逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第03話『甘々オイフェ』

 

 グラン暦757年

 ユングヴィ公国

 ユングヴィ城

 

「シグルド様! 私も行きます! エーディン様が気がかりでとても休んでなどおれません!」

「そうか……。分かったよ、ミデェール。宜しく頼む。でも、無理はしないように」

「はい! ありがとうございます! シグルド様!」

 

 従軍を懇願するミデェールと呼ばれた若き騎士に、シグルドは真っ直ぐとその瞳を見つめる。

 主、そして想い人を救うため、ミデェールは負傷した肉体を押して内に秘める闘魂を燃やしていた。

 その様子を、オイフェはここ数日間の状況を振り返りながら静かに見つめていた。

 

 グラン暦757年。

 イザーク王国によるグランベル友好都市ダーナの虐殺から端を発したイザーク征伐。その間隙を突く形で、ヴェルダン王国によるユングヴィ侵攻が開始された。

 先のイザーク征伐の為、出払っているユングヴィ主力騎士団、バイゲリッターの留守ついたヴェルダンの侵略軍……ヴェルダン王国第一王子ガンドルフ率いる軍勢は、瞬く間にユングヴィ城を制圧する。

 弓騎士ミデェールら僅かに残った兵士達は善戦するも、あえなく落城の憂き目にあった。

 

 ガンドルフはユングヴィ城を配下デマジオへ任せ、捕らえたユングヴィ公女、エーディンを連れ一時帰国する。

 同盟破棄からの電撃戦。奇襲を悟らせない為、ガンドルフは少数の手勢でユングヴィへ侵攻していた。

 そしてユングヴィを足掛かりとし、本格的なグランベル侵攻を果たすべく、弟であるヴェルダン王国第二王子キンボイスが率いるジェノア兵団、第三王子ジャムカ率いるマーファ兵団を中核としたヴェルダン王国軍主力を引き連れ、王都バーハラへ向け進撃する算段であった。

 

 ユングヴィ公国以外でグランベル王国を構成するシアルフィ公国、ドズル公国、フリージ公国も、それぞれの主力騎士団はイザーク征伐の為本国を留守にしており。公爵家のひとつであるエッダ教団は本領を守るだけで手一杯の軍備しか備えておらず。

 唯一グランベルでまともな戦力として残っているのは、ヴェルトマー公国騎士団ロートリッターのみ。だが、ロートリッターはグランベル王国近衛騎士団でもあり、王都バーハラから動く事は出来ない。

 彼らが動く時は、王都バーバラが脅かされる時。もしくは、グランベル国王アズムール王が親征する時のみなのだ。アズムール王の性格上、即座に動く事は考え辛い。

 

 故に、ガンドルフはエバンス城城主ゲラルドに周辺の制圧を命じると、悠々とエーディンを連れヴェルダン王国軍主力を迎えに行った。

 バーハラ攻略はヴェルダン全兵力で当たらねば成し遂げられないとは思っていたが、イザーク征伐でガラ空きの周辺公国へはユングヴィへ残してきたデマジオ、エバンスのゲラルドの手勢のみで十分に制圧出来る。

 事実、デマジオは隣国シアルフィへと侵攻を開始していた。領内の村々を略奪しながらの、まさに蛮族の侵攻である。

 

 だが、シアルフィの留守を預かるシアルフィ公国公子シグルドが、その暴虐に待ったをかけた。

 デマジオ麾下ヴェルダン山岳兵団三千に対し、シアルフィ公国に残された手勢は僅か四百。十倍近い兵力差を相手に、シグルドは無謀ともいえる戦いを開始したのだ。

 

 そして、シグルド軍は予想外の大健闘を見せる。略奪の為兵力を分散していたヴェルダン軍を効率よく各個撃破せしめ、更に妹婿であり士官学校からの盟友、レンスター王国王子キュアンの援軍を受けその勢いを増す。

 更に小勢ではあるが、ドズルのいい男ことドズル公国公子レックス、ヴェルトマー公国公子アゼルの加勢も受け戦力を拡充させる。

 

 デマジオらヴェルダン軍は悪戦するも、ついにはユングヴィ城はシグルド軍によって奪還されたのだった。

 

 

「シグルド公子、グズグズしていられません。エーディン公女を救う為、一刻も早くヴェルダン王国へ向かわなければ」

「シグルド。レックス公子の言う通りだ。兵は拙速を尊ぶともいう。奴らの態勢が整わない内に、まずはヴェルダンの玄関口、エバンス城を攻め取るべきだ。騎兵で先行すれば奴らの虚を突くことが出来る」

「私もそう思います! 今頃、エーディン様は……!」

「……分かった。キュアン、レックス、それにミデェール。疲れていると思うが、手勢を纏めてくれ」

 

 ユングヴィ城の一室。いまだ小勢ではあるが、シグルド軍の主要メンバーが顔を揃える。

 ユングヴィを解放したはいいが、肝心のエーディン公女は捕らわれたまま。彼女を救出しなければ、ユングヴィの奪還は真に果たせたとはいえない。

 今後の方針を決める軍議の場にて、レックス、キュアン、ミデェールがそう進言すると、シグルドは数瞬迷うも即座に方針を下した。

 

「シグルド様。エバンス城を攻めるのは良いのですが、ヴェルダンとの国境の川……ユン川の橋はガンドルフ王子に落とされているとの情報があります。工兵隊は全てバイロン様と共にイザークへ遠征していますし、我々だけで架橋するには時間がかかるかと」

 

 そう意見具申するのは、赤い鎧に金色の髪を靡かせる騎士ノイッシュ。同じくシアルフィ騎士であるアレクと双璧を成す、シアルフィ公国騎士団グリューンリッターの若き才能だ。

 ノイッシュの言葉を受け、シグルド、そして先程意見を述べたキュアン、レックスも顎に手を当て考え込む。

 ヴェルダンとユングヴィの境に流れるユン川は、徒歩はもちろん、馬で渡るにも困難な川であり。軍勢を安全に渡らせるには、当然橋が必要になる。

 だが、現在のシグルド軍にはシーフ、いわゆる戦場工作が得意な兵科はいない。ソシアルナイトなどの騎兵は専門性の高い兵科の為、慣れない架橋工作には時間がかかる。下手に騎兵だけ先行させ、橋をかけている間にヴェルダン山岳弓兵から狙い撃ちされる可能性もあった。

 

「……確かに時間はかかるかもしれないな。すまんキュアン。やはり騎兵は先行させず、このまま全軍で──」

 

 シグルドが、そう言いかけた時。

 

「いえ、それには及びません」

 

 それまで黙っていたオイフェが待ったをかける。

 全員がオイフェに注目し、そのあどけない紅顔へ視線を向けた。

 

「このまま騎兵を先行させ、橋を確保してください」

「おいオイフェ。ノイッシュの話を聞いていなかったのか? 橋はヴェルダンの蛮族共に落とされているって……」

 

 妙な確信を持ってそう述べるオイフェに、不審げな表情で見やるアレク。

 そのようなアレクに、オイフェは淡々と言葉を続けた。

 

「橋はヴェルダン軍によって再び架けられています。間違いなく」

「なぜ、そう思うんだ?」

 

 さも見てきたかのようなオイフェに、今度はシグルドが疑問を呈する。

 オイフェは変わらぬ調子で言葉を続けた。

 

「まず、第一にヴェルダンのグランベル侵攻はまだ終わっていません。エーディン公女を拐かしたガンドルフ王子は追跡を恐れて橋を落としていましたが、再侵攻の為には再び橋をかけなければなりません」

「それはそうかもしれないが、根拠はあるのか?」

「彼らは国家間の盟約を突然破棄するという蛮行を行ってまでユングヴィへ侵攻しました。元々後には引けない状況なのに、ユングヴィ城を取り戻されたとあってはまるで意味がありません」

「……」

「加えて、ガンドルフ王子は残虐な性格で知られています。エバンス城に残されたヴェルダンの将は、間違いなくユングヴィを失陥した責任を問われ処刑されるでしょう。つまり、処刑を恐れて再侵攻を開始します。既に一部の部隊はこちらへ向かっているかもしれません」

「しかし──」

「シグルド様。キュアン王子の言う通り、時間をかければかけるほどヴェルダンに有利に運びます。エバンス城を押さえれば、彼らは侵攻拠点を失いグランベル攻略を一時中止せざるを得ません。また、エバンス城は我々がヴェルダン深部へ侵攻する拠点でもあり、アグストリア諸公連合との境にある要衝でもあります。今後の事を考えたら奪取しないという手はありません」

「オイフェ、それは」

「シグルド様。迷っている場合ではありません。ご決断を」

 

 シグルドを射抜くような視線で見るオイフェ。

 有無を言わせないその迫力に、シグルドはシアルフィ城で泣き縋ったあのオイフェと、目の前のオイフェが果たして同一人物なのかと、困惑した表情を浮かべていた。

 

「シグルド。指揮官はお前だ。命令してくれ」

「キュアン……」

 

 オイフェの言葉に同調するようにそう述べるキュアン。親友の言葉に、シグルドは迷いを捨て決断する。

 

「……よし。やはり当初の方針通り騎兵を先行させる。ユン川の橋を確保し、エバンス城への露払いを。歩兵部隊は追従し、そのまま先行した部隊と共に城を包囲する」

「「「はっ」」」

 

 シグルドの号令を受け、各人は早速行動を開始する。

 慌ただしいその様子を、オイフェは複雑そうな表情で見つめていた。

 

「……前より、少し早いかな」

 

 そう独り言を呟くオイフェ。それを隣にいたヴェルトマー公子アゼルが見留めた。

 

「オイフェ。何をぶつぶつ言っているんだい?」

「あ、アゼル公子……」

 

 アゼルの姿を見たオイフェは、一瞬だけ表情を固くする。

 

「オイフェ?」

「い、いえ、何でもありません」

「それならいいけど……それにしても、流石は名軍師と謳われたスサール卿の孫だね。僕じゃあんな献策は出来ないよ」

「いえ、私はまだまだお祖父様には及びません」

「それでもすごいよ。僕もがんばらなきゃ……エーディン公女を助ける為にも……」

 

 固い表情でそう述べるアゼルを、複雑な表情を浮かべて見やるオイフェ。

 オイフェはアゼルが抱く淡い恋心が、決して叶わぬ恋であるのを思い起こす。

 そして、アゼルと結ばれるのは、あのフリージ家のおてんば姫であることも。

 

「そう、ですね。まあ、ガンドルフ王子がマーファ城へ向かったのなら、エーディン公女はそこまでひどい扱いはされていないと思います」

「なぜそう思うんだい?」

「マーファ城には穏健派のジャムカ王子がいます。彼がいるなら、人質であるエーディン公女の扱いも丁重なものになるかと」

「そうなんだ……何でも知ってるんだねオイフェは」

「い、いえ、その、お祖父様が生きていた頃に色々と教わってて……」

「でも、どちらにせよ急がないとだね」

「は、はい。時間が経てば経つほど、ジャムカ王子も主戦派に押され、エーディン公女を庇いきれない恐れがあります。急ぐに越したことはありません」

 

 頬に朱を差しながらやや慌てた様子を見せたオイフェ。それを見て、アゼルはひとつ苦笑を浮かべる。

 自身より歳下のこの少年が、大人顔負けの献策をした事に畏怖の念を感じていた。だが、今のオイフェにはそのような思いは抱かず。

 アゼルは年相応の反応をするオイフェに優しげな視線を向けていた。

 

「……」

 

 当のオイフェはアゼルの柔和な顔付きを見て、僅かに目を伏せるように顔を背けた。

 あの男と同じ赤髪、そしてどこか面影を感じさせる顔立ち。それを見ると、どうしようもない激情が湧き上がるのを感じる。

 

「……っ!」

 

 アゼルに見えないよう、ぐっと拳を握り締め、その感情を抑える。

 目の前のアゼルは、あの仇敵の弟。

 だが、アゼル自身は、シグルドに最後まで付き従った、悲劇の犠牲者だ。

 内に秘める怨恨をぶつける相手ではなかった。

 

 紅顔の美少年の粘ついた葛藤に気付く者は、この場では誰もいなかった。

 

 

 

「オイフェ。こちらへ来なさい」

「は、はい」

 

 キュアンら騎兵部隊が出陣した後、続けて出陣する歩兵部隊を纏め、騎乗の身となったシグルド。

 別の馬に乗りシグルドへ追従しようとしたオイフェであったが、ふとシグルドから呼ばれ慌てて傍へ駆け寄る。

 先の切れのある献策とは打って変わり、その様子は年相応の少年の姿を見せていた。

 

「オイフェは私が乗る馬に一緒に乗るように」

「へ? あ、はい!」

 

 そう言われ、オイフェはキョトンとした表情を浮かべた後、やや顔を赤らめて頷く。

 

「兄上。オイフェはもう立派なシアルフィ男子ですよ。今更馬に二人乗りなんて」

 

 やんわりと、しかしはっきりとした調子でそう嗜めるのは、シグルドの実妹であり、盟友キュアンの妻、エスリン。

 キュアン、そしてレンスター王国が擁する主力騎士団ランスリッターの若き才能、フィンと共にシグルドの元に駆けつけた家族想いの才女である。

 

 エスリンは先行する騎兵部隊には加わらず、麾下のトルバドール小隊と共にシグルドが率いる本隊とエバンス城へ向かう事になっていた。

 トルバドール隊も騎兵科ではあるが、その主任務はソシアルナイトら攻撃騎兵部隊が敵陣深くまで縦深突撃する際の支援である。故に、今回のような橋の奇襲、そして確保ではその真価を発揮しない。

 それよりも万が一騎兵部隊が失敗した時に備え、後方で待機していた方が負傷した将兵の救護など効率の良い運用が出来る。

 現状、シスターなど回復聖杖を使える者がエスリンらトルバドール隊しかいないというのもあり、下手に前線に出して貴重な後方支援部隊を損耗するわけにもいかない、という事情もあった。

 

 当然、これらの部隊配置はオイフェが進言している。

 まるで、こうした方が()()()()()結果が生まれると言わんばかりに。

 

「エスリン。そうは言っても、オイフェは私の大事な相談役であり軍師のようなものだ。常に意見を聞けるようにしたい。これが一番合理的だと思うのだが」

「でも、一緒に馬に乗るなんて少々子供扱いが過ぎるのではありませんか。オイフェだってそう思うでしょう?」

 

 エスリンにそう言われたオイフェ。

 この年頃の少年なら、馬くらい一人で乗りこなしたいはず。ましてや、大の男と同乗するなど、恥ずかしさが勝り辛いのではと。

 そう思っての老婆心めいた親切心から発せられた言葉である。

 

 だが。

 

「いえ! エスリン様! 私はシグルド様とご一緒したいです!」

「え? あ、そ、そう……なら、いいけれど……」

 

 食い気味にシグルドと同乗を望むオイフェ。

 その勢いに気圧され、エスリンはそれ以上言葉を重ねることが出来なかった。

 

「決まりだな。来なさい、オイフェ」

「はい! 失礼します!」

「うん……うん?」

 

 そして、オイフェはさも当然といった体でシグルドの()()に跨った。

 

「あの、オイフェ。私の後ろの方がいいのでは?」

「いいえ! ここが良いです! ここでなきゃダメなんです! ダメでしょうか!?」

「いや、ダメじゃないが……まあ、オイフェが良いのなら……」

 

 当のシグルドですら困惑するオイフェの同乗方法。自身の後ろに跨るとばかりに思っていたシグルドは面を喰らつつも、やがてオイフェを抱きかかえるように手綱を握り直した。

 

「……オイフェって、結構甘えん坊さんなのかしら?」

 

 シグルドと共に馬に乗り、嬉しさを隠しきれぬといった様子のオイフェ。

 それを見て、エスリンはそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 


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