魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~ 作:G-3X
「何だか中央広場の方が騒がしいみたいだけど、何かイベントでもやってるのかしらね?」
広場の近くを通り掛った保奈美が、首を傾げる。
その騒ぎの元凶が、少し前まで後ろから生暖かく見守っていた純だとは、知る由も無いだろう。
「気になるなら行ってみますか?」
広場で何が起こっているのか、気にしていた保奈美に一之宮が一緒に行ってみてはどうかと促す。
「う~ん……そうね。何か面白そうなイベントがやってるかもしれないし……ヤス君はどう思う?」
「え!?」
不意に保奈美から意見を求められて、ヤスは返答に詰まる。
先程からずっとそうなのだが、基本的に話題を振るのは主に保奈美か一之宮ばかりで、ヤスは基本的に相槌をするのが精々で、中々会話に参加する事が出来ずにいた。
元々異性と和気藹々と会話をするタイプでは無い上に、口数が少ない方だというのもあるが、一番の原因はヤスの心の中にある。
過去にも何度か別の女性に淡い想いを抱いた事があったが、ヤスが保奈美に抱く想いは今までの比では無かった。
だからこそ、ヤスは保奈美に対しての自身の気持ちに戸惑っている。
更に其処へ多くの女性の理想像が実体化した様なライバルが現れれば、心中穏やかでは居られないだろう。
肝心な部分で一歩を踏み出せないでいる、その気持ちはそのままヤスの行動に反映されてしまっている。
ヤス自身もこのままではいけないと、頭では分かっている。
若干無理矢理ではあったが、今こうして好きな人と勝ち目の薄いライバルが同伴してはいるものの、一緒に居られるのは、こんな頼りない自分を心配してチャンスを作ってくれた人達が居てくれたからなのだ。
そして何より、例え敗色濃厚な恋だとしても、このまま終わっては絶対に悔いが残る。
「あ、あの!」
「うん。どうしたのヤス君?」
ヤスは一世一代の覚悟を決めて、想い人に声を掛ける。
声を掛けられた保奈美は、先程自分がした広場へ行くかどうかの返答が返って来るものだと思っているが、ヤスの頭の中にはそんな考えは一ミリとて浮かんでは居なかった。
ただ一つ頭の中にあるのは、保奈美に対して【好き】の二文字を伝えるだけである。
会話の脈略も、一之宮というライバルが目の前に居る事ももはやどうでも良い。
仮にこのままズルズルと遊園地で遊んでいても、一之宮との差が付くばかりならば、いっそ玉砕覚悟で自分の想いを伝えてしまおう。
今のヤスからは、まるで死地へと飛び込もうとする、歴戦の戦士の様な雰囲気すら感じられる。
「お、俺……柿崎さんが好きなんです!」
ヤスは確かに自分の想いを言葉にした。
だがその声は保奈美には届かずに終わってしまう。
もしもその結果の責任を誰かに求めるとしたならば、数刻前にヤス達を後ろからひっそりと見守っていた内の、一人の少女が発した不穏な一言を気まぐれな神様が聞き届けてしまった為としか、言い様が無い。
「か、怪物だあああああああああ!?」
ヤスの告白を掻き消したのは、広場からヤス達の居る方角へとがむしゃらに逃げて来た人達の悲鳴だった。
「怪物?」
一之宮が逃げていく人達の言葉を、無意識に反芻した次の瞬間。
広場の方から実際の蟹を彷彿とさせる異形の怪物、ホルダーが周囲の建造物を乱暴に破壊しながら、着実に近付いて来る。
このホルダーは何を隠そう、先程までシードとステージの上で戦っていたホルダーに他ならなかった。
「くそ!?仮面ライダーめ……ん!」
シードに受けたダメージに恨みの言葉を吐きながら、その鬱憤を晴らす様に暴れながら突き進んでいたホルダーが、視界にある人物を捉える。
その人物とは広場の付近から逃げていく人々を見て、顔を曇らせる保奈美だった。
保奈美を視界に映したホルダーの次の行動は、まさに迅速の一言に尽きるものだったと言わざるをえない。
「あ、貴女は保奈美さん!!!」
「え!?え!?え!?」
凄まじい勢いで保奈美の前までやって来て片膝を地面に着き、両腕を広げて自らをアピールするホルダー。
保奈美の方も突然の事態に、状況が理解出来ず慌てふためく。
「保奈美さん!俺は貴女が好きです!!どうか結婚を前提にお付き合いしてください!!!」
更にあろう事か、ホルダーは器用に両手の鋏で、そっと保奈美の手を掴みながら、告白を通り越してプロポーズをしてきた。
「「「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」
これには流石に、保奈美とヤス、一之宮の三名が同時に驚愕の声を上げる。
ちなみに今も後ろで事の成り行きを見守っていた三人組も、同じ様に驚愕しているのだが、今回は割愛させていただき、話を続けさせていただこう。
「俺の気持ちは本気です!その証拠にこれを見てください!給料の三ヶ月分で買った指輪です!どうか受け取って下さい保奈美さん!!!」
何処からか小さな箱を取り出したホルダーが、保奈美の目の前で開けると、確かに箱の中には、中心に小さな宝石が嵌め込まれた銀の指輪が納められていた。
ホルダーとなってしまった彼もまた、一之宮にヤスと同様、保奈美に想いを寄せる男性の一人だったのである。
だが彼もまたヤスと同様に、自身の想いを保奈美に伝える事が出来ずにいた。
そんな折に、彼はとある人物から暴走プログラムを受け取ったのである。
暴走プログラムは、彼に力を与えた。
それは歪な形であったが、彼に勇気と自信を与えたのである。
彼が今日この遊園地に訪れたのも、保奈美が男と遊園地に行くという情報を掴んだ為だ。
折角自分の想いを伝える勇気を手に入れたのに、このままでは保奈美を奪われてしまうと考えた彼は、いてもたってもいられなかった。
「そ……その、私は……」
保奈美はホルダーに、プロポーズの返答をしようとする。
だが……
「……保奈美さん。俺は貴女の答えを聞いている訳じゃないんですよ。何故なら俺達が結ばれるのは既に決まっているんですよ」
ホルダーの声には狂気が宿っていた。
彼は力を、暴走プログラムによって得た自信の有り方を大きく履き違えてしまったのである。
「……嫌!放して!」
瞬く間に雰囲気が変わったホルダーに恐怖を感じた保奈美は、咄嗟に離れようとするがホルダーはそれを許さない。
「柿崎さんから離れろ!」
ホルダーに対して、最初に飛び掛って行ったのは、一之宮だった。
「邪魔なんだよ!」
しかしホルダーは木の葉を払うかの様に、軽く腕を横に振るうだけで一之宮を吹き飛ばしてしまう。
「……うう」
先程の一撃で意識を失わなかった様だが、一之宮は先程のホルダーの一撃によってその身体に恐怖を刻み込まれ、これ以上動く事が出来そうに無い。
「てめええええええ!!!」
続いて飛び出したのはヤスだ。
だが普通の人間の動きなど、人の力を大きく超えたホルダーにとっては、赤ん坊と戯れる事にも劣る。
先程の一之宮と同じ様に、ヤスもホルダーが軽く腕を振るうだけで簡単に地面へと叩き付けられた。
「ぐあっ!?」
背中から地面に激突した衝撃で、肺の中の空気が一気に吐き出されて、僅かな間ではあるがヤスは呼吸すら出来ない状態となってしまう。
それと同時に強制的に頭に理解させられるのは、超え様の無い絶対的な力の差。
自分ではどう足掻いたとしても、勝つ事など不可能。
それはヤスの頭の中に、死へと直結する恐怖として形作られていく。
「……この!」
だがそれでもヤスは立ち上がる。
痛みと恐怖で震える両足を自らの意思で止めて、ヤスは再びホルダーへと突っ込む。
何度ホルダーに吹き飛ばされても、ヤスは立ち上がる。
「もう止めてヤス君!」
傷だらけのヤスを前に、ホルダーに片腕で抱きかかる様に捕らわれている保奈美が悲痛な声を上げた。
「……大丈夫ですよ。柿崎さん……今俺が助けますから!」
しかしヤスは保奈美に笑顔でそう言うと、またしてもホルダーに立ち向かっていく。
「いい加減にしつこいんだよ!」
今まではヤスが死なない程度に手加減をしていたホルダーだったが、何度も向かって来るヤスに対して、苛立ちを覚えた為か、振り上げた鋏には予想以上に強い力が宿る。
その豪腕が容赦無く振り下ろされようとしたその時……
「良く頑張ったなヤス!」
ホルダーとヤスの間を隔てる壁の如く、一人の青年が立ちはだかる。
振り上げられたホルダーの腕はその青年、鳥羽の持っていたアタッシュケースによって進路を塞がれて、その脅威を発揮する事が出来なかった。
「何だよお前は!?」
「俺か?そうだな……今日の俺は捕らわれのお姫様を助ける勇者様の助っ人ってとこかな」
突然の鳥羽の登場に激昂するホルダーに対して、鳥羽は飄々とした態度を崩さぬまま、冗談交じりに言い放つ。
「と、鳥羽さん」
「ヤス!お前が本気だって言うなら、もう一踏ん張りしてみせろ!」
鳥羽はヤスにそう言うと、ホルダーの腕を押し返して、その勢いのままアタッシュケースを開けて、中に入っていた一本のベルトを投げ渡す。
「こ、これって!?」
「それとこれもだな」
ベルトを受け取りながら驚くヤスに、鳥羽は更に自分が普段から持ち歩いている緑のカードケースを手渡した。
「今回だけ特別サービスだぜ。それでお姫様を救い出してみせな!」
少しわざとらしくウインクをしながら、鳥羽はヤスの背中を叩く。
「……はい!」
ヤスは鳥羽に心の中で、最大級の感謝をしながら、ベルトを自身の腹部へと巻き付ける。
「変っ身!」
機械的な音声がベルトから響きヤスの身体の前方に、光が様々な数式が羅列された様な状態で浮かび上がると、その光が瞬時に人の形へと編みあがり、ヤスの身体と重なり合い一人の戦士となる。
全体的に白を基調としたフォルムに、所々緑の装飾があしらわれたデザインの仮面ライダーアクセスへと変身を果たしたのだ。
「凄い……力が漲ってくる!これなら!」
ヤス……いや、アクセスは先程とは比較にもならない大きな力を自身の中に感じながら、保奈美を救える確かな確信を得て、今一度ホルダーへと向かっていく。
「はん!さっきまで手も足も出なかった奴に、今更何が出来る!」
先程まで痛めつけていたヤスが、仮面ライダーになった事には、正直なところホルダーも驚いていた。
しかしそれでも、元のヤスの傷付いた身体を知っているからこそ、余裕が生まれる。
だがその余裕とは、戦いの中で決して行ってはいけない慢心だった。
ホルダーの繰り出した鋏による一撃が、何度も再生されたビデオを視るかの様に、アクセスに直撃する。
「ぐっ……ま……け・る・かああああああああああああああああ!!!!」
アクセスはその攻撃を受けても尚、その場に踏み止まり、自らを奮い立たせるかの様に雄叫びを上げながら、前進を続けていく。
そしてアクセスの手は、遂に保奈美を束縛するホルダーの腕を掴む事に成功した。
「柿崎さんは返して貰うぞ!」
力任せにホルダーの拘束を解いたアクセスは、ホルダーの胸中から保奈美を引っ張り出して後ろへと下がらせると、先のシードとの戦いによってヒビ割れたホルダーの胸部に、手加減無しの蹴りをお見舞いする。
「ヤ、ヤス君……なんだよね?」
「柿崎さん!ここは危ないから下がって!」
ヤスは保奈美の言葉に頷きながら、保奈美を庇う様に後ろへと下がらせて、ホルダーを迎え撃つ。
「この野郎!調子に乗るなよ!」
保奈美を奪い返されたホルダーは、怒りを露にしてアクセスへと襲い掛かる。
「くそっ!」
変身しての戦いに慣れていないアクセスは、何とかホルダーの最初の一手を防ぐ事に成功するが、続いて横から振るわれた鋏の一撃をまともに腹部に受けて、仮面の下で苦悶の表情を浮かべる。
それでもアクセスは一歩も引かず、再びホルダーの腕を掴む。
保奈美を下がらせはしたが、ホルダーの狙いはあくまでも彼女だという事は明白なのだ。
何時アクセスの隙を突いて、再び彼女を狙うか分からない以上、アクセスは一歩として下がる訳には行かないと同時に。戦いの場をここから少しでも離す必要があった。
「うをおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
それを分かっていたからこそ、アクセスはホルダーの腕を掴んだまま前方へと駆け出していく。
走っていた時間は一分にも満たなかったが、それでもアクセスの脚力であれば、十分な距離を稼ぐ事が出来た。
「この!いい加減に離せ!!!」
「うわっ!?」
だが遊園地でも開けた場所に出た地点で、ホルダーの手痛い反撃を受けてしまい、アクセスは走る勢いを殺せずにホルダーを離すと同時にバランスを失い地面を転がる。
「……やっぱり、鳥羽さんや純の旦那みたいに戦うのは無理か」
未だに自分がアクセスの力を制御出来ずに居ると自覚しているからこそ、そんな弱気な言葉が漏れてしまう。
それでもここで引く訳には行かないと決意を新たに、直ぐに立ち上がるが、既にホルダーは目前にまで迫っており、体勢を整えるよりも早く、ホルダーの鋏が何度もアクセスの身体を痛め付けていく。
「俺の邪魔なんてするからこうなるんだよ!」
満身創痍のアクセスに止めを刺そうと、腕を振り上げる。
その豪腕がアクセスに迫ろうとした時、背後から光弾が連続でホルダーに命中して吹き飛ばす。
光弾の放たれた弾道の先には、全身がスカイブルーに彩られた仮面ライダーが、銃を構えている姿があった。
『何とか間に合ったなマスター』
「ああ」
俺はトリガーを軸に、右手でサーチバレットを回転させながら、メカ犬の言葉に頷く。
ヒーローショーで司会のお姉さんを始めとして、多くのお客さん達にも勘違いされて、握手会にまで参加させられたが、途中で本物の役者さん達が到着した事で何とか解放された俺達は、急いでホルダーの後を追った。
ホルダーが破壊活動をしながら移動していたので、追跡が容易だったのが不幸中の幸いだったと言えるだろう。
更に俺はホルダーが体勢を立て直す隙を与えない様に、連続で光弾の弾幕を浴びせてアクセスから遠ざけつつ、未だに立てないでいるアクセスの傍へと近付いていく。
それにしてもあのアクセスが、ここまで一方的にやられるなんて、相手のホルダーは何か特殊な能力でも使ってくるのだろうか?
確かに防御は並みのホルダーよりも上だと思うが、舞台で直接手合わせした俺としては、普通に戦えば実力的にここまで劣勢に立たされるとは、到底考えられない。
「た、助かりました。純の旦那」
「その声……もしかしてヤスなのか!?」
アクセスから聞えた予想外の声に、俺は思わず声を上げた。
簡単な説明を受けて俺はヤスがアクセスに変身していた事に、取り敢えず納得したが、それにしても鳥羽さんは思い切った事をしたものだと半ば関心すらしてしまう。
俺の手を借りて、立ち上がるアクセス。
「大体の事情は分かったよ。それで……ヤスはどうしたい?」
ヤスがしたかった事は、ホルダーから保奈美さんを守る事。
その役目は既に十分果たしたと言って良いだろう。
更に現時点でアクセスはかなり消耗していたので、後の戦いは俺が引き受けようかという意味で質問をした訳だが……
「純の旦那……俺はこいつだけは許せないんです!」
返ってきた答えは、俺の知っているヤスらしい答えだった。
「……分かったよ。俺がフォローする!だから決めて来いヤス!!!」
「はい!」
アクセスは再び立ち上がろうとするホルダーに、全速力で駆けていく。
『良いのかマスター?ヤスの体力はもう限界に近いと思うが……』
「野暮な事は言うなメカ犬。これはヤスの戦いなんだ!」
恋愛沙汰には疎いと自分でも理解している俺ですら分かる。
それにあの戦闘大好きな鳥羽さんまで、今回に限りだろうがヤスに戦いの場を譲ったのだ。
俺は立ち上がり、アクセスを迎え撃とうとするホルダーに、再びサーチバレットを向けて、光弾を弾幕の様に浴びせ掛ける。
「今だヤス!」
ホルダーが怯んだ瞬間に俺が叫ぶと、それを合図にアクセスがベルトの中央に嵌め込んだカードケースから一枚のカードを引き出して、ベルトの横部分の溝へと滑らせる。
『リンクチャージ』
その瞬間に、カードは光の粒子となって、アクセスの右拳へと集約されていく。
「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アクセスはその輝く右拳を、俺が先程の戦闘で付けたホルダーのヒビ割れた胸部へと突き刺した。
サーチバレットによる射撃で体勢を崩されたホルダーはその一撃をまともに喰らい、大きな爆発を引き起こす。
爆発の後には、粉々に砕け散った赤い暴走プログラムの破片と、一人の気絶した青年の姿。
その青年の名前までは知らないが、良く図書館で見掛ける常連の人だという事は確認出来た。
「ヤス!この人の事は俺に任せて、ヤスは保奈美さん達のところに戻れ!」
「は、はい!」
息も絶え絶えだったが、それでも速く戻りたいという気持ちがあったのだろう。
変身を解いて、元の姿に戻るとヤスは、俺に頼みますと軽く頭を下げた後、駆け足で俺の視界から消えてしまった。
今回は今までとは違った実験の意味が強いという事もあったが、あまり有用なデータを得るには至らなかった。
いや、ある種の確認が出来ただけでも良しとしなければならないだろう。
何よりもあの光の出現条件に一つの仮説を立てる事が出来たというだけで、今回のホルダーは十分に役目を果たしてくれたと言っても過言ではない。
だがまだ集めなければいけないデータは山ほどある……
このままでは到底間に合わない。
もっと、もっとだ!
そうだ……
次は奴等にも協力させるとしよう。
恐らく奴等は自分達が私を利用していると思っているだろうが、それは大きな間違いだ。
逆に私が奴等に餌をちらつかせて、研究に利用してやる。
今まで以上にリスクが跳ね上がっていくだろうが、それでも最後に全てを手に入れるのは、勝者である私なのだから……
「純の旦那。実は相談に乗って貰いたい事があるんですよ!」
「断る!」
家にまで訪ねて来たヤスの第一声に、俺は話を聞くまでも無く、出迎えた玄関先において二つ返事で断った。
「ちょ、ちょっと純の旦那!?せめて話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃ無いですか!?」
「聞かなくても大体分かってるんだよ!第一俺に相談したところで、きっと解決しないと思うぞ!」
「それこそ聞いてもらってから純の旦那が判断してくださいよ!」
玄関の扉を閉めようとした俺に対して、ヤスは自身の身体をストッパーとして、閉めかかっていた扉に挟まって必死の抵抗を試みてくる。
「諦めろ!」
「話を聞いてくれるまで俺はここから動きませんよ!」
その攻防は数分間にまで、及んだが結局は俺の方が折れて、ヤスの話を聞く事になった。
あれ以上続ければ、ただでさえ今も近所の奥さん方にハーレム王なんて呼ばれて目立っているのに、新たに変な噂を立てられて余計に注目を浴びてしまう。
そうなれば俺は恥ずかしくて、街を歩く事が出来なくなる。
「それで……何が悩みなんだ?」
ヤスが何を悩んでいるのか、大体の予想は付くが、取り敢えず話を聞く立場としての俺は定型文の言葉を口にしてヤスが話すのを促す。
「実は……柿崎さんからメールを貰ったんですけど、どう返信すれば良いんでしょうか!?」
「……またそれか」
俺は予想通りのヤスの質問に、深く溜息を零した。
以前に鳥羽さん達の作戦によって、遊園地に行った際にヤスは保奈美さんに告白をする覚悟をしていたと本人から聞いていたのだが、結局告白は不発に終わってしまったらしい。
だが一つだけヤスと、そして一之宮さんに進展があった。
それは保奈美さんから、メールアドレスを教えてもらったという事だ。
これにより遂にヤスは仕事以外でも保奈美さんと、間接的にではあるが話す機会を得た事になる。
ちなみにその時、現場に居た鳥羽さんもヤスから貸していたベルトとカードケースを返して貰う際に、保奈美さんからメールアドレスを教えてもらっていたので、ヤスと一之宮さんが特別という事では無い様だ。
其処で話が終わっていれば良かったのだが、話はこれで終わらなかった。
保奈美さんは図書館に勤めているだけあって文字が好きなのか、頻繁にヤスにメールを送って来たのだ。
それに対して、ヤスは困惑した。
メールが来るごとに、俺や周りの皆に相談する様になってしまったのだ。
本人を目の前にすると、常に緊張していたヤスだったが、それはメールという文章媒体でも同じだったらしい。
最初の頃は微笑ましいという事もあって、普通に相談に乗っていたのだが、それも毎日の様に続くと流石に相談される方としてはいい加減にしてくれと言いたくなって来る。
それも何か重要な話題ならまだしも、日常会話の内容の返信について毎度相談され続けては堪らないというのが、俺を含めた皆の総意だ。
何せあの厄介事が大好きなはやてちゃんでさえも、最近ではヤスがケータイ片手に近づいて行くと、逃げ出していくのだから、相当のものである。
今日だって、メカ犬とアリシアちゃんはお客さんがヤスだと分かった時点で、俺を見捨てて裏口から用事があると言って逃走してしまった。
何も疚しい事が無いのなら、正面玄関から出て、俺と一緒にヤスの相談に乗れば良いのだ!
「ちょっと、聞いてるんですか純の旦那!?」
「……ああ。聞いてる聞いてる」
心の中でそんな愚痴を零しながらも、俺はヤスと一緒に保奈美さんへの返信メールについて考える。
精神的に疲れる日々ではあるが、ヤスの恋路も僅かばかりに進展したと思えば、今日の海鳴市もそれなりに平和だ。