逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第07話『爆釣オイフェ』

 

 ヴェルダン王国

 マーファ城

 城主の間

 

「なにっ!? グランベルの連中がもう来やがったのか!?」

 

 シグルド軍がマーファ城郊外へと進軍した報を受け、ヴェルダン王国王子ガンドルフは驚愕の声を上げる。

 数日前に弟キンボイスのジェノア兵団が敗れ、ジェノアが制圧されたという報告を受けたばかり。

 義弟であり実の甥でもあるジャムカ王子と共に、マーファ城にて迎撃準備を整えていたガンドルフであったが、シグルド軍の異常ともいえる侵攻速度に狼狽を見せていた。

 

「兄貴。この状況でもまだやるつもりなのか」

 

 ガンドルフの狼狽えぶりとは対照的に、ジャムカは冷めた表情を浮かべている。

 グランベルとの戦端を開けば、初戦は勝ちを拾えるかもしれない。いや、事実ユングヴィ奇襲は上手くいった。

 だが、いくらグランベルがイザークに兵力を向けているとはいえ、その国力差は十倍以上にも及ぶ。

 イザークとの戦が終われば、その全戦力がヴェルダンへと向けられるのは必至。

 各公爵家の主力騎士団、それも神器持ちの将帥が来襲すれば、ヴェルダンは瞬く間に焦土と化すであろう。そもそも弓騎士団バイゲリッターが留守でなければ、ユングヴィはヴェルダン軍の侵攻など容易く防げたのだ。

 

 そう警鐘を鳴らし続けていたジャムカ。

 だが、父を始めジャムカの意見を聞くものは、ヴェルダンの為政者の中では誰もいなかった。

 

「当たり前だ! キンボイスの馬鹿野郎は油断しただけだ! グランベルのモヤシ共なんざ元々大した数じゃねえ! 俺がマーファ兵団を率いて打って出れば、奴らなんぞ!」

 

 実弟キンボイスが討ち取られても全く悲しむ素振りも見せず、あまつさえ罵倒まじりにそう息を巻くガンドルフ。

 ジャムカは一瞬悲しげに表情を歪めるも、すぐに冷然と言葉を返した。

 

「シグルド軍は騎兵中心だ。おまけに練度も士気も高い。野戦なんかすれば猟師に毛が生えた程度の俺たちじゃ蹂躙されるのがオチだ。数の利なんて関係ない」

「うるせえ! やってみねえと分からねえだろうが!」

「やる前から分かってるからそう言ってるんだ。それに、俺のマーファ兵団を猟師……いや、山賊の集まりに変えたのは兄貴じゃないか。余計に勝ち目は無いよ」

「それはてめえが腑抜けたやり方してるからだろうが!」

 

 マーファ領は元々ジャムカが封じられていた場所であり、本来の第一王子であった父の遺領。そして、そこを守るマーファ兵団は、ジャムカが手ずから鍛え抜いた精兵軍団だった。

 だが、王位簒奪を狙うガンドルフはサンディマと謀り、マーファ領をジャムカ一人ではなくガンドルフと共同で治めるようバトゥ王に進言する。

 既にサンディマの操り人形と化していたバトゥ王の命を、ジャムカは忸怩たる思いで受け入れていた。

 

 その後、ガンドルフはジャムカからマーファ兵団をも奪うべく、兵団の部隊長クラスの人事に強引なやり方で介入していく。

 自身の息のかかった者を送り込むべく、身に覚えのない罪で兵団から追放された部隊長は数知れず。

 ジャムカの抗議は虚しく、マーファ兵団を構成する五千の兵力の内、ジャムカが掌握しているのは三百程度にまで落ち込んでいた。

 

 当然、優秀な部隊長の多くを失ったマーファ兵団の練度は、以前よりも遥かに劣ったものとなっており。加えて、ガンドルフによる虐待ともいえる苛烈な練兵は、兵士の質も著しく劣化させていた。

 苛烈な練兵に耐えかねて脱走する兵士も多く、兵団の規定数を維持する為、ガンドルフは近隣の村々から徴兵を繰り返し、素性の怪しい流れ者までかき集めており、ますますその練度は劣る一方であった。

 

 大事な働き手を奪われた領民達。そしてマーファ兵団の狼藉兵士共による治安悪化。その原因となったガンドルフへの領民達の怨嗟は、推して知るべしである。

 

「兄貴、今からでも遅くはない。シグルド公子へ停戦の使者を送るんだ」

「馬鹿かてめえは! 今更そんなこと出来るわけねえだろ!!」

 

 生意気な義弟の言に、ガンドルフは激高してそう応えた。

 ジャムカはため息をひとつ吐くと、ある事実を義兄へと告げる。

 

「兄貴。俺はエーディン公女を解放した。ついでにあの盗賊のガキもな。今頃、エーディン達はシグルド軍に保護されているだろう」

「なっ!? て、てめえなんてことしやがる!」

「俺もシグルド軍がここまで早く来るとは思ってなかったんだけどな。個人的に、エーディンにはもう少しマーファに滞在して欲しかったが。まあ、奪ったイチイバル共々お帰り願ったよ」

「そんなことは聞いてねえっていうかイチイバルまで返しやがったのかてめえ!? なんでそんなことしやがった!?」

「そりゃあ、エーディンを籠城戦に巻き込むわけにはいかなかったからな」

「あぁ!?」

 

 悪びれる様子もなく堂々とそう述べるジャムカ。

 顔面を怒りで朱に染め上げ、額に太い青筋を立てるガンドルフに構うことなく、ジャムカは突き放すように言葉を重ねる。

 

「兄貴、悪いことは言わない。俺が親父を説得してグランベル王国と停戦交渉を始めるまで、このまま城に籠もってろ」

「て、てめえ!!」

「弱くなっちまったマーファ兵団だが、それでも俺の本当の親父が遺してくれた兵士達だ。出来れば無駄死にさせたくない。野戦なんて馬鹿な真似はせず、このままマーファ城で籠城するんだ。いくらシグルド軍とはいえ、少ない兵力で城を落とすのは難しいだろう」

「こ、この野郎、言わせておけば……!」

「じゃあな、兄貴。俺はヴェルダン本城へ行く」

「ま、待て! 逃げんのかこの野郎!!」

 

 尚も激怒するガンドルフを尻目に、ジャムカは踵を返し部屋から立ち去る。

 扉の向こうでは尚もガンドルフが何かを喚いていたが、それを無視して城下へと足を向けていた。

 

 

 

 城門を出たジャムカは、馬場に向かうと自身の愛馬に跨る。すると、直率部隊の部隊長がジャムカへと駆け寄った。

 

「ジャムカ王子。我々もご一緒します」

「いや、お前たちはこのままマーファに残れ」

「ですが……」

 

 同行を申し出る部隊長を制するジャムカ。

 納得がいかないといった体の部隊長に、ジャムカは諭すように言葉を述べる。

 

「どうせ兄貴のことだ。このまま大人しく城に籠もっている事はないだろう。兄貴が敗れたら、お前たちはそのままシグルド公子に降伏しろ」

「こ、降伏ですか?」

「親父が造ったマーファの街を戦場にするわけにはいかないからな。兄貴が出陣しても、適当な理由を作って城に残るんだ。いいか、グランベルじゃなくて、シグルド公子に降伏しろよ。公子なら、マーファを悪いようにはしないだろう」

「は、はい」

 

 ジャムカの指示を受け、部隊長は戸惑いつつも頷く。

 一人マーファ城を後にしようとする主へ、部隊長は尚も縋るような視線を向けていた。

 

「ジャムカ王子は……」

「この戦争、誰かが責任を取らなきゃいけない。王族だからな、俺は」

 

 寂しげな笑みを浮かべ、馬首をヴェルダン本城へと向けるジャムカ。

 その後ろ姿を、部隊長はそれ以上言葉を述べることなく、黙って見送っていた。

 

「エーディン……君とはもう一度会いたい。その時は、もっと気の利いた話が出来るといいな」

 

 そう呟きながら、ジャムカはヴェルダン本城へと馬を走らせていった。

 

 

 

「くそが! どいつもこいつも舐めくさりやがって!」

 

 ジャムカが立ち去った後の城主の間では、ガンドルフが備え付けられた調度品へ当たり散らしており、怒り心頭といった有様を見せていた。

 楽に勝てると思っていた戦争が、気付いてみれば己が居座るマーファ城にまで敵が押し寄せる始末。加えて、人質だったエーディン公女まで失うとは。

 何よりガンドルフが腹立たしく思うのが、ジャムカの言う事をある程度は理解できた事だ。

 

 驕暴な圧制者であるガンドルフ。しかし、その政治的見識は決して低いものではない。

 少なくとも、この状況で野戦に打って出るリスクが分からぬほどの馬鹿ではなかった。

 いや、馬鹿でなければそもそもユングヴィへの侵攻を企てることはなかったのだが、追い詰められたガンドルフはどこかで冷静な判断力を培うことが出来たのだろう。

 

 ガンドルフは散々物に当たり散らすも、やがてぜいぜいと荒い息を吐きながら、籠城の指示を出すべく部屋の外に控える側近の男を呼び付けようとした。

 

「ガ、ガンドルフ王子!」

 

 だが、呼び付ける前に、荒々しく扉を開けながら側近が慌てた様子で入室する。

 ガンドルフはそれをギロリと睨みつけた。

 

「ノックぐらいしやがれ馬鹿野郎!」

「さ、さーせん、つい……」

「ったく……で、なんだ?」

「へ、へい。あの、グランベルの連中が……」

「グランベルの連中がどうしたっていうんだ?」

 

 粗野な側近に辟易しつつ、ガンドルフは続きを促す。

 側近はガンドルフの気圧に押されながらも、おずおずと報告を続けた。

 

「グランベルの連中が引き返していきやす」

「なんだとお!? なんでそれを早く言わねえんだ馬鹿野郎!」

「さーせん!」

 

 側近の尻を蹴飛ばしつつ、ガンドルフは窓際へと駆け、遠眼鏡を取り出すと郊外へ向ける。

 望遠から覗かれた光景には、慌てた様子で撤兵を開始するシグルド軍の姿があった。

 

「ほ、本当だ……グランベルの奴らが撤退していやがる……!」

 

 それまでの整然とした行軍とは打って変わり、まるで弱兵の寄せ集めの如き有様でジェノア方面へと撤退していくシグルド軍。

 それを見たガンドルフは、それまで見せた怒りの表情から、徐々に口角を引き攣らせていった。

 

「ク、クククク……! イチイバルとエーディンを取り戻したからもうここには用はねえってか? 間抜け共め!」

 

 そう言うやいなや、ガンドルフは遠眼鏡を投げ捨てると歪な笑みを浮かべる。

 シグルド軍を撃滅する好機を受け、ガンドルフは尻を押さえ蹲る側近へ向け激声を発した。

 

「おらっ! なにチンタラしてやがる! さっさと連中をぶち殺しに行くぞ!」

「え? でもジャムカ王子は籠城してろって……」

「てめえは誰の手下なんだ馬鹿野郎! 撤退してる連中を追撃するんだよ馬鹿野郎! グズグズしてると逃げられちまうだろうが馬鹿野郎!」

「さーせん!!」

 

 騎兵が多いとはいえ、急な転進にもたついているのかシグルド軍の動きは非常に鈍い。

 歩兵、それも鈍重な兵科であるアクスアーマー、アクスファイター中心のマーファ兵団でも、駆ければその無防備な尻を蹴り上げ壊滅に追い込むことが出来るだろう。

 元々の数の利を、十二分に活かすことが出来るのだ。

 

「おらさっさと行くぞ! この俺様が直々にシグルドをぶっ殺して、エーディンを今度こそ嬲り尽くしてやる!」

「へ、へい!」

 

 エーディンの美しい肢体をロクに味わう事なく逃げられたのもあってか、ガンドルフは劣情まじりの激を飛ばしていた。

 

「エーディン以外の女はお前らにくれてやらあ! 気合入れろよ!」

「さっすが〜! 王子サマは話がわかるッ!」

「気安い口きいてんじゃねえよ馬鹿野郎! 王族だぞ俺は!!」

「さーせん!!!」

 

 欲望を剥き出しにしながら、蛮族共はマーファ城から出陣していった。

 

 

 騎兵中心であるはずのシグルド軍が、妙に騎兵が少ない状態であるのを、欲望に駆られたガンドルフが気付くことはなかった。

 

 

 


 

(まさかここまで簡単に引っかかってくれるなんて……)

 

 数刻後のマーファ城郊外。

 そこかしこに屍を晒すマーファ兵団、そして討ち取られたヴェルダン王国第一王子ガンドルフの死体を見ながら、オイフェはそう呆れるように思考する。

 ヴェルダンの民を蛮族と蔑むつもりはなかったが、それでもこの有様は残念極まりないと、勝ち戦にもかかわらずため息を吐いていた。

 

 ジャムカがガンドルフに言った通り、マーファ城の攻城戦はいくらオイフェの軍才があっても困難。故に、オイフェはある作戦を立案する。

 

 オイフェがシグルドへ進言し、実行に移された作戦。

 それは、籠城の構えを見せるマーファ兵団を、シグルド軍がジェノア方面へ撤退するよう“擬態”して釣り出す事であった。練度の高いシグルド軍ならば、本当に撤兵しているように見せかける事は造作もなく。

 

 同時に、ドズルのいい男ことレックスが率いる斧騎兵を中核とした打撃力の高い別働隊を編成。マーファ領南にある海岸へと移動させる。

 海岸と陸地を阻むようにそびえる崖に身を隠しながら、いい男たちはマーファ兵団に気づかれることなくその後方へ迂回することに成功する。

 

 そして、擬態を止めたシグルド軍本隊と別働隊は誘引されたマーファ兵団を挟撃。前後から、特に後方から激しく攻め立てられたマーファ兵団は瞬く間に総崩れとなり、ガンドルフがシグルドに討ち取られると次々と降伏を始め、兵団としての戦力を完全に喪失する。

 ガンドルフの側近だった男も「さーせん!!!!」と会心の土下座で命乞いをしており、無事シグルド軍の捕虜となっていた。

 

(まあ、上出来という事にしておこう……)

 

 オイフェはマーファ兵団の釣り出しに失敗した時に備え他にもいくつか策を用意していたが、それらが徒労に終わったことでなんとも言えない表情を浮かべていた。

 とはいえ、前回に比べシグルド軍は大した損害を出すこともなく。前回は正面からマーファ兵団とぶつかり、少なくない損害を出しながらマーファ城を攻略していた。

 

 今回は戦死者も少なく、戦傷した者たちも温存していたエスリン麾下トルバドール隊により問題なく戦線に復帰しており、その士気は前回に比べ遥かに旺盛であった。

 

 

「見事……いや、見事すぎる手並みだな。少年軍師殿」

「アイラ王じょ……アイラ様」

 

 これのどこが見事なのかと、オイフェは胡乱げな目つきで話しかけてきた女剣士の姿を見やる。

 難しい表情を浮かべつつ、アイラと呼ばれた美しい黒髪を靡かせた女剣士へ向き合った。

 

「今回の勝利はアイラ様の奮戦のおかげです。むしろ、見事と言いたいのは私の方です」

「いや、私より軍師殿やレックス公子の働きの方が見事だった。いい男だな彼は」

 

 アイラの言葉を受けても、オイフェは驕り高ぶる様子を一切見せず。そして、オイフェがアイラに向けた言葉に嘘偽りはない。

 事実、いい男が率いる打撃部隊に配置されたアイラの戦いぶりは凄まじいの一言に尽きた。剣聖オードの名に恥じぬ剣鬼、いや剣姫の秘剣には、敵はおろか味方ですら慄くばかりだ。

 

 秘剣“流星剣”

 十二聖戦士の一人、剣聖オードが開眼した、五度の斬撃を流星の如く繰り出す究極の奥義。

 イザーク王家に“神剣バルムンク”と共に伝えられている絶技の前では、立ちふさがる敵兵は哀れな躯を晒すのみ。

 

 それを良く知っているオイフェは、今回もアイラの実力を高く評価していた。

 前もそうだが、此度も十分にその剣技に頼らせてもらおうとも。

 

「軍師殿の策が無ければ、私達はここまで大きな勝利は得られなかっただろう。誇るといい」

 

 心の底から感心しているようにそう述べるアイラ。

 褒められてもどこかバツの悪そうにするオイフェに、優しげな視線を送る。

 

「それと、私のことはアイラと呼び捨てて構わない。今の私はイザーク王女アイラ・オードヴィ・イザークではなく、ただの剣士アイラだ」

「そういうわけには……でしたら、アイラ殿って呼ばせてもらいますね。それから、私のことも軍師殿ではなく、オイフェと呼び捨てて構いません」

「そうか……なら、お言葉に甘えるとするよ。オイフェ」

「はい。アイラ殿」

 

 そこまで言って、オイフェは花が咲いたかのような可愛らしい笑顔を浮かべる。

 やっと笑顔を浮かべたオイフェに、アイラはもまた笑顔をひとつ浮かべた。オイフェの笑顔を見ると、アイラの高ぶった戦意が、この可憐な少年に癒やされるかのような。

 そのような心地よい気持ちに浸りつつ、アイラはオイフェの笑顔を見つめている。

 同時に、深い感謝の気持ちも、この少年へと向けていた。

 

 イザークから遥か東に位置するヴェルダンへと落ち延びてきた、イザーク王家であるアイラ。そして、シャナン。

 敵国王家であるアイラとシャナンを、シグルドはグランベル本国に突き出す事はせず、彼女らを自身の庇護下に置いている。

 グランベルとイザークが交戦している現在、政治的に不安定な立場であるアイラは、いつかはイザーク本国へシャナン共々送り返す事を約束するシグルドに感謝し、その恩に報いるべく撃剣を振るっていた。

 シグルド軍の主だった者達もアイラ達に同情を見せており、その身分を全員でグランベルから秘匿、仲間として迎え入れていたのだ。

 

 そして、アイラの感謝の念は、厚情を見せるシグルド達に加え、オイフェにも向けられていた。

 

「オイフェ。私はお前に感謝している。今まで言う機会がなかったから、改めて言わせて欲しい」

「え?」

 

 聞き返すオイフェに向け、アイラは深々と頭を下げた。

 

「シャナンを救い出すのに尽力してくれて、ありがとう」

「それは……」

「オイフェがジェノア城を早期に占領するべしとシグルド殿に進言していたのだろう? そのおかげで、シャナンを無事に救い出す事が出来た。本当にありがとう」

「アイラ殿……」

 

 頭を下げるアイラに、オイフェは困ったような表情を浮かべた。

 オイフェがジェノア城へ別働隊を派遣し、早期占領をするようシグルドへ促したのは、シャナンの早期救出もそうだが、それ以上に別の意図があり。

 

 ヴェルダン第二王子キンボイスが治めるジェノア領は、海運業が盛んな為ヴェルダン中の資本が集まる豊かな土地。

 ジェノアの城下町では、いくつもの廻船問屋による商業取引が日々活発に行われていた。

 だが、その活況も、バトゥ王がサンディマに洗脳され疲弊していくのと比例するかのように冷え込んでいく。

 キンボイスが対グランベルの戦備を整えるべく、過剰なまでの重税を施し始めていたからだ。

 

 そのジェノア領を、シグルドが解放した。

 圧政から解放されたジェノア領の民は、進んでシグルド軍へ協力しており。

 それは、壊滅を免れた廻船問屋の商人らも同様。

 元々グランベル本国からある程度の軍需物資、軍用資金の支援を受けていたシグルド軍であったが、ジェノア領からも資金物資の援助を受け、その軍備を更に拡充させていた。

 

 そして、オイフェが目指す全てを救う計画には、この廻船問屋たちが無傷で残る事が重要であり。

 前回ではシグルド軍の勢いに押され焦燥したキンボイスによる焼き討ち、つまり焦土戦術の煽りをうけ、ジェノア領の海運業はほぼ壊滅状態であったのを思い出したオイフェ。故に、その保護を優先するべくジェノア城の早期占領を訴えていたのだ。

 

「……」

 

 とはいいつつも、前のオイフェにとって戦友……いや、辛い想いを分かち合った同志であり、深い絆で結ばれたシャナンの存在は、当然無視できるものではなく、大切な存在のひとつ。

 その大切なシャナンがジェノア城に囚われている事を知っていたのでさっさと助けました、それからジェノアの海運業を保護するために手早くジェノア城を占領しました、などと言えるはずもなく、オイフェはアイラの感謝の気持ちを素直に受け止めきれずに困ったような表情を浮かべていた。

 

「……お礼は、私ではなくシグルド様へお伝えしてください。シグルド様は、本当にお優しいお方ですから」

「オイフェ……」

 

 自身より主を立てる忠臣少年。

 その遠慮する姿勢に、シグルドはなんて良い臣下に恵まれているのだろうと、同じ王侯貴族でもあるアイラはやや嫉妬の感情をシグルドへ向けていた。

 オイフェのような優秀な家臣に恵まれていれば、イザークはリボー族長の暴走を未然に防ぐことが出来たのにとも。

 

「……」

 

 そして。

 

 オイフェが本当の所、全く別の理由でアイラに遠慮していたことを、当のアイラはかけらも想像することが出来なかった。

 

 

(ごめんなさいアイラ殿。ヴェルダンが片付き、シグルド様がディアドラ様をお迎えした後……貴女の旦那様を、しばらくお借りしますね)

 

 

 オイフェによる悲劇を回避する為の大戦略。

 盗賊少年デューに続く、二人目の要。

 

 剣姫の将来の夫であり、ユグドラル大陸史上最強の双子剣士の父でもあるあの大剣豪。

 かの大剣豪の姿……金髪碧眼の美丈夫の姿を、オイフェは静かに思い出していた。

 

 

 

 




CPは『皆違って皆良い』の精神で推していきましょうね(毎回アーダンに追撃のリングを拾わせながら)

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