逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第32話『御詫オイフェ』

 

 “聖地へ巡礼する”

 

 エッダの主、クロード神父が城内の主だった者達にそう告げ、巡行帰りの旅装そのままに再び旅立とうとしたのは、オイフェとの密談が終わりしばらくしてからの事。

 アウグストの急な出奔とはわけが違う、エッダ教主の乱心ともいえる突然の行動。

 当然、ロダン司祭を始め、高位司祭達は皆一様にその突飛な行動を咎め、クロードを止めようとする。

 が、温厚篤実なクロードが、珍しく強い口調でそれを止めた。

 

『エッダ公国の公爵、並びにエッダ教教主として命じます。私の留守中、エッダを滞りなく運営するように』

 

 こう言われては、ロダン以下司祭達は押し黙るしかなく。宗教性の強いエッダ公国とはいえ、根は他の公国と同じく、少数のサディストと多数のマゾヒストにより構成される厳格な封建社会であるのは変わらない。

 

 そして、クロードが己を“教主”と自称したのは滅多にない事であり。

 普段は一エッダ教徒としての分を忘れぬよう、彼は己の肩書を“神父”と称し、王侯貴族の前でもそれを貫いている。もちろん、公的にはエッダ公爵であり、エッダ教教主としてアズムール王から叙任されているので、それは公称ではなく通称としての意味合いが殆どではあった。

 

 だが、普段はそのような謙虚で敬虔なクロードが、権威を傘にして配下に命じるという衝撃。

 その只事ではない様子を受けざわめく司祭達を背に、クロードはスルーフを含めた僅かな供回りのみを引き連れ、エッダ教の聖地──“ブラギの塔”へと出立していった。

 

 

 

「何かがおかしい」

 

 半ば虚を衝かれる形でクロードを見送ったロダンは、己の居室へと戻るとそう独りごちる。

 クロードの暴挙ともいえるこの行動。

 先日までの巡行が終わり、この後はエッダ公国の公務をこなし、その後は王宮へと戻る。

 そのような公的スケジュールを完全に無視するなど、普段のクロードでは考えられぬことであり。あまつさえ、そのような振る舞いを行えば、いくらエッダの教主とはいえ王宮からの追求は免れないのも理解しているはずだ。

 

 なのに何故、クロードは慣例を無視した聖地巡礼を断行せしめたのか。

 

「属州の者に何かを吹き込まれたのか……」

 

 考えられる原因はただひとつ。

 クロードが旅立つ前に行っていた、属州総督補佐官──オイフェとの密談だ。

 しかし、その内容を伺う前に、クロードはブラギの塔へ巡礼へ行き。

 

 そして、件のオイフェ一行も、既にエッダから姿を消していた。

 クロードの出立という混乱の最中、まるで逃げるように姿を消したのは、ロダンから見ても不審であり。

 オイフェ一行の一人である金髪の少年が、出立前後にやけに()()()()()()()を見せていたのも、今思うと怪しさ極まりない。

 

「いかんな。これはいかん」

 

 事実を問い質そうにも、問い質す相手がいなければ意味がない。

 だが、クロードの真意がどうであれ、今このタイミングでブラギの塔へ向かわれるのは非常にまずい。

 彼が真に信仰を捧げる教団にとって、現在進行系で大陸を覆う陰謀を察せられるわけにはいかない。

 それほど、ブラギの塔での託宣は、エッダ教徒にとって真実を伺える確実な手段として認知されていたからだ。

 

 ともあれ、まずはエッダ教司祭としての行動を取るべく、ロダンは文机に向かう。

 事の顛末を王宮へ報告し、エッダ教の立場を守るため。

 王宮務めを放棄したクロードの代わりに、ひたすら陳謝する内容を書き連ねる。

 

「……」

 

 そして、ロダンは王宮へ始末書めいた報告書を書き終えると、深い息をひとつ吐いた。

 そのまま居室内に備えられた金庫へと足を向け、厳重な施錠が施されたそれを丁寧に解錠していった。

 

「うむ?」

 

 ふと、僅かな違和感を覚えるロダン。

 以前に解錠した時と比べ、その具合が異なるような──そのような漠然とした違和感。

 

「ふむ……」

 

 だが、開いてみれば特に逸失した物はない。

 貴重品が収められたそれらをどけ、二重底となっている蓋を開く。

 

「……うむ」

 

 上層に収められたそれとは遥かに価値が違う、ロダンが何よりも崇め奉る一冊の書物。

 それが無事なのを見て、その違和感は杞憂であったと、ロダンは安堵のため息を吐いていた。

 

「偉大なる我らが神、暗黒神ロプトウスよ……我を導き給え……」

 

 そして、ロダンがエッダ教司祭で偽装した、本当の顔が現れる。

 禍々しいオーラを放つ一冊の教典──ロプト教の神典へ、五体投地にて狂信を捧げていた。

 

「……」

 

 邪宗門の儀式を終えたロダンは、再び神典を金庫へ仕舞い、厳重な封印を施す。

 そして、再度文机へ向かった。邪教徒としての義務を果たすべく、羊皮紙へペンを走らせる。

 

「……よし」

 

 書き終えたロダンは封蝋を施すと、腹心の部下へそれらを託すべく席を立った。

 二通の書状。一通は、王宮の内務全般を司る宰相府──フリージ公爵レプトール宛で、事の顛末を詫びる書状。

 

 もう一通は、王宮にてアズムールの近衛を務める、若きヴェルトマー公爵──アルヴィスへ宛てられていた。

 だが、その真の宛先はアルヴィスではない。

 ロダンの真の主──闇の首魁である、ロプト教大司教マンフロイへ宛てられていた。

 

 “クロードが真実を知る前に、()()()()()対応を取られるべし”

 書状には、そう記されていた。

 

 

 もし──もし、ロダンがもう少し神典へ注意力を向けていたら。

 以前に収めた神典が、収めた時よりも僅かに配置がずれていたと気付けていたら。

 この後のユグドラル史は、全く異なる──オイフェの“前史”をなぞるような展開となっていたであろう。

 

 加えて、封蝋へ刻印する印璽が、使用する前に僅かに蝋が付着していた状態なのに気付けていたら。

 

 だが、そのような注意力は、クロードの強引ともいえる聖地巡礼事件で霧散しており。

 ロプトの潜入工作員ともいえるロダンですら、クロードの強権ぶりはそれほどの衝撃を与えていたのだった。

 

 

 

 

「えー! 神父様またどっかいっちゃったの!?」

 

 同刻、エッダ城内。

 貴賓が宿泊する為に設けられた一室にて、フリージ公爵家がお転婆娘、ティルテュが不満と驚愕をないまぜにした声を上げていた。

 

「ぐす……スルーフさまが、姫さまに、これをって……」

 

 ぶーたれるティルテュを前に、アマルダがスルーフからの手紙を差し出す。

 だが、そのちんまりとした手はふるふると震えており、少女のいじらしい瞳は親愛と依存の対象が消失せしめたことで濡れに濡れていた。

 ぐずるアマルダを見たティルテュは、やれやれといった体で、その愛くるしい銀髪をワシャワシャと撫でる。

 

「もーこの子ったら。そんなにスルーフ君が恋しいか~? おぉぅ〜?」

「ううぅ……うぅぅ~……!」

「えぇマジか……重症だわこりゃ……」

 

 常ならば、スルーフの件で弄ると照れ隠しで相応に反発を見せるアマルダ。

 だが、今のアマルダは、ひたすらに哀しみに暮れる少女でしかなく。

 

「しょうがないわねー……どれどれ」

 

 ともあれスルーフからの手紙を読まないことには始まらない。

 乙女の憧れであるクロードに会えなかったのは残念極まりないが、可愛い妹分にして子分のメンタルケアも重要だ。

 哀しみを堪えて渡した手紙を、無下にするわけにはいかぬのだ。

 

「……んん~?」

 

 読み進めるティルテュ。

 徐々に、その可憐な眉間に神経質な皺が浮かんでくる。

 

「ちょっとなによこれ!」

「ひぅっ」

 

 突然怒りだすティルテュに、怯えた声を上げるアマルダ。

 主の豹変ぶりにちょっとびっくりしちゃったのだ。

 

「神父様に会いに来たってぇのに偏屈坊主のアウグストのおっさんに勉強漬けにされてやっと神父様に会えると思ったら今度は会う約束すっぽかされた挙げ句に(ウチ)に帰れですって!? 冗談じゃあないわ!!」

 

 スルーフが記した内容。

 クロードの言伝も添えたそれは、ティルテュと会うのを楽しみにしていたクロードが、どうしても外せない要件があり会えない事を詫びる内容。

 追加で、フリージへ使いを出し、ティルテュを迎えに来るよう要請を出しており、迎えが来るまでおとなしくエッダに滞在しておくようにとも。

 窮屈な実家から逃れ、クロードに甘えながら怠惰に年を越そうと企んでいたティルテュ。であったが、これでは何をしに来たのか分からないと、憤りを露わにしていた。

 

「狂いそう……! ……ん?」

 

 静かな怒りに身を任せるティルテュだったが、手紙の一節を見ると、それまでの怒りを引っ込めなにやら思案に耽る。

 手紙の内容には、クロード一行の目的地がエッダ教聖地である事も記されており、まずはエバンスへ向かい、そこから船で向かうと、中々の詳細が記されている。

 スルーフとしては、バイタリティ溢れるティルテュが迂闊な行動をしないようあえて詳細を書き記し、雷撃乙女が諦めて大人しく迎えを待つよう仕向けるつもりだったのであろう。

 

「エバンスねぇ……閃いたわ!」

 

 だが、この場合は逆効果だったようだ。

 またロクでもない事を思いついたであろう主を見たアマルダは、今度は不安で瞳を濡らす。

 

「あの、姫さま」

「ねえアマルダ。ちょっち耳を貸しなさいな」

「え、あ、はい」

 

 アマルダの声かけを制し、そのちいちゃいお耳へ口を近づけるティルテュ。

 ひそひそと話かける様子は、まるで仲の良い姉妹が悪戯の相談をする様。

 

 だが、聞いていく内に、妹分はみるみる表情を青くさせていった。

 

「だ、だめですよぅ! そんな勝手なこと!」

「ふふん。覚えておきなさいアマルダ。あたしは『好き勝手』の(るい)なの。おわかり?」

「わかりません! 姫さまがゆるしてもわたしがゆるしません!」

「い、言うじゃないこの子……つーかあんたあたしのお付きでしょ!? 黙ってあたしの言うことを聞いてなさいよ!」

「いやです! そんなことゆるしたらわたしが殿さまに怒られるんです!」

「お父様は大丈夫よ! 黙ってれば!」

「それがだめなんですよぅ!」

 

 喧々諤々と口論を交わすフリージ主従。

 自身の権威が通じぬ従者を前に、ティルテュは大いに苦戦せしめる。いや、どちらかといえば実父の権威の方が強かっただけではあるが。

 先程まではスルーフと離れ離れになっていたことで悲観に暮れていたアマルダであったが、今は堂々と口ごたえするおしゃまな少女。

 

 アマルダがかようなまでに変質したのは、ティルテュがフリージからの迎えを無視し、単身クロードの後を追いかけるという暴挙を提案したからであった。

 

「仮にバレてもアマルダはまだちっこいからそんなに怒られないっしょ……多分」

「そういう問題じゃないんですよー!」

 

 グランベル公爵家の公女とは思えない程の軽挙妄動。

 ふわっふわなその計画に、後に残されるアマルダはたまったものではない。必死になって、ティルテュが考えを改めるよう説得する。

 だが、ふとティルテュは何かを思いついたかのようにアマルダへ向き合った。

 

「じゃあ、あんたも来る?」

「へ?」

「考えてみればあたし一人じゃ色々不便だし。アマルダも付いてくれば色々言い訳できるかもだし? それに、いい機会じゃない。あんた色々な所を見て回りたいって言ってたじゃん」

「え、でも……わたし達だけじゃ色々危ないし……」

「大丈夫よ。あたしの魔法の実力知ってるでしょ?」

「でも……」

 

 にわかに逡巡とした態度を見せるアマルダ。依存癖のある少女ではあるが、好奇心旺盛な子供であるのは変わらない。

 アマルダの悩む様子を見て、ティルテュはキラリと瞳を輝かせる。

 

 もうひと押し。

 そして、ダメ押しの一手は、コレしかあるまい。

 

「神父様にはスルーフくんも付いていってるんだよね~……」

「ッ!!」

 

 スルーフの名を出されては、アマルダは押し黙るしかなく。

 ほっぺたを赤くし、うむうむと揺れ動くアマルダを見たティルテュは

 

(チョロすぎてちょっと心配)

 

 そう思考した。

 

「まああたしに任せておきなさいって。悪いようにはしないからさ……そしてあたしは神父様とホーリーなアバンチュールを! あんたはあんたでスルーフ君とめくるめく依存めいたネチョネチョの愛憎劇にでも飛び込むが良いわ!」

「で、でもやっぱり勝手について行くのはよくないですよぅ」

「いやここに来て焦らすんじゃないわよ怒りで急に冷静になったわ」

「はぅっ」

 

 勝ち確ゆえに思わず性癖を漏らす雷撃乙女。

 最後の最後で煮えきらない態度を見せるアマルダに若干情緒不安定になるも、少女のほっぺをモミモミとムニることでその抗弁を封殺せしめる。

 

「んじゃ行くわよ! ついてきなさいアマルダ!」

「へぅぅ……」

 

 存分にムニられて酩酊状態に陥ったアマルダ。その手をぐいぐい引っ張るティルテュ。

 最後は力技でアマルダを丸め込む形となったが、よくわからない自信に満ちあふれる乙女にとって、この結果は至極当然なのだ。

 

(そういえば、エバンスにはあいつらもいるんだよね……あいつ、元気にしているかな……)

 

 銀髪少女の手を引きながら、雷撃乙女は想い人への憧憬とはまた違う、暖かい感情を仄かに燻ぶらせた。

 彼女の心の大半はクロードが占めている。

 だが、心の片隅に。

 

 暖かい、赤髪の少年の姿があった。

 

 

 なお、心をときめかせクロードを追いかけるティルテュであったが、エバンスには忌み嫌う偏屈坊主が先行せしめているのを、乙女が気付くことはなかった。

 

 

 


 

 夜。

 オイフェ一行らがエッダを訪れ、各人へ少なくない混乱をもたらした後。

 エッダから北へ少し離れた場所にて、馬を走らせる者二名あり。

 ロダン司祭の命を受けたエッダ公国の使者である。一名は懐に二通の書簡を抱えており、もう一名はその護衛だ。

 

 彼らの目的地は当然、バーハラ王宮である。

 緊急性の高い案件の為、必要最低限の人員のみであるが、エッダとバーハラ間での治安はユグドラル大陸の中でも群を抜いて高い。途中で野盗に襲われる事態など、それこそその支配地域の権力者が“故意”に計画しなければ発生しないのだ。

 

 なお、彼らがワープ等の転移魔法を用いなかった理由は、書簡──二通目のアルヴィス宛の書簡を、極力余人に見られないようにする為。

 バーハラ王宮へ直接転移するには、専用の受信用地へ転移せねばならず、警備上の都合で所持品を全て検める事になるからだ。

 万が一、ロプトの存在が王宮で発覚してしまっては、陰謀の全てが台無しになる恐れがある。ゆえに、早馬にての伝書であった。

 もっとも、彼らは純粋なエッダ教徒であり、ロプトの手先である自覚は露ほどもなく。単に、ロダンの指示でこのような移動手段を用いているに過ぎなかった。

 

 とはいえ、日中に早馬を走らせるように、馬を駈歩(かけあし)で走らせているわけではない。

 常歩(なみあし)より少し早い、速歩(はやあし)のペースで馬を走らせていた。

 整備された街道上とはいえ、星明かりが頼りの中で馬を全力疾走させるにはリスクが大きい。途中に不意の事故に遭い、馬が怪我をしては元も子もないからだ。

 ちなみに、馬の睡眠時間は1日約3時間。それも連続して睡眠を取るわけでもなく、10分程度の睡眠を繰り返すのみ。

 故に、このように夜半の急な出立にも対応可能なのだ。

 眠気を我慢するのは人間だけ、ということである。

 

「……?」

「どうした?」

 

 丁度エッダ市街地を抜け、郊外の森のあたりに差し掛かった時。

 ふと、護衛役の男が馬を止める。

 

「今夜中にはエッダ領を出なきゃならんのだ。こんな所で止まってるわけにはいかんぞ」

「いえ、それはわかっているのですが……」

 

 書簡を持つ使者は訝しげにそう言うと、護衛に構わず馬を進めようとする。

 が、それでも護衛の男は周囲へ視線を巡らしていた。

 

「どうしたと──」

 

 そう、使者が言葉を続けた瞬間。

 護衛の男が、ずるりと落馬した。

 

「は──?」

 

 護衛の男が地に倒れ、それまで騎乗していた馬が混乱で嘶く。

 数瞬してから、使者は護衛が何者かに襲われたのだと認識した。

 

「なっ!?」

 

 困惑する使者の前に、全身を黒装束に包み、面布で顔を隠した男達が現れる。

 それも二名。使者を挟み込むようにして陣取った。

 

「き、貴様ら! 私がエッダ公国の者と知っての狼藉か!?」

 

 馬首を翻すも、前後を襲撃者に挟まれては、使者の男は狼狽するばかり。自身の身分を明かし、襲撃者を牽制することしか出来なかった。

 左右は馬では走破困難な森に囲まれており、逃走は難しい。

 護衛の男が倒された状況で、荒事とは無縁の使者の男が、この状況を打破するのは不可能といえた。

 

「知ってるさ」

 

 ふと、前方に陣取る襲撃者が、不敵な声を上げる。

 

「なら、なぜ──」

 

 それに気を取られた使者の男。

 が、その一瞬で、後方にいた襲撃者の刃が届いた。

 

「ガッ──!?」

 

 頭部へ鋭い衝撃を受けた使者は、そのまま落馬。

 意識を深い闇へと落とした。

 

 

「ヒューッ。相変わらず結構なお点前で」

「……護衛の方は殺していないだろうな」

 

 護衛と使者、双方が倒れた深夜の森の中。

 襲撃者の男達は、それぞれ面布を外しながら、お互いの仕事を確認し合う。

 

「結構強めに打っちまったが、まあ死にはしねえだろうよ。いつ起きるかは知らんが」

「そういうところだぞベオウルフ……」

 

 襲撃者の正体はホリンとベオウルフ。

 ベオウルフの態度にため息を吐きながら、峰打ち不殺の剣を納刀するホリン。

 エッダの使者を闇討ちした彼らであったが、当然自らの意思で襲撃を企図したわけではない。

 

「ショタ軍師殿に絶対に殺すなって言われてたからな。そんなヘマはしねえよ」

「ショタ……」

 

 襲撃を指示したのは、策謀巡らす少年軍師。

 オイフェの指示を受けた二人は、こうして闇夜の襲撃を見事成功せしめる。そして、ホリンはオイフェの更なる指示に従うべく、昏倒する使者の懐を探った。

 暗い森の中での作業であったが、夜目の利くイザーク人らしく、ホリンは直ぐにお目当ての代物を見つけた。

 

「……」

 

 二通の書状。バーハラ王宮宛てのそれらを回収するホリン。

 そして、己の懐から()()()()()を取り出した。

 

「……よし」

 

 ホリンが取り出した新たな書状。

 封蝋はロダンの印璽が押印されており、傍から見ればその違いは全く分からない。

 だが、中に記されている内容は大違いであった。

 

「しかし、何故オイフェはこのような……」

 

 そう呟くホリン。

 慌ただしくエッダを出立した矢先、間もなくエッダから王宮へ向け使者が現れる事を告げたオイフェ。

 その使者を襲撃し、携えている書簡を交換するべし。

 その意図が分からず戸惑うホリンであったが、密かに恋慕と忠義を寄せるアイラの恩人であるオイフェに逆らうつもりはなく。

 

「ま、ショタっ子達が何考えてるかは知らんが、金がもらえる内は黙って従うのが傭兵の流儀だぜ。ホリンさんよ」

「俺は傭兵じゃない……」

「同じようなもんだろ。ともかく、終わったのならさっさと戻ろうぜ」

「ああ……」

 

 ベオウルフに促され、ホリンは森の外に繋げてある愛馬の元へ向かう。

 しばらくして、闇夜に紛れた金髪の襲撃者達は、雇い主である少年軍師の元へと馬を走らせていった。

 

(イザークの為、か)

 

 馬を駆るホリンは、襲撃の指示を受ける際、オイフェに言われたある一言を思い出していた。

 

『この襲撃は、グランベルと()()()()……否、ユグドラルの安寧をもたらす為の大切な一手。抜かりなきようお願いします……ホリン殿』

 

 やけにイザークを強調した少年軍師。

 その少年軍師の計り知れない思惑に、ホリンは難しい表情を浮かべながら、少年軍師の元へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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