特化させる事にある。

 

そのおかげでさっきまでは、米粒程度にしか見えていなかったホルダーの姿が、今度ははっきりと見えた。

 

ホルダーを一言で表すならば、その姿はまさに蜂である。

 

黄色と黒のツートンカラーに素早く羽ばたかせ続ける二枚の透明な羽。

 

大きく違う点は人型である事と、針が右腕から生えるように露出している所だ。

 

俺達がトンネルから飛び出してくるのを確認したホルダーが針の突き出した右腕を俺達に向けると、なんとその針が俺達目掛けて勢い良く射出されたのである。

 

『先程の攻撃の正体はこれだったのか!』

 

その様子をみたメカ犬が納得したように言った。

 

俺はメカ犬の声を聞きながらサーチバレットを構えて、迫り来るホルダーの射出した針に狙いを定めて引き金を引く。

 

青い光弾が発射され、それは見事に目標物の針を捕らえて相殺した。

 

その様子にただ撃つだけでは俺達に当てる事は出来ないと思ったのか、ホルダーは、新たな針を右腕に発生させると素早い動きで移動を開始した。

 

『遅れを取るわけにはいかないぞマスター!』

 

「分かってる!」

 

俺はメカ犬にそう返事を返すと、チェイサーさんに頼んで此方も尋常ではない速度で移動を始める。

 

互いにサーチバレットの光弾と針を撃ち合いながら、先に相手の死角を取るべく、空中を自在に飛び回る。

 

しかし決着は中々着かずに時間だけが過ぎていく。

 

「こうなったら・・・正面突破で行くぞ!チェイサーさん!」

 

『分かったわ!』

 

チェイサーさんは俺の指示に従ってホルダーと正面に対峙する。

 

一瞬の静寂が訪れるが、それは一瞬で終わる。

 

俺はサーチバレットを、ホルダーは右腕の針を構えて突進しながら射出する。

 

互いの距離は少しずつ縮まっていき、射出される光弾と針の量もそれに伴い増していく。

 

そして針の一本がサーチバレットの弾幕をすり抜けて俺の胸に直撃コースで接近する。

 

他の針の対処も行なっている俺には、避ける事も、サーチバレットを向ける余裕も無い。

 

その光景を見たホルダーは、勝利を確信したのか、隙を見せる。

 

だがそれは大きな間違いである。

 

俺はこの瞬間を待っていた。

 

避ける事も撃ち落す事も出来ないのならばそれ以外の選択肢を選べば良いのである。

 

「はっ!」

 

俺はサーチバレットを持っていない左手を使い、迫り来る針が胸に届く直前に、その針を握る事で押し止めたのだ。

 

それを見たホルダーは唖然とする。

 

『今だマスター!羽を狙え!』

 

「OK!」

 

メカ犬の合図に俺は素早くサーチバレットの狙いをホルダーの羽に定めて引き金を引いて二発の光弾を撃ち出す。

 

青い光弾は見事にホルダーの左右の羽を撃ち抜く。

 

飛行能力を失ったホルダーは成す術なく地面へと落下していった。

 

俺はチェイサーさんから飛び降りて、落下したホルダーの近くに着地する。

 

『マスター!今がチャンスだ!』

 

「ああ!」

 

俺はメカ犬に短く答えながら、バックルのタッチノートを引き抜いて、サーチバレットの溝にスライドさせる。

 

『ロード』

 

音声が流れるのを確認した俺は、再びタッチノートをバックルに差し込む。

 

『アタックチャージ』

 

ベルトから発生した光は右腕のラインを通り、サーチバレットの銃身に集約される。

 

「こいつで決めるぜ」

 

俺は光が集約されて激しく輝くサーチバレットをホルダーに向ける。

 

「サーチバレット」

 

狙いを定めた俺は引き金を引いた。

 

「ガトリングブースト」

 

銃身からは幾重にも連結した光弾が発射され、その全てがホルダーに直撃して、爆発を巻き起こした。

 

爆発後にはやはり護衛隊の服装をした男が気絶していた。

 

そしてその近くには・・・

 

「何だこれ?」

 

俺は見慣れない物を見つけたので、拾い上げてみた。

 

それは壊れているようだが腕輪のように見える。

 

しかも何かの装置のように、やけにメカニカルな見た目をしていた。

 

「素晴らしい!!!」

 

俺が謎の腕輪を眺めていると、何処からか男の声が聞えた。

 

少し離れたビルの上から一人の男が俺を見上げて拍手している。

 

男は短い金髪で外見はスーツの上からでも分かるような細身だった。

 

実年齢は分からないが見た感じ三十代前半程に見える。

 

男は猛禽類を彷彿させる鋭い眼光で俺を見据えてきた。

 

表情こそ笑顔を浮かべているが、その笑顔からは一片の暖かみすら感じられない。

 

「お初にお目に掛かるね。俺の名前はガルド。今は小さな国の大臣をしている者だ」

 

「な!?」

 

その男の名前は驚愕に値するものだった。

 

ガルド。

 

それがこの事件の犯人の名前だとエミリー様が言っていた。

 

諸悪の根源が、今俺の目の前に居るのである。

 

驚いても無理は無いだろう。

 

そのガルドは、俺の驚いた事への反応も何処吹く風といった具合でマイペースに話を続ける。

 

「俺の研究成果はどうだったかな?個人的にはかなり良い出来だと思うんだがね」

 

「研究?まさか・・・あんたが作った・・・だと?」

 

俺の問いにガルドが満足そうに答える。

 

「その通り。そして実験も上手くいった!これで次のステップに進める!!!」

 

「実験?次のステップ?一体何のことだ!?」

 

訳の分からないままに、話が進んでいく。

 

「これから死に行く君には関係無い事だ」

 

その言葉を合図にしたのか、此方にヘリコプターが近づいて来る。

 

俺とガルドの間辺りで滞空すると、ヘリコプターの扉が開き、中から人が出てきた。

 

それは俺も知っている人間だった。

 

護衛隊の装備に身を包んだ男は、顔中に古傷がある。

 

「く、黒澤さん!?」

 

その人物は黒澤一夜。

 

護衛隊の隊長だった。

 

確かに今まで戦っていたホルダー達の正体が、護衛隊の人達だった事からもこの人がガルドに組する側だったとしても、不思議ではないかもしれない。

 

だが分かっていたとしても、それは驚くべき事である。

 

黒澤さんはヘリコプターの下部分に、ワイヤーを括りつけると、一気に飛び降りてきた。

 

着地する直前に勢いを消す事で、黒澤さんは無事に着地した。

 

俺の目の前に着地した黒澤さんが歩み寄って来る。

 

「仮面ライダー・・・いや、板橋君と言った方が良いかな?」

 

「な!?黒澤さん・・・俺の正体に?」

 

俺の目の前に来た黒澤さんが仮面ライダーとしてではなく俺の名前を言い当てた。

 

「簡単な事さ。君達を襲った私の全ての部下には高性能カメラを取り付けてあってね。今までの行動は全てカメラ越しに見させてもらったよ」

 

俺は確かにホルダー達の前で変身している。

 

黒澤さんはその様子をカメラ越しに見てたから、俺の正体を知っていたという訳か。

 

「しかし君は強いな・・・本当に強い!!!」

 

黒澤さんはそう言うと左手手首の部分を自身の胸の辺りに持ってくる。

 

その手首には、俺が先程拾った物と同じ物が取り付けられていた。

 

「それは?」

 

「確か板橋君はこう言っていたね・・・変身!」

 

黒澤さんがそのキーワードを言うと同時に全身が薄紫色の光に包まれていった。

 

光が飛散して現れたその姿はまさに異形と言える姿だった。

 

全体的に昆虫の甲殻を思わせる赤黒い身体に、頭部には二本の触角が生えている。

 

その中でも特に特徴的な部分が眼である。

 

大きな二つの黄色い複眼がその存在感を絶対のものとしている。

 

その姿はまるで・・・

 

「黒澤さん・・・その姿は一体?」

 

俺が黒澤さんに質問をすると、答えは俺達の居る所から上のビルの上から返って来た。

 

「それも俺の研究成果の一つさ!そしてそのモデルになったのは君なんだよ!!仮面ライダー!!!」

 

ガルドは天に咆哮するかのように叫ぶ。

 

「黒澤は俺から報酬としてこれを受け取るために随分と協力してくれたのさ!!!」

 

ガルドは再び叫ぶ。

 

仮面ライダーをモデルに作った?

 

どうして一人の人間にそんな事が出来るのかは謎だが、今は目の前の人に聞かなければならない事がある。

 

「何でこんな物を自ら望んだりしたんですか黒澤さん!?」

 

如何して黒澤さんが、他人を利用しようとするあの男から力を彼が望んだのか、俺はそれが知りたかった。

 

「・・・簡単なことだよ」

 

異形の姿になった黒澤さんは、ゆったりとした動作で此方に近づきながら、語りだした。

 

「私は力が欲しかった。そしてガルド様は計画に協力すれば、俺の望む物をくれると約束してくれた。・・・だから喜んで協力したのさ!」

 

ある程度近づいてきた黒澤さんはそれで話は終わりだと言わんばかりに拳を振るってきた。

 

俺はそれを何とか紙一重でかわし、バックステップで距離を取って反撃する為にサーチバレットを構えるが、

 

「下手な事をしない方が賢明だぞ!仮面ライダー!!!」

 

ガルドがそう叫ぶと上空を飛んでいたヘリコプターが、ガルドの居るビルの屋上に着陸する。

 

中から出てきたのは、護衛隊の人達が数人だったのだがその手の中には・・・

 

「エミリー様!?」

 

護衛隊の手の中にはロープで縛られた上に、テープで口を塞がれたエミリー様がいた。

 

その光景に俺は後悔した。

 

やっぱりあの時、エミリー様を一人あの場に残すべきじゃなかった。

 

過ぎてしまった事を後悔した所で、時間が戻ってこないと分かっていても、それでも俺は後悔せずには要られない。

 

「どうやら理解できたようで嬉しいよ!!!さあ、黒澤!!!仮面ライダーに止めをさせ!!!」

 

「・・・」

 

人質を取られた事で身動き出来ずにいる俺を、黒澤さんが無言でみつめる。

 

やがて黒澤さんはやる気が失せたといった感じで、肩を一度だけ下げてから俺に話しかけてくる。

 

「すまないな板橋君・・・こんな形での決着は私の望む所では無いが、これも命令だ」

 

「どうして黒澤さんは其処までして力を・・・」

 

「理由か、もしも君がもう一度私の前に立ちはだかったとしたら、教えても良いかもしれないな」

 

そう言うと黒澤さんが右拳を握り込む。

 

その拳には薄紫の光が集約されていく。

 

「そうだな・・・せめて私が君の名前を、受け継ぐとしよう」

 

黒澤さんは思いついたようにそう言うと、考えを巡らせ始める。

 

「この力は君から見れば、私が悪魔に魂を売った事で手に入れたように見えるだろう・・・悪魔、そうだな。それが私にお似合いか・・・」

 

そう言うと黒澤さんの右拳が俺の胸部に叩き込まれた。

 

「がっ!?」

 

拳が当たった部分から凄まじい衝撃が、俺の全身を襲い、後方へと吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされた俺は何とか意識を繋ぎ止めようと試みるがそれすらも叶わない。

 

『マスター!?しっかりしろ!!!』

 

メカ犬からの激が飛ぶが、その声すらも霞がかった様に聞える。

 

意識が薄れ行く中で俺の耳に最後に入って来たのは黒澤さんの声だった。

 

「仮面ライダーデビル。それが今日から私の名前だ」

 

その言葉を最後に、俺の意識は完全に途絶えた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子が泣いている・・・

 

俺はその女の子を良く知っている。

 

だけど何故か名前が出てこない。

 

泣かないでって言ってあげたいのに、声が出ない。

 

手を差し出そうとするのに俺の手は届かない。

 

こんなに近くに居るはずなのに・・・

 

凄く遠くに感じるんだ。

 

如何してだろうか?

 

俺はそれでも声を掛けようと必死に叫び続ける。

 

その叫びが届いたのだろうか?

 

女の子は泣き顔をおれに向けながら俺に何かを伝えようとする。

 

少女は俺に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

 

意識がまどろむ中、目を開けると、其処には俺の知らない天井があった。

 

「どうやら意識が戻ったみたいだね」

 

俺の横から声が聞える。

 

横を向くと其処に居たのは、護衛隊の一人で、確かエミリー様の転校初日に挨拶した・・・

 

「T・・・さん?」

 

俺はその人の名前を口にする。

 

本名では無いらしいが、俺はこの人の呼び方をこれしか知らないので、他に呼びようも無いから仕方が無い。

 

「ここは一体!?それにエミリー様は、ぐっ!?」

 

俺は意識が覚醒してきた事で、現状を理解しようとすると同時に、身体を持ち上げようとするが、身体に鋭い痛みが走る。

 

「まだ無理をしない方が良い。君の相棒君の話だと、外傷は無いそうだが、暫くは痛みが残ると言っていたからね」

 

俺は取り敢えずTさんの言葉に従い、再び横になる。

 

Tさんが言っていた相棒とは恐らくメカ犬の事だろう。

 

それよりも、意識がはっきりしてきてから、一旦落ち着いて考えてみると、俺は今どんな状況なんだろうか?

 

目の前に居るのは護衛隊の一人であるTさんなのだが、全くと言って良いほどに敵意を感じない。

 

それどころか、俺をベッドに寝かせて傍に居てくれた事からも、Tさんは看病してくれていたに違いない。

 

メカ犬とも会話しているようだし、悪い人では無さそうだ。

 

次に気になったのはこの部屋である。

 

六畳一間程の清潔な部屋ではあるが、やけに生活感が漂っている事から、ホテル等の宿泊施設では無さそうだ。

 

「あの、ここは・・・」

 

何処か?と聞こうとした所、扉が開きある人物が部屋に入ってきた。

 

「あら、純君目が覚めたのね。良かったわ~。身体の方はもう良いの?」

 

その人は俺が仮面ライダーだという事を知る数少ない人で、海鳴ジャーナルで雑誌記者をしている風間恵理さんだった。

 

「え、恵理さん!?如何して恵理さんがこんな所に!?」

 

流石に予想外の人物の登場に、俺は身体の痛みも一瞬忘れて、叫んでしまう。

 

「如何してって、ここは私の家なんだから、私が居るのは当然でしょ?」

 

恵理さんはあっけらかんと答えてみせる。

 

その回答で恵理さんがここに居る事が、当然だという事には納得出来たのだが、それだと何故俺とTさんがここに居るのか、全く分からない。

 

その部分を聞こうと再度質問をすると、

 

「その質問には私が答えましょう」

 

扉の向こうから声が聞えた。

 

そう言った声の主は、部屋に入って来る。

 

「あなたは!?」

 

声の主はエミリー様の専属執事である、老執事のサバスチャンだった。

 

何故か全身包帯だらけではあるが・・・

 

俺の視線に気付いたのかサバスチャンが照れたように説明を始める。

 

「む、この怪我かね?恥かしい話だが、不覚を取ってしまっての・・・私も歳という事かもしれんな・・・」

 

話を要約すると、ホルダー数人と素手で戦って怪我したんだそうだ。

 

このサバスチャンからも、士郎さん達と同じ匂いがするのは、気のせいだろうか?

 

俺の聞きたい話を説明してくれるサバスチャンなのだが、話の合間に妙に自分の過去の武勇伝と、エミリー様の可愛らしさについての話を挟んでくるので、俺はその辺りは軽く受け流しながら、頭の中で話の内容を整理する事にした。

 

まずサバスチャンは、裏でエミリー様に協力していた事がばれてホルダーにボコボコにされた後、Tさんに救出されたそうだ。

 

次に意外な話であるが、サバスチャンと恵理さんは、昔からの知り合いなんだそうだ。

 

世界は案外狭いものだと、昔の誰かが言っていたが、これはまさにその一例だろう。

 

Tさんはサバスチャンの指示で恵理さんの所に運んだそうだ。

 

俺がここに居るのも、黒澤さんにやられた俺をあの護衛隊の集団の中に居たTさんが、俺を死んでいるという事にして、ここに運んでくれたらしい。

 

話の概要は大体理解出来たのだが、一つだけ分からない事がある。

 

「Tさんは何者なんですか?」

 

ここまでの話で、俺とサバスチャンが今でも生きていられるのは、どう考えてもTさんのおかげである。

 

だからこそ気になる。

 

それはこの場に居た他の人も同じ意見だったようで、俺の質問と同時に、全員の視線がTさんに集まる。

 

「え~とね・・・」

 

突然の視線の集中放火に、流石のTさんも焦ったのか、言葉を濁そうとする。

 

だがそれで視線を背ける人は誰も居ない。

 

何せここに居るのは、

 

へタレ転生者

 

腹黒雑誌記者

 

変態老執事

 

というある意味中々のラインナップなのである。

 

そう簡単に逃れる事は出来ないだろう。

 

尚も続く視線攻撃にTさんも観念したのか、溜息を一つ吐くと、渋々と話し始めた。

 

「・・・まあ、この場に居る人達は少なからずとも、今回の件に首を突っ込んでるから、俺の話せる範囲で話させてもらおうかな」

 

Tさんはそう前置きをしてから話し始める。

 

「俺はある組織の一員だ。何の組織かは聞かないでくれ。それがこの場に居る人達の為でもある。そして、その俺が護衛隊の隊員になったのには理由がある」

 

「理由?」

 

恵理さんが首を捻りながら呟く。

 

Tさんはそれを気にする事も無く、続きを話す。

 

「その理由っていうのはシルバーライト島の大臣・・・ガルドに近づく為だった。ガルドは俺達と・・・同じって訳ではないんだが、組織に近い技術力を持つグループで天才と言われるほどのまど、いや、科学者だったんだ」

 

何か言い直した様にも聞えたのだが、取り敢えずガルドが凄い技術を持っているって事だけは分かった。

 

それならば、ガルドが暴走プログラムの模造品を作ったという事も、辛うじてだが納得出来ないでもない。

 

「それでTは何が目的でガルドに近づこうとしたのだ?」

 

包帯グルグル巻きのサバスチャンが訊いてきた。

 

この人は結構平然としているけど、間違いなく重傷だと思うんだが・・・

 

「俺の・・・組織の目的はガルドを捕まえる事だ。ガルドは多くの人間を犠牲にする様な研究を繰り返してきた。今回も・・・だから今度は必ず奴を捕まえなくちゃいけない!」

 

Tさんは最後に拳を握り、俺達に聞かせるというよりも自分に言い聞かせる様に話していた。

 

「う~ん。話を聞いて思ったんだけど、今回の事って、私達みたいな一般人から見れば裏の世界の話って奴なのよね。何でその裏の世界の有名人が、こんな表舞台に出て来るのよ?」

 

恵理さんが言うようにこれが裏の世界の話かはさて置き、今まで静かに動いていた奴が自ら大臣になった上に、派手に立ち回るのは、確かに違和感を感じる。

 

「それは、分からない・・・俺が知っているガルドも、確かに残忍な男ではあったものの、こんな立ち振る舞いをする奴じゃ無かった筈なんだ」

 

結局の所、Tさんにもガルドの目的は測りかねているらしい。

 

分からないと言っている事を聞いていても埒が明かないので、俺は他の気になった事を質問する事にした。

 

「エミリー様が言っていたんですけど、シルバーライト島の大人達が突然別人みたいになったって・・・Tさんには何か心当たりはありますか?」

 

「・・・結論から言えばある。詳しくは言え無いが、それはガルドが持つ技術の一つなんだ」

 

「治す事は可能なんですか?」

 

「多少の時間は掛かるかもしれないが、治せない事はないだろうな。それにこの件では、俺の方からも組織に治療の出来る者を手配する予定でいたから、安心すると良い」

 

俺はその言葉を聞いて少しだけ安心した。

 

だが最大の不安は今も消えないでいる。

 

「あの・・・その話をしてくれた、エミリー様は今何処に?」

 

この質問をした瞬間に、この場の全員の表情に影が差した。

 

「すまない・・・出来れば姫様も救出したかったんだが、俺一人の力じゃどうにもならなかった」

 

Tさんが俺に対して頭を下げる。

 

「それってつまり・・・まだエミリー様は」

 

部屋にいる全ての人が無言になる。

 

しかしその無言が答えを導いた。

 

俺は立ち上がる。

 

立ち上がる際に、全身に痛みが走るが、そんな事は、今はどうだって良い事だ。

 

「・・・何処に行く気だい?」

 

突如立ち上がった俺にTさんが質問してくる。

 

そんなもの・・・答えは決まっている。

 

「・・・約束を果たしに行ってきます」

 

「今の君はそんなにボロボロなんだよ?約束した相手だって後で訳を話せば許してくれるんじゃないかな?」

 

Tさんが俺に正論をぶつける。

 

確かに今の俺はボロボロだ。

 

痛い目にもあったし、攻撃を受けたからこそ分かるのだが、黒澤さんは強い。

 

今まで戦ってきた相手とは格が違う事を実感した。

 

エミリー様を人質に取られていて、抵抗出来なかった事を抜きにしても、今の俺に勝てるかどうか分からない。

 

行けば確実に、あの人と戦う事になるだろう。

 

俺は心の中で、強敵と戦う事に恐怖している。

 

だけど・・・

 

「Tさん。俺ここで起きるまでに、少し変わった夢を見たんですよ。小さな女の子が一人で泣いていて、よく知っている筈なのに名前も出てこなくて、手を差し伸べる事さえ出来なかったんです・・・」

 

俺の心に残るのは、少女の泣き顔だった。

 

それをみて辛いと思った。

 

この女の子には笑顔でいて欲しいって・・・

 

「何が正しいかなんて、俺には判りません・・・でも俺はどうしても今やらないと一生後悔すると思うから!」

 

言葉ではうまく表現できないが、俺はの心は決まっている。

 

「・・・はあ~、負けたよ。君は相棒君の言ったとおりのお人好しみたいだな」

 

Tさんは俺の言葉を聞いた後、苦笑いを浮かべながら、ポケットからある物を取り出して、俺に手渡してきた。

 

それは、とても見覚えのある、俺にとって相棒との絆・・・

 

「何でTさんが、タッチノートを?」

 

「君の相棒君から【マスターが目を覚ましたら渡してくれ】って頼まれていたんだよ。それともう一つ伝言がある。【先に行って待っている】だそうだ」

 

なるほど。

 

メカ犬の姿がこの場に無かったのはそういうことか・・・

 

「最後に確認するが、如何しても行くのかい?」

 

Tさんは俺に再度質問を投げかける。

 

「板橋君には、まだ話していなかったけれど、あと二週間程待ってくれれば俺の所属する組織から、援軍がやってくる。君が何もしなくても、後は俺達が全ての後始末をするよ。勿論姫様の救出だってするさ」

 

その言葉はとても魅力的な物だった。

 

こんなボロボロな俺が行くよりも、その道のプロに任せた方が、良い事は良く分かる。

 

その提案を提示してくれたTさんに対して俺は・・・

 

首を数回横に振り、自ら戦いの場へ向かう事を示した。

 

理屈じゃない。

 

今こうしている間にも、エミリー様は一人恐怖している筈なのだ。

 

二週間なんて待ってはいられない。

 

俺は神様でもなければ天才でもないただの凡人だ。

 

全てを守れるなんて思っちゃいない。

 

どんなに守ろうと必死になっても、この手から零れ落ちてしまうものもきっとあるだろう。

 

だけど・・・

 

それでも、俺は守りたいと思う。

 

少しでも俺に出来る事があるのなら、この手を伸ばせば救えるかもしれない大切な何かを俺は全力で守りたい。

 

俺は約束したんだ。

 

まだ小さいのに、不安で押し潰されそうな筈なのに気丈に振舞うお姫様と。

 

そのお姫様は、俺の友達なのだ。

 

友達が友達を助けたいと思う事に、それ以上の理由は要らない。

 

だから、これは俺の自己満足であり、わがままだ。

 

でも、それで構わない。

 

俺のわがままで、一人の女の子のかけがえの無い日常を取り戻せるなら、それだけで戦う意味がある。

 

「・・・どうやら、答えは変わらないみたいだな」

 

Tさんは暫くの間俺と視線を交わしていたのだが、そう言うと椅子から立ち上がり、部屋の出入り口に歩き始める。

 

「Tさん?」

 

俺がTさんの突然の行動に対して戸惑っていると、扉の付近まで移動していたTさんが振り返った。

 

「何しているんだい。早く来ないと、置いて行くよ?」

 

Tさんが俺に笑顔で言ってくる。

 

「えっとそれは・・・」

 

「言っただろう?俺にも理由があるって。確かに組織の救援を待ちたいけど、時間が掛かり過ぎるのも事実だからね。君が行くと言うのなら、その間に俺が単独行動でガルドを捕獲して、無効化するのも悪くない作戦なんだよ」

 

スラスラと説明口上するTさんだが、どうやらTさん成りに俺の意思を汲んでくれているらしい。

 

説明を終えたTさんは再び俺に背を向けながら来るのか、来ないのかと聞いてきた。

 

Tさんは俺をお人好しと言ったが、この人も相当なお人好しだと思う。

 

「はい!」

 

俺は照れ隠しなのか、再度来るように促してきたTさんに、元気良く答えた。

 

「さて、それでは僭越ながら私も・・・」

 

俺とTさんの会話が一段落して、恵理さんの部屋を出ようとした所、如何見ても今すぐ入院が必要そうな見た目のサバスチャンが、ついて来ようとする。

 

「はいはい。サバちゃんは怪我人なんだから大人しく寝ててね」

 

そこに恵理さんが、一本背負いで、先程まで俺が寝ていたベッドにサバスチャンを叩きつけた。

 

呼び方からしても二人の関係性がどういったものか気になりはするが、一つだけ言いたいことがある。

 

恵理さん・・・

 

サバスチャン泡吹いて気絶してます。

 

「純君」

 

恵理さんが先程までのやり取り等無かったかのように俺の名前を呼ぶと、俺に何かを投げて寄越した。

 

「おわっと」

 

俺はそれを慌ててキャッチしてから、何なのか確認してみる。

 

「携帯電話?」

 

これは恵理さん携帯だろうか?

 

白いボディーカラーのシンプルなデザインの携帯は何処と無く恵理さんが好んで持ちそうな気がする。

 

でも、如何して恵理さんは俺に携帯なんて寄越したんだろうか。

 

「恵理さん・・・これは?」

 

「純君達に、頼まれた件なんだけど、今回はあんまり役に立てなかったから、それはその罪滅ぼしよ」

 

恵理さんは俺にウインクしながら答えた。

 

実は街で暴れていたホルダーを倒した後に、メカ犬に頼んで恵理さんに何か情報が無いかお願いしていたのだが、今回はTさんから聞いたので、あまり意味が無くなってしまったのである。

 

それにしても、この携帯が罪滅ぼしとは如何いう事なのだろうか。

 

「その携帯の中に、純君を倒したっていう黒澤一夜の情報を可能な限りいれておいたわ。何かの役に立つかも知れないから持って行って」

 

如何も俺が気絶している間に、Tさんから話を聞いた恵理さんが、僅かな時間で可能な情報を集めていてくれたらしい。

 

「・・・ありがとうございます。恵理さん!この情報きっと無駄にはしませんから!」

 

俺は携帯を握りしめながら、恵理さんに感謝した。

 

俺とTさんは改めてこの場を後にする。

 

目指すは守るべき人の為に戦場となるであろう場所・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにエミリー様がいるんですか?」

 

俺はTさんに話し掛ける。

 

「ああ、間違いなくね」

 

Tさんは俺の質問に小さく頷きながら答える。

 

俺達は今、夜の闇に隠れながら、船着場に身を潜めていた。

 

俺が気絶していた時間はそんなに長く無かった様で、恵理さんの部屋で起きた時点で、三時間ほどしか経っていなかったそうだ。

 

「ガルドは午前零時と同時に、船を出航させてシルバーライト島に向かうつもりだ。奴がシルバーライト島に行くことは、何としてでも喰い止めなければいけない」

 

「如何してですか?」

 

確かに日本を出られたら、厄介ではあるけれど後を追えれば、それで済む筈だ。

 

「潜入調査で気付いた事なんだけど、どうもガルドの目的の一つとして、奴はシルバーライトの王と成り代わろうとしているらしい」

 

「王に成り代わる?」

 

「そうだ。そしてその手段にガルドは、姫様を利用しようとしているんだ」

 

Tさんから衝撃の言葉が飛び出した。

 

「エミリー様を利用するって、如何いう事ですか?」

 

「板橋君は、一般人が王様に成るには何が一番手っ取り早いと思う?」

 

一般人が王様に・・・それはやっぱり一から国を作るか・・・まさか!?

 

「気付いたみたいだね」

 

俺の反応を見たTさんが、理解したと見たのか、答えを口にする。

 

「ガルドは島に帰ったら直ぐに姫様と婚姻を結び、今の事実上のトップではなく、名実共に正真正銘の王に成るつもりなんだ」

 

Tさんの言った答えはまさに俺が今考えていた事だった。

 

「正直な所を言えば、板橋君の提案は個人的にありがたいものだったんだ。この時を逃せば、ガルドは今以上の権力を手にする事になる。そんな相手に手を出せば、周囲に与える影響はより多大なものになるからね」

 

「でも、エミリー様はまだあんなに幼いんですよ。それに今でも事実上のトップの筈なのに、何で急に婚姻を結ぼうと思ったんでしょうかね?」

 

「それは俺にも分からない。俺が調べていた時も、ガルドが姫様と婚姻を結ぼうとしていたのはもっと先の話だった筈なんだけど、まるでガルドに何かが取り付いて操っている様な気がしてくるよ・・・」

 

分からない事だらけだと、Tさんは呟いた。

 

何かが取り付いて操っている・・・

 

最初はこの一連の事件が余りにも大きくなっていたので、気にも留めていなかったが、もしかしてガルドは・・・

 

[『聞こえるかマスター?』]

 

俺がそこまで思考した所で、先に此方に来ている筈のメカ犬の声が聴こえた。

 

しかし、その声は俺達の周囲からではなく、俺のポケットからだった。

 

[『聴こえているかマスター?』]

 

またしてもメカ犬の声がポケットの中から聴こえてくる。

 

その音源はタッチノートからだった。

 

[『マスター。ワタシの声が聴こえたならば、タッチノートを開いて右下の小さいボタンを押してくれ。それで通話が出来る』]

 

俺はそのメカ犬の指示通りに、タッチノートを開いて、ボタンを押してからタッチノートに向けて喋ってみる。

 

「聴こえてるのか?メカ犬」

 

[『マスター!目が覚めたのだな!!』]

 

俺の声が聴こえたようで、メカ犬が返事を返す。

 

「ああ、それにしてもタッチノートに、メカ犬との通信機能が有るなんて知らなかったぞ」

 

こんな便利な機能が有るのなら、始めに教えておいて欲しかった。

 

[『それなんだがマスター・・・』]

 

タッチノート越しに聴こえるメカ犬の様子がおかしい。

 

もしかしてこの流れは・・・

 

[『実はこの機能が使えるようになったのは、あのデビルという輩の攻撃を喰らった後なのだ』]

 

「・・・だと思ったよ」

 

以前にもメカ犬は、父さんのせいで感電したら、記憶の一部が戻ってフォルムチェンジの機能を使えるようになった経緯があるが、今回も同じパターンらしい。

 

こいつは異世界のハイテクロボットなのか、昭和のブラウン管テレビなのか偶に分からなくなる。

 

「まあ、その話は別に良いとして、お前は今何処に居る[「純!?純なのか!?」]この声はエミリー様?」

 

タッチノートからメカ犬の声ではなく、エミリー様の声が聴こえてきた。

 

[「本当に純なのじゃな・・・良かった・・・本当に・・・」]

 

その声から察するに、エミリー様は泣いているみたいだった。

 

まだ出会ってから二日しか経っていないけれど、エミリー様は俺を凄く心配してくれていたらしい事が良く分かった。

 

「俺はこの通り元気だから、心配しないで」

 

音声だけしか届かないので、俺はなるべく優しい口調でエミリー様を宥める。

 

暫くして、エミリー様が泣き止んだのを確認した俺は、改めてメカ犬との会話を再開する事にした。

 

「それで、メカ犬はエミリー様と一緒に居るんだな」

 

[『うむ』]

 

という事はメカ犬が今居る場所は・・・

 

「間違い無く、姫様と君の相棒君はあの場所に居る」

 

俺とメカ犬の話を聴いていたTさんが、ある一点に指をさす。

 

その指の先にある物は、大きな船だった。

 

船は船でもその大きさは半端なく巨大だった。

 

幾ら一国の大臣だからって、個人で持てる物じゃない代物である。

 

見た目は年収が億を超えている人達が船旅に乗る様な、豪華客船並みだ。

 

「あれは、シルバーライト製のガルド専用船だ。姫様はあの船の中の一室に閉じ込められている」

 

俺は船を見詰めながら、タッチノート越しに、エミリー様に話しかける。

 

「もう少し辛抱してくれよエミリー様。絶対に助け出してみせるから」

 

[「・・・良い・・・もう良いのじゃ。我の為にこれ以上純が傷付くのは・・・見たくない・・・」]

 

タッチノート越しに聴こえてきたのは、否定の言葉だった。

 

俺が一緒に居たのは僅かな時間だが、それでも分かる事がある。

 

エミリー様は、お姫様だとかそんな事を抜きにして考えても、心優しい一人の女の子だ。

 

この言葉も俺の身を案じて言ってくれた言葉なのだろう。

 

その言葉に俺は・・・

 

「ふざけるな!」

 

怒鳴り返した。

 

「エミリーちゃんが俺をどう思ってるのかは知らないが、俺はエミリーちゃんを大切な友達だって思ってる!」

 

本人に否定された位で諦めたりなんて絶対にしてやるつもりは無い。

 

「どれだけ止めろと言われても俺は助けに行くからな!」

 

これは俺のエゴだ。

 

「たとえこの足が動かなくなったとしても、必ず助けるぞ!!」

 

だから、最後まで俺は・・・

 

「分かったら大人しく助けられるのを黙って待ってろ!!!」

 

俺自身の意地を通す。

 

[「・・・純」]

 

「エミリーちゃん・・・」

 

[「・・・様を付けぬか・・・馬鹿者・・・」]

 

「その方がずっとエミリー様らしいよ」

 

俺はこの一人の心優しい女の子を助けたい。

 

今俺が戦う理由はそれだけで十分である。

 

さて、心構えを新たにした所で、これから如何するかが問題だ。

 

俺とTさんはこれから如何するべきかと、作戦会議を始める。

 

[『マスター』]

 

作戦会議の途中で、通信回線を繋ぎっ放しだった、タッチノートからメカ犬の声が聴こえてきた。

 

「ん?如何したメカ犬」

 

俺は一時会議を中断して、メカ犬に応答する。

 

[『ワタシに一つ提案があるのだ』]

 

メカ犬は、一つの作戦を提示してきた。

 

その内容を聴いた俺とTさんは、こんな大雑把な計画で大丈夫なのかと、思いもしたが生憎と時間も人手も無い事から、結局メカ犬の作戦を採用する事に決定してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今船内の廊下を走っている。

 

近くに人の気配は全く無い。

 

メカ犬の作戦とは、とてもオーソドックスな物だった。

 

現在船着場では、チェイサーさんが縦横無尽に暴れ回っている。

 

つまり、陽動作戦だ。

 

更にTさんが先行して、船内の人達を誘導したので、殆どの人が船外に出ている。

 

俺はその隙を付いて、エミリー様が捕らわれている船に潜入したのである。

 

Tさんから教えてもらった道を頼りに、俺はエミリー様の居る部屋を目指して走っているのだ。

 

俺に道を教えてくれたTさんも、今頃は船内の人間を誘導切り上げて、ガルドの捕縛に向かっている事だろう。

 

今の所作戦は順調に進んでいる。

 

いや、上手く進み過ぎていて、若干の恐怖すら覚える。

 

だが今がまたと無いチャンスである事も事実だ。

 

俺は頭に浮かんだ疑念を振り払い、今はエミリー様を助け出す事だけに集中する事にした。

 

走ってから暫くして、俺は目的の場所に無事辿り着いた。

 

途中に若干の船員が残っていると思っていたのだが、誰一人として、遭遇する事は無かった。

 

「やっぱり何かおかしい・・・」

 

俺は呟きながら、目的地である、部屋の扉の前に立つ。

 

扉にはカード式の鍵が取り付けられている。

 

俺はポケットから一枚のカードを取り出して、扉の差込口にそれを差し込む。

 

すると扉から電子音が流れた後、ガチャリという音が鳴った。

 

俺が先程使ったカードは、Tさんがここまでの道を教えてくれた後に、託してくれた物だ。

 

鍵が開いた事を確認した俺は、勢い良く扉を開け放つ。

 

「エミリー様!」

 

部屋の中に居たのは、ドレスを着た少女だった。

 

「純・・・」

 

エミリー様は突如俺が現れた事に驚愕したのか、呆気に取られた顔をしている。

 

だがそれも少しの間の事で、エミリー様の表情からは、喜びも感情浮き上がってきた。

 

「迎えに来たよ」

 

「純!!!」

 

俺が来た事に感極まったのか、エミリー様は俺に駆け寄り抱きついてきた。

 

その衝撃によろけつつも、俺は何とか堪えてエミリー様を抱きとめる。

 

「・・・本当に助けに来てくれたのじゃな・・・」

 

俺の胸の中でエミリー様が呟いた。

 

「言っただろ。助けに来るって」

 

俺はエミリー様を落ち着かせる為に、頭を撫でながら言う。

 

少しの間だけこの時間が続いたが、エミリー様も落ち着いてきた様なので、一旦離れる。

 

しかし離れてから改めてエミリー様を見てみると、先程までは気にならなかったのだが・・・

 

「何でドレス?」

 

最後に見た時は、学校の制服を着ていた筈なのだが、今のエミリー様は純白のドレスに身を包んでいる。

 

まるで、ウェディングドレスをそのまま、子供用にした様な・・・ってもしかして!?

 

シルバーライト島に着いたら、婚姻を結ぶと知っていたけれどガルドって・・・

 

俺はそこまで思考を進めた所で、慌ててこれ以上考える事を否定した。

 

幾ら敵だからと言っても、個人的な嗜好及び趣味等のプライベートな部分に踏み込むのは、マナー違反である。

 

まあ、シルバーライト島の法律で問題が無いのであれば、俺から言う事は何も無いが、日本でやってしまった時は別の意味で犯罪なので、国家権力の方々に通報させてもらうけど・・・

 

「このドレス・・・何処か変かの?」

 

俺の視線を気にしたのか、エミリー様が自身の着ている子供用ウェディングドレスを見ながら、訊ねてくる。

 

別にそんな事を考えていた訳ではないのだが、エミリー様に誤解を与えてしまったようなので、俺は急いでフォローに回る事にした。

 

「い、いや、変なんかじゃないよ!寧ろ凄く似合ってるから!」

 

「そ、そうかの?」

 

少し言い方が露骨過ぎたのだろうか?

 

今度は顔を赤くして、黙り込んでしまった。

 

俺とエミリー様の間に妙な沈黙が生まれる。

 

何なんだこの雰囲気は!?

 

『お楽しみの所失礼するが、早く脱出した方が良いと思うぞ』

 

この空気の中で、メカ犬が発言した。

 

いつの間にか俺の足元にメカ犬が居る。

 

そういえばこいつも居たって事、一連の流れですっかり頭から抜け落ちていた。

 

あの雰囲気から俺を救い出してくれた事には感謝するが、それとは別としてお楽しみって何なんだよ!?

 

この場で断固協議したい所ではあるが、メカ犬の言う通りこんな場所に何時までも居ない方が懸命だ。

 

「確かにそうだな。急ごうエミリー様!」

 

俺はエミリー様の手を引いて、元来た道を走り出した。


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