魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
其処は男達の熱気で溢れていた。
リングの上でグローブとヘッドギアを身に付け、互いにパンチを応酬する者。
そのリングの近くで、リズム良く縄跳びをし続ける者。
更にその近くでは、吊り下げられたサンドバックを叩く者。
ここは強さを求める者達が集う場所。
海鳴ボクシングジムでは、今日も多くのボクサー達が、切磋琢磨している。
だが、そんな中で一人だけジムの片隅で意気消沈している、一人の青年がいた。
彼の名前は、島川《しまかわ》夢路《ゆめじ》。現役のプロボクサーである。
しかしプロとは言っても、公式戦での勝利は未だゼロ。
既にデビューから一年近くが経つが、新人王戦でも1RでKO負けという大敗をしている。
強い者だけが勝ち残るボクシングの世界において、一度も勝てない事は彼が早くも引退を考えるには充分な材料だった。
次の戦いで負けたら、引退しよう。
そう考えながら、彼はジムメイト達にロードワークに行くと言伝を残し、ジムを出て走り始める。
ロードワークを始めて三十分程が経った頃だろうか。
普段から使うコースの中でも、人通りが少なく階段の上り下りが多い裏路地に差し掛かったところに、珍しく通行人が居た。
珍しいと内心では思いながらも、島川は軽く会釈だけして素通りしようとするのだが……。
「ちょっとお話をしませんか?」
予想外にもそう言葉を掛けられて、島川は振り返る。
島川を呼び止めた人物は、紫のスーツを身に纏う笑顔を絶やさない男性だった。
「やっぱり……シードさんの正体って気になりますよね」
「どうしたの長谷川君? 藪から棒に」
定期的に訪れる海鳴市では喫茶店、翠屋で昼食を取っている最中、自然と口から出た長谷川の言葉に向い側の席で、優雅に食後のコーヒーを飲んでいた、長谷川の直接の上司である恵美が、カップをテーブルに置いて尋ねた。
スーツ姿の青年と、白衣を着たセーラー服の美少女という異色な組み合わせではあるが、この二人はこれで中々に良いコンビである。
そんな相方が、突然発した言葉を疑問に思うのは、無理も無いだろう。
「最近になって良く思うんですよ。僕達って結構長い間、シードさんと一緒に共闘してきたじゃないですか」
「……そうね」
「それで後になって出てきたアクセスってライダーに変身する鳥羽さんだって、最初は色々と問題がありましたけど、最近は協力的ですし、プライベートでも御一緒した事があります!」
「そ、そうね」
普段は温厚な長谷川が、アイドルの話以外でここまで熱弁を振るう姿を初めてみた恵美は、若干押され気味になりながらも何とか相槌を打つ。
「なのに僕は、シードさんの素性を何も知らないんですよ!最近はホルダーも強くなってきているし、これからはもっと連携していく事が大切だと僕は思うんです!!!」
凄まじい気迫で詰め寄る長谷川に驚きながらも、恵美は首を小さく縦に振り、肯定の意思を示しつつ思わず手に持ったままのコーヒーに再び口を付けた。
この後、話題の中心となった当人が翠屋に来たのは、三時間後の話である。
正直に言うと、俺は困惑していた。
「板橋君は、シードさんをどう思う?」
「え、えっと……いきなりどう思う? と言われても困るんですけど」
俺は凄い気迫で問い詰めてくる長谷川さんに対して、視線を泳がせながら何とか答える。
すぐ脇でコーヒーを飲む恵美さんに、貴女の部下なんですからどうにかしてくださいと視線で訴えると、その意思が通じたのか、溜息を吐き、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「実は昨日、長谷川君とシードの正体について話題になったのよ」
「そ、そうなんですか!?」
何となくの予想は付いていたが、正面からシードの正体と言われて、俺の背中に冷や汗が流れる。
どうも恵美さんの話によると、昨日の昼食の際に話題が俺、つまりシードの話となり、正体はどんな人物なのかという部分に、長谷川さんのスイッチが入ってしまったらしい。
それで警察側からの正式な要請では無いが、自分達で一度、色んな人から話を聞いて詮索してみようという話になったそうな。
つまり長谷川さん達は、俺に何かシードに関する有益な情報は無いかと聞きたい訳だ。
ここで実は俺がシードなんですと言えれば楽なのだが、それを教えるには相当のリスクがあり、俺の一存で言う事は躊躇われる。
別にこの二人を信用していない訳じゃない。
曲りなりにも、長谷川さんとはシードとE2という形で長い間共闘してきたし、恵美さんとも俺自身としての接点は薄いが、姉である恵理さんからも良く話は聞いているので、それなりに信用はしている。
だが、二人は警察関係者だ。
様々な犯罪と関与する可能性が高いホルダーと戦う以上、信用しているとは言え、警察関係者ではどんな形で俺の正体が露見するのか分からない。
もしかしたら協力的な姿勢を示してくれるかもしれないが、その逆だったら目も当てられない事態となるだろう。
例え今は大丈夫だとしても、この先もシードとしての力の矛先が人間に向けられる可能性はゼロではないと考える人がもしも居たとしたら……。
出合った当初、鳥羽さんはアクセスとして俺に戦いを挑んで来た経緯がある。
本人のバトル大好きという性格上の事もあるが、その時に鳥羽さんは俺と戦う事も仕事だと言っていた。
それを直接指揮したのが、アクセスの開発者である森脇教授だと断定は出来ないが、少なくとも鳥羽さんに正式な仕事として依頼した人物は確かに存在する筈だ。
この世界とは大きく掛け離れた高い技術水準を持つ人物が、何らかのコネクションを日本の警察と持っていたとしたら、幾ら個人的に信用していたとしても、その警察の内部である二人に正体を明かすというのは、それだけで大きなリスクを伴う事になるかもしれない。
正直に言えば俺の考え過ぎだとは思うし、そんな事ばかり言っていたら最終的に誰も信用出来なくなってしまうと自分でも分かっているのだが、現状分かっている情報だけでは、やはり安易に答えを出すべきでは無いと俺は思う。
いずれは真実を告げる事になるとしても、今はその時ではない筈だ。
……そう自分の中で結論を出した直後ではあるが、俺はこう叫びたい。
「ヤス君はシードさんの正体は誰だと思う?」
「え、いや、突然そんな事を聞かれても……」
誰か長谷川さんの暴走を止めてください!
俺に続き長谷川さんはヤスへと標的を変えて、質問攻めを行っている。
ヤスから注がれる視線からSOS反応を受信するが、それでも俺は助けてやる事が出来ない。
だって今の長谷川さん、何か怖いし……。
普段は俺の周りに蠢く個性的な知り合い達の中でも、トップクラスの常識人な長谷川さんだが、一度スイッチが入ると、誰もストッパーとなる人が居ないので、ある意味もの凄い厄介な存在となる言わざるを得ない。
だが、ここで働く者としてこれ以上、従業員であるヤスを質問攻めで拘束されては、仕事に支障が出てきてしまう。
ここは、御近所からすっかり子供チーフとして有名になってしまった俺が、何とかしなくてはならないと自分自身を鼓舞する。
「ちょっと長谷川さん!気持ちは分からなくもないですけど、ちょっとやり過ぎ……」
俺が長谷川さんに注意しようとしたその時だ。
翠屋の扉が開き、お客さんが来店した事を伝えるが、入店したお客さんは、この状況を更なる事態へと発展させる起爆剤の様なものだった。
「その話!私達にも一口噛ませてもらおうやないか!」
「前は中途半端で終わったから今回こそリベンジだね!」
入って来た人物は、俺の知る限りこの状況を更なる混乱へと誘うであろうと容易に想像出来る二人の少女だ。
俺の記憶の中に、鮮明に蘇る一つの事件。
本好きの友人達が、直に影響されて結成された、俺の胃をストレスで蝕む脅威の組織。
「ここは私達!」
「海鳴美少女探偵団の出番やな!」
過去に一度、はやてちゃんとすずかちゃんによって結成された海鳴美少女探偵団の再結成という、ある意味で下手なホルダーよりも厄介な相手が再誕してしまった……。
「まず今回の目的である仮面ライダーシードを、仮にSと呼称します」
「Sは基本的に海鳴市を中心に活動しとる事が私らの、長年の調査で明らかになっとる。例外も何回かあるみたいやけど、やっぱり基本的な活動拠点は、この海鳴市と見て間違いないやろうな」
翠屋の奥の席へと場所を移し、何処から持ち出してきたのか、白いフリップボードに、シードに関する情報を書き込んでいくすずかちゃんと、はやてちゃん。
手渡されたコピー用紙には、シードに関する目撃情報は勿論、その周辺場所に関する目撃者への質問及び回答等、かなり細かい部分まで調べている事が分かった。
はっきり言って、小学生が一日か二日で集められるような情報ではない。
どうやらこの二人、随分と前からかなり気合を入れて、シードを調べていたようだ。
更にここに、ホルダー特務課が所持する、ホルダーに関する捜査データが加わるとなると……前回のような誤魔化しは通用しないかも知れない。
「どうしたんや純君?」
「……いや、何でもないよ」
動揺が顔に出ていたのか、はやてちゃんに声を掛けられる。
出来るだけ平静を装って返事をするが、内心ではこれからどうするべきかと、かなり焦っていた。
ちなみに俺が、この海鳴美少女探偵団と暴走長谷川さん連合の会議に、当然のように参加している理由は、はやてちゃんとすずかちゃんいわく、俺は有名な推理小説で言うところの、助手的な位置付けに居るからなのだそうだ。
「次にSの戦い方についての報告を、長谷川さんからお願いします」
すずかちゃんから良く先生が持っている銀色の伸びる指揮棒らしき物を受け取り、長谷川さんが数枚の写真をペタペタとフリップボードに貼り付ける。
完全な余談ではあるのだが、あの伸びる指揮棒の先端のキャップは取り外しが出来るようになっていて、その正体はボールペンなのだと、前世の中学時代に友人から教えてもらった。
「僕自身、彼とは何度か共闘してきた訳ですが、戦闘方法は多彩で無手による近接格闘から、棒術と射撃に剣術を使いこなします。他にも使用例は少ないですが、鎖鎌や斧なども僕自身が見たものや、地域住民の目撃情報から分かっています。要訳すると基本的に必ず無手での近接格闘から入り、状況に応じて戦闘スタイルを変えるというのが、僕個人としての見解です」
「長谷川さんの説明で分かるのは、Sは戦闘のプロフェッショナルという事や」
「其処で、ここ海鳴市の複数の格闘技に関係する施設を、重点的に調べ上げました。それがこの地図に記されている印の箇所です」
長谷川さんの説明の総括をはやてちゃんが行い、それに続き流れる様なタイミングですずかちゃんがテーブルに地図を広げる。
何だろうか、この三人の見事なまでのコンビネーションは……。
「100パーセントではないですが、Sの正体が格闘技に通じている人物である可能性は低くないです。そこで近隣の格闘技に関係する施設を構成するメンバーから、Sに近い背格好の人物とおおよその行動からSの目撃された日時、及び時間帯におけるアリバイから、人数と施設を更に絞り、最も怪しいののがこの場所」
淡々と説明しながら、すずかちゃんが地図の一点を示す。
それにしてもすずかちゃんが、何だか怖い。
他の二人もそうなのだが、微妙に口調も普段と違い、淡々とした事務的な感じになっている上に、目が据わっている。
まあ、怖いには怖いが幸いにも三人の推理は、正解からかなり遠い位置にある事が分かったので、少しだけ安心した。
若干の余裕を持って、俺はすずかちゃんが指し示した地図の位置を確認する。
「……海鳴ボクシングジム」
俺は無意識に、その場所を声に出していた。
「という訳で、今日は体験参加として一緒にトレーニングする事になった二人で、長谷川君と板橋君だ。是非ボクシングを好きになってもらいたいと思う。宜しくな皆」
輝く頭部と右目に黒い眼帯を着けた、出っ歯のトレーナーさんに紹介され、俺と長谷川さんは御辞儀をした。
ここは海鳴ボクシングジム。
俺と長谷川さんの立場は、所謂お試しを兼ねた体験参加という奴に位置付けされている。
あの意味不明な迫力満載な作戦会議から、数日後の日曜日。
どうして俺達がボクシングをする事になったのか……。
それはあの作戦会議においての決定で、俺と長谷川さんが潜入調査する事になってしまった為である。
かなり意味合いは違うが、少し前の合宿中にも潜入調査をしたという経緯がある俺としては、少し微妙な心境だったりもするのだが……。
「それじゃあ、まずは柔軟から始めようか」
ツルピカヘッドの眼帯トレーナーさんの指示に従い、柔軟を開始する。
隣りで柔軟する長谷川さんは任務を遂行するべく、ジム内で修練に励むジムの皆さんに眼を光らせるが、その目的である当人の俺としては、特にこの任務を真面目に遂行する意味を感じないので、長谷川さんに怪しまれない程度に周囲に気を配りつつ、比較的真面目に柔軟に取り組む。
不本意な怪我をしない為にも、準備運動はとても大切だという事は、高町宅の道場で嫌という程に(強制的)学んでいるつもりだ。
「柔軟が終わったなら今度はロードワークだ! と言いたいところだが折角の機会だからな。ボクシングの花と言えばパンチだ! 其処でサンドバックを叩いてみろ!」
ガハハと豪快な笑い声を上げながら、トレーナーさんは俺達にテーピングのやり方を実演してくれて、練習用のサイズを合わせたボクシンググローブを持って来てくれた。
左ジャブから始まり、右ストレートに、左右のフックとアッパー。
一通りの種類のパンチの基本的な撃ち方の説明を受けて、俺はひたすらサンドバックを叩き続ける。
当然ながら長年この道の修練を重ねて来たジムの人達と同じようにはいかないが、それでも普通に意識せず拳を繰り出すよりも、威力は増しているように思えるから不思議だ。
合宿中に玄大さんから習った古武術でも突きの練習はしたが、俺の場合は体格的にも子供という事もあり、相手の体勢を崩す事を念頭においた形の突きを練習する事が殆どで、純粋に拳による攻撃の威力を増すという事は無かった。
だからだろうか、少し他の武術に触れた程度ではあるが、多くの格闘技の中でもボクシングという、パンチの威力が勝負に大きく直結する競技の凄さが余計に伝わったように感じて、俺はサンドバックを叩く度に感動を覚える。
俺がサンドバックを叩きつつ、そんな感動に浸っていたその時だ。
『キンキュウケイホウキンキュウケイホウキンキュウケイホウ……』
念の為にズボンに忍ばせておいたタッチノートから警報が鳴り響く。
その直後、リングの上から何か巨大な物でも突っ込んで来て、正面衝突したような轟音が響いた。
その轟音に、俺を含めたジム内の全員の視線が、リングの上へと集まる。
確かリングの上では、スパーリングという実際の試合に近い形式で行う練習が行われていた筈だ。
だが実際にリングの上で行われていたのは、スパーリングをしていた二人のボクサーが異形の怪物に襲われているというものだった。
鈍く銀色に輝く、鋼の肉体を持ち、鶏の様な顔をしているが翼は無く、拳の手の甲が異様に膨らんで、まるでボクシンググローブを付けているように見えるこの異形の怪物は、間違い無くホルダーだ。
逸早く異常に気が付き、ジムの中に居た誰かが怪物が出たと叫びを上げ、それを合図に全員がこの場から逃げ出そうと動き出す。
混乱する人達を、避難誘導する長谷川さんには悪いと思いながら、その混乱に乗じて一旦外へと出た俺は、ジムの裏手に回り、タッチノートを開き操作する。
「聞こえるかメカ犬!」
【『うむ。ホルダーが現れたのだろう。今そちらに向っている』】
通信機能でメカ犬と連絡を取ると、既にメカ犬はこっちに向っている最中だったようだ。
メカ犬の話では後、五分もすれば到着するらしいが、ジムで暴れるホルダーが待ってくれる訳が無い。
ジムのガラス窓が破られて、ホルダーが勢い良く表へと飛び出してきた。
その直ぐ後を追って、長谷川さんも表へと飛び出す。
すると、ほぼ同時にサイレン音が此方へと近付いて来る。
そのサイレン音の発生源となっていたのは、無人のマシンドレッサーだった。
この話は、以前に恵美さんから耳にタコが出来るまで聞かされた話なのだが、長谷川さんが普段から身に着けているEブレスによって、マシンドレッサーを誘導操作する事が出来るそうだ。
サイレン音と共に、颯爽と登場したマシンドレッサーはその勢いのまま表へと出て来たホルダーに体当たりをお見舞いして吹き飛ばす。
「今だ!」
それを好機としたのか、長谷川さんは続けてEブレスを操作していくと、マシンドレッサーがバイクから、箱型へと変形して、長谷川さんはその中に飛び込んでいき、シャッター状の扉が閉まる。
「変身」
マシンドレッサーの中から長谷川さんの声が響くと、中から様々な機械音が聞こえたかと思うと、扉が開き中からメタルイエローのボディーが輝く一人の戦士が、その姿を現す。
長谷川さんが仮面ライダーE2への変身を無事に終えた頃、吹き飛ばされたホルダーがダメージから回復したのか、立ち上がりE2に対して明らかな敵意を示す。
拳をファイティングポーズにして飛び込んでいくホルダーに対して、E2は腰のホルスターから専用銃であるESM01を抜き放ち、ホルダーに標準を合わせて、引き金を引く。
放たれた弾丸は、容赦無くホルダーへと向うが、その弾丸は何とホルダーの繰り出した拳によって叩き落されてしまう。
E2は更に弾丸を次々に、ホルダーへと向けて放つが、その全てがホルダーの拳に撃墜される。
そしてホルダーはE2との距離を詰める事に成功し、全ての弾丸を叩き落とした脅威の拳の猛威を、E2に対して繰り出す。
「くっ!?」
その攻撃に対して、どうにか反応したE2は咄嗟に防御体勢に入るが、ホルダーの繰り出す拳の威力は凄まじく、身構えたE2の右腕に当たり、その衝撃によって手にしていたESM01が弾き飛ばされてしまう。
更にE2の腕は、弾き飛ばされたESM01と共に、上へと押し上げられており、其処へ狙い済ましたかのようにホルダーは懐へと潜り込み、E2の脇腹へとリバーブローを叩き込んだのだ。
「うっ!?」
悶絶するE2に対して、更なる攻撃を仕掛けるホルダー。
もうこれ以上は見ていられないと、俺が飛び出そうとした瞬間である。
『待たせたなマスター!』
宣言通り、五分で駆け付けたメカ犬が、俺の前に現れた。
「遅いぞメカ犬!」
後もう五秒遅かったら、俺は生身でホルダーに特攻を仕掛けてたぞ。
『すまないなマスター。だが今は急ぐのだろう? 話は後でゆっくりとしようか』
「……まあ、そうだな」
俺はメカ犬の指摘を受けて、若干の冷静さを取り戻し、改めてタッチノートを開く。
『バックルモード』
タッチノートのボタンを押した事により、音声が鳴り響きメカ犬がその姿をベルトへと変形させて、俺の腹部へと自動的に巻きつく。
「変身」
必要となる音声キーワードを口にして、俺はタッチノートをベルト中央の溝部分へと差し込む。
『アップロード』
タッチノートを差し込んだ直後、俺の全身は眩い光に包み込まれ、その姿を一人の戦士へと変える。
シードへと変身を果たした俺は、ピンチに陥っているE2を救う為に、勢い良く飛び出しホルダーに真横から飛び蹴りを見舞い、吹き飛ばす。
だが咄嗟に先程まで攻撃に使用していた拳を間に挟み込み、俺が放った蹴りの威力を半減されてしまい、直ぐに体勢を立て直してしまう。
俺は異様な強さを示すホルダーに、得体の知れない不気味さを感じながら、立ち上がったE2と共に迎え撃つ為に身構える。
それをホルダーは、まるでボクシングの試合の第二ラウンドが始まるかのように、再びファイティングポーズを取り、凄まじい勢いで俺達に向って駆け出した。