魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~   作:G-3X

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第八話 小さな願いを叶えるために【前編】

夏と言えば何が思い浮かぶだろうか。

 

レジャー好きな人なら山だろうか。

 

避暑地に選ぶならばやはり海を選ぶのがベターな選択かも知れない。

 

食べ物なら冷たい物が自然と欲しくなるだろう。

 

日本でのカキ氷やアイスの売り上げは夏が最高値を示すのは揺ぎ無い事実だ。

 

他にも祭りや何やらとイベント満載な季節であるが、俺達学生が総じて楽しみとしているのは、やはり夏休みと言っても過言ではない筈である。

 

小学生の夏休みと言えば宿題と朝のラジオ体操という名の敵の存在さえなければ、最高の一時だ。

 

まあ、超が付くほどの朝型人間で中身大学生の俺にとっては、こいつ等夏の二強は敵にすらならない。

 

ならば俺は、さぞかし有意義な夏休みを満喫しているのだろうと思うかもしれないが、世の中はそんなに都合良く出来ていない物だ。

 

それと言うのも・・・

 

「店員さん。こっち注文お願いします」

 

「はい!ただいま!」

 

俺は声に反応しその場所に素早く移動する。

 

「お勘定お願いしたいんですけど?」

 

「少々お待ち下さいませ!」

 

更に移動速度を加速させて声に対応していく。

 

俺は今ウェイターとして、アルバイトに精を出しているからだ。

 

何で現在小学生の俺がウェイターをしているのかというと、俺が今現在働いている喫茶店翠屋を経営している、高町家の家庭事情に起因している。

 

普段ならばウェイターをやっているのは、高町家の長男である恭也君と、同じく長女でウェイトレスの美由希さんなのだが、その二人が同時に不在となっているためだ。

 

まず恭也君なのだが、現在友達と旅行に行っている。

 

しかもその友達は皆美少女だった。

 

売れっ子アイドルが多数所属している事務所から選別したとしても歯が立たないであろう、凄まじいレベルの美少女達だ。

 

ちなみにその中には、すずかちゃんのお姉さんもいるらしい。

 

お姉さん経由によるすずかちゃんの情報によると、この美少女達は皆恭也君に好意を持っており、今回の旅行、その実態は恭也君の彼女を決める乙女の聖戦だとか。

 

まあ、恭也君の代わりに汗水流して働いている俺の意見を言うのなら・・・

 

リア充はモゲてしまえばいい。

 

何処かとはあえて言いはしないがモゲてしまえばいいと心の底から渇望している。

 

思い出すとムカつくので、イケメンリア充の事はこれぐらいにして置き、次は美由希さんだ。

 

美由希さんは何処かに泊り込みに行っている分けでも無く、高町宅に居る。

 

いや、居るのだが恭也君と反対に、美由希さんは一歩も家から出る事が出来ない状況に置かれているのだ。

 

今の美由希さんは中学三年生である。

 

そう、今という日本の受験戦争を戦い抜く、受験生という名のソルジャーなのだ。

 

そして恐ろしい事に、このソルジャーは期末試験で赤点と呼ばれる、敵の総攻撃を受け満身創痍の、重傷となってしまったのだ。

 

なので現在は、二学期から前線へと復帰する為に、鬼気迫る勢いで勉強に取り組んでいる。

 

彼女が翠屋に帰還する事が出来るのは暫く先の話になるだろう。

 

唯一自由に行動できるのは、高町家が誇る、ある種のリーサルマスコットのなのはちゃんだが、ちょっとしたお手伝いなら兎も角、本格的な接客となると体力面が持たない事は結果を見るまでも無く明らかだ。

 

喫茶店の接客業とは、その見た目に反してかなりの体力が求められるのだ。

 

二年後位なら何とかなのはちゃんでも、できる様になって来るかもしれないが、現状では難しいだろう。

 

今この場に必要なのは集客率を高める存在ではなく、店を回せる事が出来る即戦力だった。

 

以前に雑誌に載ったおかげか翠屋に訪れるお客さんは随分増えたのだが、戦力となる二人が不在な為士郎さんと桃子さんの二人では対応が追い着かない。

 

今からアルバイトを雇うにしても、研修をさせている暇が中々無いのである。

 

その翠屋の現状で白羽の矢が立ったのが俺だった。

 

俺は以前にもこの翠屋で、とある理由から、一時期アルバイトをしていた。

 

なのはちゃんと同年代ではあるが、隣のシスコンお兄様のおかげで、体力はかなりある。

 

仕事も前世のファミレスのバイトで培った経験で直ぐに覚えたので、そこらのバイト初体験な高一の若者よりも役に立つと自負できる。

 

それに普段から懇意にしてくれるお隣さんの頼みとあれば、そう無碍には断る事も出来ない。

 

まあ、最後はバイト代弾むからと言う士郎さんの一言により俺はあっさりとバイトを承諾した。

 

俺が主にシフトに入っているのは午前中から昼過ぎまでだ。

 

最近は夏休みという事も有るのか、お昼時が一番混むのだ。

 

それさえ過ぎれば、後は二人でも何とかなるそうなので、偶に夕方にシフトが入るぐらいである。

 

「ありがとうございました~」

 

お昼時の最後のお客さんをお見送りして俺は漸く一息ついた。

 

未だに店内にお客さんは数人居はするが、その誰もが常連さんで、店内での一時を楽しんでいるため、暫く呼ばれる事は無いだろう。

 

店の柱に立て掛けている時計に目をやると、時計の短針は間も無く二時になろうとしていた。

 

そろそろ俺の今日の労働時間が終了する頃だ。

 

程無くして、士郎さんに呼ばれて今日もご苦労様と労いの言葉を貰い、翠屋で少し遅めの昼食を食べた後に、店を出た。

 

普段ならこの後、誰かと遊びに行ったりするのだが、生憎今日の俺は、母さんからお使いを頼まれていたので、遊びには行かず商店街を目指した。

 

今回のミッションは醤油を無事に確保する事だ。

 

もう板橋家には醤油の備蓄は残り少なく、このままでは、後数日で我が家の食卓から、日本人の魂である醤油が消えてしまうのである。

 

生粋の日本人として、そのような惨事は未然に防がなくてはならない。

 

板橋家は揃いも揃って和食党なのだ。

 

そんな日本人としての決意を胸に秘めながら商店街を目指していると、俺の視界に一人の少女の姿が映り込んだ。

 

「う~ん・・・動けへん」

 

往来の道の隅で少女はそう言いながらうんうんと唸っていた。

 

普通なら昼間から道の隅っこでそんな事をしていれば、何だこの子はと思うかもしれないが、少女はとある事情の為かそれは自然な行動に見えていた。

 

少女は車椅子に乗っていた。

 

そして右側の前輪が溝に挟まっている様で動けないで居るのだ。

 

周りを見渡すが俺と車椅子の少女以外に通行人の姿は無い。

 

ならば俺が取るべき行動は一つである。

 

「大丈夫かい君?」

 

「ふえ?」

 

俺は少女に声を掛けた。

 

車椅子の少女は今まで必死で俺の存在に気がつかなかったのか、間の抜けた声を上げた。

 

「今引っ張り上げるから少しジッとしててね」

 

「は、はい」

 

少女は俺の言葉に素直に従って車椅子の手すりを掴み、自らを固定した。

 

俺はそれを確認してから力一杯車椅子を引っ張った。

 

車輪は幸いな事に力を加える場所が変わった為か、直ぐに溝から出てくれた。

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

少女は遠慮しがちにお礼を言ってきた。

 

さっきまで気にして無かったが改めて少女を見てみるとかなりの美少女である事に気がついた。

 

なのはちゃん達の様な派手さは無いのだが、目の前の少女は、日本人特有の清楚な感じを纏っている気がする。

 

「わ、私の顔に何か付いてはるんでしょうか?」

 

俺が少女の顔をずっと見ていた為だろうか、少女は思案顔になりながら聞いてきた。

 

「ああ、ごめん。何でも無いから気にしないで」

 

何時までも人様の顔を見てるのは失礼なので、俺は少女の顔から少しだけ視線を逸らして、適当に誤魔化した。

 

「さっきは助けてもらって本当にありがとうございます」

 

「いや、困った時はお互い様だから」

 

「それで、私何かお礼をしたいんやけど、何か私にして欲しい事ってありますか?」

 

「いや、お礼なんて別に・・・」

 

別に要らないですと返そうとした所、俺は一つ思いついた。

 

「・・・それじゃ一つ頼みたい事が有るんだけど良いかな?」

 

「はい。私に出来る事なら喜んで」

 

俺は少女の合意の返答を聞き笑顔で頼み事を告げる。

 

「それじゃあ、俺と付き合ってくれるかな」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~君のおかげで得しちゃったよ」

 

「御礼やから気にせんでええよ」

 

俺と少女は海鳴商店街最寄のスーパーから出てくると、そんな会話を交わした。

 

俺の手には先程出てきたスーパーのレジ袋が握られており、その中にはお徳用サイズ醤油のボトルが二本収まっていた。

 

「お一人様一本までの安売りだったから、二本も買えるとは思ってなかったからね」

 

「それにしても、頼みがあるって言うた次に出てきた言葉には驚いたんよ」

 

「ははは、ごめんね。何か変な誤解させちゃったみたいで」

 

俺がこの少女に頼んだ事とは、一緒にスーパーに来てもらってレジに並んで欲しいという事だった。

 

今日はスーパーの特売日であり、醤油がお一人様一本限りのお値打ち価格だったのだ。

 

他の食材は前日に母さんが買っていたが、醤油の安売りが今日だった為に俺がお使いを頼まれたのである。

 

主語を入れずに言ってしまった俺の一言で、少女にあらぬ誤解を与えてしまったが、最後は快く了承してくれたので、無事にミッションを達成する所か、それ以上の結果を得る事に成功できた。

 

「さてと、それじゃ早速これを家に届けないとな」

 

「あ、うん・・・そうやね」

 

俺の言葉に少女は少しだけ寂しさを含ませた表情をした。

 

少なくても俺にはそう見えた。

 

「それじゃあ、私はこれで・・・」

 

俺はそう言って背中を向けて車椅子を押す少女を見て、何処かであの表情を見た事がある様な気がした。

 

「ふえ?」

 

少女は驚いた様な声を上げた。

 

それもその筈である。

 

俺が車椅子の背もたれに設置されているグリップを突然掴んだ為に、少女は驚いてしまったのだ。

 

「送ってくよ」

 

何故だか俺はこの一人の女の子を放ってはいけない気がして、自然と身体が動いていた。

 

「で、でも君に迷惑やない?」

 

「全然そんな事ないよ。それと板橋純」

 

「え?」

 

「俺の名前は板橋純。よろしく純って呼んでくれれば良いよ。君の名前は?」

 

そういえば俺達はお互いの名前すら知らないんだなと思った俺は取り敢えず自己紹介してみる事にした。

 

「えっと・・・」

 

何やら戸惑いを見せている少女。

 

仕方ない・・・あんまり俺のキャラじゃ無いが、笑いでも取りにいって見るか。

 

「可愛らしいお嬢さん。宜しければ、しがない一般庶民なこの俺にその可憐なお名前を教えては頂けないでしょうか?」

 

少しおどけた態度で言ってみる。

 

・・・ああ、恥ずかしい!

 

「・・・」

 

外したか!?

 

何かキョトンとした顔でメチャクチャ俺の顔を凝視してるんですけど!?

 

俺にとって痛すぎる沈黙が支配する。

 

だがその沈黙は間も無くして、少女の変化を伴う事で終わりを告げる。

 

何やら少女は小刻みに震えだした。

 

俺が慌てて少女の前に回りこみ表情を確認すると、何かを必死に耐える様な顔をしていた。

 

少女の目の前に俺が回りこんだ事で互いの視線が重なる。

 

それが少女の最後の防波堤を崩したのだろう。

 

「・・・ぷふ」

 

少女はお腹を抱えて笑い出した。

 

失礼な事に涙を流す程に、勢い良く笑っている。

 

まあ、先程の痛い沈黙と比べれば、断然此方の方が良い。

 

暫く笑いは収まらなかったが、やがて落ち着きを取り戻し始めた様で、少女は俺に話し掛けてきた。

 

「き、君やなくて・・・純君。ほんまにおもろいな~。私こんなに笑ったの始めてかもしれへんよ」

 

笑いすぎた為に目頭に溜まった涙を拭いながら少女が言う。

 

「お気に召して頂きありがとうございます。お嬢様」

 

「・・・はやてや」

 

「ん?」

 

少女が一度呟くように言葉を零した。

 

「私の名前。八神はやて。はやてって呼んでくれてええよ」

 

今度ははっきりと自分の名前を言う少女、はやてちゃん。

 

「はやてちゃんか、良い名前だね」

 

「そうやろ」

 

俺とはやてちゃんは今度は穏やかに笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがはやてちゃんのお家か」

 

俺とはやてちゃんは雑談しながら移動してはやてちゃんのお家である八神宅に辿り着いた。

 

ここに来るまでに幾らか話をした。

 

どうやら俺とはやてちゃんは同い年らしい。

 

しかも驚いた事に私立聖祥大附属小学校の学生だったのだ。

 

現在は足の事もあり、休学中だそうだが、勉強はかなり得意なんだそうだ。

 

「送ってくれたお礼にお茶でも飲んでいかへんか?」

 

はやてちゃんは俺に家に上がる様勧めてくる。

 

突然お邪魔するのは、はやてちゃんのご家族の方に迷惑になるんじゃないかと思い断ろうとしたんだが、その俺の雰囲気を感じ取ったのか、はやてちゃんは先程スーパーの前で見せたのと同じ表情をした。

 

「・・・それじゃ少しだけお邪魔させて貰おうかな」

 

またあの寂しさを含んだ笑顔だ。

 

何故かあの顔を見ると俺は、はやてちゃんを放って置けなくなる。

 

俺ははやてちゃんに促されて八神宅に入る。

 

玄関に入る際に一匹の猫が視界の隅に入ったのだが、俺の視線に気が付いたのか何処かへ走り去ってしまった。

 

まあ、猫っていうのは余程人に慣れていなければ、警戒心の強い生き物だから仕方ないだろう。

 

俺は猫の生態について考えながらお邪魔しますと言って八神宅に改めて入った。

 

「すぐに準備するから、適当に座って待っとってな」

 

俺をリビングに案内したはやてちゃんはそう言ってキッチンに向かっていった。

 

俺は特にやる事も無いので部屋の様子を観察する事にした。

 

室内のあちこちには、手摺や、床にも傾斜になる板が設けられている等、車椅子の生活でも不自由にならない様な様々な工夫が施されていた。

 

でも何故だろうか。

 

その正体が分らないのだが、妙な違和感を覚える。

 

俺が得体の知れない、妙な感覚に頭を悩ませていると、はやてちゃんが車椅子の取っ手にトレーを固定させた状態でやって来た。

 

「お待たせ。お茶もってきたで」

 

固定されたトレーの上にはお茶が入っているであろうポットと二つの湯飲み、それとお茶菓子であろう煎餅が数枚乗っかっていた。

 

「手伝うよ」

 

流石にこれをテーブルに置くのは、はやてちゃんには難しそうなので、俺は手伝う事を宣言する。

 

「おおきにな」

 

俺ははやてちゃんから了承を貰い、トレーをテーブルに移動させる。

 

全ての準備が整い俺とはやてちゃんはお互いに向き合う形で席に着く。

 

「それじゃあ頂きます」

 

「どうぞ召し上がれ」

 

俺の言葉にはやてちゃんが笑顔で返す。

 

何だかくすぐったい気分だ。

 

俺が煎餅を一口食べてから、はやてちゃんの淹れてくれたお茶を飲んでいると、はやてちゃんが、そんな俺の様子を見ながら何やらニヤニヤしているのを視界に捕らえた。

 

「如何したの?」

 

俺が質問すると、はやてちゃんは笑顔のまま、目を細めて幸せそうに言葉を紡いだ。

 

「う~ん何かな・・・凄い嬉しいんよ。私な、誰かと家でこんな風にお茶をした事なんて無かったから・・・」

 

はやてちゃんはそう言ってから、お茶を一口飲んで話をし始めた。

 

「私な、両親がいないんよ。物心がついた頃には一人ぼっちやった。何か事故でお父さんもお母さんも亡くなったんやって」

 

「・・・・」

 

俺は無言ではやてちゃんの話を聞き続ける。

 

「血の繋がった親戚も誰も居らんでな、本当は施設に預けられる筈やってんけど、お父さんの知り合いやっていうグレアムさんって人が色々援助してくれて、私がある程度の年齢になるまでの財産管理までしてくれる事になったんよ。本当はその人の所で一緒で暮らすのが筋なんかも知れんけど、その人名前の通り海外の人でな、私こんな身体やし・・・治療はここでするのが一番ええからって事で一人暮らししてるんよ」

 

まあ、ヘルパーさんが一週間に一回尋ねてきてくれて色々してくれるんやけどなと、はやてちゃんはこの会話を締める様にまたあの笑顔を浮かべながら言った。

 

「でも、不思議やな・・・純君とは初対面なのに色んな事話したいって思ってまうんよ」

 

俺は気づいた。

 

この部屋の違和感。

 

そしてずっと引っ掛かっていたあの笑顔の正体に・・・

 

俺は以前にも同じ表情を見たことがある。

 

小学校に上がる前のお隣の幼馴染の顔なのだ。

 

心の中で寂しいって叫んでいるのに、誰にも悟らせない様にしようと、無理矢理笑顔を作ってる。

 

自分の心がその度に傷つくと分っている筈なのに・・・

 

俺がはやてちゃんに言葉を掛けようとした時、リビングに一本の電話が鳴った。

 

その電話でこの場の空気が変わり、はやてちゃんは急いで受話器を取りに向かう。

 

「はい八神です」

 

暫くして受話器を定位置に戻して戻ってくるはやてちゃん。

 

だがはやてちゃんの顔は、何処か不安を含んだ表情をしている。

 

「何かあったの?」

 

心配になって俺は思わず聞いてみた。

 

「ん~何か最近多いんやけど、無言電話があってなあ」

 

はやてちゃんの話によると、一ヶ月程前から掛かってくる様になったらしい。

 

最初は一週間に一回程だったのだが、一週間毎にその感覚が狭まってきており、昨日も掛かってきたらしいので、これで連日無言電話が掛かってきた事になる。

 

はやてちゃんは未だに浮かない顔で溜息をついている。

 

普通の人でも十分怖い事だろうに、はやてちゃんは普段は家で一人なのだ。

 

不安に成らない筈が無い。

 

そこで俺は一つの妙案を思いついた。

 

「はやてちゃん!」

 

「・・・ん、どうしたん、純君?」

 

「俺から一つ提案が有るんだけど・・・」

 

俺は思いついた妙案を、はやてちゃんに話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は一日よろしゅうお願いします」

 

「ええ、遠慮せずに寛いでいってね。はやてちゃん」

 

はやてちゃんが頭を下げて挨拶すると、母さんが笑顔でそう返した。

 

俺が思いついた妙案とは、俺の家にはやてちゃんを招待する事だった。

 

はやてちゃんも余程不安だったのだろう。

 

迷惑じゃなければと、二つ返事でOKしてくれた。

 

そして母さんは・・・まあ見たままに嬉しそうだ。

 

『始めまして、はやて嬢。ワタシはオモチャ会社の新製品だ。マスターからはメカ犬と呼ばれている。はやて嬢も好きな様に呼んでくれ』

 

いつの間にかやって来たメカ犬が、はやてちゃんに自己紹介をしだした。

 

別にメカ犬の存在をはやてちゃんに隠す気は無かったのだが、幾らなんでも突然すぎだろ!?

 

見てみろよ。

 

はやてちゃん、いきなりの未知との遭遇で放心してるぞ?

 

暫くして放心状態から抜け出したはやてちゃんが俺に向き直り、ぎこちない笑顔を浮かべながら聞いてくる。

 

「な、なあ純君。ほんまにあれって・・・ただのオモチャなん?」

 

はやてちゃんの言いたい事は痛いほどに分かる。

 

だが目の前にいる、このフルメタルドックは残念な事に、紛れも無い現実なのだ。

 

「はやてちゃん・・・あれはオモチャとかそういったものというよりも、見たままの存在だって思っていた方が良いよ」

 

俺はきっと、悟りの境地に辿り着いた聖人の様な表情を浮かべてはやてちゃんを説得していた事だろう。

 

「そ、そうなんか?」

 

俺の真摯な説得に、はやてちゃんも納得してくれた様だ。

 

人生に置いて、妥協して先に進む事も、時には必要だと俺はメカ犬を見ながら切実に思った。

 

メカ犬のおかげで一悶着あったが、はやてちゃんを迎えた板橋家の午後は平和に過ぎていった。

 

中でも母さんは大層はやてちゃんを気に入ったようで、傍から見れば殆どお人形みたいな扱いになっている。

 

やがて日は沈み、俺達の様な子供は就寝しなければいけない時間となった。

 

「それじゃ、はやてちゃんは純のお部屋で一緒に寝るって事で良いかしら?」

 

母さんが唐突にとんでもない事を言い出した。

 

「突然何言い出すんだよ母さん!?」

 

俺は当然ながら異議を申し立てる。

 

しかし敵は天然という最強スキルを標準装備していた。

 

「あら、はやてちゃんはそれで良いわよね?」

 

ターゲットは話題の当事者である、はやてちゃんに移行された。

 

「え?えっと・・・私は・・・別にそれでもええですよ・・・」

 

アウトだ。

 

そしてそのままゲームセットだ。

 

板橋家のヒエラルキーは女性が優位を示している。

 

はやてちゃんが合意を示したならば、俺に覆す術は無いだろう。

 

「うふふ。それじゃあ決まりね」

 

しかし今日の母さんは本当に終始ご機嫌である。

 

俺は複雑な感情の入り混じった溜息を一つ、静かに吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とはやてちゃんは現在一つの布団で横になっている。

 

「何か、ごめんな・・・迷惑やなかった?」

 

「・・・別にそんな事無いよ」

 

俺とはやてちゃんは背中合わせに会話を交わす。

 

「私な、嬉かったんよ」

 

「ん?」

 

「病院以外でお泊り何て初めてでな、何や舞い上がってもうてなあ・・・」

 

「・・・そっか」

 

はやてちゃんは背中越しに少しもぞもぞと動くと会話を再開してきた。

 

「なあ純君。私な、純君にお願いがあるんよ」

 

はやてちゃんの声が少しだけ近くに感じられる様になった。

 

俺が振り向こうとするとはやてちゃんの手でやんわりと押せえられる。

 

「そのままで聞いてほしいんよ」

 

俺を抑えるはやてちゃんの手が僅かに震えている事に気づいた俺は、振り向くのを止めてはやてちゃんの言葉に耳を傾ける。

 

「ありがとうな・・・」

 

はやてちゃんも俺の頭から手を離すと話の続きを喋り始めた。

 

「純君。お願いです。私と・・・お友達になってくれますか?」

 

俺ははやてちゃんの言葉に一瞬だけだが、思考が停止する。

 

だが次の瞬間には再起動する。

 

言われるまでも無い。

 

俺の答えは最初から決まっている。

 

「はやてちゃん。俺達は・・・」

 

はやてちゃんに俺の答えを伝える為に、俺も言葉を紡ぐ。

 

だがその言葉を最後まで言う事は叶わなかった。

 

『キンキュウケイホウキンキュウケイホウキンキュウ・・・』

 

部屋の机の上に置いていたタッチノートが突然に警報を上げる。

 

その事態に驚きの声を上げる間も無く、部屋の窓ガラスが割られ何者かが俺とはやてちゃんしか居なかった筈の空間に、突如侵入する。

 

更に謎の衝撃を受けた俺は部屋の壁に叩きつけられる。

 

不幸中の幸いか布団ごと吹き飛ばされた為それがクッションとなって、怪我をする事は無かった。

 

「きゃああああああ!?」

 

突然の衝撃に吹き飛ばされ現状が把握できない中、はやてちゃんの悲鳴が俺の聴覚を刺激した。

 

俺は急ぎ視界を遮る布団を退かすと、其処に映る光景に驚愕する。

 

人外の化け物が俺の部屋に居たのだ。

 

全体が黒い羽毛に包まれており、黒いクチバシと羽を携えている。

 

一言で最も近い生き物を上げるのならばカラスが一番あっているだろう。

 

間違い無いこいつはホルダーだ。

 

何故ここにホルダーが居るのか分からないが、今はそれよりも問題にしなければいけない事がある。

 

ホルダーが気絶したはやてちゃんを脇に抱えていたのである。

 

はやてちゃんを抱えたホルダーは無言で割られた窓から飛び出すと、飛び去ってしまう。

 

「ま、待て!」

 

俺は咄嗟にはやてちゃんの腕を掴もうと試みるが、無情にもそれは叶わず、ホルダーに抱えられたまま月明かりだけが照らす夜空へと消えていく。

 

俺は机に置いてあったタッチノートを手に取ると、ホルダーの後を追う為に走り出す。

 

「待ちなさい!」

 

俺は突然の声に固まる。

 

こういった状況で真っ先に駆けつけて来るのは、メカ犬だが今の声は明らかに違う。

 

若い女性の様な声だった。

 

しかしその声は母さんのものでもない。

 

それどころか、俺の聞いた事の無い声だった。

 

俺は声の聞こえた窓際に振り向く。

 

其処には謎の影があった。

 

月が雲で隠れているせいかその姿が見えない。

 

見えない時間はそんなに長くは続かない。

 

雲は常に移動し、すぐに月を隠していた雲もその場を退く。

 

月明かりに照らされたその影の正体は・・・一匹の猫だった。

 

「・・・お前が喋ったのか?」

 

常識的に考えればそんな事はありえない。

 

妄想も良い所である。

 

だが現実はその妄想を真実にした。

 

「八神はやてにこれ以上近づくな」

 

再び発した猫の言葉は鋭い氷の刃の様に、俺の心へと突き刺さった・・・


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