逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第29話『近親オイフェ』

 

 エッダ城に棲まう者は、身分の上下にかかわらず皆同じ食事が提供される。

 教主クロードと今日入信したばかりの修道者が同じ食事を摂るのは、他の公爵家では見られぬ光景であり。

 当然、エッダを訪れた客人もまた、彼らと同じ食事が供されていた。

 

「オイフェ、これおいしいねぇ」

 

 エッダ城大食堂。

 大勢のエッダ教徒が祈りを捧げた後、オイフェ達も用意されたテーブルにて食事にありつく。

 舌鼓を打ちながら満足げな表情を浮かべるのは、天真爛漫な盗賊少年デューだ。

 

 この日用意されたメニューは、柔らかく焼かれた白パン、獣肉入りのシチュー、そして果物が少々。オイフェら年若には果実を絞ったジュースが添えられ、年長者にはワイン、エールが供されていた。

 公爵家の食卓に上がるにはいささかありふれた献立ではあるが、意外にもその量は多く、そして味も悪くない。

 当然、食欲旺盛のデューには嬉しく、トロリと具材が煮込まれたシチューをニコニコしながら頬張っていた。

 

「デュー殿、ここでの食事は静かに摂るものですよ」

 

 おしゃべりをしながら食事を摂るデューを、それとなく嗜めるオイフェ。

 テーブルマナーは祖父スサールから徹底的に叩き込まれていたオイフェは、同年代の少年に比べ非常に行儀作法に優れていた。

 

 余談ではあるが、オイフェがシアルフィに移り住んだ時、まず初めに行った事は、バイロン、シグルド父子の豪快なテーブルマナーを、貴族らしいそれに矯正する事だった。

 なにかにつけて口うるさいエスリンがレンスターに嫁入りし、食事の時以外にも好き勝手の類を謳歌していたバイロンとシグルド。そして、その束の間の自由はオイフェによって終止符が打たれていた。

 

 とはいえ、それでも節々でだらしない所作が残るシアルフィ父子。

 シグルドなどは総督になった今でも、身につけていた衣類をベッドや椅子に放り投げるという悪癖が抜けておらず。

 しかし、これに関してはオイフェは問題にしていなかった。

 シグルドが脱ぎ散らかした衣類は、妻であるディアドラが手早く回収し、綺麗に整えていたからだ。

 如才ないこのディアドラの姿を見て、オイフェは満足感と共に、己の心が尊いもので満たされていくのを実感していた。

 

 ディアドラが日常的にシグルドの下着──特に股間部分をクンカクンカと嗅いで頬をうっすらと朱色に染めているのを、オイフェは終ぞ気付くことは無かった。

 

(そういえば、アウグスト殿はどこへ行ったのだろうか……)

 

 ふと、オイフェは既にエッダ城から消え失せたアウグストの事を思う。

 あの後、スルーフからアウグストが出奔した事を聞いたオイフェ。

 突飛すぎるアウグストに驚きつつ、あの鬼謀僧侶が向かった先が気になっていた。

 

(まさかエバンスへ向かったのではあるまいな……)

 

 スルーフ曰く、残された書き置きには“真理追求の旅に出る”としか書かれていなかった為、アウグストがどこへ旅立ったかは不明である。

 しかし、なんとなく嫌な予感を感じたオイフェ。

 エバンス城門にて、ニッタリとした笑みでオイフェを待ち構えるアウグストを想像し、ゲンナリとした表情を浮かべていた。

 

(まあ、仮にエバンスへ向かったとしても、パルマーク司祭がいる。アウグスト殿も無茶は出来まい……)

 

 オイフェと共に、内務ではシグルドの両輪として才覚を見せるパルマーク。

 その身分はエッダ教の司祭であり、その階位はアウグストより上位である。

 流石にパルマークの前では傍若無人ぶりは発揮せぬだろうと、オイフェはそれ以上アウグストの動向について考えるのを止めた。

 

「……あ」

 

 シチューを掬いつつ、何となしにデューへと視線を向ける。

 すると、盗賊少年の口元は少しばかりデミグラスソースで汚れていた。

 

「デュー殿。口の周りが汚れてますよ」

「うー……自分で出来るよー」

 

 口角をソースで汚したデューに、オイフェは手ぬぐいで優しく拭う。

 オイフェとデューの対面にて食事を摂っていたホリンは、仲良しな少年達を見て目尻を下げながらパンを頬張る。

 その隣では、ベオウルフが「母ちゃんかおめーは」と、少々呆れた表情でワインを呷っていた。

 

 そして。

 

(キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!)

 

 オイフェ達から少し離れたテーブルで、密かに気炎を上げる乙女の姿あり。

 フリージ公爵家御一行の為に用意されたテーブルでは、第一公女ティルテュが早くも温まっていた。

 小うるさいアウグストがいなくなり、元より乙女のテンションは高い。

 アウグストが大量の宿題を残していった事実は、麗しい少年達の友愛を前にした乙女にとって、最早忘却の彼方へ追いやる程の些細な事なのだ。

 

(温厚知的系美少年と活発天然系美少年の純粋無垢な絡み……ちょっとこれマジヤバい……マジ尊い……! やっぱおっさん×美少年より美少年×美少年が大正義だわ!)

 

 お転婆なイメージの強いティルテュではあるが、一応は公爵家令嬢としての諸々の作法は心得ている。

 余計なお喋りはせず、静かに、そして瀟洒にスプーンを口に運ぶティルテュ。

 だが、その目は野獣の如き眼光を発し、オイフェ達へ向けられていた。

 

「あ、オイフェもソースついてんじゃん。おいらが拭いてあげるよ」

「えっ……あ、ありがとうございます……」

 

 少々照れながらも、デューの好意を素直に受け入れるオイフェ。

 デューのやや乱暴な手付きに、はにかんだ笑みを浮かべていた。

 このような仲良し小好しな少年二人に、剣闘士は増々相好を崩し、自由騎士は「母ちゃんが二人……?」と若干迷走せしめた。

 

(ほっほっほぉ~……! マジヤバい性欲止まんない……! オイフェくんが攻めかな? それとも隣の金髪の子が攻めなのかな? 金髪くんがグイグイ迫るのもありだけど、オイフェくんのヘタレ攻めも捨てがたい……! ああ、毒素が、毒素が抜けていくぅ~~!! おっほっほっほっほぉ~~っ!!!)

 

 そして、トップギアへと至るフリージ乙女。

 ギラついた目でオイフェ達を見やりつつ、瀟洒な仕草でパンを千切る。しかし、そのハンドスピードは通常の三倍以上。眼光は増々鋭く光っていた。

 猛烈な勢いでパンを貪るティルテュを見たアマルダは(なんか今日のひめさまちょっときもちわるい……)と不審げに見やりつつ、黙ってパンをモグモグしていた。

 

「うわ、なんか寒気が……」

「気の所為ですよデュー殿……」

 

 雷乙女の腐った視線を受け、機敏な少年達は怖気に似た寒気を覚える。

 だが、オイフェは努めてそれを無視し、デューもまたその気配を完全にシャットアウトした。

 急にテンションがだだ下がりした少年達を、ホリンとベオウルフは不思議そうに見つめていたのであった。

 

「食堂に 少年二人 ちそ(いず)る」

「あの、ひめさま……なんで泣いているんですか?」

「違うのアマルダ。これは毒素めいた何かが流れ出ておるだけなの」

「えっ、きもちわるい……」

 

 フリージ乙女、熱き魂を萌やすばかりなりけり──。

 

 

「あ、そういえばデュー殿」

「ん~……? なに、オイフェ」

 

 食事が終わり、祈りを捧げた後部屋へ戻るオイフェ一行。

 腹が膨れ、少しだけ眠たそうにしているデューへ、オイフェは真剣な眼差しを向ける。

 それを見て、デューもまた表情を即座に引き締めた。

 最早オイフェの腹心ともいえる存在となったデュー。

 その目を見ただけで、オイフェの秘めたる想いを容易に汲む事が出来た。

 

「重要な話があります。あとで中庭に……」

「っ! うん、わかった!」

 

 前を歩くホリンやベオウルフに聞こえぬよう、小声でデューへ告げるオイフェ。

 聞いた瞬間、デューの瞳は爛と輝く。

 

 とうとう、その時が来た。

 

 デューはそう想い、やや興奮を隠しきれないでいた。

 以前約束した、オイフェの大計画。その共有。

 やっとその時が来たと、デューは本能で察していた。

 そして、それは間違いではない。

 

「じゃあ、ホリンとベオっちゃんには適当な理由を話しておくね!」

「はい、宜しくお願いします」

 

 嬉しそうにそう提案するデュー。

 消灯後に二人して部屋から抜け出すのを不審がられないよう、もっともらしい理由を考える必要がある。

 しかし、この手の誤魔化しはデューにとって朝飯前であった。

 

(申し訳ありません、シグルド様。まず、あなたに打ち明ける前に……デュー殿と……そして、クロード神父へお話します……)

 

 嬉々とした様子で部屋へ向かうデューを見つつ、オイフェは内心、愛する主君へそう詫びていた。

 オイフェが目論むクロードとの密談。

 その内容は、オイフェの前世を打ち明けるという、計画の核心に触れる内容だった。

 

 そして、それをクロードへ打ち明ける前に。

 オイフェは、最も頼りにするデューへ打ち明けようと思っていた。

 

 このタイミングでデューへ前世を話すのは、計画上さして意味の無い事である。

 だが、このタイミングでデューへ打ち明けないのは、信義にもとるのだ。

 

 “謀略とは(まこと)なり”

 

 祖父スサールが、生前オイフェに授けたこの薫陶。

 スサールは礼儀作法や政経学に加え、様々な計略、謀略の術を孫であるオイフェへ伝授していた。

 その中でも、オイフェはこの教えに深く感銘を受けていたのだ。

 

 謀略は、誠心を持って当たるべし。

 諜報に従事する者には、誠を貫くことが肝要。

 誠とは、真心なり。

 事を成すには、誠心誠意真心をもって従事することが必要不可欠である。

 

 このスサールの教えは、オイフェは前世で身にしみる程の有効性を実感していた。

 グランベル帝国、そしてロプト教団に対抗すべく、各地の抵抗勢力や帝国内部の良心とも結びつきを強めていたオイフェ。

 解放戦争における様々な政治謀略の成功は、オイフェと反帝国勢力との間に、真心と真心との結びつきがあったがゆえである。

 

 そして、それは目の前のデューも同様。

 真心を通わせなければ、この先の難事は到底成し遂げる事は出来ず。

 それ故の決断であった。

 

(しかし……)

 

 だが、この期に及んで、オイフェはデュー、そしてクロードへ何もかもを打ち明けるのを戸惑っていた。

 全ての元凶であるロプト。

 その悪しき血を引くアルヴィス、その悲しき血を引くディアドラ。

 これから起こる、動乱と謀略の歴史。

 哀しみに塗れた、悲劇の未来。

 

 それらを包み隠さず話す覚悟は出来ている。

 だが、クロードの未来──クロードと結ばれる、あの乙女の事を話すのは、オイフェに深い懊悩を与えていた。

 

(シルヴィア様……)

 

 戦場に咲く一輪の花。

 旅の踊り子にして、()()()()()()()()()()

 

 かつての前世において、シグルドの元へ集った勇者達。

 悲劇の結末を迎えたとはいえ、それぞれが想い人と結ばれたその姿は、オイフェにとって今生でも尊いものである。

 だが唯一、オイフェが逡巡する関係を持った男女がいた。

 

 ブラギの神父、クロード。

 そして、クロードと結ばれた、クロードの()()であるシルヴィア。

 

 知らぬとはいえ、あのアルヴィスとディアドラ以上に禁忌を犯した男女──兄妹の関係。

 それを繰り返すのは、果たして倫理に則っているのだろうかと。

 

(レヴィン様……私は、どうすればいいのでしょうか……)

 

 オイフェはかつて風の賢者──レヴィンより聞かされた、禁忌の物語を思い出していた。

 

 

 


 

 重要な話がある──

 

 そうレヴィンに言われ、オイフェら解放軍の主だった者達がペルルーク城の一室に集まったのは、南トラキア解放戦争を終え、ミレトス解放戦争が始まったグラン歴777年のこの年。

 

 世界の痛みを共有出来る者のみ聞け。

 それが出来ない者はこの場から去れ。

 

 そう言ったレヴィンだったが、誰一人として退室する者はおらず。

 そして、レヴィンは世界の表裏で繰り広げられし光と闇の真実を語り始める。

 

 子供狩りの実態、それに連なるロプトの野望、そしてアルヴィスの野望。

 禁じられた交わりによる、ロプトウスの依代、ユリウスの誕生。

 そして、ユリアが、ユリウスの実弟──セリスの異父妹である事。

 

 先ごろ行方不明になったユリアの素性を知り、光の皇子セリスは驚愕と共に、ひどく辛そうな表情を浮かべる。

 目に悲しい影がよぎるセリスの手を、ラナがそっと握っていた。

 

『助けに行こう。子供たちを、ユリアを』

 

 想い人の温かい体温で、セリスの瞳に熱いものが宿る。

 解放軍を率いるに相応しき英雄は、己の成すべき事を十分に理解していた。

 大将の想いを汲んだ解放軍の若者たちは、皆一様に熱き魂を燃え上がらせる。

 士気は十分。

 光と闇の戦い。その終局へ向け、正義を超えた大義を燃やしていた。

 

 

「して、レヴィン様。我々に話とは?」

 

 レヴィンによる真実の語りが終わった後。

 ペルルーク城の一室には、レヴィンとオイフェ、そして“トラキアの盾”と謳われたハンニバル将軍のみが残されていた。

 レヴィンは懊悩とした表情を浮かべながら、この二人にだけ居残りを申し付けていた。

 

「オイフェ殿と我輩だけですか。何かトラキアに関する重要なお話があると見受けられますな」

 

 長い顎髭を貯えた歴戦の将帥は、唐突な居残りを申し付けられても泰然自若としており、ジェネラルに相応しいどっしりとした物腰を見せている。

 余談であるが、ハンニバルがカパトギア城、そしてミーズ城で目を光らせていたからこそ、トラキアは単独でマンスター諸国、そしてグランベル帝国と互角に渡り合えたといっても過言ではなく。

 

 “南征を起こし多くの血を流して得る物といえば、さして取り柄もないトラキアの地と生き残りの気違い残党のみ。ならば、食糧等物資の供給を絶ち、柔らかい真綿で首を絞めるようじわじわと弱らせるのが、マンスター諸国にとって安泰といえよう──”

 

 このようなマンスター諸国の認識も、一方では正しい。

 だが、このハンニバルにより常に南征を阻まれていた、という事実は歴然たるものである。

 トラキア王国で竜騎士団と双璧を成す装甲軍団を徹底的に鍛え上げていたハンニバル。

 麾下のカナッツ、マイコフの兄弟将軍も、文字通りハンニバルの両輪として働き、装甲軍団の堅牢性をより一層厚くさせていた。

 

 この装甲軍団を突破し、精強な竜騎士団を殲滅し、峻険なトラキアの地を征服せしめる強力な軍事力を用意するのは、マンスター諸国が一丸となっても難しく。例えグランベル帝国であっても、全力でかからねばトラキアを制覇する事はかなわなかった。

 セリス率いる解放軍ですら、ハンニバルの装甲軍団と正面から戦う事は避けていたという事実が、名将ハンニバルの武名をより高める事となる。

 こと守勢に回れば、ハンニバルの将才はオイフェやアウグストですら有効な作戦を立案する事は不可能であったのだ。

 

「いや、トラキアの事ではない……リーンと、コープルの出生についてだ」

「リーンとコープルの……」

 

 そう言った後瞑目するレヴィンに、オイフェは既に当たりをつけていたリーンとコープルの素性について思いを巡らせる。

 リーンもコープルも、親であろう彼らによく似ていた。

 その踊りの才能、その聖杖の才質。

 親の才能をよく継いでいるのは、想像に難くなかった。

 とはいえ、あくまでも憶測でしか無いため、オイフェはこの事を内心に留めるばかりであった。

 あの二人──クロードとシルヴィアの、()()()関係性についても、思い当たる節があり、それがオイフェの口を閉ざす要因でもあったのだ。

 

「コープルの出自をご存知なので?」

 

 コープルの育て親であるハンニバルは、その眼を大きく開き、風の賢者の姿を見つめる。

 外交使節の随行員としてダーナを訪れた際、修道院の前に置き去りにされていた赤子のコープルを偶々見つけ、そのまま養子として育てたハンニバル。

 なんとも運命めいたものを感じていたハンニバルは、コープルを実の息子同然に可愛がり、大切に育て上げていた。

 それ故に、レヴィンが語るであろうコープルの出自は、ハンニバルにとって非常に重要な事柄といえた。

 

「……まず、この話を聞く前に、一つ誓って欲しい事がある」

 

 黙してレヴィンの言葉を待つ二人。

 レヴィンは目を開くと、そのまま厳しい声色で言葉を続けた。

 

「決して、この話を漏らすな。生涯胸に秘め、墓まで持って行け。それが出来ぬというのなら、この話は無かった事にする」

 

 強い口調でそう言い放つレヴィン。

 オイフェとハンニバルはその気圧に僅かに慄く。

 だが、力強く言葉を返した。

 

「誓って、他言しません」

「承った。どのような内容であれ、我輩の胸に秘めておく事を誓おう」

 

 両者の誓いの言葉を受けても、レヴィンはまだ迷っている節があった。

 だが、それでも意を決すると、コープルとリーンの出自について、滔々と語り始めた。

 

「まず、あの二人が姉弟だというのは、もう知っているな」

 

 旅の踊り子、リーン。そして、名将の養子であるコープル。

 この二人が実の姉弟だと判明したのは、ペルルーク城の攻城戦の最中であった。

 ペルルーク城を守る帝国軍──その中に潜んでいた暗黒司祭。

 攻城戦の終局、城内へ突出したセリスに次ぐ解放軍の英雄──リーフが、この暗黒司祭の攻撃を受けてしまう。

 即座に後方へ移送されるも、既にリーフの命は尽きかけ、どのような回復聖杖を用いてもリーフが覚醒する事はなく。

 半ば狂乱めいた様相で聖杖を振り、自身の命すら投げ捨てようとするナンナを、親であるフィンが押し止める痛ましい姿。

 

 しかし、リーフの危機を、一組の男女が救う。

 リーンとコープル。

 コープルが孤児だった頃から、肌身離さず持ち歩いていた一振りの聖杖。

 それを振るうと、リーフの身体は徐々に生気が宿り始める。

 途中でコープルの魔力が尽きかけたが、それをリーンが支えると、聖杖はその輝きを強め、リーフのエーギル(生命力)は完全に元通りとなる。

 コープルとリーンの額には、ブラギの聖痕が浮かんでいた。

 思いがけない姉弟の再会。

 リーフの快復と共に、リーンとコープルの再会は、解放軍の皆が祝福を持って受け入れていた。

 

 だが、レヴィン……そしてオイフェだけが、複雑な表情を持ってそれを受け入れていた。

 

「そうですな。リーンとコープルが姉弟だったのは驚きましたが、やはりあの二人はクロード神父の子供達で?」

「そうだ。そして、母親はシルヴィア……ハンニバル将軍は知らぬだろうが、シルヴィアはかつてシグルドの元で戦った勇者の一人だ」

 

 ハンニバルの言葉に、レヴィンは重たい口調で応える。

 それを聞き、オイフェは密かに眉間に皺を寄せた。

 そして、レヴィンは語る。

 クロードとシルヴィアの、本当の関係を。

 

「クロードとシルヴィアは……実の兄妹だ」

「なっ、なんと……!?」

「……」

 

 この世界では不道徳極まりない事実に、流石に動揺を隠せないハンニバル。

 対して、オイフェはやはり、といった体でため息をひとつ吐いた。

 

 それから語られる、クロードとシルヴィアの真実。

 エッダ公爵家の長女、クロードの妹であるシルヴィアは、赤子の時分、両親と共にとある盗賊団の襲撃を受けてしまう。

 クロードの両親が、妹の洗礼──そして、命名の儀式を行う為に、領内の教会へ向かった矢先に起こったこの悲劇。

 エッダ城に残されたクロードのみが逃れる事ができたこの事件は、当時のエッダ公国、ひいてはグランベル王国にとって重大な事件として取り扱われる事となる。

 

 治安の良いエッダ領で起こった襲撃事件は、様々な陰謀が囁かれる事となったが、結局襲撃犯である盗賊団が残らず討伐された事で一応の収束を見せる。

 だが、クロードの両親は死亡し、妹の消息は不明となったこの事件。

 幼くしてエッダを継ぐこととなったクロードは、周囲の支えもあり立派な聖職者として成長する事となるが、生き別れた妹の存在は、クロードの心の奥底に燻る重しとなっていた。

 

 しかし当のクロードの妹は、紆余曲折を経て盗賊団から旅芸人の一座に拾われる事となる。

 シルヴィアと名付けられた赤子は美しく成長し、衆目を癒やす踊り子としての身分を得た。

 そして、シグルドの元で、兄妹はお互いの素性を知らぬまま再会。

 

 そのまま、禁断の恋に堕ちてしまうのだった。

 

 もしかしたら、クロードはどこかでシルヴィアが妹だと気付いていたのかもしれない。

 しかし、気付いた時には、既に二人の子供達が生まれてしまっていたのだろう。

 その時のクロードの懊悩を想い、オイフェは増々表情を暗くさせていた。

 

「オイフェは気付いていたようだな」

 

 そのようなオイフェを見て、レヴィンもまたやはりといった様子を見せる。

 オイフェはレヴィンに勝るとも劣らない重たい空気を発していた。

 

「……十六年前は、流石に気付けませんでした。ただ、あの二人……リーンとコープルの聖痕が、他の聖戦士の血を継ぐ者達に比べ濃すぎるように見えました。それこそセリス様や、シャナン、アレスよりも」

「敏い者は気付くだろうな。それで」

「リーンとコープルがクロード様とシルヴィア様の子供、ブラギの血を引く事は公表して良いと思います。しかし、クロード様とシルヴィア様の関係は伏せたほうが宜しいかと。肯定も否定もせず、有耶無耶にしたまま闇に葬り去るべきと愚考します」

「我輩も同感です。これは、流石に……」

 

 聖戦士の血を引く者が新たに解放軍に加わる。

 その事は、全軍の士気を大いに上げる事になるだろう。

 しかし、その二人が、不義の関係から生まれたと知れたら。

 

 既に皇帝アルヴィスと、皇妃ディアドラの不義の事実を知ってしまった解放軍の若者たち。

 特にリーンと恋人関係にまでなったアレスや、密かに想いを寄せ合うアルテナがそれを知ったら。

 そして、その二人の周囲はどう思うか。

 ハンニバルですら顔を顰めるその禁じられた関係は、エッダの将来を継ぐ事となったコープルにとって汚点ともいえるスキャンダルだ。

 スルーフなど、敬虔なエッダ教徒は、恐らくコープルを教主として仰ぐのをよしとしないだろう。

 それほど、聖戦士の血を継ぐ者同士の近親婚は、この世界では禁忌中の禁忌であったのだ。

 

「二人の考えはわかった。ならば、この話は我々だけで収めよう」

「はい」

「承った……しかし、良くぞお話くだされたな。レヴィン様」

 

 頷くオイフェ、そしてレヴィンを慮るように言葉をかけるハンニバル。

 ハンニバルの気遣いを受け、ようやくレヴィンの表情に憑き物が落ちた。

 

「すまない。この話は本当は誰にも話すつもりはなかった。だが、オイフェが気付いたように……他にも気付く者が現れるかもしれない。いらぬ邪推をされては、リーンとコープルが哀れだ……」

「……」

 

 レヴィン一人では抱えきれぬ禁断の恋。

 そして、それを上手に隠し通し、セリス達やリーフ達に対し巧みな情報統制を敷く事は、オイフェとハンニバルでしか出来ない。

 アウグスト辺りは、もしかしたら気付くかもしれないが、エッダの安定を鑑み決して口外せぬだろう。

 とはいえ、あの鬼謀はこのような繊細な情報統制は不得手であり、本人が気付かぬ所で漏洩してしまう恐れがあった。

 故に、ハンニバルがトラキア勢の情報を統制する必要があったのだ。

 

「頼むぞ、オイフェ、ハンニバル」

「はい」

「はっ」

 

 こうして、重鎮達により、ブラギの血を引く者の禁忌は闇に葬られることとなる。

 オイフェ、そしてハンニバルは、生涯クロードとシルヴィアの関係を口にすることはなく。

 

 ユグドラル大陸の歴史において、禁断の関係を持ってしまったのは、赤き皇帝アルヴィスと、精霊の森の乙女であるディアドラのみとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




※クロードとシルヴィアは加賀氏曰く「結ばれたら遠い親戚、結ばれなかったら兄妹」とのことですが、拙者インモラル大好きの助でござるので結ばれた上で兄妹設定を貫き通す所存(性癖とんがり侍)

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