逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第47話『空襲オイフェ』

 

「これは一体どういう事だ?」

 

 リボー城周辺の森の中。

 そこに、身を潜ませながら、グランベル軍の動向を伺っていた怪しき人物が二名。

 

「ベルド様、これは……」

 

 濃緑色のローブに身を包む二人の暗黒魔道士。

 暗黒教団幹部ベルドと、その配下であるコッダは、リボー城にて発生した戦闘を見て困惑した表情を浮かべていた。

 

「計画が漏れたのか? いや、しかし……」

 

 彼らが目にした光景。

 それは、リボー城に籠もるグリューンリッターとヴァイスリッターが、城外に到着したゲルプリッターへ攻撃を仕掛けているという、彼らにしてみれば不可解極まる光景であった。

 

 聖剣ティルフィングを掲げ、配下の騎兵隊と共にゲルプリッターの前衛へ襲いかかるシアルフィ当主バイロン。

 叛意を秘めているとはいえ、この段階ではまだ叛逆行為が発覚していないと油断していたゲルプリッター。バイロンの猛撃を喰らい、瞬く間に前衛部隊は壊滅せしめる。

 この危急の事態を受け、周辺に潜んでいたグラオリッターが救援に向かうも、リデールらヴァイスリッターの精鋭部隊の伏撃を受け、その勢いを殺されてしまう。

 数に勝るゲルプリッター、グラオリッターが態勢を立て直した頃には、バイロンらはさっさとリボーへ籠もり、その門を固く閉ざしていた。

 

 ゲルプリッターを率いるブルーム公子は、予想外の奇襲を受け動揺を隠せず。腹心のグスタフ将軍らの叱咤を受け、ようやく軍勢を立て直していた。

 翻って、既に実父ランゴバルドが人質に囚われたと知り、グラオリッターの指揮を引き継いたダナン公子。実父を救出せんべく、碌な陣立てをせぬままリボーの攻城戦を開始していた。

 しかし、バイロンやリングの巧みな指揮により、いたずらに兵を失わせる結果となっており、やがてゲルプリッターと共に城を包囲するに留めていた。

 

 事態の把握に努めようとするブルームと、事態の早期終着を図るダナンが、意見を対立させるのは必然だった。

 何故、計画が漏れたのか。そして、この事態はグランベル本国にも既に伝えられているのか。ひとまずは様子を見て、本国のレプトールに指示を仰ぐべきなのではと主張するブルーム。

 否、もはやここに至ってはクルト王子を弑い奉るしか道は無し。早々にリボーを攻め落とすべしと吠えるダナン。

 

 彼らにとって不幸だったのは、明確な上位者であるランゴバルドが不在であった事だろう。

 序列で言えば同格のブルームとダナン。故に、意見が対立した状態では、それぞれの軍勢が連携を取れるはずもなく。

 グスタフやスレイダーらそれぞれの将軍達が意見の調整に奔走するも、ふとした切っ掛けでブルームとダナンは互いに口汚く罵り合い、決定的な対立をしてしまう。

 

 曰く、「親父の顔色を伺い嫁の尻に敷かれる軟弱者。すくたれもののへたれ公子」

 曰く、「色欲塗れの軽薄者。本当にいい男の兄とは思えぬ愚か者のボンクラ公子」

 

 日頃から抱えるコンプレックスを互いに抉られた両者。ブルームがダイムサンダを、ダナンがプージを取り出した時点で、将軍達は意見の調整どころでは無くなり、両公子を必死で抑え付ける始末。

 

 かくして、少年軍師の思惑通り。

 ゲルプリッターとグラオリッターは、攻城戦を開始出来ぬままリボーの包囲を続ける羽目となり、戦場は膠着状態へと陥っていた。

 

 

「……こうも見事な籠城戦を見せるとは、計画は漏れていたと見て良いだろう」

 

 そう言って、厳しい表情を浮かべるベルド。

 イード神殿へ到着してから、早速リボーの様子を見に来てみれば、このような状況に出くわす始末。

 そして、グリューンリッターとヴァイスリッターが、まるで予め決められていたかのように、鮮やかな籠城戦を展開する光景。

 これらを鑑み、ベルドはクルト暗殺計画が既に露呈していると判断していた。

 

「コッダ、最近妙な動きはなかったか? 例えば、奴らの元にグランベル本国から使者が訪れていたとか」

 

 以前からリボー周辺に潜伏していたコッダへそう尋ねるベルド。

 コッダは淀みなく上長へ応える。

 

「はっ。そういえば、どうも属州領の使者が訪れていたようで」

「ふむ……」

 

 輜重隊や負傷兵の後送等、イード砂漠の街道は叛逆諸侯の軍勢以外にもグランベル軍所属の部隊が行き来している。

 しかし、属州領の使者──オイフェ一行に関しては、此度の遠征軍に直接の関わりは無い。

 故に、計画発覚に何かしらの関係があると窺えた。

 

「奴らはまだイード砂漠だな。万が一という事もある。然るべき手を打たねば」

 

 今このタイミングで叛逆計画をバーハラ宮殿に伝えられるのは、叛逆諸侯はもちろん、暗黒教団にとっても宜しくない。

 ダーナ虐殺から端を発する此度の陰謀。そもそものクルト王子の暗殺に失敗すれば、一体何のためにリボー族長を操ったのか分からぬというもの。

 アルヴィスをロプトの血脈を持って操り、暗黒教団の存在を認めさせた世を作る。

 そして、その後に控えるロプト帝国の復興、暗黒神ロプトウスの復活。

 ロプトによるユグドラル支配を大磐石の重きに導く為にも、ここでナーガの直系たるクルトを亡き者にせねばならない。

 

「ですが、我々だけではいささか心もとないかと。属州領の者共は傭兵団を護衛に雇っているようです。半端な討ち漏らしがあっては……」

「うむ……まったく、クトゥーゾフ殿がもう少しフェンリルを上手く扱えておれば、このような心配はせんでもよいのに……」

 

 とはいえ、オイフェ一行を直接手を下そうにも、現在イード神殿に控えるダークマージ達は数が少ない。神殿にはロプトの一族である子女達もいたが、彼らは未だ暗黒魔道士として育成中であり、戦力に換算できなかった。

 イード神殿を守るダークビショップ、クトゥーゾフのフェンリルもあまり当てに出来ず。

 マンフロイからフェンリルを授かったは良いものの、それは魔力量が多い者でしか満足に扱えない代物であり。不安定な威力、射程では、オイフェ一行を討ち漏らす事も考えられた。

 

 しからば、どうするか。

 

「……仕方あるまい。コッダ、例の連中の所へ。まだこの付近に駐留しているはずだ」

 

 ベルドがそう言うと、コッダは心得たとばかりに頷いた。

 

「承知致しました。イザークの残党を装い、上手く属州領の者共を襲撃するよう依頼します」

「頼むぞ。金子はいくらかけても良い。あ奴らが襲いかかっている間、わしはクトゥーゾフ殿らと共に討ち漏らしに対処する。時間がない、行け」

「ははっ!」

 

 そして、コッダは音もなくベルドの前から姿を消す。

 それを見送った後、ベルドもまたイード神殿へ帰還すべくワープを発動させた。

 

 

「戦場の臭いに誘われるハイエナ共……時間稼ぎにしかならぬが、せいぜい我らの役に立てよ……」

 

 

 

 

 


 

 最初に気付いたのは、野営地中心部にいたホリンだった。

 

「……?」

 

 眠る時でも胸甲を装着し、鋼の大剣を抱えていたホリン。

 クルトの護衛として片時も側を離れなかった剣闘士は、その鋭利な直感にて異変を察知していた。

 

「何事か?」

「殿下、お静かに」

 

 ただならぬその様子。クルトはやや眉を顰める。

 しかし、ホリンはクルトを制止しつつ、じっと息を潜ませ、感覚を研ぎ澄ませていた。

 オイフェから伝えられたユグドラルを覆う陰謀。それは、ホリンにも共有されていた。故に、クルトの重要性はホリンもまた重々承知している。

 叛逆諸侯以外にも、クルトの命を狙う者がいるのもまた然り。

 

「……」

 

 馬車の幌から顔を出し、外の様子を伺うホリン。

 僅かに白み始めた空。闇夜に包まれた野営地を照らし始める。

 時折、波が岸壁を打ち付ける音が、ホリンの耳朶に響く。

 野営地は、奇妙な静けさを保っていた。

 

「……?」

 

 だが、ホリンは静寂の中。

 遠くから、妙な音が響くのを察知した。

 

「羽音?」

 

 聞き慣れぬその音は、何かが羽ばたく音に似ていた。

 そして、一瞬だけ聞こえる、何かが嘶く音。

 その正体を掴もうと己の記憶を探るホリン。

 

「ッ!!」

 

 しかし、直後にその思考は中断した。

 

「殿下ッ!!」

 

 瞬間、馬車の上空から鋭い殺意が()()()()()

 

「チィッ!!」

 

 槍だ! 槍が降ってきた!

 幌の上部から貫通する手槍。それも複数。

 超人的な動体視力でそれを捕捉したホリン。

 大剣を瞬時に繰り出し、降りかかる手槍を叩き斬る。

 

「ぐっ!?」

「殿下!?」

 

 しかし、一本の手槍がクルトの側頭部を掠めていた。

 クルトはくぐもった呻き声を上げ、そのまま昏倒してしまう。

 

「敵襲ーッ! グァッ!?」

 

 歩哨の女傭兵の金切り声が響き、直後にその声が断末魔に変わる。

 そして、それが合図となったかのように、各所で争いの音が聞こえ始めた。

 

「殿下ッ! くそッ!」

 

 頭部に衝撃を受け昏倒したクルト。命に別状は無さそうだが、下手に動かすわけにはいかない状態。

 ホリンはクルトの状態を確認した後、勢い良く馬車を飛び出した。

 馬車の中に留まっていては、クルトを満足に守れぬ。

 

「ッ!?」

 

 直後、馬車へ向け襲いかかる人外の気配。

 

「シュッ──!」

 

 ホリンは、本能でそれを迎撃していた。

 

「ギャアッ!!」

「キュイイッ!!」

 

 短い息吹と共に大剣を一閃。月光の煌めきは、このような不意の遭遇戦でも陰りを見せず。

 大剣を振り抜くと共に、襲撃者の悲鳴、そして甲高い鳴き声が同時に響き、血風と共に大地に倒れる音が鳴った。

 返り血を浴びつつ、ホリンはようやくその姿を確認する事が出来た。

 

「ドラゴンライダーだとッ!?」

 

 頭部を縦に截断された飛竜、そして胴体を割られ臓物を溢す竜騎兵の死体。

 己が仕留めた襲撃者の正体が予想外なのを受け、ホリンは慄きが籠もった声を上げていた。

 

「くそ、いつの間に」

 

 周囲を見回すも、既に各所で怒号、剣戟、魔法の射撃音が鳴り響き、野営地は戦場の騒乱に包まれていた。

 火も放たれたのか、馬の嘶きと共にそこかしこで炎上する馬車も見受けられ、レイミア隊は混乱の坩堝に叩き込まれていた。

 

「……ッ」

 

 しかし、己に課せられた役目はただひとつ。

 クルトを守る。至極単純な任務。

 どのような状況に陥ろうとも、それは変わらないのだ。

 

 月光の剣士は、丹田に気を入れ、襲いかかる竜騎兵の群れを迎撃し続けていた。

 

 

 

 

 

「見張りは何をやっていたんだい!」

 

 オイフェとしっぽりしていたレイミアは、襲撃を知らせる声を聞くと即座に跳ね起き、抜刀しながらテントの外に出ていた。

 少年のぬくい体温を抱き抱いていた為か、ウォーミングアップは既に終わったとばかりに、女傭兵の肉体はトップギアまで暖められている。

 オイフェとの湿った微睡みを邪魔された怒り、そしてまんまと襲撃を許した配下の不甲斐なさにも憤るも、今となっては後の祭り。

 

「あれは……?」

 

 オイフェもまたレイミアに続きテントから出ており、鋭く視線を向けると瞬時に状況を掴み取っていた。

 上空から襲いかかる竜騎兵の群れ。

 この大陸に於いて、組織化された飛竜の軍勢を率いるのは、彼らしかいない。

 

「トラキア竜騎士団……!」

 

 トラキア竜騎士団。

 貧国の宿業を具現化した、戦場のハイエナ集団。

 それが、野営地の空を覆っていた。

 

(何故彼らがここに……?)

 

 不可解な思いに囚われるオイフェ。

 トラキア王国は先の鉱石通商によりそれなりの外貨を獲得している。

 故に、傭兵稼業などする必要は当面はないはずだ。

 

 いや、そもそも何故この場に彼らがいるのか。

 グランベルのイザーク遠征を稼ぎ場と見て、周辺まで出張っていたのか。

 通商により外貨を得ても尚、彼らは一銭でも多く稼がねばならぬほど、貧困に喘いでいるとでもいうのか。

 

「ッッ!?」

 

 だが、オイフェの推測はそこまでだった。

 オイフェへ向け急降下せし竜騎兵が一騎。

 槍を突き立てながら、猛然と少年軍師へ襲いかかる。

 

「させるかいッ!」

 

 しかし、間髪入れずレイミアが割って入った。

 愛刀である銀の大剣にて竜騎兵の鉄槍をいなす。

 

「シイリャァッッ!!」

 

 直後に繰り出される連撃、そして追撃の一撃。

 怒涛の攻めを受け、竜騎兵は乗竜ごと為す術もなく斬り伏せられた。

 

「助かりました、レイミア殿」

「気をつけなよ。にしても、まさかトラキアのハイエナ共が襲ってくるとはねぇ……!」

「申し訳ありません。これは想定外でした」

 

 そう言って頭を下げるオイフェ。

 ダークマージや野盗の襲撃を警戒していたが、まさか空から襲撃者が来襲するとは思わず。

 デューが感じ取っていたのは、遠距離からこちらを伺う竜騎兵達の殺意だったのだろう。

 だが、流石の盗賊少年も、この空襲を事前に察知する事は叶わなかった。

 

(おのれ……!)

 

 逆行人生に於ける、オイフェ初めての不覚。

 ぎしりと歯を食いしばる。

 だが、今はこの襲撃に対処せねばならなかった。

 

「お頭ッ!」

 

 不覚を恥じていると、返り血に塗れたレイミア隊幹部の一人、ソードファイターのカーガが駆け寄って来た。

 肩で息を切らしながら、レイミアへ頭を下げる。

 

「申し訳ありません、私達が警戒していながら──」

「御託はいいよ。状況はどうなっているんだい」

「あんまり大丈夫じゃないです……」

 

 見れば、カーガは肩を負傷しており、時折痛そうに顔を顰めている。

 敵は事前にこちらを偵察していたのか、ボウファイター隊やサンダーマージ隊が迎撃態勢を取る前に奇襲を果たしており、距離をつめられてはその優位性は発揮できず。

 戦況は芳しくなかった。

 

「でも、デューくんが言うにはドラゴンライダーは50騎もいないだろうと」

 

 面目躍如といったところか、デューは混乱した状況でも的確に敵勢を把握していた。

 態勢を立て直せば、数で押し返す事が可能。

 デューの言伝を聞くと、レイミアは即座に指示を下す。

 

「アンタ達は手勢を纏めな。弓兵や魔道士連中を守っておやり」

「はい!」

 

 レイミアの下知を受け、カーガは混乱する女傭兵達へ叱咤しながら、ソードファイター隊を纏めるべく野営地を駆けて行った。

 

「アタシ達はどうする補佐官殿」

「……殿下はホリン殿に任せましょう。私達は敵の指揮官を探し、態勢を立て直す時を稼ぐべきかと」

 

 即座に戦場を俯瞰したオイフェ。

 想定外の奇襲を受けたとはいえ、そのような不測の事態に備えてホリンを連れてきたのだ。

 かの大剣豪なら、この状況でも必ずクルトを守り通してくれるはず。

 ホリンが頑張っている内に、こちらは早々にこの襲撃を終わらせる行動に移るべきだ。

 

「そうさね。でも、補佐官殿は大丈夫かい? 流石のアタシもお荷物抱えながら戦うにはちと厳しいよ」

 

 オイフェの言葉に頷きながらも、厳しい表情を浮かべるレイミア。

 この鉄火場で、か弱い少年を守りながら戦うつもりは無いと、冷酷に告げていた。

 

「大丈夫です。先程は不覚を取りましたが、私も戦えますので」

 

 しかし、オイフェはピリリと熱い戦意を、その可憐な瞳に覗かせる。

 竜騎士の死体から鉄の槍を拾い、しっかりと腰溜めに構える、闘争に慣れたその所作。

 百戦錬磨のレイミアは、その姿が決して虚勢ではないのを察していた。

 

「……アンタ、本当に何者なんだい」

 

 レイミアはオイフェの底知れない何かを感じ取り、その口角を引き攣らせていた。

 初対面で見せた胆力もさることながら、こと戦闘に於いても尋常ならぬ肝の据わり方。

 十代半ばの少年が見せて良いものではなく、まるで数多の修羅場をくぐり抜けた戦士の風格を漂わせていた。

 

「グズグズしている暇はありません。行きましょう」

「あ、ああ……わかったよ」

 

 オイフェはレイミアの言葉を無視した。

 今はそれどころではない。この場を切り抜けるのが先決。

 戸惑いつつも、レイミアもまた優先順位を違える事はせず。

 オイフェと共に、トラキア竜騎士団の指揮官を探すべく行動を開始した。

 

(トラキア竜騎士団ならば、指揮官は前線に出ているはず……)

 

 指揮官を倒せば統率が乱れるのは、万国の軍隊に於ける共通の現象であり。その隙に、弓兵や魔道士による逆襲態勢を整える。

 至極単純な対応策だが、現状の打ち手はこれしかない。

 そして、トラキア竜騎士団は指揮官率先の性格が特に強い軍隊だ。

 卓越した観察眼を持つオイフェならば、ほどなく見つけ出す事が可能である。

 

「……見つけた!」

 

 レイミア隊のソードファイターを倒したドラゴンナイトが一騎。それを見留めたオイフェは、即座にその竜騎士へ向け吶喊する。

 

「少年兵か。かわいそうだがこれも仕事だ」

 

 同時に、竜騎士もまたオイフェの接近に気付く。

 鋼の剣を構え直し、少年軍師を迎え撃つ。

 

「我が名はパピヨン! 竜騎士団の恐ろしさを思い知るがいい! 覚悟ッ!!」

「ッ!」

 

 飛竜を巧みに操り、上空からの袈裟斬りを放つ竜騎士パピヨン。

 オイフェはそれをかろうじて躱す。

 

「鋭ッ!」

「むっ!?」

 

 すかさず反撃の刺突。

 少年とは思えぬ鋭い一撃は、パピヨンの脇腹へ突き立てられる。

 

「効かぬ!」

「うあッ!?」

 

 だが、オイフェの力ではパピヨンの装甲を貫くことは能わず。

 前世での武技は染み付いているも、必ずしも前世と同じ武力を持っているわけではない。

 竜騎士はオイフェの槍を斬り払い、飛竜を操りオイフェの体躯を吹き飛ばす。

 

「シイリャァァァッッ!!」

「むむっ!」

 

 そこへ乱入するレイミア。女傭兵の剣圧を受け、竜騎士は僅かに怯む。

 

「二体一とは卑怯な!」

「奇襲をしかけておいてどの口が言ってるんだいッ!」

 

 そう罵り合いながら撃剣を交わす両者。

 しかし、飛竜を操りヒットアンドアウェイを繰り返しながら戦うパピヨンに、レイミアは攻めあぐねる。

 

「……」

 

 槍を拾い直しつつ、その様子をじっと睨むオイフェ。

 非力な己が中途半端に加勢しては、かえってレイミアを危険に晒しかねない。

 故に、機を伺う。

 非力な己でも、必殺の一撃足り得る機が、必ずある。

 

「──ッ」

 

 一瞬、レイミアと目が合う。

 彼女もまた、オイフェの狙いを理解していた。

 

「喰らえッ!」

「ぐぅッ!?」

 

 パピヨンの一閃。レイミアはそれを()()()喰らっていた。

 僅かに腕を斬られるレイミア。

 

「隙ありッ!」

 

 パピヨンはこの好機に飛びついた。

 怯むレイミアへ、さらなる一撃を繰り出すべく、剣を大きく振りかぶる。

 

「……ここッ!」

 

 その僅かな間隙を狙い、オイフェは体当たりするように槍を突き入れる。

 手応えあり。

 

「ぐぉっ!?」

 

 頸動脈を抉られたパピヨン。

 主の異変が伝わったのか、飛竜はその場で硬直するように身を竦ませた。

 

「シイィッ!!」

「キュイッ!!!」

 

 その隙を逃さず、レイミアが飛竜の心臓へ撃剣を突き入れる。

 短く嘶き、飛竜は絶命した。

 

「ううっ……トラキアに栄光あれ……!」

 

 乗竜の後を追うように、パピヨンもまた絶息し果てた。

 

「お見事、補佐官殿」

「レイミア殿も」

 

 勢い余って大地に倒れていたオイフェへ、レイミアはいつもの皮肉げな笑みを浮かべながら手を差し伸べる。

 それを掴むオイフェ。

 女傭兵の手から、高揚した体温が感じられた。

 

 

「おーい! オイフェー!」

 

 それから、戦場を駆け回っていたであろうデューの元気な声を聞くオイフェ。

 ベオウルフが駆る馬に乗りながら、デューがこちらへ近付いて来るのを見留めた。

 

「オイフェ、大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫です。デュー殿も無事でなによりでした」

 

 互いの無事を喜ぶ少年達。

 一方、傭兵達もまた無事を確かめ合う。

 

「姐御が手傷を負うなんて珍しいもんが見れたぜ」

「うるさい小僧だね。アンタはちゃんと働いたのかい?」

 

 軽口を交わすレイミアとベオウルフ。

 しかし、まだ戦闘は終わっていない。

 オイフェは表情を引き締めると、ベオウルフ達へ指示をひとつ。

 

「まだ油断はなりません。ベオウルフ殿とデュー殿は、このままホリン殿の元へ」

「おう、了解した!」

「オイフェも気をつけてね!」

 

 奮戦し続けるホリンの応援へ向かうよう指示を下すオイフェ。

 ベオウルフ達は即座に踵を返し、最重要人物の護衛を続ける剣闘士の元へ向かっていった。

 

「さあ、反撃開始です。まずは──」

 

 そう言って、改めて戦場を見渡すオイフェ。

 パピヨンの死はほどなく敵勢へ伝播するだろう。

 既に統率の乱れが見え始めていたトラキア竜騎士団。

 形成は逆転しつつあった。

 

 

 だが。

 

 

「──ッ!?」

 

 突然、オイフェは得体のしれない悪寒を感じる。

 いや、この悪寒には覚えがあった。

 前世、イード神殿。

 闇の眷属による、必滅の暗黒魔法。

 

 

 Fenrir(フェンリル)

 

 

 白み始めた空は、突如闇の魔素に覆われる。

 直後。

 空から、闇が降りてきた。

 

 レイミア隊の悲鳴。

 竜騎士団の絶叫。

 暗黒魔法フェンリルは、悍ましい怨念の如き闇を野営地へ撒き散らす。

 敵味方問わず、この場にいる全ての生命の火が、闇により消え失せようとしていた。

 

「ッッ!!」

 

 そして、オイフェは激しい衝撃に包まれる。

 身体中が引き裂かれるような衝撃。

 凄まじい威力で、己の身体が、意識が飛ばされていくのを感じる

 

「──?」

 

 だが、オイフェは薄れゆく意識の中、妙な違和感を覚えていた。

 衝撃は感じる。

 しかし、痛みはそこまでではない。

 まるで、何かに守られているような──

 

「レイミア、殿──」

 

 少年の細い体躯は、女傭兵の逞しい肉体に包まれ、保護されていた。

 レイミアはオイフェを、最後までその身をもって庇い続けていた。

 二人の肉体は、そのまま彼方へと吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タタタンタン タタタンタン タタタンタンタタタンタンタン
テッテテ テッテテ テッテテ テッテテテテテー(ポポピポポロロー)

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