魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
人通りの少ない夜道を一人の男性が足早に歩く。
三十台半ばに見える、スーツ姿の男性は、周囲を気にしながら、人の多い筈の表通りに出る為に更に歩調を速める。
だがその背後から、男性よりも少しだけ早い歩調で、何者かの足音が忍び寄っていた。
男性もその足音には気付いている。
そしてこの足音の標的は自分であるという事にもだ。
だからこそ男性は、更に歩調を速め、出来るだけ多くの人が居る場所へと、少しでも早く行こうと試みるのだが、ついにその願いが叶う事は無かった。
ふと後ろから迫る足音は、消えてしまったのだ。
しかしそれは男性が、解放されたという事を意味している訳ではない。
「お前に勝負を挑む。どんな勝負にするのかは、お前が決めろ」
今度は足音ではなく、確かな声が男性の耳へと届く。
しかもその声は後ろではなく、男性が歩き続ける正面からだ。
夜空に掛かった雲が晴れ、月の淡い光が辺りを照らし、男性の視界に先程の声の主が映り込む。
「……こ、来ないでくれ!」
男性は足を止め、一歩ずつ後退りながら懇願する。
声の主の姿は人の姿ではなかった。
闇夜を照らす月の光に映えるその姿は金色に輝く体毛をを持つ、半人の獅子。
鋭い眼光と牙は、人では到底持ち得ない、獰猛さと勇猛さを併せ持つ。
その姿は目の前の男性を恐怖させるには、充分なものだった。
「早くしろ。勝負をしないのであればお前の不戦敗ということになるぞ」
「う、うわああああああああああああ!」
再び異形から問われた男性は、恐怖に震える足を逃げなければいけないという本能によって動かし、脱兎の如く駆け出した。
「勝負方法は徒競走という事だな」
だが逃げ出した男性の意図に解さず、異形は勝負のルールが決まったと断定し、地面を蹴って男性の後を追う。
これで男性が逃げ切れたのであれば、この強制的に開始された逃走劇は男性の勝利で終わる筈だった。
しかし、異形の持つ身体能力は常人のそれを遥かに超えるスペックを有していたのである。
仮に陸上で世界的な記録を出す選手と同程度の能力を男性が発揮出来たとしても、異形には敵わない事は言うまでもない。
時間にすれば10秒と持たず、異形は男性の前へと回り込む。
それは男性が敗北したという事を意味していた。
「お前の負けだ。敗者の魂を貰い受けるぞ」
「あ……あ……ああ」
あまりの恐怖に対して言葉を失う男性に、異形はゆっくりとだが確実に歩を進めていく。
そして男性の頭に異形の手が伸ばされようとしたその時である。
「ん!?」
予想外の出来事によって、異形の動きが止まった。
その出来事とは、普通ならばこのような場面では起こりえないとは言えないが、予め予想しろと言われても無理だと確信を持って言える現象だったのである。
だからこそ異形すら、その予想外の事態に、思わず動きを止めてしまったのだ。
異形の手に容赦なく喰らいつく小柄なチワワ。
それはこの状況において、確かに予想外のものだったのは間違いない。
この状況の中で、最も早く動き出したのは異形と対面して追い詰められた男性だった。
よろけながらも何とか体勢を立て直し、男性は一目散に人込みの多い大通りを目指して全速力で駆け出す。
異形もその男の行動には気付いたが、今から追いかければ、多くの通行人に自分の姿が見られてしまうという事を自覚しているからこそ、これ以上の追跡は諦めた。
「……興が削がれたな」
勝負を邪魔された原因の一端であるチワワを面倒そうに払い除ける異形だったが、先程まで決して離すものかと噛み付いていたチワワは、自身に脅威が迫るとみるや、何の躊躇もなく異形の手を噛むのを止めて、その場から飛び退き、瞬時に踵を返すと人のサイズでは通る事は到底不可能な、細い溝の中へと走り去ってしまう。
僅かな時間に異常な行動を見せ続けるチワワに、唖然とする異形を空から一羽の鳥が終始見詰めていた事に、最後まで気付く事はなかった。
エドワードが消息を絶った翌日から、海鳴署内のとある部署は陰鬱な空気に包まれていた。
この空気を元に戻すには、消えたエドワードを探し出す他ない。
そう考えたこのホルダー特務課に所属する長谷川は、足早にこの空気を部署全体に放つ主な原因となっている自身の上司に、外に行く事を告げてエドワードの捜索を開始した。
勿論だが、エドワードを探しているのは長谷川だけではない。
虎の子であるE1とその装着者の紛失は日本警察の面子もあり、表沙汰には出来ないので捜索メンバーは限られるが、それでも少なくない人数がこの海鳴市周辺の捜査に当たっている。
だがエドワードが消息を絶ってから既に24時間以上が経過してしまったにも関わらず、エドワードらしき人物の目撃情報は一つもない。
もうこの海鳴市から出て行ってしまったという可能性もゼロではないが、海鳴市は海と山に囲まれた特殊な地形をしている。
なので交通のルートはかなり限定されてしまうので、だとしたら現時点でここまで誰にも目撃されていないというのはあり得ない話だ。
だとしたら、まだこの海鳴市の近辺に潜伏していると考えるのが、最も可能性が高い。
「エド……。一体どこに行ったんだよ……」
マシンドレッサーを走らせて、周囲を捜索しながら長谷川は呟く。
それから三時間に渡り、長谷川はエドワードを探し続けたが、何の手掛かりも得る事は出来なかった。
「このまま闇雲に探し回っても駄目だ……何処かエドが行きそうな場所はないのかな?」
行く当てもないままに、探し続けてもエドワードを見つけるのは難しいと思い至り、長谷川は考え方を変えてみる事にした。
もしも自分がエドワードならば、何処に行くだろうか?
まだ来てから日が浅い遠方の土地。
知っている場所よりも、寧ろ知らない土地の方が圧倒的に多い筈だ。
そして知り合いも殆ど居ない……。
と、ここまで考えたところで、長谷川の思考の中に一つの疑問が思い浮かぶ。
そもそもエドワードは、どうしていなくなったのか?
自分の意思で?
それとも何かの事件に巻き込まれて?
刑事であり、E1の装着者でもあるエドワードならば、何らかの事件に巻き込まれる危険性は決して低くない。
だが長谷川は、ここでまたもう一つの考えが脳裏に浮上する。
エドワードが消息を絶つ前日。
彼の様子が明らかにおかしかったのだ。
そのおかしくなった原因とはなんだったのか……。
考えるまでもなく、長谷川はその原因へと思い至る。
間違いなく、加山との接触が原因だ。
エドワードは加山と話した直後から、明らかに様子がおかしくなっていた。
「もしかして!?」
長谷川は急ブレーキを掛けて、マシンドレッサーを反転させて、ある場所を目指す。
確実にその場所にエドワードが居るという確証は無い。
だが、市内を幾ら探索しても、市外へと続くルートにも目撃情報が無いというのであれば、確率は決して低くは無いという結論へと至っていた。
長谷川が目指したのは、郊外の森の中だ。
車やバイクが通れる程に、道は整備されてはいるが、それだけで後は殆ど人が訪れるということは無い。
しかし長谷川はその森の中で、一台のバイクと男性の姿を見つけた。
「……良くこの場所が分かったね。ケイタ」
「エド……」
温和な微笑みを浮かべるエドワードに対して、長谷川は頬を引き攣らせる。
出来るならば、エドワードにはこの場所に居て欲しくなかったというのが、長谷川の素直な気持ちだったのだから。
この森はエドワードと長谷川がホルダーと戦った場所。
つまり加山と出会った森だったのだ。
それが意味するものとは……。
「エド! 今ならまだ間に合う。一緒に帰ろう」
「ケイタ……それはもう無理なんだ。少なくとも今は戻るわけにはいかないんだ」
戻る様に諭す長谷川に対して、エドワードは首を横に振りながら長谷川の提案を断る。
温和な微笑を浮かべ続けるエドワードだったが、その瞳からは確かな強い決意が感じられた。
「どうしても……戻る気がないなら」
「ワタシにはまだやるべき事がありますから」
長谷川とエドワードはお互いの腕に嵌めたEブレスに手を掛ける。
ほぼ同時にブレスとボタンを押す事で、この場にあった二台のマシンドレッサーがバイク形態からドレッサーモードへと変形した。
二人は互いの顔を一瞥してから、自身の傍にあるマシンドレッサーの中へと入って叫ぶ。
「「変身!」」
マシンドレッサーの中で、二人はそれぞれにメタルイエローとオレンジ色の強化スーツを身に纏い、表へと飛び出す。
先に仕掛けたのはE2だった。
ホルスターから専用武器であるESM01を抜き放ち、銃口をほぼ同時に表へと出て来たE1に向けて引き金を引く。
放たれた数発の弾丸がE1へと迫るが、それは予測の範疇だったのだろう。
E1は前方へと転がりながら迫り来る弾丸をやり過ごし、腕の力だけで強引に立ち上がると、E2に対して迫る。
その動きを牽制しようと、E2は更に弾丸を雨の様にE1へ浴びせ掛けるが、まるで意に介した様子も無く、E1は弾丸の雨を駆け抜けていく。
既に距離はお互いの手が届く範囲にまで迫っていた。
姿勢を低くして懐に入ってくるE1に対して、E2はESM01のグリップを頭上から叩きつける。
その一撃は頭部に向けて放たれるが、当たる寸でのところでE1が突き出した腕によって防がれてしまう。
「どうして……どうしてなんだエド!?」
E2は自らの憤りを言葉にする。
昨日までは心強い味方だった筈なのに、ほんの一日でこうやって戦う間柄となってしまった事実を認めたくないから、だからこそもう一度E2はその真意を問い掛ける。
「……ケイタは真っ直ぐだね。それはとても素晴らしい事だ。でもその真っ直ぐな気持ちはとても危ういという事にも気付いた方が良い……君も……エミも!」
「ぐっ!?」
E2の問い掛けに答えとして受け取って良いべきか判断に迷う回答をした後、E1は腕を突き上げて、E2の上体を無理矢理に上へと持ち上げた。
本来ならばE2よりも前に開発されたプロトタイプに過ぎない筈のE1ではあるが、E2との近接格闘能力においては、確かな能力差が存在している。
装着者の負担となる為に、オミットされた機能がE1には幾つも搭載されているのだ。
少なくてもその差の分だけ、近接ではE1に分がある。
「ワタシの邪魔は……誰にもさせない! 例えそれがケイタやエミでも!」
自身の決意を叫びながら、無防備となったE2の胸部に鋼の拳が何度も叩き込まれる。
その度に、E2のボディーからは鈍い金属音と、断続して火花が上がった。
時間にすれば一分にも満たなかっただろう。
E1の猛攻を受け続けたE2はやがて地面に膝を付き、そのまま力無く倒れる。
力無く倒れたE2を見下ろしながら、E1は踵を返して歩き出す。
「もうこれ以上、ワタシには関わらない事だ。それが誰の為でも……」
最後の通達だとばかりに告げるE1だったが、その言葉が紡ぎ終わるよりも早く、事態は一変する。
近くの茂みが不自然に蠢いたかとE1が感じた次の瞬間、その茂みの中から大きな影が飛び出した。
「……べ、ベアー!?」
その影の正体を見て、思わず母国の言葉で言ってしまったE1であったが、突如として姿を現したのは紛れも無く熊だった。
しかもその熊は、何を思ったのか倒れているE2を小脇に担ぐと全速力でこの場を走り去ってしまう。
予想外の熊の行動に呆気に取られていたE1は、はっと我に返り慌ててE2を攫った熊を追いかけようと試みるが、それをしてどうなるのかと考え直し、追いかけるのを止めた。
「……ケイタは心配ですけど、スーツを着ていれば食べられる心配は無いでしょう」
無責任だとは思うが、E1はそう結論付ける事にした。
ほんの少し前まで死闘を演じた相手を助ける義理は自分には無い。
少なくても……。
「元お仲間なのに、冷たいのですね? 個人的には好感が持てますが」
近くの木の上から今までの様子を見ていた、一体の異形が含み笑いをしながらE1へと言葉を投げ掛ける。
E1はその言葉に返事をする事無く、この場から立ち去った。