逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第27話『雷撃オイフェ』

 

「我が君に仇なす叛徒共──大人しく雷神の贄になりなさい──」

 

 グラン歴777年

 ミレトス城郊外

 

 ミレトス地方の解放を目指し、光の公子セリス率いる解放軍が一路ミレトス城へ進軍している最中。

 道中に広がる深い森の中を進軍していた解放軍は、森に潜伏していた数多のダークマージによる奇襲攻撃を受けていた。

 先に行われたラドス城とクロノス城との間で行われた会戦──グランベル大陸随一の武勇を誇る、リデール将軍率いる精鋭部隊との戦闘で疲弊していた解放軍は、ダークマージ隊、そして帝国に雇われた獰猛な傭兵部隊の奇襲に対応しきれず、図らずも各個に分断されてしまう。

 

「まさか、ここに来て──!」

 

 解放軍の軍政の要であるオイフェ。しかし、奇襲を受け、今はセリスの本隊と離れ離れになってしまう。同じように散り散りとなった解放軍の将兵を纏めるも、間髪入れずあの“雷神”がオイフェ達の目の前に現れていた。

 黒を基調とした艶かしいドレスを纏い、スリットから覗く足は扇情めいた情欲を誘う、闇に魅入られた雷神の姫。

 

「イシュタル姉さま!!」

 

 立ちはだかる雷神に向け、フリージ公爵家が公女ティルテュの忘れ形見──ティニーが、悲痛な叫び声を上げる。

 少女の声を受け、雷神の乙女──神器トールハンマーを継承し、闇の皇子ユリウスへ傅く乙女──現フリージ家当主イシュタルは、少しだけ寂しげな表情を浮かべると、従妹であるティニーへ言葉を返した。

 

「ティニー……少し見ない内に、あなたはどんどん似て来るわ……あの優しかったティルテュ叔母様に……」

「イシュタル姉さま! どうか! どうか矛を収めてください! わたしは姉さまと戦いたくありません!」

「……もう私にそのような期待はしないで。私の心を動かせるのは──!」

 

「ユリウス様ただ一人だけだ!!」

 

 火山が噴火したかのような激しい雷鳴が轟く。

 神器が起こす、究極の(いかづち)

 雷魔法トールハンマーの猛威が、オイフェ達へ降りかかろうとしていた。

 

「ティニー、引け!」

「で、でも、オイフェ様」

「いいから引くのだ! この場でトールハンマーに対抗できる者はおらん!」

 

 戸惑うティニーの肩を掴み声を荒げるオイフェ。

 掌握した将兵の中で、イシュタルのトールハンマーに対抗できる神器持ちはいない。

 いや、例えシャナンのバルムンク、アレスのミストルティン、ファバルのイチイバル、アルテナのゲイボルグがあったとしても、トールハンマーを防ぐ事は出来ても満足に反撃する事は難しい。

 唯一トールハンマーに対し勝ちを拾えうるのは、風の勇者セティが持つ神器フォルセティのみであった。

 

 豪雷の圧力からティニーを庇うオイフェ。

 その時、二人の勇士が、果敢にオイフェとイシュタルの間に立った。

 

「オイフェ様! ここは僕らが!」

「我々が時間を稼ぎます! オイフェ殿は早くセティ殿を!」

 

 利発な顔立ちを見せる少年と、深い紺色の短髪を靡かせる女騎士。

 リーフ軍で類まれなる才能を発揮する、マギ団の魔法少年アスベル。

 そして、“魔法騎士トードの再来”とまで謳われた兄を持つ、青魔の乙女オルエン。

 彼らもまた、主君であるリーフと離れ離れになっていた。しかし、オイフェの指揮下に即座に入り、その武勇をいかんなく発揮せしめる。

 

「オルエン、あなた……!」

「イシュタル様、もはや我らに言葉は不要。トードの再来とまで謳われた兄に恥じぬ戦いをお見せします」

 

 かつてはフリージ家の騎士としてその剣と魔を奮っていたオルエン。その姿を見留めたイシュタルは、僅かに増悪が籠もった眼差しを向ける。

 愛し合った親兄弟、そして固い絆で結ばれた主従。

 それが、敵味方に分かれて争う此度の聖戦。

 フリージの当主であるイシュタル、そしてフリージの騎士だったオルエンも、この悲哀の螺旋から逃れることは出来なかった。

 

「合わせてください! オルエン様!」

「承知!」

 

 イシュタルと対峙するアスベルとオルエン。

 阿吽の呼吸にて、それぞれの最大奥義を放つべく魔力を練る。

 

風精(ジルフェ)よ、僕に力を──! グラフカリバー!!」

「兄上、力を貸して下さい──! ダイムサンダ!!」

 

 風魔法グラフカリバーと、雷魔法ダイムサンダによる二重奏。

 神器に追いつくべく開発された、人智の結晶ともいえる必滅の魔法。

 重厚にして怜悧な風刃と、苛烈にして鋭利な雷撃が、イシュタルへと放たれた。

 

 轟音。

 閃光。

 爆発。

 

 風雷の合わせ技による強烈な魔撃は、ともすれば神器の一撃にも匹敵するほどの威力。

 周囲の木々は隕石の落下を受けたが如く薙ぎ倒され、その威力がいかに凄まじいかを物語る。

 雷神イシュタルといえど、この猛爆を無傷で凌げるとは──

 

「それだけかしら?」

「なっ!?」

「なにっ!?」

 

 否。

 雷神の申し子は、無傷。

 アスベルとオルエンは決して手を抜かず、全力を持って魔法を放っていた。足止めが主ではあるが、もしかしたらこの手でイシュタルを討ち取れるかもしれない。

 そのような皮算用を目論めるほど、二人も相応に修羅場をくぐり抜けた実力者。

 

 しかし、そのアスベルとオルエンの全力ですら、イシュタルはまるでそよ風に当たるかのように全く問題にせず。

 イシュタルが備える膨大な魔力。彼女の魔力量に対抗出来るのは、この世界ではユリウス唯一人だけであった。

 

「灼かれなさい──雷神の怒りに──!」

「ッ!?」

「くっ!?」

 

 雷神の圧力。

 十分に練られし超越の雷撃が、アスベルとオルエンに襲いかかった。

 

 

Thor's Hammer(トールハンマー)

 

 

 極大の紫電が迸る。

 直後に聞こえる、爆撃音の如き轟音。

 

「あぐぅッ!?」

「ガァッ!?」

 

 直撃を受けしトラキアの勇士達。魔力を全開にし、トールハンマーの威力を減殺するべく防御するも、行動不能たらしめる一撃からは逃れることは出来ず。

 かろうじて難を逃れたオイフェとティニーは、神器が放つその凄まじい威力に戦慄した。

 

「な、なんという……!」

 

 神器の威力は十二分に既知である。

 そう思っていたオイフェ。

 しかし、目の前のイシュタルが放った雷は、それまで目にしたどの魔法よりも凄まじきもの。

 個人の武勇が戦況を左右するのは得てして起こり得るものだが、イシュタルが持つ武力はその程度では収まらない。

 文字通り、単騎で解放軍を殲滅せしめるほどの“武”であった。

 

 本当にフォルセティで抗しきれるのか──。

 そのような焦燥めいた思いに駆られるオイフェ。

 この場にセティがいたとしても、果たして戦いになるのかと。

 

「イシュタル姉さま! もう止めて!!」

「あ……ティ、ティニーさん……!」

「ティニー様……お下がりください……!」

 

 倒れ伏すアスベルとオルエンを庇うティニー。

 涙を流し、姉とまで慕った従姉へ、その可憐な眼差しを向ける。

 

「ティニー……昔の誼であなただけは見逃してあげる。だから、そこをどきなさい」

「嫌です! どうして、どうしてですか姉さま! どうして、ロプトなんかに!」

 

 ティニーによる決死の説得。

 イシュタルは辛そうに表情を歪める。

 

(どうする……!)

 

 距離を取り見守るオイフェ。

 しかし、そこから一歩も動くことは出来なかった。

 ティニーの説得を受けつつも、イシュタルは油断なくオイフェを牽制しており。

 ここで下手に動けば、容赦なくティニーごと雷撃が襲いかかってくるだろう。

 オイフェはティニーの説得が成功するのを、ただ見守るしかなかった。

 

「ロプト……そうね、聖戦士の一族が闇に手を貸すなんて本来はあり得ないわ」

「なら、どうして!」

「……ティニー」

 

 ふと、イシュタルは悲しげな瞳を覗かせる。

 それは、膨大な魔力量を持った故の、悲哀に満ちた生き様。

 

「あなたは、私をただの少女にすることができる?」

「え──?」

 

 唐突に言い放たれたこの言葉。

 ティニーは一瞬言葉を詰まらせる。

 

「私の魔力は常人には耐えられない程……それこそ、使用人を殺めてしまうほどに……」

「ッ!?」

「この子の兄……ラインハルトも、殺しかけた事があった」

 

 火傷の煙を燻ぶらせながら、「イシュタル様……」と、か細い声を上げるオルエン。

 かつて側近としてイシュタルに仕えたオルエンの兄、ラインハルト。

 彼もまた、類まれなる魔力の才能を持っていた。

 だが、そのラインハルトをしても、イシュタルの()()を受け止めきれず。

 

「魔力を抑えることができるようになるまで、私は父上とすら手を繋げなかった……でもね」

 

 幼少のイシュタルに触れし者は、その膨大な魔力の奔流に晒される。

 素養のある者ですら重傷を負うほどのその魔力量。

 必然、幼いイシュタルは余人との触れ合いを隔絶された生活を余儀なくされた。

 

「ユリウス様だけは、私の手を引いてくれたの」

 

 何かを思い出すように、イシュタルはそう言葉を紡ぐ。

 まだ、ユリウスがロプトウスに覚醒する前。

 バーハラ王宮に父ブルームと共に参内したイシュタルは、そこで幼少期のユリウスと出会っている。

 貴族の子弟がユリウスの遊び相手をしている中、一人寂しく膝を抱えていたイシュタル。

 その手を、ユリウスは無垢な笑顔を浮かべながら引いていた。

 

「だから、私の世界はユリウス様だけなの……そこに光も闇もない」

「イシュタル姉様……」

 

 イシュタルの悲痛なまでの覚悟。

 痛ましいまでの、恋慕の情。

 超越者だけが感じる孤独を、優しく癒やしてくれたユリウスという存在。

 イシュタルにとって、それはまさしく神聖な存在であり、心の拠り所だった。

 

「だから……だから、ユリウス様に仇なす者は、私にとっても敵なの」

 

 そう言うと、イシュタルは再度トールハンマーを発動するべく魔力を練る。

 これ以上の問答は無用。

 ここからは、肉親の情は一切通用しない。

 そのような覚悟が、イシュタルから発せられていた。

 

「ティニー……ごめんね……」

「──ッ!!」

「ッ!? ティニー! 逃げろ!!」

 

 慈悲深く、哀しい笑みを浮かべたイシュタル。

 ぎゅっと目を瞑るティニー。オイフェは駆け出すも、無慈悲の雷撃はティニーへと──。

 

 

「遊びは終わりだ、イシュタル」

 

 

 瞬間。

 悍ましいまでの闇が、オイフェ達を包んだ。

 

「ユ、ユリウス様!?」

 

 魔力の発動を止め、驚愕の表情を浮かべるイシュタル。

 その隣に、突如現れた闇の皇子。

 

「ユリウスだと……!?」

 

 赤い長髪を靡かせ、漆黒のローブを纏うロプトの皇子。

 そして、オイフェにとって仇敵である、あの男の息子。

 グランベル帝国皇子ユリウスが、オイフェ達の前に現出していた。

 

「ユリウス様、手傷を……!?」

「ふん、大した事ない。だが、兄上も中々良い手駒を持っているな……やけにオードの血が濃い娘だったが」

 

 見ると、ユリウスは右手に僅かに裂傷を負っており。

 鋭利な刃物でつけられたであろうその傷を、ユリウスは紅く湿った舌で舐め取る。

 

「ふふ……兄上ともっと遊びたかったけど、お前が哀しそうにしているのを感じてな」

「ユリウス様……」

「だから、雑魚と遊ぶのはもう終わり。バーハラへ帰ろう、イシュタル」

「あっ……」

 

 唇を紅く染めたユリウスは、イシュタルを抱き寄せるとその美しい頬に口づけをする。

 頬を紅く染めたイシュタルは、艶かしい程の倒錯的な快楽を覚え、そのままユリウスへと身を預けた。

 

「ふふ……次は何をして遊ぼうか……」

 

 そう言い残し、闇の皇子と雷神の美姫は姿を消した。

 

 

「……」

 

 オイフェ達は、一言も発することができず。ただ、闇の首魁が消え去るのを見ているだけしか出来なかった。

 オイフェ達を一顧だにせず、ユリウスはバーハラへと帰還した。生殺与奪権は、終始ユリウスが握っていた。

 神器を持たぬオイフェ達では、その気まぐれな暴虐に耐えることすら許されなかったのだ。

 

「……ティニー。アスベルとオルエン殿を」

「は、はい……」

 

 呆然としていたティニーへ、オイフェは静かに声をかける。

 重傷を追い、気を失っていたアスベルとオルエンを、オイフェとティニーは介抱し始める。

 見た所、二人は致命傷には至っていなかった。

 

 結局のところ、イシュタルは()()()()()()いたのだ。

 本気ならば、最初の一撃で、アスベルとオルエンの生命の灯は消えていただろう。

 

「強い……!」

 

 グランベル本国、そしてオイフェの故郷、シアルフィ。それを目前にする、セリス率いる解放軍。

 決戦の時は近い。

 だが、打倒すべき闇の巨魁は、あまりにも強大。

 それを肌で感じたオイフェ。

 どのようにして、彼らと対抗すればよいのか。

 

 人智の及ばぬ怪物達を前に、オイフェは慄くことしか出来なかった。

 

 

 


 

「こ、ここまで来れば……」

 

 脂っこい中年僧侶から強引な逃走を果たしたオイフェ。

 とりあえずエッダ城の中庭へとたどり着いたは良いが、肝心のフリージ少女達の姿はどこにも見受けられなかった。

 

「はぁ……」

 

 乱れた息を整えつつ、備えられたベンチへと腰をかける。周囲には人の気配はなく、オイフェは一人静かに身を落ち着かせていた。

 エッダ城の中庭は自然林をそのまま取り入れたかのような深みのある造園となっており、木漏れ日がオイフェの火照った身体を包む。

 チィチィと囀る野鳥の声、さざなみのように揺れる木々の音が中庭全体を包んでおり、オイフェは自然と己の心体が安らぐのを感じていた。

 

「ここは落ち着くな……」

 

 しばしベンチに身を預ける。

 思えば、二度目の人生を歩み始めてから、ここまで安らいだ気持ちになるのは初めてであり。

 シグルドの優しさに包まれた時の安心感、そしてディアドラの優しさに包まれた時の安堵感。

 大切な人と、大切な人が大切にしている人。その人達との触れ合いは、逆行の少年軍師にとって至福の時だった。

 

 だが、同時に彼らは守護らねばならぬ存在でもあった。

 シグルドに頭を撫でられ、褒められた時も。

 ディアドラに頬を撫でられ、慈しまれた時も。

 常に、暗黒の勢力を警戒し続けていた。

 

 エバンスを出立する前。オイフェは大切な二人の元から、一時的にとはいえ離れる事を大いに躊躇っていた。

 しかし、二人の為にも、此度のエッダ──そしてイザーク行きは、決しておろそかには出来ない。

 全てを救う為の、大きな布石。

 それは、オイフェ自身でしか成し遂げられない、重要な使命だったからだ。

 

「ん……」

 

 つらつらと思考の海に沈むオイフェ。比例して、名状しがたい眠気のような心地よさに包まれる。

 昼下がりのエッダ城中庭は、驚くほど快適な温度が保たれている。

 時折そよぐ風が、青々とした緑の匂いも運んでおり、自然とオイフェはベンチに身体を寝かせていた。

 

「……」

 

 目を瞑る。

 やらねばならぬ様々な事を思考するも、徐々に意識は遠のいていく。

 久方ぶりに感じる安らぎ。

 エッダの神聖な雰囲気が、孤独に戦い続けるオイフェの心を癒やしていた。

 

 そう時間も経たない内に、オイフェは静かな寝息を立てていた。

 日頃、睡眠時間を削ってシグルドとディアドラに尽くしていたオイフェ。

 しかし百戦錬磨の老練とはいえ、今の身体は十四歳の少年でしかない。

 多少の無茶は効く身体とはいえ、蓄積した疲労は相応に多い。

 

 故に、生命を司るブラギの神通力に抗えなかったのか、オイフェは束の間の休息を取ることになった。

 木漏れ日は、眠る少年軍師を包む。

 

 そして──。

 

 

「ん……?」

 

 小一時間程経っただろうか。

 ふと、オイフェは頭部に少しばかりの違和感を覚える。

 

「花……?」

 

 もぞりと頭に手をやる。すると、一輪の花が、簪のように自身の頭に添えられていた。

 

「あ、起きた?」

「ッ」

 

 直後に、快活な乙女の声が、微睡むオイフェの意識を覚醒させる。

 見ると、オイフェの顔を覗き込むように、柔らかな瞳で見つめる雷神の乙女の姿があった。

 

「ティ、ティルテュ公女?」

「おっはー。ていうか、あたしの事知ってたんだ」

「も、申し訳ありません。公女の前でこのような」

「あーいいのいいの。気持ちよさそうに寝てたから、つい悪戯しちゃったしね」

 

 慌てて身を起こすオイフェに、ティルテュはひらひらと手を振りながら花を添えた事を詫びていた。

 紫がかった緩やかな銀髪を束ね、明るい笑顔を見せる乙女。

 フリージ公爵家長女、ティルテュ。

 天真爛漫なフリージの乙女。そして、非業の死を遂げた、儚い雷神の乙女。

 改めてその姿を見たオイフェは、かつてのティルテュの悲惨な運命を思い出し、僅かに目頭を熱くしていた。

 

「申し遅れました。私は──」

「オイフェくんでしょ? 実はあたしもキミの事は知ってたんだよねー」

「そ、そうでしたか」

「ふっふっふ。なんで知ってたと思う?」

 

 トスン、とオイフェの横に座り、悪戯っ子のような無邪気な笑顔を浮かべるティルテュ。

 自己紹介をする前に自身の名前を言い当てた事で、ミステリアスな女を演出しようとしているのだろう。

 とはいえ、その様子はひどく滑稽な愛嬌に塗れていたのだが。

 当然、オイフェはティルテュが自身の名前を言い当てた理由は察していた。

 

「アウグスト殿ですか」

「せいかーい。ていうか、あのおっさんマジやばいと思わない?」

「は、はあ……」

 

 あけすけな物言いのティルテュに、少々気圧されるオイフェ。

 しかしこのあっけらかんとした性格は、まさしくオイフェが知るティルテュその人だった。

 

「なんかエバンスからオイフェくんが来るって聞いてさ、もうそっからやべー感じでやばかったし」

「はあ」

「まあそこまで悪い人じゃないんだけどね? でもめちゃデリカシーないし、めちゃネチっこいし、あたしの勘だけどあのおっさん将来絶対ハゲるわ。ていうかハゲろ」

「はあ」

「ほんと勉強しろ勉強しろって超うるさいし、最近はアマルダまで一緒になってさー。ていうかアマルダもちょっと前までは『ひめさまー』って感じで可愛げがあったのに、アウグストのおっさんに吹き込まれてから小姑みたいなガキんちょになっちゃったし。あたしの勘だけどあの子将来絶対男に依存するタイプになるわ。ちょっと心配」

「はあ」

「まだラインハルトの方が可愛げがあったっていうかー。あ、ラインハルトっていうのはね、アマルダの前にあたしのお付きをやってた子なんだけどね、イシュタルの傅役? っていうのになるからお付きから外れてね、あ、イシュタルはこないだ産まれたあたしの姪っ子ちゃんでね、ちょっと魔力が強い子なんだけどもう超可愛くてね、イシュトーも同じくらい超可愛いし、ほんとあの鬼ババからあの子達が産まれたのが超信じられないっていうかー、あ、イシュトーはあたしの甥っ子ちゃんでね」

「はあ」

 

 ペラペラと中身の無い話を捲し立てるティルテュに、生返事を繰り返すオイフェ。

 フリージ家に連なる人々の名前が怒涛の勢いで繰り出されるも、大体は既知の内容であった。

 

 しかし、この屈託のない会話こそ、オイフェが知るティルテュなのだ。

 相槌を打ちながら、僅かに笑顔を覗かせるオイフェ。

 

 懐かしき“再会”は、まだ始まったばかり──。

 

 

 

 

 

 

 


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