魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
「あ、帰ってきた!」
光写真館の扉が開くと同時に、それまで心配そうに眉を八の字に曲げていたユウスケが声を上げた。
その声に反応して夏海と栄次郎も入り口に視線を向けると、一気に場の雰囲気が暖かくなる。
「……あの、心配させて……ごめんなさい」
皆の視線に先に居たアリサが、士に背中を押されながら前に出て頭を下げる。
「いえ、アリサさんが無事で何よりです」
アリサが無事に戻って来た事に安堵する夏海の近くで、栄次郎も朗らかな笑みを浮かべながら頷く。
「そういえば、純はどうしたんだ?」
暫くして場が和んだ頃、士が店内を見回しながら、この場で最もアリサを心配していたであろう人物が居ない事に疑問を覚える。
「それが、まだ戻って来ないんだよ」
「もしかしたら、まだアリサさんを探しているんじゃないでしょうか?」
ユウスケの返答に続き、夏海が一つの可能性を示唆する。
「それじゃあ、戻ってくるまでゆっくり待つとするか」
それを聞いた士は、そう言いながら二人に背を向けて、空いていた椅子に優雅に腰掛けるが、士はこの時、完全に油断していた。
「笑いのツボ!」
座った次の瞬間に、夏海が怒りを込めた叫びと共に、強烈な指突を士の首筋に突き刺した。
「お、おま、夏ミカン……いきな……あ、は……は……あハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」
唐突に行われた夏海の凶行に対して異議を申し立てようとした士だったが、その願いは叶わず、酸欠状態になるのではないかと思える程の爆笑を始める。
その光景を前にアリサは驚愕に目を見開き、この光景を見慣れている他の光写真館の面々は、ただ苦笑いを浮かべるばかりだ。
笑いのツボ。
それは夏海だけが知る人体の急所の一つであり、其処を突かれた人は、自身の意思とは無関係に、笑う事を止める事が出来なくなってしまうという恐怖の技……らしいが医学的な根拠は無く、その事実は今も多くの謎に包まれている……
「薄情ですよ士君!今も純君はアリサさんを心配して探し回っている筈なんですから、迎えに行こうの一言くらい言ってください!」
「そ、そうだな。うん、そうした方が良いよ士!」
夏海の言っている事は正しいと思いながらも、流石に笑いのツボはやり過ぎではないかと、密かに思いながらユウスケはその思いを口にする事無く、夏海の意見に便乗して、今も笑いのツボの効果で、床を転がりながら笑い続けている士を窘めた。
「さあ、こんな薄情な人は放って置いて、私達で純君を迎えに行きましょう!」
まるで汚物でも見るかの様な瞳で、床に転がりながら笑い続ける士を一瞥した夏海は、ユウスケとアリサを連れ立って写真館を飛び出して行った。
『人は笑い続けると、こういう事になるのだな……』
置き去りにされた状態でなお、笑いながら床を転がる士を観察しながら、事の終始を静かに見守っていたメカ犬が、人体の神秘を垣間見ながら、重く口を開いた。
俺は今、生きている事の素晴らしさを実感していた。
アクセスによって遥か彼方に飛ばされて、このまま死ぬのではないかと本気で覚悟した俺だったが、そんなき窮地に立たされた俺を救ってくれた救世主が現れ、状況は一変したのである。
「いや~本当に助かりましたよ」
『良いのよマスター。それよりも大変だったわねぇ』
俺は救世主であるチェイサーさんに跨りながら、感謝の言葉を口にした。
空中に投げ出されてから暫くして、このまま何か障害物が飛ばされた方向にあれば、確実に死ぬなと、何処か他人事の様に考えていた俺の目の前にチェイサーさんが現れたのだ。
何でもチェイサーさんはこの時間帯に良く道路を爆走という散歩を日課にしているそうなのだが、今日は普段と気分を変えて、空中散歩に興じていたらしい。
幸いにもチェイサーさんと俺が空でニアミスした頃には、アクセスの能力の効果が弱まっていた為か、かなりスピードも落ちていたので救助がバイオレンスな事態にはならずに済んだ。
暫く空中でチェイサーさんとの世間話に興じていると、眼下に光写真館が見えてきた。
あれから時間も経っているし、もしかしたらアリサちゃんが戻って来ているかも知れない。
ちなみに、曲りなりにも俺を助けてくれた鳥羽さんに加勢しに行こうという気は、毛頭無いと断言しておく。
そもそも今の俺が言っても出来る事は無いし、相手が海東さんならば余程の事が無い限りは、掠り傷程度で済むだろう。
それどころか、下手をしたら楽しんでいるところを邪魔されたと言って、理不尽な怒りを買ってしまう可能性すらある。
触らぬ神に何とやらという奴だ。
『アリサちゃんが戻ってなかったら、足が必要でしよ?アタシはここで待ってるから、マスターは取り敢えず確認だけしてきちゃいなさい』
「ありがとうございますチェイサーさん」
光写真館に辿り着いたチェイサーさんは、ホバーモードから通常のバイク形態に変わると、近くに駐輪されていた士さんの愛機であるバイク、マシンディケイダーの横に陣取りながら、俺にそう告げた。
俺は再び感謝の言葉を述べてから、淡い期待と不安を込めて光写真館の扉の前に立つ。
もしもアリサちゃんが帰って来ているならば、何故タッチノートを持ち出したのか、ちゃんと理由を聞こう。
そう考えながら俺が扉を開けると……
「あっはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハはハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははだだだははははははははははははははははははははははははははれははははははははははかアハハはハハはハハはハハはハハとめはははははははははははははははははははてははははははははははははははははははくハハはハハはハハはハハはハハれえええええええええええええええはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!」
扉を開けた瞬間。
其処にはカオスな光景が広がっていた。
玄関先で士さんが半狂乱に笑いながら、床を転げまわっている。
そしてその様子を、メカ犬が興味深そうに観察していた。
『うむ。戻ったかマスター』
「……取り敢えず、ここで何があったのか順を追って説明してくれるか?」
士さんの異常とも言える奇行を前にしても、相変わらずなメカ犬の挨拶に対して、俺はそう返答するのが精一杯だった。
しかし説明してもらうよりも前に、士さんの目がこれ以上続けたら死ぬのではないかと心配になるほど笑っているのとは逆に、据わっていたので話は今の士さんをどうにかしてからになるだろう。
「……夏ミカン……今回はいつも以上に酷かったぞ……」
「あはは……」
漸く夏海さんの笑いのツボの効果が切れて、栄次郎さんが淹れてくれたお茶で喉を潤した士さんは力無く呟きながらテーブルに突っ伏し、俺はその様子に苦笑いした。
力尽きた士さんはさて置き、メカ犬に詳しく何があったのかを聞いたところ、どうやらアリサちゃんは一度、士さんと公園で話をした後に、光写真館に戻ってきたらしい。
公園があるのは、俺が走って行った方角とは真逆だったので、一度戻って来て正解だ。
しかし擦れ違いに夏海さんが、ユウスケさんとアリサちゃんを連れ立って、俺を迎えに行くと言って出て行った。
「チェイサーさんと空からこっちに来た時も、三人の姿は無かったしな……」
俺も、もう一度探しに行ってみようかと考えたが、これ以上動いてまた擦れ違ったりすれば面倒だし、海東さんと今のシードに変身出来ない状態でニアミスするのは避けたい。
そんな事を考えながら、どうするべきかと考えていると、入り口の扉が開かれる音が俺の耳に届く。
『もしかしたら、早々に戻って来たのではないか?』
メカ犬が一つの予想を提示するが、扉を開く音がした後、誰かが奥にまで入ってくる気配が全く無い。
「……何か変じゃないか?」
此方まですぐに来ない事から、純粋に写真館を見に来たお客さんかも知れないかと思っていたのだが、暫く待ってみても、何も反応が無かったので俺はそう言いながら首を傾げる。
「気になるなら見に行ってみたらどうだ?」
暫く経って体力が回復した士さんの提案に俺は頷きつつ、玄関先に様子を窺いに行く。
「え!?」
玄関先に着いた俺は思わず声を上げてしまっていた。
何と玄関に一人の男性が倒れていたのである。
しかもそれが、俺の知る人物であるならば、驚きも更に大きくなるというものだ。
「ユウスケさん!?」
俺は倒れていたユウスケさんの下へと駆け出した。
更に俺の声を聞き、士さんと栄次郎さん、メカ犬も慌てた様子で、此方へと駆け着ける。
近付いて気付いたのだが、ユウスケさんは全身に打撲や細かい切り傷などを負っている状態だった。
「おい!しっかりしろユウスケ!何があった!?」
士さんがユウスケさんを抱き起こしながら、意識があるかどうか確認すると、ユウスケさんが今まで閉じていた両目を薄っすらと開ける。
どうやら意識が戻ったらしい。
「……この先の……公園に……急げ……夏海ちゃんと……アリサちゃんが……捕まった……」
ユウスケさんは途切れ途切れにそう告げると、再び意識を手放したのか、自身の身体を完全に士さんに預けた。
「……二人が捕まった?」
あまりにも突然の事態に、暫く頭が働かなかったが、少しの時間を置いて、漸く何が起こっているのかを把握した俺は誰に言うでも無く、口を開いていた。
「確かユウスケは、公園に急げと言っていたな」
士さんは気を失ったユウスケさんを栄次郎さんに預けながらそう言って、扉に手を掛け、俺もその後へと続く。
『少し冷静になれ二人とも。これはどう考えても罠だぞ?』
そんな俺と士さんをメカ犬が呼び止める。
「そんな事は分かってるさ」
「でも、それでも行かなくちゃいけない事に変わり無いだろ?」
メカ犬に対して即答するメカ犬に続き、俺もメカ犬に返答を返す。
先程もメカ犬が言っていた通り、これは罠と思って間違い無いだろう。
大体この状況でこんな事を仕出かすのは、奴等を置いて他に考え付かない。
それが分かっている、だからこそ罠だと知っていても行かなくちゃならないのである。
「メカ犬。俺はアリサちゃんからちゃんと話を聞きたい。その上で俺も伝えたい事があるんだ」
『……どうやら止めても無駄の様だな』
俺達を止めるのを諦めたのか、俺の肩に飛び乗るメカ犬だったが、何処と無くその口調は嬉しそうに思えた気がした。
『あらマスター。アリサちゃんは戻っていたの?』
「いえ、それよりも緊急事態なんです。この先にある公園まで急いでもらえますか?」
光写真館を出て直ぐに駐輪場にやって来た俺は、隣で士さんがマシンディケイダーに跨るのを横目に、チェイサーさんに話し掛けながらシートに飛び乗る。
『良いわよん。飛ばすからしっかり掴まっててねマスター』
チェイサーさんは俺の話しに二つ返事で答えると、俺をストッパーで固定すると、エンジンに爆音を響かせ、シート上部に黒いライダースーツを着た運転手の立体映像を映し出した。
変身している状態ならいざ知らず、子供の姿をした俺が運転する訳にも行かないので、その処置である。
瞬く間に全ての準備を終えて、二台のバイクが周囲に爆音を轟かせながら、走り出した。