雁夜が直死の魔眼使いでそれなりに強かったら 作:ワカメの味噌汁
橙子の依頼を手伝い始めてから七月半、つまり、呪われた間桐の家から出奔し、橙子の弟子になってから
一年という時が過ぎた。
この一年間を振り返ってみて、雁夜は自分が信じられないほど強くなったことに気がついた。
まずなんと言っても魔術であろう。
一年前は魔術回路を起動させるので精一杯だった雁夜だが、今では治癒魔術、筋力強化魔術、暗示などといった基礎魔術は全て使いこなせるし、ルーンや人形魔術といったハイレベルな魔術も、師匠の橙子程ではないにしろ、戦闘で十分活用できるまでになった。
次は肉体である。
雁夜は一年間、毎日の様にトレーニングを行い、肉体強化に務めてきた。その結果、雁夜の筋力は筋力強化魔術を行使しなくても十分強いというレベルまで上がった。更に毎日の長距離ランニングの結果、持久力もついた。
最後に、実戦経験である。
雁夜が橙子に師事してから二月半にグール討伐という初陣を成功させた雁夜は、それからも一週間に一度程度のペースで、実戦経験を積んできており、最近では一人で死徒二体を相手どって戦う事もできる様になった。
そんな事を考えながら感心していると、橙子が話しかけてきた。
「雁夜、お前は一年で随分と進歩したな。」
橙子も雁夜の進歩に感心しているようだった。しかしそれは橙子という優秀過ぎる師無しに出来た事ではない。故に雁夜は答える
「師匠がいなかったらこんなに進歩してませんよ。優秀な師抜きで優秀な弟子は育たないんです。」
「ほ〜う。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。」
橙子がいたずら気に、しかし嬉しそうに言う。
「まあ本題に入らせてもらうとしよう。雁夜、お前、ちょっと海外まで勉強しに行く気はないか?」
橙子がさりげなく切り出す
「勉強って、勿論魔術の勉強ですよね?」
雁夜が当たり前のことを確認する。
「ああ、勿論だ。お前はさっき言った様に、この一年で信じられないほど強くなった。そろそろ魔術協会三大部門の一角に入学してもない年齢だし、実力は十分過ぎる程ある。どうだ?やってみないか?」
「魔術協会に在籍となると…イギリスの時計塔ですか?」
雁夜が聞く
「いや、お前に在籍してもらうのは時計塔ではない。北欧の彷徨海だ。お前はルーンや人形魔術を扱えるとはいえ、直死の魔眼の使用と肉体強化魔術に戦いの重点を置いている。だから肉体改造を主軸としている彷徨海の方が良いだろう。」
「確かにそうですね。」
雁夜は納得した様に言う。
「ああ、それに彷徨海に在籍したからってルーンや人形魔術が習えないわけではないしな。」
しかし、雁夜は気がついてしまった。
「彷徨海に在籍するのは良いんですが、有力な魔術師からの推薦がなければいけないのでは?」
橙子はそんな事か、とでも言う風に答える
「それは大丈夫だ。私と交流のある魔術師にピザ煎餅を交換条件に頼んだら快諾してくれた。」
「ピザ煎餅ですか⁈」
雁夜は驚きを隠せない。
「ああ、変わった奴でね。だがそいつも名家の出でだから推薦者としては問題ないだろう。あと向こうでは蒼崎雁夜と名乗りなさい。封印指定の魔術師と魔法使いを輩出した家の縁者となれば、権威主義の魔術協会でも問題なくやっていけるだろう。」
「師匠って封印指定の魔術師だったんですか⁉」
突然告げられた事実に驚く雁夜
「ああ、そうだとも。だからあっちではくれぐれも私の居場所を言うんじゃないぞ。」
橙子は釘を刺す。
「はい。勿論です。」
雁夜は答える
「あと、一月に一回は手紙を出して、一年に一回は顔を見せるように。潜伏先を変える時はあらかじめ手紙に書いておく。」
「わかりました。師匠には本当にお世話になりましたし、これからも多分、お世話になると思います。」
雁夜は同意する
「当たり前だ。師の世話にならない弟子はいない。まあ私からは以上だ。荷物をまとめたら、直ぐに出発だからな。」
その言葉を聞いた雁夜は、荷造りを始めた。
これから経験するだろう新たなる生活に期待を溢れさせながら。
第六話です。
予告していた大きな進展は雁夜の彷徨海への留学でした。
インパクト的にはあまり大きくないかもしれませんが、これで第一章が終わり、第二章に移ります。
あと、赤ザコはピザ煎餅が好きという設定を昨日知って驚きました。
第二章では雁夜の彷徨海での生活を書いて行く予定です。もしかしたら聖杯戦争参加マスターの誰かと絡ませるかもしれませんがまだ未定です。
読んでくださっている方々、ありがとうございます。