逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第08話『自演オイフェ』

  

 シグルド軍、マーファ城を占領す。

 郊外の会戦でヴェルダン王国王子ガンドルフを討ち取ったシグルド軍は、その勢いで城を包囲せしめる。そして、マーファ城守備隊は一切の抵抗を見せず、そのままシグルド軍へ降伏した。

 

 ここまで電撃的な侵攻速度を見せていたシグルド軍。

 しかしマーファを占領した後、シグルド軍はピタリとその動きを止めた。

 今後の進撃において、軍内の意見が真っ二つに割れていたからだ。

 

 キュアン、アイラ、アレク、フィン、ドズルのいい男ことレックスら主力を担う者達は、このまま勢いに乗じ、ヴェルダン本城へ攻め上がるべきと強く訴える。

 エスリン、ノイッシュ、ユングヴィに帰らずシグルド軍へ参加したエーディン、そのエーディンに想いを寄せるアゼルやミデェールは、兵士の疲労を考え侵攻を一時停止するよう訴えていた。

 アーダンはシグルドの決定に従うと中立の姿勢を見せており、必然、シグルドは既に軍師的立場を確立したオイフェへと意見を求める。

 

 そして、オイフェは軍勢をマーファへ駐留するよう進言した。

 理由としては以下である。

 

 曰く、グランベル本国や占領地域からの後方支援は潤沢、兵士達の士気はいまだ軒昂であるも、肝心の兵士達の疲労は貯まる一方なのは確か。故に、一度休ませるべきというエスリン達の意見はもっともである。

 また、マーファ領の治安悪化は深刻であり、治安維持の為しばらくは軍勢を駐留し続ける必要もあり。

 加えて、ヴェルダン本城へと至る道は深い森に覆われており、その道は細く狭い。土地勘も無く疲弊した軍勢で進撃すれば、森に身を潜めた敵兵に不覚を取る恐れもある。地の利は向こうにあるので、ここは一度体勢を整え、準備万端で臨まざるを得ないと。

 

 この説明を受け、アイラ達はやや不本意ながらもオイフェの意見を受け入れていた。

 だが、キュアンだけは、オイフェの説明を受けても尚、ヴェルダン本城早期攻略を訴える。

 とはいえ、シグルド軍の戦闘支援を担うエスリン、エーディンの説得を受け、渋々とではあるが最終的にはオイフェの意見に頷いていた。

 彼女達はその軍務上、兵士達の疲労には人一倍敏感であり、それ故にヴェルダン攻略を一時停止するよう強く訴えていたのだ。

 

 実の所、オイフェ自身も、軍事的にはキュアンの意見がまったくもって正しいと認識していた。

 多少の疲労や損害など無視し、このままヴェルダン軍の体勢が整わない内にヴェルダン本城を制圧すれば、ヴェルダン征伐という戦略目的は達成されるのだ。

 軍勢の休息や占領地の治安維持など、ヴェルダン本城を制圧した後ゆるりと行えば良い。

 

 その理を覆してまでマーファ駐留を進言したオイフェ。

 軍理よりも優先すべき、ある理由があったからだ。

 

 それは、かつて主人が愛した人と、再び出会う事──。

 

 

 

 マーファ城

 城下町

 

「シグルド様、私は少々用を足してきます」

「ああ。わかった」

 

 マーファ城城下町。

 シグルド達が制圧する前は、半ばならず者と化したヴェルダン兵により、街の治安は悪化していた。だが、シグルド軍による治安維持活動により、街は以前の平穏を取り戻している。

 現在、シグルドはオイフェと二人で城下を巡察中であり、その身辺を警護する兵士は連れていない。

 治安回復が予想以上に早く進んだ為、警護兵を伴う必要がなく、シグルドはオイフェと二人きりで城下に繰り出していたのだ。

 

「ふぅ……」

 

 シグルドはちょうど街の中心にある広場に設けられた噴水の縁へと腰をかけると、深い溜息を吐く。

 そして、ここ数日間の激務を思い出し、疲れた表情を浮かべた。

 

 シグルド軍がマーファに駐留してからはや五日。

 この間、シグルドは慣れぬ書類仕事に忙殺されていた。

 シアルフィにいた頃は、政務全般はシアルフィ官僚団、そして父バイロンが主に行っており、シグルドはその補佐を務めていただけで、主体的に政務に関わることはなく。

 初めてともいえる本格的な政務は、ある意味戦よりも疲弊するものだと、シグルドは疲れた表情でそう振り返る。

 そして、その原因ともいえるオイフェの事を思い、再びため息をついた。

 

 既にエバンス領の統治を任されていたシグルドは、占領したジェノア領、マーファ領も兼任する事となり。

 グランベル本国からは役人、それもグランベル宰相レプトール、ヴェルトマー公爵アルヴィスの息がかかった者達が送り込まれていたが、オイフェ並びにシアルフィから呼び寄せた官僚団によって、役人達は統治にろくに関わることが出来ず、名目的な監査に留まるのみであった。

 

 当初、これにより本国役人との間で大きな軋轢を生むと懸念したシグルドであったが、オイフェが“戦時中の占領統治はシグルドが行うべし”と堂々と役人に言い放ち、その抗議を封じていた。

 役人の手を借りずとも占領統治がスムーズに進んでいた事が主な理由ではあったが、それ以上に決め手となったのは、シグルドが王国聖騎士として叙勲された事だ。

 聖騎士として叙勲されたことにより、シグルドの身分はシアルフィ公爵家公子としてではなく、アズムール王の直参家臣として扱われている。故に、シグルドが治める地はアズムール王の直轄領なのだと。

 

 これを年端のゆかぬ少年に理路整然と言い放たれた本国役人達は、驚愕と共に額に青筋を浮かべるも、それ以上抗弁する事が出来ず。せいぜいレプトールやアルヴィスへ告げ口めいた報告を送るのみであった。

 もっとも、一番驚いていたのは、海千山千のグランベル役人と堂々と渡り合ったオイフェを、直で見ていたシグルドであったのだが。

 

 ともかく、これによりシグルドは現在までに占領した各地を統治する事となり、その内政全般を統括する身となる。

 尚余談ではあるが、シアルフィ官僚団は少し見ぬ間に、オイフェが鬼のような内務能力を備えていたのを見て、シグルド同様に驚きを隠せずにいた。

 だが、オイフェによる怒涛の指示により、疑問を覚える暇もなく、政務に忙殺されることとなる。

 

 そして、それはシグルドも同じであったのだが、結局の所スサール卿の孫という事実が、オイフェの軍略、そして政略能力の高さを物語っているのだと、半ば強引に納得することにしていた。

 

 

「ごめんなさい、シグルド様……」

 

 シグルドが疲れた表情を浮かべているのを、物陰から見つめるオイフェ。少々無理をさせてしまった事に罪悪感を感じている。

 しかし、これからオイフェが目指す未来では、この程度の政務は難なくこなしてもらわねば話にならない。

 ややスパルタとなってしまった事は申し訳なく思うも、これも必要な事であると、断腸な思いで主をこき使っていた。

 

 そして、オイフェがシグルドや官僚団以上に酷使している存在が、もう一人。

 

「あ、いたいたオイフェ」

「デュー殿。首尾はどうですか?」

「ばっちぐーだよ。ていうかオイフェはおいらをこき使いすぎだよ」

「ごめんなさい。でも……」

「わかってるって。おいらの力が必要なんでしょ? しょうがないなあオイフェは」

「はい……ありがとうございます、デュー殿」

 

 シグルドに気付かれぬよう声を落としてオイフェと話すのは、盗賊少年デューだ。

 やや疲労を滲ませているものの、その声はどこか弾んでいた。

 

 現在、デューの立場はオイフェの直属となり、その補佐を務める形となっている。

 そして、オイフェはデューにあらゆる諜報任務を任せ、その能力をフル活用していた。

 この五日間、デューは主にマーファ周辺にて活動している。

 周辺の敵情偵察が主な任務であったが、オイフェは同時に“ある人物”を捜索するよう依頼していた。

 そして、デューはその人物を探し出すことに成功する。

 

「それにしても綺麗な人だったねぇ……」

 

 デューが探していた人物。

 それは、シグルドと結ばれる運命を持つ、グランベル王子クルトの落胤……そして、呪われた血を持つ精霊の森の乙女、ディアドラ。

 マーファまでの進撃が早すぎたのか、エーディンからディアドラの存在は語られることはなく。

 前は長期の監禁生活を憐れんだジャムカ王子により、エーディンは監視付きとはいえ、マーファの城下を自由に歩く事が許されていた。

 そこで、エーディンはディアドラと出会い、シグルドの存在を伝えている。

 

 今回はエーディンが城下へ行く事はなく、マーファはシグルド軍によって早期制圧が成されている。

 時期的にディアドラが精霊の森の隠れ里から抜け出し、マーファ城下へ来ているのは分かっていたオイフェであったのだが、詳しい所在は判明していない。

 故に、彼女の居所を探し出すべく、デューに捜索を依頼していたのだ。

 

「で、段取りはどうでしょう?」

「流石にその辺のごろつきを使うのはまずいから、おいらがマーファで手下にした連中にやらせるよ。おいらの言うことをよく聞く奴らだし、口は固い連中だから安心して」

「そうですか……本当、デュー殿には頭が下がります」

「ふふん。そうそう、そうやってもっとおいらを頼るといいよ」

 

 ふんす、と鼻をならしつつ、得意げな表情を浮かべるデュー。

 こき使われているにもかかわらず、デューはオイフェの言うことを実によく聞いていた。

 平民、それも盗賊の身でしかなかったデュー。日々の糧を得る為、他人の財産を盗む事に費やしていた毎日。

 せめて義賊めいた真似事をしたく、盗みはもっぱら悪徳商人や悪辣貴族限定で行っていたのだが、それでも卑賤な身分であるのは変わらない。

 

 それが、真っ当な貴族であるオイフェに頼りにされている。

 自身と同年代とはいえ、誠実な態度で接してくれるこの少年軍師に、デューもまた真摯に応えていた。

 素性の知れぬ盗賊でしかなかった自分を、唯一無二の存在であるように扱ってくれる。必要としてくれている。

 それが、デューがオイフェに従う理由だ。

 

「ていうか、なんであの人を探してたの?」

「それは……」

「ああ、言いたくなければ別に言わなくていいよ。でも、いつかは教えてくれるんでしょ?」

「はい、もちろん」

 

 やや歯切れの悪いオイフェに、デューはひらひらと手を振りながら笑顔をひとつ浮かべる。

 オイフェが何か大きな事を成し遂げようとするのを、本能で察していたデュー。

 その大仕事の一端を担える事が、たまらなく楽しい。

 理由は、後で聞ければそれでいいのだ。

 多少の無茶振りは構わない。どんどんこき使ってくれ。

 

 このデューの姿勢に、オイフェは心の底から感謝をしていた。

 頼もしすぎるその存在に、深い感謝を。そして、その時が来たら、全てを打ち明けようとも。

 二人の少年は、ある意味では運命共同体となっていたのだ。

 

 

「あ、そろそろ来るかな」

「……!」

 

 そして。

 オイフェにとって、ヴェルダンでの最大の目的が達成される瞬間が訪れようとしていた。

 

「ディアドラ様……!」

 

 オイフェの視線の先に、波打つ銀髪と儚げな雰囲気を持つ、美しい乙女の姿があった。

 ディアドラ。運命に翻弄された、悲劇の乙女。

 そして、オイフェが守り通す事を誓った、大切な人の、大切な存在。

 

「ディアドラっていうんだね、あの人」

「……なぜ、私がディアドラ様を知っているのか、聞かないんですか?」

「それ今更言う? 言ったでしょ。いつか教えてくれれば、それでいいって」

「……ありがとう、ございます」

 

 涙まじりのオイフェを見て、何かを察したかのように気遣うデュー。

 デューの配慮に、オイフェはただただ感謝するだけだ。

 

「それより、そろそろ始まるよ」

「はい……ですが、大丈夫なんでしょうか? その、デュー殿を疑うつもりはないのですが……」

「心配しなさんなって。まあ見ときなよ」

 

 もの珍しそうに辺りを見回しながら、シグルドがいる噴水へと近づくディアドラ。

 これから始まる“茶番劇”を画策していたオイフェは、涙を拭いつつディアドラの姿をまっすぐに見つめ直していた。

 すると、どこからか現れた複数の少年たちが、ディアドラの前に立ちふさがる。

 

「よーよーネエちゃん。おれたちとお茶しな~い?」

「ねーちゃんキレイだねえ。おれたちと一緒に遊ぼうよ」

 

 やや気の抜けた空気が辺りを漂う。

 見れば、デューと同じ年頃の少年たちが、ディアドラの周りを囲んでいた。

 

「マーファは初めてかい? おれたちがじっくりエスコートしてあげるぜ」

「へへへ。いい所連れてってやるよー」

 

 ガラの悪い少年たちに囲まれたディアドラ。しかし、少年たちは傍から見ても明らかに“悪ぶっている”ような、なんともいえない不自然さを醸し出している。

 ディアドラは一瞬驚いた表情を見せるも、直ぐに微笑ましいものを見るかのように目を細めた。

 

「ふふ……。じゃあ、せっかくだから案内してもらおうかしら」

 

 そう優しげに応えるディアドラ。

 当の少年たちはそれを受け、やや挙動不審に陥る。

 

「え、マジで」

「ちょ、どうすんだよこれ……」

「予定と違う……」

 

 肩を寄せ合い、ひそひそとそう相談する少年たち。彼らがデューより指示を受けていた内容は、嫌がるディアドラを無理やり連れ出そうと騒ぎを起こす事にあった。

 だが、早くも想定外の事態が発生したことで動揺を隠せずにいる。

 ディアドラは変わらず優しげな視線でそれを見ていた。

 

「デュー殿……」

「あ、あれ、おかしいな。こんなはずじゃ……」

 

 そして、物陰から見守っていたオイフェ達も困惑を露わにしていた。

 じっとりとした目で咎めるようにデューへ視線を向けるオイフェ。

 デューは額に汗を浮かべつつ、ごまかすようにオイフェから目を背けていた。

 

 オイフェが画策していた茶番。それは、かつてシグルドがディアドラと“出会った時”を再現する事。

 運命の出会いを再現し、再びシグルドとディアドラが恋に落ちるのを促す。

 シグルドがごろつきに絡まれているディアドラを助けたのが、その恋の始まりでもあったのだ。

 

 それを再現するべくデューに諸々の段取りを任せたオイフェ。

 だが、いくら本物のごろつきを使うのは躊躇われるとはいえ、まさか年端のゆかぬ少年、しかもここまでの大根役者を揃えるとは。

 オイフェは頼りになる少年の姿が途端にどうしようもない間抜けな少年に見え、段取りを丸投げした自身の愚かさを恨んでいた。

 

「と、とにかくこっちこいよ!」

「言うこと聞かないとひどいめにあわすぞ!」

「おとなしくしろい!」

 

 少年たちはディアドラの手をやや強引に引っ張りどこかへ連れて行こうとする。

 

「ああ、引っ張らないで。どこにもいかないから、ね?」

 

 そのような少年たちに、ディアドラは困ったような表情を浮かべつつ、あくまで優しげに応える。

 危機感などこれっぽっちもない、どこか牧歌的で、ほのぼのとした光景。

 

 ぐだぐだである。

 そう思ってしまったオイフェはどうしてこうなったと頭を抱えており。

 デューは何もかもから視線を背け、どこか遠い所を見つめていた。

 前からの経験も含め、その軍略、政略の手腕はユグドラル大陸有数のものとなっていたオイフェ。

 しかし、色恋に関しての手練は未だ未熟なものであった。

 

「あー……その、君たち。そちらの女性が困っているじゃないか。離してあげなさい」

 

 頭を抱えていたオイフェ。

 だが、自身が愛する主君は、オイフェの破綻しかけた計画を修正するかのように颯爽と……いや、おずおずとではあるが、ディアドラ達の前へと登場していた。

 

「ッ!? や、やっと来てくれた……じゃなかった、なんだおまえ!」

「わぁ、この人が聖騎士さま……じゃなくて、え、えーっと、げっ! あんたはもしや!?」

「グランベルの聖騎士!? ……か、かっこいい」

 

 芝居がかった様子で、そうわざとらしくシグルドへ驚く少年たち。

 もう既にボロが出まくっている状況に、オイフェはハラハラしながらそれを見つめる。

 

「そうだよ。分かっているなら、その人を離してあげなさい。それから、女性を無理やり連れて行くのは男として恥ずべき行為だ。もうしないように」

「あっはい」

「ごめんなさい、聖騎士さま」

「もうしません」

 

 思わず素で謝る少年たちに、シグルドはふっと笑みを浮かべる。

 

「謝るなら私ではなくて、その人に謝るんだ。いいね?」

「アッハイ」

「ごめんなさい、おねえちゃん」

「もうしません」

 

 シグルドのやんわりとした説教を受け、既にならず者を装った演技が消え失せた少年たちはディアドラへぺこりと頭を下げていた。

 

「お姉さんごめんねー!」

「また遊ぼうねー!」

「さようならー! さようならー!」

 

 そして、そのままそそくさと逃げるようにその場から立ち去る少年たちを、シグルドとディアドラは相好を崩しながら見つめていた。

 微笑みを浮かべるディアドラを、シグルドは気遣うように声をかける。

 

「その、大丈夫かい? 怪我は……あるわけないか……」

「はい、大丈夫です……ちょっと、楽しかったですし……」

 

 そう言ったシグルド。そう応えるディアドラ。

 そして、二人は初めてお互いの瞳を覗き込んだ。

 

「あ……」

「え……」

 

 目と目が合う。

 その瞬間、二人は生まれて初めて、心の奥底に蓋をしていた感情が溢れ出るような想いに囚われる。

 恋という、切ない感情だ。

 

「あの……その、君の名前は……?」

 

 顔を紅潮させたシグルドは、素朴な田舎青年のようにたどたどしくディアドラの名を尋ねる。

 同じく顔に朱を差したディアドラも、純真無垢な少女のように口ごもりながら応えていた。

 

「……ディアドラ、です」

「ディアドラ……美しい名だ……」

「そんな……シグルド様も……」

「……? どうして、私の名を?」

「街の人達が噂をしていました。新しくマーファに来た聖騎士様のお名前を。想像していた通りのお方なのですね……」

 

 陶然とした様子でシグルドの顔を見つ続けるディアドラ。

 シグルドもまた、見惚れるようにディアドラの顔を見つめ続ける。

 まるで、二人の周りだけ時が止まったかのような。

 二人だけの、神聖な時間。

 

「あの、私は所用に出た家臣を待っているんだ。待っている間だけだが、よかったら、少しだけ話を……」

「私も、もう少ししたら里に帰らなければなりません。でも、少しだけなら……」

 

 ディアドラは慎ましやかに自身の左手を差し出す。

 その手を、シグルドはゆっくりと、丁寧に包んだ。

 

「……」

「……」

 

 見つめ合いながら、手をつなぎ合い噴水へと歩く男女二人。

 それを見つめる少年二人。

 

「いいなぁ、あの二人……」

「……ぐす」

 

 うっとりとしつつ、羨ましそうに見るデューとは違い、オイフェは嗚咽を噛み殺しながらそれを見つめていた。

 

 なんて美しい二人なんだろう。

 なんて美しい光景なんだろう。

 生きて、再びこの光景を見れるなんて。

 なんて、至福なんだろう。

 

 溢れ出す想いが、オイフェの心をかき乱す。

 だが、それは存外に心地良いものだと、オイフェは思っていた。

 

「オイフェ。それ、笑ってんの? それとも泣いてんの?」

「両方です……」

 

 笑いながら涙をとめどなく流すオイフェに、デューは当惑しつつ、苦笑いを浮かべている。

 オイフェは、時間の許す限りシグルドとディアドラを見つめていた。

 今度こそ、二人を守り通すと誓いながら──。

 

 

 

 


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