逆行オイフェ 作:クワトロ体位
母は決して血も涙もない冷酷な人間などではありません。
幼少だった私に人目を忍んで会いに来てくれた時は、いつも山のような菓子や玩具を抱えて、はにかんだ笑顔を私へ向けてくれました。
本質としては、暖かい血の通った、優しい女性だったのです。
一族が犯した罪を償う為、哀しい
そして、母のような悲しい人を、二度と作らない為にも……。
私は
このファラの聖痕に誓って──。
イード砂漠
ダーナの街
領主の館
「大変な目に遭っていたようですね、属州総督補佐官殿」
ヴェルトマー公爵家に仕える将軍アイーダは、保護を求めて現れたオイフェに開口一番そう言った。
主に劣らない燃えるような赤髪を携えた女将軍は、目の前の少年軍師を慮るように微笑を浮かべている。
そして、その隣では、オイフェの内心を見透かすかのように冷然とした視線を向ける、灰色の魔女の姿。
アイーダと共に、アルヴィスの腹心を務める女武将、ヴァハだ。
「アイーダ殿にはご迷惑をおかけしてしまい申し訳なく思います」
ヴェルトマー軍が駐留する領主の館にレイミアと共に訪れたオイフェ。敵陣の真っ只中に自ら飛び込んだ形であるが、その表情は常の沈着ぶりを見せていた。
レイミアはオイフェの一歩後ろで片膝を付いており、愛剣の銀の大剣はヴェルトマーの従卒に預けている為、現状無腰である。
が、胸の谷間に隠した懐剣をいつでも抜けるよう、油断なく周囲を警戒していた。ちなみに懐剣はオイフェの手で無理やり押し込めさせており、顔を赤らめながら自身の生肌に手を入れる少年オイフェの羞恥を存分に消化し、少年の暖かな温度を丹念に味わったおかげで
「いえ、迷惑など。我々は同じグランベルの臣ではないですか」
そう言ったアイーダは、薄っすらと微笑みを浮かべながら、あくまでオイフェを気遣う様子を見せていた。
無論、オイフェが陰謀の核心を掴んでいるのも、アイーダは承知していた。
ロプト司祭ベルドが画策したオイフェ一行襲撃。
現状、陰謀の中核であるアルヴィスとロプト教団の接触は、大司教マンフロイとの不定期の密談のみ。しかし、アルヴィスはただ黙って陰謀の趨勢を眺めているわけではなく、アイーダやヴァハら腹心を用い教団への情報収集を密かに行わせていた。
オイフェ一行をロプト教団が襲撃した事実は、隠形に長けたアイーダの手の者により確りと観測されており、概ねオイフェが陰謀の一端を掴んだ事による襲撃なのだろうとも察知していた。
(流石に殿下が既に脱出しているとは気付いていないだろうが……)
そのようなアイーダの表情からそう思考をするオイフェ。
この分では、クルトの存在もいずれは発覚しよう。ならば、クルトが安全圏に逃れる為の時間稼ぎをする必要があるのは、既に覚悟していた事だ。
「シグルド総督には既に私が使いを出しておきました。属州領から迎えが来るまでこちらに滞在してはいかがでしょう?」
「お気遣い痛み入ります。では、お言葉に甘えてしばらく厄介になります」
思った通り、アイーダは自身をダーナに留めておくつもりなのだろう。そう思いつつ、オイフェは慇懃に返事をする。
どうせ使いが携えている内容は、恐らくオイフェが負傷、ないし病を得た為、しばらくダーナに滞在するという旨だ。
ヴェルトマー公爵家ではなくアイーダ個人が使いを出したという言がその証拠。シグルドへ虚偽を報じた事が発覚した際、自らがトカゲの尻尾となるというアイーダの悲壮な覚悟が滲み出ていた。
ともあれオイフェが事前に推察した通り、アイーダはこの時点で属州領及びシアルフィを敵に回すつもりはないようだ。
「……」
今すぐに拘束されないと察知したレイミアは、それまでの警戒を幾分か緩めていた。
護衛が逃散したという偽装がうまくいった。そう確信しつつも、完全に警戒を緩める事はせず。
アイーダが放つ冷徹な空気が、油断する事を戒めていたからだ。
「ところでアイーダ殿」
「なんでしょう補佐官殿」
表面上の空気が和んだのを見計らい、オイフェはアイーダへなんとなしに言葉をかけた。
「コーエン閣下はお元気でしょうか。以前、宮殿でお見かけしたのですが、ろくにご挨拶も叶いませんでしたので」
「ああ、それは」
思いがけず実父の名が出たのを受け、アイーダは少々面食らう。
基本ヴェルトマーから出ないコーエン伯爵であったが、アルヴィスへ領内のあれこれを報告する為に度々バーハラ宮殿へ赴いている。この間もコーエンはアルヴィスと謁見しており、オイフェもまた属州領立ち上げで宮殿へ足を運んでいるからして、両者がニアミスしていたであろう事は、アイーダも納得していた。
「もちろん、我が父はまだまだ壮健です」
「そうですか。それは良かった」
にこりと可愛らしい笑みを浮かべるオイフェ。少年の無垢な笑顔を見て、アイーダもまた表情を綻ばせる。
「閣下の次子様もお変わりない様子と伺いました。たしか、今は十歳になられたとか」
しかし、直後に放たれたオイフェの言葉で、アイーダの目は僅かに細まった。
「
「はい。よく存じております」
やや不自然なオイフェの言動。コーエン伯爵に男子──己以外の庶子がいる事は、なにも隠しているというわけではない。オイフェがそれを知っているのもおかしくはないが、それにしてもここで話題に出す意味は。
少年軍師の真意を測りかねるアイーダだったが、オイフェは構わず続ける。
ただの時間稼ぎをするつもりはオイフェにはなかった。
前世知識を用い、アイーダへ強烈な餌をチラつかせる。
端からそのつもりで、炎の紋章、その懐へ飛び込んだのだ。
「ヴェルトマー家を支えるに相応しい、将来楽しみな少年と聞いております」
「それは、過分なお言葉を」
「いえいえ。
聖痕という言が出たのを受け、とうとうアイーダから笑みが消えた。
(まさか……ッ)
知っているとでも言うのか。
サイアスが私の子なのを。
サイアスがアルヴィス様の子なのを。
そして、ファラの聖痕が現れているのを。
疑念は深まり、ある種の確信となっていく。
慇懃なオイフェの態度。そして、アイーダの直感がそれを是と認めていた。
「……お疲れでしょう。部屋を用意しておきました。今宵はゆるりとお過ごしください」
アイーダはそれ以上オイフェとの会話を控える事にした。
腹の探り合いは不得手というわけではないが、この少年軍師にはこれ以上余念を晒すわけにいかない。
「ご配慮に感謝いたします」
そう言って、オイフェはぺこりとお辞儀をした後、レイミアを伴い退室していった。
「……アイーダ。いいのか」
オイフェが退室したのを見計らい、それまで黙していたヴァハがそう言った。
腹の中の読めぬ少年軍師。その真意を放置していては、陰謀成就の致命的な障害になるのではないかと。
「良い。どちらにせよ補佐官は我々の手中にある……いざとなれば本当に病を得た事にすればいい」
険しい表情を浮かべながらヴァハへそう返すアイーダ。
言外に、オイフェへの苛烈な拷問を示唆していた。
無論、その後の口封じも含めてである。
「そうか。なら、私は一旦リボーへ向かう。フリージやドズルの連中が漏らした場合、直ぐにこちらへ戻ってくるつもりだ」
信頼する同僚に全てを任せたヴァハ。
常に浮かべる怜悧な表情を引き締めながら、陰謀の最前線へと向かうべく退室しようとした。
「アイーダ」
去り際に、ヴァハはアイーダへちらりと振り返った。
「
そう言って、ヴァハは退室した。
「……ありがとう」
姿が見えなくなったヴァハへ、アイーダは静かに感謝を述べる。
そして、一時でも同志を疑った自分を恥じていた。
サイアスの素性はヴェルトマーでも極々限られた者しか知らない。そして、その内の一人がヴァハだった。
一時期はアルヴィスの夜伽役を巡り争った仲でもあるアイーダとヴァハ。しかし、アルヴィスの覇道を共に支えようと誓ってから、アイーダとヴァハの間にわだかまりは存在せず。
サイアスを身ごもった時などは、「例えアルヴィス様との子じゃなくても一生後悔するぞ」と、堕胎しようとするアイーダを同じ女としての立場で止めていた。
そして、ファラの聖痕が現れてからも、決してその秘密を漏らさないとも誓っていた。
共にアルヴィスへ忠愛を抱き。
共にアルヴィスを支える同志であり。
そして、共に助け合う、親友だった。
(だからこそ)
なぜオイフェがサイアスの秘密を知っているのだろうか。
最初はヴァハから漏れたと思ってしまったが、先程のヴァハの言葉が、それを明確に否定していた。これも直感でしかないが、アイーダはどうしてもヴァハが裏切っているとは思えず。
「色々と聞き出す必要がある……」
愛する主君の為に傲然と情念を燃やすアイーダ。
しかし、オイフェに対しては、氷の如き冷めた温度を向けていた。
「なんだか色々とぶっこんでいたようだけど……大丈夫なのかい?」
用意された客室にて。
監視、盗聴の仕掛けが無い事を確認した後、やれやれとベッドの上で寛ぎながら、やや不安げにそう言ったレイミア。もちろん、オイフェの身を案じての言である。
「何かしら仕掛けてくるかもしれませんが、今は直接的な行動は取らないでしょう。アイーダ殿には殿下の動向から注意を逸らしてもらわなければなりません。だから、私への疑念を植え付ける必要がありました」
レイミアの心配を余所に淡々とそう述べたオイフェ。
元から陽動として乗り込んだのだ。全て覚悟の上での会見である。
とはいえ、「お前たちの陰謀はまるっとお見通しだ!」などと宣うどころか匂わすだけで「そうですか。じゃあ死んでもらう」と秒で処刑されるのは目に見えており、ただの自虐行為である。
そこで、陰謀とは直接関わりの無いサイアスの素性を、暗に知っていると匂わせたのだ。
様々な事象が重なり、今やアルヴィスのアキレス腱になりうるサイアスは、アイーダの注意を引くのに恰好の存在でもあった。
「そうかい。それにしても、コーエン伯爵に息子がいたなんて知らなかったさね」
「公表はしていましたが、伯爵家の後継はアイーダ殿と既に決まっています。庶子であるサイアス殿はあまり目立つ存在ではないという事でしょう」
「ふうん……」
表向きはサイアスはコーエン伯爵の庶子である。これも貴族社会では特に珍しい事でもないし、庶子に注目する者もそうそういないのは、レイミアも理解するところだ。
前世があるとレイミアへ告白したオイフェだったが、大まかな情報しか共有しておらず。
サイアスの素性は、未だレイミアも知らぬ事だった。
「……サイアスって子、本当はアルヴィス卿の隠し子だろ?」
しかし、オイフェとアイーダの僅かな会話から、サイアスの正体を看破したレイミア。
地獄の女傭兵は耳も地獄耳なのか。そう感心しつつも、オイフェはレイミアならあの程度の会話から察するのも可能だろうとも思っていた。
「はい。ファラの聖痕を受け継ぐ、正統なヴェルトマー継承者です。そして、母親はお察しの通りアイーダ殿です」
「やっぱりねえ……。それじゃ、いずれはロプトの連中に狙われる事になるわけだ。腹を痛めた我が子を守ろうとする、健気な母親の機微に付け入るって事さね。あくどい策だ」
否定はしない。
というよりも、そのくらいのセンシティブな内容でなければ、知略にも長けるアイーダの注意を引くことは叶わないのだ。
半端な言を宣うものなら、即座にその違和感を見抜かれ、芋づる式にクルトの逃亡を察知せしめるだろう。
当然、オイフェ自身はそのまま亡き者として扱われるのだ。それは何が何でも避ける必要があるのも当然である。
「でも、それが上策なのも理解しているよ」
そう言って、レイミアは冷たい笑みを浮かべた。
元よりこの女傭兵も悪辣な手段を常用し、日々の糧を得てきたのだ。この程度の奸計など責める気にもなれなかった。
「はい……」
じっと瞑目するオイフェ。
その脳裏には、かつての前世における、ファラの正当なる後継者──策謀の出汁にしてしまった、サイアスの姿があった。
解放戦争終結時。
ロプトウスの化身であり、闇の皇子ユリウスを打倒したセリスら解放軍は、喜びもつかの間、直ぐに戦後世界の立て直しを余儀なくされた。
グランベル七公国、周辺五王国。
聖戦士の末裔達は、責務、使命、因縁、そして想い人との幸せを掴む為、それぞれの故国へと散っていく。既に各々がその内意をオイフェら解放軍重鎮に伝えていた。
しかし、ヴェルトマー公国の処遇だけは、オイフェとレヴィンが直接介入する必要があった。
全ての元凶でもあるロプト教団。その闇の勢力にもっとも近い存在であり、そして皇帝アルヴィスの勢力基盤だったヴェルトマー公国。当然、解放軍の主だった者達の中にも、口にこそは出さぬが、ヴェルトマーの取り潰しを願う者もいた。
アルヴィスやユリウスという“悪”に対して、ヴェルトマー自体を取り潰す事で帝国統治時代の総括をさせる。
もっともらしい理由だけに、当初オイフェはこの案に条件付きではあるが賛意を示していた。無論、ヴェルトマーはバーハラ王家──セリスの直轄領として編入し、ヴェルトマー家は宮廷祭祀として政治的な実権から切り離す。
言い換えれば、ヴェルトマー家を完全にバーハラ王家の支配下に置くのだ。
しかし、これにレヴィンが難色を示した。
聖戦士の系統は独立、ないし半独立性を保ってこそ均衡が得られる。
ただでさえ聖剣ティルフィングを懐いたままグランベル王となるセリスに、神聖魔法ナーガを継承したままのユリアが付いているのだ。これ以上、バーハラ王家に神器が集中するのは、今代はともかく、後のユグドラルに禍根を残すのではないかと。
基本的に、ひとつの家に神器が二つ以上あってはならないのだ。
ナーガがヘイムに神器を分散させるよう戒めた逸話を交え、レヴィンはそう語っていた。
ちなみに、統一トラキア王国で新王リーフの後見として留まる王女アルテナも、弟の統治がある程度落ち着いた後は、ゲイボルグをトラキア王家に返上し、エッダの新教主となるコープルの元へ行く内意を伝えている。
無論、これはリーフらトラキアの面々も承知済であり、顔を赤らめたアルテナの背中を微笑ましい眼差しで後押ししていた。
オイフェはリーフの血統にゲイボルグ継承者が現れなければどうするのだと疑問を浮かべたが、これに関してはコープルとアルテナの子は必ずブラギの聖痕が第一に顕現すると、レヴィンはそう断言していた。
直系同士で子を成した場合、主に男系聖痕が優先的に現れるのは過去の例から見ても納得は出来たが、レヴィンの言はそれとは別に、何かしらの確信をもった発言である。
解放戦争が終結してから十数年後。
レヴィンが言った通り、リーフとナンナの子にノヴァの聖痕が、コープルとアルテナの子にブラギの聖痕が現れたのを受け、オイフェはレヴィン──風竜フォルセティが、解放軍の若者たちの為に何か仕組んでいたのではないかと、冗談まじりにセリスへ述懐していた。
それぞれの恋路を応援していたオイフェ。政治的なハードルはオイフェが奔走し解決していた。しかし、聖痕が絡む血統問題に関しては、オイフェですらどうしようもなく。オイフェは密かにフォルセティへ感謝を捧げていた。
話をヴェルトマー継承問題に戻す。
レヴィンの意向によりヴェルトマー家は存続する事となったのだが、問題はその継承者だ。
当初、ヴェルトマーは本人の意思もあり、アゼルとティルテュの遺児であるアーサーが継ぐ事となっていた。
しかし、これにオイフェが待ったをかける。
アーサーがヴェルトマーを継ぐとなると、必然的にフリージはアーサーの妹、ティニーが女公爵として継ぐ事となってしまう。
これは流石に忍びなさすぎる。そうオイフェは反意を示していた。無論、ティニーがシレジア王となるセティと結ばれていた事実を鑑みての事である。
ティルテュの姪であり、同じフリージの血族であるアルスターのミランダ王女も、フリージの継承権を持っていたが、彼女は戦後、とある騎士と恋に落ち、そのまま行方をくらませていた。
フリージの継承者はアーサーを於いて他は無い。
ならば、ヴェルトマーは誰が継ぐ?
オイフェの言にそう返したレヴィン。オイフェは、一人の男の名を告げた。
サイアス・コーエン。
レンスター解放戦争終盤、類まれなる知略を駆使し、リーフ軍を大いに苦しめた元バーハラ宮廷司祭。そして、皇帝アルヴィスの実子にして、正統なるファラの系譜を抱く者。
結局、サイアスはリーフ軍に敗れ、そのまま俘虜となっていたが、その身はリーフ軍がセリス軍と合流してからも表には出ていなかった。
理由はひとつ。
サイアスの身の安全を、リーフが慮っていたからだ。
同じリーフ軍に所属するサラ──ロプト大司教マンフロイの孫娘であるサラと同様、サイアスの出自は解放軍の面々に余計な諍いを起こしかねない。昨日の敵が今日の友となる解放軍ではあるが、それでもサイアスがアルヴィスの実子である事は、恨みを筋違いした者による凶行を招きかねなかった。実際、ティニーがセリス軍に投降した時も、同様の事案が発生している。
故に、解放戦争が終結するまで、サイアスはサラ共々レンスター某所にて匿われる事となっていた。
当然、オイフェはサイアスの出自含めて承知済だ。
しかし、トラキア戦の頃、サイアスに直接面会したオイフェは、不思議と憎悪の感情を抱くことはなく。
仇敵の特徴を良く受け継ぐ赤髪を見ても、オイフェの憎悪はあくまでアルヴィス本人にあった。もっとも、オイフェが分別をつけていたというより、サイアス自身の人柄が、オイフェに憎悪を抱かせる余地を与えなかったのもあった。
ともあれ、こうしてサイアスは再び表舞台に立つ事となる。
そして、セリスがグランベル王として戴冠し、各国へ赴く解放軍の面々と謁見した時。
セリスは、サイアスへ言った。一番辛い役目を押し付けてしまったと。
サイアスは気丈に振る舞い、父母の哀しみを弔うとセリスへ誓っていた。
各公爵家の者と同様に、バーハラ王家へ絶対の忠誠を誓い、ファイアーエムブレムを正義の印にすると。
その様子を、オイフェは感慨深く見つめていた。
オイフェが秘める激しい憎悪は、この時、ファイアーエムブレムにより封印が施されていたのだ。
そして、その封印は、オイフェの今際の時まで破られる事はなかった。
そのような
しかし、今を生きるには、今の現実、現状に目を向かなければならなかった。
「あの、ところで」
「あん?」
そう言って、オイフェはもじりと身じろぎをひとつ。
「私はいつまでこうしていればいいのでしょう?」
オイフェはレイミアに後ろから抱きかかえられた現状に疑問を浮かべた。
客室に入り、不審な物がない事を確認した直後。
オイフェはレイミアに引っ張られ、こうして今の今まで抱っこスタイルで会話していたのだった。
「いいじゃないか。こうしていると落ち着くんだ」
「あっ」
そう応えながら、レイミアはオイフェを抱えたままベッドに横たわる。
客室には二つベッドが備えつけられていたが、このまま一つのベッドしか使わないつもりなのだろう。
しっとりとした女の香りに包まれながら、オイフェは特に抵抗せずレイミアのされるがままだった。
「こうしていると、なんだか身体の調子も良くなるしねぇ」
「はあ……」
くんくんとオイフェの柔い髪を嗅ぎながらそう言ったレイミア。こころなしか声も弾んでいる。
オイフェはため息交じりに諦観の念を浮かべていたが、現実問題、レイミアが本調子でないのも承知していた為、彼女の好きにさせていた。
トラキア竜騎士団、そしてロプトマージらの襲撃を受け、オイフェを庇い重傷を負ったレイミア。
救助された際、傭兵団のシスター総出で回復聖杖による治療を受けていたレイミアだったが、完全に復調したわけではない。
クルトもリカバーを用いレイミアを治療していたが、そもそも回復聖杖による治療魔法は、対象者の
瀕死の重傷者ですら完治せしめる治癒魔法。しかし、負傷の性質によっては、対象者が完治するまで相応の時間がかかるものであった。
特にレイミアに関しては、闇魔法の直撃を受けたのもあり、外傷以外にも病毒めいたダメージも負っていた。
治癒魔法は外傷にこそ絶大な効果を発揮するも、疾患病毒に関しては特に効果は認められない。
治癒魔法がこれだけ普及しても、様々な医薬品を調合する薬師の数が減らない理由でもある。
必然、しばらくは安静を強いられる身体なのだが、無理を通しているのはオイフェも同様。だから、レイミアの好きにさせていたのだ。
アイーダと会見する前のプチセクハラ程度では、レイミアが調子を取り戻すはずがないとも思っていたが。
「ねえ、オイフェ」
甘ったるい声でオイフェの耳朶へ囁くレイミア。
耳元に艶めかしい吐息を受けつつ、オイフェは努めて平静を保とうとする。
「なんでしょう、レ……レイミア……」
しかし、いざ名前を呼び合う仲になったのを再確認すると、オイフェの心臓は早鐘を打ってしまう。
男女の恋愛という情事に一切経験が無かったオイフェ。改めてそのようなアレコレを意識してしまうと、どうにも羞恥が勝ってしまうのは、致し方のない事なのだ。
「こっち向いてよ」
そのようなオイフェに、上気した顔で諧謔味のある笑みを浮かべるレイミア。
同じく顔を赤らめつつ、もじもじとしながら身体を向けた美少年軍師を見て、アラサー女傭兵の
「……」
「あ、あの、無言でその、触られても……ッ」
急に真顔になり、オイフェの下腹部を服越しにまさぐるレイミア。
「んぅ……ッ」
真剣な表情で鼻息を荒くしつつ、オイフェのオイフェをオイフェし続けるレイミア。
羞恥に悶える美童に、熟れた肉体を持て余す女豹は盛り上がる一方だった。
ところでオイフェ自身気付かぬ事ではあったが、知略を駆使している時以外、この少年軍師の精神は肉体に同調しつつあり。
つまり、身も心も少年そのものに戻っていた。
だが、少年ではあるが子供ではない。
権謀術数に怜悧な知を振るう少年──しかし、艶事には不慣れでいちいち羞恥に悶えるシャイボーイという、アンバランスな魅惑を放っていた。
故に、麻薬だ。この無垢な肉は。
だから、喰わずにはいられない。
回復云々以前に、三大欲求を満たす為にも、レイミアはオイフェを貪る必要があった。
「……」
「あ、あの、なにを」
おもむろにオイフェへ覆いかぶさり、少年の柔肌を晒すべく黙々と衣服を剥ぎ取るレイミア。
レイミアもまた乱雑に衣服を脱ぎ始めた段階で、オイフェはそう抗議するも、もはや色々と手遅れであった。
「レ、レイミア。貴女はまだ本調子じゃないですし、そもそもここは敵地の──!?」
レイミアは尚も抗弁を続けるオイフェの口を、自身の熱い唇で塞いだ。
ずっとお預けを喰らっていたのだ。例え敵地の真っ只中でも、据え膳食わぬはなんとやら。
言い換えれば、ただの節操無しであった。
レイミア隊幹部達が、自らの頭目に多分に残念な影響を受けていたのは、もはや語るまでもなかった。
翌日。
レイミアは色んな意味で復調していた。
オイフェは、ちょっと疲れていた。
ティニーがお嫁に行けない問題を解決するにはティルテュを平民キャラにくっつけるしか方法がないのですが、アゼティルの初々しく甘酸っぱいフルーティーなロマンシングスケベの為にもサイアスには確実に生き残ってヴェルトマーを継承して頂く(ロプトリスク急上昇)