魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~   作:G-3X

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第36話 ヤスの恋愛大作戦【前編】

「純の旦那。女の人を上手くをデートに誘うには、どうすれば良いんでしょうかね!?」

 

翠屋でのアルバイトを終えて、帰宅の準備をしている最中。

 

俺はヤスからそんな質問を投げ掛けられた。

 

「……色々と言いたいところだが、敢えてこう聞いておこう。何故そんな質問を俺にするんだ?」

 

「だって純の旦那と言えば、最近じゃこの近辺でハーレム王として有名じゃないですか!」

 

「それはこの前撮った写真を見て、周りが噂しているだけだろうが!?」

 

ヤスの言う通りこの前の写真が原因で、俺はこの近辺の奥様等を中心に最近はハーレム王なんぞと恥ずかしい称号で呼ばれる事が多くなった。

 

幸いな事に、主にこの呼び方で呼ぶのは大人達だけで、子供には浸透していないのだが、いい加減に勘弁していただきたい。

 

あの写真の効果なのか、リニューアルオープンしてから、集客率が上がったのだと古川さんが御礼を言っていたと後に恵理さんから聞いたが、俺は御礼の言葉よりも一日でも早くこの呼び方をどうにかしてもらいたいと、切実に思っている。

 

「そもそも、俺がその恥ずかしい呼ばれ方の通りの存在だったとしてもだ。高校生の恋路に小学生が適切なアドバイスを出来る訳が無いだろう」

 

「確かに普通の小学生には、俺だって頼んだりしませんよ!でも純の旦那ならきっと何か良いアドバイスをくれるって俺は信じてます!」

 

何だこの謎の信頼感は!?

 

自慢じゃないが、俺は前世の頃を含めても女性にモテた事は皆無だぞ。

 

唯一のデートと言えそうな経験だって、母さん達の策略によってなのはちゃんとデートした程度だし、それだってメカ犬が同伴していた上に、途中でホルダーが現れて中断となってしまっているのだ。

 

大体そういったコツを聞くならば、この店には俺よりも確実にモテる士郎さんや恭也君が居るのだから、そっちに聞いた方が絶対に参考になると俺は思うんだが……

 

その旨をヤスに言ってみたら、遠い目をして一言。

 

「あの人達は……次元が違い過ぎて参考になりませんよ……」

 

ヤスの一言で全てを理解した俺は、逆にいたたまれない気持ちになってしまい、謝罪の言葉を告げると共に、何処まで協力出来るか分からないが、もう少し詳しくヤスの話を聞いてみる事にした。

 

「それで、何でこんな質問を今更俺に聞くんだよ?言っちゃ悪いけど、ヤスが保奈美さんをデートに誘うのを失敗するのは今に始まった事じゃ無いだろ」

 

「それを言われると、かなり痛いんですが、どうしても今度ばかりは柿崎さんをデートに誘いたいんです!」

 

腰を落ち着けて話す為に、翠屋の一番奥の席に陣取った俺たちが、小学生に本気で恋愛相談する元不良グループのリーダーをしていた高校生という異様な光景が繰り広げられる中、ヤスが声を大にして訴え掛ける。

 

「な、何かあったのか?」

 

「実は……ライバルが現れたんです!」

 

「ライバル?」

 

「……はい」

 

オウム返しに返した俺の言葉に、ヤスが苦々しい表情で頷く。

 

「名前は一之宮祐樹《いちのみやゆうき》さん。海鳴大学に通う二年生で、容姿端麗の上にスポーツ万能でおまけに成績優秀な、完璧超人やな」

 

「私個人の意見だとヤスさんに頑張って欲しいけど、相手の一之宮さんは強敵だね」

 

「ヤスが恋とはねぇ。そんで、相手の娘はどんな感じな訳よ?」

 

「……」

 

「……」

 

最初に言っておくが、先程の台詞は俺とヤスが言ったものではない。

 

「正直に言って、今のところヤスさんに脈は薄いやろうな」

 

「う~ん……でも最近は仲も大分良くなってきてると思うよ?」

 

「ヤスは昔から、押しの弱いとこがあるからな。もっとガンガン攻めなきゃ駄目だぜ!」

 

「……」

 

「……」

 

しつこい様だが、この会話を繰り広げているのは決して俺とヤスではない。

 

とは言ってみても、当人であるヤスと直接相談を持ち掛けられた俺が、何時までも黙っている訳にも行かないので、俺は意を決して言葉を紡ぐ。

 

「……何で三人していきなり会話に入って来てるんですか?」

 

俺達の会話に突如として乱入してきた三人を上から順に述べていくと、まず最初にこういった話題には何処からとも無く現れる事に定評のあるはやてちゃん。

 

次にそのはやてちゃんと良く図書館通いをする為に、一緒に行動する事が多いすずかちゃん。

 

そして最後に、何故か鳥羽さん……

 

「純君も人が悪いわ。こんな面白そうな話……やなくてヤスさんが困ってるなら私達にも相談してくれたらええのに」

 

水臭いとばかりに言ってくるはやてちゃんだったが、本音が駄々漏れである。

 

「そうだよ。私もヤスさんの力になって上げたいし」

 

台詞だけはまともなすずかちゃんだったが、その表情は普段以上に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?

 

「同門の後輩が困ってるなら、先輩として助けるのが筋ってもんだろうしな。何よりこんな面白そうな話、乗らなきゃ損だぜ!」

 

鳥羽さんに至っては、前半の台詞は兎も角として後半は本音を隠そうとすらしていない。

 

突如として現れ会話に参加してきた鳥羽さん達三人を見て、瞬く間に青ざめていくヤスの顔。

 

その気持ちは痛い程に分かる。

 

この三人が同時に今回の件に介入してくれば、ただでは済まないだろう。

 

出来る事ならば助け舟を出してやりたいが、残念な事に俺にはこの三人に抗う力は無い。

 

俺がヤスの為に出来るせめてもの事と言えば、心の中で同情の念を抱きつつ、アイコンタクトでこの現実をあるがまま受け止める様に諭す事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の感情とは時に凄まじいエネルギーを生み出す。

 

今回私がホルダーに選別した対象者も、人間の持つある一つの感情を大きく揺さぶられていた。

 

更にその感情の向けられる相手の近くには……

 

きっと今回も多くのデータが収集する事が出来るだろう。

 

私にはもう多くの時間は残されていない。

 

だからこそ急ぎデータを集めて、目的を達成させたいと私は切に願う。

 

例えそれが、誰かを傷付ける結果に繋がろうとも、私は止まる訳には行かない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本気で実行する気なんですか?」

 

「諦めろヤス。あの三人に聞かれた時点で、もうお前に選択の余地は残されていない」

 

死んだ目をしたヤスの問いに対して、俺は最後通達を言い渡す。

 

太陽が燦々と照付ける日曜の朝。

 

俺とヤスは海鳴市からも近い、遊園地の入り口に佇んでいた。

 

それと言うのも原因は、数日前に翠屋でヤスが俺に相談事を持ち掛けてきた際に、鳥羽さん達に話を聞かれた事に起因している。

 

あの後話は更に進展して、ある作戦が決行される事が本人の意思とは無関係に決定されたのだ。

 

ヤスは今まで保奈美さんをデートに誘う事を、尽く失敗し続けている。

 

それも二人の接点があまりにも薄い為だ。

 

図書館に勤める司書とその利用客というだけの立場では、デートに誘うには確かにハードルが高いかもしれない。

 

世の中にはそんな事など意にも介さずに実行出来る猛者も存在するだろうが、その行動力をヤスに求めるというのも酷と言えるだろう。

 

三人はその事も踏まえた上で、今回の作戦を立案したのだ。

 

ようは最初から二人でデートをしようとしていたのが、いけなかったらしい。

 

ならばそのハードルを下げれば良いというのが、三人の出した答えだった。

 

「純君。それにヤスさんもお待たせ」

 

「今日は遊び倒すで!」

 

暫く俺達が遊園地の入場門の前で待っていると、聞き覚えのある声が聞えてきた。

 

振り向くと其処には車椅子を押しながら俺達に挨拶をするすずかちゃんと、車椅子の上でテンションを上げるはやてちゃん。

 

そしてその隣にはもう一人……

 

「今日は宜しくね。ヤス君にハーレム王君」

 

はやてちゃん達と一緒にやってきた人物は、今回の作戦の最重要人物でもある保奈美さんその人だった。

 

「もう毎度の事ですけど、最近その呼称が本気で広まりつつあるんで、いい加減に止めてもらえませんかね?」

 

「き、き、き、き、きょ、き、今日は、その、あの、よよよよ、宜しくおね、お願いしまふ!!!」

 

ここ最近では俺と保奈美さんによる、通過儀礼となった挨拶を交わす中、極限まで緊張したヤスが意図的ではないだろうが、傍から見ればラップ調に聞える挨拶を朝の遊園地に響かせる。

 

好きな人を前にして緊張する気持ちは分からないでも無いが、これは緊張し過ぎだろう。

 

こんな調子じゃ今から一日、身体がもつとは到底思えない。

 

そんなヤスを宥めつつ、俺は何時もの司書姿では無く、私服に身を包んだ保奈美さんに視線を移しながら、今回の作戦を改めて頭の中で整理する。

 

先程も言ったが、ヤスが保奈美さんをデートに誘うにははっきり言って現状ではハードルが高過ぎる。

 

其処ではやてちゃん達が考えた作戦とは、自分達の存在を有効的に活用しようというものだった。

 

俺とはやてちゃん、すずかちゃんの三人は図書館を頻繁的に利用する子供達の中でも、特に保奈美さんと仲が良いのは周知の事実だ。

 

こんな言い方をすると、少し汚いかもしれないがこの立場を利用して、保奈美さんに俺達が遊園地へ行く引率者役を頼んだのである。

 

だがこの作戦はここで終わってしまう様な、生易しいものでは無かった。

 

「どうもお待たせしてしまって済みません」

 

保奈美さん達が現れた更にその後ろから、不意に俺達は声を掛けられる。

 

その声の主は、温和な笑みが印象的な好青年。

 

ワイルド系なヤスとは真逆のタイプに位置するイケメン男子。

 

彼こそがヤスの言っていたライバルこと、一之宮祐樹さんその人だった。

 

一之宮さんは海鳴大学の学生さんだ。

 

そしてその学校には、講師として森沢教授が勤めている。

 

ここまで言えば理解して貰えるかもしれないが、一之宮さんをこの場に呼んだのは、鳥羽さんによる策略だ。

 

鳥羽さんは森沢教授を介する事によって、半ば悪魔染みた手法で一之宮さんをこの遊園地へと呼び寄せたのである。

 

それと言うのも鳥羽さん曰く、ヤスに普通にお膳立てをした位では、新たな進展は望めないだろう。

 

だからこそチャンスを与えると共に、危機感を与えて動かなければならない状況を作らねばならない。

 

その危機的状況が、今現在目の前に居る一之宮さんという訳だ。

 

「よう!待たせたみたいで悪かったな!」

 

更に少し遅れてこの状況を作り出した本人である鳥羽さんが何食わぬ顔で此方へとやって来る。

 

「兎に角これで全員揃った訳ですし、行きましょうか?」

 

俺はこの場が荒れる前に皆を先導して、遊園地へと入って行く。

 

最初から平穏無事に終わる事は無いと思っていたが、この時はまだあんな事になるとは思っても居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保奈美さんと一之宮さんを遊園地に呼び出すというのは、あくまで今回の作戦の第一段階だ。

 

仮にこのまま夕方まで遊び続けるというのも、それはそれで楽しいと思うがそれではヤスの恋にはなんの進展も無いだろう。

 

それではわざわざ保奈美さんだけではなく、一之宮さんまでこの場に呼び出した意味が無い。

 

なので幾つかのアトラクションで遊びお昼休憩を挟んだ午後、本作戦は第二段階へと移行する。

 

作戦内容はこうだ。

 

まず保奈美さん達の隙を窺い、俺とはやてちゃんにすずかちゃん、そして鳥羽さんの四人が離脱する。

 

それから少し時間を置いて、鳥羽さんがケータイからヤスに連絡を入れてここからは別行動をするから心配するなといった感じの内容を、ヤスを通して保奈美さん達に言伝して、三人だけの時間を作り出す。

 

其処からはヤス達、当人の問題だ。

 

情けないかも知れないが、恋愛において当人以外の部外者が協力出来る事は限りというものがあると俺は思う。

 

俺達に出来るのは、精々一つでも多くのチャンスを作ってあげる事だけだ。

 

「……頑張れヤス」

 

作戦を開始して別行動に移った俺は、少し離れた観覧車の影から、そっとヤス達を見守りつつエールを送る。

 

「さてと、これでお膳立ては出来たぜ」

 

当初の作戦通り、ヤスへの連絡を終えた鳥羽さんが俺達の脇にやって来て、同じように影からヤス達の様子を除き見る。

 

「それにしてもこう遠いと、何を話してるのか分からんのが不憫やな」

 

はやてちゃんの言う通り、ここからでは少し距離が離れている為に、何をしているのかは大体見れるが、流石に何を言っているのかまでは聞き取る事が出来ない。

 

だがそれを言うのは贅沢というものだろう。

 

……そう思っていた時代も、確かにありましたよ。

 

「それなら大丈夫だよ」

 

何とここで予想外の言葉をすずかちゃんが言ってきたのだ。

 

すずかちゃんは控えめながら笑顔で言うと、持参した可愛らしい水色のポーチから、小学生の女の子が持つには抵抗を感じずにはいられない黒くてゴテゴテとした機材を取り出した。

 

その中央はスピーカーになっており、すずかちゃんがスイッチと思われる部分を押すと、何とスピーカーの部分からヤス達の声が聞えてきたのである。

 

「す、すずかちゃん……これってまさか!?」

 

「お姉ちゃんが昔使っていたのを借りてきたんだよ。多分必要になるかなって思ったから」

 

恐る恐る質問した俺に対して、すずかちゃんが何でもない様に笑顔で答えるのを見て、俺は背筋が凍て付く様な感覚を覚えると同時に、きっとあの機材による直接の被害に遭ったであろう恭也君に深く同情する。

 

そしてここから先は聞かない方が身の為だと感じ取った俺は、すずかちゃんにこれ以上の質問をする事はせず、黙ってヤス達の会話に耳を傾ける事に集中する事にした。

 

[「鳥羽さんから連絡がありまして、他の皆も一緒だそうです」]

 

[「そう。それなら安心ね」]

 

事情を説明するヤスの言葉に安堵する保奈美さん。

 

[「それで僕達は、これから何処に行って合流すれば良いのかな?ヤス君」]

 

次に聞えて来た声は、一之宮さんだ。

 

はやてちゃんが言っていた通り、ライバルである筈のヤスにも温和な声で対応している。

 

ただ単にヤスがライバルと一方的に敵視しているだけなのかも知れないが、これはかなりの強敵だと恋愛経験ゼロの俺でも簡単に推測出来た。

 

[「……えっとですね。他に回りたいアトラクションもあるらしいので、ここからは別行動をして夕方に合流しようだそうです」]

 

ヤスの方も、相手は恋敵ではあるが目上の人だと理解している為、なるべく丁寧な口調で、事前に伝えておいた内容をそのまま言葉にする。

 

[「あら、それじゃあ今日は私が、イケメン男子を両手に花で逆ハーレムね!」]

 

相手が二人とも年下な為か、冗談ぽく言いながらヤスと一之宮さんの腕に自らの腕を絡める保奈美さん。

 

俺はこの時、確信した。

 

真のハーレムの名に相応しいのは、間違い無く保奈美さんの方だ。

 

しかも天然で本人は気付いていないというのが、実に性質が悪い。

 

きっとこの天然逆ハーレム女王の被害者は、ヤスと一之宮さんだけでは無いだろう。

 

俺達が知らないだけで、密かに保奈美さんへと淡い想いを寄せている男性は他にも居る筈だ。

 

この後、影から生暖かく見守る俺達を他所に保奈美さんとヤスに一之宮さんの三人は、遊園地を存分に堪能し続けていく。

 

「ここらで何か、ハプニングが欲しいところやな……」

 

何のトラブルも無く順調に遊び続ける保奈美さん達を見て、はやてちゃんが不穏な発言をする。

 

その発言をどこぞに居る傍迷惑な神様が叶えてしまったのか、本当にとんでもないトラブルが勃発してしまう。

 

『キンキュウケイホウキンキュウケイホウキンキュウケイホウ……』

 

あろう事かはやてちゃんの発言の直後、タッチノートから警報音が鳴り響いたのである。

 

「な、何だこの音は!?」

 

「この音って純君のアラームの音じゃなかったっけ?」

 

「ちょっと純君!このままじゃ見つかってまうやろ!?」

 

タッチノートからの警報に三者三様の反応が返って来る。

 

「ご、ごめん。ちょっと俺用事が出来たから、ちょっと行って来る!すぐに戻ると思うから!」

 

今回はヤス達の動向を監視していた為もあり、タッチノートの警報音にも深く追求される事は無かったので、俺は早口でそう言いつつ、足早にこの場から走り出した。

 

「メカ犬!聞えるか!?」

 

[『うむ。聞えているぞマスター』]

 

走りながらタッチノートを介してメカ犬に連絡をすると、直ぐにメカ犬からの返答が聞えて来た。

 

「遊園地にホルダーが出たみたいだ!直ぐに来てくれ!」

 

[『此方でも反応は探知した。今既にチェイサーと向かっているからマスターも現場に行ってくれ』]

 

「分かった!」

 

俺はタッチノートでの通信を切り、ホルダーの反応が示す地点を目指す。

 

どうやら反応は、この遊園地の中央付近から出ている様だ。

 

「確かこの遊園地の中心にあるのは、大きな広場だったよな?」

 

俺の記憶が正しければ土曜日と日曜日に加えて祝日などは、その中央広場で大きなイベントが行われていた筈だ。

 

もしも其処にホルダーが現れたとすれば、もしかしたら多くの被害が出るかもしれない。

 

そう思い、急いで現場の広場に辿り着くと俺の記憶していた通り、特別イベントのショーが開演されており、多くのお客さん達が客席で賑わっていた。

 

「え?」

 

だがそれ以上に、俺は目の前で起こっている光景に思わず声を漏らす。

 

ステージの看板には、【話題のヒーロー仮面ライダーが遊園地にやって来た!!!】と大きく書かれていた上に、壇上には蟹を連想させる異形の姿をしたホルダーが司会と思われるお姉さんによって、舞台の壇上へと上げられていたのだ。

 

最初は俺もあのホルダーはただのきぐるみなのではと思ったが、タッチノートの反応は確かに壇上の上を示している。

 

更にホルダーが壇上で慌てふためいているその様子から、どんな経緯があったのかは知らないが、手違いで本物を舞台に上げてしまったのではないかという考えが、俺の脳裏に浮上する。

 

俺がどうするべきか、客席の後ろで事態を見守りつつ考え始めたその時、遠方からエンジンの音が鳴り響き、一台の黒いバイクが壇上へと飛び乗り、その勢いのままホルダーを跳ね飛ばした。

 

あのバイクは間違い無くチェイサーさんだ。

 

『マスター!』

 

この突発的な事態に、殆どの人の視線がステージに集中する中、足元からメカ犬の声が聞えて来る。

 

「メカ犬!」

 

『待たせたなマスター』

 

「ああ。それは良いんだけど、どうも変な事になってるみたいなんだよな……」

 

『それはそれで好都合だ。下手に周囲の人達があのホルダーを本物と認識するよりも、これから起こる一連の出来事をショーの一環として見てくれれば、無用な混乱を招かずに済む』

 

「……それってまさか!?」

 

『兎に角変身だマスター!』

 

メカ犬の考えを理解した俺は、溜息を一つ吐きながら、客席の影に隠れてタッチノートを操作する。

 

『バックルモード』

 

タッチノートから響く音声と共に、ベルトに変形したメカ犬が俺の腹部へと巻きつく。

 

「変身」

 

音声キーワードを言い放ちながら、俺はタッチノートをベルト中央の窪みへと差し込む。

 

『アップロード』

 

眩い光がベルトを中心に、俺の全身を包み込み、その姿をメタルブラックのボディーを持つ一人の戦士へと変える。

 

シードへの変身を完了させた俺は、素早く舞台の上へと飛び乗った。

 

その瞬間に観客席から溢れる拍手と小さな子供達による声援の嵐。

 

やっぱりお客さん達は今起こっている一連の出来事を、遊園地主催のショーだと勘違いしている様だ。

 

[「良い子のみんなー!この遊園地のピンチに仮面ライダーが駆けつけてくれたよー!」]

 

更にマイク越しに司会のお姉さんが、オーバーリアクションで宣言する事によって、更にステージ全体のボルテージが増していく。

 

まさかと思ったが、まさか運営側もこれが本物だという事に気付いていない!?

 

どれだけ今日使うショーの衣装に俺とホルダーが似ているのか、沸々と興味が湧いてきたがそんな事を確認している余裕は無い。

 

「出たなホルダー!この遊園地の平和を乱す者を私は許さない!」

 

俺は芝居がかった口調で、チェイサーさんのバイクタックルのダメージから立ち直り、起き上がろうとするホルダーに対して宣言する。

 

「え!?か、仮面ライダー!?っというか何で俺はこんなとこに居るんだよ!?」

 

何やら喚き立てるホルダー。

 

この反応を見る限り、やっぱりあれは本物のホルダーで間違い無い様だ。

 

そもそもあのホルダーが本物ではなく、ショーで使う衣装だったのなら、今頃中の人は重症になってこうして立ち上がる事も出来ていないだろう。

 

そう考えると、先程のチェイサーさんのバイクタックルは一歩間違えば大惨事を引き起こしていたのではないのだろうか?

 

『マスター!今は余計な事を考えている場合じゃ無いぞ!』

 

「わ、分かった」

 

メカ犬の指摘に、俺は改めて目の前のホルダーへと意識を集中させる。

 

「こんな事をしてる場合じゃ無いのに……俺には急いでやらなきゃならない事があるんだよ!」

 

そうしている間にも、激昂しながらホルダーがこっちへと向かって来た。

 

蟹の様な両腕の鋏を振り回しながら接近戦を仕掛けてくるホルダーの攻撃を捌きつつ、俺は大振りな一撃を避けた直後にカウンターの拳をお見舞いする。

 

「ぐっ!?」

 

だがホルダーの身体は予想以上に硬く、逆に俺の拳の方が跳ね返されてしまった。

 

「俺の邪魔をするなああああ!」

 

尚も叫びながら向かって来るホルダーを正面から蹴り込み一旦距離を取った俺は、ベルトの右側をスライドさせて、青いボタンを押し続けて黄色いボタンを押す。

 

『サーチフォルム』

 

『サーチバレット』

 

音声が鳴り響くと共にメタルブラックのボディーがスカイブルーへと変わり、右手にはこのサーチフォルムの専用武器であるサーチバレットが生成される。

 

「相手が固いなら同じ場所を連続で攻撃するまでだ!」

 

俺は果敢に攻め込んでくるホルダーの鋏をいなしつつ、その鋏と胸部に連続でサーチバレットによる光弾を当てていく。

 

その甲斐があってかホルダーの鋏と胸部からは、蓄積したダメージの為に煙が立ち昇る。

 

『マスター!今度は此方から攻めるぞ!』

 

「ああ!」

 

俺はメカ犬の声に頷きながら、再びベルトの右側をスライドさせて黒いボタンを押して、メタルブラックのベーシックフォルムになって接近戦を仕掛ける。

 

「この!」

 

それでも尚、鋏による強襲を仕掛けるホルダーを俺は下から拳を突き上げる事で払い除けて、煙の立ち上る胸部へと渾身の右ストレートを叩き込む。

 

今度は押し返される事無く、ホルダーの胸部に大きなヒビが生まれ、大きく後退する。

 

「はあああああああああああああ!」

 

その隙を逃す事無く、俺の蹴りがホルダーの身体を九の字に曲げて壇上の外へと押し出した。

 

「そろそろ止めを……」

 

更に俺がホルダーへ追撃を仕掛けようとしたその時だ。

 

[「ありがとう仮面ライダー!!!貴方の活躍でこの遊園地の平和は守られたわああああああああああああああ!!!」]

 

俺が壇上を降りようとするよりも早く、司会のお姉さんがマイクで絶叫しながら、俺の手をがっしりと掴む。

 

「え!?ち、ちょっと!?」

 

何とか放してもらおうと試みるが、お客さん達の大歓声を前に、俺の声は完全に掻き消されてしまう。

 

その後も誤解は解けないまま、結局ステージ後の握手会にまで参加させられた俺達は当然ながらホルダーに逃げられてしまった。

 

漸く解放されたのは、本来ステージに立つ筈の役者さん達が現れた後となったのだが、彼等が遅れた理由は急な腹痛によるトイレへの立て篭もりらしい……


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