魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
豚鼻をヒクヒクと動かすホルダーを前に、俺は、生地の焼き加減に注意を払いつつ、たこ焼きを引っくり返していく。
俺がこの一週間で体得したたこ焼きの基本は、外側の皮はカリカリで、中の生地がふんわりとしたたこ焼きとしてはオーソドックスな焼き方である。
カリカリの皮がタコの旨みを閉じ込め、とろとろで熱々の生地が、タコと絡まり口の中でソースとマヨネーズと鰹節が幾重ものハーモーニーを奏でる。
これぞ完全調和。
まさにパーフェクトハーモニー……と余計な事を考えてないで、今はたこ焼き作りに集中しよう。
別にこのままホルダーを倒しても問題無いのだが、エミリーちゃんとアリサちゃんがたこ焼きに掛ける想いはかなりのものだと分かる。
そして二人は、ホルダーとのたこ焼きによる真っ向勝負を望んでいるのだから、付き合わない訳にはいかないだろう。
約束を素直に守るとは到底思えないが、ホルダーともこのたこ焼きを食べて、満足したのならば暴走プログラムをこっちに渡すという条件を出しておいたので、一応はこのたこ焼き作りにも意味はある。
絶妙な焼き加減となったところで、パックに八個ほど詰め込んで、鰹節に青海苔を塗し、仕上げにソースとマヨネーズをかけて完成だ。
好みでからしマヨネーズも用意はしてるのだが、ホルダー自身の要望で今回は普通のマヨネーズを使用した。
「……さあ、これで完成だ!」
俺は出来上がったたこ焼きをホルダーに渡す。
「貰おうか」
ホルダーは俺に五百円玉を手渡し、代わりに出来たてのたこ焼きを受け取る。
早速とばかりに、パックの蓋を開けて、入れておいた爪楊枝で端のたこ焼きを刺すと、大きな口の中にたこ焼きを放り込んで租借し始めた。
その様子を、俺とエミリーちゃんにアリサちゃんが、無言で見守る。
ゆっくりと味を噛み締めて、たこ焼きを飲み込んだホルダーは小さく息を吐く。
俺達はホルダーの反応を、無言で見守る。
「……合格だ」
一時の静寂を破り発せられたホルダーの言葉に、俺達は歓喜の声を上げる。
「まず使われている食材の全てが、屋台で使うにはありえない程に高いクオリティーを誇っている。だがそれだけではない。たこ焼きの生地の焼き方も基本に忠実であり、絶妙な焼き加減だ……更に上に盛られた鰹節と青海苔の量も適量で食欲をそそる。しかも味のメインとなるこのソースとマヨネーズの深い味わいは……店主よ! これは市販されているソースではないな?」
細かくたこ焼きを分析していたホルダーが、俺に問い質す。
そう……実はこのソースとマヨネーズは、自家製なのである。
「良く分かったな。確かにこのソースとマヨネーズは、俺が昨日作ったものだ」
実はたこ焼きの焼き方を練習する傍らに、俺はアリサちゃんと、エミリーちゃんのお抱えシェフに頼み込んで、自家製のソースとマヨネーズのレシピを教えてもらっていたのである。
最初は駄目もとで聞きに行ったのだが、実際に聞いてみると案外と乗り気になってくれた上に、時間の許す限りもっとも俺が焼こうとするたこ焼きに適したものを作り出そうという、一大プロジェクトへと変貌を遂げてしまった。
そんな一流の料理人達と試行錯誤して作り上げたこのソースとマヨネーズが不味い訳がない。
「……まさか俺が、屋台のたこ焼きで、ここまで感動するとはな。このたこ焼きは間違い無く、俺が生涯で食べた中でも最高のたこ焼きだ!」
感極まったのか、ホルダーはたこ焼きを食べながら涙を流す。
その姿を見て、何か感慨深い気持ちになったのか、アリサちゃんとエミリーちゃんまでもが瞳にうっすらと涙を浮かべて、何度も頷いている。
先程までこの異常な場の乗りに付き合ってはいたが、改めて冷静に考えてみると、何だか一昔前のドキュメンタリー番組みたいな様相となっている気がしてきた……。
『何はともあれ、たこ焼きの味に納得したのならば、おとなしく暴走プログラムを渡してもらおうか』
だがここで雰囲気をぶった切るメカ犬の発言によって、皆のテンションも通常状態へと落ち着きを取り戻す。
「……ああ。約束は守ろう。こんなにも美味いたこ焼きを食わせてもらったんだからな」
以外にもホルダーは、二つ返事で了承してくれた。
一時はどうなる事かと思ったが、意外にも今回はこれで一件落着のようだ。
しかし世界はそんな甘いものでは無いという事を、俺は改めて知る事となる。
ホルダーが自身のホルダー化を解除しようとした、その直前に見覚えのある光の球体が飛んできて、ホルダーの体内へと吸収されてしまったのだ。
光の正体は他でもない……試練の光である。
「ぐっ!? がっああああああああああああああああ!?」
悶え苦しみながら、ホルダーの肉体は試練の光の影響を受けて、更なる変貌を遂げる。
ピンクの肌は、紅蓮の様な赤に染まり、鎧も刺々しさを増した甲冑と変化していく。
「二人はこの場から離れて!」
ホルダーの変化が終わる前に、俺はアリサちゃんとエミリーちゃんをこの場から逃がして、戦闘態勢を整える。
「……まだだ! まだ食い足りないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
案の定、ホルダーは自身の欲求に心を支配され、暴れ始めた。
『止めるぞマスター!』
「言われなくても!」
周囲の屋台が壊される前に、俺はホルダーを背中から羽交い絞めにして、屋台が並ぶこの街道から、戦い易い広場へと無理矢理に引きずって行く。
「があああああああああ!!!」
「おわっ!?」
何とか人気の無い広場まで運ぶ事は出来たのだが、思いの外ホルダーの腕力は強く、引き剥がされてしまい俺はホルダーからの手痛い反撃を受けてしまう。
振り向き様に蹴られて、吹き飛ばされはしたものの、咄嗟に後ろに飛んだおかげで、勢い良く飛ばされた割にはダメージを負わずに済んだ。
だがそれを構う事もせず、ホルダーはまるで猪の様に、頭を低姿勢に保ちながら突進を仕掛けてくる。
『来るぞマスター!』
「おっと!」
メカ犬の注意を聞きながら、俺は真横に転がり、何とかホルダーの突撃を回避する事に成功した。
『正面から相手をするには骨が折れそうだな』
「ああ。だから一気に勝負に出るぞ!」
俺はメカ犬に返事をしながら、ホルダーが再び突っ込んで来る前に、ベルトからタッチノートを引き抜き、操作を始める。
『コール・ガイア』
『コール・ダイバー』
『コール・ライガー』
『コール・フェザー』
タッチノートを操作し続ける事により、メカ竜、メカ海、メカ虎、メカ鳥をこの場へと呼び寄せる。
メカーズが全員集合したのを確認してから、俺は更にタッチノートを操作していく。
『マスターフォルム』
音声が響くと同時に、俺はタッチノートを再びベルトに差し込む。
すると両手両足にリング状の突起が生成される。
更に呼び寄せたメカーズ達が、アタッチメントパーツに良く似た腕輪の形状となって、メカ竜が右腕、メカ海が左腕、メカ虎が右足、メカ鳥が左足へと、それぞれ装着されていく。
そして最後に、俺の全身が金色の鎧で固められる事によって、マスターフォルムへのパワーアップは完了した。
「悪夢ここで終わらせる!」
マスターフォルムへと変わるとほぼ同時に再び突っ込んで来たホルダーを、今度は避けずに真正面から迎え撃つ。
突っ込んで来たホルダーの両肩を掴んで、無理矢理に動きを止める。
止められたホルダーはそれでも足を動かして、何とかしようと試みるが、マスターフォルムとなった事で、最大限に強化された俺の力が、その行動を決して許さない。
「はああああああああああああああああ!!!」
俺はそのまま腕に力を込めて、ホルダーの身体を持ち上げて放り投げる。
受身を取る事も無く、地面を転がるホルダーに追撃を仕掛ける為に、俺は間髪入れずに駆け出す。
よろめきながらも立ち上がるホルダーに対して、拳を叩き込み、仰け反ったところに蹴りを加えて、更に怯んだところを、拳と蹴りのコンビネーションで追い詰めていく。
そんな中でも何とか反撃をしようとして繰り出して来たホルダーの拳に対して、俺は避ける事はせず、寧ろ足を一歩前に出して踏み込み、カウンター気味に右拳をホルダーの顔面に当てて後方へと吹き飛ばす。
『今だマスター!』
「了解!」
俺はメカ犬の合図に答えながら、しゃがみ込んで、右足のアタッチメントパーツのレバーを引く。
『ライガーチャージ』
音声が鳴り響き、光が俺の右足に集約されて、四体の分身体を生み出す。
今回はライガーモードの各種モードとなった分身体がそれぞれに必殺の一撃を放つ準備を整える。
「こいつで決めるぜ」
俺が飛び上がると同時に、分身体達が先行して必殺技をホルダーに叩き込んでいく。
「マスターライガースマッシュ」
そして最後に俺が上空から最大威力を誇る、蹴りをホルダーに喰らわせる事で、ホルダーは大きな爆発を引き起こした。
爆発後には、砕け散って無へと帰る暴走プログラムと、すぐ横には素体となったであろう街を歩けば普通に見かけそうな黒いフレームの眼鏡を掛けた中年のおじさんが、気を失っている。
『あ! この人、知ってるんだわさ~』
予想外にも、おじさんを見て、今も左腕で腕輪状態となっているメカ海が声を上げた。
「え、知り合い?」
『知り合いじゃないけど~この前コンビニで立ち読みした女性誌に載ってたんだわさ~。確かB級グルメ評論家の雪村《ゆきむら》定夫《さだお》さんなんだわさ~』
「……へぇ」
ホルダーの正体がB級グルメ評論家だと分かり、何となく食に貪欲な理由に説明はついたが、それよりも俺は、メカ海が普段からコンビニで女性誌を立ち読みしているという事実に対して驚いた割合の方が大きくて、やけに薄いリアクションしか出来なかった。
「さあ! それじゃあ無事に事件も解決したみたいだし、屋台を再開するわよ!」
一息入れる間も無く、いつの間にか広場にやって来たアリサちゃんが力強く宣言する。
「まさか、まだ続けるの!?」
「当たり前なのじゃ! 今日このたこ焼き屋台は天下を取るのじゃぞ! 完売するまで続けるつもりじゃ!」
俺がアリサちゃんの発言に戸惑っていると、それを後押しするかの様に、これまた何の前触れも無く現れたエミリーちゃんまでもが、拳を強く握り締めて力説してくる。
「何なら宣伝の意味も込めて、純にはそのまま仮面ライダーの格好のまま、たこ焼きを焼いてもらおうかしらね」
「そうじゃのお、何だか今日の格好はキンキラキンに光っておるし、見栄えも良さそうじゃ!」
「え? ちょ!? ほ、本気なの2人とも!?」
流石にこれは冗談だろうと、俺は自分の耳を疑うが、2人とも眼が据わっていた。
これは正気の沙汰じゃないと、俺の本能が感じ取る。
だが既に逃げ場は金銀コンビによって完全に封じられている上に、変身を解こうにも、既に花火客の人達がちらほらと戻ってきており、流石にこの場で変身を解く訳にはいかなくなってしまっていた。
結局この後、俺は2人が宣言した通りに、仮面ライダーの姿のまま、たこ焼きを作る事になってしまった……。
そのおかげか、花火大会が終わる一時間前には完売し、残りの時間は花火を背景に集まってきた子供達との記念撮影大会を催す事となったのだが……花火大会で仮面ライダーと握手という看板が突貫工事で作られた事を後から知り、俺は神経性の頭痛を覚えたりしたのは、また別の話である。
「この前はありがとうね純君。これ、少ないけどバイト代よ!」
「あの、流石に現金を貰う訳にはいかないんですけど……」
花火大会が終わった翌日、いつもの様に翠屋にやって来た恵理さんが、俺に結構な膨らみを持った茶封筒を押し付けてきた。
法令上、子供がお手伝いをするのは構わないが、ああいった屋台での商売を行った上で、現金を貰うのは色々と不味いものがあるので、俺は当然ながら受け取りを拒否する。
「大丈夫よ。中身は図書券だから」
「そ、そうなんですか?」
俺も詳しい事は分からないが、現金でないのならば、良いのだろうか?
「だから受け取って」
「はあ……そういう事でしたら」
取り敢えず、この場では素直に受け取っておく事にして、後で調べておこう。
翠屋のアルバイトで食券は大量に持っているとは言え、基本的に小学生である俺は、お小遣い制度の範疇でやりくりしていかなくてはならないのだ。
本に限定されるとしても、結構な金額分の図書券が貰えるのは、素直に嬉しいし、すぐに使わない分は、まだこっちの世界に来てから日が浅いアリシアちゃん向けに、何冊か本をプレゼントするのも良いかもしれない。
それにもしも法に触れそうならば、そのまま使わずに返せば良いのだ。
「実は報酬はこれだけじゃないのよ」
「……まだ何かあるんですか?」
正直に言って、心臓に悪いので恵理さんからのサプライズはあまり貰いたくはない。
何だかそれだけで、寿命が二年ほど下がりそうである……。
「ジャジャーン! なんと、発売前の来月号の月間海鳴を進呈します!」
溜めた割には、普通に嬉しいサプライズだったので、何だかホッとした。
恵理さんの事だから、また新たな厄介な案件でも持ってきたのではないかと、本気で心配した。
「この前の花火大会の記事も載ってるから、純君も早く見たいだろうと思って、出来立てホヤホヤのを持ってきたのよ」
はいどうぞと、恵理さんから雑誌を受け取り、俺はペラペラとページを捲っていく。
恵理さんの言った通り、まだ一日しか経っていないのに、花火大会の記事もしっかりと載っていたし、他にも最新の情報が数多く載っている。
「ん?」
しかしページを捲っていく途中で、俺はある写真が目に止まり、思わず疑問の声を上げる。
「……やっぱり純君もそれに気付いたみたいね」
「これってどういう事なんですか?」
恵理さんの態度からして、どうやら本当の目的は、俺にこの写真を見せる事にあったようだ。
「その写真は海外支社で撮られて、私とは別の部署の人が、記事を書いたんだけどね……取り敢えず純君にも見せておいた方が良いかと思って急いで持ってきたのよ」
話を聞きながら、俺は改めて記事の横にでかでかと載った写真を見つめる。
海外のビル街をバックにメタリックオレンジのボディーが写り込む。
二本のブイ字の角と、二つの大きな白い複眼。
配色は違うものの、その見た目は俺も良く知る姿。
何度も一緒に厳しい戦いを乗り越えてきた、仮面ライダーE2そのものであった。
「……何で色違いのE2が、海外に?」
「純君、良く記事を読んでみて。そのライダーはE2じゃないのよ」
恵理さんの指摘を受けて、俺は記事の見出しを改めて読んでみる事にした。
「……稀代の天才。風間恵美が開発したESシステム……プロトタイプE1が日本へと来日……」
自然と口に出した俺の言葉は、思った以上に店内へと響いた……。
E2を修理する開発ラボの中で、恵美とその助手を務める男性は、最後の動作確認を行っていた。
「各関節ともに異常はないですね」
「そうね……一番ダメージが大きかった頭部も、全ての機能に異常無し! 後はマシンドレッサーに組み込めばいつでも使用可能よ」
その作業も終わり、全ての作業が完了した事に2人は安堵する。
「ちょっと、コーヒーでも淹れてきますか」
「私の分も良いかしら?」
「良いですよ。確か砂糖とミルクをたっぷりでしたよね」
「お願いするわ」
暫くは会っていなかったが、助手の男性は恵美のコーヒーの好みを覚えていた。
それが何だか恵美にとっては嬉しくも、少しだけむず痒い。
助手の男性がラボを離れ、コーヒーを淹れに行っている間、恵美は一度、背伸びをして凝り固まった身体を伸ばすと、これから助手が運んでくるコーヒーの置き場所を確保する為に、テーブルの上に散らばった書類の束を片付け始めるが、その時備え付けの電話から電子音が発せられた。
「……いったい誰よ。こんな疲れている時に」
普段であれば、このラボはあまり使われていないので、そもそも電話が掛かってくるのは稀な上に、大抵は助手の男性が対応するのだが、今はこの場に恵美しかいない。
なので面倒だとは内心で思いつつも、仕方なく恵美は受話器を取った。
「もしもし……ええ……はい……私ですけど……え?」
話していく内に、恵美はだんだんと疲れた気だるい表情から、驚愕へとそのその表情を変えていく。
「……はい……分かりました……」
最後は半ば放心した状態で、恵美は受話器を置いた。
「そんな……まさか……彼が日本に来るの……」
誰も居ない研究ラボで、恵美は焦点の定まらない瞳を、修復が完了したE2に向けながら呟いた。