逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第48話『情愛オイフェ』

 

 何か、温かいものに包まれていた。

 心地よく、安心できる匂い。

 かつての記憶が蘇る。

 自分が、本当に少年だった頃の、遠い記憶。

 

「かあさま」

 

 オイフェは呟いた。

 もはや顔を思い出すのすら困難となった実母の記憶。

 だが、母のぬくもりだけは、何故か忘れることが出来ない。

 

「……?」

 

 しかし、今感じている暖かさは、そのような母の慈愛とは、また違ったものであった。

 まぶたを僅かに開くオイフェ。

 喪失していた五感が徐々に戻り始める。

 

 波の音。

 砂の感触。

 潮の匂い。

 

(海岸……?)

 

 夢現のような状態から覚醒する時の、ふわりとした感覚。

 意識が鮮明になるにつれ、オイフェは自身が砂浜にいる事を自覚する。

 

(崖から落ちたのか……)

 

 数十メートルは転落したのだろう。

 竜騎士団の奇襲。その後の暗黒魔法の急襲。

 闇の災禍に、オイフェ自身も逃れる事能わず。

 フェンリルの闇害は、少年軍師を野営地直下の崖へ突き落としていた。

 

 指は動く。脚も。

 自身のダメージはそれほどでもない。ところどころ打ち身がひどいが、行動不可能になる程ではなかった。

 それよりも、クルト王子……皆は無事なのだろうか。

 自身の被害分析を早々に切り上げ、身を起こそうとするオイフェ。

 

「まだ寝てなよ」

 

 掠れた女人の声を聞き、オイフェはようやく自分が誰かに膝枕をされているのに気付いた。

 

「レイミア……殿?」

 

 視界に映るレイミアの顔。

 いつもの皮肉げな笑み。

 紅を差した唇が蠱惑的に歪んでいる。

 

 しかし、常に見えたそれは、オイフェの感覚が鮮明になるにつれ、それが非常であるのに気付いた。

 

「レイミア殿……!」

 

 身を起こす。手足はまだ痛むが、骨折等の重大な損傷は無い。

 しかし、それよりも。

 

「レイミア殿!」

 

 崖に背中を預け、端然と座りオイフェを膝枕していたレイミア。ともすれば、いつもの睦言の延長とも言える気安い様子を見せている。

 だが、その肉体の損傷はひどいものだった。

 オイフェを膝枕していた両の脚は、膝の先が折れ曲がっている。

 左腕も使い物にならぬほど骨折しており、赤黒い体液を滲ませていた。

 黒色の剣士服は何かに濡れたかのような重たい色合いを見せており、腹部から赤色が広がっている。

 頭部にも裂傷があり、妖艶な表情を赤く染め、紅を差していた唇は、赤色の血液によって上塗りされていた。

 

 闇害、更に滑落から少年軍師を身を挺して庇った代償だった。

 

「もう少しイイモンを買えばよかったねぇ……」

 

 咳と共に血を吐きながら、レイミアは自身の腕に装着された腕輪へそう文句をつける。

 ライブの腕輪。玉石に封じられた治癒魔法が装着者を癒やす希少なる逸品。

 レイミアがフェンリルからの即死を免れ、更にオイフェを滑落から庇っても命を繋いでいるのは、この腕輪が十全に効能を発揮せしめたが故である。

 だが、今現在レイミアが身につけているライブの腕輪は、玉石の輝きが失われており。

 魔力を封じ込めた術者の技量が低かったのか、既に回復効果は喪失していた。

 

「……」

 

 オイフェはレイミアの状態を見て、その命の弦が危うい事を察する。

 ライブの腕輪によって致命傷は免れた。しかし、重傷だ。

 

「添え木をします。このまま動かないで」

 

 そして、オイフェは辺りを見回す。

 水平線に太陽が落ちかけており、そこで初めて丸一日時間が経過しているのに気付き、愕然とする。

 だが、即座に頭を振り、流木を集めるべく行動を開始する。

 クルト王子は無事なのか。ベオウルフは、ホリンは。そして、デューは無事なのだろうか。

 いや、しかし、今はレイミアを助けなくては。

 そう思いながら、早々に流木を拾い集めると、レイミアの元へ戻った。

 

「お借りします」

 

 そう言って、オイフェはレイミアの装具を外し、剣を取った。

 自身の上衣の一部を帯状に裁断し、添え木用の包帯を拵える。

 

「痛みます。噛んでください」

「……お手柔らかに頼むよ」

 

 裁断した上衣の一部をレイミアへ噛ませるオイフェ。奥歯の粉砕を防ぐ為だ。

 ずれた骨を整復する際、途方も無い苦痛がレイミアが襲う。

 痛みを伴わない施術など、この状況では望むべくもなかった。

 

「ぐ……うぅッッ!!」

 

 折れた骨を引っ張り、正常な位置へと強引に直す。

 激痛を感じ、悲痛な声を漏らすレイミア。

 痛ましいその様子から目を背けるように、オイフェは黙々と応急処置を続ける。

 骨折箇所へ添え木し、包帯をきつく縛る。

 両脚を固定した後、更に右腕の骨折も処置する。

 レイミアはオイフェの匂いが残る上衣を噛み締めながら、痛みに必死で耐え続けていた。

 

 少年軍師は気付いているのだろうか。

 レイミアを治療する。それが、この状況に於いて非合理的ともいえる行いだという事を。

 以前のオイフェなら、レイミアを捨て置き、クルトらの状況を確認するべく野営地へ戻る事を優先していただろう。

 いざという時、女傭兵共は切り捨てる存在だった。

 それが、大切な人達の未来を救うためだと、そう決意していた。

 

 だが、今のオイフェは、そのような決意とは正反対の行動を取っていた。

 前世の知識を総動員し、応急処置を続ける少年軍師。

 

 絆されたつもりはない。

 だが、見捨てる事もできない。

 何故だか分からない。

 腐っても、己は義に篤いバルドの血を引いているからなのだろうか。

 

 それとも。

 

「ずいぶん、慣れているじゃないか……」

 

 憔悴したレイミアは、オイフェが手慣れた様子で応急処置を施していたのを、いつもの皮肉げな口調で指摘する。

 今だ痛みは引かぬも、先程よりは幾分か楽になった。そう言外に伝えてもいた。

 

「……失礼します」

 

 それを無視し、オイフェはレイミアの剣士服へ手をかける。

 レイミアの剣士服は、腰骨まで深いスリットが入った前掛けの立襟で、イザークの剣士が好んで着用している物であり。当然、前世でイザーク暮らしが長かったオイフェは、その構造を良く知っている。

 留め具を外し、前掛けを開くと、レイミアの引き締まった肉体が露わになった。

 

「慣れているじゃないか」

「黙っててください」

 

 レイミアの軽口を遮り、状態を確認するオイフェ。

 サラシがきつく巻かれた乳房は、浅い呼吸でいっそう窮屈そうに見えた。筋ばった疵だらけの肉体は、苦痛からか脂汗が滲み出ており、その体温も熱い。割れた腹筋も、どこか精強さを欠いていた。

 そして、オイフェは脇腹に裂傷があるのを見留める。

 

「うっ……」

 

 手早く流血した箇所に包帯を当て、止血を施す。

 胸骨、もしくは肋骨が折れているのか、レイミアは苦痛の吐息を漏らしていた。

 

「……まずいな」

 

 一通りの応急処置が終わると、オイフェは改めて海岸へ視線を向ける。

 マンスター湾に面したこの海岸は、この時期、この時間は満ち潮となっているようだ。

 しばらくすれば、オイフェ達がいる場所も海に沈む。

 移動しなくてはならない。

 

「少し待っていてください」

 

 それから、オイフェは長めの流木を急いで集めた。

 千切れた上衣を完全に脱ぎ去り、流木を用い簡易的な担架を拵える。

 下衣姿となったオイフェを見て、レイミアは少し茫とした声を上げた。

 

「アタシの服を使えばよかったのに」

「そうはいきません」

 

 夜間は急激に気温が低下するイード砂漠地方。

 体力が低下したレイミアの衣服を剥ぐのは躊躇われる。

 

「動かしますよ」

「うん……ッ」

 

 レイミアの傷んだ肉体を慎重に動かし、担架へと乗せるオイフェ。

 そして、腹に力を込めると、高潮が及ばない場所へと担架を引きずっていく。

 自身より大きい身体の女性を、懸命に運ぶ少年軍師。

 肉体の痛みからか。それとも、少年の献身に感動しているのか。

 レイミアの瞳は、僅かに濡れていた。

 

「ここなら、大丈夫でしょう」

 

 やがて、オイフェ達は潮が及ばない潮上帯へと移動した。

 疲労感を滲ませるオイフェ。

 変わらず、周囲は崖に阻まれており、野営地までの道筋は不明だ。

 だが、明るくなればルートは見つかるかもしれない。

 

「レイミア殿、苦しいでしょうがもうしばらく我慢してください」

「……わかった、よ」

 

 掠れた声、更に意識が朦朧とし始めたレイミア。それを見て、オイフェはレイミアが軽度の脱水症状を起こしているのに気付いた。

 最後に食事を摂ってから随分と時間が経過している。

 加えて、レイミアは負傷し、体力も低下。

 この状態で、脱水症状が進行しては危険だ。

 

「唾を溜めて、なるべく鼻で呼吸を」

 

 口腔内の乾燥を防ぎ、体内の水分減少を最小限にする砂漠の民の知恵。

 だが、レイミアは口中の唾液はロクに残っていないのか、乾いた呼吸を繰り返すのみ。

 

 手伝う必要があった。

 やや逡巡するも、レイミアを救命すべく行動に移す。

 

「レイミア殿、口を空けて舌を出してください」

「……」

 

 オイフェの声を受け、レイミアは僅かに口を空け、紅い舌を露出させた。

 

「ッ」

 

 オイフェはその舌を己の口中に入れた。

 自身の舌を押し込むように絡ませ、レイミアの口中を潤す。

 湿った水音が響く中、少年は女傭兵へ自らの唾液を送り続けていた。

 

「……情熱的だね」

「違います」

 

 性行為ではない。これはあくまで救命行為であり、愛情を交わす行為ではないのだ。とでも言うように、オイフェはそっけなく返す。女の粘った匂いが口内から鼻に抜けたからか、柔い頬に朱を差していた。

 ともあれ、対処療法をしただけなのは変わらない。まだ水は必要だ。

 飲料水を探さなくては。

 だが、周囲に水場は無い。

 椰子の実等の気の利いたものはなく、海水を飲むのは論外だ。

 己の尿を飲ませるのは最終手段であり、できればやりたくない。負傷した者であれば尚更憚られる。

 どうする、オイフェ。

 

「あ……」

 

 すると、オイフェは頬に水滴が落ちるのを感じた。

 雨だ。

 既に暗くなっていたので気付かなかったが、上空は雨雲で覆われており、やがて少なくない量の雨が降り始めた。

 幸運だ。

 

「レイミア殿、また動かしますよ」

 

 しかし、雨に濡れて体温が下がるのは避けたい。

 夜間の気温が低いのならば尚更。

 オイフェは担架からレイミアを下ろし、そのまま下衣も脱いで担架の布面積を広げる。

 そして、レイミアが濡れぬよう屋根のように立てた。

 それから、剣帯から鞘を取り、担架から伝う雨水を集める。

 

「……ッ」

 

 上半身を晒したオイフェ。

 打ち付ける雨、そして低気温が、少年の体温を容赦なく奪う。

 だが、このような極限状況に慣れていたオイフェ。

 前世では、これより過酷な状況に幾度も遭っている。

 なんのこれしきと、少年は熱い体温を燃やしていた。

 

「さあ、飲んでください」

「……」

 

 オイフェはレイミアの半身を慎重に起こし、集めた水を飲ませた。

 ゆっくりと、鞘口から水を飲むレイミア。

 鉄の味、油の味。ひどい味だ。

 だが、命は繋ぐ事は出来る。

 

「……どうして」

 

 喉が潤い、少し落ち着いたのか。

 レイミアは仰向けになり、小さくそう言った。

 どうして、自分を見捨てようとしなかったのか。

 何故、ここまでしてくれるのか。

 

「使い捨てないと約束したからですよ」

 

 オイフェもまた、小さくそう応えた。

 誠が籠もった、真摯な答え。

 レイミアは意外そうにオイフェを見つめる。

 視線は海へ向けられていたが、少年の表情はどこか達観したものが現れていた。

 

 つまるところ、これがオイフェの本質のひとつであった。

 無論、狂信的な忠義と情熱を孕んだ復讐心も含めて。

 

「そうかい……」

 

 発熱からか、オイフェを見つめるレイミアの頬は、紅く上気していた。

 

「……冷える、ね」

 

 それから、レイミアはオイフェへ寒気を訴えた。

 雨は既に上がりかけており、さらさらと細かい水霧となって辺りを包む。

 簡易的な屋根はあまり役に立ってなかったのか、レイミアの衣服は濡れてしまっていた。

 

「……」

 

 オイフェはしばし黙し。そのまま、レイミアの服へ手をかける。

 再び露わになったレイミアの素肌へ、自身の暖かく柔い肉体を重ねた。

 怪我人を気遣ってか、情熱的な抱擁ではなく、慈愛の包容だった。

 

「暖かい、ね」

「……」

 

 折れていない腕でオイフェを抱き、そう呟いたレイミア。

 気付けば、雨は止んでいた。

 星明かりが、互いの体温を求めるよう身体を重ねる二人を照らす。

 波音だけが、周囲に響いていた。

 

 そうしている間、オイフェは自身の感情の正体をずっと探っていた。

 なんだろうか、これは。

 ああ、これは、きっと。

 

「……私は」

 

 オイフェは気付いた。

 この、言葉に出来ない感情の正体を。

 

 愛してしまったのだ。

 この女を。

 

 肉体関係があるとはいえ、オイフェとレイミアは雇い主と傭兵という割り切った関係だ。

 しかし、この切ない感情は、どうしても割り切る事が出来なかった。

 純潔を奪われたからか。

 それとも、命を救われたからだろうか。

 何が理由かは、まだ分からない。

 

「私は、これが初めての生ではありません」

「……どういうことだい?」

 

 そして、レイミアが何故ここまで尽くしてくれるのか知りたかった。

 だから、オイフェは伝えた。

 己が、二度目の人生を。

 逆行した存在である事を。

 

「……そうだったのかい」

 

 オイフェの滔々とした独白。

 ユグドラルの動乱の歴史。

 オイフェが辿っていた波乱の人生。

 全て聞き終えたレイミアは、それが嘘だとは思わなかった。

 このような状況で、オイフェが嘘を付く男ではないと理解していたからだ。

 

 誠心を見せてくれたオイフェ。

 それに応えぬ程、レイミアは己の心に嘘はつけなかった。

 

「……アタシはね、奴隷だったんだよ」

「え……?」

 

 レイミアは、オイフェに対する想いを、途切れ途切れに語り始めた。

 痛む肉体を堪えながら、本当の言葉で語り始めた。

 

「ガネーシャで、親に売っ払われてね……それから、ひどい人生だった」

 

 滔々と語るレイミア。

 その半生は、悲惨だった。

 

 ガネーシャ近郊の部族出身だったレイミア。

 彼女の部族はイザーク王家が強引に推し進めていたケシ栽培政策に乗った口であり、レイミアが十歳になる頃まではそれなりに羽振りが良かった。

 だが、天候不順による凶作、更に各国による阿片規制の煽りを受け、一転して困窮に喘ぐ事になる。

 王家からのこれといった保証もなく、近隣部族に助けを求めるも、遊牧民としての誇りを喪ったレイミアの部族に手を差し伸べる者は無かった。

 

 蓄えは瞬く間に食いつぶし、明日の糧すら事を欠く段階となって、困窮した部族が取った手段は非情なものだった。

 奴隷商人の馬車に乗るレイミアは、両親の悲痛な表情よりも部族の長老達の下卑た安堵の表情を記憶していた。

 共に馬車馬に揺られ、不安そうに己を見つめる弟の表情も、よく覚えていた。

 

 それから語られたのは、前世でこの世のあらゆる悪意を見てきたオイフェですら聞くに堪えないものだった。

 レイミアを買い上げた少女趣味の商人が、戯れに剣を与えた所、望外な剣才を見せた事で、剣奴として闘技場に出るようになってからも、レイミアの人生に凡そ安らぎというものが見出だせなかった。

 

 幾度となく死線を潜り抜け、必死になってその日その日を生き抜く日々。

 生き抜いた事で剣士として完成した頃には、レイミアの精神はひどく歪なものと成り果てていた。

 同じ境遇の女奴隷達と諮り奴隷商人を謀殺し、無頼の傭兵団を立ち上げてからも、それは変わらなかった。

 女だけの傭兵団。彼女達が他者に虐げられる事なく生きるには、他者を必要以上に虐げる必要があった。

 

 地獄のレイミアという二つ名が付けられるのは、必然と言えた。

 

「……似てるんだ」

 

 ふと、レイミアは潤んだ瞳でそう呟いた。

 誰に、と聞き返す事はしなかった。

 共に性奴隷として売られたレイミアの弟は、花柳病を患い十四才でこの世を去っている。

 壊疽で肉体が崩れ落ちた弟を、レイミアはどのような想いで看取ったのだろうか。

 

「因果ってやつなのかね。順序が逆かもしれないけど」

 

 自嘲気味に話す口ぶりに、嗚咽が交じるのは、まだ彼女に人としての心があるから。

 しかし、己が行ってきた非道は、決して許されるものではない。

 許されようともしなかった。

 

 弟の面影を感じさせる、オイフェに会うまでは。

 

「どうすれば、あの子を」

 

 助けられたのかな。

 アタシが、もっと強かったら、あの子はあんな死に方はしなかった。

 あの子が死ななければ、アタシはこんな生き方をしなくてもよかった。

 

「……」

 

 オイフェは、レイミアの剥き出しの感情に、罪悪感のようなものを感じていた。

 レイミアの人生が悲惨極まりないのは同情する。

 しかし、だからとて他者を踏みにじるような悪虐は褒められたものではない。むしろ、悪人として断罪されるべき存在であるとも思っていた。

 そこまで考えて、何故自分がレイミアの罪に共感めいた感情を覚えているのかも、理解していた。

 

 ああ、そうか。

 この女も、恨んでいたのだ。憎悪していたのだ。

 この世のありとあらゆるものを憎み、それをどうにかしたかっただけなのだ。

 生々しい増悪を、蓮っ葉な風体で覆い隠していただけなのだ。

 

 レイミアと違い、オイフェにはセリスがいた。

 凄絶な恨みを押し殺せる信仰対象がいた。

 自分とレイミアの違いは、それだけだった。

 

 悲しみを知ればこそ、人を許す事が出来る。

 哀しみを知るからこそ、人を赦せぬ事になる。

 

 嗚呼、どうして陵辱された人心というのは。

 こうも、救いがたい。

 

「レイミア」

 

 オイフェはレイミアの名前を、本当の意味で初めて呼んだ。

 幼子のように泣きじゃくるレイミアを、慰めるように抱きしめた。

 赦すことはできない。しかし、愛することは出来る。

 傷の舐め合いともいえる、不健全な情愛。

 

 だが、オイフェは自分の感情に素直に従っていた。

 矛盾を孕むのは己とて同じ。

 いつかきっと、その報いは受けるだろう。

 地獄に堕ちるのは、己とて同じなのだ。

 

 まったく、私はどうしてこうも。

 救いがたい。

 

 

「オイフェ」

 

 レイミアは、初めてオイフェの名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そなたはレイミアを愛してしまったようじゃ(77歳占いモロ感のおやじいさん)

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