逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第49話『籠城オイフェ』

 

 イザーク王国

 リボー城城外

 

 急ごしらえにしてはそれなりに堅牢性のある破城槌に取り付く兵士達は、目前に迫った死を認識しながらも決して引こうとはしなかった。徴募された平民兵士ばかりであったが、彼らが逃走に走らなかったのは、尚武を誉れとするドズルの出身だから──というよりも、後方で目を光らせているグラオリッターの騎士に督戦されている事が、彼らが引くに引けない状況を作り出していた。

 

 とはいえ、指揮官達は冷酷なれど非情ではない。破城槌隊を元気付けるように、数少ない攻城兵器(アイアンアーチ)をリボー城内へ向け連射し、更に後方からゲルプリッターの魔道士部隊も援護射撃に加わる。

 十分に練られた魔力により、轟音と共に数多の天雷(サンダストーム)が城内へ落とされ、空中に板切れや人間の切れ端が放り投げられていた。

 

 味方の援護射撃に自信を覗かせたのか、グラオリッターの指揮官は兵士達へ突撃を命じた。もし破城槌が失敗しても、後方には数千もの後続部隊を控えさせている。彼らが死しても、破城槌が破壊されなければ城門の破壊はいずれ果たされると確信していた。それに、このまま城門破壊が成功すれば、そのまま控えさせていた打撃部隊が城内へ乱入し、この戦を終わらせてくれる手はずだった。

 指揮官の命を受け、恐怖に支配された破城槌隊は、城門へと勢いよく突撃していった。

 

 ずしりと破城槌が突き出され、城門が軋む。

 数度、それが繰り返される。この間、守勢側からの反撃は無い。

 グラオリッターの指揮官はこれを奇貨と捉え、後方に待機していた斧騎士隊にも前進を命じた。城門が破壊された瞬間、敵に立ち直る(いとま)を与えず城内へ乱入させるのだ。

 破城槌を操作していた兵士達は、すぐ後ろに無数の斧騎士達が控えているのを確認し、ようやく恐怖の感情を勇気に変換していた。蛮声を上げ、最後の一突きを叩き込もうとする。事実、城門はその一撃で粉砕されるほどの損傷を受けていた。

 

 これまでまったく沈黙していた城内の魔道士隊が、反撃を開始したのはその瞬間だった。

 

 攻城側から観測出来ない位置に配置されたマージ、マージナイト、セイジの部隊が、城壁の各所に設けられた狭間から一斉に魔法を射撃する。グラオリッターは誘い込まれたのだ。彼らが前進した箇所は、あらゆる魔力が集中される殺戮地帯(キルゾーン)だった。

 風魔法(エルウィンド)雷魔法(エルサンダー)炎魔法(エルファイアー)、そして少ないが光魔法(ライトニング)も放たれ、城門前は瞬く間に地獄絵図と化す。

 避けることの出来ない死がグラオリッターの騎士、兵士達へ叩きつけられ、無数の人生が終結を迎えていた。

 

 嵐の後に残されたのは、もう二度とその役目を果たせないであろう破壊された破城槌、シスターやプリーストを呼ぶ悲鳴、家族や恋人の名を弱々しく呟く声、打ち砕かれた斧、そして、原型の想像がつかぬほど細切れにされた肉塊と土の混合物だった。

 

 しかしそれでも尚、グラオリッターの指揮官は再突入を命じようとした。敵の狡猾さに憤り、配下達の不甲斐なさにも怒りを滲ませ、額に青筋を浮かべながら激声を発しようとした。

 グラオリッターの兵達を大量死から救ったのは、この戦場に於いて唯一彼と同格の身分を持つ、魔法騎士トードの末裔だった。

 

「これが栄光あるドズル公国騎士団、グラオリッターのやり方か」

 

 フリージ公子ブルーム・ソール・フリージは、煽るような口調でそう言い放った。

 兵達が哀れに思ったのもあるが、どちらかと言えば無茶な指揮を取り続ける愚か者への侮蔑が言葉尻に表れていた。

 

「あと一撃で城門は破壊出来る!」

 

 ドズル公子ダナン・ネイレウス・ドズルは、およそ貴公子とは思えないがさつな風貌を、怒りと共にブルームへ向けていた。遠眼鏡を握りしめる両手は白く染まり小刻みに震えている。彼の心理状況が如実に表れていた。

 

「それよりも何故貴様は装甲魔道士隊を前進させぬのだ! ちまちまと遠距離から雷を落としてもまるで効果が無いではないか!」

 

 ダナンの怒声を受け、ブルームは何を言っているのだと顔を顰める。ゲルプリッターが遠距離からの援護に徹しているのは事前に決められた行動であり、攻城戦の主役はグラオリッターにあるというダナンの強硬姿勢に押し切られた形だった。

 

「貴公とは話にならんな」

「なにぃ!?」

 

 ブルームはそう冷淡に言い放つと、そもそもこの状況に陥った経緯にも呆れともいえる感情を滲ませていた。

 攻城戦自体に反対し、城を包囲するに留めるという意見を持っていたブルーム。互いに得物を持ち出してまで紛糾した軍議の場であったが、最終的にはダナンに押し負ける形で攻城開始に同意していた。

 主攻はグラオリッターが担うという方針にも同意していたが、結果的に突撃した部隊が全滅したのを受け、攻撃の中止を申し出ていたのだ。

 

「スレイダー、損害はいかほど出ているのだ」

「はっ。ブルーム様。約千程になります」

 

 ダナンを無視し、傍らに控えるスレイダー将軍へそう問いかけるブルーム。短時間で発生したとは思えぬほどの損害状況に、流石のダナンも歯ぎしりするばかりであり。

 やがて遠眼鏡を思い切り地面に叩きつけ、地団駄を踏みながら周囲へがなり立てた。

 

「中止だ! 攻撃中止! クソッ!!」

 

 そう言いながら、ダナンは備えられた大天幕へと引き上げていった。スレイダーはブルームへ一礼すると、前線部隊に下がるよう伝令を走らせていった。

 

「全くの無駄死にですな」

 

 それを見つめていたブルームに、傍らに控えていたグスタフがそう述べる。

 加えて、守勢側の指揮ぶりを称えていたのを暗に伝えていたが、ブルームは別の意見を持っていた。

 

「だが、ダナン公子の言う通り、あと少しで城門は突破できる。それに、敵の反撃もいつまでも続くとは限らん」

 

 そう冷静に言ったブルームに、グスタフは意外そうな表情を浮かべた。

 何かにつけて小胆なブルームであったが、蛮勇極まりないダナンの様子が、かえって彼に肝を据わらせる事となっており、戦況を俯瞰させる余裕まで与えていた。

 更に、目的達成の為の狡猾さも。

 

「グラオリッターの兵達は哀れであるが、このまま我らは援護に徹する。そう遠くない内に、リボーは攻略できるだろう」

 

 ブルームは攻城の前面に立たせる事で、グラオリッターの消耗を図っていた。

 後の世界秩序に於いて、ライバルとなるドズル家が疲弊する事は、ブルームはもちろん、背後にいる父レプトールも歓迎するだろう。今となっては、叛逆がバイロン達へ発覚した事は、そう悪い事態ではないとも思っていた。

 

「御意に」

 

 ブルームの言葉を聞き、思ったよりダナン様との組み合わせは良かったかもしれぬな、と、グスタフは思っていた。もちろん、ブルームにとって、そしてフリージ家にとってである。

 ブルームの成長は、グスタフにとって喜ばしいものなのは確かなのだ。

 

「ところで、アンドレイ公子はどうだ? バイゲリッターの着陣は何時になる?」

「はっ。やはり早期の着陣は難しいと伝令を寄越しております」

「一部の部隊に馬糧を集中させてこちらへ向かわせる事も不可能だというのか」

「はっ。どうも、全軍での着陣に拘っているようで」

 

 嘘だな、とブルームは内心思うも、それは口には出さない。グスタフも同様の思いなのか、主へ短く首肯するに留めていた。

 アンドレイ公子率いるバイゲリッターは、破壊工作により馬糧を喪失せしめたのが尾を引いており、未だにフィノーラで足止めを喰らっていた。

 だが、全軍でなくとも少数の援軍は出せるはずだ。この状況に於いて、弓兵の援護は万金を積んでも得難いものであり、叛逆に加担する者ならば何がなんでも援軍を差し向けようとするだろう。

 

 しかし、アンドレイは騎士団をフィノーラへ留め続けていた。

 ここに来て日和見を見せるか。ダナンへ向けた侮蔑とはまた違った種の侮蔑の感情を浮かべるブルーム。

 土壇場で裏切りに近い行いを取ったアンドレイに憤るも、ブルームはそれ以上考えるのを止めた。

 ないものねだりをしても、状況は好転しないと割り切っていたからだ。

 

「では、属州領の使者はどうだ?」

 

 そう言ったブルームに、グスタフは難しい表情を浮かべた。

 その後ろでは、先程からブルーム達の会話を黙って聞いていたムハマド将軍が、更に鬱々とした表情を浮かべている。

 

「はっ。既にオーヴォに追撃を命じております。足の早いマージナイトのみで編成しておりますので、確実に捕捉できるかと」

 

 オイフェ一行を素通りさせてしまった失態を挽回するように、ムハマドは額に汗を浮かべながらそう述べる。一連の叛逆が発覚したこの状況で、オイフェ一行が無関係だとは思えない。恐らく、叛逆の情報は掴んでいるはずだ。それを見逃すわけにはいかない。

 ムハマドは五百騎程のマージナイト部隊を編成し、配下のオーヴォにオイフェ一行の追撃を命じていた。

 

「いや、素通りさせてしまったのは私の責任でもある。そう自分を責めるでない。最悪逃してしまったとしても、バイロンらが叛逆を試みたという筋書きは変わらぬ。バーハラに事が伝わっても、父上が上手くやるだろう」

「ははっ。格別な御厚情、痛み入ります」

 

 この短期間で、自らの非を認めるまでに成長していたブルーム。ムハマドもまた、未来のフリージ当主の成長を喜んでいた。

 

「どちらにせよ我々は分水嶺をとっくに過ぎている。リボーを攻略せねば──クルト王子を弑する事が出来ねば、我らに明日はないのだ」

 

 浮足立つ態度は既に消え去り、ブルームは一軍を率いるに相応しい将となっていた。

 グスタフとムハマドは頼もしく成長した主へ頭を垂れ、その忠誠心を発露していた。

 

 しかし、彼らは気付いていなかった。

 オイフェ一行に、最大の目的であるクルト王子が紛れているのを。

 

 

 


 

「こりゃもたんな」

 

 リボー城城主の間は、今や籠城戦の指揮所と化し、机の上は敵味方の大まかな配置が書き込まれた周辺の地形図がでんと広げられている。

 本来の用途とかけはなれてしまった城主の間には、グリューンリッター(イザーク軍との会戦で壊滅に近い損害を受けていたので基幹となる幹部騎士は少ない)の騎士数名、そしてヴァイスリッターの騎士も何名かおり、兵站状況等を記載した帳面を抱えながら老眉を顰めるリングの姿もあった。

 

「糧秣は十分にあると思うが。城内の井戸もまだ使える。一ヶ月そこらはわけもないだろう」

 

 片や、共に籠城戦を指揮するバイロンがそう述べる。

 このような状況となっても、こと兵站に関しては良好な状態を保ち続けていたグリューンリッター。皮肉にもイザーク軍との会戦により、兵隊の頭数が減ったおかげで輜重物資は余剰が生まれていた。無論、戦闘部隊が漸減されている状態では、それは何も慰めにはなっていなかったのだが。

 とはいえ、食料はともかく、飲料水に関しては現地調達に頼るしかなく(当たり前ではあるが)、幸運にもリボー城の井戸には毒物等による汚染は確認されていなかった。

 

 通常、落城寸前の防衛側が取る手段は、攻撃側に対する嫌がらせの一環として井戸に毒物を投げ込み、使用不可能にするというのがある。

 領内の村々も同様の処置が取られる事も多く、征服者の兵站に損害を与える事で侵攻速度を停滞させるという焦土戦術に他ならぬが、意外にもイザークではこのような事態に遭遇する事はなかった。

 

 イザークが厳しい自然環境に置かれた土地故に、水の価値が他国に比べて高いから、というのもあったが、戦争を指導すべき王族が既に壊滅した状態、焦土戦術という国土を大いに荒らす行為をリボーの守備隊が戸惑ったというのが実情だった。

 結果的ではあるが、会戦によりマリクル王子を討ち取った事で、バイロン達は水不足に悩まずに済んでいたのだ。

 

「水や兵糧は良い。三食しっかり食っても一ヶ月以上は持つだろうよ。バイロン()の指揮よろしく兵力も維持されておる」

 

 やや皮肉が込められたリングの言に、バイロンは鼻をひとつ鳴らすだけだった。

 初戦でグリューンリッターの選抜騎兵隊を率いゲルプリッターの鼻面をかき回した折、実のところ損害はこちらの方がやや多かった。

 フリージの重装魔導兵を奇襲によって壊乱せしめたのは良いが、ゲルプリッターは決して弱兵集団ではない。部隊によっては即座に反撃態勢を取り、猛烈な雷魔法を喰らわせている。

 いかに絶大な魔防効果がある聖剣ティルフィング、そしてそれを持ったバイロンが一騎当千とはいえ、戦は個人でやれるものではない。それに、一騎当千は過言ではないが(状況次第でもあるが)、所詮当千である。万を超える軍勢相手では程なく鏖殺されるのは自明の理だった。

 

 バイロンら騎兵隊が早々に城内へ引き上げたのは、ただでさえ貴重な戦力をこれ以上喪失させるわけにはいかないという、兵理に則った行動である。もちろん、出鼻をくじき籠城戦を有利に進めるという意義はリングも理解していたが、彼に言わせてみれば引き際はもっと早く、それこそ前衛部隊をひと当てすれば十分なものであり、ティルフィングにて数十名の敵兵を討ち取るほど深入りしたバイロンを暗に批判していた。

 

「問題は」

 

 リングはそう言いながら、同様に軍状を把握するリデールへと視線を向ける。

 どちらにせよ無傷でこの状況を乗り切れるとは思ってもいなかったので、これ以上バイロンの蛮勇ぶりを批判する気にもなれなかった。

 リングに促され、リデールは淀みなく状況分析を補足する。

 

「魔導書の消耗が深刻です。此度の遠征で魔道士隊は得意手の魔導書を三冊は持たせておりましたが、現在は完全充足の一冊を持っていれば御の字といった体で。リボーでの補充も叶いませんでした。初めから備蓄がロクに無かったのもありますが」

 

 リデールの報告を聞き、騎士達は一様に表情を難しくさせた。

 将来を嘱望されていたリデールの報告は、優秀さ故に残酷なまでに正確だった。

 

 ヴァイスリッターは他の騎士団よりも規模が小さいが故に、従来の三兵編成(騎兵、歩兵、魔道士兵)の比重が魔道士に偏った編成となっている。

 マージファイターやマージナイト、セイジを中心にした騎士団は、実勢経験を積んでいなくとも実のところは強力無比な戦力。しかし、それは十分な補給があっての話だ。

 そしてそれは糧秣の話ではなく、彼らの生命線ともいえる魔導書の事である。

 

 魔導書は魔道士のエーギルを変換し、様々な戦闘魔術(コンバットマジック)として発現されるが、もちろんそれは無限に撃てる代物ではない。術者のエーギルに余裕があっても、触媒となる魔導書に込められた魔力が尽きてしまうからだ。

 魔導書の修理(実際には魔力の再装填)は高位の司祭でしか行えず、それも専用の設備が整っていなければ不可能だった。回復聖杖も同様であり、これは高位司祭の殆どを抱えるエッダ教団の政治的なバランサーとしての思惑が作用した結果となっていたが、今となってはそれは考えても仕方ないことであった。

 

 そして、此度の籠城戦。

 旗頭であるクルトが不在である為、彼らはリングの指揮の元戦っている。リデールは優秀であったが、騎士団での序列はまだ若輩であり、ヴァイスリッター全軍を指揮するには貫目が足りなかった。

 必然、魔道士の統率に不慣れなリングの元で、彼らが実力を発揮できるか不安であったが、意外にも先程の戦闘では実力以上の力を発揮している。

 これはリングの指揮が影響していた。『合図と共にとにかく撃ちまくれ』という至極単純な命令に、彼らは遮二無二従っていたのだ。その結果、大戦果ともいえる結果をもたらしている。

 

 しかし、それがいけなかった。

 戦慣れしていないヴァイスリッターのマージファイター、マージナイト、セイジ達は、必要以上に敵へ魔術を叩き込んでいた。初陣の魔道士が恐怖心を誤魔化す為に魔術を乱発する現象は特に珍しいものではなく、これはユングヴィの救援に駆けつけたヴェルトマー公子アゼルも同様の経験をしている。彼が持参したファイアーの魔導書は、エバンス城に入城した段階で使い果たしていた。

 

 また、先の前哨戦に於いて、リデール率いるヴァイスリッターが、ダナン率いるグラオリッターを伏撃した際も、多量の魔導書が消耗していたが、これはリデールの確信犯的な指揮によるものである。

 精強無比なのはグラオリッターも同様。ゲルプリッター程ではないが、対戦闘魔導戦術(アンチ・コンバットマジック)にそれなりに長けた騎士団を相手に魔導書をケチっていては、逆にリデール達が爆斧の餌食になる恐れがあったからだ。

 

「それで、どれだけ戦えるのだ」

「はっ。バイロン様。この調子で消耗すれば一週間はもたぬかと。それに、木材の消耗も激しいです。無駄遣いは避けるよう命じておりますが、そう遠くない内に温かい食事にありつけなくなります」

 

 更に、木材の枯渇も危惧するリデール。

 破壊された城門や城内設備の修繕で木材を使用せねばならぬのに加え、炊飯でも薪として木材を消費する。

 ある意味で、魔導書より木材の枯渇のほうが深刻であった。

 暖食の有無は兵士の士気に直接関わる。過酷な籠城戦に、冷えた飯で戦い続けられるほど人は強くないからだ。

 

「つまり、纏めると」

 

 そう言って、リングは帳面を持ちながら芝居がかった仕草で一同を見渡した。

 

「我々はここで大して損害を受けていないフリージとドズルの精兵を相手に貧乏くさい戦いを強いられるというわけじゃ。頼みの魔道士隊はひと合戦分しか使えぬし、騎兵も籠城戦じゃ役に立たん。弓兵も少ないし、やれる事といったら門を固く締めて祈るくらいじゃな」

 

 声色はおどけていたが、目は全く笑っていないリングの言葉に、騎士達は増々厳しい表情を浮かべる。

 リデールもまた目を不安げに細めており、普段の糸目もあってか完全に目を瞑っているようにも見えた。

 唯一表情が変わっていなかったのは、バイロンだけだった。

 

「まあ、それでも時間を稼ぐしかない」

 

 余暇をどこで過ごそうか、とでも言うような口調でそう言ったバイロン。

 場の空気は和むことは無く、むしろ騎士達の不安を増大させていた。

 しかし、長年バイロンの下で剣を振るっていたグリューンリッターの騎士達は、主の機微を敏感に察し、やがて何かを覚悟したような不敵な面構えを見せる。中には諧謔味に口角を歪ませる者もいた。

 唯一無二の盟友であるリングもまた、同じような表情を浮かべていた。

 

「諸君」

 

 そう言って、バイロンは勇壮な武人としての顔を見せた。

 

「我々はこの城で全滅する覚悟を持って事に当たらねばならない。一日でも賊軍をリボーに引き付け、殿下の御宸襟を安じ奉らねばならぬのだ。諸君らの奮戦を期待する」

 

 方針としては、このまま悪戦を続けるより他はないという、ひどく簡潔したものだった。

 だが、士気は保たれている。バイロンの悲壮なまでの覚悟は、この場にいる騎士達はもちろん、城内に籠もる全軍へと波及していたからだ。

 

「その割には余裕があるじゃないか」

 

 リングはバイロンの悲壮な覚悟に隠された、どこか楽観的な様子に目敏く気付いていた。

 バイロンは短く応える。

 

「殿下はもちろん、息子を信じているからな。頼りになる息子をな」

 

 息子であるシグルドの元へ落ち延びたクルト。無事に落ち延びてくれれば、後は彼らがなんとかしてくれる。

 クルトの脱出が成功すれば、叛逆諸侯、そして暗黒教団の陰謀を打倒できると、バイロンは確信していた。

 

「息子か」

 

 リングはバイロンの言葉を聞き、少しばかり不快な表情を浮かべる。

 儂と違ってお主の息子は裏切りものだと、暗に非難されたと感じていたからだ。

 

 しかし、直後に言われたバイロンの言葉で、リングから不快感が消え、ひどく納得した表情が浮かんでいた。

 

 

 リング、お主には息子が一人しかおらぬが、儂の息子は二人もいるのだよ。

 一人よりも二人の方が頼りになるのは道理であろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※リングの指揮官レベルは★10くらいあります(トラ7仕様)

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