魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
俺の心中は今、とても複雑となっているとしか言い様がない。
それは目の前に居る、一人の男性が原因だった。
「……良く真実に辿り着けたね、と言った方が良いのかな?」
「別に俺は真実がどうだったとか、そんな事が知りたかった訳じゃありません。ただ……他のやり方があったんじゃないかって、そう思ってはいます」
少し冗談めかして言った彼の言葉は、俺に対しての気遣いなのだろう。
殆ど個人的な接点など皆無な俺と彼の関係ではあるが、その纏っている独特の穏やかな雰囲気から、少しでもこの会話の場が、殺伐としたものへとならないようにしているという配慮が窺える。
メカ犬が結成した偵察隊の調査を元に調べた一連の事件。
その事件を追っていく中で、俺は一つの意外な事実へと辿り着いた。
いや、正確に言うのであれば、ある一人の人間の思惑……若しくは確固とした決意とでも言うべきだろうか。
「分かってくれているなら話は早い。まだやるべき事が残っているからね。悪いけどそれまでは邪魔をしないで貰いたいんだ」
「邪魔をする気は……ありません」
俺は心の中で葛藤しながらも、そう答える事しか出来なかった。
もしも事情を知らなければ、俺は迷わず彼と戦っていただろう。
彼の暴走とも言える行動を力づくでも止める事が、誰の為にとっても良い事なのだと。信じて疑う事は無かった筈に違いない。
でも俺は知ってしまった。
知ってしまったからこそ、俺は彼を止める事は出来ない。
そうすればきっと、彼は残された短い時間を、ずっと後悔していくのだろうと容易に想像出来てしまうからだ。
「その言葉を聞いて安心したよ」
俺の返答に満足そうに微笑む笑顔は、何処か儚げに見えた。
だからだろうか。
きっと俺が何を言ったところで、彼の意思は変わらないのだろうと分かっていながらも、俺は聞かずには居られなかった。
「せめてあの二人にも、本当の事を話した方が良かったんじゃないですか? そうすれば……」
俺はその先を言葉にする事が出来なかった。
何故ならば、彼が静かに首を横に振り、俺が言わんとするべき事を否定した為だ。
「残念だけどそれは出来ない。二人に話せば納得はしてもらえたかもしれないけれど、感付かれてしまう可能性が高くなる。それに本来はお互いに接点の無い君とこうして話しているのもかなり危険ではあるしね」
「…だからって、このままじゃ本当に取り返しが着かない事になってしまうかも知れませんよ!?」
「それでもだよ。それにあの二人ならきっと大丈夫さ」
彼はもう一度、笑って見せた。
今度は何処か遠くに想いを馳せる様な儚げな笑顔ではなく、満面の笑顔だ。
その笑顔を見て、俺は安心とまでは行かなかったけれど、それでも彼の決意を尊重しなければいけないと、止めるべきだという言葉を喉の奥へと押し留めて拳を強く握り込む。
「……一つだけ、約束をしてくれますか」
「なんだい?」
彼の固い決意を俺の言葉一つで変える事は出来ないと分かっても、いやだからこそ俺はたった一つだけ彼に言う。
「全てが終わったら、あの二人の居る場所へ帰って来てください。貴方には大切な帰るべき場所があるんですから」
俺の言った言葉に、彼は一瞬だけ面食らった表情を見せるが、それもすぐに笑顔に変わる。
「やっぱり君もあの二人と一緒だね……分かったよ。きっとその約束は守ってみせよう」
彼は話はここまでだとばかりに、俺に背を向けて歩き出す。
まだ激しい戦いの残景が残る森の中で、俺は彼の後ろ姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続ける事しか出来なかった。
「……長谷川君! 起きなさい長谷川君!」
深く沈んだ意識の中、聞き覚えのある声によって徐々に意識は覚醒していく。
「……ん、ここは?」
まだ若干の気だるさを覚えながらも、微かに呟くいたのは、そんな言葉だった。
E1との戦いから約一時間後。
長谷川は、恵美の呼び掛けによって意識を取り戻した。
「ここは医務室よ。まったく……私に黙って無茶なことをするんだから」
目を覚ました長谷川に苦言を呈する恵美ではあったが、その表情は長谷川が無事に意識を取り戻したことに安堵している。
「確か……僕はあの森でエドを見つけてそれから戦って……」
何故ここに自分が居るのか、長谷川は記憶を辿ろうとするが、EⅠとの戦いに敗北し意識を失っていた長谷川には当然ながら現時点に至るまでの記憶などある筈もなく、次の言葉は出てこない。
「私も実際に見たわけじゃないけれども、長谷川君を最初に見た人の証言によると大きな熊が君の事を海鳴署の前まで運んでくれたらしいわよ」
「く、熊がですか!?」
恵美の予想外の発言に、長谷川は驚愕の声を上げた。
「そ、それで僕を助けてくれた……その、く、熊は今何処に?」
最初は恵美の性質の悪い冗談だと思った長谷川だったが、どうも恵美の雰囲気からして冗談ではないと察した長谷川は一応は命の恩人、もとい恩熊の所在を確認する為に周囲を窺うが、当然ながらこのけっして広いとは言い難い室内にE2の装備を着込んだ長谷川を持ち上げるだけの怪力を持っていそうな熊の存在は見受けられない。
「熊なら長谷川君を警察署に届けた後、何処かに走り去って行ったわよ。少し前まで警察と猟友会の人達が総出で探していたんだけど、住処の山と思われる場所に向かって走り去る姿が目撃されたらしくて、取り敢えず捜索は打ち切られたみたいよ」
「そ、そうなんですか」
熊に危ない所を救われたという、一見すると信じ難い事実と、その恩熊が一時の間とは言え追われる身になっていたり等、自分の意識が無い間に、随分と色々な事が起こっていたという事実に動揺を隠し切れない長谷川ではあったが、一先ずその事は後にしようと心に決めた。
今の長谷川には、それ以上に考えなければならない大切な事案があった為だ。
その考えが顔に出ていたのか、恵美は呆れ混じれに溜息を吐き出す。
「長谷川君……エドと戦ってどう思った?」
恵美の率直な言葉に、長谷川は息が詰まる。
「正直に言って、僕はエドが何を考えているのか分かりません。恵美さんはどうしてエドがこうなったのか知っているんですか?」
長谷川にはエドが何を考えて、この様な行動を取るのか、直接拳を交えた今でも理解する事が出来なかった。
だからこそ、その答えを知っているかもしれない恵美に質問を投げ掛ける。
「エドはきっと……無くしたものを取り戻したいのよ」
「無くしたものを取り戻す?」
恵美は頷きながら、過去に自身とエドワードとの間に起こった詳細を語り始める。
E1の実験の事故が原因で、エドワードの身に降り掛かった災厄と、その後のE1の凍結。
全てを話し終えた後に、恵美は長谷川の様子を窺う様に見詰める。
「……そうですか。それじゃあエドは、暴走プログラムの力を借りて、事故で失った痛覚を取り戻そうとしてるって事なんですね」
「きっとそうだと思うわ……全部……私のせいよ」
普段は自信に満ち溢れた恵美の瞳も、今は少しだけ揺らいで見えた。
そもそも普段の彼女であれば、傍若無人とも言える態度を取る事はあろうとも、自虐的とも取れる言葉を言う事はまず無いだろう。
つまりはそれだけ恵美は、エドワードに対して責任を感じているという証拠とも言える。
「……それは違いますよ」
しかし其処で長谷川は恵美の言葉を否定する。
「何が違うって言うのよ? 普通なら許せる様な事じゃないでしょ……だって生きていても何も感じられないなんて……それじゃまるで……」
今まで言葉にせず、自らの心の内に押し込めていた業の部分を曝け出すかの様に、恵美の瞳から一滴の涙が零れ落ちていく。
だがそれでも長谷川は、恵美の言葉を否定する様に大きく首を横に振る。
「恵美さんが開発したESシステムは今まで多くの人を救ってくれたじゃないですか。その事実を恵美さんが否定しちゃいけない」
「それは……」
「確かにエドはE1の実験で多くの大切なものを失って、さっき恵美さんが言った通り、今それを取り戻す為にこんな事をしているのかも知れません。だからこそ恵美さん……僕達は僕達の守りたい大切なものを守るためにもエドを止めないといけないんじゃないでしょうか」
「……長谷川君」
「偉そうに言っておいてなんですけど、どうするのが正しいかなんて僕には正直なところ分かりません。だから信じましょう。恵美さんの作り出したESシステムと僕達の信じる道を。きっとそれくらいの覚悟がないと、エドを止める事なんて出来ないと思いますから」
長谷川は自分の言いたい事を言い終えたところで気付く。
珍しく弱気な態度を見てしまい、強気な発言をしてしまったが、結局のところ今言った事は結果的にただの根性論を言ったにも等しく、何の解決策にもなっていないという事実に。
だが、長谷川のその感情に任せた言葉は、一人の少女の心に確かに届いた。
それは確実に事態の解決へと導く新たな流れを生み出すには充分なものだったという事は言うまでもない。
「……そうね。作った私が信じなくちゃ……本末転倒だもんね!」
先程までの弱気な態度は消え去り、恵美は何時もの自信に満ち溢れた表情で長谷川に不適な笑みを見せる。
「その方が恵美さんらしいですよ」
何時もの調子を取り戻した恵美をからかう様に長谷川が言うと、調子に乗るんじゃないわよと言って恵美に小突かれるが、それでもエドワードが来てからどこかギクシャクとしていたホルダー特務課に、久し振りに普段通りの和やかな空気が戻ってきた。
「さて、それじゃあ冗談はここまでにしてこれからどうするべきか話し合いましょうかしらね」
「はい。ところでE2はどうなっているんですか? E1との戦いでかなりのダメージを受けている筈ですけど」
やる気はあってもその手段が無ければ、解決する事などただの夢物語でしかない。
それを分かっているからこそ、長谷川の心配は当然のものと言えるだろう。
「ふふん」
だがそんな長谷川の心配とは裏腹に、恵美は自信満面の微笑みを浮かべる。
「確かに今まで使ってきたE2のボディーは中破していてラボに修理に出してるわ。少なくても修理が完了するまでには三日は掛かるでしょうね」
「それって駄目じゃないですか!?」
「まあ落ち着きなさい長谷川君。以前E2がホルダーに大破された時に、お堅い上層部から打診があってね。新しい装備を作っておいたのよ。その装備の特殊性から現在使用しているE2のボディーだと対応出来ないから、新しいボディーも用意したわ」
「え!? それってもう一つE2があるって事ですか?」
今までE2がもう一式ある等という話は聞いた事も無かったので、長谷川は恵美から聞かされた新たな事実に驚く。
「まあ、正確には同じって訳じゃないし、まだ実用テストをしてないけど……今の長谷川君には聞くまでも無いわよね」
答えが既に分かっている問いを恵美は長谷川へと投げ掛けた。
その意味を、長谷川も理解し力強く頷く。
「恵美さん。その新しいE2……僕に使わせてください!」
「当然でしょ! でも今度のE2は前よりもちょっとだけじゃじゃ馬だから、覚悟しておいてね」
「はい!」
長谷川の力強い返答を合図に、今ここにホルダー対策特務課は完全に息を吹き返したのだった。
「どうやら僕が心配するまでも無かったみたいだね」
ホルダー対策特務課とプレートの掲げられた扉を背に、海鳴警察署のトップである署長は、人知れずホッと胸を撫で下ろす。
「まあ、僕の部下は皆良い子達だから当然なんだけどね。頑張ってね二人とも……僕も出来るだけ署長としてサポートするからさ」
そう独り言を呟き、部下想いの一人の警察署の署長は自身がするべき責務を果たす為に、物音をたてずに特務課の扉から離れて、自らが身を置くべき戦場へと足を向けて歩き出す。
その後、海鳴警察署にホルダー発見の報が入ったのは翌日の夜だった。