逆行オイフェ   作:クワトロ体位

6 / 62
第一章
第06話『笑顔オイフェ』


  

 久しぶり、オイフェ 

 

 ずいぶん立派になったね。口ひげなんて生やしてさ

 

 ……一番大変な時に、そばにいてあげられなくてごめんね

 

 ……おいらは大丈夫。片腕でも、結構やれることあるんだよ?

 

 まあ、おいらのことはいいよ。それより、エーディンは元気? そう。ならよかった

 

 ミデェールが、最後まで……最期まで、ずっとエーディンの心配をしていたからさ

 

 セリス様……皆の子供達も、元気かな?

 

 そっかぁ。もう十五歳なんだね、セリス様

 

 早いなあ……ほんとに、早いね……。あれから、もう十三年も経つんだね

 

 ……うん。話したいことは、沢山あるんだ

 

 でも、おいら、ちょっと時間なくてさ

 

 もう、ティルノナグを出なくちゃならないんだ

 

 だから、これ

 

 ミデェールが使ってた弓と、ベオウルフが使ってた剣。それと、ホリンとアイラが使ってた剣

 

 これ、オイフェに預けるよ

 

 子供達が使ってくれると、皆も喜ぶと思うんだ

 

 あ、あと、少ないけど、このお金も

 

 ……うん

 

 大変だった。でも、オイフェとシャナンに比べたら……

 

 ……ごめんね。おいら達で、終わらせるはずだったのに

 

 ……あれから、どうしてたか……あの時のこと、聞きたい?

 

 といっても、おいら達は逃げるので精一杯だったから、あまり詳しくは話せないけど……

 

 ……うん

 

 ノイッシュも、アレクも、アーダンも、シグルド様を助けようとして……

 

 ホリンとアイラが道を斬り開いてくれて……でも、二人はそのまま……

 

 その後、ジャムカとミデェールとベオウルフが、おいら達を逃してくれて……

 

 ……泣かないで、オイフェ。もう、そんな歳じゃないでしょ

 

 ……でさ、その後、ブリギッドとラケシスと一緒に、メルゲンへ逃げて来たんだ

 

 そこで、ブリギッドのお腹が大きいのに気付いてさ……

 

 ラケシスも身重だったし、おいら大変だったんだよ? ファバルもまだ小さかったし、あの頃は本当に…… 

 

 うん。メルゲンで、二人のお産を手伝った。っても、おいらが直接手伝ったわけじゃないんだけどさ

 

 ……その後、ブリギッドが行方不明になって

 

 ラケシス達だけ先にレンスターに行ってもらって、おいらはファバルとパティを修道院に預けて、ブリギッドを探してたんだ

 

 でも、結局見つけられなかった。イチイバルだけ、見つかったんだけど……

 

 ごめんね。おいら、探しものは得意だったのに、全然役に立てなくて

 

 ……それから、しばらく修道院の手伝いをしてた

 

 でも、帝国が、子供狩りを始めて……危なくなったから、ファバル達を連れてラケシス達と合流しようと思って、レンスターに行ったんだけど……

 

 ……うん。もう、レンスターは、トラキアに……

 

 とりあえず、おいら達は難民にまぎれて、コノートまで行けたんだ

 

 そこで、おいらはファバル達を孤児院に預けた

 

 ずっとファバル達と一緒に居たかったんだけど、おいら、どうしてもブリギッドのことを探したかったんだ

 

 ジャムカにお願いされたからさ。ブリギッドと、子供達を頼むって……

 

 おいらずっとブリギッドを探してた。それで、やっと見つかったかもしれなくてさ

 

 ああ、腕は、その時にやっちゃって……ちょっと、死にかけた

 

 今は……うん。大丈夫だよ

 

 それで、ブリギッドの所に行く前に、ずっと預かってた皆の武器を、オイフェ達に渡したくて

 

 ……

 

 ごめんね。おいら、もう行かなきゃ

 

 大丈夫。また会えるよ

 

 いつか、きっと

 

 

 皆で、一緒に──

 

 

 

 

 ヴェルダン王国。

 二大大国グランベル王国とアグストリア諸侯連合と隣接し、大陸最大の湖を抱く鬱蒼とした蛮族の地。

 深い森に覆われた国土はエバンス領の一部を除き農作に適さず、棲まう民は狩猟、漁業、林業で生計を立てている。

 とはいえ大国に挟まれた立地条件もあり、ヴェルダンはグランベルとアグストリアの交易の中継を担うべく馬借、つまり陸運業がそれなりに発達している。

 また、大陸一の商業都市ミレトスと海を挟んで隣接しているのもあり、ヴェルダン産の材木、毛皮、魚介類などの主要品目をミレトスを介し全国へ輸出する為、特にジェノア領では海運業がその国力に見合わない規模で発達していた。

 

 湖の西側に突き出た岬とその周辺に広がる“精霊の森”と呼ばれる森林地帯は、古より聖域と定められており、神秘的な逸話には枚挙にいとまがない。言い伝えによると、数十年に一度、湖には太古の精霊が現れ、訪れた者に幸福をもたらすという。

 

 ヴェルダン王国の祖は流れ着いた海賊とも土着の山賊とも言われているが、そのルーツはユグドラル大陸で興った他の国々とは違い定かではない。

 現国王バトゥ王は誠実かつ温厚な性格を備えた人物であり、多くのヴェルダン豪族をその人徳で治めていた。

 

 バトゥ王には三人の息子がおり、長男を事故で亡くした後、王国の後継者として長男の息子、つまり自身の嫡孫であるジャムカを養子として迎えていた。

 だが、次男ガンドルフ、三男キンボイスはジャムカを後継指名した事により不満を覚え、日に日にバトゥ王への反発を強める。また、大国への反発心が強い好戦的な豪族達もガンドルフらを支持しており、ヴェルダン王国の内情は不安定なものとなっていた。

 

 そして、ある日のこと。

 バトゥ王の前に、サンディマという謎の祈祷師が現れる。

 次男と三男、そして豪族達の反発に疲弊していたバトゥ王は、サンディマによる緩やかな“洗脳”からは逃れられず、ついには身分怪しき祈祷師でしかないサンディマの政治的な進言を尽く受け入れるようになる。

 また、それに乗るように、ガンドルフとキンボイスの専横も日増しに強くなっていた。

 

 そして、グランベルによるイザーク征伐。

 手薄となったグランベルを侵略するよう進言するガンドルフに、バトゥ王は生気の無い表情で頷く。日々サンディマからグランベルの脅威を刷り込まれていたバトゥ王は、既に冷静な判断力を失っていた。

 

 ヴェルダンによるグランベル侵攻の日。

 それは、聖戦士達が運命に翻弄された、始まりの日でもあったのだ。

 

 

 

 アズムール王の命を受けヴェルダン征討軍を起こしたシグルド。

 ヴェルダンによるユングヴィ奇襲のお株を奪うように、電撃的にジェノア領へ侵攻するシグルド軍は、迎え撃つキンボイス王子率いるジェノア兵団をたった一度の会戦で粉砕。キンボイス王子をも討ち取る事に成功する。

 ジェノア兵団の客将……イザーク国より落ち延びていた王女アイラも、ジェノア城に捕らわれていた兄王子マリクルの息子、甥であるシャナンがオイフェの進言により迅速に救出されたことにより、その矛を収めシグルド軍へと合流していた。

 

 ジェノア城を占領し、周辺の制圧を手早く終えたシグルド軍。

 その段取りを如才なく整えていたオイフェ。

 そもそも、キンボイス率いるジェノア兵団との会戦は、オイフェの不自然なほど正確な敵部隊配置の予想を受け始められており。

 それを受け、シグルド軍はキュアンら騎兵部隊を中心とした運動戦を展開。山岳歩兵中心であるジェノア兵団は騎兵部隊に翻弄され、ジェノア西に位置する森林部へと戦場を移そうとする。

 

 森の中でなら騎兵の運動性は殺され、数に勝るジェノア兵団がシグルド軍を打ち破る事は容易い。

 だが、森林部に近づいたジェノア兵団は、事前に待機していたアゼル率いる魔道士隊、そしてアーダン率いる重装甲兵部隊により挟撃される。

 この効果的な采配により、シグルド軍は兵力に勝るジェノア兵団撃滅に成功していた。

 

 その采配のほぼ全てを献策したオイフェ。

 曰く、祖父スサールに伝授された軍略のおかげ、とのことであるが、それにつけても驚異的な軍才である。

 シグルド達はこの無垢な少年軍師に驚愕しつつも、囚われたままのエーディン公女を救うべく軍勢をマーファ城へ向けていた。

 ヴェルダンに受けた恥辱を晴らすべく、一騎当千の働きをするアイラを先頭に、迎え撃つヴェルダン軍を蹴散らしつつ進むシグルド軍。

 そして、マーファ城近辺へと到達したシグルド達は、ついに“ある少年”と共に逃げ延びて来たエーディン公女の姿を見つけるのであった。

 

 

「エーディン、無事だったのか! よかった……!」

「シグルド様、助けにきて下さったのですね。ごめんなさい、シアルフィの方々まで危険な目に会わせてしまって……」

 

 ヴェルダン王国マーファ城郊外。

 進軍するシグルド達はエーディンの姿を見つけると、全員が安堵の表情を浮かべ彼女を迎え入れていた。

 

(ああ、よかった……無事だった……)

 

 オイフェもまた一安心といった様子を見せていたが、その視線はエーディンではなく傍らにいる身なりが良いとは言えない、自身と同年代の少年へと向けられていた。

 

「よかったねエーディンさん。ああ、これでおいらもガンドルフの奴に舌を抜かれずに済むよ」

「君は?」

「おいらはデューっていうんだ。よろしくね、シグルド公子!」

 

 太陽のような活発な様子を見せる、盗賊少年デュー。

 彼はマーファ城で盗みを働いた罪で幽閉されており、近々ガンドルフ王子による処刑が執行される身であった。

 だが、エーディンとデューはマーファ城下からの脱出に成功する。それを手引したのは、グランベルとの戦争を最後まで危ぶみ、反対の声を上げ続けていたジャムカ王子であった。

 

(よかった。もしかしたら、マーファまでの攻略が早すぎたせいで、デュー殿の処刑も早まる可能性もあった。だが、それは杞憂だったようだ。ジャムカ王子が上手くやってくれたおかげだ……)

 

 そう思い、安堵のため息をひとつ吐くオイフェ。

 懐かしい顔をまた見れたことで、オイフェはこみ上げてくる気持ちを抑える事が出来ず、少しだけ眼尻を濡らしていた。

 

 なにより、デューはオイフェが立てた計画に必要不可欠であり、求めてやまなかった人材の筆頭。場合によってはエーディンの救出より優先すべき存在であった。

 

 その理由は、デューが持つ天才的な生存能力、諜報能力、そして捜索能力にあった。

 敵地の真っ只中でも傷一つ負わず必要な情報を持ち帰る才能。そして、敵が秘蔵する財産を銅貨一枚に至るまで根こそぎ掻っ攫う嗅覚。

 オイフェが計画する、全てを救い、最良の結末を迎える為のキーマンである。

 

「エーディン様、姫様! ご無事だったのですね! ああ、よかった……!」

「ミデェール、あなたこそ元気な様子で安心しました」

「申し訳ありません。私にもっと力があればこのような事にはならなかったのに……」

「もういいのよ、ミデェール。あなたの所為ではないのですから」

「エーディン様! ご無事でなによりです!」

「まあ、アゼル公子! あなたまでユングヴィの為に戦ってくれたのですね!」

「俺もいるぞ!」

「レックス公子まで……相変わらずいい男ですね」

 

 エーディンを慕うシグルド軍の主だった者達に囲まれ、エーディンもまた安心した表情を浮かべる。

 その様子を見つつ、オイフェは輪から外れふてくされた表情を浮かべるデューの元へ駆け寄っていた。

 

「ちぇ。なんだいなんだい。エーディンさんをここまでエスコートしたのはおいらだっていうのに」

「ええ。確かに、デュー殿が一番の功労者ですよ」

「へぇ! 見どころある人がいるもんだ! 見たところおいらと同じくらいの歳に見えるけど、君は?」

「初めまして。私はシグルド様に仕えるオイフェと申します。デュー殿よりひとつ歳下の十四才です。同年代の方がいなくて寂しい思いをしていましたので、これからも宜しくお願いしますね」

「う、うん。よろしくね、オイフェ」

 

 絶対に逃さんとばかりにデューの肩を掴み、妙に凄みのある笑顔を浮かべるオイフェ。

 元々なし崩し的にこのままシグルド軍へ転がり込むつもりだったデューであったが、もしかしたら自分はとんでもない所へ来てしまったのではないかと、やや引き攣った笑みを浮かべながらオイフェに応えていた。

 

(よし。後は、マーファを落とし……シグルド様をディアドラ様に引き合わせるだけだ)

 

 若干引いているデューに構うことなく、その肩をみしりと掴むオイフェ。懐かしさも手伝って、肩を掴む力は強い。

 

 いつかきっと

 皆で、一緒に──

 

 かつての人生。ボロボロとなったデューと交わした、この約束。

 結局、その約束は果たされることは無かった。

 シグルドに尽し、落ち延びたオイフェ、そして戦友達の遺児を人知れず支援していたデュー。

 だが、解放戦争前、オイフェが帝国の内情を探っていた時分。

 

 オイフェは、デューの死を知ることとなる。

 デルムッドとレスターを伴い、ペルルークへ潜入した際。

 帝国貴族の屋敷へ盗みを働いた盗賊が処刑され、死体が街中で晒しものにされていた。

 

 あの太陽のような輝き。

 それが、その躯から、僅かに発せられていた。

 

(あの時の約束……今度は、必ず……)

 

 そう心の中で呟くオイフェ。

 悲劇の犠牲者を、今回は出すつもりはない。

 

(ディアドラ様……貴方も……)

 

 そして、オイフェは当面の最大の目的……ディアドラとの再会へ向け、そのあどけない表情を引き締めていた。

 

 

(あれ? そういえばおいら自分の歳を言ってなかったけど、なんでオイフェはおいらが十五歳だって知ってるんだろ……まあいいか。ていうか、痛い……痛いんですけど……)

 

 オイフェが運命を変える為に必要な同輩となった少年、デュー。

 その悲願の道連れとなった盗賊少年は、肩の痛みに耐えつつ、オイフェの圧力に気圧されるかのように苦笑いを浮かべ続けていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。