逆行オイフェ 作:クワトロ体位
「昨日はお愉しみでしたね」
アイーダから朝食を誘われたオイフェは、朝の挨拶もそこそこに炸裂したこの言に思わず啜りかけたスープを噴出しそうになる。
あくまで従者の立場であるレイミアは同席はしていなかったが、オイフェの後ろでニンマリといつもの諧謔めいた笑みを浮かべていた。ちなみにレイミア自身は既に朝食を済ませている。
「まあ、寛いでいただけているようで安心しましたが」
淡々と朝食をとりながら極力オイフェから視線を外すアイーダ。自身も貴族階級であるが故に、貴人との距離の取り方は実に如才ない。とはいえ、客観的には自身とほぼ同格の身分であるので、オイフェにはそのような物言いが許されていた。
それにオイフェの年頃なら、護衛兼愛妾を抱えていても不自然ではないのだ。自身もアルヴィスと同様の関係なので良くわかる。
「これは、その」
「いえ、不躾な物言いで申し訳なく。ですが、そちらの従者殿にはもう少し声を抑えるよう申し付けては?」
その割には容赦なく言葉責めをかますアイーダ。少年オイフェは気恥ずかしそうに顔を赤らめるのみである。
しかし、これは予め予想していた事であり、狙い通りとも言えた。
昨晩の営みではレイミアの嬌声(時折オイフェの快楽混じりの苦悶の声も混じっていたが)が部屋の外にも漏れ聞こえる程であったが、これはある意味意図的に行われていた。
護衛が逃散し、情けなくもアイーダへ保護を求めた属州領補佐官。そして、陰謀を知らぬまま呑気に女傭兵と乳繰り合う少年。
そのような擬態に一味加えるべく、レイミアは必要以上に艶めかしい声を漏らしていたのだ。
もっとも、行為の途中から擬態ではなくマジのアレになっていたが、結果オーライではある。
給仕を務める使用人達の生暖かい視線に苛まれているのも、覚悟の上だ。
「善処します……」
そう言いながらおずおずとスープを啜るオイフェ。後ろではさて今夜はどのようにオイフェを虐め抜いてやろうかと、愉悦げに口角を歪めるレイミアの姿があった。
「……」
アイーダはちらりと視線を上げる。羞恥に悶えるオイフェ、そのオイフェに剥き身の性欲を向けるレイミアを見て、品の無い連中だと思いつつ。
しかし、やはりどこか怪しい。
そもそもサイアスの話を持ち出した時点で、腹に一物を抱えているのは確かなのだ。
ヴェルトマーの女武将の勘は冴えていた。
「補佐官殿。今日は街を見て来てはいかがでしょう?」
「街をですか?」
「ええ。ダーナはイザーク軍に荒らされましたが、当面の復興は完了いています。ちょうど、戦需で商人達も戻って来ていますし、退屈はしないと思いますよ」
そのような提案をするアイーダの思惑は至極単純。
このまま館に滞在している状態より、あえて館の外に泳がせてオイフェの腹の中を探る。
自由にさせる体でその実、監視の目は厳重。そこはオイフェも分かっていた。
「そうですか。では、今日は街を見てまいります」
しかし、オイフェはこれに乗った。
どうせ館の外でも中でもダーナにいる限りは四六時中監視がついているのだ。
ならば、いざという時──脱出する為の経路を下見するのも悪くはない。
「ダーナは我がヴェルトマーの手勢により治安が維持されています。良い気分転換になるでしょうし、ゆっくりと見て来てください」
「はい。ありがとうございます」
薄い笑みを浮かべながら、アイーダはオイフェへそう言った。
オイフェもまた、作ったような微笑を返していた。
「んで、補佐官殿はどういう見立てなんだい?」
しばらくして街に繰り出したオイフェとレイミア。
ダーナは先のリボー軍の侵攻により略奪の限りを尽くされていた。しかし、その後グランベル軍がダーナを奪還すると、そのままイザーク遠征軍の拠点とするべく急ピッチで街の復興が果たされていた。
今もところどころ崩壊した建物が散見されるが、往来では人々の活気が戻っている。
露店が立ち並ぶ大通りで、レイミアはそうオイフェへ問いかけていた。
「思ったよりは戦禍の影響を受けていないと思います」
差し障りない言葉を返すオイフェ。
ちらりと後方へ意識を向けると、通行人を装った監視の存在を感じた。会話も聞かれているだろう。迂闊な事は話せない。
「そうさねぇ」
レイミアもそれを分かっているので、突っ込んだ話はしない。
だが、オイフェもレイミアも鋭い視線で街並みを見回していた。
ダーナの復興状況。そして配置されたヴェルトマー軍の規模。軍需物資の集積状況。
それらをそれとなく確認し、脱出する為のルートを確認する。
「そう遠くない内にダーナは以前の活気を取り戻すと思いますよ」
要所にヴェルトマー兵が立哨していたが、数はそう多くはない。それを見て、オイフェは街からの脱出がそう難しくないと悟った。
しかし、いざ脱出するならば、そもそも領主の館から脱出しなければならない。街の警備より館の警備が厳重なのは理解しており、アイーダの監視がもう少し緩まなければ、それは果たせそうに無かった。
「でもまだ荒れてる所が目立つと思うけどね。ちとカマをかけすぎたんじゃないかい?」
レイミアは言外にサイアスの存在を匂わせた事を責めた。
クルト王子脱出の確度を上げる為とはいえ、アイーダの注意をいささか引きすぎたのではないか。
「巡察には微妙な塩梅が必要なのですよ」
澄ました顔で応えるオイフェ。
何もしなければ、アイーダはダーナ周辺へ注意を向ける可能性があった。本当に護衛が逃散したのか、それくらいは確認をするだろう。
そして、芋づる式にクルト逃亡が発覚する可能性もゼロではなかった。
「ま、いいさ。それよりせっかくだから色々見て回らないかい?」
ともあれ、己は既にオイフェ一点買いをした身であり、そして深い関係となった間柄。傭兵団の将来もあるが、ここまで来てオイフェを見捨てる事は出来ない。
そのようなレイミアを見て、オイフェははにかんだ笑みを浮かべた。
「……では、僭越ながら私がエスコートしましょう」
そう言って、オイフェは細い腕をレイミアへ差し出した。
少々赤面しているが、堂々たる少年紳士ぶりである。
「そうかい」
対し、レイミアは常の諧謔めいた笑みを浮かべるのみ。
しかし、よく見るとその頬は僅かに朱を差しており。加え、滋味のある穏やかな瞳を浮かべていた。
オイフェの腕に自身の腕を絡ませるレイミア。身長差があるので紳士淑女の連れ合いというより、背伸びした弟と出かける姉のような光景となったが、それでも二人が纏う空気は、どこか暖かみのあるものだった。
これは擬態。
アイーダの注意を引きつつ、過度な警戒心を持たせない為の演技であり擬態。
そうお互いに言い聞かせながら、オイフェとレイミアは街を見て回った。
いつか、本当にこうして──。
ふと、レイミアはそのような感情が、心の奥底から湧き上がるのを感じた。
しかし、それは果たしていつになるのだろうか。
本当に、その時は来るのだろうか。
「……」
答えを求めるようにオイフェの顔を見るレイミア。
オイフェは、儚げな笑顔を返すだけだった。
「そこな方。宜しければ運勢を占ってみんかね?」
ひとしきり露店を冷やかした後。
オイフェとレイミアは、街路の片隅にぽつんと店を構える占い師に呼び止められた。
「えっと……」
「面白そうじゃないか。ちょっと見てもらおうよ」
白鬚を蓄え、ボロを纏う老人占い師。その姿を訝しむオイフェだったが、レイミアは占いに乗り気のようだ。
手を引かれ、占い師の前に進む。
「名前を伺っても?」
別に隠す必要はないので、本名を名乗るオイフェとレイミア。
占い師は手元の水晶玉へ手をかざし、しばし瞑目する。
「オイフェ殿とレイミア殿……お主らは既に結ばれておるぞ。そりゃもうずっこんばっこんと」
「え、あ、はい」
「何言ってんだいこのジジイ」
別に隠す必要はないが、急に下世話になった占い師に困惑するオイフェ達。
しかし、この手の占いはこういうものなのかもしれんと、オイフェは考えを改める。
前世でも解放軍の若き女性達が、こうして街の占い屋に足を運んでは、一喜一憂していた姿を思い出したからだ。
「ほほう。常にレイミア殿が上位のプレイとな。しかしレイミア殿はたまには自分を責めて欲しいとも思っておるようじゃぞ」
「え、あ、はい」
「何言ってんだいこのジジイ!」
別に隠す必要はないのだが、割と容赦なく性癖方面で攻めてくる占い師に更に困惑を深めるオイフェ達。
こんなセンシティブな内容を毎回聞いていたのかあの子達は。たまげたなあ。
そのような益体もない事を考えつつ、占い屋へ足を向けた事を後悔し始めるオイフェ。レイミアは既に羞恥を殺意へと変換し始めていた。
血の雨が降る前に帰ろうかと思ったオイフェ。しかし、占い師が妙に神妙な顔付きを浮かべたのに気付く。
「それにしても、オイフェ殿はなかなかに不思議な運勢を纏っておるのう」
「え?」
それまでの下ネタ占いとは違う空気を放つ占い師。
オイフェもまた困惑しつつ居住まいを正す。
「しかしこのままでは幸せにはなれんな」
そして、占い師はそう断言した。
「どういうことだい?」
オイフェに代わり険のある言葉を返すレイミア。
深く繋がった少年の、不穏な未来を予測する占い師を睨む。
しかし、占い師はレイミアの視線を無視し、言葉を続けた。
「大切な人達を守る。立派な心がけじゃ。じゃが、時には大切な人達に頼る事も大事じゃ」
「……」
占い師はじっとオイフェを見据えそう言った。
オイフェは変わらず沈黙を続ける。
どこか、占い師が纏う空気、この感覚には覚えがあった。
「隠し続けるのは辛かろう。だから、思い切って何もかもを伝えればよい。そうすれば、運命の扉は
神秘的な空気を纏う占い師に、オイフェは突然外界と隔離された感覚に陥る。
周囲は闇に閉ざされ、自身と占い師しかいない空間。
当惑を強めるオイフェに、占い師は最後にこう言った。
「達者でな……聖戦の系譜を継ぐ者よ」
「えっ?」
突として視界が開ける。
ダーナの街。先程と変わらない光景。
しかし、目の前の占い師の姿は消え失せており。
「どういうまやかしだい……」
卓越したレイミアの視力を持ってしても、占い師が突然消えたようにしか見えず。
残された水晶玉、無人の占い屋の露店を見て、オイフェは精霊の森での一件を思い出していた。
『貴方の幸福を祈っています』
泉の精霊にそう言われたオイフェ。
何かしら超常の者が、こうして自身へ忠告を与えてくれたとでもいうのか。
もしかしたら、自身の逆行にも何か関わりがあるのだろうか。
「大切な人……」
ふと、そう呟く。
それから、レイミアを見上げた。
「なんだい?」
「いえ……」
目の前のレイミアは、もはやデューと同じく運命を共にする者。
そして、大切な、愛おしい女性。
守ると同時に、十分に頼っている存在だ。
だが、あの占い師が言ったのは、デューやレイミアの事だけではないのだろう。
「シグルド様……ディアドラ様……」
エバンスにいる大切な人々。
シグルドやディアドラ。それに、アレクやノイッシュ、アーダンらシアルフィの先輩騎士達。
加え、前世でシグルドと運命を共にした勇者達。
今生ではまだ出会えていない勇者達も、それに含まれているのだろう。
「……」
オイフェは黙考する。
デューだけではない。
己の秘めたる何もかもを、大切な人々へ伝える必要が迫られていた。
しかし、それは果たしてこの段階で吉と出るか。
はたまた、取り返しのつかない凶事を招くのか。
こればかりは、軍師の頭脳をもってしても分からなかった。
「……まあ、何があってもさ」
レイミアは押し黙るオイフェへ、優しげな言葉を向けた。
「アタシだけは、ずっとオイフェの味方だよ」
そう宣言したレイミア。いつもの諧謔めいた笑みに、真摯な眼差しを浮かべながら。
「……私も、レイミアの味方です。ずっと」
オイフェは、レイミアの瞳を真っ直ぐに見つめながら、そう応えていた。
「あ、お客さん来てたんですか!?」
そこへ小用へ出かけていたと思われる本物の占い師が現れる。
先程の老人とは違う意味で怪しさ溢れる風体の占い師だった。
「それじゃあ占っていきますね~……お主らは既に結ばれておるぞ。そりゃもうずっこんばっこんと」
「え、あ、はい」
「またかい!」
戦禍に苛まれたダーナの街で、少年軍師と女傭兵の困惑した声が響いていた。
それからしばらくして。
ダーナの街、領主の館へ至る兵団あり。
精強で知られたフリージ公爵家騎士団ゲルプリッター。
オイフェ一行を追う、騎士オーヴォの部隊である。
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